GUNDAM WAR –Lost Memories-
PHASE-30「失われし記憶」
突如眼の前に現れた少女、デイジーに、アルバは困惑の色を隠せなくなっていた。
「デイジー・・デイジー・タイタン・・・」
「覚えていないの、ディアス?・・子供の頃、よく一緒に遊んだじゃない・・・」
デイジーが涙ながらに喜ぶが、アルバは困惑するばかりだった。
「あのとき死んだと思っていたけど・・生きていたのね・・・」
「すまない・・・オレは、お前のことを何も知らない・・忘れてしまっているというのが正しいか・・・」
アルバが深刻な面持ちを浮かべると、デイジーから笑みが消える。
「何を言っているの、ディアス・・あなたはディアス!ディアスでしょ!?」
「オレは本当に覚えていないんだ・・記憶を失っているんだ・・・お前のことも、何ひとつ分からない・・・」
アルバが言いかける言葉に、デイジーは愕然となる。眼の前にいる人物が、彼女にとってのディアスではなくなっていた。
「オレは何者なんだ?・・本当にオレは、アフェードを襲ったのか・・・!?」
アルバが問いかけると、デイジーが沈痛の面持ちを浮かべる。
「お前が知っていることを、オレに教えてくれ・・・!」
「・・・分かりました・・驚かないで、聞いてもらえますか・・・?」
アルバが訊ねると、デイジーが真剣な面持ちで聞き返す。それを受けて、アルバは小さく頷いた。
「あなたはディアス・フリークス。お父様の直属の部下となっている私の友人、ドーマ・フリークスの弟です。」
「ドーマ・・あの男か・・・」
デイジーの説明を受けて、アルバがドーマを思い返す。
「ドーマは冷めた態度を取っていたけど、心の底では優しい人だった・・私たちのことを第一に考えていた・・お父様の部下になってからも、私たちのためにお父様の言葉を聞いて・・」
「お父様・・あの男、ボルド・タイタンのことか・・・!」
「ですが、最近のお父様の考えに、私は従うことに迷っています・・・」
デイジーが口にした言葉に、アルバが眉をひそめる。
「お父様は世界の平和というよりも、戦争の勝利を優先しているような態度を取っています。目的のためなら手段を選ばず、どんな犠牲も払う・・そのやり方を、私は受け入れずにいます・・・」
「お前の父親は何を企んでいるんだ?そこまで考えている以上、何らかの秘策を練っているのだろう?」
「はい・・お父様は、研究員たちを指揮して、最新型の兵器を開発させたのです。それは従来の新型MSを凌駕するMS・・」
「従来を超える・・ソリッドやソニックを超えるというのか・・・!?」
「その機体のうち、2機の名称が、ゼロ、フューチャーです。」
「ゼロ・・フューチャー・・」
デイジーから聞いた新機体の名称を聞いて、アルバが深刻さを募らせる。
「あの最新型があれば、オメガは確実に旧人類に勝てるそうです・・ですがそれは平和ではなく、支配ではないのでしょうか・・・?」
沈痛さを膨らませたデイジーが、自分の胸に手を当てる。
「人は、1人1人が未来を切り開こうと一生懸命になるからこそ、すばらしいといえるのです。一方的な支配では、本当の未来とはいえません・・」
「それがお前の考えということか・・父親から巣立っているようだな・・」
デイジーの考えを聞いて、アルバが笑みをこぼす。
「あなたは、何を考えているのですか・・・?」
デイジーの問いかけに、アルバが眉をひそめる。
「あなたはもう、私の知っているディアスではない・・記憶を失っていた人、アルバ・メモリアなのですね・・・」
