GUNDAM WAR -Shine of Mebius-

PHASE-11「母の優しさ」

 

 

 レナ・セイヤーズ。

 オーブ軍のMSパイロットであった彼女の存在を、同じ軍の人間の中で知らない者はほとんどいない。

 レナはオーブ軍の中でも群を抜いた操縦技術の持ち主で、その巧みな動きで軍や国の危機を幾度となく救ってきたつわものである。

 その強い一面が強調される一方で、誰に対しても心を開く優しさの持ち主でもあった。そのおおらかな人柄から、「女神」と呼ぶ者も少なくなかったという。

 そんな彼女も恋を体験し、子をもうけて母親となった。産休は戦線を離脱していたが、それ以後はそのブランクを感じさせない実力を発揮して見せた。

 だが、彼女の家族としての生活は決して楽というわけではなかった。子供が生まれて数年後、同じ軍人だった夫は殉死し、母の手ひとつで子供を育てなくてはならなくなった。しかし彼女は決して苦にすることなく、家族と戦いを両立させてきた。

 しかし、伝説化もされてきた彼女の戦いにも、突然の終止符が打たれた。

 オーブ軍が密かに行われていた新兵器の開発。これが完成すれば、国の防衛においてこの上ない戦力になるはずであった。

 この新兵器を扱うには、高度の技術と潜在能力を必要とした。その扱いにはレナが適任だった。

 そしてついに、その新兵器が完成し、実践投入も見込まれていた。だが実践投入は実現しなかった。

 同時期に、ダークサイドの侵攻に対して、レナを始めとしたMS隊が迎撃に出ていた。だがその戦闘中、レナがダークサイドの猛攻を食い止めたのと引き換えに、その命を散らしたのだ。

「みんなの笑顔を守るために、私は戦う!」

 その言葉はレナの代名詞とも言われ、みんなの心に深く刻み付けられた。その言葉を胸に秘めて、軍に志願する者も少なくなかった。

 だが開発された新兵器は、扱える人間がいなくなってしまったため、オーブ領土内に封印。計画は凍結された。

 そして1人取り残されたジュンは、母親を失った悲しみを抱えることとなった。それでも周囲からの横暴は留まらなかった。

「レナ・セイヤーズの子供っていっても、結局は弱虫なんだよなぁ。」

「お前はお前。良くて親の七光りってとこなんだよ。」

 子供たちが傷ついたジュンをあざ笑う。

「それにしても、レナ・セイヤーズも恵まれなかったもんだよな。子供がこんなに弱虫だったんだからな。」

 子供たちがジュンをあざ笑う。そのとき、本来ならこのまま泣き崩れるはずのジュンが、ゆっくりと立ち上がってきた。

「確かに僕は、弱虫で臆病で、何もできない・・だから僕のことはどんな風に言っても構わない・・・だけど・・」

 ジュンが眼の前にいる子供たちに鋭い視線を向ける。

「僕の母さんを悪く言うことは、絶対に許さない!」

 内に秘めていた感情を爆発させたジュンの叫びに、子供たちが唖然となる。だがすぐに苛立ちの表情を見せてジュンに詰め寄る。

「こ、こいつ!弱虫の分際で生意気な!」

「せっかく手加減してやったっていうのにさ!」

「もういい!遊びはここまでにして、徹底的にやっちまおうぜ!」

 いきり立った子供たちがジュンに暴力を振るう。しかしジュンは怯むことなく、子供たちの暴力を次々と跳ね返していった。

 最後、精神的に追い込まれていたのは、ジュンではなく子供たちのほうだった。

「こ、こいつ・・なんてことだよ・・・!」

「もう、こんなヤツに構ってやることはねぇよ!」

「行こうぜ、行こうぜ。弱虫が移っちまう・・」

 子供たちは捨て台詞を口にして、そそくさに立ち去っていく。何とか子供たちを退けたジュンだが、いたたまれない気持ちに駆られていた。

(何とかアイツらを退けたっていうのに、負けなかったっていうのに・・とても、心が苦しい・・・)

