GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-35「決意の旅立ち」
病室に駆け込んできたマイたちの前にいた黒き少年。それは彼女のかけがえのない弟、タクミ。エルスターだった。
「やっぱり驚かせちゃったね、お姉ちゃん。あのときは僕も死んだかと思ってしまったよ・・」
照れ笑いを見せるタクミだが、マイもユウも動揺を隠せないでいた。
「タクミ・・生きてたんだね・・よかった・・・でも、どうやって助かったの・・・!?」
マイが困惑の面持ちのままタクミに問いかける。するとタクミはヴェスティージがいる背後の外に振り返る。
「コーラルにやられて、アルテミスが炎上した中で、僕はドアを破り、即座に機体から脱出したんだよ。落下したのが海でよかったよ。」
「何を言ってるの、タクミ・・あなたは心臓が弱くて、そんなに力持ちってわけじゃない。そんなあなたが、あそこから強引に抜け出せる力があるなんて・・・」
マイはタクミの言葉の意味が理解できなかった。それを気に留めずに、タクミはさらに続ける。
「確かに“タクミ・エルスター”にはその力はない。“彼”はあの戦いの中で死んだんだ・・・」
タクミは剣の切っ先をマイに向け、冷淡な笑みを浮かべる。
「今ここにいるのは、タクミの体に宿っている黒曜の君の魂だよ・・・」
「黒曜の、君・・・!?」
「以前までダークサイドを統括していたレイト・バレルは、僕の影。僕の魂の思念をかすかに与えていたに過ぎない。それなのに、彼は自分が影であることも忘れ、自分が全てであるように振舞ってしまって・・」
タクミは口元に左手を軽く当ててせせら笑う。
「分かりやすく言っておくよ。体はタクミ・エルスター。だけど今その中にいるのはこの僕、黒曜の君の魂。タクミが死んだことで、彼の心によって押さえ込まれていた僕が表に出てこれたというわけさ。」
「それじゃ、本当の黒曜の君は、タクミ、お前だっていうのか・・・!?」
ユウが問いつめると、タクミは笑みを崩さずに頷く。
「お姉ちゃん、僕と一緒にいよう。僕と一緒に、この乱れた世界を創りかえるんだよ。」
タクミがマイに向けて手を差し伸べる。彼女をダークサイドに引き込もうと企んでいた。
マイはそのいざないに迷っていた。ダークサイドの言動は許されないものだと思いながらも、タクミへの想いを振り切ることもできないでいた。
おもむろにタクミに導かれそうになったとき、
「マイ!」
呼びかけるユウに肩をつかまれ、マイは我に返る。
「マイ、しっかりしろ!今そこにいるのはタクミなんかじゃねぇ!アキラを手にかけ、シホにまで手にかけようとしているヤツが、お前の弟だってのか!?」
「ユウ・・・!」
ユウの言葉にマイは胸を打たれる。本物のタクミが、世界を破滅に導くはずがない。
「タクミ、こっちに戻ってきて!またみんなと一緒に、楽しいことしよう・・・」
今度はマイがタクミに向けて手を差し伸べる。しかしたくみは笑みをこぼすだけでそのいざないに応じようとしない。
「お姉ちゃん、この非情な世界じゃ、僕たちは幸せにはなれないよ・・・」
タクミは剣を振りかざし、病室の床で横たわっているシホを狙う。
「タクミ!」
ユウはとっさにタクミに飛びかかり、ビームサーベルを振り下ろす。タクミは彼に気付いて、剣でその光刃を受け止める。
「シホにこれ以上、手は出させねぇぞ!」
「そういえば彼女はあなたの妹でしたね、ユウさん。」
憤りを見せ付けるユウに、不敵な笑みを見せるタクミ。ビームサーベルの光刃を弾き返すと、タクミは窓を破り、ヴェスティージの手の上に飛び移る。
「タクミ!」
悲痛の声を上げるマイに振り返り、タクミが笑みを見せつける。
「今回はこれで引き上げることにするよ。ユウさん、シホ・ユイットの命はあなたに預けます。」
タクミはマイたちに言いつけると、ハッチの開かれたヴェスティージのコックピットに入っていった。そしてハッチを閉めたヴェスティージは、脅威的な加速力で一気に夜空へ飛翔していった。
「タクミ・・あたし・・・」
マイは離れていくタクミに悲痛さを拭えずにいた。そんな彼女を、ユウが歯がゆい心境で抱き寄せた。
「マイ・・・」
「ユウ・・・」
黒曜の君へと変貌したタクミに、マイたちは困惑を隠せないでいた。
それから病院は騒然となった。1つの病室に暗殺の魔の手が伸び、入院していたMSパイロット2人が殺害されたのだ。
