GUNDAM WAR –Horrible Wishes-
PHASE-19「希望を求める手」
ブレイズやヴァルキリアを撃破できないまま帰還したミリィのファントム。怒りを爆発させたレックスが、ミリィを激しく体罰を与えていく。
「なぜお前は私の命令が聞けない!?お前の利用価値はファントムを動かす以外にないというのに!」
怒鳴りかかるレックスの前で、傷だらけのミリィはうずくまるだけで言葉を出すこともままならなくなっていた。
「戦いに勝つことだけがお前の生きる理由!他のくだらないことをするなら、お前が辿るのは処分の末路だけだ!」
レックスの言葉に、ミリィは言葉を発せずに頷くだけだった。
「次の出撃まで大人しくしていろ!今度命令に逆らうなら、お前の命はない!そのことを忘れるな!」
レックスはミリィに言い放つと、苛立ちを見せたまま立ち去っていった。
(私は、戦うしかない・・私しか、世界の敵を倒すことができないから・・・)
傷だらけの体を起こしながら、ミリィは自分に言い聞かせていく。自分自身を守ろうとするあまり、彼女は強いられた戦いに身を投じていこうとしていた。
ファントムのパイロットはミリィだった。その事実と彼女を救えなかったことに、ジンは悲しみと怒りをさらに膨らませていた。
(また救いだせなかった・・やはりあのとき、無理矢理にでも連れ戻していればよかったんだ・・・!)
自責の念に駆られて、ジンがたまらずそばの壁に拳を叩きつける。
(オレはこんなに弱かったのか・・周りの声を聞いただけで、自分が貫こうとしていた決意を揺さぶられてしまうのか・・・!?)
自分の弱さに打ちひしがれそうになるのを、ジンは必死に拒もうとする。
(それは認めるわけにいかない!それを認めれば、オレが今までしてきた全てがムダになってしまう!身勝手な連中の言うことを受け入れることになる!そうなったらオレは、死んだも同然となってしまう!)
心に広がろうとする迷いと不安を振り払おうとするジン。
(絶対に連れ戻す!ミリィまで、ミナのような思いをさせてたまるか!)
思い立ったジンが指令室に駆け込む。その場にはアンとアイナ、数人のオペレーターがいるだけで、ジャッカルの姿はない。
ジンは憤りの表情を浮かべたまま、アンに詰め寄った。
「ミリィは、あのでかぶつはどこに行った!?」
「えっ!?ちょっと、ジンさん・・!?」
ジンに問い詰められて、アンが動揺を見せる。
「どこに行ったか聞いている!場所を教えてくれれば、そこまでオレが行く!」
「ダメですよ、ジンさん!あのMAのところに1人で行くなんて!それにどこに行ったかなんて、ヴァルキリー所属でないものの探索は、私たちには簡単には・・!」
「予想でもいいから教えろ!アイツに何かあってからじゃ遅いんだよ!」
抗議の声を上げるアンだが、ジンに胸倉をつかまれて問い詰められる。
「わ、分かった・・やってみるから・・・!」
アンは観念して聞き入れると、ジンが彼女を放す。
「でもホントに当てずっぽうにしかならないから、そのつもりでいて・・・!」
アンはせき込みながら、キーボードを操作してファントムの予測ルートを割り出そうとする。彼女の操作で、コンピューターがひとつの予測ルートを割り出した。
「エリア1723・・ここから北北西に約30キロだよ・・!」
「あそこか・・行ってやる・・・!」
