GUNDAM WAR –Lost Memories-
PHASE-08「心の在り処」
コーラサワーの駆るザクスマッシュの猛攻によって、海へと落下したソリッドとソルディン。2機は海から姿を現さない。
カーラだけでなく、アルテミスのクルーたちも不安の色を隠せないでいた。
「ソリッドとソルディン、位置の捕捉ができません・・・」
レミーが沈痛の面持ちで現状を報告する。レーダーには2機の反応をつかんでいなかった。
撃墜されたことを意味しているとは限らなかった。海に落ちているため、機体のエネルギーを捕捉できない可能性もあった。
「このままでは私たちも落とされてしまう・・潜行用意!衝撃に備えて!」
気持ちを切り替えたカーラがクルーたちに指示を出す。だがその指示で艦内は再び騒然となる。
「でも、アルバさんとリリィさんを置いて、ここを離れるわけには・・!」
「この状況では2人を探すのは至難の業よ!それに私たちまで落とされたら、2人が無事でも元も子もなくなる!」
反論するレミーだが、カーラに言いとがめられる。
「ここは2人が無事でいることを信じるしかないわ・・・アルテミス、潜行開始!」
カーラの呼びかけにキーオが舵を取る。アルテミスがルーラーやザクスマッシュを迎撃しつつ、海へと潜っていった。
アルテミスが潜行していくのを、ルーラー艦内のワイルたちも目撃していた。
「あっ!アルテミスが!・・このまま潜られたら・・すぐに追撃を・・!」
「いや、好きにさせてやれ。攻を焦る必要なない。」
部下の発言をワイルが制する。
「しかし、アルテミスを撃つ絶好のチャンスです!ここで逃すわけには・・!」
「海の中では隠れられる場所はいくらでもある上に、レーダーも本来の機能を発揮しない。不意打ちを受けるのが関の山だ。」
ワイルの言葉に、クルーたちは付き従うことにした。
「いずれ耐え切れなくなり、ヤツらは必ず姿を見せる。周囲の反応を細大漏らさず伺え。絶対にヤツらを見落とすな!」
「了解!」
ワイルの指示にクルーたちが答える。ルーラーは旋回し、アルテミスが浮上するのを伺うことにした。
ザクスマッシュの猛攻で海中に落下したソリッドとソルディン。アルバはソルディンを動かし、リリィの乗るソリッドを抱えて海上を目指す。
同時にアルバはレーダーに注意を向けていた。リードが周囲を旋回している可能性があったからだ。
アルバはすぐに海上に出ようとせず、しばらく海中を進んでいった。
だがその途中、ソルディンを振動が襲った。ザクスマッシュの攻撃を受けたダメージで、機体の機動力が低下していたのだ。
「このままではエンジンが止まる!すぐに海を出ないと、海底に沈んで抜け出せなくなる!」
毒づいたアルバがいきり立ち、海上を目指す。ソリッドとソルディンがついに海の上へと飛び出した。
周囲にはザクスマッシュどころか、機影ひとつなかった。そこは海の真ん中に小さく点在する孤島だった。
敵と鉢合わせにならなかったことに一瞬安堵するアルバ。だがアルテミス姿も発見できず、途方に暮れることとなった。
孤島にたどり着いたソリッドとソルディン。直後、エネルギーを使い果たしたソルディンが、その鼓動を完全に停止した。
ソルディンから降りたアルバがソリッドに駆け込み、そのコックピットのハッチを開く。リリィはその中で意識を失っていた。
「くっ・・・」
アルバは毒づきながら、リリィをソリッドから引きずり出す。さらに残りわずかなエネルギーを振り絞らせたソリッドを動かし、ソルディンとともに木々の茂みの中に隠した。
(エネルギーが尽きたか・・だがクラスターシステムで、約1日もすれば回復するだろう・・)
思考を巡らせるアルバが、横たわっているリリィに眼を向ける。
(問題は、その回復までに敵に見つからないようにすることだ・・信号弾で知らせる手もあるが、アルテミスの者たちだけでなく、ルーラーにまでこちらの居場所を知らせることになりかねない・・回復するまで待つしかない。動くのはそれからだ・・)
決断を下したアルバは、しばらく孤島に隠れることにした。彼は島に人がいないか、水や食べ物がないかを確かめるため、捜索に出た。
リリィが眼を覚ましたのは、太陽が地平線に消えていこうとしていたときだった。彼女はもうろうとした意識のまま起き上がり、周囲を見回す。
