GUNDAM WAR –Horrible Wishes-
PHASE-17「コネクト」
ファントムのパイロットの捜索に、レックスをはじめとした特別育成班は躍起になっていた。
「早く探し出せ!まだ見つからないのか!?」
苛立ちが我慢の限界を迎え、レックスがひたすら怒鳴る。そんな彼に1人の黒ずくめの男が駆け込んできた。
「パイロットが見つかりました!テンダス中央広場近辺です!」
「テンダス・・下手に拘束しようとすれば、街の連中を刺激することになる・・記憶を改ざんさせられる人数でもないし・・」
男の報告を受けて、レックスが思考を巡らせる。
「事を荒立てぬよう、我々が連行します。お任せを、班長。」
男が進言すると、別の黒ずくめの男たちもやってきて頭を下げてきた。
「いいだろう・・他の連中には絶対に気付かれるな。特にリードやヴァルキリーにはな・・」
「了解!」
レックスの命令を受けて、男たちがパイロットの拘束に赴いた。
(やっとここまで来たんだ・・こんなくだらないことでその全てをぶち壊されてたまるものか!)
野心と憤りを抑えきれず、レックスはそばの壁に拳を打ちつけた。
テンダスでの爆撃に襲われて重傷を負ったスバルとフィーア。眠り続けているフィーアを、スバルは物悲しい笑みを浮かべて見つめていた。
「フィー・・君はいつも僕に元気をくれたね・・わがままなところもあったけど、いつも僕に笑顔を見せてくれた・・・」
スバルがフィーアに優しく囁きかける。
「またあの笑顔を見せてくれる・・君が見せる笑顔をみんなも見せてほしいとも思っている・・」
眠るフィーアの右手を優しく握るスバル。
「お願いだ、フィー・・君の笑顔を見せてよ・・僕に元気を分けてよ・・・」
込み上げてくる悲しみを抑え切れなくなり、スバルが目から涙をこぼしてシーツをぬらす。
今までの日常に、フィーアと過ごしていた楽しい時間に戻りたい。スバルの願いはただそれだけだった。しかしその小さな願いさえも叶うことがなく、フィーアは未だに眠り続けていた。
苦悩にさいなまれていたジンの前に現れたのは、ミナそっくりの少女、ミリィだった。
声をかけてきたミリィに穏やかに返事をしていたジンに、遅れて現れたカナは動揺を隠せなくなっていた。
いても立ってもいられない気分を感じていたカナは、ジンの代わりにミリィに街を案内することにした。
「あなた、本当に誰なの?・・どこからここまで来たの・・・?」
カナがジンに聞こえないほどの小声で、ミリィに問いかけてきた。
「分かりません・・前はずっと施設にいました・・・」
「施設?・・どんな施設なの・・・?」
「それも分かりません・・聞かされていませんし、聞いても話してくれませんでした・・・」
ミリィの答えを聞いて、カナが彼女に疑念を抱くようになっていく。
「もしよかったら、その施設の場所まで連れて行ってくれないかな?私、興味があって・・」
「実は、施設からここまで来るのが精一杯だったから・・・」
「思い出しながらでもいいの。教えて・・」
ミリィに問い詰めていくカナ。
「おい、やめろ・・」
そんな彼女をジンが呼び止めてきた。
「でもジン、もしかしたら彼女・・」
「やめろって言っているだろう!」
言葉を返すカナだが、ジンに怒鳴られて言い返せなくなる。ジンはミリィに駆け寄り、カナから引き離す。
「きっと家族や友達、大切な人を戦争で亡くしているんだろう・・多分、そのときに記憶が混乱していて、その実感がないのかもしれない・・・」
ジンがミリィを見つめて囁くように言いかける。
「もしかしたら、そのことはあまり思い出さないほうがいいのかもしれない・・こんな辛いこと、思い出さないほうが幸せなんだろうな・・・」
「ジン・・・」
