GUNDAM WAR -Shine of Mebius-
PHASE-23「邪の陰謀」
負傷したシスカが気がかりになり、ジュンは医務室の前で立ち尽くしていた。シスカは戦闘中に意識を失ってから、未だに眼を覚ましていない。
沈痛の面持ちを浮かべていたところへ、アリカがジュンに声をかけてきた。
「マシロちゃん・・少し、休んだほうがいいよ・・気持ちは分かるけど、マシロちゃんだって疲れてるはずだから・・」
「ありがとう、アリカちゃん・・でも、シスカさんのことを考えると、心配でたまらなくなるんだ・・・」
心配をかけてくるアリカに、ジュンはいたたまれない気持ちを告げた。
「シスカさん、どういう気分でいるんだろうか・・・あの町でのことから、ずっとお兄さんのことを考えてばかりだったから・・」
「もしかして、デッド・ライダーズの中に、シスカさんのお兄さんがいるんじゃ・・・」
呟いていたところへかけられたアリカの言葉に、ジュンは一抹の不安を覚えた。
「それじゃ、シスカさん・・・!?」
言いかけようとしたところで、ジュンはユキノが来たことに気づく。
「マシロさん、オルブライト隊、ロイ・オルブライト大佐があなたとお会いしたいと申してきていますが・・」
「オルブライト隊・・先ほど、僕たちを助けに現れた部隊ですね・・・」
ユキノの呼びかけにジュンが小さく頷く。
「分かりました。シスカさんのこと、よろしくお願いします・・・」
ジュンはユキノにそういうと、医務室前を後にした。シスカのことは気がかりだが、周囲をおろそかにしていい理由にはならない。彼はひちまず、自身の責務に従うことにした。
クサナギを降りたジュンに、その前で待っていたロイが歩み寄り、微笑みかけてきた。
「お初にお目にかかります、マシロ陛下。私はオルブライト隊を指揮する、ロイ。オルブライトでございます。」
「ど、どうも・・マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームです。」
敬礼を送るロイに対して、ジュンがオドオドしながら挨拶を返す。するとロイが顔だけを少しだけ近づけて、ジュンに小声で話しかける。
「あなたのことはユキノ様から伺っていますよ、マシロ陛下。いえ、ジュン・セイヤーズ様。」
「ロイさんも、僕のことを・・」
「心配いりません。我が隊でそのことを知っているのは私だけです。」
微笑みかけるロイの弁解と気遣いに、ジュンは思わず安堵の笑みをこぼす。
「我々オルブライト隊は、クサナギの護衛の任務に就かせていただきます。」
「了解です。ですがまずは自分たちの無事を第一に考えてください。軍人であるあなた方にも、家族や友達、大切なものがあるのですから・・」
ジュンはロイに言いかけて、突如笑みを消す。シスカのことが脳裏によぎったからだ。
シスカはオーブのために戦っていた傍ら、兄への想いを常に抱えていた。それが揺さぶられ、彼女の心は悲痛のどん底に叩き落されてしまった。彼女の傷ついた心を癒すためにも、自分が奮起しなくてはならない。ジュンは改めてそう思った。
「そのことは心得ていますよ・・もっとも、軍人や戦士は、戦うことが守ることにつながると思ってしまうようになり、何が大切なのかを失念してしまう。それは人として、あるまじきことなのかもしれません。」
「ですが、何も信じられないのは、辛いですよね・・」
ロイの答えに、ジュンはおもむろに物悲しい笑みを浮かべて返答した。
ロイやオルブライト隊との邂逅を果たしたジュンは、再びクサナギへと戻ったシスカのいる医務室に向かう途中、彼は部屋から顔を見せてきたミナミを眼にする。
