GUNDAM WAR –Lost Memories-
PHASE-33「リリィ」
アルバに銃を手渡され、撃てと言われたリリィ。自分がアフェードを滅ぼしたオメガであると告白した彼の前で、彼女の心は大きく揺れていた。
自分が追い求めてきた敵が眼の前にいる。だがその人物が、これまでともに戦いを潜り抜けてきたアルバである。
敵と戦友の狭間で、リリィはアルバに対してどうすべきなのか分からなくなっていた。
「どうした?・・オレを撃てば、お前の敵が1人いなくなるんだぞ・・」
「だって・・相手はアルバじゃ・・・」
「お前は何のために戦ってきたんだ・・お前の受けてきた悲しみを繰り返させないために、今まで戦ってきたんじゃないのか!?」
アルバが強く言い放った言葉に、リリィの心から迷いが消える。
(そうよ・・私は今まで、オメガを倒すために、みんなに悲劇を与えないために戦ってきたじゃない・・アルバがその敵なら、ここで撃たなくてどうするの・・・!?)
眼つきを鋭くしたリリィが銃を構え、アルバを鋭く見据える。
(撃つのよ・・でなければ私のしてきたことが全部ムダになる・・みんなが浮かばれなくなる・・・!)
「覚悟はいいわね・・アルバ・・・!?」
リリィが問い詰めると、アルバは無言で頷いた。リリィは両手で銃を持ち、アルバを狙う。
(撃て・・撃つのよ・・・みんなのために、私自身のために・・・!)
自分に言い聞かせて迷いを振り切り、リリィがアルバを狙い撃とうとした。
「ダメだ、リリィ!」
そのとき、突如制止の声がかかり、リリィとアルバが眼を見開く。彼女が眼を向けた先には、顔を強張らせているハルの姿があった。
「ハル・・・」
「やめるんだ、リリィ!どうしてアルバを撃とうとしているんだ!?」
困惑するリリィに、ハルが呼びかける。彼女は込み上げてくる困惑をこらえて、必死に答える。
「アルバは私の敵!アフェードを、私の家族を殺した仇なのよ!ここで殺しておかないと、みんなに悲劇が起きてしまう!」
「何を言っているんだ!?アルバが僕たちの敵なわけがない!今までずっと、僕たちと一緒に戦ってくれたじゃないか!」
「違う!アルバは私たちの敵!私たちを敵として見ているオメガの1人なのよ!」
ハルの呼びかけを振り切って、リリィがアルバに視線を戻す。しかし動揺のため、彼女は銃の標準を定められずにいた。
「私はオメガを滅ぼす!でなければ私に、私たちに未来はない!」
「リリィ!」
リリィが感情のままに叫ぶ。ハルの声を聞き入れずに、彼女はついに銃の引き金を引いた。
銃声がアルテミスに響き渡った。それを耳にして、カーラとレミーが屋上に駆け込んできた。
「どうしたの!?」
カーラが問いかけるが、ハルは眼を見開いたまま答えない。彼が見ている先に、カーラとレミーも眼を向ける。
リリィは確かに発砲していた。だがその弾丸は、アルバには命中していなかった。
「どうして・・・どうして・・・!?」
リリィは眼を疑った。狙って撃ったはずなのに、アルバは撃たれておらず立ったままだった。
「私はちゃんと狙ったはず・・なのに当たらないなんてこと・・・当たらないなんてこと!」
「リリィ!」
感情をむき出しにして再び発砲しようとしたリリィに、カーラが飛びかかる。2人がぶつかった際に銃が火を噴き、カーラの右腕をかすめた。
「うっ!」
「艦長!」
うめくカーラに、ハルとレミーが駆けつける。カーラを傷つけてしまったことで動揺が頂点に達し、リリィは銃を手から落とす。
「私・・私は・・・そんな・・・!」
混乱のあまりに体を震わせるリリィ。その彼女の様子を眼にして、アルバも深刻になる。
「艦長、大丈夫ですか!?」
「すぐに医務室に行って治療しないと!」
ハルとレミーが心配の声を上げるが、カーラは微笑んで首を横に振る。
「私なら大丈夫よ・・それよりもリリィを・・」
