GUNDAM WAR –Lost Memories-
PHASE-28「戦の鉄槌」
地球連合本部。連合軍の総本山であるその場所には、旧人類の重鎮たちが様々な議論を交わしていた。
アルテミスとグリーアも、上層部の召集を受けて本部に到着した。
「本部か・・何度来ても生きた心地がしない・・」
「私も初めて来たけど、いい気分がしてこないです・・息が詰まりそうです・・」
キーオとレミーが、張り詰めた本部の空気に息を呑む。
「ご都合主義なお偉いさんばかりだけど、権力があるからホイそれと逆らえないのよね・・」
カーラがため息混じりに呟く。彼女の様子を見て、レミーが苦笑いを見せる。
「さすがに慣れていますね、艦長は・・」
「ああいう人たちには逆に堂々としていればいいの。下手に出ると調子に乗ってくるから。」
淡々と言いかけるカーラに、キーオもレミーも反論することができなくなった。
「それじゃ、グリーアにいるリリィを迎えに行くわよ。合流する機会がなかったから、きっと会いたがっているわ。」
カーラは席を立つと、アルテミスから外に出る。そこでは既にリリィが、ジョニー、マルナとともにグリーアから降りていた。
「カーラ艦長・・・ご迷惑をかけて、すみませんでした・・・」
リリィがカーラに向けて、頭を下げて謝罪する。するとカーラは彼女の頭を優しく撫でてきた。
「おかえり、リリィ・・みんな待ってるよ・・」
「艦長・・・」
優しく声をかけるカーラに、リリィは戸惑いを覚える。顔を上げた彼女の視線の先には、ハル、レミー、キーオの姿があった。
だがリリィは心から喜ぶことができなかった。その面々の中にアルバがいなかったからだ。
アルバの行方は依然として不明。リリィは気が気でなくなっていた。
「悩んでいるときじゃないですよね・・・上層部に呼ばれたことは、ルーク艦長から聞いています・・」
「そうね・・そろそろ行きましょうか・・」
リリィの言葉にカーラが同意し、ジョニーも無言で頷く。彼らの前に、黒のポニーテールの女性がやってきた。
「お久しぶりです、カーラ・サルビア艦長、ジョニー・ルーク艦長。」
「お久しぶりですね、エリア・バウザー少佐。」
女性、エリアとカーラが握手を交わす。周囲が緊張にさいなまれている中、2人とジョニーは冷静だった。
「最高議長、スタン・ヴァイザーがお待ちかねです。艦長両氏、そしてリリィ・クラウディ、マルナ・フィーセ、こちらへ。」
エリアが告げた言葉に、リリィとマルナが眉をひそめる。
「ご指名のようだけど・・・」
「パイロットも立ち会えとのことね・・」
冗談を交えるマルナと、真剣な面持ちを見せるリリィ。2人もカーラ、ジョニーとともにエリアの後をついていった。
本部内に足を踏み入れ、張り詰めた空気がさらに濃くなり、リリィとマルナも緊張の色を隠せなくなる。
(威圧される・・少しでも気を緩めたら押しつぶされてしまう・・)
何とか自分を保とうとするリリィ。しかし彼女は未だに、アルバを気がかりにしたままだった。
そんな迷いの念を抱えたまま、彼女たちは会議室の前にたどり着いた。
「最高議長はこちらでお待ちです。」
エリアが振り返らずにカーラたちに呼びかける。彼女は会議室の扉をノックすると、ゆっくりと開いた。
「ヴァイザー最高議長、お待たせいたしました。」
エリアが一礼し、カーラたちが敬礼をする。
「これまでの長旅、ご苦労であった。私も君たちに会えてよかったと思っている。」
スタンがカーラたちに淡々と語りかける。
「君たちの戦闘データは全て拝見させてもらったよ。あのディスターを落とした功績は大きいといえる・・だが・・」
話しかけるスタンの顔から笑みが消える。
「しかし、君たちの保有する戦力の中に、オメガが開発したMS、ソリッドがあるはずだ。そして我々に所属していないMSパイロット、アルバ・メモリアも・・」
スタンが告げた言葉に、リリィとマルナが息を呑む。カーラとジョニーは何とか平穏さを保っていた。
「残念なことに、アルバ・メモリアはクレストとの交戦中に拉致され、行方が分からなくなっている。彼の実体についてはこれ以上詮索することはできなくなったが、ソリッドはまだ君たちの戦力の中にある。」
「まさか、ソリッドの調査をするおつもりですか・・・!?」
「そうだ。その調査を遂行できれば、その結果を基にして、オメガとの戦争を終結させるための鍵を見つけることもできる。我々が平和を取り戻す日に、一気に近づくことができるのだ・・」
問いかけるカーラに、スタンが眼を見開いて答える。
「今、科学班がソリッドの移動と調査のために行動を開始している。迅速な対応も必要不可欠だからな。」
「待ってください、ヴァイザー議長!」
そこへリリィが口を挟んできた。
「議長のお話中だ。質問と反論は控えろ。」
「いや、構わん。」
制止の声をかけるエリアだが、スタンはリリィの発言を許可した。
「リリィ・クラウディだな?待ってほしいとはどういうことかな?」