「・・・もうオレは、戦う理由も術も道も持たない・・・」
冷たく言いかけるデイジーに、アルバも歯がゆさを噛み締めて答える。それを聞いたデイジーが、アルバから視線をそらしうつむく。
悲しみと満たされない気持ちを抱えたまま、デイジーはアルバのいる牢獄の前から立ち去っていった。
絶望感を払拭できずにいたアルバも、牢獄の中で横たわった。
セイントを追い込んだゼロの前に現れたのは、リリィの駆るソリッドだった。
「それがあなたの新しい力なの、ソワレさん・・・?」
「そうだ・・これが僕の新しい力・・平和を切り開く剣、ゼロだ・・・!」
「ゼロ・・・とんでもないパワーを秘めているようね・・・」
ソワレの乗るゼロを見据えて、リリィが毒づく。
「リリィ、気をつけて・・あの機体、とんでもなく強いよ・・」
「分かってる・・マルナは下がってて・・」
そこへマルナが呼びかけ、リリィが答える。負傷したセイントが後退する中、ソリッドがビームサーベルを手にして、ゼロと対峙する。
「やめておいたほうがいい。君にソリッドを自由に動かすことができるのかい?それにこのゼロには、たとえソリッドでも太刀打ちすることはできない。」
「確かに少し前は、ソリッドを乗りこなすことができなかった・・でも今ならできる。アルバの心が、このソリッドには宿っているから・・・!」
言いかけるソワレにリリィが言い放つ。ソリッドがゼロに飛びかかり、ビームサーベルを振りかざす。
その一閃を、ゼロが新型ビームシールドで受け止める。ゼロのビームシールドは、ソリッドのビームサーベルを軽々と受け止めていた。
(アルバだったら、少し荒削りにやるところね・・・!)
リリィが思い立ち、ソリッドが左手で持ったビームライフルを発射する。ゼロ距離で放たれた射撃が、ゼロの胴体に命中する。
爆発を巻き起こし、その衝撃で後退するゼロ。だが射撃でのダメージは一切なかった。
「MSの性能の差が力の差というわけじゃない!甘く見ないことね!」
「そうか・・ならもう甘く見ない。自分と対等の相手として、僕は君を倒す!」
言いかけるリリィに対し、戦意をむき出しにするソワレ。ゼロがトラスカリバーを構え、ソリッドに迫る。
振り下ろされる一太刀を、ソリッドがビームサーベルで迎撃する。2つの光刃が衝突するが、ソリッドがゼロに押されていく。
そこへゼロがビームブレイドを発した左足を振りかざしてきた。リリィが虚を突かれ、ソリッドがビームサーベルを持った右腕を切り落とされる。
「ぐっ!」
衝撃に押されて、リリィがうめく。ゼロがソリッドに追い討ちを仕掛けるべく、加速する。
そこへ別方向から射撃が放たれ、ゼロが踏みとどまる。本部基地から出撃したソルディンたちが、ゼロへ攻撃を仕掛けてきた。
「邪魔をするな!命を落とすことになるぞ!」
ソワレが呼びかけるが、ソルディンたちは攻撃をやめようとしない。
「やめろと言っているのに・・・!」
いきり立ったソワレ。向かってくるソルディンたちに向けて、ゼロがトラスカリバーを振りかざす。
その強靭な光刃に、ソルディンたちはなす術なく両断されていく。ソルディンのとっさの射撃も、ゼロの強度のあるボディには通用しない。
「いけない・・このままではみんなが・・・!」
すぐさま救援に向かおうとするリリィ。だがソリッドは損傷しており、戦闘を行える状態ではなくなっていた。
「リリィ、あなたは下がっていて。」
そこへマルナが呼びかけ、リリィに声をかけてきた。
「私が時間を稼ぐから、その間にリリィは下がって!」
「でもそれだと、マルナさんとセイントが!」
