GUNDAM WAR Horrible Wishes-

PHASE-16「虚無と邂逅」

 

 

 スバルが重傷を負った。その知らせを目のあたりにして、ジンはたまらずヴァルキリアから飛び出そうとする。

「ジン・・・!?

 廊下を駆け抜けていくジンに、カナが声をかける。しかしジンは答えることなく通り過ぎていった。

 カナもジンが気がかりになり、その後を追いかけていった。

 

 ヴァルキリアから出たところで、ジンは足を止めて、追いかけてきたカナに声をかけてきた。

「オレに付きまとうな・・お前の相手をしている時じゃない・・!」

「だったら相手しなくていい・・でも、ジンだけのことじゃないって気がしてならないから、私もついていくよ・・・」

 冷たくあしらおうとするジンだが、カナは聞き入れずについていこうとする。

「勝手にしろ・・・」

 ジンは低く告げると、再び駆け出していく。カナも真剣な表情を浮かべたまま、彼を追いかけていく。

 2人が来たのはテンダスの中央病院。その正面玄関でも、家族や知り合いの安否を確かめようと訪れた人々でごった返していた。

「うわぁ・・すごい人の数・・これじゃすぐに中には・・・」

 気まずくなるカナだが、ジンは構わずに病院に入っていった。彼は前にいる人たちをかき分けて、受付の前に立つ。

「スバルは・・スバル・アカボシはどこだ!?

 ジンが受付の看護士に問い詰めると、後ろの人々が不満の声を出してくる。

「うるさい!」

 しかしジンの怒鳴り声で人々が押し黙る。

「さ・・320号室・・この棟の3階・・・は、走らないでください!」

 看護師からの答えを聞いて、ジンは注意も耳に入れずに駆け出していった。彼を追ってカナも駆け出す。

 320号室の前に来たとき、ジンは目を見開いた。そこには頭に包帯を巻いたスバルが立っていた。

「スバル・・・!」

 ジンが声をかけるが、スバルはうつむいたまま答えない。感情をむき出しにしたまま、ジンがスバルに近寄る。

「無事だったんだな、スバル・・テンダスで襲われたって聞いたから・・・!」

「ジン・・・」

 ジンにさらに声をかけられて、スバルはようやく答えてきた。

「僕は大丈夫だって・・・でも、フィーが・・フィーが・・・」

 言いかけて体を振るわせるスバル。緊張を募らせながら、ジンが病室のドアを開いた。

 その病室のベッドでフィーアは眠っていた。彼女も頭に包帯を巻いていた。

「スバルくん・・彼女に何かあったの・・・?」

 スバルに訊ねてきたのはカナだった。しかしスバルはうつむいたまま、答えようとしない。

「あの女に何かあったんだな・・・!?

 ジンも問い詰めてくるが、それでもスバルは答えない。

「2人をそっとしておいたほうがいい・・」

 そこへ声をかけられ、ジンとカナが振り向く。1人の医者が彼らの前にやってきた。

「2人の関係者かね?2人のことで話しておきたいことがある・・」

 医者の言葉を聞いて、ジンとカナは医者についていくため、スバルとフィーアから離れた。

 

 医者から聞かされた話に、ジンもカナも驚愕を感じていた。

「スバルさんの頭部の傷は、命や脳には別状は見られません。傷跡が消えるまでしばらく時間がかかりますが・・ですがフィーア・クリムゾンさんの容体は深刻です・・脳に甚大な負荷がかかり、意識が戻るかどうか分かりかねます。仮に意識を取り戻しても、記憶に影響が出ている可能性が高いです・・完治できるかどうか、非常に難しいです・・・」

「何とか治すことはできないのですか・・・!?