アンからの報告を聞いてから、ジンが指令室から飛び出そうとする。
「何を騒いでいる?・・ジン・・?」
そこへジャッカルが戻り、ジンと鉢合わせとなる。
「艦長・・ジンさんがあの巨大の機体のところに行こうとしています・・」
「何だと?・・どういうことだ、ジン?・・あの機体は我々の敵なのだぞ・・?」
アンの言葉を聞いて、ジャッカルがジンに問いかける。
「アイツは、ミリィは敵じゃない!身勝手な連中にいいようにされているだけだ!」
「仮にそうであって、あれのパイロットを連れ出して丸く収まればいいが・・」
呼びかけるジンに、ジャッカルは深刻な表情を見せる。
「お前とあのパイロットがどういう関係で何があったのかは分からない。だがパイロットの体だけを連れ出しても無意味ということだけは忘れるな。」
「体、だけ・・・!?」
ジャッカルが告げた言葉に意味が分からず、ジンが眉をひそめる。
「そのパイロットも納得しなければ、納得させられなければ、それはただの自己満足となってしまう・・そうならないようにするのは簡単なことではないぞ・・」
「そんなことは関係ない!オレはミリィを救い出さないといけないんだ!」
忠告を送るジャッカルだが、ジンは引き下がらない。その頑なな態度を目の当たりにして、ジャッカルがため息をつく。
「そこまで言い張るなら、私からは後悔しないようにやれとしか言えないな・・」
「何もしない・・最後までやろうとしなかったから後悔した・・だから最後までやりとおす・・だからもう後悔はしない・・・!」
ジャッカルに言い返すと、ジンは指令室を飛び出した。
「よろしいのですか、艦長・・・!?」
アイナがジャッカルに不安を見せてきた。しかしジャッカルは顔色を変えない。
「止めようとしたところで、ジンは無理矢理にでも出ていく。今までもそんな態度を取ってきたからな・・それにアイツに仲間意識はない。あくまで自分の戦いをしているだけだ・・」
「艦長・・・」
「ブレイズの発進を許可する。責任は私が取る・・」
戸惑いを浮かべているアイナに、ジャッカルが指示を送った。
ミリィを連れ戻そうと、ジンはブレイズで発進しようとしていた。彼はドックにて、カナに声をかけてきた。
「ジン・・もしかしてミリィさんを連れ戻しに行くんじゃ・・・?」
「お前には関係ない。何度も言わせるな・・」
不安を口にするカナだが、ジンは憮然とした態度を崩さない。
「オレはミリィを連れ戻す・・たとえアイツが望んでいないとしても、あのまま身勝手な連中のいいようにされるくらいなら・・・!」
「ならばオレも行く。」
自分の考えを口にするジンに声をかけてきたのは、ゼビルだった。
「おそらくカナも行きたいと思っているのだろう。だが彼女のスナイパーは大破してしまっている。」
「ゼビル・・・」
淡々と言いかけてくるゼビルに、カナが戸惑いを見せる。
「それにお前が救い出そうとしているのはあのMAのパイロット。本意でないにしろ、MAで迎え撃たないとは限らない。そのとき、やむなく戦うことになって、力不足になっては元も子もない・・オレがサポートする。」
「関係ないと言っているだろう。余計なマネをしてくるなら、お前を敵と・・」
「あのMAを何とかして止めたいのは、お前だけの考えではない・・安心しろ、撃墜はさせない。ただ足を止めて攻撃させないようにはしておかないといけない・・」
