GUNDAM WAR –Lost Memories-
PHASE-14「揺れ動く気持ち」
アルテミスのクルーたちは、グリーアの面々と談話を楽しんでいた。しかしアルバは騒がしい場を嫌い、その談話から離れていた。
そんな彼に駆け寄ってきたのはマルナだった。
「どうしたの、こんなところで?みんな楽しくやってるよ?」
「オレは騒がしいのが好きではない。悪いが他を当たってくれ。」
明るく声をかけるマルナに、アルバたちが憮然とした態度を見せる。
「ホントにかわいいね。私はあなたに興味があるのよ。」
「オレに?」
「そう。突っ張っていながら、どこかミステリアスな感じが、私の心を引き付けるのよね。」
「何を言っている?悪ふざけなら、オレは付き合うつもりはない。」
マルナの言葉をはねつけて、アルバがこの場を離れようとした。
「記憶喪失なんだってね・・」
マルナが口にした言葉を耳にして、アルバは立ち止まる。
「リリィさんから聞いたのよ。あなたが正規の連合軍の軍人じゃないって。そしてあのソリッドが、リードが所有していたMSであることもね。」
「それを知ってどうする?オレを殺すつもりか?」
「物騒なこと言わないでよね。あなたが何者で、何でソリッドに乗ってるかは私には興味はない。興味があるのは、今のあなた・・」
「今のオレ?」
マルナの言動が理解できず、アルバが眉をひそめる。
「記憶がないから、いろいろなことを覚えようとしている・・まるで赤ちゃんみたいにね・・」
「そのくらいにしてもらえますか、マルナさん。」
そのとき、リリィが深刻な面持ちでマルナに声をかけてきた。
「あなた・・リリィさん・・・」
「アルバは記憶喪失の身。彼自身の悩みは大きいはずです。その彼にこのような行為は、あまりにも失礼ですよ・・・!」
真剣に言いかけるリリィ。事態が軽くないことを悟り、マルナは肩を落とす。
「悪かったわね・・アルバくんやあなたを傷つけるつもりはなかったのよ。ただ知りたかっただけ・・アルバくんに興味があったのはホント。」
「何でもいい。オレにかまけていても、何にもならないぞ。」
謝罪と弁解をするマルナだが、アルバは憮然さを見せたまま、この場を離れていった。
「アルバくん・・・」
「気にしないでください。彼、本当に騒がしいのが苦手みたいですから・・」
困惑を見せるマルナに、リリィが声をかけてきた。
「記憶がなくて、いろいろなこととどう接していけばいいのか分からないんです・・でもこういうのは、自分から触れていかないと・・」
「そういうものなのかもね・・そういう体験をしたことがない私たちには分からないかもね、そういう気分は・・」
リリィが言いかけた言葉にマルナも頷く。
「少し話さない、リリィちゃん?」
「リリィ、ちゃん・・・!?」
軽々しく声をかけたマルナに、リリィが虚を突かれて声を荒げる。
「こういうときはあんまり堅苦しくするのはよくないかなって思ったんだけど・・あ、私のことは“マルナ”でいいから。」
「はぁ・・じゃよろしく、マルナ・・」
マルナの言動に戸惑いながらも、リリィは笑顔を見せた。
クレストに救出され、再び戦いの場に戻ることができたコーラサワー。だが彼の自信過剰な振る舞いは相変わらずだった。
「へぇ。お前、新顔なのか?」
「はい。ソワレ・ホークス准尉です。」
気さくに声をかけてくるコーラサワーに、ソワレが頭を下げる。
「それで君の名前は?けっこうかわいいじゃない。」
コーラサワーが気さくさを浮かべたまま、マリアに眼を向ける。
「私はマリア・スカイローズ。あなたと同じ少尉よ。」
「えっ!?少尉!?」
呆れるマリアの言葉を聞いて、コーラサワーが驚く。
