GUNDAM WAR –Lost Memories-
PHASE-34「ルナ」
アルテミス、グリーアとの戦闘で負った傷を回復させ、マリアはドーマとともに地球に降り立っていた。その宇宙艇に、一通の通信が送られてきていた。
その送信者の名前に、マリアは見覚えがあった。それは彼女の父、ゼウスだった。
「仕方のない方ですね、あなたの父は。我々は重要な任務の上で行動しているというのに・・」
「父は、戦争を俗物としてしか見ていない人ですから・・」
呆れるドーマと、苦笑を浮かべるマリア。
「こちらの事情を聞き入れようとせずに何と身勝手な。無視してクレストに向かおう。」
「いえ。私を降ろして、フリークス少佐は先にクレストに向かってください。」
言いかけるドーマに、マリアが呼びかける。
「しかしマリア・スカイローズ、我々にはオメガ防衛の使命があるのですよ。」
「分かっています。ですがこちらに連絡をしてくるほどです。それだけの大きな理由があると思います・・」
「ハァ・・・親が親なら子も子ですか・・」
マリアの言葉を聞いて、ドーマが再び呆れてため息をつく。
「分かりました。私は先にクレストに向かいます。用件を済ませ次第、すぐに向かうように。」
「分かっていますよ。」
ドーマが了承すると、マリアは微笑を返した。宇宙艇はゼウスが提示した場所から少し離れたところで停船した。
「私はビンセント艦長と連絡をした後、すぐにプラネットGに帰還する予定です。」
「分かりました。艦長たちによろしくお伝えください。」
ドーマが声をかけると、マリアは敬礼を返す。彼女を下ろして、宇宙艇は再び発進した。
「では、行くとしますか・・」
自分に言い聞かせると、マリアも歩き出していった。
指定された場所。それは彼女にとって馴染みのあるところのひとつだった。
スカイローズ家は各地に別荘を所有している。その中の1件。彼女が最もよく立ち寄った別荘だった。
「ここに来るのも久しぶりね・・・」
別荘での思い出を振り返って、マリアは笑みをこぼしていた。だがその笑みがすぐに消える。
マリアは父、ゼウスと意見の食い違いをしていた。和解はしたものの、完全に仲がよくなったとは言い難かった。
その父がここで何の話を持ちかけるのか。マリアも疑問を感じずにはいられなかった。
考えを巡らせているうちに、マリアはその別荘の前にたどり着いていた。そこには既にゼウスの姿があった。
「お父様・・・」
「来たか、マリア。待っていたぞ。」
戸惑いを見せるマリアに、ゼウスが真剣な面持ちで声をかける。
「入りたまえ。中で話をしよう。」
ゼウスの呼びかけを受けて、マリアはさらに歩を進めた。
別荘のリビングに来たマリアとゼウス。2人は向かい合う形で席に着いた。
「私を呼び出した理由は何ですか?それも、私にとって馴染みの深いこの別荘に呼び出して・・」
マリアが話を切り出すと、ゼウスがため息をついてきた。
「マリア、あの後戦闘で重傷を負ったな?話は私も聞いているぞ。」
「はい・・不覚を取りました・・」
ゼウスから指摘を受けて、マリアが沈痛の面持ちを浮かべる。
「そこまで追い込まれてまで戦争に首を突っ込むことに、お前にとってどんな得があるというのだ?お前自身の人生を無駄にするばかりでなく、私たちにまで飛び火することにもなりかねないのだぞ。」
「私は損得で戦争に参加しているわけではありません。世界の安寧のために、命懸けで戦っているのです。」