「ここは・・・いったいどこ・・・?」
「眼が覚めたか?」
そこへアルバが戻り、リリィが振り向く。彼は果物をいくつか持ってきていた。島の木々にあったものをもいだものである。
「アンタ、どうして!?・・ここはどこなの!?」
「ここがどこかはオレにも分からない。リードに見つからないようにした末にここに行き着いた。」
問いかけるリリィに、アルバは淡々と説明する。それからアルバはリリィに現状を告げた。
「まさか・・アンタが私を・・・!?」
「余計なお世話だとかいうな。限界まで潜行しなければオレたちは落とされていた。それにお前を助けたわけではない。お前がこのまま落とされたら、ソリッドを失うことになったからな。」
淡々と言いかけるアルバに苛立ちを覚えるも、リリィは反論することができず押し黙ってしまう。
「ソリッドのエネルギーチャージ完了は明日の正午あたりだ。それまでオレたちはここでリードに見つからないようにするしかない。」
「ここで・・アンタと・・・!?」
アルバの言葉を聞いて、リリィは困惑を覚える。憎いながらも男と2人だけで過ごすのは初めてのことだったからだ。
他に妙案が思い当たらず、リリィはやむなくアルバの言葉に従うことにした。
日が完全に沈み、孤島は暗闇に満たされていた。その中で火を灯し、アルバとリリィは夜を過ごそうとしていた。
「ハァ・・まさかアンタと一夜を過ごすことになるなんて・・しかもこういう野宿なんて・・・」
「こういうのを喜ぶヤツなどいるのか?」
ため息をつくリリィに、アルバが憮然とした態度で答える。彼の言動に、彼女は徐々に不満を募らせていたが、それを解消する術もなかった。
「こんなイヤな気持ち・・あのとき以来・・・」
「あのとき?」
リリィの言葉にアルバが眉をひそめる。失言したと思い、リリィは諦めを込めて話を続ける。
「アンタは記憶を失っているけど・・私は何もかも失ってるの・・家族も、故郷も・・・」
「あぁ、聞いた。カーラからな・・口止めはされていたのだがな・・」
「アンタ、知ってたの!?・・・艦長ったら、黙っておいてって言ったのに・・・」
アルバの言葉を聞いて、リリィが呆れて肩を落とす。
「お前はオメガによって家族を殺され、故郷さえも滅ぼされた。その仇をとるために、軍人となった。そうだな?」
「そうよ・・オメガがいなければ、私たちは平和に暮らせてたはずなのに・・・この手でオメガを倒して、平和を取り戻すんだから・・・」
アルバの言葉を受けて、リリィが怒りを膨らませる。オメガを倒さなければ自分に存在理由はない。彼女はそう思っていた。
「オレは記憶を失っている。だからお前のように、何者かに何かを奪われた怒りや悲しみに対して実感を持つことができない・・だが、お前のその高ぶりから、それらは相当のものであることは理解できる・・・」
「アルバ・・・」
アルバの口にした言葉が予想外のものだったため、リリィは戸惑いを覚える。
「強くなろうとしているのも、オレに張り合いを見せてきたのも、その怒りや悲しみがあるからこそなんだろう?」
「うん・・・大切なもの、大切な人を奪われた悲しみや怒りは、多分本人しか分からないと思う・・どんな償いをされても、絶対に許せないのが普通・・まるで、トラウマみたいに・・・」
「そうか・・・そういうものなのかもしれないな・・」
リリィに答えるアルバが、吐息をひとつつく。なぜ彼女にここまで関心を持っているのか、彼自身分からなかった。
「でも・・そういう復讐者になっていく自分を嫌う自分が、私の中にいるの・・・」
リリィが口にした言葉に、アルバが眉をひそめる。
「怖くなってくるのよ・・このまま命を奪っていくことに平気になっていく自分が・・・戻れなくなるんじゃないかって、不安でたまらなくなるときがある・・・」
「戻れなくなる、か・・オレの記憶も、取り戻せないものなのだろうか・・・」
「それは違うわよ。記憶というのは、忘れるだけで取り戻せないものじゃない。忘れたなら、必ず思い出せる・・」
リリィの言葉を聞いて、アルバが当惑する。
「忘れるだけで、必ず思い出せる、か・・オレも遅かれ早かれ、昔のオレに戻るときが来るかもしれない・・」
