GUNDAM WAR –Horrible Wishes-
PHASE-25「バーン」
「私はヴァルキリーの1人であり、レイア様、あなたに従う者。それ以上でもそれ以下でもありません。」
スバルがレイアに向けて無表情で言いかける。今まで拒み続けていた戦士としての姿に変わってしまった彼は、スバルとしての自覚を失っていた。
「ならばお前の名は?私に教えてくれ。」
「名前・・分かりません。私はあなたに従う者。ヴァルキリーや世界のために戦うこと以外に、私に必要なことはありません。」
「ならば私がお前に名を与えよう。呼ぶときに困るからな・・」
表情を変えずに言葉を返すスバルに、レイアが笑みをこぼした。
「バーン。バーン・アレス。今よりこれがお前の名だ。」
「バーン・アレス・・・名を授けていただき、感謝いたします・・・」
名を与えたレイアに、スバルが感謝の言葉をかける。彼は頭に巻かれた包帯を外して、仮面を身につけて傷跡の残る顔を隠した。
「バーン・アレス、これより任務に向かいます。」
仮面を身に付けた青年は、レイアとともに部屋を出た。
純粋に平和を望んでいた青年、スバルとしての人格は失われた。彼はヴァルキリーのパイロット、バーン・アレスへと完全に変わり果てていた。
レイアから語られた真実。スバルがバーンへと変貌した経緯を聞かされて、ジンは愕然となっていた。
「そんなバカなこと・・・スバルが、自分から戦いに出てくるなんて・・・!?」
「まだ信じられないと思っているようだが、紛れもない事実だ。スバルは、いや、バーンは我々とともに戦うことを心に誓った。」
声を振り絞るジンに対し、レイアが不敵な笑みを見せる。
「今の彼にスバル・アカボシの人格はない。まるで記憶喪失に陥ったかのように、全くその自覚がない。おそらくは絶望が深すぎたために表の人格が壊れ、バーン・アレスというもうひとつの人格が生まれたのだろうな・・」
「バカなことを言うな・・・お前たちが陥れて、スバルを戦いに引き込んだのではないか・・・!」
「確かに画策はしたが、我々の誘いを断ることができたはずだ。戦うことを拒んできた彼なら断った。ジン、お前もそう思っていたのだろう?だが彼は断らなかった。彼は世界を正しくするために戦うことを、自らの意思で選んだのだ。」
反発するジンだが、レイアは笑みを崩さずに答えていく。
「今の彼はバーン・アレスでしかない。自分が想いを寄せていた人の事さえも、今の彼の頭の中にはない。」
「レイア・・・お前が、スバルを・・・!」
「彼をそこまで追い込んだ発端はお前だ、ジン!」
憤りを募らせるジンに、レイアが怒鳴り声を上げてきた。
「お前が怒りに駆られて、本来倒すべき敵以外の者まで見境なしに攻撃を加えた。その結果、お前は友さえも敵に回すこととなった。仮面の聖戦士、バーン・アレスに仕立てて・・」
「仕立てたのはお前たちだと言っているだろうが・・・!」
「お前が攻撃を加えなければ、我々が手を加えることもなかった。全てはお前が犯した、友への大罪だ。」
「どこまでオレたちを・・・どこまでオレとスバルを・・・!」
レイアの言葉に怒りを膨らませて、ジンが全身を押さえつけている拘束具を破ろうとする。その彼を目の当たりにして、レイアがため息をつく。
「お前は私に話してくれた。過ちを犯しておきながら、それを過ちであると自覚せず、さらに正しいものと思っている身勝手なヤツが許せないと。だが結局、お前の考えもそんな身勝手なものから逸脱するに至っていない・・」
「何だと・・・!?」
