GUNDAM WAR –Lost Memories-
PHASE-02「ソリッド」
リードとアルテミスの交戦に突如乱入してきた機体、ソリッド。ソリッドはリードのザクスマッシュ数機を軽々と撃退してみせた。
それをモニターで見ていたワイルも、ソリッドの登場に毒づいていた。
「ソリッド・・あの最新鋭のMSの1機が、なぜここに・・・!?」
「艦長、いかがいたしますか?・・相手が最新鋭MSでは、たとえザクスマッシュの軍勢でも分が悪すぎます・・」
オペレーターからの言葉を受けて、ワイルは冷静さを取り戻して命令を下す。
「全機に告ぐ!退却する!帰艦せよ!」
“えっ!?そんな!?自分、まだまだやれますって!”
そこへコーラサワーが抗議の声を上げてきた。
「死にたいなら好きにしろ!生き延びたいなら引き返せ!」
ワイルの怒号が飛び込むと、コーラサワーは渋々その指示に従うことにした。他のザクスマッシュも、次々とルーラーに帰艦していった。
戦う気がそがれたのか、ソリッドも追撃しようとせず、別方向に移動しようとする。
「艦長、あの機体を追跡します!攻撃を仕掛ける可能性が考えられますので!」
それを見かねたリリィがカーラに呼びかけると、ソリッドを追っていった。
「私たちも追うわよ。レミー、見失わないで。」
「分かっていますよ。」
カーラの指示を受けて、レミーがレーダーを注視する。アルテミスもソリッドを追って前進していった。
ソリッドを追って、臨戦態勢のまま前進するリリィのソルディン。ソリッドは湾岸に降下し、着地する。
それを確かめてリリィも着地する。それに気付いたソリッドとともに、ソルディンがビームライフルを構える。
「機体から降りなさい、パイロット!従わずに攻撃に出るなら、こちらも発砲します!」
リリィがソリッドに向けて呼びかける。ソルディンのハッチを開けるが降りずに待機し、彼女はいつでも動けるように備えていた。
するとソリッドのハッチが開放され、中からパイロットが降りてくる。それを確かめたリリィも降り、そのパイロットに向けて銃を構える。
「あなたは何者なの!?メットを取って、素顔を見せなさい!」
リリィがさらにパイロットに呼びかける。するとパイロットは抵抗することなく、メットを外して素顔をさらした。
それは黒髪で、眼つきの鋭い青年だった。その面持ちに一瞬戸惑うも、リリィは真剣な面持ちに戻って、さらに呼びかける。
「改めて聞くわよ!あなたは何者!?」
リリィが呼びかけるが、青年は慄然とした態度を見せたまま何も答えない。
「あの機体・・地球連合のMSではない。私たちの知りうるデータの中にある、リードの兵器にも属さない・・リードの新型兵器か、それとも別の何かか・・」
リリィが分析していくが、青年はそれでも答えない。その態度に彼女は苛立ちを覚える。
「何とか言いなさい!事と次第によってはこのまま射殺することもできるのよ!」
「・・分からない・・・」
ようやく切り出した青年の言葉に、リリィが眉をひそめる。
「オレが何者なのか・・何をしなければならないのか・・思い出せない・・・ただ、オレにはアレがあって、アレを動かせるだけの力があった・・・」
「寝ぼけたこと言わないで!そんなふざけたことを信じると思ってるの!?」
苦悩を見せる青年だが、その態度がリリィの心を逆撫でする。
そこへアルテミスが追いついてきた。しかし青年もリリィも互いの動きから眼を離さない。
着艦したアルテミスから降りてきたのはカーラだった。
「彼があの機体のパイロット?」
「カ、カーラ艦長!?」
気さくに声をかけてきたカーラに、リリィが驚きの声を上げる。艦長自ら敵の前に現れるのはあまりにも大胆な行動だったからだ。
カーラは時折このような大胆不敵な行動を見せることがあった。だがいずれも、相手に敵意がないことを確信してのことだった。
「詳しく話してもらえないかしら、あなた?それなりの経験をしてきたのでしょう?」
カーラが優しく語りかけるが、青年はそれでも答えようとしない。