「だから、立場を利用して私に入れ込もうとしてもムダだから。仮に利用できても、私にその手は通用しないのであしからず。」
マリアに言いかけられて、コーラサワーが肩を落とす。それを眼にして、ソワレが笑いをこらえていた。
「あなたはそれなりの実力はあるけど、慢心している部分があるわね。身の程知らずは、長く生きられないわよ。」
「かー・・手厳しいお嬢さんだー・・」
マリアの言葉を聞いてますます気落ちしてしまうコーラサワー。
「それで自分たち、ディスターと合流するんですよね?」
「えぇ。今、艦長が連絡を入れているわ。でもディスターは他の部隊と組むのを嫌う艦でもあるからね・・」
ソワレの問いかけに、マリアが困り顔を見せて答える。
ディスターのクルーたちは、他の部隊との共同戦線を極端に嫌う。わざと味方を攻撃し、誤射だと言い張ったこともあった。
「艦長もディスターと組むのにはさすがに参っているご様子で・・」
「そこまで過激な部隊ということなんですね・・・」
ソワレが言いかけたところで、2人はおもむろに肩を落とす。だがコーラサワーは気負う様子を見せていなかった。
「まぁ、オレがいれば、あのディスターも大人しくなるだろう。大船に乗った気でいてくれ。」
「あなたといると泥船に乗っているような気がしてならないわ・・」
意気込みを見せたところでマリアに言いかけられ、コーラサワーはついに立ち直れなくなった。
「マリアさん、あまり追い込んでは・・」
「いいのよ。こういった人は、少ししたらすぐに立ち直るものだから。」
心配するソワレに、マリアは落ち着いた様子で言い返していた。
その頃、ガルはディスターのゴードと連絡を取っていた。だがガルたちが考えていた通り、ゴードは共同戦線を拒否してきた。
“悪いがお前たちと手を組むつもりはない。我らディスターが安く見られるのは我慢がならん。”
「しかし先日の戦闘では、グリーアとアルテミスを撃ち損じたとの報告が入っています。相手が油断ならない相手であることは、あなた方も重々承知のはずですが。」
“貴様らは我々を愚弄する気か?確かに突然の乱入で体勢を乱したが、次はこのようなことはない。”
ガルの言葉にゴードも返答する。だがその語気には苛立ちが込められていた。
“我々はこのままグリーア、アルテミスの撃墜を敢行する。貴様らは高みの見物でもしているがいい。”
ゴードはそう言いかけると、一方的に通信を終えてしまった。
「やはり応援を拒否してきましたね・・」
「我々も予想できたことだ。仕方がないと諦めるしかない・・」
深刻さを浮かべるギルに、ガルも肩を落としながら言いかける。
「だが上の言い分もあるし、このまま彼らを放置するわけにもいかない。怒らせることになるが、極力近くまで行かせてもらう。」
「艦長・・分かりました。私もどこまでもお供いたしましょう。」
ギルがガルに敬礼を送る。その意気込みにガルが一瞬唖然となる。
「マリアやソワレたちも、おそらく同じ気持ちでしょう!艦長、行きましょう!」
ギルの意気込みを目の当たりにして、ガルは苦笑を浮かべるばかりだった。
マルナとともに島の中にある海岸にやってきたリリィ。地平線に夕日が沈んでいき、鮮やかな黄昏を彩っていた。
「きれいね。こうして夕日を見るのも、気分がいいものね。」
「そうですね・・・」
感嘆の言葉を口にするマルナに、リリィが相槌を打つ。するとマルナの顔から笑みが消える。
「リリィ・・あなたは、誰かに裏切られたことはある?」
「えっ?」
マルナの唐突な問いかけに、リリィが当惑を見せる。
「私は実は、オメガなのよ・・・」
「オメガ・・・!?」
「ちゃんというと、“裏切り者のオメガ”なんだけどね・・オメガから裏切られて、つまはじきにされたのよ、私は・・・」