「ミナミちゃん・・・」
「ジュンくん・・・」
眼を合わせた瞬間、互いに戸惑いを見せるジュンとミナミ。一瞬口ごもってしまう2人だが、その沈黙を先に破ったのはジュンだった。
「今、ユキノさんはロイさんと話し合っているところだよ。君のことも話してあるけど、ロイさんも僕と君のことを受け入れてくれてるみたいだから・・」
「・・本当に、感謝してもしきれないくらいで・・・ジュンくん・・・」
ジュンの言葉に、ミナミは感謝の微笑を見せる。周囲の自分への優しさに、彼女は純粋に喜んでいた。
「あ、マシロちゃん!・・えっと、ミナミさん・・」
そこへアリカが通りがかり、ジュンに声をかけた後にミナミの名前を一瞬忘れてしまう。
「アリカちゃん・・今、シスカさんのところに行こうとしたら、途中でミナミちゃんに会って・・」
ジュンがアリカに事情を説明すると、彼女はきょとんとなりながら頷いてみせる。
「それなら私も一緒に行くよ。私もシスカさんのことが心配だから・・もちろんマシロちゃんのこともね。」
「アリカちゃん・・・」
アリカの気遣いにジュンが微笑む。
「あ、そうだ。ミナミさんも行きませんか?」
「えっ?私も、ですか・・・?」
アリカに唐突に誘われて、ミナミが戸惑いを見せる。
「でも、私はあなたたちに一応は捕まっている身だから・・」
「大丈夫、大丈夫♪1人でも多く、シスカさんを励ましてあげたほうがいいって♪」
困惑するミナミだが、アリカは笑顔を振りまいて、その困惑を気に留めていない様子だった。
「もう、アリカちゃん・・・ゴメンね、ミナミちゃん。みんないろいろあって、アリカちゃんもアリカちゃんなりにみんなに気を遣ってるから・・」
ジュンがミナミに向けて弁解を入れる。彼の心境を察して、ミナミが笑みを取り戻した。
カオスサイドについて調査を続けていたセルゲイ。彼はついに、カオスサイドの研究施設への侵入を試みていた。
(ここがカオスサイドの浮遊基地か・・さすがに警戒が厳重になっているか・・)
基地の近くで岩場に身を潜めつつ、注意を強めるセルゲイ。基地は正門前から警備の兵士たちが立ちはだかっている。
周囲への警戒を怠らずに、セルゲイは通信機を取り出し、別地点で待機している部下への連絡を入れる。
「オレだ。これから基地内部への潜入調査を開始する。」
“し、しかし、それでは少佐が危険です!ここは私たちに・・!”
セルゲイの呼びかけに、通信相手の部下が声を荒げる。しかしセルゲイは顔色を変えずに続ける。
「オレは高みの見物をするつもりはない。オレはオレのできることをする。全力でな・・」
(ニナが必死に戦ってるのに、オレが戦わないわけにはいかないからな・・・)
セルゲイは言いかけて、胸中でニナのことを気にかけていた。娘のためにも、今は自分が体を張らなくてはならない。
「これより、こちらから連絡が入るまで、オレに向けての連絡を一切禁止する。3時間経過しても連絡がない場合、全部隊はすぐに撤退。オーブ軍、クサナギと合流しろ。いいな。」
セルゲイは指示を送ると、部下への連絡を終える。そして彼は改めて、カオスサイドの研究施設に眼を向けた。
カオスサイドの浮遊基地では、混沌軍が次の進撃のための準備を行っていた。トモエも新たなる機体の調整に喜びを隠せないでいた。
(もうすぐよ・・もうすぐこの力で、オーブやマイスターを・・・)
「マルグリッド殿、スミス殿から報告です。」
歓喜を覚えてたところで兵士に声をかけられ、トモエは笑みを消して振り返る。
