GUNDAM WAR Lost Memories-

PHASE-07「強さの暴走」

 

 

 東南アジアエリア13に向けて飛行していたアルテミス。その夜間、武装や兵器の再チェックのため、ハルはドックにやってきた。

 だがドックは静寂ではなかった。ドック内に置かれているシュミレーターが稼動されていたのだ。

「どうしたんだろう?・・誰かやってるのかな、こんな時間に・・・?」

 ひとつの疑問を抱えたまま、ハルはシュミレーターに近づいていく。シュミレーションを行っていたのはリリィだった。

「リリィ?」

 疑問の声をかけたハルだが、リリィはシュミレーションに集中していて聞こえていなかった。

 ハルはリリィのシュミレーションを見守ることにした。しばらくして、リリィは区切りをつけてシュミレーションを終えた。

「ふぅ・・・あれ?ハル?」

「お疲れさん。今気付くなんて、よっぽど集中してたんだね、リリィ・・」

 ようやく気付いたリリィに、ハルが微笑みかける。

「でもまだまだよ・・こんなんじゃ、とてもリードになんて太刀打ちできないわ。」

「でもあまりムリすると体に毒だよ。今は夜だし、休んだほうが・・」

「ありがとう。でも心配しなくていいよ。私は平気だから。」

 心配するハルの言葉に踏みとどまることなく、リリィはシュミレーションを再開する。精進する彼女を見て、ハルは素直に喜ぶことができなかった。

 

 自室にて休息を取っていたアルバ。ベットに横になっていた彼は、自分自身について考えていた。

 自分は何者なのか。記憶を失う前の自分は何をやっていたのか。気になって考えても、その答えを見出せない。

(1人で考えても、答えが出てくるはずもないか・・必ず見つけ出してみせる・・オレの記憶なのだから・・・)

 自分に言い聞かせ、これからのことを考えるアルバ。失われた過去を取り戻すことも、その先にあることなのだから。

 そう信頼を込めていくうちに、アルバはいつしか眠りについていた。

 

 アルバが次に眼を覚ましたときには、既に外には朝日が昇っていた。彼は眠気を振り払い、自室を出てドックに向かった。

 その廊下の途中で、アルバは足を止める。彼が眼を向けたのは射撃練習場。

 そこでは訓練に励む銃声が響いてきていた。訓練をしていたのはリリィだった。

 リリィは的確に弾を当てていた。しかし彼女からは達成感が見られなかった。

 ひと通り発砲したところで、リリィは銃を置いて一息つく。そこでアルバに気付き、彼女は表情を険しくする。

「何しにきたの、アンタ・・・!?

「いや、銃声が聞こえてきたから・・」

 鋭く問い詰めてくるリリィに、アルバは憮然とした態度で答える。

「私はアンタには負けない・・アンタのようなどこの馬の骨とも分からない人に、負けるわけにはいかないのよ!」

「オレに勝手に何かメリットがあるのか?オレには何もない。自分の本当の名前さえも・・あるのはソリッドという力だけ・・」

「そう。あなたには力がある。あんな機体を自由自在に操れるだけの力をね。だから私も証明してみせる。アンタよりも上であることを。」

 アルバに強く言い放つと、リリィは訓練場を慌しく出て行ってしまった。入れ違いにカーラがやってきて、彼女の様子を気にかける。

「リリィ・・・どうかしたの?」

 カーラが訊ねるが、アルバもまたリリィの考えを理解できず疑問符を浮かべていた。

 

 感情に身を任せたまま、廊下へ飛び出しドックにやってきたリリィ。彼女の眼にアルバの機体、ソリッドが飛び込んでくる。

 激情の原点となっていたソリッドと、そのパイロットであるアルバ。彼に負けることは、リリィにとって歯がゆいものだった。

(アイツより上だって証明するには、私もこのソリッドを使いこなすこと。私だってやれる。あんなヤツにできて、私ができないはずがない・・・)

 アルバに対して競争心を募らせるリリィ。彼女は負けず嫌いで、いきなり現れたアルバより劣るのを認めたくなかった。

 リードを倒して平和を取り戻すためには、自分が強くならなくてはいけない。それが戦争の被害者である彼女の信念だった。

(やってやるわよ・・私は今まで、強くなるために努力を重ねてきたんだから・・・!)

