GUNDAM WAR -Shine of Mebius-
PHASE-34「マシロの復活」
ニナとの戦いで傷つき、ジュンは眠りについていた。彼は夢の中で、水の上に浮いているような感覚に陥っていた。
「ジュンくん・・・ジュンくん・・・」
そんな彼の耳に、優しい声が届いてくる。その声に彼は閉じていた眼をゆっくりと開く。
その視界の中に、見覚えのある少女の姿が飛び込んできた。
「・・・ミナミ、ちゃん・・・」
ジュンは弱々しく声をかける。すると少女、ミナミが微笑みかけてきた。
「ジュンくん・・ありがとうね・・・私のために一生懸命になってくれたこと、私は本当に嬉しかったよ・・・」
「ミナミちゃん・・・でも、僕は・・・」
ミナミを前にして、ジュンが沈痛の面持ちを浮かべる。
「僕は君のために、周りの人たちを傷つけてしまった・・周りの人たちの気持ちを受け止めようとせず、君を守ろうとしたために、オーブを・・ニナちゃんを・・・」
「ジュンくん・・・あなたの気持ち、私にはすごく分かる・・でもジュンくん・・あなたが1番傷つけているのは、ジュンくん自身だよ・・・」
「えっ・・・?」
ミナミの言葉にジュンが戸惑いを浮かべる。
「ジュンくんは優しい・・でも誰も傷ついてほしくないから、自分に苦しいことや辛いものを抱え込んでしまう・・ジュンくんの心が傷だらけなのを、私、分かるから・・・」
「僕と似ているから、だね・・・」
ジュンが答えると、ミナミは微笑んだまま頷いた。
「ジュンくんは何がほしいの?」
「僕の、ほしいもの・・・」
「誰かのために一生懸命になることはすばらしいけど、そのために自分を傷つけないで・・受け入れるだけじゃなくて、相手にも自分の気持ちを伝えてあげて・・私に気持ちを伝えてきてくれたように・・・」
「・・・相手にも、自分の気持ちを伝える・・・」
ミナミの言葉を受けて、ジュンは自分の心と向き合っていた。彼は自分の今までの行動を振り返っていく。
「そうか・・・僕はみんなを大切にして、僕個人の気持ちをみんなに伝えていなかったんだ・・・」
自分が本当にしなくてはいけなかったことに気付いたジュン。彼の眼からうっすらと涙が流れ落ちる。
愕然となっているジュンにミナミが寄り添い、優しく抱きしめる。その抱擁にジュンが動揺を浮かべる。
「ジュンくんなら、どんな人とだって分かり合える・・だから、あなたの気持ちも、みんなに伝えてあげて・・・」
優しく言いかけるミナミの体が淡く輝いていく。
「私は、ずっとジュンくんのそばにいるから・・今度は私が、ジュンくんを守るから・・・」
「ミナミちゃん・・・ミナミちゃん!」
ジュンが呼び止める前で、ミナミがゆっくりと離れていく。そして彼女が光に包まれてその姿を消した。
眼を覚ましたジュンが視界に入れたのは、クサナギの医務室の天井だった。意識がはっきりしていない状態のまま、ジュンは思考を働かせた。
「僕は・・・」
記憶を巡らせて体を起こすジュン。だが頭に痛みを覚えて、彼が手を当てる。
「気が付いたようですね、マシロさん。」
おぼろげな様子の彼に声をかけてきたのはシスカだった。
「シスカさん・・・僕は、いったい・・・?」
シスカに問いかけたところで、ジュンはクサナギを揺るがす轟音に気付く。
「戦闘中、ですか・・・?」
「えぇ。お兄さんと私のことを思って、アリカさんとマイちゃんが救援に向かって・・」
ジュンの問いかけにシスカが落ち着いたまま答える。
「お兄さん・・・どういうことなんですか?アリカちゃんたちは、誰の救援に向かったんですか?」
「・・・デッド・ライダーズですよ・・カオスサイドと交戦している彼らを守ろうと、2人は機体を発進させたんです・・・」
「デッド・ライダーズ・・・もしかして、シスカさんのお兄さんが、そのデッド・ライダーズの中に・・・」
ジュンの答えにシスカが何も言わずに頷く。ジュンの意識が戻ったことを伝えようと、シスカはユキノのいる作戦室に連絡を取った。
ジョージをかばってニナの攻撃を受け、命を散らしたサラ。ジョージは目の前で起こった悲劇に愕然となっていた。
「サラ・・・」
カナデもサラの死に驚愕の色を隠せないでいた。マーヤは驚愕と同時に憤りを感じていた。
「サラ・・・カオスサイド、これ以上好きには・・!」
「やめろ、マーヤ!」
マーヤが飛び出そうとしたところへ、ジョージの制止が飛ぶ。その声にマーヤが踏みとどまる。
「けどジョージ、これじゃサラが浮かばれないよ・・・!」