「そうね・・・ここまでアンタと付き合ってんだもの・・私もその記憶探しに付き合ってあげるわよ・・」
笑みをこぼすアルバに対し、リリィが肩を落としながら言いかける。
「別に頼んではいないのだがな・・」
「イヤなら別にいいわよ。私は私の道を進むだけ。」
憮然とした態度を見せあうアルバとリリィ。するとリリィはおもむろに立ち上がる。
「そういえば近くに小さな水辺があったよね?」
「あぁ・・それがどうした?」
リリィの問いかけにアルバが聞き返す。
「水洗いしてくるだけよ。女は体に気を遣う者なんだから・・」
リリィはそう答えると、森の中へと入っていった。再び憮然さを浮かべたまま、アルバはこの場で待機することにした。
「キャアッ!」
しばらくしたところで、その森のほうでリリィの悲鳴が響いてきた。アルバが緊迫を覚えて、その森へと駆け込んだ。
森を抜けて水辺に姿を見せたアルバが眼にしたのは、自分の裸身を抱きしめていたリリィだった。突然アルバが現れたため、彼女は赤面する。
「どうした!?何があっ・・!」
「イヤアッ!エッチ!」
呼びかけたアルバに向けて、リリィがたまらず水をかける。その水を受けて、アルバが憤る。
「お前、何のつもりだ!?オレはお前の悲鳴を聞いてきたんだぞ!」
「わ、私はただ、ちょっと足を滑らせただけだって!・・何でもないから、こっち見ないでよ!」
怒鳴るアルバに対し、リリィが赤面しながら言いかける。苛立ちを抱えたまま、アルバはリリィに背を向ける。
「私も大人気なかったけど・・アイツもアイツよ・・女の裸を見て顔色変えないんだから・・・!」
たまらず不満を口にするリリィ。彼女はそれから慌しく、自分の体を水辺の水で洗うのだった。
この騒動でパイロットスーツがぬれてしまった。アルバとリリィはスーツが乾くまで、下着姿で過ごす羽目になった。
「最悪としかいいようがないわ・・アンタと2人きりになるばかりか、裸まで見られるなんて・・・」
「オレも女の裸などに興味はない。悪ふざけなどないから安心しろ。」
「安心できないわよ!裸よ、裸!」
憮然さを見せるアルバに、リリィはたまらず声を荒げる。しかし気恥ずかしさを覚えて、彼女は押し黙る。
「服が乾いたらすぐに着てしまうぞ。こんな格好、不様以外の何者でもないからな。」
「分かってるわよ・・アンタに言われなくたって・・」
アルバの言葉にリリィが気恥ずかしさを見せて答える。だが彼女はすぐに表情を曇らせる。
「・・・今だけ許す・・そばにいて・・・」
「・・・文句は聞かないからな・・・」
か細く言いかけるリリィに、アルバが答える。寂しさを紛らわしたかったため、彼女は彼に寄り添った。
「寂しくなんか・・・ないんだから・・・」
リリィの寝言を聞いて、アルバは彼女の心のうちを垣間見た気がしていた。
ついに2人きりの夜が明けた。アルバはソリッドのエネルギーチャージの確認をしていた。
(9割がた回復したか・・この状態でも戦えなくはないが・・・)
ソリッドの状態を確かめたアルバがコックピットから出る。
「まともには動かせるようになった。移動中に敵に襲われても切り抜けられる。」
アルバの言葉を聞いて、リリィが真剣な面持ちで頷く。
「あの機体はエンジンが完全に壊れている。ここに捨てていくしかない。」
「そうね・・念のためにデータを全部消去しておかないと・・オメガに利用されたらいけないし・・」
リリィとアルバが停止したソルディンに眼を向ける。エンジンが完全に停止し、2度と起動することはない。
「アルテミスとの連絡をしてみる。そしてすぐにここを離れるぞ。」
アルバの呼びかけにリリィが小さく頷く。先にアルバがソリッドに乗り込んだ。
そのとき、アルバはソリッドのレーダーに戦闘反応が映し出されていることを眼にする。
「どうしたの?」
続いて乗り込んできたリリィが声をかけてきた。
「この反応・・アルテミスが戦っている・・・」
「えっ!?・・まさかルーラーが・・!」
アルバの言葉を聞いて、リリィが驚愕を覚える。
「乗れ!すぐに出るぞ!」
「うんっ!」
アルバの呼びかけにリリィが頷く。2人が乗り込んだソリッドが起動し、孤島を飛び立った。
