GUNDAM WAR -Shine of Mebius-
PHASE-15「父の決断」
ライトサイド党首、マシロが、クサナギから姿を消した。アリカたちは必死に捜索を行ったが、その姿を見つけることができなかった。
見つからなかったのは無理のないことだったのかもしれない。ジュンはマシロとしてではなく、下の少年の姿に戻っていたのだ。その姿は一部の人間しか知らないことだった。
その中で、彼の臆病を強く非難したニナは、心のどこかで自分を責めていた。そのことを打ち明けた彼女に、アリカは戸惑いを隠せなかった。
「ニナちゃん・・どうしてそんなこと・・・」
「・・耐えられなかったの・・マシロさんのあの怯えように・・・何もかも、全てを切り捨てようとしてたことが、許せなくて・・・」
問いかけるアリカに、ニナが後ろめたさを噛み締めながら言いかける。
「でも、やっぱり彼女を傷つけてしまったことに変わりはない・・・私は・・私は・・・」
「ニナちゃん・・・大丈夫だよ!ニナちゃんはニナちゃんなりに、マシロちゃんのことを心配してたんだから・・・!」
自分を責めるニナに、アリカが弁解の言葉をかける。その言葉にニナが戸惑いを見せる。
「ニナちゃんのその気持ち、マシロちゃんもきっと分かってるはずだから・・・」
「アリカ・・・」
励ましの言葉をかけるアリカに、ニナは安らぎを感じて微笑みかけた。
「ありがとう、アリカ・・信じるしかないわよね・・マシロさんが、再び戻ってくることを・・・」
「いいよ、ニナちゃん。私も信じてるんだから・・ニナちゃんも、マシロちゃんも、みんな・・・」
感謝の言葉をかけるニナに、アリカが自分の正直な気持ちを告げる。
「さて、マシロちゃんを探そう。マシロちゃん、私たちを待ってるはずだから・・」
「そうね。行きましょう・・」
アリカの呼びかけにニナが答える。2人はジュンを探して、クサナギの外へと捜索範囲を広げようとしていた。
そこへユキノが近づき、2人に声をかけてきた。
「待ってください、2人とも。」
「ユキノさん・・マシロさんが見つかったのですか・・・?」
ニナが問いかけると、ユキノは首を横に振る。
「ニナさん、あなたに連絡が届いてます。」
「連絡?こんなときに、ですか・・・?」
ユキノの言葉にニナが眉をひそめる。
「誰からですか?その連絡の相手は・・」
「はい・・あなたの父、セルゲイ・ウォン少佐からです。」
「えっ?お父様から・・・?」
その言葉にニナが当惑を見せる。
セルゲイ・ウォン。ダークサイド、アルタイ王国の元大使館であり、ニナの養父でもある。ダークサイド壊滅後は、各国の架け橋の役目を担う国務官を務めながら、ニナと平穏に暮らしていた。
セルゲイはカオスサイドの攻撃と動向を気にして、行動を開始しようとしていた。
「アリカ、先にマシロさんを探して。私はお父様と連絡を取るわ。」
「ニナちゃん・・・」
「お父様との話が終わったら、すぐにあなたと合流するわ。」
ニナはアリカに言いかけると、クサナギの中へと戻っていった。そしてアリカは単独で、ジュンを探してクサナギの外に出た。
クサナギの作戦室を訪れたニナ。彼女はそこで、少し前に飛び込んできた連絡と同じチャンネルをつなげ、返信しようとしていた。
「こちらオーブ軍所属、ニナ・ウォンです。国務官、セルゲイ・ウォン、応答してください。」
ニナが通信を送ると、しばらくして男の声が返ってきた。
“こちら、国務官、セルゲイ・ウォンだ・・久しぶりだな、ニナ・・”
「お父様・・・」
その返答にニナが戸惑いを覚える。
“近くまで来ているんだ。お前と2人だけで話したいことがある。時間は空いているか・・・?”