「こらえろ!今の我々の力では、カオスサイドに及ばないことは身をもって理解しているはずだ!ここで我々が死んでしまっては、サラの思いを裏切ることになるんだぞ!」
抗議するマーヤをジョージがいさめる。彼女は体の中から湧き上がる憤りを抑えるのに必死だった。
「お前の気持ちは分かる。むしろ私もお前と同じ気持ちだ・・だが今はこらえるんだ・・・!」
「ジョージ・・・!」
ジョージの呼びかけに、マーヤはようやく気持ちを落ち着けた。デッド・ライダーズの中で、サラの死を最も悲痛に感じ、憤っていたのはジョージだった。
握り締める拳から力が抜けないジョージ。彼こそが自分の感情を抑えるのに必死になっていた。
カオススーツの猛攻に劣勢になっていたマイを助けたのはナツキだった。デュランの放った砲撃が、カグツチの危機を救ったのだ。
「マイ、アリカ、大丈夫か!?」
「ナツキさん・・・私とマイさんは大丈夫です・・ジーザスも来てるんですか!?」
ナツキの呼びかけにアリカが答える。
「私だけ先に来た・・だがミドリたちもこっちに向かってる。すぐに追いついてくる。」
ナツキの言葉にアリカとマイは笑みをこぼして頷いた。
「クサナギもこっちに向かってるから・・・あたしたち3人で、カオスサイドを押さえよう・・」
マイの呼びかけに頷くアリカとナツキが頷く。彼女たちは眼前の機体、カオススーツたちとオレイカルコスを見据える。
「何体出てきたって、私にはどうってことないわよ・・・!」
不敵な笑みを浮かべて、トモエがマイスターを見据える。カオススーツFが翼からドラグーンを射出し、マイスターを狙う。
マイスターも翼からドラグーンを放ち、カオススーツの砲撃を迎え撃つ。それぞれのドラグーンが放たれるビームを相殺していく。
「くっ・・こんなもので・・!」
トモエがいきり立ち、カオススーツFがビームサーベルを引き抜いてマイスターに飛びかかる。
“トモエ、焦りは禁物よ!”
「うるさい!」
フィーナの呼びかけを振り切って、マイスターに迫ろうとするトモエ。マイスターがエクスカリバーを構えて、カオススーツFを迎え撃つ。
マイスターが振り下ろした一閃が、カオススーツの持っていたビームサーベルの1本の柄をなぎ払った。自分の武器が破壊されたことに、トモエが驚愕を覚える。
“トモエ、いったんアザトースに戻れ。カオススーツとともに万全の体勢を整えろ。”
そこへイオリからの声がかかるが、それでもトモエは引き返そうとしない。
「冗談じゃないわよ・・このままやられて逃げ帰るなんて・・・!」
“無駄死にしたいなら好きにしろ。だが引き返すなら勝機はまだあるぞ。”
イオリのこの言葉に、トモエは腑に落ちないながらもようやく一時撤退を受け入れた。カオススーツFがマイスターから離れ、アザトースに戻っていく。
それをあえて追撃しなかったアリカ。だが彼女は新たに眼前に現れた機体、オレイカルコスに緊迫を覚える。
「ニナちゃん・・・」
ニナとの対峙に、アリカが困惑を浮かべる。同様にニナもアリカの乗るマイスターを目の当たりにして、困惑を感じていた。
「アリカ・・・」
「ニナちゃん・・どうして、カオスサイドなんかに・・・」
アリカが困惑を抱えたまま、ニナに声をかける。
「私はお父様のために戦っている。お父様がカオスサイドにつくというなら、私も同意するだけ。」
「そんなの違うよ!いくらお父さんのためだからって、オーブを離れることはないよ!ユキノさんやイリーナちゃん、マシロちゃんだって・・・!」
「いいえ・・マシロさんは、自分の感情のために私やみんなを・・・」
反論したところでニナに言いとがめられ、アリカが言葉を失う。
「私がオーブを離れたのは、マシロさんも理由となっているのよ。ミナミ・カスターニのために、私にも攻撃を仕掛けた・・感情に左右される人に世界を、国の代表を任せるわけにはいかない!」
憤りをあらわにしたニナ。オレイカルコスが双刃のビームサーベルを引き抜き、マイスターに飛びかかる。
マイスターもエクスカリバーを構えて、オレイカルコスの一閃を受け止める。
「やめて、ニナちゃん!こんなことをしたって、みんな辛くなるだけだよ!」
「言ったでしょ。私はお父様のために戦っている。たとえアリカ、あなたでも容赦しないわ!」
アリカの呼びかけを振り切って、ニナが敵意を見せる。オレイカルコスがビームブレイドを発した左腕を高らかと振り上げる。
マイスターがとっさに一蹴を見舞い、オレイカルコスの体勢を崩す。振り下ろされた一閃は、マイスターを捉えることなく空を切る。