苦言を呈するゼウスに、マリアが真剣な面持ちで言いかける。
「しかし、先日のように重傷を負ったのは、私の中に甘さがあったためです。そのために、お父様や皆さんに迷惑をかけたことは謝ります・・」
マリアが謝罪の言葉を口にして頭を下げる。するとゼウスが再びため息をつく。
「つくづくお前は、スカイローズ家の恥さらしだな・・」
「面目ありません・・」
「・・・だが、罪の意識を感じても、お前はこれからも戦い続けるのだろう?たとえ私が、無理矢理引きとめようとしても・・」
ゼウスが続けて言いかけると、マリアは小さく頷いた。その返答と決意を眼にして、ゼウスも意を決した。
「マリア、お前はお前自身の意思を貫き通す覚悟はあるか?」
「えっ・・・?」
ゼウスの突然の質問に一瞬戸惑うが、マリアはすぐに真剣な面持ちに戻って頷いた。
「ならばマリア、お前に託したいものがある。」
「私に、託したいもの・・・?」
「ついてくるのだ、マリア。」
疑問を浮かべるマリアに呼びかけると、ゼウスは席を立つ。歩き出す彼に、マリアも付いていった。
そこは別荘の地下の扉の前。昔から開けてはならないと、ゼウスがマリアに念を押していた扉だった。
ゼウスは鍵を差し込んで扉を開ける。その先は、仄暗い階段と道が続いていた。
「その先にあるのですか?」
「そうだ。私から離れるな。」
マリアが訊ねるとゼウスが頷く。2人はその小道をさらに進んでいく。
「そろそろお話願いますか?この先に何があるのですか?」
「そこには私たちスカイローズ家にとっては、公に出すのがはばかられるものがある。これを所有することすら滑稽であるほどの・・」
マリアが改めて訊ねると、ゼウスは淡々と告げる。その言葉に不満が込められていると、彼女は感じ取っていた。
そして2人は小道を抜け、大広場にたどり着いた。その部屋の明かりをゼウスが付ける。
その部屋の中にそびえ立つものに、マリアは眼を見開いた。それは赤のカラーリングをしたMSだった。
「これは・・MS・・・なぜここにMSが・・・!?」
「これはスカイローズ家が所有する唯一の兵力。護衛のために備えていたMS、“ルナ”だ。」
「ルナ・・・」
ゼウスが告げた言葉に、マリアが困惑する。戦争を危惧し邪険にしていたスカイローズが機体を所有していたことに、彼女は驚きを隠せなかった。
「あくまで護衛のために備えていたものだ。決して起動させることはないと踏んでいた・・マリア、これをお前に託す。」
「これを、私にですか・・・!?」
ルナを託すゼウスに、マリアが声を荒げる。
「扱った者がいないから、どれほどのものなのかは分かりかねる。お前で確かめてくれ。」
「お父様・・・分かりました。ありがとうございます。」
マリアがゼウスに感謝の言葉をかける。そして彼女はその機体、ルナに乗り込んだ。
ルナのエンジンを起動し、コンピューターを操作してデータを確かめるマリア。
(ソニックのような新型MSに該当する性能の高さ・・巨大鎌“クレッセント”を接近戦用の武器としながらも、砲門計6門を搭載した遠距離型の武力を備えている・・)
マリアがルナの性能と武装に眼を通していく。
(ソワレくんが新しく乗り込んだ機体ほどではないけれど、従来の新型と互角に渡り合える・・)
マリアの中に期待が湧き上がってくる。だが同時に、彼女は疑念を拭いきれずにいた。
(これだけのものを、リードは知っていたの?地球連合に気付かれずに、ずっと隠しきれていたの・・・?)
