GUNDAM WAR –Horrible Wishes-
PHASE-24「スバル」
「混迷した世界を変えるため、己自身の正義を守るため、スバルは、いや、バーン・アレスは戦うことを自らの意思で選んだのだ・・もっとも、彼はスバル・アカボシとしての意思を完全に捨て去っているがな・・」
レイアが告げた言葉にジンが愕然となる。彼はスバルが自ら戦う道を選んだという事実を拒もうと必死になっていた。
「そのことも話しておこう。今までヴァルキリーのMSに乗って戦ってくれたのだから・・」
レイアが落ち着きを払ってから、ジンに再び語り始めた。スバルが戦いに赴くこととなったその経緯を。
ブレイズの射撃に巻き込まれて、スバルとフィーアは負傷した。すぐに療養が施されたが、フィーアは意識が戻らなくなってしまった。
医師の見解では、フィーアが意識を取り戻す可能性は低い。仮に意識を取り戻しても、脳や記憶に障害が出ている可能性が高い。
この非情な宣告を受け入れることがスバルにはできなかった。受け入れたらフィーアを見捨てることになる。そんな非情な人間にはなりたくない。彼はひたすら自分にそう言い聞かせた。
スバルは自分の療養をしながら、フィーアの見舞いと看病につきっきりになった。気持ちが荒んでいた彼は、フィーアの力になることしか考えられなくなっていた。
そのため、スバルはジンやカナの声にも耳を傾けることができなくなっていた。
「フィー・・目を覚ましてくれ・・お願いだから・・・」
スバルはひたすらフィーアに呼びかけていた。彼女がいつか必ず目を覚ましてくれることを信じて。
「フィー・・もしも君と僕が逆だったらどうなのかな・・・?」
窓から外を見つめながら、スバルがフィーアに囁きかける。
「僕の意識が戻らず、君だけが目を覚ますことになったら、君は僕をどう思ったのかな?・・今の僕みたいに、目を覚ましてくれると信じて呼び続けるのかな・・?」
フィーアに振り向いて微笑みかけるスバル。しかしそれでもフィーアは目覚めない。
「目を開けてよ、フィー・・また僕に元気を分けてよ・・僕に笑顔を見せてよ・・・」
フィーアを呼ぶスバルの目に涙が浮かび上がる。
「こんなの・・こんなの認めたくない・・フィーが・・フィーがこんなことになるなんて・・・!」
フィーアの笑顔が見られなくなってしまったという事実を受け止められず、スバルが悲痛さを募らせていく。
「フィーを傷つけたあのMSが許せない・・でも戦っても、さらに苦しさや辛さが増すだけだ・・・!」
戦争への憎悪と戦いにおける悲劇の板挟みにあい、スバルは胸を締め付けられる思いを拭えなくなっていた。
「どうしたらいいんだ・・このまま何もしなくても、フィーが助かるとは言えない・・何をしても、正しい答えにたどり着けない・・・」
どうすることもできず、苦悩を深めてばかりになるスバル。非情の現実に打ちひしがれていく彼は、フィーアへの想いと現実からの逃避ばかり追い求めるようになっていった。
ジンとカナがテンダスから離れてからも、スバルはフィーアのことばかり気にしていた。いつもフィーアの見舞いをしているスバルの顔を、医師や看護師は覚えてしまっていた。
ムリを言って病院に泊ることも多くなったスバル。しかしスバルは病院への迷惑よりもフィーアのことしか考えられなくなっていた。
医師も看護士たちもスバルの気持ちを察していた。だが彼に声をかけることができなくなっていた。声をかける人がいても、彼は心を開くことはなかった。
スバルがフィーアのそばについてから数日がたった頃だった。
彼は今までのようにフィーアの看病をしていた。夜が訪れて、彼は睡魔に襲われそうになるのをこらえていた。
「いけない・・寝たら、いけない・・・」
自分の頬を叩いて眠気を吹き飛ばそうとするスバル。
そのとき、スバルは突然緊張感を覚えた。病室の外に誰かがいる。医師や看護師、一般の人とは思えない誰かが。
(誰だろう?・・フィーと僕に、何を・・・)
不安と緊張を抱えたまま、スバルがゆっくりと病室のドアに近寄った。
(誰だか知らないけど、フィーをこれ以上傷つけさせない・・・!)