カーラは震えているリリィに歩み寄り、痛みをこらえながら手を添える。
「リリィ、たとえあなたがどれだけ憎んでいても、アルバを手にかけることはできない・・あなたは無意識に、アルバを撃ちたくないって考えるようになっている・・」
「私が・・アルバを・・・」
「あなたは知らず知らずのうちに、アルバと心を通わせていた・・あなたとアルバの絆が、あなたの憎しみを上回ることになったみたい・・だから、撃とうとしても撃てなかった・・私はそう思うわ・・・」
「艦長・・・」
「あなた自身の正直な気持ちを、素直に受け止めなさい、リリィ・・・今のアルバは敵じゃない。かけがえのない仲間・・あなたもそう思っているはずよ・・・」
カーラに励まされて、リリィはようやく心を落ち着け、笑みを取り戻した。
「オレを撃たなくていいのか・・オレはお前たちにとって敵のはずだ・・・!」
アルバが問い詰めてくるが、カーラは笑みを絶やさなかった。
「前にも言ったはずよ。あなたは敵ではない。私たちのかけがえのない仲間。そう考えているのは、私だけじゃないわ・・」
カーラに言われてアルバが視線を移す。ハルもレミーも彼に微笑みかけてきていた。
「たとえ君が誰でも、昔何をしてきても、君がアルバであることに変わりないよ・・」
「これからもよろしくお願いします、アルバさん。」
ハルとレミーがアルバを笑顔で迎える。優しく迎えてくれる人たちに、アルバの心は大きく揺れていた。
「オレは・・・オレは本当に・・・!?」
困惑するアルバに、リリィがおもむろに歩み寄ってきた。
「私は今でも、あなたを許せそうでもない・・でもこのまま私があなたを殺しても、私の心は満たされないだろうし、あなたの罪が消えるわけじゃない。」
リリィは真剣に言いかけると、アルバに拳を突きつける。
「だからアルバ、これからも戦って・・私たちのために・・あなた自身のために・・・」
「リリィ・・・」
リリィの言葉と想いを、アルバは痛烈に感じ取っていた。彼は自分の罪の償う本当の道を見出していた。
死ぬことが償いではない。生きて戦って、答えを見出すことが償いにつながる。アルバはそう思い知らされるのだった。
「すまなかった・・リリィ・・・これからもオレは、お前たちと一緒に戦おう・・・」
「アルバ・・これからも、あなたをサポートしていくからね。アルテミスのエースは私じゃない。あなたよ・・」
互いに微笑みかけるアルバとリリィ。アルバは真剣な面持ちになり、様々な思いを思い返していた。
(オレはこれからも戦っていく・・・過去の答えは出た・・今度は未来の答えを見つけるために、オレは生きていく・・デイジー、お前もそう思うだろうか・・・)
アルバは心の中で、今は亡きデイジーを思い出していた。そのとき、アルバはデイジーが微笑みかけてきたような気がしていた。
それから、アルテミス艦内ではアルバを含めたクルーたちの新たな門出を祝して、祝杯を上げていた。以前はこのような時間にほとんど参加しなかったアルバも、今回は素直に参加していた。
リリィとカーラは、アルバの心境の変化に気付いていた。人を寄せ付けない悪びれた態度が和らいで、人間らしくなってきたと。
舞い上がりそうになる気分を抑えようと、1人廊下に出るアルバ。するとリリィが彼を追ってきた。
「今日は積極的に参加してきたじゃない・・」
リリィに声をかけられて、アルバが振り返る。
「リリィ・・・カーラたちと一緒にいなくていいのか?」
「うん・・ちょっと、アルバと一緒にいたくてね・・・」
アルバが訊ねると、リリィが微笑んで答える。だがその後、2人の顔から笑みが消える。
「本当によかったのか?・・オレはお前の仇なのに・・・」
「いいのよ。あなたが逃げずにちゃんと罪を償うまで、私が見張ってるんだから・・それに・・」
「それに?」
「あなたはには何度も助けられてるからね・・借りも返さなくちゃいけないし・・」
