GUNDAM WAR –Lost Memories-
PHASE-23「マリア」
アルテミス、グリーアへの復讐を遂行しようとしたディスターの残党は、アルバ、リリィ、マルナの反撃によって全滅した。しかしアルバとリリィの心の揺らぎは、未だに治まっていなかった。
リードに所属していたソワレとマリア。平和を願う者でありながら敵として戦うことに、2人は困惑を隠せないでいた。
(ソワレ、オレは平和を壊す者なのか・・平和をもたらす者なのか・・・)
アルテミスの廊下の窓から外を見つめるアルバが、胸中で呟く。
(いずれにしろ、オレたちとお前たちとは、もはや戦うことでしか、意思をぶつけられないのか・・ソワレ・・・)
祈るように心の声を上げるアルバ。自身の記憶の断片をつかみかけた彼は、自分以外の人間のことを気遣うようになっていた。
(オレは戦うことでしか、オレの答えを見出せない・・そのやり方しか、オレは知らないから・・・)
アルバは迷いを振り切ろうとしていた。彼は自分自身のために、過激化する次の戦いに臨もうとしていた。
「ソワレくんとマリアさんのことを気にしているの?」
そこへ通りがかったリリィが、アルバに声をかけてきた。
「リリィ・・・」
「同じ平和を願う人間でありながら、敵同士で争わなければいけない・・どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・」
戸惑いを見せるアルバに、リリィが沈痛の面持ちを見せる。
「私は平和のために、自分が受けてきた悲劇を繰り返させないために戦ってきたのに・・こんなに辛くなるなんて・・・」
「復讐は虚しいもの、か・・どこかで聞いた言葉だが・・・」
アルバが口にした言葉に、リリィがいたたまれない気持ちに駆り立てられる。
「とにかくオレたちは、オレたちの道を進むしかない。どんなことがあってもな・・」
「そうね・・・私は今まで、アフェードのみんなにひどい仕打ちをしたオメガを倒すために強くなり、戦ってきた・・だから、後戻りはできないし、したくない・・」
アルバの言葉を受けて、リリィが迷いを振り切った。
「ありがとう、アルバ・・・少しは眼が覚めたかな・・」
「そうか・・だがオレは、心のどこかで、ソワレのことを気にしている・・・」
笑みを浮かべたところで、アルバが呟いた言葉を耳にして、リリィは再び戸惑う。
「いずれにしろ、ヤツとの因果の決着は、すぐに着きそうだ・・」
真剣な面持ちを浮かべるアルバが、再び窓越しの外に視線を戻す。
ソワレとの対決は遅かれ早かれ訪れる。アルバはその戦いに備えようとしていた。
アルバとリリィの邂逅に、ソワレとマリアも困惑していた。彼らも2人と戦うことを快く思っていなかった。
自分の機体のチェックを行うも身が入らず、他のクルーたちにもその沈痛さが伝達して、心配の空気になってしまっていた。
それを察したガルが、ソワレとマリアに声をかけた。
「2人とも、時間を割いてもいいか?」
「艦長・・・はい。構いませんが・・・」
ガルに呼ばれてソワレが答え、マリアも続いていく。3人は艦長室に足を踏み入れ、ガルが席に着く。
「あの街で過ごした時間、何があった?コーラサワーに聞いても何も知らないというのでな・・」
ガルが言いかけると、ソワレとマリアが戸惑いを見せる。逃げ惑う街の人々の群れから何とか脱したコーラサワーは、そのままクレストに戻ってきていた。
「私はこれでも君たちの上官だ。君たちを自分の子供同然と見るのは、過保護というものだろうか・・」
ガルがかけた心配の言葉が突拍子に思えて、ソワレとマリアが思わず笑みをこぼした。
「す、すみません・・ですがまさか、艦長が自分たちをそのように思っていたとは・・」
「おいおい、お前たち・・さすがに笑いすぎだぞ・・」
笑う2人に恥ずかしさを覚えるガル。気持ちを落ち着けたところで、ソワレは真剣な面持ちになって話を切り出した。
「先日話したとおりです・・ソリッドと、イエローのソルディンのパイロットと会いました・・」
「その2人のことを気にしているのか・・・」
「軍人としておこがましいことです・・しかし2人も、平和を願う人間であることに変わりはありません・・」
「ハァ・・こういうときは、その2人の言葉に耳を貸すなというのが正論なのだがな・・・オレはそんな非情な人間にはなれない・・」
ソワレの言葉を聞いて、ガルがため息混じりに呟くように言いかける。
「お前たちに問う。お前たちは、今まで何のために戦ってきた?」
ガルの問いかけに、ソワレとマリアが困惑を覚える。
「ソワレもマリアも、世界の平和のため、自分自身のために戦ってきた。それは誰かに言われたりやらされたりしているわけではない。自分でそう決めたことではないのか?」
ガルの言葉を受けて、ソワレとマリアが戸惑いを見せる。2人は自分の戦う理由を痛感したのだった。
(そうだ・・僕は戦争で引き起こされる悲劇を繰り返したくないと思い、あえてこの戦争に身を投じた・・全て、悲劇の根源である戦争を終わらせるために・・)