戦うことの拒絶は持ち続けていたが、フィーアを守ることはできる。自分に言い聞かせながら、スバルはゆっくりとドアを開けた。
次の瞬間、スバルが倒されて床に押しつけられた。彼は押し寄せる痛みに耐えながら、眼前の人物に目を向ける。
襲いかかってきたのは黒い軍服に身を包んだ男。彼は手にしていた銃でスバルを押しつけていた。
「誰なんだ!?僕に何の用だ!?」
スバルが声を上げるが、男は答えない。スバルは力を振り絞って、足を突き出して男を突き飛ばした。
倒された拍子で手にしていた銃を落としてしまう男。だが男はすぐに立ち上がり、懐からナイフを取り出してきた。
「誰か!誰か助けて!」
スバルが声を張り上げて助けを求めてきた。その助けを耳にして、男がスバルに飛びかかる。
「やめてくれ!僕たちが何をしたっていうんだ!?」
スバルが問い詰めるが、それでも男は何も答えずにナイフを振りかざしてくる。スバルは必死に動いてナイフをよけていく。
スバルがひたすら声を張り上げるが、誰も病室に訪れない。
「出ていってくれ・・僕が君に何をしたっていうんだよ!?」
スバルが呼びかけても、男は攻撃をやめない。男はさらに敵意の矛先を、眠り続けているフィーアに向けてきた。
「やめろ!フィーに手を出すな!」
スバルが呼びかけるが、男はナイフの切っ先をフィーアに向ける。
「やめろと言っているのが聞こえないのか!?フィーは関係ないだろう!」
スバルがさらに呼びかけるが、それでも男は手を止めず、フィーアに向けてナイフを突き出す。
「やめろ!」
激昂したスバルが男に飛びかかり、フィーアから引き離す。しかし男はフィーアを手にかけようとする。
「やめろと言っているのが分かんないのか!」
フィーアに再び襲いかかろうとする男を、スバルが押さえつける。彼は力任せに男を押し倒した。
フィーアを守ることしか頭になくなっていたスバル。乱れた呼吸を整えようとしながら、彼は体を起こした。
その瞬間、スバルは目を疑った。男の体にはナイフが突き立てられていた。
「そんな・・・!?」
スバルがたまらず男から遠ざかった。ナイフに刺された男は倒れたまま動かなくなっていた。
「ウソ・・・僕、人殺しを・・・!?」
男を殺してしまったことに、スバルが絶望する。どうしたらいいのか考えをまとめることができず、彼は震える両手を見つめることしかできなくなっていた。
「違う・・僕はフィーを守ろうとしただけ・・戦いたくなかった・・まして人殺しなんて・・・!」
「それが守ることと救うことということだ。」
声を振り絞るスバルの耳に声が飛び込んできた。ゆっくりと振り向いた彼の視界に、レイアの姿が入ってきた。
「確かに君は人の命を手にかけてしまった。だがそれは君が想いを寄せている人を守ろうとしてしたこと。いわば正当防衛だ。」
「それでも・・人を殺してしまったことに変わりはない・・戦うこと、殺していくことがいいことにはならない・・」
レイアが投げかける言葉すら、スバルは受け入れようとしない。しかしレイアは不敵な笑みを消さない。
「守ることは戦うことにつながる。その逆もある。戦わなければ何も守れないことは、お前も薄々感づいていたはずだ。」
「違う!戦ったって何も守れない!自分さえも傷つけるだけだ!」
「ならば守るために戦いを拒むのか?そのために自分も、自分が大切にしている者まで命を落としても構わないというのか?」
レイアに問い詰められて、スバルが苦悩を深める。どの選択肢を選んでも、自分の理想と矛盾した道を辿ることになる。そのことを思い知らされるほどに、彼は絶望していった。
「もはや世界は、お前の理想郷からは大きくかけ離れてしまっている。自分の理想を追い求めるならば、戦う以外に術はない。その戦いを拒むことは、現実から目を背けることと同義。やりたくない、認めたくない、受け入れたくないと言って逃げ回っているのと同じことだ。」