 説明する医者に、カナが頼む込んでくる。スバルのことをほとんど知らず、フィーアとは今日初めて会ったにもかかわらず、カナは2人を自分のことのように心配していた。

「私たちも、できるだけのことはします・・私たちも、奇跡といえるこの完治を祈っているのです・・・」

 医者は深刻さを込めて答えるしかなかった。カナも2人のことが気がかりになり、落ち込んでいた。

 一方、ジンはスバルを傷つけた敵を、ソルディンを駆っていたギルドに憤りを募らせていた。

 スバルとフィーアはテンダスに拡大した戦火に巻き込まれて傷ついた。罪のない人々を苦しめる軍に、彼はさらなる怒りを感じていた。

 だが、スバルとフィーアを傷つけた攻撃をしたのが自分だということを、ジンは知る由もなかった。

 

「パイロットがいなくなった!?

 特別育成班は騒然となっていた。ファントムのパイロットである少女が施設からいなくなったことを聞いて、レックスが驚愕の声を上げる。

「監視は何をやっていた!?なぜ目を離した!?

「も、申し訳ありません!」

「謝る暇があるならすぐに探し出せ!連れ戻すまでここに戻るな!」

 謝る研究員を蹴り飛ばして、レックスが少女の捜索に向かわせる。

「アレにはファントムの操縦技術だけでなく、私たちの研究データが叩き込まれている。まさに動くサンプル・・もしもリードやヴァルキリーに拉致されることになれば、私たちの研究において痛恨の痛手になる・・・!」

 少女が施設を出たことに苛立ちを募らせていく。育成班は少女の捜索に全力を上げることとなった。

 

 医者からの話を聞いた後、ジンとカナはフィーアの眠っている病室の前に戻ってきた。病室の前にはまだスバルがいた。

「スバルくん・・・」

 スバルに声をかけようとするカナだが、彼とフィーアの気持ちを察して、明るく声をかけることができなかった。元気づけようと、勇気づけようとする行為が逆に2人を追いこんでしまうと思ってしまっていたからだ。

 そんな彼女の代わりに、ジンがスバルに声をかけた。

「スバル・・お前たちにこんなことをしたヤツを、オレは許してはおかない・・やれるなら、この手で・・・!」

「それはダメだよ、ジン・・やられたからってやり返しても、何の解決にもならないよ・・・」

 敵意を見せるジンに、スバルが弱々しく言葉を返す。

「スバルは納得できるのか・・・一方的にやられたまま、間違いを間違いとも思わない連中に何もしないでいるつもりなのか!?

「納得できないよ!納得できるわけがない!・・・でも、仕返しをしてももっと納得できない・・・」

「・・・お前はそこまで臆病なのか・・・自分が大事にしているヤツがひどいことになっても、憎みもせずに受け入れてしまうのか・・・!?

 憎むこと、怒ることに消極的なスバルに、ジンは歯がゆさを感じていた。

 全てを奪われ、敵への憎悪に駆り立てられるジンと、戦いの非情さを重んじるスバル。2人の思いはすれ違いの一途をたどっていた。

「お前は本当にそうだった・・何があっても、どんなに辛い思いをしても、戦おうとせずに目を背ける・・・オレは臆病なのを責めたりしないが、ここまで来ると情けなくなってくる・・・」

「情けないといわれても、あんな間違いを僕はしたくない・・たとえフィーが戦えって言ってきても・・・」

 憤りを見せるジンに対し、スバルは頑なに戦いをすることを拒絶する。戦うこと自体が過ちであると、スバルは強く思っていた。

「そうか・・・だがオレだったら認めない・・自分の大切な人やものを奪ったヤツらを、絶対に許したりしない・・・!」

 ジンはスバルに向けて声を振り絞ると、病室から離れて1人歩き出していった。

「ジン・・・」

 ジンを気にするカナだが、スバルとフィーアが心配になり、病室を離れることができなかった。

 

