GUNDAM WAR -Shine of Mebius-
PHASE-20「安らぎの場所」
純白のワルキューレに乗っていたのはミナミだった。この事実にジュンは動揺の色を隠せなかった。
その傍らで、ミナミは両手を拘束され、クサナギの独房に連行されることとなった。そしてクサナギは整備のため一時移動することとなった。
独房の監視はクルーが交代で行うこととなった。日が落ちた現在はニナが監視を行っていた。
ミナミは沈痛の面持ちを浮かべて、独房の中でじっとしていた。脱出を企む様子も反抗的な言動も見せず、じっと座り込んでいた。
大人しくしている彼女の様子に、ニナは疑問を感じていた。そこへユキノが姿を見せてきた。
「どうですか、ニナさん?彼女の様子に、何か変化はありましたか?」
「ニナさん・・いえ、相変わらず大人しく・・カオスサイドの軍人でありながら、戦いにおける覇気というものが感じられないのです・・」
ユキノが訊ねると、ニナはミナミの様子を伺いながら答える。
「本当にワルキューレのパイロットでしょうか?・・もしかして、カオスサイドに無理矢理戦わされていたのでは・・」
「それはないでしょう。彼女は間違いなく、自分の意思でワルキューレを操縦していたでしょう。」
ニナの言葉にユキノが微笑んで反論する。
「カオスサイドのパイロットとして身を置いている・・にもかかわらず、彼女は一途な優しさを持っているように感じるのです・・」
「優しさ・・・」
ユキノの言葉にニナは当惑を見せる。そのことを指し示しているかのように、ミナミはじっと座っていた。
その独房前に、ジュンが戸惑いを見せながら姿を現した。気付いたニナとユキノが彼に振り返る。
「ユキノさん、彼女の様子は・・・?」
「本当に大人しくしていますよ・・彼女がワルキューレのパイロットとは思えないくらいに・・」
ジュンが訊ねると、ユキノはミナミに眼を向けながら答える。ジュンもミナミの様子を伺い、困惑を覚える。
「ユキノさん、ニナちゃん、悪いんですけど、彼女と2人だけにしてもらえませんか・・・?」
「マシロさん・・・いけません。彼女はカオスサイドの軍人。あなたと2人だけにするわけにはいきません。」
ジュンの申し出をニナが拒もうとするが、ジュンは引き下がろうとしない。
「僕は彼女と以前に会ったことがあるんです。彼女は誰かに危害を加えることに何の罪悪感も感じない人じゃない・・・彼女がカオスサイドにいたことが、僕は未だに信じられませんが・・・」
ジュンは歯がゆさを浮かべて、ミナミから視線をそらす。彼の気持ちを察して、ユキノは小さく頷いた。
「分かりました。話の時間を設けましょう。」
「ユキノさん!」
了承したユキノに、ニナがたまらず声を荒げる。
「マシロさんがそこまでいうのです。なら、2人を信じてあげなくては・・」
「ユキノさん・・・」
ユキノの弁解に、ジュンは安堵の笑みをこぼす。だがユキノはすぐに真剣な面持ちを見せる。
「ただし彼女が不審な行動を取った際には、徹底した措置を取らせていただきます。最悪の場合、射殺することも・・」
その言葉にジュンは固唾を呑んだ。だが心優しいミナミが万が一にもその最悪の事態を引き起こすことをするとは、彼にはどうしても思えなかった。
「分かっています・・・でも、ここは僕に任せてください・・・」
「・・・行きましょう、ニナさん。ここはマシロさんに任せましょう。」
ジュンの心境を受けて、ユキノはニナに呼びかける。腑に落ちないながらも、ニナは渋々その呼びかけを受け入れた。
ジュンは独房の中に入り、ミナミのいる牢獄の前に立つ。まだ隔たりがあるものの、互いの視界は筒抜けになっている。
彼に気付いたミナミがおもむろに顔を上げてきた。
「あなたは確か・・ライトサイドのマシロ女王・・・」
「・・・久しぶりだね・・ミナミちゃん・・・」
「・・どうして、私の名前を・・・!?」
微笑みかけるジュンに、ミナミが驚きを見せる。