「違う・・戦っても理想には届かない・・戦ってはいけないんだ・・・」
「ならばお前はどうしたいのだ?平和になりたい。だが戦いはしたくない。お前が口にしているのは、何もかも思い通りにならないとイヤだという子供のわがまま。自分以外の誰かに甘えているだけだ。」
「そんなこと・・戦わないことが甘えだなんて・・・」
「願ったり祈ったりするだけで理想が現実になることはない。だから自分の手で実現させようと尽力する。私もジンも。」
「ジンも?・・確かにジンなら・・・」
レイアの言葉を耳にして、スバルが物悲しい笑みを浮かべる。だがスバルは引っかかりを覚えて、レイアに視線を戻す。
「どうしてあなたが、ジンのことを・・・!?」
「ジンのことは私もよく知っている。彼が自分の求める世界のために戦っていることも・・」
疑問を投げかけるスバルにレイアが語っていく。だが彼女の顔から笑みが消えていく。
「だが彼はいつしか、理想を追い求めるあまりに過ちを犯してしまった・・スバル・アカボシ、お前に対しても・・」
「どういうこと・・・!?」
「お前たちを傷つけたあのMS。あれに乗っていたのがジン・シマバラだ。」
レイアが告げた事実にスバルは耳を疑った。自分とフィーアを傷つけたのがジンであることを、彼は受け止めることができなかった。
「ウソだ!でたらめを言うな!確かにジンは自分が許せない相手に突っかからずにいられない性格だけど、僕たちを攻撃するなんてこと・・!?」
「おそらく怒りで見境をなくしたのだろう。敵を攻撃することしか考えられなくなり、お前たちがいることも気付かなかったのだろう・・」
「そのために、僕とフィーは・・・そんな理由で、僕たちが・・・!」
レイアから語られる事実に、スバルは絶望感を募らせていく。
「許せない・・でもここで憎んで戦っても、僕は間違いを犯すだけ・・苦しみや悲しみを増やすだけだ・・・!」
「ならば何もしようとしない今の状況は間違いでないと?今感じているのは苦しみや悲しみではないのか?」
必死に言い返そうとするスバルの心を、レイアが追い詰めていく。
「自分や自分が大切にしようとしている人物を守るには、それらを蝕む苦しみや悲しみを拭い去るには、まずは自分が行動を起こさなければならない。全てを拒絶してひきこもっていても、何の解決にもならない。」
「そんなことはない・・・そんなこと・・・!」
「私がわざわざ言わなくても、お前はもう気付いているはずだ。自分が拒絶し続けてきた、戦いという行動を起こさなければならないということを・・」
反論も抵抗もできずに震えるだけとなったスバルに、レイアが低く鋭い口調で言葉を投げかけていく。現実と彼女の言葉に押しつぶされて、スバルは考えを巡らせることができなくなり、次第に心を凍てつかせていく。
「ためらうな。自分の心にふたをするな。自分たちの理想を実現させるための行動を、今こそ起こすのだ。」
「・・・どうしたらいい?・・・どうすればフィーを救える?・・・どうすれば、フィーを守れる・・・?」
「まずは行動を起こすことだ。自分の意思で、自分の足で、自分の力で。」
声を振り絞るスバルに、レイアが不敵な笑みを見せる。
「自分で動き出せ。お前が自分で動き出し望むならば、私は理想を実現させられるだけの力を与えよう・・」
「望んだ世界を実現できる力・・・」
レイアに促されて、スバルがゆっくりと立ち上がる。
「お前は軍人としての訓練を受けてきた。数多くの兵器の扱いにも手慣れている。だが戦いを拒んできたためにその腕を見せることはなかった・・だがその力を、今こそ自分が守りたいと思うものに使うときが来た。」