 苦痛に顔を歪めて、ジュンが胸を押さえる。子供たちにやられた痛みよりも、この気持ちによる心の痛みのほうが強かった。

(憎んじゃいけないの・・憎んで戦ったら、こんなに心が辛くなるものなの・・・母さん、僕は・・・)

 この上ない辛さにさいなまれて、ジュンはその場に座り込む。

“ジュン、あなたは優しい子・・”

 そのとき、ジュンの脳裏に母親、レナの声がよぎった。それはかつてレナがジュンに語りかけたときのことだった。

“誰に対しても優しく、手を差し伸べられる。その優しさが、あなたの最高の力なのよ・・”

「母さん・・・」

“ジュン、あなたは、私の自慢の子よ・・・”

 最後まで優しく、笑顔を見せてくれた母親に、ジュンは心を揺り動かされていた。その気持ちを大切にしていこうと、彼は心密かに決意していた。

 

 昔の自分を思い返していたジュンの眼からは、うっすらと涙が流れていた。その涙を拭った手を、彼はじっと見つめていた。

「母さん、ありがとう・・僕は母さんの気持ちを大切にして、これからを進んでいくよ・・僕自身に、どこまでやれるか分からないけど・・」

 母の優しさと想いに感謝して、ジュンはその手を強く握り締めた。

 そこへ部屋のドアがノックされた。ジュンは再び涙を拭って、ドアに駆け寄っていく。

 ドアを開けた先には、アリカとニナの姿があった。

「アリカちゃん、ニナちゃん・・どうしたの・・・?」

「マシロちゃん、食事の準備ができたから、一緒に食べよう♪」

 問いかけるジュンに、アリカが笑顔を見せて声をかける。

「うん。分かったよ。あ、ちょっと待ってて。すぐに行くから。」

 ジュンは頷くと、支度のためにひとまず部屋に戻る。アリカが満面の笑顔を浮かべ、ニナも微笑をこぼしていた。

 

 食堂にはクルーのほとんどが来ており、中にはもう食事を済ませてしまった者もいた。そこへやってきたジュン、アリカ、ニナに、イリーナとシスカが歩み寄ってきた。

「あ、マシロちゃん、アリカちゃんたちも。」

 イリーナが声をかけると、アリカが笑顔を見せてきた。

「あなたたちがあまりにも遅いから、あなたたちの分まで食べちゃったわよ。」

「えっ!?ウ、ウソですよね!?そんな・・」

「ウフフフ、冗談よ。いくらなんでも、そこまで性格曲がってないわよ。」

 驚きをあらわにするアリカに、シスカが笑みをこぼす。からかわれたアリカがふくれっ面を見せる。

「ひどいですよ、シスカさん。本気で信じちゃうところだったじゃないですかー。」

「ゴメン、ゴメン。ちょっとからかってみただけだってば・・」

 不満の声を上げるアリカに、シスカが苦笑を浮かべる。ジュン、アリカ、ニナは食事を受け取り、空いているテーブルに着く。

「それにしても、マシロちゃんはホントにすごいよね。MSを、しかもアテナをあそこまで使いこなせるなんて。」

 アリカがジュンの操縦技術を褒めると、ジュンは照れ笑いを浮かべる。するとニナもアリカの言葉に付け加える。

「確かにマシロさんの戦闘は賞賛します。しかしおそらく、あの人はさらにすごかったと思いますよ。」

「あの人?」

「オーブで伝説になった人・・レナ・セイヤーズのことですよ。」

 ニナが告げた人物の名に、ジュンは戸惑いを覚えた。その人物こそ、彼の母親であるレナだった。

「あの人は、本当にすばらしい人でした・・・技術だけでなく、人柄も・・」

 シスカも続けてレナへの賞賛の言葉を告げる。

「レナさん?レナさんって・・・?」

 そこへアリカが疑問を投げかけ、ニナたちが呆れる。

「アリカ・・レナさんのことを全く知らないのはあなたくらいなものよ・・」

「だって、そういう知識を覚えるのは苦手なんだもん・・・」

 ニナの言葉にアリカが気落ちする。

「レナ・セイヤーズ。オーブ軍のMSパイロットとして、伝説とまでうたわれた人。MSの操縦のテクニックだけでなく、誰に対しても笑顔を絶やさない優しさをも持っていた・・」