驚愕を見せるリリィの前で、マルナが物悲しい笑みを浮かべる。
「私のお父さんはプラネットGの政治家の1人だったの。でも旧人類との共存を訴えたことで、他の政治家たちだけじゃなくて、リードの一部の人間からも反発されて、お父さんだけじゃなくて、お母さんも暗殺された・・」
語りかけていくうちに憤りを覚え、マルナが右手を握り締める。
「何の証拠もないけど、間違いない・・お父さんは旧人類や地球連合へのコネをつかみかけていた・・それをオメガが不満を感じて・・・!」
「ホントにオメガがやったの・・マルナの両親を・・・!?」
「殺されたお父さんとお母さんを、オメガは心から弔おうとはしなかった・・私たちを敵として見なしたから・・・!」
マルナの過去を聞いて、リリィは戸惑いを感じていた。自分と同じように、彼女がオメガに対して激しい怒りを抱えていることに共感していたのだ。
「私は、オメガに、何もかも奪われた・・・」
「リリィ・・・!?」
リリィが口にした言葉に、マルナが眉をひそめる。
「アフェードを知っていますか?私はそこの出身なんです・・」
「アフェードって・・オメガの襲撃を受けて全滅した、あのアフェード・・・?」
マルナが聞き返すと、リリィが小さく頷く。
「あのとき、お父さんもお母さんも、故郷も失った・・このままオメガを野放しにしたら、悲劇が繰り返されてしまう・・・そうならないためにも、私は・・」
「そうだったの・・・私も敵と見てるの?私もオメガだから・・」
「ううん・・マルナは、オメガであってオメガじゃないから・・・」
不安を見せるマルナに、リリィが物悲しい笑みを浮かべる。するとマルナがおもむろに笑みをこぼす。
「確かにそう・・確かにそうだけど・・・何だかおかしく感じちゃうね・・」
「そうですね、ホント・・アハハハ・・・」
マルナの言葉を受けて、リリィが苦笑いを浮かべた。
「ゴメンね、リリィ。イヤな話をしちゃって・・」
「いいよ、気にしないで。私も気分を悪くするような話を切り出しちゃったから・・」
互いに謝罪の言葉を掛け合うマルナとリリィ。
「そろそろ戻ろう。みんなに心配させちゃうと悪いから・・」
マルナの言葉にリリィが頷く。2人は艦のある地点へ駆け足で戻り出した。
「ところでマルナ、どうして今までセイントは出撃しなかったの?あれほどの機体なら、ディスターの攻撃をある程度は防げたはずじゃ・・」
リリィが唐突に訊ねると、マルナが苦笑いを浮かべてきた。
「それがメンテナンス中でね。ちゃんとしないと誤作動起こしちゃうから・・」
「だから、今まで出られなかったの・・・!?」
照れ笑いを見せるマルナに、リリィは唖然となり言葉が出なくなった。
アルテミス、グリーアのクルーたちとの談話はしばらく続いた。だがその輪にアルバは入ろうとしなかった。
そんな彼に、マルナが再び駆け寄ってきた。憮然さを保ったままのアルバに対し、マルナは笑顔を見せていた。
「さっきはゴメンね、アルバ・・ホントに悪気はなかったの・・」
「気にしていない。だがあまりオレに関わっても、何の得にもならないがな。」
謝るマルナだが、アルバは態度を変えない。
「アルバ、あなたは昔の自分を想像したことある?」
「ん?いきなり何を言い出す?」
突然のマルナの問いかけに、アルバが眉をひそめる。
「もし記憶を失う前の自分がこんなだったらって・・記憶はなくしていても、そのくらいのことはできるはずだから・・」
「そんなことをしても意味はない。したところで、ただの理想を重ねるだけだからな。」
アルバが口にした答えに、マルナは戸惑いを見せた。