「ランドル隊と共闘していたサウザンズ殿、スワン殿が帰還しました。カスターニ殿は戦闘中にシグナルロストとなり、消息不明です。」
「ウフフ・・そのようだと敗戦したのね。残念ね。せっかくの最後のチャンスだったのに・・」
報告を聞いて、トモエが哄笑を上げる。
「あまり人をあざ笑ってはかわいそうというものですよ、トモエさん。」
そこへスミスが格納庫を訪れるが、トモエは笑みを消さない。
「あら。私はこれでも哀れんでいるつもりよ。次の戦闘、私の独り舞台といっても過言ではないのですから・・」
トモエはスミスに言いかけると、新兵器に視線を戻す。
「今度の戦闘ではアレが導入されるのよ。その威力はスミスさん、あなたも十分ご存知のはずでしょう?」
「そうですね。でも、よろしいのですか?オーブはあなたが育った国でしょう?」
スミスがからかうように言いかけると、トモエもあざ笑って言葉を返す。
「つまらないことを聞くのね・・今のオーブは、私が望んでいるオーブじゃないもの・・・シズルさんのいないオーブなど、オーブではないわ・・・!」
トモエはスミスたちに言うと、新兵器の調整に戻っていった。彼女からは再び苛立ちがあらわになっていた。
ランドル隊と合流してのオーブとの戦闘に負傷を被ったスワンたち。その状況を聞いたイオリは、笑みを崩していなかった。
「オレたちの援護、ご苦労だったな。ミナミが落とされたのは痛手だったがな。」
「申し訳ありません、イオリさん。私たちの力不足です・・」
言いかけるイオリに、フィーナが謝罪し、スワンも頭を下げる。
「気にするな。こうしてオレたちはここにいる。お前たちの働きがもたらしたものだ。それに・・」
「それに?」
「お前たちもまた新しく完成する新兵器の正式なパイロットとなるからな。」
イオリはフィーナたちに言いかけると席を立ち、作戦室を後にしていく。
「イオリさん、どちらへ・・・?」
「これから本格的な革命に向けての作戦を行う・・もう1人、新兵器のパイロットにふさわしい人物を見つけているのでな・・」
呼びかけるフィーナに答えてから、イオリは不敵な笑みを浮かべて歩き出した。
アザトースを降りて、基地内の廊下を進むイオリ。そこへスミスが通りがかり、イオリに声をかける。
「そろそろ彼の拘束に移ったほうがよろしいかと思いますが・・」
「そうだな・・それで、ヤツの居場所は特定できたのか?」
「断定はできていませんが、我々に警戒心を抱いていることだけは確かです。おそらくはこの近くにいるのかも。」
言葉を交わして、イオリとスミスが笑みをこぼす。
「それでは引き続き捜索を続けます。見つけ次第連絡しますので。」
「分かった。任せたぞ、スミス。」
イオリに言いかけると、スミスは小さく一礼してからこの場を離れた。
カオスサイドの研究施設に忍び込み、その秘密裏に行われている企みを確かめようとしていたセルゲイ。廊下を歩く兵士や研究員の眼をかいくぐって、彼は施設内を移動していた。
(連中はここで何を企んでいるんだ?・・一刻も早く真相を突き止めて、連中の企てを阻止しなくては・・・!)
セルゲイはさらに警戒を強めてから、施設の廊下を身を潜めながら進んでいく。さらには通気口も使い、移動を続けていく。
そしてついに、彼は格納庫の天井裏へとたどり着いた。そこで彼が眼にしたのは、悠然とそびえた立つ2体の機体だった。電源が入れられていないためなのか、装甲に色はない。
(な、何だ、この機体は!?・・あれがカオスサイドの新たな戦力だというのか・・・!?)