 決意を秘めたリリィが拳を握り締める。その強さへの渇望が自身の暴走へとつながることを、彼女は気付いていなかった。

 

 リリィの言動に対して、考えを巡らせていたアルバとカーラ。カーラはリリィの行動に不安を感じていた。

「そう・・やっぱり張り合っちゃってるのかもしれないわね・・」

「ん?どういうことだ?」

 カーラが口にした言葉に、アルバが眉をひそめる。

「リリィが家族や故郷を失っていることは話したわね。それでリリィ、敵討ちの意味を込めて強くなろうと躍起になる面もあるのよ・・きっと、ソリッドを動かしているあなたを見て、負けられないと思ったんじゃないかと・・」

「そうか・・オレは別に、強さを誇張する気は毛頭ないのだがな・・」

「あなたにその気がなくても、あの子はあなたを超えようと必死になってるのよ・・ただ・・」

「ただ?」

「それが攻を焦ることにならなければいいんだけど・・・」

 アルバに答えるカーラの脳裏に一抹の不安がよぎる。彼女は心密かに、リリィが暴走しないことを願っていた。

「まずないと思うけど、リリィが暴走することがあるかもしれない・・あなたも一応、注意してもらえないかな?」

「あぁ。分かった。」

 カーラの言葉にアルバが頷く。リリィのことを念頭に置いたまま、2人は訓練場を後にした。

 

 進行するアルテミスの行く手を阻もうと、先行していたルーラーが先手を狙っていた。

「やはりこのルートを使ってきたか・・こちらの狙い通り・・」

 モニターに映し出されているアルテミスを見据えて、ワイルが不敵な笑みを浮かべる。だがその笑みがすぐに消える。

「あまり悠長に構えていられない・・次で確実にあれを落とさなければ、我々に未来はないと思え。」

「分かっております・・・今度こそ、今度こそ連合を・・・!」

 ワイルに釘を刺されて、クルーたちが息を呑む。2度にわたってアルテミスに敗北している以上、これ以上の失敗は許されない。

「パイロット連中にも肝に銘じさせる必要がある。特に自信過剰なアイツにはな・・」

 ワイルは言いかけると、出撃準備を終えたパイロットたちに呼びかける。

「次の戦い、我々は絶対に勝たねばならん。必ずアルテミスを落とすぞ!」

“任せてください、艦長!今度こそアルテミスを!ソリッドを!”

 ワイルの呼びかけに答えたのはコーラサワーだった。普段どおりの意気込みの中に、絶対に負けられないという戒めが込められていた。

「よし・・全機発進!目標、アルテミス!」

“了解!”

 ワイルの指示にクルーたちが答える。

「パトリック・コーラサワー、ザク、出るぞ!」

 コーラサワーの呼びかけと同時に、ルーラーからザクスマッシュたちが出撃していった。

(今日こそ引導を渡してくれる。この戦いで、お前たちは自滅の道を辿るのだからな・・)

 勝利を確信していたワイルが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「こちらに接近する機体が数機!ザクスマッシュです!」

 レミーの声に、アルテミス艦内が騒然となる。そのレーダーも、ルーラーの接近を捉えていた。

「バカな!?なぜ、我々の航路が・・!?

「先読みされていた・・あるいは通信を傍受されていたみたいね。」

 声を荒げるキーオに答えたのは、司令室に入ってきたカーラだった。

「ここで長々と足止めをされるわけにいかないわ。すぐに戦闘配備へ。」

「了解。第一級戦闘配備。パイロットは搭乗機にて待機してください。」

 カーラの指示を受けて、レミーが艦内に向けて通信を送る。

 そのとき、レミーがドックでの動きを察知して眉をひそめる。

「ソリッド、発進スタンバイに入りました!」

「えっ!?