「これだけは聞かせてもらえる?あなたは私たちの敵なの?味方なの?それともうひとつ。なぜリードを攻撃したの?」
「分からない・・ただオレの中にいる何かが、オレに戦えと呼びかけてきたんだ・・・」
重く閉ざしていた口を開いた青年。その言葉を聞いて、リリィが呆れてため息をつく。
「艦長、本当にふざけたヤツですよ。どっちつかずの態度で私たちをはぐらかしています・・これではますます敵であると言っているようなものです・・」
「それはどっちも確証があるとはいえないわ。敵であるかもしれないし、そうでないかもしれない。だからまだ敵視する必要はないと思う・・」
リリィの抗議にカーラが優しく答える。そのとき、青年が頭に手を当てて、痛みを覚えて顔を歪める。
「どうしたの!?」
カーラが苦悩する青年に駆け寄り、支える。
「ひとまず医務室に運ぶわ!念のために身体検査もしておいて!」
「艦長!」
「苦しんでいる人に銃を突きつけるわけにはいかないわ!リリィ、あなたも手伝って!」
抗議の声を上げるリリィに言いとがめるカーラ。腑に落ちないながらも、リリィは渋々青年を運ぶのを手伝った。
ソリッドの乱入で不利に陥ったリード。ルーラーに帰艦したコーラサワーたちが、困惑や憤りなど、いろいろな様子を呈していた。
「ちっくしょー!あんなのが割り込んでくるなんて聞いてねぇっての!」
完膚なきまでに打ち負かされたことに、コーラサワーが悔しがる。
「だが次はそうはいかないぞ!もう同じ油断はしねぇ!」
「いつまで思い上がるつもりだ?」
怒鳴っているコーラサワーに、ワイルが声をかけてきた。上官の登場に、クルーたちが敬礼を送る。
「ご心配なく、艦長!次こそはアルテミスを討ってみせます!あの妙な機体も一緒に・・!」
「自惚れるのもいい加減にしろ、ひよっこが!」
言い放つコーラサワーに怒鳴るワイル。その激昂にコーラサワーが押し黙る。
「貴様らが相手にしたのは、我々リードの最新鋭のMSの1機、ソリッドだ!量産型の機体では性能の差で敵うはずもない!1戦交えた貴様に、その差が分からないとは言わせないぞ!」
「そ、それは・・」
「要するに数より質の相手だ。甘く見ると一瞬にして命を落としかねないから、いつも以上に気を引き締めていけ!」
困惑するコーラサワーをよそに激励を送るワイルに、クルーたちが答える。
「しかし、何か作戦があるんですよね?力で敵わないと仰るなら・・」
「その心配は無用だ。たとえ最新鋭の機体であろうと、上には上がいるということだ。」
おずおずと訊ねるコーラサワーに、ワイルが不敵な笑みを見せて答えた。
突然の苦悩で倒れた青年は、カーラの指示によってアルテミスの医務室に運ばれた。鎮静剤を打たれたことで、彼は落ち着きを取り戻して眠りについた。
その医務室の前に、リリィとカーラはいた。
「艦長、なぜ彼をアルテミスに入れたのですか・・・?」
リリィが持ちかけた疑問を聞いて、カーラがきょとんとなる。
「私はあなたの優しさと統率力に心を動かされて、このアルテミスの乗艦を志願しました。しかし今回ばかりは納得しかねます。敵である可能性のある者を艦に入れるなど・・すぐに拘束すべきです。最悪、すぐに射殺することも・・」
「そうやってすぐに敵だと疑っていたら、本当の平和は来ないと思う・・」
抗議するリリィに、カーラが真剣な面持ちで告げる。その言葉にリリィが当惑する。
「本当に大切なのは、心と心で分かち合うこと。戦争で荒んでしまった心は、他人を信じることができなくなっている。そういうときこそ、優しく手を差し伸べることが大切なんじゃないかなって、私は思う・・・」
「誰かを信じて優しくしても、それに付け込まれて裏切られることもあるんですよ・・・」
カーラの言葉に、リリィが物悲しい笑みを浮かべて答える。
彼女もこの戦争の犠牲者だった。オメガによって家族を殺され、故郷さえも蹂躙された彼女は、他人を素直に信じる気持ちを失っていた。カーラを信じられたのは、彼女の強い優しさがリリィを動かしたからである。
