GUNDAM WAR -Shine of Mebius-

PHASE-13「漆黒の乙女」

 

 

 アザトースに到着した1機の黒い機体。その形状はまさしくワルキューレであったが、従来のものよりもさらに黒が強調されていた。

 そのコックピットから降りてきたのは1人の少女だった。肩ほどまである長さのダークグリーンの髪に、慄然とした雰囲気。

 カオスサイドのMSパイロット。トモエ・マルグリッドである。

 トモエが悠然とした態度で格納庫で待っていると、連絡を受けたイオリがスミスとともに姿を現した。

「待たせたな、トモエ。本当ならすぐにここに行くはずだったんだがな。」

「いいえ、お気になさらず。イオリさんも、カオスサイドを指揮する者として、いろいろと忙しいですから。」

 不敵な笑みを浮かべるイオリに、トモエは弁解の言葉を返す。

「ところで、現在クサナギと交戦しているのでしたね?」

「あぁ。向こうの主な戦力は、アテナ、バルディッシュ、パール、そしてマイスター・・」

 トモエの問いかけにイオリが淡々と答える。その中の「マイスター」の単語を耳にすると、トモエが不敵な笑みを浮かべた。

「ずい分と嬉しそうですね、トモエさん。」

「ウフフフ、当然ですわ。相手の中にマイスターがいるんですから。」

 スミスが悠然と訊ねると、トモエも悠然と答える。

「では決まりだな。トモエ、今度の戦闘ではマイスターを叩け。ただし相手はマイスターだ。決して油断するなよ。」

「言われるまでもありませんわ。マイスターを叩くことが、私がここに来た最大の目的ですから。」

 イオリの命令に、トモエは悠然さを崩さずに答える。

「別名あるまで待機だ。戦いたい気持ちは分かるが、ここに移動してきたばかりだ。少し休んでおけ。」

「ウフフ・・従いましょう。本当はすぐにでも戦いたいのですけど・・」

 トモエはイオリの言葉を受け入れると、格納庫を後にした。その後、イオリはふと笑みをこぼしていた。

「相変わらずだな、アイツは。」

「表面的には丁寧ですが、その裏では実に反抗的な考えが伺えますね。まぁ、彼女の操縦技術は、誰の眼にも明らかなほどに優れていますけど。」

 イオリの言葉にスミスが続ける。当惑を見せているクルーたちを見回して、イオリは呼びかける。

「お前たちも体を休めておけ。次の戦闘まで時間がないぞ。」

「はい!」

 イオリの言葉にクルーたちが答える。そしてイオリはきびすを返し、格納庫を後にした。

 

 イオリとの対話を終えて、トモエは作戦室に向かっていた。その途中の廊下で、彼女はミナミを見つける。

「トモエさん・・・」

「ごきげんよう、ミナミさん。先に来ていたんですね。」

 戸惑いを見せるミナミに、トモエが悠然と語りかける。

「ミナミさん、私の相手はマイスターですわ。フィーナさんとスワンさんにも伝えておいてください・・」

 悠然と語りかけていたトモエから次第に笑みが消え、眼つきが鋭くなる。

「私の邪魔をする人は、たとえこっち側の人であっても、容赦しませんから・・・!」

 トモエのその威圧的な態度に、ミナミは困惑を覚える。その彼女に笑みを向けると、トモエは改めて作戦室に向かった。

 ミナミは体を震わせて、たまらず胸を押さえる。かつてない戦慄が訪れると、彼女は予感していた。

 

 飛行を続けていたクサナギは、ついにシャトルステーションに到着しようとしていた。作戦室にて、ユキノがステーションの管制室への連絡を行っていた。

「管制室、応答せよ。こちらオーブ旗艦、クサナギ。オーブ首長国連邦代表、ユキノ・ジェラードです。」

“こちらオーブ中央シャトルステーション管制室。到着を歓迎します。第1ターミナルに案内します。誘導に従い、着陸してください。”