 レミーの声にカーラが眼を見開く。司令室からの誘導が行われないままソリッドが出撃しようとしていることに、カーラは疑念を抱かずにいられなかった。

 だがその疑念が解消される前に、ソリッドがアルテミスから出撃していった。

 

 発進していったソリッドを見送るハル。彼はこのときも、ソリッドが自分たちの活路を切り開いてくれると信じていた。

(信じているからね、アルバ・・君が僕たちのことを何とも思っていなくても、僕は君を信じているから・・・)

 アルバへの信頼を胸に秘めるハルが、ソルディンの発進準備を進めようとした。

 そのとき、アルバが彼のいるドックに駆け込んできた。

「ア、アルバ!?

 アルバの登場にハルが驚愕する。ソリッドに乗り込んでいるのがアルバだと思って疑わなかったため、ハルは動揺を隠せなかった。

「おい!ソリッドに乗っているのは誰だ!?

「えっ!?

「今、ソリッドが出撃した!誰かが乗っているはずだ!」

 アルバに問い詰められて、ハルがさらに困惑する。

「ぼぼ、僕も分からないよ!・・てっきり君が乗ったんじゃないかって・・!」

 ハルの言葉を聞いて、アルバが舌打ちする。そして近くにあった通信機器に駆け寄り、呼びかける。

「おい!誰が乗っている!?応答しろ!」

 アルバが呼びかけるが、応答がない。

「ちょっとどいて!コックピットカメラを映すから!」

 ハルが割り込んで、通信機器のキーボードを操作する。機器の画面に、ソリッドのコックピットが映し出される。

「えっ!?

 その映像にハルは眼を疑った。ソリッドに乗っていたのはリリィだった。

「艦長、リリィがソリッドに!」

“えっ!?リリィが!?”

 ハルの報告を受けて、カーラも驚愕する。

「リリィ、何をやっているんだ!?それはアルバの・・!」

“分かってるわ!私もこの機体を動かせることを、証明してやるから!”

 さらに呼びかけるハルに、リリィがようやく返事する。その言葉にハルが息を呑む。

「リリィ・・何を考えてるんだ!?それはアルバの機体で、君のじゃない!」

“私は負けるわけにはいかないのよ!あんなヤツなんかに!”

 ハルが呼びかけるが、リリィは聞こうとしない。毒づいたアルバがハルに声をかける。

「何か機体を貸せ!力ずくでも止める!」

「えっ!?

 その呼びかけにハルが再び驚きの声を上げる。その間にもソリッドが、ザクスマッシュと接触しようとしていた。

 

 姿を現したソリッドを見て、ザクスマッシュの1機を駆るコーラサワーが笑みを浮かべる。

「早々に出てくるとは・・ずい分と余裕あるじゃねぇかよ!」

 いきり立ったコーラサワーが先陣を切る。ザクスマッシュが引き抜いたヒートホークが、ソリッドに向けて振り下ろされる。

 その動きを見て、回避行動を取るリリィ。だがヒートホークの一閃が、ソリッドの右肩をかすめる。

「ぐっ!」

 衝撃に揺さぶられて、リリィが顔を歪める。

「そら、どうした!」

 眼を見開いて叫ぶコーラサワー。体勢を崩したソリッドに向けて、ザクスマッシュが追い討ちをかける。

 必死に操作パネルを叩いて、ソリッドを動かそうとするリリィ。しかし彼女の思うように、ソリッドが動いてくれない。

「どうして!?どうして思うように動かせないの!?

 苛立ちを募らせるリリィだが、それでもソリッドは彼女の思うとおりに動いてはくれなかった。

「ふざけたもんだ!こんなのに2度もオレたちが負けるなんてな!」

 さらに叫び声を上げるコーラサワー。リリィとソリッドがザクスマッシュに競り負け、さらなる劣勢を強いられていた。

 