「今は誰も見ていないから、気にしなくてもいいね・・・」
ジュンは言いかけると髪に手を伸ばし、かつらを外す。その顔にミナミは見覚えがあり、同時にさらなる驚きを感じた。
「ジュン、くん・・・!?」
「驚いちゃうよね。お姫さんが実は男の子だったなんて、アハハ・・・」
苦笑を浮かべるジュンだが、ミナミは困惑するばかりだった。
「本当は、僕はマシロ女王の替え玉として呼ばれたんだ。背丈とか雰囲気とかが似ているからって・・・僕のことを知っているのは君と、一部の人たちだけだよ・・・」
ジュンは物悲しい笑みを浮かべて、ミナミに事情を説明する。彼が背負っている責務を、彼女は渋々納得した。
「それにしても、どういうことなんだ・・・君がどうして、カオスサイドに・・・!?」
ジュンが深刻な面持ちを浮かべると、ミナミも沈痛さをあらわにして答える。
「・・それは、みんなの前で話したいと思う・・・」
「・・・でも、それは僕が決められることじゃないし・・・ユキノさんに言えば、了承してくれると思うんだけど・・・」
ミナミの申し出に、ジュンは戸惑いを浮かべて考え込んだ。
「了承しましょう。」
ジュンがその案を呈すると、ユキノは迷いなく了承した。この即答にジュンだけでなく、立ち会っていたアリカやニナたちも驚きを隠せなかった。
こうしてミナミは事情聴取のため、一時的に独房から出されることとなった。ただし出る前に身辺の検査を行い、両手を拘束されることが条件だった。
1つの空室を使って、ミナミはジュン、ユキノ、アリカ、ニナ、シスカの立会いの下、事情を聞かれることとなった。ミナミはジュンと事前に、彼の正体を口にしないことを約束していた。
「では聞きましょうか。カオスサイド、ワルキューレのパイロットであるあなたについて・・」
ユキノが真剣な面持ちでミナミに問い詰める。ジュンは迂闊な発言を避けるため、あえて必要最低限に発言を留めることにした。
「私はカオスサイド、混沌軍所属、MSパイロット、ミナミ・カスターニです。」
「ミナミさん・・・カオスサイドの企みは、いったい何なのですか?」
「それは、いえません・・拘束されているといっても、私は混沌軍、イオリさんの部下ですから・・」
ユキノがさらに問い詰めていくが、ミナミはイオリに関しては話そうとしない。
「イオリ?・・イオリって・・・?」
ジュンが疑問を投げかけると、ミナミはそれに答える。
「・・カオスサイド党首、イオリ・パルス・アルタイです・・」
「アルタイ・・!?」
その言葉を聞いて、ジュンたちは驚愕する。ジュンは以前ミナミを引き取りに来た男がカオスサイドを統べる者であったことに、ユキノたちはアルタイという言葉に対して。
「アルタイって・・まさかイオリという人は・・!?」
「はい・・かつてのダークサイド、アルタイ王国王子、ナギ・ダイ・アルタイの弟です・・」
ユキノが問いかけると、ミナミは沈痛の面持ちを浮かべて頷いた。
(まさかあのとき、カオスサイド党首に会っていたなんて・・・)
ジュンは胸中でイオリの顔を思い返していた。
(でもそれほど心配することでもないかもしれない・・イオリが見たのは“僕”であって、“マシロ”じゃないんだ・・)
何とか自分に言い聞かせながら、ジュンはミナミの話に耳を傾けた。
「たとえどんなことをされても、私はイオリさんとカオスサイドの目的を話したりはしません。」
「・・・全く。捕虜になっているというのに、ここだけは強情なんだから・・」
真剣な面持ちで言いかけるミナミに、ニナは肩を落として呆れる。ユキノは顔色を変えずに、ミナミへの質問を続ける。
「では質問を変えましょう。なぜカオスサイドの軍人に?なぜそこまでイオリに肩入れするのですか?」
この質問にミナミは様々な想いを巡らせていた。その心境を察して、ジュンは沈痛の面持ちを浮かべた。
「・・・イオリさんは、私の命の恩人なんです・・イオリさんが助けてくれなかったら、今の私はなかったのです・・・」