「了解。あなた方の敬意に感謝します。」

 管制室との連絡を終えたユキノ。前方から見える飛行場の灯火が灯り、クサナギを誘導する。

 その明かりを眼にしながら、イリーナがユキノに声をかける。

「これでとりあえずはひと段落つきますね。」

「ですが、辛いものを感じるのも否めません。マシロさんは・・・」

 ユキノが戸惑いの面持ちを浮かべて、イリーナに答える。その心境を察して、イリーナは困惑する。

「でも、永遠の別れというわけではないですから・・またきっと会えますよ、ユキノさん・・」

 イリーナが必死の思いで弁解の言葉をかける。

「分かっています。私は大丈夫です。ですがマシロさんがどう思うか・・・」

 ユキノは笑顔を作って言いかけると、マシロを気がかりにして作戦室を出た。

 

 同じ頃、ジュンも近づく別れのときに不安を隠せないでいた。彼のいる部屋を、アリカが訪れてきた。

「マシロちゃん、大丈夫・・・?」

「アリカちゃん・・・ありがとう。僕は大丈夫だよ・・」

 アリカの心配の声に、ジュンが微笑んで答える。

「アリカちゃん、僕は必ずオーブに戻ってくる。どんなことがあっても・・だからこの別れは、また会うためのきっかけだよ・・」

「マシロちゃん・・・」

 ジュンの言葉にアリカが戸惑いを見せる。励ますつもりが、逆に励まされる形となってしまった。

「ゴメンね、マシロちゃん・・余計な心配だったみたいだね・・」

「そんなことないよ、アリカちゃん・・・励ましてくれてありがとうね・・」

 互いに言葉を掛け合い、互いに励まされたアリカとジュン。

「さて、そろそろ着陸するみたいだから、出る準備をしておかないと。」

 ジュンは笑顔を取り繕って、支度を始める。割り切ろうとするアリカだが、ジュンとの別れへの戸惑いを拭うことができなかった。

 そのとき、艦内に警報が鳴り響いた。その事態にジュンとアリカが緊迫を覚える。

「敵襲・・こんなところで・・・!?

 アリカがたまらず部屋を飛び出し、作戦室へと向かう。ジュンも彼女の後を追って急ぐ。

 2人がたどり着いた作戦室は、この事態に慌しさを見せていた。ジュンがイリーナに向けて声をかける。

「何かあったんですか!?

「カオスサイド・・アザトースが接近してきました・・・!」

 イリーナが告げた言葉に、ジュンとアリカが驚愕する。モニターにもアザトースの姿が映し出されていた。

「今このまま直進すれば、ステーションを巻き込んでしまう!彼らを何とかするには、ここで何とかするしか・・!」

 ジュンが口にした言葉に、アリカとイリーナは頷いた。ステーションを巻き込まずにカオスサイドを退けるには、この手しかない。

 そこへユキノとニナが作戦室に駆け込み、アザトースを眼にする。そんな彼女に、ジュンが歩み寄り声をかける。

「ユキノさん、出撃しましょう!このまま直進すれば、ステーションが・・!」

「分かっています。まずは、アリカさんとニナさんにお願いします。」

 ユキノの呼びかけを受けて、アリカとニナが真剣な面持ちを見せる。

「僕も行きます!」

 ジュンが出撃を申し出るが、ユキノは首を縦に振らない。

「ここはステーション付近です。作戦は慎重に行わなくては、逆に状況を悪化することにもなりかねません。」

「・・様子見・・相手の出方をうかがうというということですか・・・」

 ユキノの見解を聞いたジュンが渋々納得する。ユキノは改めて、アリカとニナに指示を出す。

「アリカさん、ニナさん、アザトースの攻撃を、食い止めてください。」

「はい!」

 アリカとニナが作戦室を出て、各々の機体へと向かう。システムのチェックを済ませ、発進に備える。

“カタパルト接続。ハッチ開放。針路クリア。システム、オールグリーン。全セーフティ解除・・”

 イリーナのアナウンスとともに機体が発進位置に移動し、その眼前のハッチが開かれる。

“マイスター、パール、発進どうぞ。”

「アリカ・ユメミヤ、マイスター、いきます!」

「ニナ・ウォン、パール、発進する!」

 アリカとニナの掛け声とともに、マイスターとパールからクサナギから発進した。

 