「ムリに思い出させて、苦しめることはない・・苦しめることなんか・・・」
戸惑いを見せるカナの前で、ジンが声を振り絞る。別人であると確信しながら、ジンはミリィをミナと重ねていた。
「どんなことになっても、ミリィが何を考えていても、ジンはきっと後悔しない・・後悔しないようにやってきたから・・・」
これ以上自分の考えを押し通すのをやめたカナ。だが彼女自身は納得しておらず、物悲しい笑みを浮かべるばかりだった。
修復と整備を急ぐヴァルキリアのクルーたち。彼らの尽力で作業はほとんど完了させることができた。
「状況確認を・・」
ジャッカルがアンに声をかけてきた。
「MSは、1機を除いて修復完了しました・・カナさんのスナイパーは損傷が激しく、修復は不可能でした・・・」
「そうか・・ここでカナが戦えないのは痛いな・・スナイパーの増援を申請するしかなさそうだ・・」
アンの報告を聞いて、ジャッカルが深刻さを込めた言葉を口にする。
「艦長、私に部隊の指揮を任せてください。」
そこへゼビルが現れ、ジャッカルに声をかけてきた。
「ジンとブレイズは貴重な戦力ではありますが、あくまで共通の敵と戦っているにすぎません。ですが部隊の連携を強固にすれば、カナの穴を埋めることも不可能ではありません。」
「そうか・・ならば総指揮はオレが取る。ゼビルはオレの指示を聞きながら、みんなをまとめてくれ・・」
ゼビルの提案を受け入れて、ジャッカルは改めて指示を出した。
「後はやはり、ジンの戦いに期待するしかないか・・」
ジンの動向を気にするジャッカル。ゼビルもジンのことを気がかりとしていた。
「ジンとブレイズがあのMAを撃破する最大の鍵・・私もそう思います・・」
ゼビルはジャッカルにそう告げると、次の出撃に備えて立ち去っていった。
ジンに連れられて、ミリィは街を回っていた。2人の後をカナもついてきていた。
しばらく街の中を歩いていくと、ミリィが足を止めた。彼女は装飾品を売っている店の首飾りやキーホルダーに興味を示していた。
その中に十字架の形をした首飾りがあった。それを目にしたジンが、再びミナのことを思い出す。
ロザリオを首から下げて、明るく、時に優しく支えてくれたミナ。彼女ほどすばらしい人はいないと思うことがあるほどだった。
だがミナはもういない。戦争の非情さと軍の身勝手が、彼女の命と笑顔を壊してしまった。
非情の現実を痛感しながらも、ジンは自分たちの運命を狂わせた敵を打ち倒すことを、改めて心に誓っていた。
「それがほしいのか、ミリィ・・・?」
ジンが声をかけると、ミリィが小さく頷いた。
「だが・・これ、けっこう値段が高いな・・・」
アクセサリーの値段の高さに、ジンが思わず息をのんだ。するとカナが声をかけてきた。
「なら私もお金を出すよ。2人なら何とか足りるでしょ?」
「余計なことをするな。これはオレとミリィの・・」
カナの助けを受け入れようとしないジン。
「いいよ・・2人ともムリしなくて・・・」
だがミリィはアクセサリーを諦めてしまった。落ち込むはずなのに無表情のままの彼女に、ジンもカナも気まずさを感じていた。
ジン、カナと過ごしているミリィを、黒ずくめの男たちが発見、監視していた。
「これは忌々しき状況だ・・民間人と親しくなっている・・・」
「ですが親しくなっていると言っても2人です。連れ出せないほどではありません。」
「軽率に動くな。些細なことでも我々の命運に関わることとなる・・」
男たちが物陰から言葉を交わしていく。
「パイロットが2人から距離を取った一瞬を狙うのだ。そうすれば2人に悟られることなく、彼女を連れ出せる・・」
「了解。直ちに遂行します・・」
男たちが声を掛け合い、ミリィ拘束に向けて本格的な行動に打って出ようとしていた。