 ニナがアリカに向けてレナについて説明する。続けてイリーナがそれに付け加える。

「アリカちゃんみたいにシズルさんに憧れて軍に入ったって人も多いけど、レナさんに憧れを持った人もけっこういたみたいだよ。」

「そんなにすごい人なんだね、レナさんは・・」

 レナについて聞かされたアリカが感嘆を覚える。

「まぁ、憧れを持つのは自由だけど、軍人になるのはそれなりの努力をしないといけないわね。でも今のあなたたちに言わなくても、もう分かってることだと思うわね。」

 シスカが言いかけると、アリカたちが苦笑いを浮かべる。だがジュンは困惑の面持ちを浮かべて、深く考え込んでいる様子だった。

「どうしたの、マシロちゃん?」

「えっ?・・・う、ううん、何でもないよ・・すごい人なんだね、レナさんって。」

 アリカに声をかけられて我に返り、ジュンが苦笑を浮かべて答える。レナが自分の母親であることは、今のジュンには言えないことだった。

「そういえば、レナさんには1人息子がいたって聞いてたけど・・レナさんが亡くなられた後、どうしてるのかしら・・」

 シスカが口にしたこの言葉に、ジュンは当惑を覚えた。その息子がここにいることは、クサナギの中にはユキノしか知らない。

 今、自分がこのことを明かしたら、周りはどんな反応を見せるだろうか。ジュンは不安で胸がいっぱいになっていた。

「ごちそうさまでした・・・それじゃ、僕は先に部屋に戻るよ・・」

「え、あ、うん・・」

 ジュンが席を立つと、アリカが戸惑いを見せながら頷く。1人食堂を後にしようとしたところで、すれ違いにユキノがやってきた。

「お先に失礼します、ユキノさん。何かありましたら知らせてください・・」

 ジュンはユキノにそういうと、そそくさにこの場を後にした。その彼の様子に、ユキノは当惑を覚えていた。

「何か、あったのですか・・・?」

「さ、さぁ・・・」

 ユキノが疑問を投げかけるが、アリカは困惑を浮かべるばかりだった。

 

 一足先に自室に戻ってきていたジュン。母親、レナのすばらしさ、そしてその親子の絆を痛感し、彼は戸惑いを隠せなくなっていた。

(母さん・・本当にすごかったんだね・・・)

 母への想いのあまり、思わず涙をこぼすジュン。

(母さん・・・僕も、母さんみたいに強くなりたい・・・体も心も強くなって、みんなを守りたい・・・)

 栄光の輝きを秘めた母の姿。その母に負けないように、ジュンはこれからの戦いに向けて、新たな決意を秘めるのだった。

 

 オーブに向けての次の攻撃に備えていたアザトース。だがイオリたちはオーブだけでなく、他国の動向もうかがっていた。

 悠然とした態度で攻撃の機会を待っていたイオリに、スミスが歩み寄ってきた。

「フロリンス隊より入電が入りました。これからライトサイドに攻め入るとのことです。」

「ライトサイドに?・・シャルルめ。勝手なマネを・・」

 スミスからの報告を受けて、イオリがフロリンス隊隊長、シャルル・ギュネール・ロイ・デ・フロリンス八世に対して舌打ちをする。

「それで、アイツはどうしてる?まだフロリンス隊にいるのか?」

「いえ、彼女だけ自分の機体を伴って、単独でこちらに向かっております。マイスターと交戦したと告げたら、かなり興奮していたようです。」

「そうか・・そういえばそうだったな。アイツとマイスターには深い因縁があったんだったな。」

「彼女にマイスターの相手をさせれば、通常以上の働きをしてくれることでしょう。」

 不敵な笑みを浮かべるイオリに、スミスも相槌を打つ。

「それで、フロリンス隊はいかがいたしましょうか?」

「ほうっておけ。自分でまいた種だ。勝手なマネをしたんだから、自分で刈り取らせるさ。」

 スミスのこの言葉に、イオリは吐き捨てるように言い放つ。

「ジーザスや他の部隊の動きを見せないライトサイドは、下手に突かなければでしゃばることはないだろう。その間にクサナギを叩いておくんだ。」

「分かりました。それでは彼女がこちらに到着次第、進撃を開始しましょう。その間にも、武装やクルーたちも万全になっているでしょう。」

 イオリの言葉にスミスが頷き、作戦室を後にする。その後、イオリは笑みをこぼしていた。

(本当の戦いは、本当に面白くなるのはこれからだ。アイツが加わることで、ワルキューレたちはこの上ない勢いを繰り出す・・オーブ、お前たちにこの勢いを食い止めることができるかな・・・)