「アルバはこれまで私たちを、命懸けで守ってくれたんです。もしも彼とソリッドがいなければ、私たちはここにたどり着くこともできず、無残な死を遂げていたでしょう。そのソリッドを利用するようなこと、私は賛成しかねます。」
スタンの慄然さと会議室の緊迫感に臆することなく、自分の考えを告げたリリィ。
リリィは心からアルバを気にかけていた。その恩を裏切るようなことをしたくなかったのだ。
「リリィ・クラウディ、君のことも調べさせてもらった。君はあのアフェードの出身だそうだな。」
スタンのこの指摘に、リリィは言葉を詰まらせた。
「リリィ・カツラギ。オメガの襲撃によって絶滅したアフェードのたった1人の生き残り。家族と故郷を滅ぼしたオメガに強い憎悪を抱いていることも知っている。」
「そんなことまで・・・」
「ソリッドの調査は、そのオメガ打倒につながる。君個人にとっても不都合なことではないはずだ。」
スタンの言葉に、リリィは困惑の色を隠せなくなる。カーラたちもスタンの考えに反論できずにいた。
「とにかく長旅ご苦労だった。別名あるまで休養を取っておいてくれ。」
カーラたちに告げると、スタンは席を立ち、会議室を後にした。エリアもスタンに続く。
スタンの考えに反論することができず、カーラたちはしばらくその場で立ち尽くしていた。リリィも困惑を抑えるまでに時間を要した。
スタンの命令により、ソリッドは本部付属の軍事施設に移動されることとなった。様々なデータを抽出し、オメガ攻略の情報として整理されていく。
そのドックを、スタンがエリアとともに訪れた。
「このソリッドという機体、我々の科学力を大きく超えています。」
「ほう?」
研究員の報告に、スタンが笑みをこぼす。
「特に空気中のエネルギーの微粒子を取り込むクラスターシステムは注目すべき点です。これにより、半永久的に活動を可能としています。」
「なるほど。それがオメガの手がけたMS全ての根源であるといえるだろうな。」
「そのエネルギー収集を遮断することができれば、オメガの新型は機動力が半減するでしょう。」
「それで、その実現までにどのくらいかかる?」
「既に作業を開始しています。2日ほどで完成します。」
研究員の言葉を受けて、スタンが不敵な笑みを浮かべる。
「これでオメガとの戦争を終わらせることができる・・世界に君臨するのは我々だ。逸脱した人の姿をしたバケモノの出る幕はもうない。」
スタンが哄笑をもらし、エリナも笑みをこぼしていた。
「しかしアルテミスとグリーアの動向が気にかかる。このまま我々の部下として保有しておくのは・・」
「ですが利用できるものはとことん利用してしまいましょう。無駄にするのもどうかと思いますからね。」
スタンの言葉にエリアが答える。2人の邪な策略が、着々と進行していた。
世界攻略に躍り出ていたリード各部隊。野心的な彼らは、地球連合本部の襲撃を画策していた。
「地球連合め、これ以上貴様らの好きにはさせんぞ。」
部隊の総指揮官、ロックが鋭く言いかける。
“しかしよろしいのでしょうか?このまま真っ向から本部に攻撃を仕掛けるのは・・”
“私も攻撃には反対です。増援を待つのが得策かと・・”
「腰抜けどもは引っ込んでいろ!我々は貴様らのような臆病者の手助けなどいらん。」
他の部隊の隊長の意見を、ロックは一蹴する。
「我々はこの手で地球連合を叩き潰す。旧人類は朽ち果てる以外に道はないのだ。進化した者が未来を切り開き、そうでないものは時代に駆逐される。それが摂理だ。」
ロックは語りかけると、右手を強く握り締める。
「その制裁を、この私が下そうというのだ。賞賛されても、異議を唱えられることはありえん!」
ロックは語気を強めると、艦内のクルーたちに呼びかけた。
「全員に通達!これより地球連合本部に向けて、攻撃を開始する!」
ロックの命令が響き渡ると、艦内は騒然となった。彼の直属の戦艦「リンドン」が発進していった。
アルテミス、グリーアに戻ったカーラたち。そこではハルが不満をあらわにしていた。
「艦長、ひどいんですよ、ここの人たち!ソリッドを有無を言わさずに持ってっちゃったんですから!」
ハルがカーラに向けて、その不満をあらわにしてきた。
「ごめんなさい・・私の力不足よ・・」
「・・・すみません、艦長・・八つ当たりをしてしまって・・」
カーラが謝ると、ハルも我に返る。リリィたちもレミーたちも、沈痛な面持ちを浮かべるばかりだった。
しばらく続いた沈黙。それを破ったのはリリィのカーラへの問いかけだった。
「艦長・・艦長の考えをお聞かせ願いますか・・・?」
「リリィ・・・?」
「上層部は平和のためというよりは、オメガとの戦争に勝つことを優先している。どんな手段を使っても、どんな犠牲を払っても。」
戸惑いを見せるカーラに、リリィは気持ちを落ち着けて語りかける。