「こちらも立て込んでいるのですが・・・大丈夫です。すぐにそちらに向かいます。」
セルゲイの申し出にをニナは受け入れた。通信を終えると、彼女は父に会うため、クサナギを降りた。
ニナとセルゲイは本当の親子ではない。戦争で実の家族を亡くしたニナを、セルゲイが引き取ったのだ。
命の恩人でもあるセルゲイを、ニナは心から慕っていた。彼女は戦争を失くすため、父のため、軍人の道を歩むことを決意したのだった。
彼と会う約束をして、ニナは近くの街を訪れていた。その中の小さなレストランで待ち合わせをしていた。
彼女が来たときは既に、セルゲイはレストランに到着して時間を潰している様子だった。
「すみません、お父様。遅くなってしまって・・」
「いや、構わないよ。お前はオーブの軍人だ。そう簡単にここまで出てきてもらえるとは思っていないよ。」
謝るニナに、セルゲイは微笑んで弁解する。ニナはそそくさにセルゲイと向かいの席に着く。
「それで話というのは・・・カオスサイドについて、ですか・・・」
「あぁ。オレもオレなりにいろいろと調べてきて・・その情報を、お前に伝えておこうと思う。」
セルゲイが真剣な面持ちを浮かべるニナに語りかける。
「かつてライトサイドと長きに渡る戦争を繰り広げたダークサイド。ライトサイドとオーブの活躍でその侵略は破られたが、ある男がその残党の一部を収集して、新しく国を立ち上げたのだ。それが・・」
「カオスサイド、ということですか・・」
「あぁ。そのカオスサイドを統治、指揮しているのが・・」
セルゲイは言いかけて、1枚の写真を取り出し、ニナに見せた。その写真に写っている人物に彼女は眼を見開いた。
「ナギ・・・!?」
「いや・・ナギの弟、イオリ・パルス・アルタイだ。」
セルゲイがその写真の人物、イオリについて説明する。かつてダークサイドのアルタイ王国の王子としてダークサイドの党首に仕えていたナギ・ダイ・アルタイ。髪の白黒を除けば、そのナギと瓜二つの姿だった。
「イオリはナギと兄弟ではあるが、ナギを兄とは認めていない。性格も残忍で、カオスサイドの独裁を敷くことを目的としている。」
「独裁って・・そんなこと、どの国に対しても認められるはずが・・」
「そのことは彼の知ったことではないだろう。それに、彼は支配のため、強大な力を欲している。」
「強大な力・・・?」
「そこまではまだ調べがついていないのだが・・おそらくは高性能の兵器だろう。」
ニナに説明するセルゲイに向けて、彼が注文していたコーヒーが届く。
「自らが戦場に赴き、敵対勢力であるライトサイドやオーブへの攻撃に全力を注いでいるように見えるが、その裏で兵器の開発を行い、さらなる侵攻拡大の足がかりにしていることだろう。早く手を打たなければ、カオスサイドを止めることも危うくなる。」
「ではすぐにその兵器開発を行っている場所を突き止めて、食い止めないと・・・!」
「いや。大がかりな行動を起こしても、すぐに向こうに悟られてしまう。イオリにはかなり優秀なエージェントがついている。」
「エージェント・・・」
「ジョン・スミス。カオスサイド直属のエージェントであり、混沌軍に対する査察も担っている男だ。周囲のあらゆる情報を入手し、それをカオスサイド、イオリに伝達している。」
「なるほど。これでは迂闊な行動はできないわけですね・・・」
セルゲイの説明を受けて、ニナが小さく頷く。
「ですが、このまま彼らの行動を見過ごすわけにもいかないでしょう。」
「分かってる。だからオレも、本格的に行動を起こそうと思っているんだ。」
セルゲイが告げた言葉にニナが当惑を見せる。
「オレは直接、カオスサイドで調査を行う。できるだけ相手の懐に飛び込んで、調査を行ってみるつもりだ。」
「お父様・・・危険です!いくらなんでも、カオスサイドの真っ只中に飛び込むなんて・・・!」