 一方、アザトースもクサナギに向けての攻撃を開始しようとしていた。パイロットたちがワルキューレに搭乗し、トモエも自分の機体に乗り込もうとしていた。

 そこでトモエはフィーナ、スワン、ミナミを眼にして、微笑みながら声をかける。

「いよいよですわ。私もこの戦場に立てて、今までにないくらいに興奮してますわ・・」

 悠然と語りかけるトモエだが、フィーナは顔色を変えない。

「緊張感を持ちなさい、トモエ。一瞬の油断が、死を招くことにもなりかねないのよ。」

「ウフフフ、そういうことは、戦果を上げてから言うべきですわね。」

 注意を促すフィーナの言葉を、トモエがあざ笑う。するとスワンもからかうように言いかける。

「ずい分な言い回しね。あなたはその戦果っていうのを上げられるのかしら?」

「愚問ね。私はあなたたちとは違うわ。私は倒してみせる。私が敵と見なしたものは全て・・・」

 さらにあざ笑い、トモエは自分のワルキューレへと乗り込んでいった。その態度にフィーナは呆れていた。

「相変わらずの大きな態度ね。でも、実力は落ちていないと思うけど。」

「そのことを期待してみましょうか。」

 フィーナの言葉にスワンが答え、ミナミは小さく頷いた。3人もクサナギを撃つため、各々の機体に乗り込んだ。

 彼女たちより先に、トモエの乗る漆黒のワルキューレがアザトースから出撃しようとしていた。

「トモエ・マルグリッド、ワルキューレ、行くわよ・・・!」

 トモエの声とともに、ワルキューレ・ダークフレームがアザトースから発進した。それに続いて他のワルキューレたちも続々と出撃する。

 その眼前に現れたマイスターを眼にして、トモエが歓喜の笑みをこぼす。

「やっと私の前に出てきたわね・・」

 トモエが眼を見開き、マイスターを敵視する。漆黒のワルキューレがポールアクスを構えて、マイスターに接近する。

(黒い、ワルキューレ・・・!?

 漆黒に彩られた機体を目の当たりにして、アリカは当惑していた。彼女の乗るマイスターに向けて、ワルキューレがポールアクスを振り下ろしてきた。

 アリカがとっさに反応し、マイスターが後退し飛翔する。ワルキューレは間髪置かずにマイスターに詰め寄っていく。

「逃がしませんわ!」

 トモエがいきり立ち、マイスターを鋭く見据える。マイスターがエクスカリバーを構えて、振り下ろされてきた一閃を受け止める。

「このワルキューレ・・すごい勢い・・・!」

「どうしたの?マイスターの力はそんなものなの!」

 毒づくアリカと、言い放つトモエ。マイスターがエクスカリバーを振りかざし、ワルキューレを退ける。

 距離を保ちながら、トモエが再びマイスターを見据える。

(シズルさんこそが私の全てだった・・シズルさんの人柄で、私は何度も励まされた・・・)

 トモエが胸中で、オーブ前党首、シズルのことを思い返していた。トモエは元々はオーブの人間であり、シズルに対して崇拝的ともいえる尊敬を抱いていた。だがシズルの死をきっかけにトモエはオーブを離れ、同時にその死の要因がマイスターにあると思い、マイスターを憎むようになっていた。マイスターに対して執着していたのはそのためだった。

(私の全てを奪い去ったMS・・マイスター・・・)