その姿にセルゲイが驚愕を覚える。しかしすぐに冷静さを取り戻して、格納庫の天井裏から離れる。
(それにしてもあの2体の機体、どこかで・・・)
目の当たりにした新兵器に対して疑念を抱くセルゲイ。
(いや、とにかくもう少し情報を得てから、すぐにここを離れたほうがいい。そしてライトサイドとオーブにこの情報を伝達して、早急に打開の策を・・)
迷いを振り切って、セルゲイが再び移動を始める。通気口を伝って、彼は人気のない部屋に出る。
そこは電力整備室だった。周囲の機械のいくつかは稼動していたが、部屋の人はいないようだった。
セルゲイは警戒心を解かずに、部屋から出ようとする。
「困りますね。あなたほどの人が不法侵入とは・・」
そのとき、背後から突然声がかかり、セルゲイは一瞬硬直する。ゆっくりと振り返った先には、悠然とした態度を見せるスミスの姿があった。
「お初にお目にかかります、セルゲイ・ウォン少佐。私はカオスサイドの調査員兼査察官、ジョン・スミスでございます。」
スミスが自己紹介をして小さく一礼する。
「まさか、オレの動向に気付いていたというのか・・・!?」
「えぇ。もっとも、あなたがこの施設内に侵入してからのことですけど。」
問いかけるセルゲイに、スミスは淡々と答える。
「まさかお前からこっちに来るとはな・・だがおかげでこちらから出向く手間が省けた。」
そしてスミスの背後から、イオリが姿を見せてきた。
「セルゲイ・ウォン。オレの兄、ナギ・ダイ・アルタイに仕えていた人間が、カオスサイドに敵対の意思を示すとは・・・だが別に責めてはいない。オレはナギを兄とは認めていないからな。」
「何を企んでいる・・お前たちの目的はいったい・・・!?」
セルゲイがイオリに問い詰めるが、イオリは不敵な笑みを崩さない。
「全ての制圧だ。平和を偽る連中を一掃し、オレたちが新たに世界を築いていく。それがオレが思い描いている革命なんだよ。」
「何だと・・・全てを一掃するなど、そんなマネが許されると思っているのか!?」
「関係ないな。周りがどう考えようと、邪魔するヤツは誰だろうと容赦なく潰す。オレはナギや黒曜の君のようにはいかない・・・!」
セルゲイが言い放つが、イオリは笑みを消さない。そのとき、セルゲイは首筋を強打され、意識を揺さぶられて倒れ込む。
苦痛にさいなまれているセルゲイの眼に、新たに現れた1人の男の姿が飛び込んでくる。
「お前は・・・!?」
セルゲイはその姿に眼を疑った。それはまさにセルゲイそのものだった。
「悪いな。今からオレが、お前となるのだ・・」
男が倒れたセルゲイを見下ろして、不敵な笑みを見せる。
「今しがた目覚めたばかりだが、データとクローン技術がその効果を十二分に発揮させている。」
イオリが男とセルゲイを見比べて、笑みを強める。
「私も驚いていますよ。性格に差異を設けているとはいえ、ここまで瓜二つにできるとは・・」
スミスも男に眼を向けて淡々と言いかける。
「これで準備はあとひとつ。それさえつかめば、全ての鍵はオレが牛耳ることになる。」
「私はあなたの人柱となる存在。そして、その男に代わって“セルゲイ”となる存在・・」
イオリに続いて、男も不敵な笑みを浮かべて答える。
「さて、お前の役割を果たすときだ、オーギュスト。いや、セルゲイ・オーギュストというべきか。」
「・・承知いたしました、イオリ・パルス・アルタイ・・」
イオリの言葉にオーギュストが頭を下げる。
(これでいい。これで少なくとも、世界は大きく揺れ動くことになる・・・)
「アザトースクルーに通達!出動態勢を整えろ!準備が完了次第、オーブに向けて出撃する!」
「了解しました、イオリさん。」
イオリの命令を受けて、スミスが会釈し、オーギュストが笑みを強めた。カオスサイドの本格的な策略が、今まさに始まろうとしていた。
次回予告
「カオスサイドに戻るって!?」
「マシロさんがマシロさんのすべきことをするように、私の私のすべきことをしたいんです。」
「ミナミちゃん・・・」
「大丈夫・・必ず、帰ってくるから・・・」