「それは気にしなくていいぞ。オレが勝手にしたことだ。」
アルバが憮然とした態度を見せると、リリィが笑みを取り戻した。
「変わったように見えて、変わっていないところもあるのね、アルバ・・」
「そうか・・そうかもしれないな・・・」
リリィの言葉に、アルバは落ち着いた様子で答える。するとリリィは物悲しい笑みを浮かべる。
「私、これからが不安に感じてきている・・・」
リリィのこの言葉に、アルバが眉をひそめる。
「確かに私はソリッドを乗りこなせた・・それでも、あのゼロというMSには手も足も出なかった・・私にはまだ、力が足りないというの・・・!?」
「力を求めることが、強さとは限らない・・・」
自分の無力さを痛感するリリィに、アルバが淡々と言いかける。
「力を手に入れて、それを誇示する人間を多く見てきた・・強い力を得たことで鼓舞し、最悪自分を見失って自滅することにもつながる・・・だから、力が全てということではないようだ・・」
「でも、アルバにはフューチャーがある・・未来を切り開くだけの力がある・・・」
「それでも、お前にしかできないことがあるだろう?・・オレやフューチャーがいたとしても・・」
アルバがかけた言葉に、リリィが戸惑いを覚える。彼女の張り詰めていた気持ちが、徐々に和らぎを取り戻しつつあった。
「ありがとう、アルバ・・私も、眼が覚めたような気がするわ・・」
「人は間違いをすることも多い・・その間違いを経験しながら、未来に向かっていくんだ・・・」
互いに笑みをこぼすリリィとアルバ。自分の気持ちに素直になったリリィが、アルバを抱きしめてきた。
「リリィ、お前・・・!?」
突然のことに戸惑いを見せるアルバ。だがリリィは彼から離れない。
「私はあなたを、運命共同体と見る・・生きるも死ぬも、一緒にいさせてもらう・・」
「何を言っているんだ、リリィ!?見張りといえど、そこまでオレに深入りするつもりなのか!?」
「そう・・・あなたが好きだから・・あなたを止められる可能性が1番高いのは、私だから・・・」
リリィの言葉に、アルバの心は大きく揺れていた。自分をここまで想ってくれている人は彼女だと感じた。その想いは、デイジーのそれを上回ると。
「リリィ・・オレはお前の心を、受け止めていいのか・・・!?」
「いいよ・・・むしろ、きちんと受け止めてもらわないと困る・・・」
アルバが問いかけると、リリィは小さく頷いた。彼女の眼からうっすらと涙が浮かび上がっているのを、彼は目の当たりにしていた。
アルバにとって、今まで感じたことのない感情だった。デイジーとは深い関係を築いていたが、幼かった頃とは違う新鮮さと安らぎがあった。
(デイジー・・どうやらお前の絆に水を差すことになりそうだ・・・)
心の中で苦笑するデイジー。だがデイジーは微笑みかけ、2人を優しく見守っていた。アルバはそう感じていた。
「あれ?アルバ、リリィ・・」
その2人を眼にして、ハルが声をかけようとした。だがそこへカーラに口を押さえられて止められる。
「2人の邪魔をしたら悪いわ・・しばらく2人だけにしてあげましょう・・」
カーラに声をかけられて、ハルは思いとどまる。彼も微笑んで、アルバとリリィを見守ることにした。
その翌日。祝杯の興奮が冷めやらない中、アルバとリリィはカーラのいる艦長室を訪れていた。
「カーラ、これからどうするつもりだ?」
先に言葉を切り出したのはアルバの質問だった。
「オレたちは地球連合に反逆した。リードからも連合からも敵として見られる・・その状況下で、オレたちはこれからどうするつもりなんだ?」
アルバに問いかけられて、カーラはしばしの沈黙を置いてから答えた。
「これからどうしていけばいいのか、正直まだ決定付けたものはない・・ただ、この戦争を早く終わらせたいという気持ちはあるの・・」
「そうか・・・ならすることは単純ではないのか?」
「えっ・・・?」