「この私の力で、あなたを葬って差し上げますわ!」

 トモエが言い放ち、ワルキューレがマイスターに再度詰め寄ってきた。振り下ろしてきたポールアクスを、マイスターがエクスカリバーで受け止める。

 そこからワルキューレがポールアクスを振りかざし、その切っ先からビームを放つ。至近距離からの砲撃を受けて、マイスターが吹き飛ばされる。

「うわっ!」

 その衝撃で怯んだアリカがうめく。ワルキューレがさらにマイスターに向かって飛びかかっていく。

「アリカ!」

 ニナの駆るパールがアリカを援護しようとするが、その前にフィーナとスワンの駆るワルキューレが立ちはだかる。

 追い詰められるマイスターを、待機していたジュンたちも見据えていた。

「ユキノさん、僕も行きます!このままではアリカちゃんが・・!」

「待ってください!アリカさんを信じましょう・・・!」

 呼びかけるジュンをユキノが制する。しかしジュンは我慢がならなかった。

「ですが、このまま指をくわえて見ているなんて、僕にはできません!」

「マシロさん!」

 ユキノの制止を振り切って、ジュンが作戦室を飛び出す。そしてアテナに乗り込み、発進に備える。

「マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム、アテナ、いきます!」

 ジュンの乗るアテナがクサナギを発進し、ワルキューレと交戦するマイスターに向かう。その前に白いワルキューレが立ちはだかる。

「あなたの相手は私です!」

 ミナミが言い放ち、ワルキューレがアテナに詰め寄る。だがアテナはその速さでその攻撃をかいくぐり、黒いワルキューレに向かっていく。

 ビームサーベルを振りかざし、マイスターを押し切っていたワルキューレに向かって飛びかかる。

「アリカちゃん!」

「くっ!邪魔をするな!」

 割り込んできたジュンに、トモエが言い放つ。ワルキューレのポールアクスを、アテナのビームサーベルが受け止める。

 だがワルキューレはそのまま力任せにアテナを押していく。振り切ろうとするジュンだが、ワルキューレの力は凄まじく、地上へと落下していく。

 そしてついに地上に叩きつけられたアテナ。その動きを封じているワルキューレが、アテナを強く踏みつける。

「どうしたの?割って入ってきたくせにもう勢いがなくなったの?」

 トモエがあざけりながら、さらにアテナを踏みつけていく。その狂気と危機感に、ジュンは戦意を完全に揺さぶられ、恐怖から逃れられないでいた。

「マシロちゃん!」

 そこへアリカのマイスターが飛び込み、エクスカリバーを振りかざしてきた。ワルキューレはとっさに飛び上がり、その一閃をかわす。

「マシロちゃん、大丈夫!?

 アリカがマイスターに近寄って呼びかけるが、ジュンは恐怖に陥ってしまい、答えられないでいた。マイスターとアテナのこの様子を、トモエは鋭く見据えていた。

「ずい分と馴れ馴れしいのを見せ付けてくれるわね・・あなたたちがそういうのをしてると・・うざったいんだよ!」

 憤りをあらわにするトモエ。ワルキューレがさらにマイスターに詰め寄り、攻撃を仕掛ける。

 マイスターがレイを放ち、ワルキューレをアテナに近づけさせないようにする。そして注意を自分にひきつけるように飛び上がり、大剣と銃砲を構える。

「アリカちゃん!」

 そこへバルディッシュを駆るシスカがアリカに声をかけてきた。

「シスカさん、マシロちゃんをお願いします!」

 アリカがシスカに呼びかけると、漆黒のワルキューレに向かって飛びかかっていった。シスカは未だに動きを見せないでいるアテナに視線を移す。

「マシロさん、どうしましたか!?どこかやられたのですか!?

 シスカがジュンに呼びかけるが、それでもジュンは答えない。この事態にシスカはクサナギに呼びかける。

「ユキノさん、マシロさんの様子がおかしいです!アテナを連れてひとまず戻ります!」

“マシロさんが!?・・分かりました。ハッチを開放します。

 ユキノが答えるとシスカはジュンの乗るアテナを連れて飛翔する。そして戦況を見据えながら、クサナギに着艦する。

「マシロさんをお願いします・・・!」

 シスカは改めてユキノに呼びかけると、再び戦場へと戻っていった。

 クサナギに戻ってきたアテナ。その格納庫にユキノと数人のクルーたちが駆け込んできた。

「早くコックピットを開けて!医療班も準備を!」

 ユキノの指示の下、クルーたちがアテナのコックピットを開く。その中にいたジュンは、呆然としたまま動かなくなっていた。

(ジュンくん・・・!)

 その彼の様子に、ユキノをはじめとしたクルーたちは驚愕を覚える。恐怖に陥っていた彼の眼からは涙がとめどなくあふれてきていた

 

 

次回予告

 

「怖いんだ・・僕自身すら・・・」

「このぐらいのことで怖がっているようでは、パイロットは務まりません!」

「僕は、君みたいに強くはなれないよ・・・」

「ユキノさん、マシロちゃんが・・・!」

 

次回・「ジュンの逃亡」

 

 

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