「心から許せない者に対しては、我々ヴァルキリーがどのような状況下に置かれようとも、敵対と攻撃の意思を示し続けてきた。ヴァルキリーの力を使いながらも、独自の行動を取り続けてきた。その気になれば我々全てさえ敵に回すことも厭わなかった・・もっとも、我々もそれを承知の上でお前を泳がせていたがな・・だがお前のその行動も、お前が強く憎んでいた身勝手そのものではないか・・」
淡々と語っていくレイアに怒りを募らせ、ジンが鋭く睨みつけてくる。しかしレイアは態度を変えずに言い続けていく。
「人間は誰もエゴで動いている。戦争も自己満足の塊同士のぶつかり合いにすぎぬ。お前の人生を狂わせ、全てを奪い取った行為も自己満足なら、その行為や愚者に反発するのもまた自己満足。態度や行為に憎悪を抱くことはできても、自己満足を否定することは誰にもできない。私にもお前にも。」
「そんなのは身勝手を押しつけるために詭弁だ・・・お前たちも身勝手な連中だった・・・そのためにスバルが・・・!」
「そこまで無自覚を貫くか。無自覚な悪意を犯して愚かしく果てるのもいいのかもしれないな・・」
語ってもジンが拒絶してくるので、レイアは呆れて肩を落としていた。
「明日までお前に猶予を与える。もしもそのときに我々と同じ志を持つというなら、お前を快く受け入れよう。だがあくまで我々の敵に回るというなら・・」
ジンに忠告を送るレイアの目つきが、段々と鋭くなっていく。
「ジン・シマバラ、お前を処刑する・・・!」
「処刑だと・・・!?」
「敵に回る者を野放しにするわけにいかないのは、お前でも理解できるだろう?どの選択肢を選ぶのがお前自身のためになるのか、よく考えることだな・・」
怒りを見せるジンに言いかけると、レイアは独房から立ち去っていった。抵抗の意思を抱くも全身を完全に拘束されて力を出せず、ジンは拘束具や独房から抜け出すことができなかった。
レイアからブレイズ搭乗の了承を得たカナは、ブレイズのシュミレーションを続けていた。そのデータをウォーティーに記憶させつつ。
「ウォーティー、ブレイズの操縦は本当に難しいけど、あなたのサポート、頼りにしているからね。」
“ウォーティー、サポート♪サポート♪”
カナが声をかけると、ウォーティーが上機嫌に答える。
「そう・・ここからが私の大勝負・・私の正念場になってくる・・・」
カナが深刻さを浮かべて、自分と対話するように呟きかける。彼女はこれからの戦いを切り抜けることを考える傍らで、ジンへの心配を切り捨てることができないでいた。
「やっているようだな、カナ・・」
そこへゼビルに声をかけられ、カナが振り向く。
「ゼビル・・・」
「ハロ、ウォーティーにブレイズの戦闘データをインプットしているのか・・そのほうが操縦の難しさが軽減されるし、お前らしくもある・・」
戸惑いを見せるカナに、ゼビルが淡々と声をかけてくる。
「非常に残念な知らせを持ってきた・・・ジンが処刑されるのが濃厚となった・・」
「ジンが・・・!?」
「頑なにオレたちヴァルキリーの敵にまわろうとしている。手を下さなければ、我々が滅ぼされることになりかねない。それがレイア様や上官たちの見解だ。」
「そう・・仕方ないね・・私、死にたくないのが本心だから・・・」
ゼビルからの知らせを聞いて、カナが物悲しい笑みを浮かべる。
「前から言っていたように、バーン・アレスは別動隊と行動することになりそうだ。カース、リヴァイバー、ブレイズ。3機だけでもヴァルキリアの戦力は格段に上がったからな・・」
「その分、重要性が重くなってのしかかりそうでイヤだね・・」
「そんな愚痴を口にできるなら、期待できそうだ・・ともに頑張ろう、カナ・・」
「こっちこそ、これからもよろしくね、ゼビル・・」
ゼビルとカナは笑みを見せ合って、手を差し伸べて握手を交わした。