(自分の手で立ち上がらなくてはならない。そう思ったから、私は家を出て軍人となった・・その決意に、嘘をつくわけにはいかない・・)
ソワレとマリアが、自分の心と向き合う。全ては自分の意思に基づいて歩んでいる道。周りに流されて道をそれるわけにはいかない。2人の心に、新たなる決意が生まれていた。
「すみません、艦長・・リードのパイロットとして、とんだ恥ずべき行為を・・」
「いや、気にするな。オレもお前たちと同じ人間、若輩者だ。いろいろなことに心動かされたことも少なくない・・」
謝罪するソワレに、ガルが弁解を入れる。
「とにかく、オレがお前たちに言いたいのは、自分を見失うな、ということだ・・」
「自分を見失うな、ですか・・・」
ガルが口にした言葉を、ソワレは胸の中に留める。
「すまなかったな、忙しいところを呼び出してしまって・・」
「いえ。自分たちにはもったいない言葉を、ありがとうございました・・」
声を掛け合うガルとマリア。ソワレとマリアはガルに敬礼を送ると、艦長室を後にした。
ドックでのチェックを終えたソワレは、ソニックを真正面から見つめていた。これまでの戦いを一心同体で戦ってきた機体に、彼は思いを馳せていた。
「頭では分かっていても、気持ちの整理はつかないものよね・・」
そんな彼に、マリアが声をかけてきた。
「マリアさん・・・」
「今のように、いろいろと悩むときがある・・そのときは相談して、嫌な気持ちを吐き出してしまうのがいい。誰でもいいから・・」
戸惑いを浮かべるソワレに、マリアが微笑みかける。
「艦長は、本当に私たちを大切に思っている・・その期待に応えたいとも、私は思っている・・」
「そうですね・・僕も、そう思います・・・」
マリアの言葉にソワレが頷く。だが彼の笑顔には陰りがあった。
「ソワレくん、あなたにはいつも助けられてるわね・・本当に感謝している・・」
マリアの突然の感謝の言葉に、ソワレが戸惑いを覚える。
「あなたと出会う前の私は、自分がしっかりしなくちゃいけないと言い聞かせてきた・・でも初めて背中を任せられると信じられる人に出会えた気がしている・・それがソワレくん、あなたよ・・」
「僕が・・・僕なんてそこまでの人間では・・」
「謙そんしなくていいわよ・・私が認めた。それだけで十分誇っていいのよ・・」
困惑するソワレに笑顔を見せるマリア。そしてマリアはソワレを優しく抱きしめた。
突然の抱擁に、ソワレは動揺をあらわにして言葉が出なくなる。
「私はあなたに勇気付けられた・・その思いを、私も大切にしたい・・・」
「いいんですか、マリアさん・・僕なんかで・・・?」
「“あなたなんか”じゃない・・“あなただからこそ”よ・・・」
マリアのこの言葉が、ソワレの心に強く響いた。そこまで自分を信頼してくれる相手の気持ちを、絶対に裏切ってはいけない。
「本当にありがとうございます、マリアさん・・・まさかこんなすぐに、自分以外の誰かから強く信頼されるとは思っていませんでした・・・」
「これからもよろしくね、相棒。」
感謝の意を示すソワレと、微笑みかけるマリア。2人は握手を交わし、さらに絆を深めた。
(僕は初めて、心から守りたいという人ができた気がする・・・守っていこう、マリアさんを・・眼の前の大切な人を守れないで、平和なんて守れるはずがないから・・・)
ソワレの心の中で、新たなる決意が芽生えていた。
「そろそろ戻りましょう、ソワレくん。明日に備えないと・・」
「そうですね・・分かりました。」
マリアの言葉を受けて、ソワレはドックを後にした。彼が去るのを見送ってから、マリアは自分の胸に手を当てる。
(ソワレくんが、本当に平和を取り戻すと信じている・・この気持ち、大切にしたい・・絶対にあなたを死なせないから・・)
ソワレに対する想いを募らせるマリア。落ち着きを取り戻すと、彼女もドックを後にした。
「くー!まさかマリアちゃんが、マリアちゃんがあんなヤツにー!」
そのドックの物陰から悲痛の叫びが響いてきた。隠れて2人の様子を伺っていたコーラサワーが、マリアの恋模様に対して泣き叫んでいた。
プラネットG最高評議会。緊急招集を受けた議員たちの待つ会議室に、1人の男が入室してきた。
ボルド・タイタン。プラネットG最高評議会最高議長であり、オメガを束ねる代表である。
ボルドは評議会の中ではタカ派の人間であるが、様々な政策案を考案し、人々からの支持を得てきた。今回の召集は、彼が切り出したことだった。
「皆様、本日は突然のお呼び出しをしてしまい、申し訳ありません。皆様の耳に是非、直接お伝えしたいことがありましたものでして・・」
「いえ、お気になさらず。タイタン最高議長が早急にお伝えしたかったこと。我々とて一刻も早く耳に入れておかなくては。」
淡々と言いかけるボルドに、議員の1人が微笑んで会釈をする。
「ではこれより、本日の評議会を開始いたします。」
ボルドの号令により、議員たちが着席する。ひと呼吸置いてから、ボルドは話を切り出した。
