GUNDAM WAR -Shine of Mebius-

PHASE-36「妹の願い」

 

 

 小さな通りを1人歩く少女。少女は眼から涙を流して、顔に手を当てていた。

 そんな彼女に、1人の少年が声をかけてきた。彼女の兄である。

「どうしたんだ、そんなに泣いたりして?」

 兄が声をかけると、少女は彼に寄り添って泣きじゃくってきた。

「今日、学校で意地悪されたの・・いつもうるさく言うからって・・」

「うるさく?何て言ったんだ?」

「・・悪いことを注意しただけだよ・・掃除サボっているのとか、うるさくしているのとか・・」

 疑問を投げかける兄に、少女は答えていく。彼女の事情を聞いた兄は、彼女の頭を優しく撫でる。

「お前は優しいな・・それに真面目で。真っ向から立ち向かう勇気も持っている・・僕の自慢の妹って感じだな・・」

「お兄さん・・・」

 微笑んで褒めてくる兄に、少女は笑顔を取り戻した。

「どんなことがあっても、絶対にめげちゃダメだ。気持ちをしっかり持てば、お前の気持ちを受け入れてくれる人がいっぱいできる。」

「お兄さん・・・ありがとう・・私、これからも頑張るからね・・」

 兄の優しさを背に受けて、少女は自分の信念を強く抱いていくことを心に誓った。

 

 クサナギ内の私室のベットで眼を覚ましたシスカ。幼い頃の夢を見た彼女は、離れ離れになっている兄への気持ちを募らせていた。

 デッド・ライダーズを指揮する男、ジョージこそが兄。シスカはそう思えてならなかった。

(お兄さん・・お兄さんの心は、どこに行ってしまったの・・・?)

 胸中で問いかけてみるシスカだが、それに答えるものは何もなかった。悲痛さを押し殺して、シスカは着替えて部屋を出た。

 食堂を訪れるが誰もおらず、次に作戦室に向かう。だがそこにはイリーナ以外誰もいない。

「おはようございます、シスカさん。」

 シスカの登場に気付いたイリーナが、振り向いて声をかけてきた。

「イリーナさん、みんなはどうしたの?」

「みなさん、外ですよ。ミドリさんたちといろいろと話をしていて。私は緊急時に備えてここに残ってますけど。」

 シスカの問いかけにイリーナが答える。その言葉を受けて、シスカはクサナギの外に出ることにした。

 その外では、クサナギのクルーたちとジーザスのクルーたちが賑わいを見せていた。いくつかのグループに分かれて、屈託のない会話を繰り広げていた。

「眼が覚めたんですね、シスカさん。」

 当惑を浮かべているシスカに、ジュンが声をかけてきた。傷はまだ癒えておらず、頭には包帯が巻かれたままだった。

「大丈夫なんですか、マシロさん?まだ寝ていないと・・」

「はい。ジーザスのヨウコさんにも言われてるんですけど、たまには体を動かさないと・・リハビリですよ、リハビリ。」

 シスカが言いかけると、ジュンが苦笑いを浮かべて答える。そこへアリカとナツキがジュンたちに歩み寄ってきた。

「何だ、マシロちゃん、ここにいたんだー。あ、シスカさん、おはようございまーす。」

「うん。おはよう、アリカちゃん。」

 アリカが元気に挨拶すると、シスカも笑顔で答える。

「久しぶりの再会といえども、緊張感がなさすぎだな。」

 周囲の団らんを見回して、ナツキが苦言を口にする。その言葉にジュンとアリカが苦笑を浮かべる。

「何だか、いいよね・・こういうの・・・」

 そのとき、シスカが物悲しい笑みを浮かべて呟きかける。その様子にジュンたちが当惑を覚える。

 シスカの心境を察して、ジュンは困惑した。彼女は兄、ジョージへの想いを胸に秘めていたのだ。

「シスカさんも楽しもう。僕たちは、いつでもシスカさんの味方、仲間なんだから・・・」

「うん・・・ありがとう、マシロさん・・・」

 そこへジュンが言いかけ、シスカが作り笑顔を見せて頷いた。しかし彼女の心は完全に晴れてはいなかった。

 