「それと、練習を重ねるのなら、ときにはオレやユウと一緒にやったらどうだ?連携も戦闘では重要だぞ。」
「分かってる・・でもまだ自分のことだけで手一杯って感じだから・・」
注意を促すゼビルに、カナは苦笑いを見せた。
「とにかく、次の戦いに入る前にひと声かけてくれ・・」
「うん・・ありがとうね、ゼビル・・・」
感謝の言葉を返すカナに見送られて、ゼビルは立ち去った。
ヴァルキリーの襲撃が沈静化に向かい、地球連合もリードも体勢を整えつつあった。クレストのクルーたちも整備に力を入れる中。ソワレはひとつの不安を感じていた。
「ヴァルキリー・・どこで何を企んでいるのか・・・?」
「まるで嵐の前の静けさね・・この後、とんでもないことが起こると、私も思えてならない・・」
ソワレに続いてマリアも不安を口にしてきた。
「どうするの、ソワレくん?今のうちに彼らにも声をかけてみたら?」
「それはダメです。彼らも世界を混乱させている原因となっているのですから・・僕から助けを求めるなんてできません・・」
マリアがからかい半分で言ってきたが、ソワレは真剣な面持ちで答えてきた。
「やはり頑固なところがあるわね、ソワレくんは・・私も人のことは言えないけど・・・」
「たとえ僕たちが知らせなくても、あそこまでの戦況に彼らが気付かないはずがない・・近いうちに現れる・・必ず・・・」
笑みをこぼすマリアと、真剣な表情を崩さないソワレ。
「今は彼らよりも、ヴァルキリーのあの紅い機体を警戒したほうがいい・・いや、もしかしたら他にも強力な兵器を用意しているのかもしれない・・・」
ソワレの言葉にマリアが頷く。2人は次の戦いに備えて休息するのだった。
テンダスの市街に危害を加えたとして謹慎処分を受けることとなったギルド。彼のいる独房の前に、マアムがやってきた。
「マアム大佐・・・」
「・・・開けなさい・・」
立ち上がるギルドと、兵士に呼びかけるマアム。兵士が独房の扉を開けた。
「少佐・・・?」
「本来ならまだあなたを出してはならないのだけれど、人手と戦力が足りません。上層部からの了承の下、ギルド・バイザー少佐、あなたの謹慎を一時的に解きます。」
戸惑いを見せるギルドに、マアムが事情を説明する。
「ヴァルキリーの新たなMSが出現しました。ファントムをあの1機で粉砕したほどの戦闘力を備えています。」
「アイツら・・分かりました、大佐。感謝いたします。」
計らいをしてきたマアムに、ギルドが敬礼を送った。
「勘違いしないでください。あなたの罪が免れたわけではありません。今度またあのようなことを犯したときは、2度と戦場や任務に戻れなくなることを覚悟してください。」
「分かっています・・街や人々に危害を加えず、敵を必ず倒してみせます・・・」
忠告を送るマアムに、ギルドは緊張を胸に秘めて決意を口にする。
「本当に頼みますよ。決して油断も慢心もすることなく・・」
ギルドに念を押すと、マアムは独房から去っていった。彼女の忠告を肝に銘じる一方で、ギルドはジンへの敵対心を捨て切れずにいた。
ジンが地下施設の独房に拘束されて一夜が過ぎた。次の攻撃のために、ヴァルキリアはカースとリヴァイバーを収容して発進に備えていた。
そしてレイアの指揮の下で、ジンの処罰が行われようとしていた。ジンは拘束具から解放され、代わりに体を鎖で縛られていた。
「あのままの束縛では逃げられる心配がなくなるが、外部からも完全に危害を加えられなくなるからな。わずかばかりの体の自由だ・・」
縛られているジンに、レイアが不敵な笑みを見せる。彼女のそばにはバーンの姿もあった。
「最後の忠告だ、ジン・シマバラ。世界の乱れを破壊するために戦うのだ。我々ヴァルキリーへの敵対の意思があるなら、ここでお前を処刑する。」