 ヴァルキリアの行方を追っていたクレスト。だがガル、ソワレ、マリアはヴァルキリーだけでなく、ファントムにも警戒と不安を強めていた。

「ヴァルキリー撃退のためにあのMAを投入してきたのでしょうが・・」

「居住区や民間人を無差別に攻撃している・・次に人々の安全を優先した戦闘を行うとは思えないわね・・」

 ソワレとマリアが深刻な表情で話す。

「地球連合との確執につながる危険が伴うため、対立は避けたいと思っていたが・・さすがにこれを見過ごすわけにはいかないな・・」

 ガルもファントムに対して断固たる態度で臨もうとしていた。

「次にファントムが現れたら警告します。それでも暴挙に出るようなら・・やむを得ませんが・・・」

「次は私も出ます。ファントムもヴァルキリーも止めないと・・」

 決意を口にするソワレと、ガルに呼びかけるマリア。

「何かあればすぐに知らせる。それまでお前たちは、出撃に備えて体を休めていてくれ・・」

 ガルがソワレとマリアに休息を指示する。

「しかし、それではもしクレストが襲われでもしたときに・・・」

「心配するな。簡単にやられたりしないことは、以前の大戦のときに十分に見せつけたはずだぞ・・」

 言葉を返すソワレに、ガルが自信を込めた笑みを見せた。

「今は休め。肝心なところで疲労で任務がこなせないのではよくないからな・・」

「艦長・・・分かりました・・お言葉に甘えさせていただきます・・」

 ガルの言葉を聞き入れて、ソワレはマリアとともに休息を取ることにした。

(ソワレ、マリア、今度もお前たちがキーパーソンとなる・・私はそう信じているぞ・・・)

 2人への信頼を胸に秘めて、ガルは任務と警戒に意識を戻した。

 

 フィーアを傷つけられて絶望するスバル。彼の頑なな戦いへの拒絶に、ジンは苛立ちを感じていた。

(何でだ・・全てを奪われたのに、何で戦おうとしない・・・!?

 込み上げてくる憤りを抑えきれず、ジンはそばの壁に拳を叩きつける。

(オレは軍のせいで全てを失った・・これまでの日常も、ミナの命も・・・)

 ジンの脳裏にミナの姿が蘇ってくる。

 シェルターに逃げようとしたミナを見殺しにし、自分は悪くないと言い張るギルド。ソルディンに乗って現れた彼を許せず、ジンは怒りと憎しみに駆り立てられた。

 しかしどれだけ願っても、どれだけ自分の気持ちを強くしても、自分の思っている通りには全くいかず、自分の納得できる形から遠ざかるばかりになっていた。

(オレは間違いを正しているだけだ・・それなのに、何でその正しいほうに世界は傾かないんだ・・何で満足できないんだ・・・!?

 ミナのために命がけで戦っていても、納得できる気分を味わえない。そのことにジンは我慢がならなかった。

(オレは何をやっても、何も変わらないというのか・・どうやっても、オレとミナは幸せになれないのか・・・認めない!それを認めたら、それこそ幸せでなくなる!)

 非情な現実を受け入れるのを嫌悪し、ジンが必死に自分に言い聞かせていく。

(アイツらの身勝手を放っておいたら、ミナは浮かばれない!ミナだけじゃない!ミナやオレたちのようにムチャクチャにされるヤツがどんどん出てくる!・・絶対に何とかしないとダメだ!絶対に納得させないとダメなんだ!)

 考えを巡らせるごとに気持ちの整理がつかなくなり、息を絶え絶えにするジン。どうしたらいいのか分からなくなり、彼は思わず体を震わせていた。

「あの・・どうか、したのですか・・・?」

 そのとき、突然声をかけられて、ジンは顔を上げた。その先にいた少女に、彼は目を疑った。

「ミナ・・・!?

 思わず声を上げるジン。彼の前に現れた少女は、ミナと瓜二つだった。

(いや、違う・・ミナはオレの前で死んでいる・・オレの前にいるのは、オレが見ている幻か、そっくりな別人・・・!)

 動揺を深めていくジンは、少女に向けて言葉をかけることができないでいた。

「あの・・・大丈夫ですか?・・・何かあったのですか・・・?」

 少女に再び声をかけられて、ジンは目を見開いた。耳にした彼女の声も、ミナとそっくりだった。

「ミナ・・・ミナなのか・・・!?