 カオスサイドの襲撃を受け、デッド・ライダーズの状態は最悪となっていた。ドムトルーパーのほとんどが大破し、サラが殉職。さらにラグナログを奪われてしまった。

 この最悪の状況に、メンバーの多くは戦意を失っていた。

「窮地に追い込まれてしまいましたね・・・」

 落ち込んでいく面々を目の当たりにして、カナデが深刻な面持ちを浮かべる。

「どうしよう、ジョージ・・これじゃ他の連中の力以前の問題だよ・・・」

 マーヤも不安を隠せないでいた。この状況にさいなまれながらも、ジョージは冷静さを何とか保っていた。

「苦しいのは分かっている。だがここで諦めれば、世界は混沌の闇に堕ちることになる。」

「でもどうするのさ・・仮に私たちが立ち直っても、ライトサイドもオーブも、カオスサイドも、こっちの武装を大きく上回る力を持ってる。ラグナログも奪われて、こっちにもう打つ手が・・」

「うろたえるな!」

 それでも不安になるマーヤに、ジョージがついに声を荒げる。デッド・ライダーズを束ねる者の覇気に、周囲は言葉を失う。

「ここで諦めればサラの、平和のために命を散らした者たちの全てがムダになる!彼らの思いに背くことは、決してしてはいけない!たとえ万にひとつの可能性すらないことであろうとも!」

「ジョージ・・・」

「立ち上がれ、戦士たち!もしも平和のために立ち上がるのならば、私が活路を開こう!」

 ジョージが高らかと言い放つと、デッド・ライダーズたちが彼の言葉に共感して次々と立ち上がる。彼らの闘志と決意は、まだ燃え尽きてはいなかった。

 

 ライトサイド、オーブとの交流の輪からひとまず離れ、ジュンはクサナギの整備ドックに来ていた。そこで彼はアテナを見つめていた。

 母、レナのために造られた機体。無限の光をもたらす純白の翼。それが今、息子であるジュンの愛機となっていた。

(母さん、僕も頑張るから・・母さんの分まで、ミナミちゃんの分まで・・・)

 レナ、ミナミへの想いを胸に秘めて、ジュンは改めて決意する。その直後、彼はアテナに、レナとミナミの姿が重なったような気がした。2人の想いがアテナに宿っているのだと、ジュンは感じた。

「少し休んでないと、また倒れちゃうよ、マシロくん。」

 アテナを見つめていたところで声をかけられ、ジュンは後ろに振り返る。そこには気さくな笑みを見せるミドリの姿があり、ユキノ、マイ、ユウも遅れてやってきた。

「へぇ。これがアテナねぇ。噂には聞いてたけど、直接見るのは初めてかな。」

「ミドリさん・・・」

 悠然とアテナを見上げるミドリに、ジュンも微笑みかける。するとミドリがジュンに振り向いてきた。

「これはあのレナ・セイヤーズのために造られたものよ。それを使うことは、レナさんの魂を受け継ぐことも意味してるのよ。」

「分かっています。母さんの想いを・・ううん、母さんだけじゃない。たくさんの人たちの思いを、絶対に裏切っちゃいけない。そう思っています・・」

 真面目に言いかけるミドリに、ジュンも真剣な面持ちになって答える。その言葉を受けて、ミドリが再び笑みをこぼした。

「ユキノちゃん、私たちジーザスは、カオスサイド侵攻を阻止するため、クサナギに協力しますよ。」

「ご協力感謝いたします、ミドリさん。」

 ミドリの言葉を受けて、ユキノが微笑んで頷く。

「気にしなくていいよ、ユキノちゃん。世界制圧を企むカオスサイドの魔の手から、私たちの正義が世界を守る!そう思ってるだけだから。」

「おいおい、何言ってんだよ、艦長。」

 正義感と意気込みを見せるミドリに、ユウが呆れ、マイが笑みをこぼす。気さくなミドリの言動に、ジュンとユキノも微笑んでいた。

 そのとき、クサナギ艦内に警報が鳴り響き、ジュンたちが緊迫を見せる。

「敵襲!?

「まさか、またカオスサイドが・・!?

 ジュンとユウが声を荒げる。ジュンたちが急いでクサナギの作戦室に向かう。

「どうしましたか!?

 レーダーチェックを行っているイリーナに、ユキノが声をかける。

「数機の熱源の接近を確認・・これは、デッド・ライダーズです!」

「何っ!?