「守るんだ・・・僕が、フィーを・・みんなを・・・!」
レイアの呼びかけを受けて、スバルが決心を口にする。戦いへの拒絶という歯止めがなくなり、彼は自分たちに振りかかっている非情さを打ち砕くことを心に決めていた。
「ここは表向きには街の総合病院だが、我々の監視下にある。ここで起こったことは全て黙認される上、彼女の身の安全は保障しようただ、我々の備える医療技術でも、彼女を完全に回復させるのは容易ではないことを心にとどめておいてくれ。」
「何でもやります・・・フィーを助けるためなら・・・」
忠告を送るレイアだが、スバルの心は揺らいでいなかった。彼は目つきを鋭くしており、心を凍てつかせていたことを示唆していた。
「早速だが、お前についてきてほしい。見せたいものがある。」
「見せたいもの・・・?」
レイアに連れられて、スバルは病室を出ていった。未だに眠り続けているフィーアを置き去りにして。
レイアに導かれてスバルがやってきたのは、ヴァルキリーの地下施設だった。その格納庫に来た2人は、中で待機しているヴァルカスを目の当たりにする。
「我々は新しくMSを導入しようとしている。いずれも高性能であるため、簡単に扱える代物ではない。」
レイアがヴァルカスを見上げて、スバルに言葉を投げかける。
「だがお前なら自分の手足のように動かせる。分析の上でも可能だし、私自身もそう信じている。」
「これが、理想を実現させるための力・・・」
不敵な笑みを見せるレイアの言葉を耳にして、スバルがヴァルカスを見つめる。
「見物するだけでは面白くないだろう?1度乗ってみるといい。慣れる前に感覚を感じていくのがいいだろう・・」
「分かりました・・・」
レイアに促されて、スバルがヴァルカスのコックピットに乗り込んだ。
MSのコックピットを見るのは、スバルにとって初めてのことではなかった。だがコックピットを見ただけで、ヴァルカスが並のMSと一線を画すものと、彼は直感した。
「こんな高性能の機体、動かせるでしょうか・・・?」
“お前なら動かせる。お前自身の力を信じるのだ。”
スバルのいるコックピットに、レイアの声が響く。
“シュミレーションを繰り返すのだ。戦い方に慣れれば、この機体はお前の力へと昇華されていくだろう。”
「分かりました・・・すぐにシュミレーションをやります・・・」
レイアの指示を受けて、スバルは早速シュミレーションを始めた。ヴァルカスの操縦は難解だったが、スバルは次第に操縦に慣れていった。
予想以上のスバルの成長を垣間見て、レイアは喜びを募らせていた。
スバルがヴァルカスに乗ってから最初の睡眠を取っていたときだった。彼の眠る寝室をレイアが訪れた。
「起きているか、スバル・アカボシ?」
レイアが声をかけるが、スバルからの返事がない。
「開けるぞ、いいな?」
レイアが声をかけてから、部屋のドアを開けた。部屋の中でスバルは目を覚ましており、用意されていた軍服を身に着けていた。
「いたのか・・いたのなら返事をしてもらわないと困るな、スバル・アカボシ・・」
「スバル・アカボシ?・・何のことです・・・?」
苦言を呈するレイアに、スバルが低い声音で返してくる。今までの彼とは様子が違うことに、レイアが眉をひそめる。
「私はヴァルキリーの1人であり、レイア様、あなたに従う者。それ以上でもそれ以下でもありません。」
レイアに振り向いたスバルが無表情で言いかける。彼はスバルとしての自覚を失っていた。
次回予告
フィーアを救いたい。
フィーアを守りたい。
その思いに突き動かされて、スバルは戦いに手を染めた。
だがその自分の姿は、自分が拒み続けた姿に他ならなかった。
純粋な思いを抱える青年は、既にそこにはいなかった。