海中に身を潜めていたアルテミスだが、ついにルーラーに発見されてしまった。ザクスマッシュの射撃で、アルテミスは徐々に追い詰められていた。
「左上部被弾!ホークスG3、G4、使用不能!」
「4時の方向にザクスマッシュ3機!距離200!」
キーオとレミーの声がアルテミス艦内に響く。
「振り切って!落とされたら何もかも終わりよ!」
カーラの指示が飛び、アルテミスが迎撃を続ける。しかしアルテミス打倒に燃えるルーラーは、アルテミスに詰め寄りつつあった。
「よし!そろそろとどめを刺してしまえ!長々とやる必要はないぞ!」
ワイルがザクスマッシュのパイロットたちに呼びかける。
「へっ!ソリッドがいないとこうも呆気ないとはな・・」
不敵な笑みを浮かべるコーラサワー。彼の乗るザクスマッシュが、アルテミスの前に接近する。
そのビームライフルの銃口が、アルテミスの司令室に向けられる。回避できないと悟り、絶望するクルーもいた。
「終わりだ!」
コーラサワーが勝ちを確信したときだった。
そのとき、ザクスマッシュの持つビームライフルが、一条の光線に撃ち抜かれる。その爆発によってザクスマッシュが吹き飛ばされる。
「な、何だよそりゃぁぁーーー!!!」
コーラサワーが絶叫を上げ、ザクスマッシュが海に叩きつけられる。死を覚悟していたカーラたちが、周囲に注意を向ける。
“大丈夫ですか、艦長!?”
そこへ飛び込んできた声に、カーラが眼を見開く。司令室のモニターに映し出されたのは、ソリッドだった。
「ソリッド!」
たまらず声を荒げるカーラ。ソリッドがパイロットたちが動揺を見せているザクスマッシュに向けて、ビームライフルを発砲する。
“ここはオレが相手をする!お前たちは体勢を立て直せ!”
立て続けにアルバが呼びかけてきた。すかさずソリッドがザクスマッシュに向けて攻撃を開始する。
「アルバの言うとおりよ!今のうちに体勢を立て直すわ!」
「はいっ!」
カーラの指示にクルーたちが答える。突然乱入したソリッドによって、リードは形勢を逆転されてしまう。
「バカな!?ソリッドは海に落ちたはず・・・!」
「死んでいなかったのか・・・!」
クルーとワイルが声を荒げる。ソリッドの力に、ザクスマッシュたちはことごとく落とされていく。
「こうなればソリッドを落とす!陽電子砲、発射用意!」
いきり立ったワイルの呼びかけを受けて、ルーラーが陽電子砲の発射体勢に入る。たとえ高い性能と耐久力のあるボディを兼ね備えた新型の機体でも、陽電子砲の砲撃を受ければ、木っ端微塵は免れない。
「このまま終わらせてなるものか!せめてソリッドだけでも・・!」
「アルテミス、陽電子砲、発射体勢です!」
敵意をあらわにするワイルに向けて、オペレーターが呼びかける。それを聞いたワイルが別のモニターに眼を向けると、アルテミスが砲撃を仕掛けようとしていた。
「何!?」
「レイブラスター、発射!」
驚愕の声を上げるワイル。カーラの呼びかけと同時に、アルテミスの陽電子砲「レイブラスター」が発射される。
「う、うわあっ!」
閃光に包まれるワイルが絶叫を上げる。回避行動も間に合わず、ルーラーがアルテミスの砲撃に貫かれて爆発。海に落下する。
海に再び爆発が湧き上がる。ルーラーが撃墜され、ザクスマッシュたちの陣形はまとまりを失っていた。
「そんな・・ルーラーが落とされるなんて・・・!?」
「ありえない・・そんなバカなことが・・・!?」
絶望感に打ちひしがれるパイロットたち。混乱のあまり、彼らの取った行動は2つ。
一方は恐怖に駆られて逃亡し、一方は無謀にもソリッドに飛びかかっては返り討ちにされた。
アルテミスの危機は、駆けつけたソリッドによって解消された。
「何とか戻ってこれたな・・・」
「そうね・・・全部、私の犯したこと・・・」
互いに苦笑をもらすアルバとリリィ。アルテミスがドックのハッチを開放していた。
「戻るぞ・・・」
「うん・・・」
声を掛け合うアルバとリリィ。2人を乗せたソリッドが、アルテミスへと帰還するのだった。
次回予告
和解を果たすことができたアルバとリリィ。
だが、彼らの乗るアルテミスを待ち受けていたのは、リードの精鋭、クレストだった。
アルバとソワレ。
ソリッドとソニック。
2人の戦士が今、戦いの火花を散らす。