敵意を見せるジンだが、ゼビルは引き下がらない。彼はあくまでジンと行動を共にしようとしていた。
「お前というヤツは・・・勝手にしろ・・・」
ジンは憮然さを見せたまま、ブレイズに乗り込んでいった。
「ジンのことはオレに任せろ。これからの戦いを乗り切るためにアイツが必要であることは、誰もが間違いないと思っているからな・・」
「ゼビル・・ホントにジンをお願いね・・ジン、すっかりミリィさんのことで頭がいっぱいになってるから・・・」
呼びかけてくるゼビルに、カナがジンを任せた。笑みを見せたゼビルも、スナイパーに乗り込んだ。
「ジン・シマバラ、ブレイズ、出るぞ!」
「ゼビル・クローズ、スナイパー、発進する!」
ジンのブレイズ、ゼビルのスナイパーがヴァルキリアから発進していった。
ヴァルキリーの戦力は、ヴァルキリアだけではない。他のヴァルキリーの部隊も、地球連合、リードの基地を攻撃していた。
だが特別育成班は、その動きも捉えていた。
“いいか・・今、襲撃をしている連中を全滅させるまで決して戻るな・・さもなくばお前に待っているのは処罰だけだ・・”
「分かっています・・お任せください・・」
レックスからの通信に、ファントムに乗り込んでいるミリィが無表情で答える。
「ミリィ・ミスティ、ファントム、出撃します・・」
ミリィの駆るファントムが発進し、ヴァルキリーに向かっていく。スナイパーたちがファントムに立ち向かい、ビームライフルを発砲する。
だが飛び込んでくるビームの雨を、ファントムの胴体が弾き飛ばしていく。
「そこにいるのが私たちの敵・・私が倒すべき敵・・・」
ミリィが低く呟いて、自分に言い聞かせる。
「私がやらないと・・本当の平和は来ない・・・!」
ミリィがいきり立ち、ファントムからビームが発射される。無数に放たれたビームに貫かれて、スナイパーたちが撃墜されていく。
ファントムの強大な力に畏怖を覚えるスナイパーのパイロットたち。彼らの恐怖を意に介すことなく、ミリィはさらに攻撃を仕掛けていく。
「あなたたちがいるから、世界が乱れていく!」
激昂していくミリィ。ファントムが人型に変形して、スナイパーたちに迫る。
「みんなを悲しませるのよ!」
悲痛の叫びを上げるミリィ。今の彼女を突き動かしていたのは、平和への衝動が膨らませた攻撃性だった。
ファントムの右手から発せられたビームブレイドと左手から放たれるファントムレインが、スナイパーたちを容赦なくなぎ払っていった。
ミリィを連れ戻そうと、ジンのブレイズとゼビルのスナイパーは飛行を続けていた。2機のレーダーが巨大な熱源を捉えた。
「この巨大なエネルギー・・あの機体に間違いない・・・!」
「ミリィ・・またミリィが・・・!」
目つきを鋭くするゼビルと、ブレイズを加速させるジン。2機がファントムを目指してスピードを上げていく。
だがブレイズとスナイパーが駆け付けたときには、その地点にファントムの姿はなく、スナイパーの残骸が地上に残るだけだった。
「遅かったか・・しかも別部隊を全滅させている・・・!」
「ミリィ・・戦う必要はない・・戦ってはいけないのに・・・!」
毒づくゼビルとジン。周囲を見回す2人だが、ファントムの行方を知ることはできなかった。
(絶対に見つけてやる、ミリィ・・これ以上、身勝手なヤツらのために戦う必要はないんだ・・・!)