切実に語るミナミを、ジュンたちは頭ごなしに突き放すようなことはできなかった。彼女は直接侵攻を望んでいるわけではなく、イオリへの恩義のために戦いに身を投じているのである。
それがこの事態の深刻さを深めていくことにつながっていた。
部屋の前に監視のクルーを2人置いて、ジュンたちは一路部屋を出た。そこで彼らはミナミに対する処遇について考えていた。
「これは難しい問題ですね・・事を急がせるのは、かえってよくないですし・・」
ユキノが考えを巡らせ、ミナミの処遇をいかにするか模索していた。
「・・・彼女はこのまま拘束すべきです。」
「ニナちゃん・・・!?」
ニナが唐突に告げた見解にジュンが声を荒げる。
「事情はどうあれ、彼女はカオスサイドの軍人です。少なくとも解放してしまえば、クサナギやオーブの人たちの不審を煽ることになります。ユキノさん、決断を。」
「そんなことはありません!」
ユキノに呼びかけるニナに、ジュンが反論する。
「彼女は悪い人ではありません!イオリへの恩のために戦っているだけで、本当は戦いを望んだり楽しんだりするような人じゃない!・・彼女なら僕が言い聞かせます。拘束を解いてください。」
落ち着きを取り戻しながら、ミナミの解放を訴えるジュン。しかしニナの見解は変わらない。
「あなたの彼女を信じる気持ち、分からなくはないです。しかしあなたのこの見解は、あくまで個人的感情でしかありません。それでは軍や政治を揺る動かすことはできません。」
「そうやって救えるものも救えないで、何のための軍なんだ!何のための政治なんだ!」
それでもジュンの気持ちは変わらない。自分の言っていることが感情論であることは承知の上だが、彼はミナミを見捨てることができなかった。
「確かに軍や政治には、冷静な判断と裏づけのある議論が必要です。今の僕の言っていることがそれに対して恥ずべきことであることは分かっています。ですが、誰1人救えなかったら、それらは何の意味もなくなってしまいます・・・だから、信じてください・・僕と彼女を・・・」
あくまでミナミを信じようとするジュン。その彼に、ユキノは真剣な面持ちで言いかける。
「その責任は甚大なものです。その覚悟はありますか・・・?」
「はい。ですが、彼女は信用できる人です。」
「・・・分かりました。彼女の所持する武器、またはそれになりうるものを撤廃。彼女の搭乗機を完全監視の下で、彼女の身柄拘束を解放しましょう。」
ユキノはついに、ジュンからの申し出を了承する。だがニナは納得できなかった。
「いいのですか、ユキノさん!?彼女を放置して、もし内部崩壊なんてことになれば・・!」
「責任は私も取ります。もちろんマシロさんにも、ですけど。」
ニナの反論をいさめて、ユキノは小さく頷いた。ユキノの優しさに、ジュンは満面の笑顔を見せた。
そのとき、ジュンたちは周囲に、イリーナを始めとしたクサナギのクルーたちがいたことに気付く。全員が快く受け入れてくれて、ジュンは感謝の言葉をかけた。
「みんな・・・ありがとうございます・・・」
それから、ミナミは両手の拘束を解かれることとなった。自分がなぜ解放されたのか、ミナミは戸惑いを隠せなかったが、それがジュンの見解によるものだと聞かされて、彼女はさらなる動揺とともに安堵を感じていた。
(ジュンくんが・・私のために・・・)
ミナミはジュンの優しさに素直に感謝した。
「ありがとう、みなさん・・でも、どうして私を・・・?」
「それは、マシロちゃんがあなたのことを信じてるからだよ。」
ミナミが問いかけると、アリカが笑顔で答えてきた。
「あなたは誰かを傷つけることを快く思っている人ではない。マシロさんが、そうあなたを信じているのです。」
ユキノが続けて弁解を入れると、ミナミは沈痛の面持ちを浮かべた。敵であるはずの自分をここまで受け入れようとしているクサナギの面々に、彼女は嬉しさを隠せなかった。
「本当にいいのでしょうか・・・イオリさんを信じている私でも、ここにいていいのかな・・・?」