ミリィとの街での時間を過ごすジンとカナ。ミリィが疲れてしまい、公園のベンチで腰を下ろした。
「あまり長い時間、歩いたことはなかったみたいだな・・」
「ううん・・歩くことに慣れているはずだったんだけど・・夢中になっていたみたい・・・」
ジンが声をかけると、ミリィが微笑んで答えた。
「街はやっぱりよかった・・思っていた以上にいい場所・・でも、お金がないから買い物はできないですね・・・」
彼女が再びアクセサリーが変えなかったことを口にする。その言葉にジンが憮然さを見せ、カナがまたまた気まずくなる。
ため息をひとつついてから、ジンは首から下げていたロザリオをミリィに見せた。
「これ・・同じ形の・・・」
ジンの持つロザリオを見て、ミリィが戸惑いを浮かべる。
「本当はオレのものじゃない・・オレの大切な人が持っていたものだ・・だがアイツは死んだ・・戦いに巻き込まれて、オレの目の前で・・このロザリオだけを残して・・・」
ミリィに向けて語りかけていくジンが、持っていたロザリオを握りしめる。彼自身から過去が明かされたことに、ミリィだけでなく、カナも困惑を感じていた。
「オレたちの全てを壊した軍隊を、オレは絶対に許さない・・この世界からなくなったほうがいいんだ・・・!」
「もしかしてジン、戦っているのですか・・・?」
憤りをあらわにするジンに、ミリィが問いかけてきた。だがジンもカナもその問いかけに答えることができなかった。答えれば、自分たちがヴァルキリーであることを知られてしまうからだった。
「もしも戦う立場に立てたら、オレは何とかしてやるけどな・・・」
ヴァルキリーと関係ない自分の正直な気持ちを、ジンはミリィに打ち明けた。
(ジン・・軍や戦争を憎んでいるのは、ミナさんという人のために・・・)
カナは悟った。ジンがカナの悲劇が消されず、さらに彼女と同じ悲劇を増やさないために、怒りと憎しみのままに戦っていることを。そしてミナとミリィを重ねて見ていることを。
ジンの心を知って、カナは彼に対してどうしたらいいのか分からなくなっていた。
「私も、大切なものを奪われたら、ジンのように怒るのでしょうか・・・?」
ミリィが口にした問いかけに、ジンが眉をひそめる。
「お前には大切なものはないのか・・?」
「うん・・というよりきっと、大切な人やものがどういうのかが分からないんです・・・」
ミリィもジンに向けて自分の気持ちを正直に告げる。するとジンがミリィに微笑みかけてきた。
「こういうことは多分、考えても分からないことかもしれない・・突然気付くものなんだと、オレは思っている・・」
「突然気付くもの・・・」
ジンの言葉にミリィが戸惑いを募らせていく。
「私も、いつか大切な人と出会えますか?・・大切なものを見つけられますか・・・?」
「見つけられるだろうな・・お前も心のあるヤツだからな・・・」
ミリィの問いかけに、ジンが憮然としたまま答えた。
「この世界には身勝手な連中ばかりいる・・自分の間違いを間違いとも思わない身勝手なヤツが・・だがミリィは違う・・ミリィはどんなことも真っ直ぐに見ようとしている・・オレにはそう感じたんだ・・・」
「・・ありがとうございます・・ジンさん・・・そう言ってもらえると私、嬉しいです・・・」
ジンの言葉を受けて、ミリィが感謝の言葉を返した。
「堅苦しい言い方はやめてくれ・・呼び捨てでいい・・・」
「そう・・・それならジン・・・」
ジンに促されて、ミリィが改めて声をかけた。
「ジンを、私の大切な人にしていい・・・?」
「勝手にしろ・・オレに害はない・・・」
ミリィのお願いに答えるジン。悪ぶった態度を崩さない彼だったが、心の中ではミリィに大切にされていることに戸惑いを感じていた。
