GUNDAM WAR -Shine of Mebius-
PHASE-07「種の覚醒」
シスカからの叱責を受けて、ジュンは困惑していた。戦いにおける自分の甘さを改めて痛感して、彼は落ち込んでしまっていた。
そんな彼のいる部屋のドアがノックされ、彼はベットから起き上がる。ドアを開けたその先には、ニナの姿があった。
「ニナちゃん・・・?」
「マシロさん、食事の用意ができました。みなさんが待ってますよ。」
戸惑いを見せるジュンに、ニナが微笑んで言いかける。ところが気落ちの心境を見せるジュンを目の当たりにして、ニナも当惑する。
「シスカさんの言葉を、気にしているのですか・・・?」
ニナが訊ねるが、ジュンは落ち込んだ面持ちのまま答えない。
「戦うことは、何かを守ることは、そんなに甘いことではありません。それに、何かを守ろうとすれば、必ず他の何かを傷つけてしまうことになります・・・」
「ニナちゃん・・・どうして、そんなこと・・・?」
ニナの言葉を聞いて、ジュンが動揺を覚える。
「戦争は善悪ではなく、それぞれの正義の衝突なのです。その正義が覆ることはまずありえません。従って、何かを守ろうとすれば、必ず相手の何かを傷つけることになるのです・・・」
「それは・・・だけど、それでも僕は、誰かが傷ついているのを黙って見ていることはできない・・・」
「・・・本当にきれいごとですね。戦争はヒーローごっこではありません。そんな偽善としか思えない考え方では、世界は救えませんよ・・・」
ニナに言いとがめられて、ジュンは完全に押し黙ってしまった。ニナは歯がゆさを噛み締めて小さく一礼すると、部屋の前を後にした。
(僕は・・何もできないのかな・・何ひとつ、守れないのかな・・・)
次第に絶望にも似た恐怖を覚え、ジュンは物悲しい笑みを浮かべていた。
大型戦艦「ボトムズ」。オーブ第1ステーションを殲滅したボトムズは、クサナギを追って移動を開始していた。
艦内の作戦室で慄然としている仮面の男、ジョージ。彼は大型レーダーをじっと見つめ、クサナギの動きを伺っていた。
「クサナギ・・このままの進路だと、ソロモン諸島に行き着くな・・アザトースを追っているようだが・・」
ジョージは呟くと、さらにレーダーに眼を凝らす。
「クサナギの反応はあるが、アザトースの反応がない。」
「おそらくジャミング波かミラージュコロイドを発生させて、姿をくらましていると思われます。」
ジョージの言葉にオペレーターの1人が答える。するとジョージは嘆息をもらし、呟くように言いかける。
「ふざけているな、カオスサイドめ。自分たちが危機に陥れば、姿を消しての逃げの一手とは・・だが我々はそのような臆病なことはしない。たとえ相手が、エレメンタルチャージャー搭載機であっても・・・」
ジョージが言いかけていると、作戦室に3人の少女が入ってきた。1人は大人びた雰囲気を放っており、1人はジョージと同じように仮面で顔を隠し、1人は無邪気そうに笑みをこぼしていた。
カナデ・エリザベート、サラ・ギャラガー、マーヤ・ブライスである。
「ありゃりゃ。アザトースの反応がないよ。まぁ、鬼ごっこをやっても別に構わないんだけどね。」
「悪ふざけはやめなさい、マーヤ。すぐに戦闘に赴けるようにしておきなさい。」
気さくに言いかけるマーヤに、サラが注意を促す。だがマーヤは聞き入れていないようだった。
「そんなに真面目一辺倒になることもないんじゃないかな、サラ。少しぐらい楽しんでおかないとやる気がなくなるってものよ。」
「これは遊びではないんですよ。油断していると早死にします。」
からかってくるマーヤと、注意を繰り返すサラ。そのやり取りに、カナデは呆れていた。
「2人ともいい加減にしなさい。ジョージの前よ。」
カナデが口を挟むと、サラとマーヤがジョージに眼を向ける。ジョージは呆れた様子も憤りも見せておらず、毅然とした態度を崩していなかった。
「全員、どうやら落ち着いているようだな・・それでは、これよりクサナギ討伐を開始する。」
ジョージが言いかけると、作戦室にいるクルーたちが彼に眼を向ける。
「クサナギの現在の主力はマイスターとパール、そしてアテナだ。」