「現在、旧人類、地球連合の攻撃はさらなる拍車をかけつつあります。いずれはこのプラネットGへの攻撃も想定できます。このまま時間のみを経過させれば、我々の不利は眼に見えています。」
「それは我々も同意見です。これ以上旧人類の暴挙を見逃すわけにはいきません。」
「しかしその策はあるのでしょうか?連合を完膚なきまでに撃退することのできる秘策が・・」
「我々オメガは旧人類とは比べ物にならないほどの知識と力を備えています。ですが旧人類も完全に浅はかというわけではありません。その差を埋める手立ても企ててきます。」
ボルドの発言に賛同しているものの、その策を考案することができず、議員たちは不安を隠せないでいた。
だがボルドはわずかばかりの迷いもなかった。
「そこで我々は科学班と協力し、新兵器の開発を開始しました。」
ボルドが口にした言葉に、議会にざわめきが起こる。そんな中、彼は議員たちに事前に配布してあった資料を提示する。
「これがその新兵器に関する資料です。空気中に散乱している微粒のエネルギーを集束させるクラスターシステムにも改良を加え、より永久的な活動時間とより高度の性能の発揮を可能としています。現在その新兵器は3機開発され、うち2機が9割がた開発を完了しています。」
「本当に可能なのでしょうか?現在稼動している新型を、大きく超える存在にもなりうるのでしょうか?」
「可能です。そのような疑問が愚問であるほどに。様々な試験とシュミレーションを行った結果が、それを物語っています。」
議員の1人が持ちかけた質問に、ボルドは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「搭乗者は誰になるかはまだ決定していません。ですが候補の1人として推薦したい人物がいます。」
ボルドが言いかけると、会議室の扉が開く。そこから入ってきたのは、銀髪、長身の男だった。
「ドーマ・フリークス少佐。数々の部隊にて多くの任務や戦闘を積んできています。パイロットとしての技量も相当のもので、それらを考慮して推薦いたしました。」
「ドーマ・フリークスです。皆様、よろしくお願いします。」
ボルドの紹介を受けて、男、ドーマが会釈をする。
「ドーマくん、君のことは私も伺っているよ。確かに君なら、その一大プロジェクトを務められるだろう・・」
議員の1人が賞賛すると、他の議員たちも拍手で関係した。
「しかし近日中に完成する機体は2機。もう1人必要になってきますが・・」
「それは近いうちに公になることでしょう。私と皆様の見解に基づいて、決定されることでしょう・・」
ボルドの回答を聞いて、議員たちは納得し、満足した。
「ただ、不安と取れることもあるのです。」
「不安、ですか・・?」
ボルドが切り出した言葉に、議員たちが当惑を見せる。
「この開発は我々オメガの命運を分かつものといっても過言ではありません。口外は禁物です。もしもこれが旧人類の何者かの耳に入れば、必ず手を打ってきます。」
「それは分かっています。機密レベルSで対応しましょう。」
「それは始めからSですよ。このような開発、口外すれば妨害されるのは必死ですからね。」
議員の不安を、ボルドが不敵な笑みを見せて一蹴する。その態度が議員たちを奮起させる。
「それでは引き続き開発を行います。完成次第、皆様にお知らせいたしますので。」
ボルドが言いかけると、議員たちが頷く。
「それではこれにて、本日の評議会を終了いたします。皆様多忙のところご足労いただき、ありがとうございました。」
ボルドと議員たちが起立し一礼する。評議会が終了し、ボルドとドーマが先に会議室を後にした。
「悠長な者たちだ。日和見ばかりで滑稽とすら思える。」
廊下を歩く中、ボルドが鋭く言い放つ。先ほどまでの態度を一変させ、冷淡な口調で語りかけてきていた。
「平和をもたらすには、敵を全て葬り去らなければならない。旧人類を全て根絶やしにし、オメガによる新境地を開く必要がある。」
「もちろんです、最高議長。そのために、私を始めとしたリードの面々は戦い抜いてきたのです。」
ドーマも不敵な笑みを浮かべて答える。
「お前には期待しているぞ、ドーマ。お前はサーガとは違うのだからな。」
「お任せください。旧人類との戦争など、私がすぐに終わらせてみせましょう。」
「偉い意気込みだな。だが焦ることはない。すぐにあの機体は完成する。そのときこそ、我らの勝利の第一歩となるのだ。」
「しかし他のパイロットは誰になるのですか?せめて私と同等の技量がなければ、その大役は務まりませんよ。」
「それなら心配はいらん。既に目星をつけている者はいる。」
ボルドは言いかけると、1枚の写真をドーマに手渡した。
「彼は?」
「クレストに乗艦している。ソニックのパイロット、ソワレ・ホークス准尉だ。」
ドーマの問いかけを受けてボルドが紹介する。写真に写されていたのは、ソワレだった。
次回予告
思いは、再び揺るぎないものとなった。
自分の心のため、銃口を向け合う2人の青年。
ソリッドとソニック。
2つの力が火花を散らすとき、運命は新たなる局面を迎える・・・