「私のことは気にしなくていい!リリィ、あなたはアルバを1番に出迎えなくちゃいけない!」
マルナがかけた言葉に、リリィが戸惑いを覚える。
「あなたとアルバは心を通わせている・・死の淵から戻ってきたアルバを出迎えられるのは私じゃない。あなたよ・・」
「マルナ・・・それは分かるけど、マルナは・・・」
「私は大丈夫。このくらいのことでやられるほどやわじゃないから・・」
困惑するリリィに、マルナが優しく言いかける。リリィはこれ以上、マルナに反論することができなかった。
「私も危なくなったらすぐに逃げてくるから・・それじゃ。」
リリィに言いかけると、マルナはセイントを駆り、ソルディンを撃退しているゼロに向かっていった。
地球でのゼロの活躍を、デイジーは耳にしていた。血相を変えた彼女は、再びアルバのいる牢獄の前にやってきた。
「どうした?オレにまだ未練があるのか・・?」
体を起こしたアルバが、デイジーに声をかける。するとデイジーは真剣な面持ちで、アルバに声をかけてきた。
「今、地球連合本部で交戦が起きています。アルテミスとグリーア、あなたが乗っていた船も戦っています。」
「アルテミスが・・リリィたちが戦っているのか・・・」
「ソワレ・ホークスも、ゼロに乗って戦いに参加しています。おそらく、あなたの仲間とも戦っているでしょう・・」
「ソワレが・・だがもはや、オレには関係ない・・オレは旧人類であるアイツらとともに戦う理由がない・・」
「それであなたは満足なのですか?あなたの心には、オメガと旧人類の分け隔てが存在しているのですか?」
デイジーに問われて、アルバが戸惑いを見せる。
「あなたにとって、オメガも旧人類も関係ない。ただ自分の記憶を取り戻すために戦ってきた。そうではないのですか?」
「オレは・・・」
「あなたはアルバ・メモリア・・私の知っている、かつてアフェードを攻撃したディアス・フリークスではないのでしょう・・・?」
デイジーに言いかけられて、アルバは困惑するばかりだった。
「あなたがこれからやらなければならないこと、やっていくことは、他の誰でもない、あなた自身で決めていくのです・・あなただけの人生なのです・・たとえ記憶が失われようとも取り戻そうとも、それは変わりません・・」
「それで、お前はオレがそうしても構わないのか?・・オレはお前の幼馴染みだった男ではないのか・・・?」
「構いません・・私が求めている過去は、もう過去でしかない。取り戻すことのできないものなのです・・・」
沈痛さを募らせるデイジーだが、彼女は心の内では割り切っていた。
「あなたはディアスではない・・ディアスはもういない・・・あなたはあなたの道を歩いていけばいいのです・・・」
「オレの道・・オレが望むのは・・・」
「アルバ・メモリア・・あなたが本当に望んでいるものは何ですか・・・?」
デイジーに問い詰められて、アルバが息を呑む。自分がこれから何をしなければならないのか。彼は様々な思いを巡らせていた。
素性の分からなかった自分を、何の疑いもなく受け入れてくれたカーラ。興味を見せながらも、親身になって話をしてくれたマルナ。
そして悲しい過去を抱え、その悲劇を繰り返さないようにと決死に戦い続けてきたリリィ。
何度か衝突をしたが、いつしか心を通わせ、互いが互いの親身になって語り合うようになっていた。
(デイジーの抱いている過去のように、もう2度と分かり合えない、取り戻せないものになっているかもしれない。そうであったとしても、このけじめ、つけないままにしてはおけない・・・!)