素性の分からない人間を迎え入れることは、リリィにとって歯がゆいことだった。
「艦長、艦長!」
そこへハルがリリィたちに駆け込んできた。
「どうしたの、ハル?そんなに血相を変えて・・・」
「艦長、あの機体のデータ分析をひと通り進めたのですが・・!」
カーラが疑問符を浮かべる中、ハルがデータをまとめた書類を提示する。
「動力源がとんでもない代物で・・周囲に散りばめられている様々なエネルギーの微粒子を取り込む構造になっているんです。この構造なら、半永久的な活動が可能なんです・・」
「半永久的な活動を可能に!?・・ソーラーシステムでもそこまでの活動は行えないのに・・!?」
ハルの説明にリリィが驚愕する。
「周囲のエネルギーの微粒子を取り込んで活動力にする・・まさに“クラスターシステム”・・」
真剣な面持ちで思考を巡らせるカーラ。
「コードネーム“ソリッド”。その性能は地球連合だけでなく、こちらの知りうるリードの兵器の中でも最高の数値です・・それを造り上げた人物が、僕たちの敵だとしたら・・」
説明をしながら、不安を浮かべるハル。その態度にリリィが苛立ちを見せる。
「何弱気なことを言ってるのよ、ハル!?・・性能だけで勝負が決まるなら、みんな性能のいいものを使ってるわよ!」
「リリィ・・・」
怒鳴るリリィにハルが困惑する。それを目の当たりにして、リリィが我に返る。
「ゴメン・・別にハルを悪く思っているわけじゃないのに・・・」
「ううん、僕のほうこそゴメン・・弱気になっちゃって・・・」
互いに謝意を見せ合うリリィとハル。その2人の肩を、カーラが優しく手を添える。
「はいはい、仲直りしたところで、次に備えましょうね。いろいろと準備とか情報収集とかあるんだから。」
「はい・・・」
カーラの励ましを受けて、リリィが微笑みかける。
そのとき、医務室からのブザーが鳴り響いた。ドアの前の回線にカーラが応答する。
「どうしたの?」
“パイロットが眼を覚ましました。”
医務官、ミーネ・ライオニーからの連絡を受けて、カーラは真剣な面持ちを浮かべて頷く。医務室に入室した3人は、体を起こした青年を眼にする。
「気がついたようね。あなた、いきなり苦しみ出して倒れたのよ。」
「ここは・・・?」
微笑んで声をかけるカーラと、頭に手を当てて記憶を巡らせる青年。
「ここはアルテミスの医務室よ。倒れたあなたを、私たちがここまで連れてきたのよ。あなたの乗っていた機体も、ここのドックに収納させてもらったわ。データを取っただけで、他は何もいじくっていないから安心して。」
「オレとソリッドをどうするつもりだ?・・お前たちは何なんだ・・・!?」
事情を説明するカーラに、青年がいきり立つ。その態度にリリィが不満をあらわにする。
「あなた、助けてもらっておきながら何なのよ、その態度は!?」
「待って、リリィ!この人は1度倒れたんだから!」
つかみかかろうとした彼女を、ハルが必死に押さえる。カーラが落ち着いた様子のまま、青年への話を続ける。
「あなたの名前は?名前ぐらいは教えてもらえないかな?」
「・・それも分からない・・自分の名前さえ分からないんだ・・・」
苦悩して顔を歪める青年に、カーラは困り果てる。しばし考えてから、彼女は青年に言いかける。
「アルバ・・アルバ・メモリアはどうかな?とりあえずのあなたの名前・・」
「アルバ・・・?」
カーラの提案に青年が眉をひそめる。
「勝手に使うだけよ。名前がないといろいろと不便だからね。」
「・・勝手にしてくれ・・オレも不満はない・・・」
カーラの言葉を、青年は憮然としながらも受け入れた。彼のその態度に、リリィは終始呆れるばかりだった。
そのとき、アルテミス艦内に警報が鳴り響いた。リリィたちに緊張の色が浮かび上がる。
「またリードが攻めてきたというの・・・レミー、状況は!?」
気を引き締めたリリィが呼びかける。
“11時の方向から接近する艦影・・ルーラーです!”