「確かに私は今まで、オメガへの復讐のために戦ってきました。しかしそれは、平穏に暮らしている人たちが、心から幸せになれるようにという気持ちの裏返しでもあります・・私は、あんな非情なやり方に手を染めたくありません・・」
「リリィ・・・そうね・・圧力に屈してしまうような人間じゃないわね、私は・・」
リリィの言葉を聞いて、カーラは笑みをこぼした。彼女はすぐに真剣な面持ちになって、クルーたちに呼びかけた。
「みんな、これはおそらく・・いいえ、確実に軍への離反につながる行為になる。あなたたちの信念を壊しかねない。その覚悟がある人だけ、話を聞いて・・」
カーラが忠告をするが、ハルもレミーもキーオも退かず、彼女の話に耳を傾けようとしていた。
「分かったわ・・・これは私の推測でしかないけど、上層部は、私たちをお払い箱にしてくるかもしれない・・」
「私たちがソリッドとアルバと一緒にいたから、危険視してきているわけですね・・」
「そう・・上層部は、自分たちの考えに懐疑的な私たちを、利用できるだけ利用して切り捨ててくる。そんな憶測があるのに、信頼し従っているわけにはいかない・・」
リリィの言葉にも答えながら、カーラは話を続ける。
「私たちも、そろそろ決断をしなければならない・・でも私は、あなたたちの気持ちを曲げさせてまで、あなたたちを引っ張っていくことはできない・・」
「何を言っているんですか・・僕の、いや、僕たちの考えは、昔も今も変わっていないですよ!」
カーラの言葉に食い下がってきたのはハルだった。レミーもキーオも、ハルと同じ気持ちだった。
「どうします、艦長?・・私たちの気持ちは、そのくらいのことでは少しも揺らぎませんよ・・」
「・・・こんなつまんないことを聞いた私がバカだったわね・・」
リリィに言われたところで、カーラは苦笑いを浮かべた。
「どうやらあなたたちも、その結論に至ったようですね・・」
そこへジョニーがマルナとともに現れ、カーラに声をかけてきた。
「ルーク艦長・・」
「我々も先ほど話し合いをしたところです・・ところが、我々の意見も満場一致のようです・・」
戸惑いを見せるカーラに、ジョニーが微笑んで言いかける。
「好き勝手に振り回されるのは、私は好きじゃないからね。正直仲間はずれだったらどうしようって思っていて・・」
マルナも照れ笑いを浮かべて言いかける。アルテミス、グリーアの面々の決意はひとつにまとまっていた。
「艦長、私はここに残ろうと思います。」
そこでリリィが声をかけてきた。その発言にカーラが眉をひそめる。
「ソリッドは今ここにあります。アルバ以外にソリッドを動かすことができるのは、私しかいないでしょう。」
「でも、それだと議長たちに付け込まれる危険が・・」
「分かっています。でもこのままソリッドを置き去りにしていくわけにはいきません。」
「リリィ・・・分かった。でも本当に気をつけてね・・あなたの命は、もうあなた1人だけのものではないのだから・・」
カーラの言葉を受けて、リリィは小さく頷いた。
「このことはくれぐれも内密に。明るみに出れば、反逆で処罰の対象にされるからね・・」
「もちろんです・・では次の出撃命令が出るまで待機で・・」
カーラとジョニーの言葉にリリィたちは頷く。ここで出た結論は、上層部の出方を伺うというものだった。
そのとき、上空から轟音が響き渡った。その轟きにリリィたちが緊迫を覚える。
「何、今の音・・・!?」
「まさか・・・!?」
マルナとリリィが声を荒げる。彼女たちが空を見上げると、黒い煙が霧散しようとしていた。
「爆発!?・・どういうこと・・・!?」
「予行演習をしているのでしょうか・・・」
「いや、そんな連絡は受けていない・・・これは・・・!」
リリィ、ハル、ジョニーが言葉を交わす。ジョニーが血相を変えて、海岸のほうへ振り返る。
その先の海から、数体の機影が迫ってきていた。これはザクの軍勢だった。
「ザク・・!?」
「まさかこの本部に、リードが攻めてくるとは・・!」
カーラとジョニーが声を荒げる。リードが地球連合本部への襲撃に踏み込んできた。
「艦長、私はソリッドのところに向かいます!」
リリィがカーラに向けて呼びかける。
「このままではソリッドも危険です!今、ソリッドを動かすことができるのは、私しかいません!」
リリィはそう告げると、この場から駆け出していった。ハルが呼び止めようとするが、彼女はそのまま去っていってしまった。
「私たちは迎撃に出るわよ!アルテミス、発進準備!」
「我々も出撃するぞ、マルナ!」
カーラとジョニーが呼びかける。アルテミス、グリーアがリードへの迎撃に備えようとしていた。
(アルバ、私に力を貸して・・・!)
アルバへの想いを胸に秘めて、リリィはソリッドのところへ向かっていった。
次回予告
これ以上悲劇を増やしてはならない。
大切な人を悲しませたくない。
平和への渇望が、ソワレの背中を押していく。
自らの手で平和をつかみ取るため、ついに戦士は動き出す。