「アテナ?オーブが開発した新兵器ですか?」
サラが訊ねると、ジョージが彼女に眼を向けて頷く。
「アテナは機動力に長けている。その動きとパイロットのテクニックと合わせて、その戦闘力は決して侮れない。そこでカナデ、サラ、マーヤ、君たち3人はアテナを一斉攻撃してくれ。アテナを叩けば、オーブの優位が崩されることだろう。」
「だけど、マイスターとパールはどうするの?そのまま放っておくわけにもいかないんじゃないかな?」
「マーヤ、口を慎みなさい。」
気さくにジョージに訊ねるマーヤに、サラがさらに注意する。
「もちろんあの2機のことも忘れてはいない。あの2機の戦闘力は、軽く考えてもアテナ以上ということは十分認識できる。」
「では、誰が押さえるというんですか?」
「・・・オレが出る。」
自ら出撃すると言い出したジョージに、クルーたちが騒然となる。
「わ、わざわざジョージ自ら出て行かなくても・・ここは私たちだけで・・!」
サラがたまらず声を荒げるが、ジョージは顔色を変えなかった。
「これは私が始めた戦いだ。そんな私に、君たちが賛同したに過ぎない。それなのに私が戦場に赴かず、君たちだけに戦わせるような愚かな行為はしたくない。」
「ジョージ・・・」
ジョージの決意を聞いて、サラが戸惑いを覚える。彼女に微笑みかけてから、ジョージは眼前の空を見据えた。
別部隊との合流を果たすべく、ソロモン地区を飛行していたクサナギ。一夜が明けてもその飛行を止めることなく、さらなる進行を行っていた。
その中で、ジュンは未だに葛藤から抜け出すことができないでいた。シスカとニナの言葉が、彼の心を大きく揺さぶっていた。
(このままじゃいけない・・しっかりするんだ・・僕が何とかしないと、また誰かが傷つくことになるんだ・・・)
何とか迷いを振り切ろうとするジュンだが、その考えと裏腹に、迷いは募るばかりだった。
そこへアリカが通りがかり、ジュンに笑顔を見せてきた。
「マシロちゃん、もうすぐ到着だよ♪えっと・・フェロモン・・あれ?・・」
ジュンに言いかけて、アリカが疑問符を浮かべる。するとジュンが微笑みかけて、
「ソロモン諸島だよ、アリカちゃん。」
「あ、そうだった、そうだった。アハハハ・・」
ジュンの言葉を受けて、アリカが照れ笑いを浮かべる。その笑顔に、ジュンは徐々に安堵を覚えていく。
「ありがとう、アリカちゃん・・アリカちゃんの笑顔と元気には、ホントに励まされるよ・・」
「えっ?・・そ、そんなこと・・私、これでも励ますの苦手だし・・」
ジュンの言葉にアリカが慌てて弁解を入れる。するとジュンは首を横に振る。
「その笑顔だけで、僕は頑張れるから・・・」
「マシロちゃん・・・」
ジュンの言葉を受けて、今度はアリカが戸惑いを見せる。
そのとき、艦内に警報が響き渡り、赤ランプが点灯する。その緊急の知らせに、ジュンとアリカが緊迫を覚える。
「敵襲!?・・もうすぐ到着だっていうのに・・・!」
「でも誰が・・アザトースは撤退して、この辺りにはいないはず・・・!」
声を荒げながら、作戦室に向かうジュンとアリカ。ユキノとイリーナはレーダーとモニター画面を照らし合わせて、敵機の正体を確かめる。
「いったい、誰が・・!?」
「カオスサイドではありません。別の勢力の可能性が高いです。」
問いかけるジュンに、ユキノが深刻な面持ちのまま答える。そこへ通信をキャッチしたイリーナが、ユキノに報告する。
「オーブ第2ステーションより入電。第1ステーションが襲撃を受け、壊滅した模様・・・!?」
報告を告げるうちに、イリーナの語気が次第に荒くなる。彼女自身、この報告が信じられなかったのだ。
「こちらに到着するまでの進路を辿ると、第1ステーションの位置する地点に行き着きます!」
「それじゃまさか、あの戦艦が、ステーションを・・・!?」
イリーナの報告にジュンが息を呑む。ふと視線を外に向けたジュンが、待ち構えている戦艦を目の当たりにして驚愕する。
「何だ、あの部隊は・・・!?」
「カオスサイドとは別の勢力・・」
ジュンに続いてニナが声をもらす。そのとき、眼前の戦艦からのものと思われる通信がクサナギに飛び込んできた。