「ご主人様が、徹底してお守りになっておられましたから・・」
そのとき、マリアに向けて聞きなれた声が伝わってきた。彼女がコックピットから顔を出すと、ゼウスの隣にアテナが立っていた。
「アテナさん!?・・・アテナさんも来ていたのね・・・」
「本当はご主人様に来るなと申されていましたが、マリアお嬢様のことが気がかりで・・」
戸惑いを浮かべるマリアに、アテナが微笑みかける。
「仕方のない使用人だ。マリアの影響だな。」
「私はお嬢様に、長く付き添っていましたから・・」
ゼウスがため息をつくと、アテナが笑顔を見せて答える。
「ご主人様は戦争を危惧しておられました。このルナを所持していることが明るみに出ることを懸念していたのです・・」
「そうだったの・・・お父様らしいですね・・・」
アテナの言葉にマリアが笑みをこぼす。2人のやり取りにゼウスが肩を落とす。
「早く行け、マリア。私の気が変わらないうちに。」
「お父様・・・分かりました。ありがとうございます。」
言いかけるゼウスに、マリアが感謝の言葉をかける。彼女はコックピットに乗り込み、ルナの発進準備に入る。
(お嬢様・・このアテナ、お嬢様の無事をお祈りしております・・・)
アテナがマリアを想い、心の中で囁きかける。天井が開き、虚空が広がる。
「ハロハロ♪」
そこへハローズがマリアの前に飛び込んできた。プラネットGに置いてきたはずであったため、彼女は驚いた。
「ハローズ!?あなた、付いてきていたの!?」
「ドーマニヨバレタ。ヨバレタ。」
声をかけるマリアに、ハローズが陽気に答える。
「フリークス少佐・・・いいわ。ハローズ、これからもよろしくね。」
「ハロハロ♪」
気持ちを引き締めるマリアが、ハローズに呼びかける。彼女は改めてルナの発進に備える。
「マリア・スカイローズ、ルナ、行くわよ!」
マリアの呼びかけとともに、ルナが発進した。遠ざかっていく機影を見守るゼウスとアテナ。
「とうとう行ったか・・・どこまでも私たちの顔に泥を塗りおって・・」
「でも心配は要らないと思いますよ。マリアさん、迷いを消したようですし・・」
憮然とした態度を見せるゼウスに、アテナは笑顔を絶やさなかった。
ルナを発進させたマリアは、クレストに向けて進路を取っていた。
「寄り道をしたわね・・ハローズ、急いでクレストに向かうわよ。」
マリアがハローズに呼びかけたときだった。
ルナのレーダーに多数の熱源反応がキャッチされる。彼女はその反応が交戦状態であると察知した。
「この地点・・クレスト!?まさか、襲撃されている!?」
クレストの現状にマリアが緊迫を募らせる。
「ハローズ、行くわよ!クレストに向かうわよ!」
「リョウカイ♪リョウカイ♪」
マリアが呼びかけると、ハローズが答える。様々な想いを背にして、ルナがクレストに向けて飛翔した。
ドーマの乗る宇宙艇を収容した直後、クレストは襲撃を受けた。エリアの指揮する部隊が、クレストへの攻撃を開始したのだ。
「攻撃の手を休めるな!私も出撃する!」
戦艦「メタトロン」にてエリアがパイロットたちに呼びかけると、自身も出撃のために司令室を離れる。
「スフィア、出撃準備完了。異常ありません。」
駆けつけた整備士の言葉に、エリアが頷く。彼女はドックにあるMS「スフィア」に乗り込んだ。
「エリア・バウザー、スフィア、発進します!」
エリアの呼びかけとともに、スフィアがメタトロンから発進する。スフィアは銃砲を多く搭載した他、オメガのMS攻略のための仕掛けが施されていた。
「まずは攻撃力から試すとしよう。」
エリアが狙いを定めると、スフィアが搭載されている6門のレールガンを発射する。6発の砲撃が、6機のザクを撃ち抜き、破壊する。
「威力は相当のものね。ザク相手ならこの攻撃だけで十分対応できる。」
スフィアの性能を確かめて、エリアが自信を強める。
「このまま押し切る!あの黒の機体が出る前にクレストを落とす!」
“了解!”