「・・何度聞かれても同じだ・・ミリィの命を身勝手に奪ったお前たちを、オレは絶対に許すものか!」
忠告を送るレイアだが、ジンは敵意を見せつけるだけだった。
「ミリィは純粋に平和を望んでいた・・やっとの思いで戦いから抜け出して、平和に暮らそうとしていた・・それをお前たちが!」
「ヤツも我々が倒さなければならない敵。犯した大罪は死をもって償わなければならない。」
「ふざけるな!そんな勝手な考えで殺されたんじゃ、ミリィが浮かばれない!」
「罪人に慈悲は不要だ。与えるのは粛清と処罰だけだ。」
怒鳴り声を上げるジンだが、バーンは口調を変えない。
「最後まで我々に敵対しようとする意思を持つとは、滑稽としか言えない。お前も処罰するしかない・・」
バーンが呟くように告げると、周囲にいた兵士たちが銃を構えてジンを狙う。鎖を断ち切ろうとするジンだが、頑丈な鎖から抜け出ることができないでいた。
その間、カナはウォーティーとブレイズに乗り込んでいた。彼女が訓練に熱心だと、ユウ、マートン、マークも感心していた。
「まだ訓練をやってるのか・・集中してるというか、戦闘バカになったというか・・」
「本当に戦うことしか頭になくなっちゃったって感じですよ・・僕、何だか声をかけづらいです・・・」
憮然とした態度で言いかけるマートンと、不安を口にするマーク。彼らの心境をよそに、カナはブレイズの中で作業を続けていた。
「それじゃウォーティー、言われたとおりにお願い・・」
“リョーカイ♪リョーカイ♪”
深刻な面持ちで言いかけるカナに、ウォーティーが上機嫌に答える。彼女はウォーティーとともに、ある行動を起こそうとしていた。
敵対の意思を崩さないジンを処刑するため、兵士たちが銃を構えていた。それでもジンはレイアやバーンへの憎悪を消そうとしない。
「ジン、お前には本当に期待していた・・混迷する世界に向けた憎悪は、おそらくは指折りの大きさだっただろう・・」
レイアがジンに向けて淡々と言いかけていく。
「操縦技術も高い五感、反応速度、お前のそれらはパイロット、戦士としての強みとなっている。だが本当のお前の強さは、戦おうとする、敵を倒そうとする意思そのものだ・・」
レイアが後悔を込めて、物悲しい笑みを浮かべていた。
「だが今は、戦おうとする強い意思の持ち主は、我々ヴァルキリーの中でお前以外にもいる。お前よりも技術も五感も強力な、無敵の戦士がな・・」
レイアが目つきを鋭くして、視線をバーンに向けてきた。彼がジンに代わる、世界を正しく変える者であると彼女は確信していた。
「これでいつ牙を向けてくるか分からない同士を大事にする必要はなくなった。敵対心しかないお前は、ここで確実に引導を渡しておく。」
「ふざけるな!オレは絶対に死なない!オレを騙したお前たちも、オレを裏切ったスバルも、オレは絶対に許さない!」
言葉を投げかけるレイアに怒鳴るジンだが、兵士の1人が発砲した弾で左肩を貫かれて昏倒する。
「自分の罪を棚に上げて・・・なぶり殺しにする必要はない。すぐに葬り去れ。」
「はっ。」
バーンの指示を受けて、兵士たちが改めて銃を構える。両腕を縛られて左肩を負傷しても、ジンは敵意を強めていた。
そのとき、ジンたちのいる場所の近くの壁が突然爆発を引き起こす。
「な、何だ!?」
兵士たちが驚きの声を上げながらも、爆発のほうに銃口を向ける。その爆発の煙の中から出てきたのは、人型に変形したブレイズだった。
カナがブレイズを駆り、ジン救出に乗り出してきた。
次回予告
平和とは何か?
世界の正しさとは何か?
迷いと葛藤、激昂の中での決断。
ジンへの想いを胸に秘めて、カナは反逆に踏み切った。