“オーブ旗艦、クサナギよ。こちらはデッド・ライダーズ旗艦、ボトムズ。私はその指揮官、ジョージ・グレイシーだ。”
「戦艦からの通信です!コードネーム“ボトムズ”!」
戦艦、ボトムズからの通信に、イリーナがユキノたちに呼びかける。
“我々は先の戦争にて、心身に傷を追った者、家族や仲間を失った者が結束している。そして我々は、救いの手を差し伸べなかった世界に反旗を翻す。”
「せ、世界を敵に回すというの・・・!?」
その通信にニナが驚愕する。
“世界は傷ついた我々に救いの手を差し伸べようとする行為さえ示そうとはしなかった。この世界にある平和は、もはや偽りのものでしかない。よって、我らデッド・ライダーズは、全ての勢力国家の壊滅を開始する。”
ジョージが告げた言葉にユキノたちは驚愕を隠せなかった。これは世界全土に対する宣戦布告に他ならなかった。
“まずはオーブ、お前たちの壊滅を開始する。もしも我々に対する絶対服従を呑むならば、命の保障をしよう。”
ジョージが突きつけてきた理不尽ともいえる要求に、クサナギ艦内は騒然となった。
「じ、冗談じゃない!こんな要求、呑めるはずがない!・・ユキノさん・・!」
たまらず声を荒げるニナだが、ユキノはこの状況下でも落ち着きを払っていた。
「マシロさん、あなたはこの事態をどう思いますか?」
「どうって・・」
ユキノの突然の問いかけにジュンが戸惑う。
「彼ら、デッド・ライダーズ・・彼らは世界からの救済を求めているように聞こえますが、この行為は明らかに蹂躙。その彼らに対して、あなたはどのように対応するつもりですか?」
ユキノに問い詰められるジュンに、周囲から注目が向けられる。少し考え込んでから、ジュンは言葉を切り出した。
「止めましょう・・たとえ救済を求めていたとしても、誰かを傷つけていい理由にはなりません・・・まずは、彼らの戦闘停止を第一に・・」
ジュンが告げた見解を聞いて、ユキノとアリカが微笑んだ。
「そうだね・・誰かが傷ついたり、何かが壊される前に止められれば・・・」
アリカもジュンの考えに同意すると、ユキノも小さく頷いた。
「向こうと同じチャンネル回線を。」
「は、はい・・」
ユキノの呼びかけにイリーナが答え、通信回線を開く。そしてユキノはボトムズに向けて通信を送る。
「オーブ軍、クサナギ現指揮官、ユキノ・ジェラードです。残念ですが、あなた方の申し出を受け入れることはできません。理由はどうあれ、あなた方が今行おうとしているのは明らかな他国への侵略です。その行為を、私たちは受け入れるわけにはいきません・・このまま、撤退することを願っています・・・」
ユキノはボトムズにそう呼びかけると通信を切り、デッド・ライダーズの出方を伺う。
「パイロットは搭乗機にて待機。万が一のために、臨戦態勢を取ってください。」
ユキノの指示を受けて、アリカ、ニナ、シスカがそれぞれの機体に向かっていく。ジュンも決意を胸に秘めて、作戦室を飛び出そうとする。
「あなたも行くのですか、マシロさん・・・」
「決断した僕が行かなくては、何の意味もありません・・・」
ユキノが呼びかけるとジュンは足を止めて答える。自身の決意を改めて告げると、ジュンは改めてアテナの元へ向かった。
ユキノからの返答に、ボトムズ艦内は騒然となっていた。その中でジョージは冷静さを保っていた。
(やはり素直に受け入れてはくれないか・・だがお前たちの偽りの平和にすがることに、我らは飽きているのだ・・)
「カナデ、サラ、マーヤ、発進だ!私も出撃する!」
ジョージが呼びかけると、カナデ、サラ、マーヤが作戦室を飛び出していく。そしてジョージも自ら戦いの場へと赴いていく。
格納庫にて待機していた機体に、カナデたちが次々と乗り込んでいく。
ドムトルーパー。様々な機体と武装のデータを参考にして、デッド・ライダーズが独自に開発したMSである。
そしてジョージが搭乗した機体は、完全な赤に統一されていた。彼専用のMS「ブラッド」である。
「いいか。お前たちはアテナを狙え。オレがマイスターとパールを足止めする。」
「了解です、ジョージ・・・どうか、ご無事で・・・」
呼びかけてくるジョージの安否を気遣うサラ。そして4人は身構え、発進に備える。
「ジョージ・グレイシー、ブラッド、出るぞ!」