「もしかしたら、何かとんでもない人間だったり、とんでもない秘密を抱えていたりするかもしれないんだよ・・」
マルナのこの言葉に、アルバが眉をひそめる。ここに来て初めて、彼は自分が何者だったのかを考えるようになっていた。
(オレは本当に何者なんだ・・何のために、この世界に存在しているんだ・・・)
深刻に考えるようになり、マルナの声も耳に入らなくなっていたアルバ。そこへリリィが駆けつけ、アルバの肩に手をかけてきた。
「アルバ、艦長たちが呼んでるよ。マルナさんも来てほしいって。」
リリィの呼びかけに眉をひそめるアルバとマルナ。3人はカーラたちの待つ広場に向かった。
アルバ、リリィ、マルナと合流すると、カーラとジョニーは頷いた。
「あなたたちにも、これからのことを話しておくわね。」
カーラが言いかけると、アルバたちが頷く。ジョニーが彼らに向けて語り始める。
「アルバくん、君がなぜリードのMSであるソリッドを保有していたのか。その答えが、リードとの戦争を終結させる鍵となるかもしれんと、私は考えている。」
「オレの記憶が、戦争を終わらせる鍵だと?」
眉をひそめるアルバだが、ジョニーは話を続ける。
「あくまで推測だが、その推測を頼りにするのも、答えを見出す結果につながることもある。」
「しかしどうするのですか?今現在、私たちには彼の記憶を紐解く手がかりがほとんどないのですよ・・」
リリィがジョニーの話に口を挟む。彼女の言うとおり、ソリッド以外にアルバの記憶の手がかりはない。
「我々旧人類とオメガとの戦争。その発端から調べてみようか。」
「発端・・まさかルーク艦長、あの場所に・・・!?」
ジョニーの告げた言葉に、リリィは息を呑んだ。
「オメガによって滅ぼされ、地図上から消滅した島国、アフェードだ。」
ジョニーが口にした言葉に、アルバとカーラも緊迫を覚えた。リリィは自分がアフェードの出身であるといえなかった。いえば事件の生き証人にされることが明白で、それが我慢ならなかったからだ。
カーラもジョニーの案を素直に受け止められなかった。このままアフェードに行けば、リリィの心を壊しかねないと思っていたのである。
「今夜はゆっくり体を休めて、明日に出発しよう。カーラ艦長もよろしいですね?」
「あ、はい・・引き続き、あなた方に協力させていただきます・・」
互いに敬礼を送るジョニーとカーラ。だがカーラは腑に落ちない心境だった。
「ルーク艦長、お話があるのですが・・」
そこへリリィがジョニーに声をかけてきた。
「リリィ、お前・・・」
「いいよ、アルバ・・・こうなった以上、ルーク艦長にも話しておくべきだと思いまして・・・」
アルバの声を制して、リリィがさらに続ける。彼女の心境を察して、ジョニーは小さく頷いた。
「分かった2人だけで話をさせてくれ。マルナたちはグリーアにいてくれ。」
「はい、分かりました。」
ジョニーの呼びかけにマルナが答える。カーラもジョニーの言い分に同意した。
「ではリリィくん、行こうか・・」
「はい・・」
ジョニーの言葉にリリィが頷く。2人はひとまず広場の隅へと移動した。
「ここなら周りに聞こえないだろう・・・もしやリリィくん、まさか君は・・・」
ジョニーが言いかけると、リリィは真剣な面持ちで頷いた。
「オメガに滅ぼされた悲劇の島、アフェード。私は、そのたった1人の生き残りなんです・・・」
彼女の言葉にジョニーも息を呑んだ。彼女は自分が押し隠していた過去を、彼にも打ち明けたのだった。
次回予告
忌まわしき記憶を打ち明けるリリィ。
その悲しみを知り、困惑するマルナ。
自身の答えに戸惑いを隠せないアルバ。
少年少女の揺らぎは、彼らを戦いへの衝動に駆り立てる。
ディスターの脅威が、アルバたちに迫る。