 イリーナの報告にユウが声を荒げる。映し出されたモニター画面には、デッド・ライダーズ旗艦、ボトムズの姿があった。

「デッド・ライダーズが、どうして・・・!?

 ジュンはこの事態に驚愕を感じていた。この前の戦闘の礼を言いに来たのか、それとも再び攻撃を加えようとしているのか。予断を許さない状況だった。

「どうしましょう、ユキノさん?・・相手の出方が分からなければ、こっちも対処の仕方が・・」

 イリーナが不安の声を上げるが、ユキノは冷静に判断を下した。

「第2級戦闘配備。相手の行動に対して警戒し、迎撃も考慮します。」

「了解。」

 ユキノの指示に答えて、イリーナがレーダーを注視して相手の出方を伺う。

「ミドリさんたちはジーザスに戻ってください。奇襲に備える意味も込めて。」

「分かったわ。それじゃ戻るよ、マイちゃん、ユウくん。」

 ユキノの呼びかけにミドリが答え、マイとユウも頷いた。ジュンはモニターに映し出されているデッド・ライダーズの動きを真剣に見据えていた。

 そしてアリカとシスカが、送れて作戦室に駆け込んできた。デッド・ライダーズの登場に、シスカは動揺をあらわにする。

「お兄さん・・・」

 兄への思いと非情といえる現実にさいなまれ、シスカは打ちひしがれていた。

 緊迫を募らせている中、クサナギに向けて通信が飛び込んできた。

“ライトサイド、オーブに申し渡す。”

 それはジョージからのものだった。その声にシスカの動揺はさらに膨らむ。

“私はデッド・ライダーズ指揮官、ジョージ・グレイシー。我々が申し渡すことはただひとつ・・私との、1体1の勝負を所望する。”

 突然のジョージの申し出に、ジュンたちは驚愕を覚える。

「1対1・・いったい、何を考えているんだ・・・!?

 ジュンが思わず言葉をもらす。その中で、ジョージの呼びかけは続く。

“相手はライトサイド、オーブ、どちらでも構わん。お前たちの代表1人が私と戦う。お前たちが勝てば、我々は他国との戦闘から手を引こう。だが我々が勝った場合、ジーザス、クサナギが搭載する全ての武装を貰い受ける。”

「全ての武装って・・マイスターやカグツチ、アテナまで・・・!?

 ジョージの言葉にアリカが困惑を見せる。デッド・ライダーズが仕掛けてきたのは、互いに全てを賭ける最大の挑戦だった。

“我々はカオスサイドとの戦闘で、戦力が著しく減退している。この状況を打破するには、他の武力を奪う以外に未来はない。お前たちもカオスサイドとの戦闘に備えて、ムダな戦力の浪費は避けたいところだろう。”