 追い込まれていくソリッドを眼にして、アルバは憤りを隠せなくなっていた。

「早く、何か機体を貸せ!このままでは落とされるぞ!」

「でも、他の機体は・・・」

 怒鳴りかけるアルバに対し、ハルは困惑を浮かべるばかりだった。

 そのとき、アルバはドックに待機していた1機の機体を眼にする。

「あれは?」

「ソルディンだよ。ただし偵察用で、戦闘向きじゃない・・」

 アルバの問いかけにハルが不安を込めて答える。それを聞いたアルバがそのソルディンに向かおうとするが、ハルに後ろから抱え込まれて止められる。

「偵察用だって言ったじゃないか!こんなので戦場に飛び込んだら、間違いなくバラバラだって!」

「あれで戦うつもりは毛頭ない!ソリッドに飛び移れれば何でもいい!」

 ハルの制止を振り切って、アルバがソルディンに乗り込む。

「早く開けろ!でないとハッチをぶち破るぞ!」

「くっ!・・分かったよ!リリィをお願いね!」

 アルバに怒鳴られて、ハルはやむなくハッチ開放を準備する。

「よし・・アルバ・メモリア、行くぞ!」

 アルバの呼びかけと同時に、ソルディンがアルテミスから出撃していった。そのコックピットに、カーラからの通信が入る。

“ここまで来たらもう止めないわ。ただしソリッドに乗り込んでも、戦わずにいったん引き返すこと。それだけは守って。”

「分かった。任せてくれ。」

 カーラの声に、アルバが落ち着いた様子で答える。彼はソリッドにいるリリィに向けて呼びかける。

「お前、オレをソリッドに乗せろ!このままでは落ちるぞ!」

“ふざけないで!私はアンタなんかに負けない!私がこの機体で、リードを討つんだから!”

 アルバの呼びかけをはねつけ、1人で戦おうとするリリィ。だがこの劣勢では撃ち落とされるのは時間の問題だった。

(くそっ!こうなれば無理矢理にでも張り付いて・・!)

 毒づいたアルバが、ザクスマッシュと交戦するソリッドに密着し、乗り込むことを決意する。しかし、武装や耐久力に乏しい偵察用ソルディンによる決行は、とても危険なことだった。

 意を決したアルバの乗るソルディンが、ソリッドに近づこうとする。しかし機動力が弱いためにソルディンを思うように動かせず、彼は再び毒づく。

(性能が弱い!やはり偵察用では難しいか!)

 困難な事態に冷静さを揺さぶられるアルバ。それでも諦めずに、彼はソリッドに動きを合わせようとする。

「大人しくしろ!このまま死にたいのか!」

“邪魔しないで!私は死なない!みんなの仇を討つまでは、私は絶対に死なない!”

 互いに声を張り上げるアルバとリリィ。

 そのとき、コーラサワーのザクスマッシュが放ったビームライフルの射撃が、ソリッドに直撃した。その衝撃に揺さぶられ、リリィは頭をぶつけてしまう。

 今の攻撃を受けてもソリッドに損傷はなかった。だが力なく落下し始めたソリッドを見て、アルバは異変を覚えた。

「まさか!?

 ひとつの危機感を覚えた瞬間、アルバは行動を起こしていた。落下していくソリッドに向けて、ソルディンが急降下する。

「やったぜ!これでとどめだ!」

 勝ち誇るコーラサワーが、ソリッドにとどめを刺そうと、再びビームライフルの引き金を引いた。ソルディンの右手がソリッドの腕をつかんだ直後、その光線がソルディンの左腕を貫いた。

「ぐっ!」

 撃たれたソルディンの腕が爆発し、アルバがうめく。ソルディンとソリッドが落下した速度のまま、その下の海へと飛び込んでいった。

「おっ!・・やった・・やったぞーー!!

 2機を撃ち落としたコーラサワーが歓喜の声を上げる。

「アルバ!リリィ!」

 2人の落下を眼にして、カーラが叫ぶ。ソリッドとソルディンは海に落ちたまま、上がってこない。

 カーラの脳裏によぎった不安が、現実のものとなってしまった。

 

 

次回予告

 

強さを求めたための暴走。

静寂に包まれた孤島に取り残されたアルバとリリィ。

彼女の頑なな心と悲しき過去。

それを知ったアルバが見出したものとは?

 

次回・「心の在り処」

 

 

作品集

 

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