「ルーラー・・逆襲にやってきたのね・・・!」
レミーからの報告を聞いて、リリィが苛立ちを見せる。
「艦長、私、行きます!」
リリィはカーラに呼びかけると、医務室を飛び出し、ハルも彼女に続いた。
「私も戻るわね、ミーネ。彼、アルバのことを・・」
カーラがミーネに呼びかけて司令室に戻ろうとしたときだった。青年、アルバの姿がベットから消えていた。
アルテミスのドックに駆けつけてきたリリィとハル。ハルがソルディンの発進準備を整える中、リリィが乗り込む。
「エンジン始動!全システムチェック完了!異常なし!」
“発進スタンバイ!ハッチ開放!発進システム、異常なし!”
リリィとハルが声を掛け合う。司令室に戻ったカーラが、リリィに呼びかけてくる。
“リリィ、相手はあのルーラーのザクスマッシュだけど、油断しないでね。”
「分かっています。私も十分に対抗できるってところを、見せ付けてやりますよ。」
自信を込めた言葉を返すリリィ。彼女の乗るソルディンが発進準備を完了する。
“発進準備完了!ソルディン、リリィ機、発進どうぞ!”
「リリィ・クラウディ、ソルディン、いきます!」
ハルの呼びかけを受けて、リリィの駆るソルディンがアルテミスを出撃する。彼女の見つめるモニターには、ルーラーから出たザクスマッシュが映し出される。
「今度はこの前のようにはいかないわよ・・私の底力は、あんなもんじゃないんだから・・・!」
いきり立ったリリィの乗るソルディンが加速し、ザクスマッシュの軍勢に立ち向かっていった。
その戦況を、アルテミスにいるカーラたちも見守っていた。
“艦長、大変です!彼がソリッドに!”
「えっ・・!?」
そこへハルの通信が入り、カーラが眉をひそめる。モニターをドックに切り替えると、ソリッドのエンジンがかかっていた。
「アルバ!」
“オレも出る。この戦いの先に、オレの答えがあるような気がするんだ・・・”
声を上げるカーラに、アルバが返事をする。司令室に困惑が広がる中、カーラがアルバに問いかける。
「これだけは聞かせてもらえる?・・あなたは私たちの敵なの?それとも味方?」
“・・それはオレにも分からない・・ただ現時点で、オレはお前たちを敵に回すつもりはない・・”
アルバの答えを聞いて、カーラは一瞬安堵を見せる。だが他のクルーたちは煮え切らない気分に駆られていた。
「分かったわ。私たちはあなたを信じる。だからアルバ、リリィをサポートしてあげて・・」
“勘違いするな。敵に回らないとはいったが、味方になるともいっていない。オレはオレのために戦う。これまでも、これからもだ・・”
信頼の言葉をかけるカーラに、アルバが憮然とした態度で答える。カーラは気持ちを切り替えて、戦闘に専念する。
「こちらも攻撃態勢に入るわよ!みんな、気を引き締めて!」
カーラの飛ばした檄に、クルーたちが答えた。
アルバの乗り込んだソリッドが発進準備に入る。開放されるハッチの先の空を、アルバは鋭く見据えていた。
(今のオレに記憶というものはない・・あの空の先に、戦いの先に、オレの求める答えがある気がする・・・)
思考を巡らせるアルバの手に力が入る。
(だからオレは、オレ自身の手で、この答えを見つけ出す・・・!)
「アルバ・メモリア、ソリッド、行くぞ!」
アルバの掛け声と同時に、ソリッドがアルテミスから出撃していった。
次回予告
アルテミスに向けて、再び牙を向くザクスマッシュの軍勢。
逆襲に燃えるリードを、ソリッドとソルディンが迎え撃つ。
だが、アルバに対するリリィの疑念は膨らむ一方だった。
少年少女の溝が、さらなる深みを生み出していく・・・