「君がみんなといたいと願うなら・・・」
ミナミが口にした言葉に、ジュンは切実な心境で頷いた。かけがえのない優しさを目の当たりにして、彼女は思わず涙をこぼした。
「ありがとう・・・本当に、ありがとうございます・・・」
ミナミはたまらずジュンにすがりつき、泣きじゃくる。これ以上ないほどの優しさに包まれていると彼女は感じ取っていた。
そんな彼女をジュンは優しく抱きとめる。だが彼女のふくらみのある胸が当たり、ジュンは一気に赤面した。
「と、と、とにかく食事にしよう・・みんな体力をつけておかないと・・・」
ジュンがしどろもどろになりながら、周囲に呼びかける。アリカたちが笑みをこぼし、ミナミも微笑んでいた。
それからジュンたちは食堂での食事を楽しんだ。その中でミナミは、すぐにクサナギのメンバーたちととけ込んでいた。
だがミナミは心の奥底で悩んでいた。ジュンたちと絆を結びつけることと、イオリに対する想いで苦悩、葛藤していた。
その翌日、クサナギは近くのターミナルステーションに着陸した。そこでユキノは資材の補給を行っていた。
その間、ジュン、アリカ、ニナ、シスカは近くの町で暇つぶしをしていた。その中にミナミの姿はない。彼女は本来はクサナギにされるべき身。外出や単独行動まではユキノは許さなかった。
不満が残っていたが、ジュンは渋々ユキノの言葉を受け入れた。
「残念だなぁ。ミナミちゃんも一緒だったらよかったんだけど・・」
「いくらなんでも、敵の軍人と仲良くお出かけというわけにはいかないわよ、マシロさん。」
ため息をつくジュンに、ニナが淡々と告げる。
「大丈夫だよ、マシロちゃん♪今は私たちと楽しい時間を過ごそうよ♪」
そこへアリカが明るく振りまきながらジュンに言いかけてくる。
「それにミナミさんとも、いつか一緒にお出かけできるときが来るって。だから信じて待ってよう、マシロちゃん・・」
アリカに呼びかけられて、ジュンは何とか笑顔を見せた。ニナもシスカも微笑んで、彼の心境を察していた。
「それじゃ、どこかで何か食べて、気分転換でもしましょうか。」
シスカがジュンたちに提案を述べる。
「どこがよさそうかなー♪私も楽しみになってきたなぁ♪」
「あんまりはしたないことしないでよね、アリカ。いい加減子供じゃないんだから。」
笑顔を振りまくアリカに、ニナが呆れながら注意する。するとアリカが不満の面持ちを浮かべ、肩を落とす。
「言っとくけど、あんまり高い店はNGだからね。できるだけ安いお店がグッドよー♪」
だがシスカが上機嫌に振る舞い、勝手に入る店を決めてしまう。
「あの、シスカさん・・・?」
「ムダよ、アリカ。シスカさんはお金にうるさい人だということは、あなたには分かっているはずよ。」
唖然となるアリカに、ニナが再び呆れながら言いかける。アリカも観念して、シスカに従うことにした。
「さーて、どこがよさげな店なのかなー♪」
シスカが軽い足取りで周囲を見回し、手ごろな店を探す。だが彼女の足が唐突に止まる。
「どうしたのですか、シスカさん・・・?」
アリカがそんなシスカに声をかけるが、シスカは聞こえていない様子だった。そして突然、人込みに向かって駆け出した。
「あっ!シスカさん!」
アリカがたまらずシスカを追いかける。しかし人込みにさえぎられて、アリカはシスカたちを見失ってしまう。
ジュンたちを置き去りにして、シスカはさらに突き進んでいく。そして小さな通りに差し掛かったところで、彼女は足を止める。
「お兄さん!」
必死の思いで呼びかけた相手。その先には1人の少女を連れた仮面の男がいた。
それはデッド・ライダーズを統括する男、ジョージ・グレイシーだった。
次回予告
「待って!お兄さんなんでしょ!?」
「デッド・ライダーズ以外に、私の存在意義はない。」
「ここに攻めてくるなんて・・!」
「私はジョージ・グレイシー。全ての過去を捨てた男だ。」
「お兄さん・・・」