 ジョージが通達してきた挑戦状。ユキノはこれに対し、思考を巡らせていた。

「確かに彼の言うとおりです。向こうにとっては背水の陣であり、こちらにとっても戦力浪費を最小限に留める条件でもある。ですが・・」

「その代表1人に、ライトサイドとオーブの運命が委ねられる・・・」

 ユキノが呟いた言葉に、ジュンが答える。その言葉に、作戦室にいた全員が固唾を呑んだ。

「ダメですよ!この申し出、明らかにこっちのリスクが高すぎですよ!」

 反対の声を上げたのはイリーナだった。デッド・ライダーズを沈黙させるには、あまりにも危険な賭けだった。

「でも、相手は真っ向から僕たちに挑んできているんだ・・そんな無碍に拒むわけには・・」

「マシロさん。」

 ジュンが言いかけると、ユキノが深刻な面持ちで首を横に振る。

「私たちがしているのは“戦争”であり、“試合”ではないのです。いかに少ないリスクで降りかかる状況を打破するかが、私たちが見据えるべきことなのです。」

 ユキノの言葉にジュンは言葉を失う。彼女の言っていることは、戦闘において正論であり、こちらが有利になりえるメリットがない限り、相手の要求を受ける必要はない。

「・・私に・・私に行かせてください!」

 そこへ声をかけたのはシスカだった。その申し出にユキノたちが当惑を見せる。

「シスカさん・・・」

「相手はジョージ・グレイシーなんですよね・・なら、彼の相手、私がしなくてはならない気がするんです・・」

「これは戦争なんです。あなたの私情が持ち込めることではないのですよ、シスカさん。」

「分かっています!・・これが私のわがままで、軍人としてあまりにも馬鹿げていることも分かっています。でも、それでも私は、兄さんと話し合いたい!」

 ユキノが言いとがめるのを頑なに拒んで、シスカが自分の心境を必死の思いで告げる。

「兄さんの心を知りたい・・マシロさんが、みんなの心を知ろうとしているように・・」

「シスカさん・・・」

 シスカの想いにジュンが戸惑いを覚える。彼がニナや多くの人々の心を知ろうとしているように、彼女も兄の心を知ろうとしていたのだ。

 彼女の切実な気持ちを目の当たりにして、アリカも心を突き動かされていた。

「お願いします、ユキノさん!シスカさんを行かせてあげてください!」

「アリカちゃん・・・!?

 アリカの申し出にシスカが戸惑いを見せる。

「相手の気持ちを理解できないまま、対立することになってしまったら・・お互い、悲しいですよ・・・だからシスカさんのためにも、シスカさんが行くべきですよ!」

 シスカのためを思って呼びかけるアリカ。その眼には涙が浮かび上がっていた。

 ユキノが視線を移すと、ジュンもイリーナも同様の気持ちだった。クルーたちの意思を垣間見て、ユキノはシスカに真剣な面持ちを見せる。

「もしあなたがデッド・ライダーズの挑戦を受けるなら、あなたはライトサイドとオーブの運命を背負うことになります・・あなたに、それほどの重圧を背負う覚悟はありますか?」

「・・はい・・必ず、未来を切り開きます・・・!」

 ユキノの言葉に、シスカは真剣な面持ちで答える。ジュンの決意に感応したことで、シスカの心に迷いがなかった。

 そのとき、ジーザスからの通信が入ってきた。

“話は聞かせてもらったよ。シスカちゃんがやる気になってるんだから、私たちはシスカちゃんに任せるよ。”

 ミドリが気さくな笑みを見せて頷くと、シスカも微笑んで頷いた。ユキノも微笑を取り戻してシスカに頷いた。

「シスカさん、一緒に来てください。あなたに託したいものがあります。」

 ユキノに促されて、シスカは作戦室を後にした。

 

 ユキノとともにシスカが訪れたのは、クサナギの整備ドックだった。そこで目の当たりにした機体に、シスカは驚きを隠せなかった。

「これは・・・ユキノさん、これって・・・!?

 シスカがたまらず声を荒げる。その機体は、彼女が搭乗していた機体、バルディッシュだった。

「これはグエン大臣の指揮の下で新たに開発されたバルディッシュ。しかもアテナと同時進行で開発されたものです。」

「グエン大臣が・・・大臣・・・」

 ユキノの言葉、グエンの計らいを受けて、シスカは心の底から感謝を感じていた。ここまで信頼されていたことに、彼女は喜びを隠せなかった。

「行ってください、シスカさん・・これが、あなたの心を導く力です・・・」

「ユキノさん・・・はいっ!」

 こぼれ落ちてきた涙を拭って、シスカはユキノに答える。そして眼前にそびえ立つ金色の機体に乗り込み、起動させる。

(お兄さん、私は戦うよ・・みんなのために、私自身の心のために・・・!)

 決意を胸に秘めるシスカ。バルディッシュの眼前のハッチが開き、虚空が広がる。

(私のこの気持ち、みんなの願い、お兄さんに必ず届ける!)

「シスカ・ヴァザーバーム、バルディッシュ・ザンバー、いきます!」

 シスカの掛け声とともにクサナギから発進する金色の機体「バルディッシュ・ザンバー」。シスカはジョージたちデッド・ライダーズの前に完全と立ちはだかった。

「ジョージ・グレイシー、あなたの申し出は、私、シスカ・ヴァザーバームが受けます!」

 

 

次回予告

 

「過去を思い求めているお前に、未来は切り開けない・・!」

「思い出まで消したら、人は人として生きていけないよ・・・!」

「封じ込めたあなたの心、必ず解き放ってみせる!」

「帰ろう・・私たちの家に・・・」

 

次回・「兄への想い」

 

 

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