セルゲイの申し出にニナがたまらず声を荒げる。だがすぐに我に返り、落ち着きを取り戻す。
「すみません・・大声を上げてしまって・・・ですがお父様、やはり・・・」
謝罪しながらもセルゲイに心配をかけ続けるニナ。その想いを受けて、セルゲイは微笑みかけた。
「オレを心配してくれるお前の気持ちは嬉しい。だがニナ、私にも私のやるべきことがある・・お前にお前のやるべきことがあるように・・」
「お父様・・・」
セルゲイの意思を耳にして、ニナは戸惑いを見せる。
「心配するな。危なくなったらすぐに引き返す。いくらなんでも、お前やみんなを悲しませてまで、こんな危険な仕事をしようとは思ってはいない。」
「お父様・・・分かりました・・できることなら私も着いていきたいと思ってはいるのですが・・私はオーブの軍人。私も、ここでやらなくてはならないことがあります。」
「そうか・・・お前だけに戦いをさせるわけにはいかない・・私も戦う・・・」
微笑むセルゲイに、ニナも真剣さを崩さずに微笑みかける。親子はそれぞれの決意を胸に秘めて、新しい旅立ちをするのだった。
「いけない。そろそろ戻らなくては・・マシロさんが・・・」
「ニナ?」
時計を見たニナの言葉に、セルゲイが眉をひそめる。
「いいえ。何でもありません。それでは私は戻ります。お父様、また・・」
「そうか・・すまなかったな、ニナ。忙しいところを呼び出してしまって・・」
「いえ、気にしないでください。せっかくお父様に呼んでもらったのに、無碍に断るわけにはいきませんから・・」
謝罪の言葉をかけるセルゲイに、ニナが弁解の言葉をかける。そしてニナは父と別れ、再びジュンの捜索に赴いた。
(ニナ・・・オレはお前を信じているからな・・・)
娘に対する想いを胸に秘めて、セルゲイもレストランを後にした。
カオスサイド、フロリンス隊の襲撃によって、ジーザスは負傷を被った。ナツキの駆るデュランの参戦によって危機は脱したものの、艦体の修復のため、ジーザスはしばらく飛び立てない状態にあった。
「思った以上に時間がかかりそうだねぇ・・・チエちゃん、あとどのくらいかかる?」
整備室に訪れたミドリが、修復とその指揮を行っていたチエに声をかけた。
「艦長・・修理とチェックで、どんなに早くても1日・・下手をすればもっとかかるかと・・」
「そうか・・・ま、あんまりムチャしなくてもいいよ。急ぎたいのは山々だけど、みんなの体の安全が大事だからね。」
チエの報告を受けたミドリがクルーたちの心配をする。
「そんなお気遣いはなさらずに・・私もみんなも、危機を見過ごせない気持ちに変わりはありませんよ。」
「ありがとね、チエちゃん・・あんまりこき使っちゃうと、ヨウコにどやされちゃうからね。」
弁解するチエに、ミドリが苦笑いを浮かべる。
「誰にどやされるって?」
そのとき、背後からヨウコに声をかけられて、ミドリが顔を引きつらせる。ミドリが恐る恐る振り返った先のヨウコ、笑顔とともに戦慄を浮かべていた。
ただただ唖然となるばかりのミドリを気にしながら、チエはジーザスの修復作業を続けることにした。
そんなチエに近づき、アオイが声をかけてきた。
「お疲れ様、チエちゃん。私にも何か手伝えることないかな?」
「やぁ、アオイ。今のところ大丈夫だよ。もし何かあったら呼ぶよ。」
手伝いをしようとするアオイに、チエは優雅な口ぶりで答える。するとアオイは満面の笑みを浮かべて、アオイに唐突にメガネをかける。
「そういうのは私の前ではナッシングだよ、チエちゃん♪」
するとチエがいつも見せているような優雅さとはかけ離れたきょとんとした面持ちを浮かべる。その素顔にアオイが笑顔を見せた。
「もう、そういう悪ふざけこそナッシングだよ、アオイ。」
苦笑を浮かべるチエに、アオイは笑みをこぼしていた。