ミリィの救出という決意を強めるジン。彼はブレイズを駆り、ミリィを追い求めて動きだした。
「ジン・・・」
深刻さを募らせながら、ゼビルもスナイパーを動かしてジンを追っていった。
レックスたち特別育成班に命ぜられるまま、ミリィはファントムを使って次々と敵をなぎ払っていた。戦いを繰り返していくうちに、ミリィの心は重く沈んでいった。
“いいぞ、その調子だ・・このまま戦いを続けるんだ・・・”
「はい・・引き続き、敵のせん滅を行います・・」
レックスからの通信にミリィが低い声音で答える。
(まだまだ・・敵を倒していかないと、平和は戻ってこない・・・)
ひたすら自分に言い聞かせて、戦い抜こうとするミリィ。だがその意思とは裏腹に、彼女の目からは大粒の涙がこぼれてきていた。
それからミリィとファントムは、敵と認識したものを全て攻撃して撃破していった。その攻撃はヴァルキリーだけでなく、リードのMSや戦艦にも及んでいた。
この事態にリードも警戒を強めざるを得なくなっていた。クレストのソワレ、マリア、ガルも。
「これはもう、明らかに暴走ですね・・ヴァルキリーだけでなく、私たちリードにまで攻撃を・・・」
「たとえヴァルキリーせん滅が目的であろうと、これ以上の暴挙を許すことはできなくなった・・」
戦況に苦言を呈したマリアに、ガルも深刻さを込めて言いかける。
「止めましょう、あのMAを・・あの無差別の攻撃は、世界を混乱させるものでしかありません・・・」
ソワレが真剣な面持ちでマリアとガルに呼びかけてきた。
「焦るな、ソワレ・・我々がこうしている今も、オメガと旧人類の会談が行われている。おそらく許可が下りることになるが、その許可が出る前に行動を起こせば、両者の対立を招くことになりかねない・・」
「ですが、その間に犠牲者が増えているんです!早く何とかしないと・・!」
深刻さを見せたまま言いかけるガルに、ソワレはたまらず声を荒げる。だがすぐに我に返って、彼は困惑を浮かべた。
「すみません、出過ぎたことを言ってしまって・・・」
「ソワレ・・・やはり放っておくことはできないか・・・」
謝るソワレに向けて、ガルが不敵な笑みを見せてきた。
「オレの責任であの機体の停止を行う。クレスト、発進。」
「艦長・・よろしいのですか・・・!?」
指示を出すガルに、ソワレが戸惑いを見せる。
「次の出撃はソワレ、マリア、お前たちの行動が鍵を握ることになる。頼むぞ、2人とも。」
「艦長・・ありがとうございます!」
信頼を寄せてくるガルに、ソワレが感謝して敬礼を送った。
「出撃命令があるまでパイロットは搭乗機で待機。」
「了解。」
ガルの指示を受けてマリアが答える。MSが待機しているドックに向かう途中、ソワレとマリアは唐突に足を止めた。
「2人もこの現状に気付いているのでしょうか・・・?」
「さすがにあの2人が気付かないということはないわね・・おそらく出方に迷っているのでは・・?」
思い詰めた面持ちを見せるソワレと、淡々と言葉をかけてくるマリア。
「ここで私たちだけで言い合っても仕方がないわ・・いっそのこと連絡を取ってみたら?」
「それがいいことでないことは、マリアさんも分かっているはずです。2人がもう敵でないとは言えないのですから・・・」
マリアが投げかけてきた言葉に、ソワレが苦言を呈する。
「どちらにしても、今はあの機体を止めることが先決です・・聞き入れてくれた艦長には、本当に感謝しています・・」
「私も感謝しているわ・・私もソワレくんと同じように、すぐにでも飛び出したいと思っていたのよ。何とか抑えてはいたけど・・」
「僕たち、似た者同士ということですね・・・」
「私も度々そう思うわ・・真面目なようで実は感情的・・」
真剣に話し合っていたが次第に屈託のない会話となっていき、ソワレとマリアがいつしか笑みをこぼすようになっていた。
「そろそろ出撃準備をしないと・・行きましょう・・」
「はい・・」
マリアの呼びかけにソワレが答える。2人は改めてドックへと向かった。
ヴァルキリーだけでなく、リードの軍事施設をもせん滅していたミリィのファントム。無表情のままでいるミリィの耳に、レックスからの通信が入ってくる。
“いい成果を上げているな。帰還を許可する。ファントムを整備したらすぐまた出撃してもらうぞ。”
「分かりました・・これから戻ります・・・」
レックスからの命令に答えるミリィ。ファントムが戦艦形態に戻って退却を始めた。
そのファントムに向かって、ブレイズとスナイパー、さらにはヴァルキリアとクレストが接近しつつあった。
次回予告
全ては少女を取り戻すため。
全ては暴走から世界を守るため。
それぞれの決意を胸に、ジンとソワレが奮起する。
その少女が求めるのは、戦いのない安息のひと時。