ジョージの駆るブラッドがボトムズから出撃する。
「私たちも行くわよ。準備はいいわね?」
「分かってるって。私に手抜きはないから。」
「真面目にやりなさい。死ぬことになりますよ。」
カナデの指示を受けるマーヤの態度に、サラがさらに注意する。彼女たちの乗るドムトルーパー3機も、ブラッドに続いて出撃した。
ボトムズから出撃してきた機体を目の当たりにして、ユキノも迎撃の指示を送る。それを受けてジュンたちも出撃体勢を整える。
「アリカ・ユメミヤ、マイスター、いきます!」
「ニナ・ウォン、パール、発進する!」
「シスカ・ヴァザーバーム、バルディッシュ、いきます!」
アリカのマイスター、ニナのパール、シスカのバルディッシュが続々とクサナギから発進していく。ジュンも眼前に広がる虚空を見据えて、身構えていた。
「マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム、アテナ、いきます!」
ジュンのアテナも出撃し、デッド・ライダーズに向かっていった。
(あれがオーブの主力・・このまま一気に攻め落としてくれるぞ。)
向かってくる機体を眼にして、ジョージが戦意を強める。
「いくぞ!全ての敵をなぎ払うのだ!」
ジョージが言い放つと、ブラッドとドムトルーパーが動き出した。ブラッドはマイスターに、ドムトルーパーたちがアテナに向かっていく。
「油断できない相手だからね・・一気に決めるわよ!」
「えっ?速攻なの?それじゃつまんないじゃない。」
「速決は全ての物事において迅速をもたらすのですよ。」
言葉を交わすカナデ、マーヤ、サラ。3機のドムトルーパーから熱気のような赤みのオーラが浮かび上がる。
「見せてやるよ・・私たち3人の連携攻撃・・・!」
マーヤが言いかけると、3機がアテナに向かってくる。その動きは通常の機体を大きく上回り、まるで大気圏を突っ切ってくる隕石のようだった。
「ジェットストリームアタック!」
ドムトルーパーの三位一体攻撃「ジェットストリームアタック」が繰り出される。高速化による攻防一体の連携が、アテナに襲いかかる。
「ぐっ!」
ドムトルーパーのバズーカ砲や突進によって、ジュンが衝撃に揺さぶられてうめく。ジュンはとっさに反撃に転じようとして、アテナがビームサーベルを手にする。
だがドムトルーパーの猛攻を跳ね除けることができず、次々と攻撃を受けてしまう。
「マシロちゃん!」
アリカがたまらず叫び、マイスターとパールがアテナの救援に向かおうとするが、ブラッド、さらには次々と出撃してきた他のドムトルーパーたちに行く手をさえぎられてしまう。
ついにドムトルーパーの突進で、アテナが地上に落下する。ジュンの意識までもが大きく揺さぶられていたのだ。
もうろうとする意識の中で、ジュンは昔の自分を思い返していた。
いつも弱く力がなく、いじめられてばかりだった自分。事の成り行きをただ見ていることしかできなかった自分。
(僕は、このまま何もできないのかな・・何もできずに終わるのかな・・・)
徐々に自分の非力さを痛感し、絶望していくジュン。
(僕に・・もっと力があれば・・・)
そんな中で、彼は力への渇望にも駆り立てられていた。
「力がほしい・・みんなを守れるだけの、力が・・・力が!」
力への渇望が頂点に達したときだった。突如、ジュンの中で何かが弾けた。
ジュンの眼つきが鋭くなる。視界がクリアになり、五感が研ぎ澄まされる。その鋭い感覚でドムトルーパーの高速を見抜き、その網目を縫って飛翔し、連携攻撃を脱する。
「えっ!?」
「そんな!?ジェットストリームアタックを・・!?」
突然のアテナの回避に、サラとカナデが驚愕する。マーヤも驚きを隠せなかったが、すぐに笑みをこぼす。
「おもしろいじゃないの。このくらいじゃないとつまんないと思ってたんだから!」
言い放ったマーヤのドムトルーパーが、動きが機敏になっていたアテナに向かっていった。
次回予告
「アテナの動きが格段に上がってる・・・」
「少しは女王様を見直さなくてはいけませんね・・」
「何かを守るためには、犠牲が出てしまうことも覚悟しなくてはいけません。」
「いよいよお前の出番だな・・」