マイスターが高エネルギービーム砲「レイ」を発射する。砲撃は命中したが、オレイカルコスの強靭な耐久性を誇る装甲には傷ひとつついていなかった。
「そんな・・!?」
「オレイカルコスのボディは指折りの耐久力を備えている。ローエングリン以上の威力でないと、この装甲は破れないわよ。」
驚愕するアリカに向けて、ニナが攻め立てようとしていた。
アリゾナの戦線にたどり着こうとしていたクサナギ。その作戦室にジュンとシスカがやってきた。
「マシロさん、大丈夫なんですか・・・?」
ユキノが声をかけると、ジュンは小さく頷く。
「事情は全てシスカさんから聞きました・・僕のために、みなさんに迷惑をかけてしまって・・・すみません・・・」
「いいんですよ、マシロさん。私にも責任があるんですから・・・」
謝罪するジュンに、ユキノが弁解を入れる。しかしジュンの心が晴れることはなかった。
「僕が悪いんです・・僕がニナちゃんやみなさんの気持ちを考えなかったばかりに・・僕がこの事態を引き起こしたんです・・・」
「それでも、あなたはみなさんのために動き、命を賭けて世界のために戦いました。それを責め切れるものではないでしょう・・・」
「でも、僕はミナミちゃんを守れなかったばかりか、ニナちゃんの気持ちまで踏みにじって・・・」
あくまで自分を責めるジュン。彼はおもむろに、いつも首から提げているロケットを外し、手にして握り締める。
「僕は弱い・・子供の頃はいつも、母さんに甘えてきたんです・・」
ジュンが開いたロケットの中には、幼い彼と1人の女性を写した写真が収められていた。それを眼にしたユキノが驚愕を覚える。
「この写真・・・マシロさん、ちょっと・・・」
「えっ・・・?」
突然ユキノに呼び出されて、ジュンが当惑する。作戦室を出たところで、ユキノがジュンに問いかけた。
「マシロさん、いえ、ジュンくん・・あなたの母親はオーブ軍MSパイロット、レナ・セイヤーズですね・・・?」
この突然の問いかけにジュンが戸惑いを見せる。
「レナさんのことは、オーブで知らない人がいないほどでした。彼女に子供がいたことも、私は知っています・・その子供が、ジュンくん、あなたですね・・・?」
「・・・はい・・その通りです・・・」
ジュンは困惑の面持ちのまま、小さく頷く。その返答を受けて、ユキノは微笑んだ。
「これで納得したのかもしれません・・あなたには素質があったのですね。レナさんと同様、MSのパイロットしての・・」
「ユキノさん・・・」
「あなたが操縦していたアテナは、本来は高度な操縦技術が要求される機体なのです。機動力に重点を置いているアテナは、パイロットにも重い重圧をかけることになります。それをあなたは、自分の機体とするほどに昇華させたのです。」
ユキノの言葉に、ジュンは戸惑いの色を隠せなかった。自分がここまでやれたのは、母親の愛情もあったのだと実感していたのだ。
「僕は、これからどうしたらいいんだろう・・・」
しかし、ジュンは迷いを払拭できないでいた。そんな彼の心境を察して、ユキノの沈痛さを感じていた。
「あなたの信じる道を進めばいいと思いますよ。」
そこへ声をかけてきたのはシスカだった。彼女はジュンとユキノの会話を聞いていたのだ。
「まさか本当に、マシロ様が偽者だったとは、思いもよらなかったでしたよ。でも、薄々感づいてきてはいましたけどね。」
「シスカさん・・・」
ジュンが困惑を見せると、シスカが微笑んで彼の肩に手を添える。
「ニナさんに申し訳ないと思っているのでしょう?・・ならあなたの気持ちを、きちんと彼女に伝えましょうか。」
シスカのこの言葉に、ジュンは光明を見出した気がした。彼の脳裏に、夢の中で会ったミナミの言葉が蘇る。
“あなたの気持ちも、みんなに伝えてあげて・・・”
(そうだ・・僕が僕自身の気持ちを伝えなくちゃ、相手の気持ちも理解できない・・ニナちゃんに、僕の心を伝えなくちゃ・・・)
ミナミに後押しされて、ジュンが奮い立った。ニナのため、周囲のみんなのため、自分自身のため、今こそ立ち上がらなくてはならない。ジュンはそう思っていた。
「・・ユキノさん、僕も行かせてください・・・」
「ジュンくん・・・」
真剣な面持ちになって言いかけてきたジュンだが、ユキノは首を横に振る。
「ニナさんを助けたいというあなたの気持ちは分かります。ですが今の状態ではとても危険です。」
ユキノは深刻な面持ちでジュンを制する。彼の傷はまだ癒えておらず、激しい運動をすることもはばかれる状態にある。戦闘に出るなどもってのほかだった。