 胸中で歓喜を覚えるイオリ。カオスサイドの本領が、今まさに発揮されようとしていた。

 

 ライトサイドの大気圏圏外。カオスサイドのフロリンス隊が、世界侵攻を目論んで、ライトサイドに攻撃を仕掛けようとしていた。

 フロリンス隊を指揮していたシャルルは、ターミナルに停泊しているジーザスを叩くため、戦闘準備を進めていた。

「隊長、戦闘準備、間もなく完了いたします。」

「そうか・・ではライトサイド侵入を開始するぞ。」

 兵士からの報告を受けて、シャルルが出撃命令を出す。艦隊の群れが続々とライトサイドへと進行していく。

(イオリめ。このままお前の好きにはさせないぞ・・我々の手で引導を渡してくれようぞ・・・!)

 シャルルが世界だけでなく、同士であるはずのイオリに対しても敵意を見せていた。

「MS隊は、ターミナルを確認次第出撃せよ。一気にジーザスを叩くのだ!」

 シャルルが部隊の兵士たちに呼びかける。その命令を受けて、艦隊がついにライトサイド領土内に侵入した。

 

 フロリンス隊のライトサイド侵入。それはターミナルで待機していたジーザスも察知していた。

「もう、せっかくの休み時間だっていうのに・・!」

「子供染みたこと言わないの!しっかりしなさい、艦長!」

 落胆の面持ちを浮かべているミドリに、ヨウコが呆れながら言いかける。

「分かってるってば・・みんな、準備はできてる!?

 ミドリがジーザスに向けて通信を送る。その作戦室にいるオペレーター、アオイ・セノーがそれに答える。

“待ってください、艦長!ナツキさんがまだ、マイさんのお店から戻ってきてません!”

「えっ!?うそっ!?

 その言葉にミドリが驚愕を覚える。

「ちょっと、ナツキさんがどうしたのよ!?

 肩を落とすミドリに、ヨウコが切羽詰った面持ちで問い詰める。するとミドリがゆっくりと振り返って答える。

「ナツキちゃんが、まだマイちゃんのとこから戻ってきてないみたいなのよ・・・」

 その言葉にヨウコも困惑を隠せなかった。だが少し間を空けてから、ヨウコがミドリに言いかける。

「こうなったら、あなたが出撃するしかないわね。」

「私が・・・?」

 ヨウコの言葉にミドリがきょとんとなる。

「あなたはガクテンオーを動かしていたんでしょう!?ならあなたがみんなを守らないで、誰が守るのよ!?

「ヨウコ・・・」

 ヨウコに言いとがめられて、ミドリが触発される。虚空を見上げて、ミドリが勝気な笑みを浮かべる。

「そうよね・・こういうときこそ、正義の味方の出番ってもんよねぇ・・よしっ!ここは私が力を尽くすわよー!」

 意気込みを見せるミドリに呆れつつも、ヨウコは微笑みかけていた。

「アオイちゃん、私とヨウコもすぐそっちに行くから!そしたら発進するよ!」

“分かりました!ジーザス、発進準備に入ります!”

 ミドリからの指示を受けてアオイが答える。敵襲に備えて、ミドリとヨウコはジーザスへと向かっていった。

 その上空には、大気圏を突破してきたフロリンス隊の艦隊の姿があった。

 

 

次回予告

 

「勝てなくても、時間稼ぎぐらいなら・・!」

「貴様などに出し抜かれてたまるか!」

「孤独だった私にも、かけがえのないものを手に入れることができた・・」

「ナツキ・クルーガー、デュラン、GO!」

 

次回・「銀狼の疾走」

 

 

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