「ミナ・・・?」

 声を振り絞ったジンに、少女が疑問符を浮かべる。彼女の反応を目の当たりにして、ジンがさらに戸惑う。

「やはり違ったか・・・ミナは、もう・・・」

 非情な現実を改めて痛感して、ジンが物悲しい笑みを浮かべた。

「大丈夫ですか・・・?」

 困惑しているジンに、少女が困り顔で声をかけてくる。

「あ、あぁ・・オレの知り合いにそっくりだったから、驚いただけだ・・・」

 ジンが少女に何とか説明する。

「ホントにそっくりだ・・姿だけじゃなく、声まで・・なのにミナのことを知らない・・・世界には自分とそっくりな人間が3人はいるって、馬鹿げた話を聞いたことがあったが、ホントにそっくりだ・・・」

 微笑みかけるジンだが、少女には彼の言葉の意味が分かっていなかった。

「ところでお前は誰なんだ?・・単にオレの心配をしてきただけか・・?」

 ジンが憮然とした態度を見せて声をかけると、少女は小さく頷いた。

「本当は街がどういうものなのか、気になったからここまで来たの・・その途中で、震えていたあなたを見つけて・・・」

「気になったって・・まるで外にろくに出てきていない言い方じゃないか・・・」

「うん・・私、本当に外に出たことがなかった・・・でも街へ行ってみたいって気持ちを抑え切れなくなって・・・」

 息をのむジンに、少女は弱々しく語っていく。

(外に出たことがない・・どう考えても何かあると思う・・だが何かを企んでいるようにも思えない・・・)

 少女に対して警戒を向けることができずにいるジン。

(少しぐらいオレのことを話しても問題はないか・・・)

「オレの名前はジン。お前は・・?」

 ジンが自分の名前を打ち明けて、少女に訊ねる。

「ミリィ・・ミリィ・ミスティ・・・」

 少女、ミリィもジンに向けて自己紹介をしてきた。

「ミリィか・・いい名前だな・・・」

「ジンさんも、いい名前ですね・・・」

 互いに名前を褒め合うジンとミリィ。

「名前を褒められたことなんて、オレは初めてだな・・」

 憮然とした態度を見せるジンに、ミリィが微笑んできた。

「ジン・・・」

 そこへ別の声がかかり、ジンが振り返る。その先にいたのはカナだった。

 ジンと一緒にいるミリィを目にして、カナは当惑を浮かべていた。

「ジン・・その人は・・・?」

「オレに声をかけてきただけだ・・本当にそれだけだ・・・」

 カナが問いかけると、ジンが憮然さを見せたまま答える。

(本当にそれだけ?・・その割には親しかった・・私が今まで見たことのないジンの顔だった・・・)

 心の中で動揺を膨らませていくカナ。彼女はジンの言葉をミリィを信じ抜くことができなくなっていた。

「街が気になっているなら、オレなら少しぐらい案内できるかもしれない・・このまま迷子になられたら、オレも気分が悪くなるからな・・」

 ジンがミリィに向けて提案を持ちかける。するとミリィは小さく頷いた。

「いいよ・・ここがどこなのか、私は知らないから・・・」

「だがオレもここは詳しくない・・だからあまりオレに頼りすぎるな・・」

 ジンが念を押すと、ミリィが微笑んだまま頷く。

「待って・・案内なら私がやる。女性の流行は、同じ女性である私のほうが詳しいわ。」

 だがそこへカナがジンとミリィに声をかけてきた。

「お前には関係のないことだ。オレの問題だ・・」

「関係なくてもいいの。男女の流行りの違いはどうしても否めないでしょ?」

 目つきを鋭くするジンに対し、カナは食い下がる。

「・・勝手にしろ・・この前もそう言ったからな・・」

 ジンは憮然とした態度を見せて歩き出し、ミリィもついていく。2人に対する気持ちの整理がつかないまま、カナも2人を追っていった。

 

 

次回予告

 

ジンの前に現れた少女、ミリィ。

ミナそっくりの姿のミリィに、ジンの心は大きく揺れる。

ミナではない。

全くの別人。

そう思い込もうとする青年は、徐々に薄幸の少女に心を寄せていく。

 

次回・「コネクト」

 

 

作品集

 

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