意を決したアルバが、デイジーに向けて真剣な面持ちを見せる。
「オレもあの場所に行かなければ・・いや、戻らなければならないと思う・・しかし今オレは囚われの身・・」
「そのことなら問題はありません・・・」
デイジーのこの答えに、アルバは眉をひそめた。するとデイジーは、手にしていた袋から何かを取り出した。
それはリードの軍服だった。彼女がアルバのサイズを推測して持ってきたのである。
「あなたをここから出します。見張りの兵士たちにはこの場を離れてもらっています・・」
「待て!そんなことすれば、お前は反逆者・・!」
「お静かに。外に聞こえてしまいます。」
声を荒げるアルバを、デイジーが静める。
「全て私に任せてください、アルバ・メモリア・・あなたに、未来を切り開く剣を与えます・・・」
デイジーが口にした言葉に、アルバは小さく頷いた。
それからデイジーは、持っていた鍵でアルバのいた牢獄を開放した。彼女はアルバに軍服を着させて、牢獄を出た。
デイジーは人通りの少ない道を選んでいた。それでも途中で兵士や研究員とすれ違うことがあり、デイジーとアルバは敬礼を送ってやり過ごした。
しばらく進んだところで、アルバとデイジーは第7ドックにたどり着いた。そこで彼女は、そばにあったコンピューターを操作し、天井ハッチを開放する。
直後に明かりが灯り、アルバは眼前にそびえ立つ機体に眼を見開いた。それはボルド率いる研究員たちが開発した最新型のMSの1機、フューチャーだった。
「これは・・・!?」
「フューチャー・・お父様が開発させた新機体の1機です。従来のMSを大きく上回る性能を備えています・・」
声を荒げるアルバに、デイジーが説明をする。
「今のあなたに必要な力だと、私が判断しました・・」
「これをオレに・・・!?」
アルバがフューチャーに歩み寄り、さらに見つめる。
「だが本当にいいのか?・・こんなマネをすれば、たとえあの男の娘であったとしても反逆者だ・・」
「言ったはずです。私は、今のお父様の考えに疑念があると・・このままお父様に従っていても、世界が平和になるとは思えません・・」
アルバが問い詰めると、デイジーが深刻な面持ちで答える。
「もうディアスはいません・・私の過去の決着は着きました・・・今度はあなたの番です・・アルバ・メモリア・・・」
「デイジー・・・」
デイジーの決心に、アルバが戸惑いを見せる。そこへドックの動きを不審に感じた監視が、ドックに向けて通信を送ってきた。
“第7ドック、ハッチが開いてるぞ!何があった!?”
「やはり気付かれてしまいましたか・・あなたは行ってください。私に構わずに・・」
「お前も来い!このままではお前も殺されるぞ!」
呼びかけるデイジーにアルバが呼びかける。しかしデイジーは沈痛の面持ちを浮かべて、首を横に振る。
そこへ兵士たちを伴ったボルドが姿を現した。デイジーの姿を目の当たりにして一瞬驚くが、ボルドはすぐに眼つきを鋭くする。
「ディアス・・デイジー、お前がディアスをここに連れてきたのか・・・!?」
ボルドが問い詰めるが、デイジーは深刻な面持ちを浮かべたまま何も答えない。
「ディアスはまだ、本来の自分を取り戻してはいない。完全な我々の戦士としての自覚を持たせなければ、解放することは危険だ。そのことはお前も分かっていることだ。」
「戦士とは何なのですか?・・お父様の申される戦士とは何なのですか・・・!?」
重く閉ざしていた口を開いたデイジーの言葉に、ボルドが眉をひそめる。
「お父様のいう戦士とは、お父様の駒ではないのですか?・・ですが彼は違います。もはや私たちの知っているディアスではありません。未来を切り開く、アルバ・メモリアなのです・・・」
「・・・すっかり毒されてしまったようだな、デイジー・・・」
デイジーの言葉にボルドが呆れ果てる。彼はすぐに鋭い眼つきに戻り、その視線をアルバに向けた。
「お前はディアスだ!我々オメガの栄光ある戦士なのだぞ!そのお前が、なぜ旧人類などに肩入れするのだ!?」
「これはオレのけじめだ。ディアス・フリークスとしてではなく、アルバ・メモリアとしての!」
呼びかけるボルドに、アルバが自身の決意を言い放つ。その言葉に豪を煮やしたボルドが、ついに意を決した。
「ディアスを止めろ!絶対にフューチャーに乗せるな!」
ボルドの怒号とともに、アルバはフューチャーに向かって駆け出していった。
次回予告
忌まわしき過去の因果。
未来を背負う者の終わりなき宿命。
全てを背負い、飛翔する白き翼。
未来を切り開くため、アルバは戦場へと舞い戻る。