「このまま戦場に出れば、死んでしまうかもしれません!このクサナギを指揮する人間として、許可するわけにはいきません。」
「それは覚悟の上です・・こんな状態で戦えば、勝てたとしても無事じゃ済まない・・・それでも僕は、行かなくちゃいけない・・今のニナちゃんを止められるのは、僕しかいないんです!」
ユキノの警告を拒んで、あくまで戦場に出ようとするジュン。今の彼に恐れも迷いもなかった。
彼の心境と決意を目の当たりにして、ユキノも決断を下した。
「やはりあなたは、レナさんの子供ですね。どんなに傷ついても、みなさんを守るために体を張っていました・・・」
「ユキノさん・・・」
「ついてきてください。あなたの思いを伝えるための剣を与えます・・」
ユキノの呼びかけを受けて、ジュンは彼女についていった。
カオスサイドのMSと交戦していたアリカ、マイ、ナツキ。デッド・ライダーズを守りながら戦っていた彼女たちは、カオスサイドに攻めきれないでいた。
「絶対に負けられない・・・!」
「お前たちにこれ以上、みんなの大切なものを壊させるわけにはいかない!」
「ニナちゃん・・ニナちゃんの幸せがカオスサイドのために戦うことなら、私はニナちゃんを止める!」
マイ、ナツキ、アリカの中で何かが弾ける。五感が研ぎ澄まされ、視界がクリアになる。
マイスター、カグツチ、デュランの動きが機敏になり、徐々に劣勢を巻き返していく。
「3機の動きが向上している・・・!」
「本当に厄介よね。こういう風にいきなりパワーアップしちゃう相手は。」
フィーナとスワンが毒づくが、ニナは落ち着きを払っていた。
「私も負けるつもりはない・・たとえあなたの命を奪うことになるとしても、私はあの人のために!」
ニナは自身の想いをアリカに向けて言い放ち、オレイカルコスが再びマイスターに向かって飛び掛った。
その頃、アザトースにてカオススーツの破損箇所の修復を終え、トモエが再び出撃しようとしていた。
「マイスター・・絶対に・・絶対に許しませんわ!」
怒りをあらわにしたトモエを乗せて、カオススーツFがアザトースから出撃していった。
ジュンがユキノに導かれたのは、クサナギの整備ドックだった。ユキノがその扉を開けて、ドックの中に踏み込んでいく。
「ジュンくん、これがあなたに、あなたのお母さんが託した力です・・・」
「これ、は・・・!?」
ユキノが指し示したものを眼にして、ジュンは驚きを覚える。そこにそびえ立っていたのは、紛れもなくアテナだった。
「これは元々は、レナさんが搭乗するはずだった機体です。」
「母さんが・・・」
ユキノが告げた言葉にジュンが戸惑いを覚える。
「あなたが扱ってきたアテナはいわば未完成品。そこにいる機体こそが、本来のアテナの姿なのです・・そしてその力を発動するための鍵を、あなたは持っているはずです。」
「僕が・・・」
ユキノに言われて、ジュンはあることを思い出す。それはレナが託してくれたひとつの宝石だった。
色のない透明な球状の宝石。何もないはずのその宝石は、無限に広がる何かを宿していると感じさせていた。
「あなたには、支えてくれるたくさんの人たちがいるんですよ・・・アテナは、その思いを世界に広げるためのものです。」
ユキノの言葉を耳にしながら、ジュンは宝石をじっと見つめていた。そこに込められた思いの中には、レナ、ミナミのものも含まれている。
(そうだ・・僕は、僕を支えてくれるたくさんの人たちの思いを背負っているんだ・・その思いを伝えるためにも、僕は一歩を踏み出さなくちゃいけない・・・)
ジュンはその思いを強く胸の中に秘めて奮い立ち、アテナに向けて駆け出した。コックピットに乗り込み、手にしていた宝石を挿入口に挿入する。
すると機体の電源が入り、その鼓動を発動させていた。同時に眼前のハッチが開かれ、虚空が広がっていた。
(僕は迷わない・・みんなの願いを届けるために、僕は戦う!)
「マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム、アテナ、いきます!」
決意を秘めたジュンを乗せて、アテナ・ホワイトメビウスがクサナギを発進した。
次回予告
「マシロさん、どうして・・・!?」
「僕はニナちゃんとちゃんと向き合いたい。だから、もう1度一緒に始めよう・・」
「あなたには、私を理解できない・・・」
「もう遅いのよ、全てが!」
「ニナちゃんを守るため、僕はその力を撃つ!」