アルバの告げた言葉に、カーラだけでなく、リリィも眉をひそめる。
「リード、連合の戦闘に介入し、その武力を奪う。少なくとも、最悪の事態を引き起こす代物は叩いておかないといけない。」
「アルバ・・・そうね。手は、探せばいくらでも見つけられるものよね・・」
アルバの言葉を受けて、カーラが笑みをこぼす。
「悩むのは私たちには似合わないわね・・・」
「私たちのやることは決まっている・・後はそれをやり通すだけ・・・」
カーラとリリィが頷くと、アルバも小さく頷いた。
「それで、連合の動きは何か分かるか?・・こういった情報が重要な鍵になる・・」
「そうね・・連合上層部は、ソリッドからオメガの新型MSのデータを入手している。それを基に手を打ってくるのは間違いないわね・・」
「新型の動力源となっているクラスターシステム。その機能を停止させる策を講じているようでした・・・」
アルバ、カーラ、リリィが言葉を交わしていく。
「エネルギー供給の遮断・・そうすれば新型の機能を無効化できるが・・」
「そうなったら、ソリッドやフューチャーが封じられることに・・」
アルバが呟くと、リリィが不安の言葉を口にする。
「やはり急いで阻止、あるいは破壊する必要があるな・・」
「そうね・・私たちの主力も、リードと同じなのだから・・」
「でも下手に攻撃はできない・・うまくつぶせても、包囲されて蜂の巣にされたら元も子もないし・・」
「軽く多くつつくしかないってことなの・・面倒なやり方ね・・」
「そんなことに怖がるオレではない。たとえ傷つこうとも、やるべきならオレはやり通す・・・!」
迷いのないアルバの言葉に、カーラとリリィも真剣な面持ちで頷く。
「とにかく、まずは情報収集ね。これから忙しくなってくるわよ・・」
カーラは笑みをこぼすと席を立つ。
「この仕事は私たちがやるわ。アルバとリリィは戦闘だけに集中して。」
「そんな・・艦長たちだけに任せるわけにはいきません。私もやります。」
「ううん。あなたたちは私たちの攻撃の要。その支障をきたすわけにはいかない。それに、私たちもあなたたちの力になりたいのよ・・」
「艦長・・・」
「私たちにも仕事をさせて・・・全力を尽くさせて・・・」
優しく言いかけるカーラ。彼女の心からの思いを受け止めて、アルバとリリィは微笑んだ。
これほどに心強い仲間たちがそばにいる。これならばどんな障害も乗り切ることができる。アルバはそう実感していた。
オメガ打倒のため、尽力を注いでいた地球連合。クラスターシステムの機能停止に踏み切る傍らで、スタンとエリアはリードの行方を追っていた。
「このままでは済まさんぞ。我らの敵は根絶やしにしなければ、平和が訪れることはない。」
敵意を募らせて呟くスタン。そこへエリアが歩み寄り、声をかけてきた。
「議長、情報部からの連絡を受けました。クレストを発見しました。」
「クレスト・・あの黒い機体を乗せた船か。」
「現在、アジアエリア27を西に向けて進行中。現在もレーダーで追跡しております。」
エリアからの報告を受けて、スタンは決断を下した。
「MS隊出撃!エリア、君が部隊を指揮し、クレストを攻撃するのだ。」
「私が部隊の指揮を・・了解しました。直ちに出撃します。」
スタンの命令を受けて、エリアが敬礼を送る。
「新型MSのデータを参考にして、新しくクラスターシステムを搭載した機体を開発しております。それもエネルギー供給遮断を受け付けない代物でございます。」
「そうか。それは戦闘に出せるか?」
「もちろんです。今回の出撃の兵力として投入しましょう。私自らの操縦で。」
スタンの問いかけに、エリアが笑みを見せて答える。地球連合とリードの戦いが、激しい局面を迎えようとしていた。
次回予告
家族から託された一途の願い。
それは戦争への嫌悪からは想像も付かない、娘への思いでもあった。
新たなる力。
それは夜空を彩る月光のごとく。