(ジン・・・私たちとはほとんど関わろうとしないジンが、今日初めて会ったミリィとここまで親しくなるなんて・・・)
ジンとミリィのやり取りを目の当たりにして、カナが困惑を募らせていく。
(自分が想いを寄せていた人に似ているのもあるんだろうけど・・そこまで親しくなれるなんて・・・)
いつしか歯がゆさを感じるようになり、カナが自分を抱きしめてふらつく。
(ジンと仲良くなれる人って本当はどういう人なの?・・ミリィにあって、私にないものって・・・分かんない・・分かんなくなってきたよ・・・)
涙をこらえることができなくなり、カナが泣き崩れる。その彼女に気付いて、ミリィが歩み寄ってきた。
「大丈夫ですか?・・どこが悪いのですか・・・?」
「えっ?・・・う、ううん、何でもないよ・・アハハ・・・」
心配の声をかけてくるミリィに、カナが照れ笑いを見せて答えて、涙を拭う。
「そういえば私のこと言ってなかったね・・私はカナ・カーティア。よろしくね・・」
「私はミリィ・・ミリィ・ミスティ・・・」
互いに自己紹介をして、カナが手を差し伸べ、ミリィもその手を取って握手を交わした。
「あ・・もう暗くなる・・そろそろ戻らないと・・・」
カナが時計に目を向けて声をかける。
「ミリィさんもそろそろ帰ったほうがいいと思うよ・・あなたを探している人が心配するから・・・」
「私もそのほうがいいと思うけど・・ジンと別れるのが辛い・・・」
呼びかけるカナと、ジンへの寂しさを覚えるミリィ。カナはミリィに対して戸惑いを感じていた。
「危ない、ミリィ!」
そのとき、ジンがミリィに呼びかけて、彼女をカナに向けて突き出す。そしてジンは迫ってきていた黒ずくめの男に突進した。
突然突き飛ばされて、男がしりもちをつく。
「誰だ!?ミリィに何をするつもりだった!?」
ジンが男に怒鳴り、鋭い視線を向ける。だがこの後、さらに数人の黒ずくめの男たちがやってきた。
「彼女を引き渡していただきたい。我々の施設の預かりなのでね・・」
「施設?何だ、お前たちの施設は!?」
男の1人が冷静に呼びかけるが、ジンは怒りを見せたまま敵対しようとする。
「君たちが知る必要のないことだ。我々に彼女を引き渡してくれればいい・・」
「何だと!?」
別の男の言葉にジンが憤慨する。
「悪いが邪魔しないでもらいたい。もしも邪魔するつもりなら、手荒な行動を取らざるを得ない・・」
「お前たちも・・自分たちのためなら何をやっても許されると思ってるのか!?」
忠告を送る男たちだが、ジンに対しては逆効果。彼は男たちに立ち向かおうとしていた。
「やめて、ジン・・・」
そこへミリィが声をかけ、ジンを呼び止めてきた。
「私、行くよ・・ジンとカナが、ひどいことになってほしくないし・・・」
「ミリィ・・何を言っているんだ・・行くな!コイツらの言いなりになるな!」
「これは私がやらないといけないこと・・やらないと満足できない・・これはジンと同じ・・・」
呼びかけるジンだが、ミリィは微笑んで首を横に振った。彼女は自分の意思で施設に戻ろうとしていた。
「行くぞ・・」
男たちがミリィを連れて歩き出していく。遠ざかっていくミリィに、ジンが呼び止めようと飛び出す。
「行かせないぞ、ミリィ!」
「来ないで、ジン!」
だがミリィに怒鳴られて、ジンは思わず足を止める。彼は彼女をこれ以上追うことができなかった・
「ミリィ・・どうして・・・!?」
男たちだけでなく、ミリィに対しても憤りを感じていたジン。どうすることもできなくなり、彼はただ怒りのままに震えるしかなかった。
次回予告
新たなる心の支えとした少女。
しかしミリィとジンの安らぎのある出会いは、束の間でしかなかった。
不安と激情にさいなまれるジン。
苦悩する彼を待っていたのは、ミリィをも巻き込んだ非情の戦いだった。