「それじゃ、アオイの申し出を受けることにしましょう。各機体のシステムチェックを頼むよ。」
「了解しました、チエ殿!ってね、アハハ・・」
言いかけるチエに敬礼を見せるも、アオイはすぐに照れ笑いを浮かべ、手伝いを始めた。
戦いの恐怖とライトサイド党首の重責に耐えかねて、クサナギを後にしたジュン。しかしシャトルステーションの周辺の道を知らず、彼は途方に暮れていた。
(僕はこれからどうしていけばいいんだろう・・・何もできずに、僕は惨めなまま終わるんだろうか・・・)
恐怖、悲しみ、無力さ、虚無感を抱えて、ジュンが胸中で呟く。これからの自分の道すら見失い、彼の足取りはまるで夢遊病者のようだった。
認めたくない弱い自分を受け入れるしかなく、ジュンはその感情にさいなまれていた。
そのとき、ジュンの脳裏にアリカたちの顔が浮かび上がってきた。
(アリカちゃん・・・)
アリカの顔を思い出して、ジュンは戸惑いを覚える。
これまで自分を支えてきてくれたたくさんの仲間たち。だがジュンには、彼女たちの気持ちに応えることができないと思ってしまっていた。
(母さん、ゴメン・・僕、母さんみたいに強くなれないよ・・・僕は非力で臆病で、弱い人間なんだよ・・・こんな僕が、マシロ女王の身代わりをやれただけでも、十二分に褒められるものだよね・・・)
母、レナに対して申し訳なく呟くジュン。彼はこのように心の中で言葉を巡らせながら、さらに道を進んでいた。
イオリから外出許可をもらい、アザトースを降りたミナミ。しかし降りた場所がどういうところか分からず、彼女は途方に暮れていた。
さ迷い歩いているうちに、彼女は近くの街へとたどり着いていた。
(軽い気持ちで外に出てみたのはいいけど、どこをどう行ったらいいのか・・・)
周囲を見回したり右往左往してみたりするが、明確な目的が見つかるわけでもなく、ミナミは路頭に迷う形となってしまった。
このまま自分だけでこの状況を解決しようとしてもどうにもならないと判断し、ミナミは近くの人に訊ねることにした。だが彼女は人見知りが激しく、知らない人に声をかけることに抵抗を感じていた。
目的地を見つけることも誰かに道を聞くこともできず、ミナミは街の片隅で立ち尽くすばかりになっていた。
(いけない・・帰り道まで分からなくなっちゃった・・・これじゃ、イオリさんに・・・)
ついに帰り道さえ分からなくなってしまい、ミナミは不安を隠せなくなっていた。
(ダメ・・ひとりぼっちは、イヤ・・・)
孤独感にさいなまれて、ミナミは体を震わせていた。家族を失った彼女は、その孤独を強く恐れていたのだ。
「イヤ・・・イヤ・・・」
その恐怖を拭いきれず、ミナミは思わず声を上げていた。しかしその声に足を止める人はいなかった。
やがてその不安に耐え切れず、ミナミはたまらず道に飛び出す。
そのとき、誰かとぶつかってしまい、ミナミは悲鳴を上げながらしりもちをつく。
「す、すみません!・・だ、だいじょうぶですか・・・!?」
ミナミが慌ててぶつかってしまった相手に謝る。立ち上がってその相手に眼を向けると、そこには1人の少年の姿があった。
「・・う、ううん。僕は大丈夫だよ。僕のほうこそボーっとしてたから・・・すみません・・・」
少年も首を横に振ると、ミナミに謝ってきた。ミナミは動揺を隠せず、言葉を返せずにいた。
「君こそ、大丈夫だった?・・どこか、ケガをしてしまったとか・・・」
「う、ううん。私は平気・・本当にごめんなさい・・・」
心配する少年の声に我に返り、ミナミは弁解を入れる。すると少年は笑顔を見せた。
それがミナミと、ジュンとの運命の出会いだった。
次回予告
「似てるね・・私とあなた・・・」
「僕はこれからどうしたらいいんだろう・・・」
「生きている人全員が笑顔でいられる。そんな世界になってほしいと、私は思ってる・・・」
「僕も、そんな勇気を持てれば・・・」