エリアの呼びかけにソルディンのパイロットたちが答える。彼女は攻撃の手を緩めず、クレスト打破に向けて動き出した。
「艦長、ゼロの発進許可を!このままでは追い込まれます!」
クレストのドックにて待機しているゼロから、ソワレがガルに呼びかける。
“いいだろう。だが先ほど現れたMS。何か仕掛けてくるかもしれない。気をつけろ。”
「了解。」
ガルの呼びかけにソワレが答える。ハッチが開かれ、ゼロが発進に備える。
「ソワレ・ホークス、ゼロ、発進する!」
「パトリック・コーラサワー、ザク、出るぞ!」
ゼロ、そしてコーラサワーのザクスマッシュがクレストから発進する。
「あの機体はお前に任せる。他はオレが仕留めてやる。」
「了解です、コーラサワーさん。任せてください。」
呼びかけるコーラサワーに、ソワレが答える。ザクスマッシュがソルディンを、ゼロがスフィアを迎え撃つ。
「出てきてしまったか・・ならばこのスフィアに搭載されたアレを使用するのみ。」
エリアは意を決し、コンピューターを操作する。スフィアの胸部から水晶のような突起物が現れる。
「アンチクラスター、起動!」
スタンとエリアの指揮する研究員たちによって開発された対オメガの特殊装置「アンチクラスター」が起動された。エネルギー供給を遮断する超音波が、ゼロの動きを鈍らせた。
「これは!?・・・まさか、クラスターシステムの機能を遮断する音波が放っているのか・・・!?」
その異変から、ソワレがスフィアが放つアンチクラスターの効果に気付く。
「高度のクラスターシステムで動いているゼロは、完全に行動を阻害されてはいないが・・・!」
ソワレがスフィアに眼を向けて毒づく。従来の新型MSならば、完全にエネルギー供給を立たれて、落下して自滅か格好の的になっていることだろう。
「はやり最新型のMS。油断ならない性能を秘めている・・しかしこのアンチクラスターが、全く効いていないわけではない・・・!」
思い立ったエリアが、攻撃へと思考を転換する。スフィアがゼロに向けてレールガンを放つ。
ゼロがとっさに動いて、その砲撃をかわす。だがその動きは普段と比べて遅くなっていた。
「長期戦になったらこっちが確実に不利になる。エネルギーが切れる前にすぐにあの機体を!」
いきり立ったソワレ。ゼロがトラスカリバーを手にして、スフィアに飛びかかる。
「そんな真正面からの攻撃が、私に通用すると思っているのか!?」
高らかに叫ぶエリア。スフィアが向かってくるゼロに、全てのレールガンを発射する。
連射される砲撃に翻弄されるゼロ。スフィアに対する決定打を与えることができない。
「本来なら機動力と速さで翻弄されるところだが、アンチクラスターに抑制されてはそれも至難の業よ!」
高らかに叫ぶエリア。ゼロがスフィアに近づくことができず、ソワレの中に焦りが膨れ上がる。
「このままでは、ゼロのエネルギーが尽きてしまう・・・!」
打開の糸口を見出せず、苦戦を強いられるソワレ。スフィアがゼロに向けて、さらなる砲撃を放とうとした。
そのとき、一条の閃光が飛び込み、スフィアの射撃を阻んだ。
「えっ!?」
「攻撃!?バカな!?あれだけの出力の攻撃、アンチクラスターが発動する中で放てるわけが・・!」
声を荒げるソワレとエリア。彼女は砲撃をしてきたほうを探るが、その正体を視認することができない。
スフィアのレーダーはその正体の反応をキャッチしていた。だがその地点は、アンチクラスターの効果範囲のはるか外だった。
「まさか、あんな長距離から撃ってきたというの・・・!?」
エリアは狙撃してきた相手に驚愕する。ソワレもその正体、赤いボディの機体を確認する。
「あの機体・・もしかして新型・・・!?」
“待たせたわね、ソワレくん。”
当惑しているところで声をかけられ、ソワレがさらに驚きを見せる。マリアの駆るルナが、ソワレたちの危機に参戦してきた。
次回予告
苦戦するソワレたちの前に現れたマリア。
無尽蔵のエネルギーを阻む策略を、紅い閃光が撃ち抜く。
復活を遂げた少女と、剣を手にした青年。
2人の力が、行く手をさえぎる壁を打ち破る。