他のMSパイロットをはじめとした各病室に非情警備が敷かれ、暗殺者の侵入に備えた。ダークサイドがライトサイドに向けて再び侵攻を仕掛けてきたという見方が強まっていた。
マイたちはアリカたちと応急措置を済ませたセルゲイとともに、ひとまずジーザス、クサナギに戻った。彼女たちを、当惑を抱えていたミドリたちが迎えた。
「マイちゃん、みんな、大丈夫・・・?」
ミドリが沈痛の面持ちでマイたちに呼びかける。マイ、アリカ、ニナ、ユウは困惑気味ながらも、何とか笑顔を取り繕うとする。
「今はみんな休んでちょうだい。ダークサイドや周りの警戒は、私たちがやるから・・」
「ありがとう、ミドリちゃん・・・」
気を遣ってくれるミドリに、マイはユウとともにジーザスに戻っていった。アリカ、ニナもセルゲイを連れてクサナギに戻っていった。
「ミドリさん、ユキノさん、私は機体整備に向かいます。」
イリーナが申し出るが、ユキノは首を横に振った。
「機体整備はカズヤさんに任せましょう。エルスティンさんも休んでいてください。」
「ですが、ユキノさん・・」
エルスティンもたまらず抗議の声を上げる。
「相手の出方次第になりますが、いつ出撃することになるか分かりません。あなたたちは精神的に不安定な状態にあります。万全の体勢で臨むためにも、今は休んでいてください。」
「・・・分かりました・・」
ユキノの言葉に諭されて、エルスティンとイリーナは渋々クサナギに戻ることにした。
「優しいんだね、ユキノちゃん。」
ミドリが笑みを作りながらユキノに声をかける。
「私はハルカちゃんと同じように、自分の思うようにやっただけです。これ以上、みなさんに辛い思いをさせたくないというのが、私の本心です。」
「そう・・・それじゃ、私たちも私たちにできること、思っていることをやるとしますか。」
「はい。」
ミドリの言葉にユキノは微笑んで頷いた。2人はそれぞれの艦に戻り、艦長としての任務を進めるのだった。
ユカリコ、アキラの抹殺を遂げたタクミを乗せて、ハイネの駆るヴェスティージは一路、アルタイ王国に帰還したのだった。着陸した2人を、マリー、ミーアが出迎える。
「タクミ様、お怪我はありませんでしょうか?」
「マリー、僕なら大丈夫ですよ。」
主人の身を案ずるマリーに、タクミは笑顔で答える。
「反逆者、ユカリコ・シュタインベルグ、ライトサイドのMSパイロット、アキラ・オクザキを始末しました。」
「あれ?反逆者はユカリコさんだけじゃなくて、シホ・ユイットもいるニャン。」
タクミの言葉にミーアが疑問符を浮かべる。
「アキラくんに邪魔されてしまって、そこへさらにライトサイドとオーブに割り込まれてしまって・・」
タクミが笑顔を崩さずにミーアに呼びかける。そしてすぐに真剣な眼差しを彼女たちに向ける。
「それより、“オメガ”の準備はできていますか?」
「はい。ヴェスティージと同時進行で製作を完了。エネルギーチャージも完了しています。」
タクミの言葉にマリーが淡々と答える。
「そうですか・・全部隊に出撃準備を。オメガの発射準備も行ってください。」
タクミの言葉にマリーが一礼する。彼女たちの従事を背にして、タクミは王城へと入っていった。
「発射準備ができ次第、オメガを発射してください。目標は・・・」
マリーたちをはじめとした全ての黒曜兵に命令を下し、タクミも侵攻の準備へと赴いた。
タクミのことを気がかりにしながら、マイとユウは休憩室に赴いていた。未だに沈痛な面持ちを浮かべている彼女を励まそうと、彼は言葉を捜す。
「なぁ・・あんまり思いつめるな・・って言って聞くほうがムチャか・・・」
自分でも何を言っているのかおぼろげになっていることに気付き、ユウはさらに当惑してしまう。するとマイは重く閉ざしていた口を開いた。
「タクミが生きていてくれたことは、本当に嬉しかった・・・だけど、タクミが黒曜の君だっていうのが信じられないの・・・」
「マイ・・・」
「あたしとタクミはずっと一緒だった。お母さんが亡くなってからも、アリッサちゃんとミユさんにさらわれるまでは、気持ちだけはずっと離れていないと思ってた・・・」
作り笑顔を見せていたマイの眼から涙があふれ出てくる。
「黒曜の君が入り込んでくるところなんて、全然なかったのに、どうしてタクミが・・・!」
マイはやるせなかった。自分の弟が闇の支配者と化したことがどうしても信じられないでいた。
「マイ、気持ちをしっかり持つんだ。お前が1番に信じてやらないで、誰がタクミを信じてやるんだ?」
「ユウ・・・」
ユウに言いつけられて、マイは戸惑いを覚える。
「こんなだらしがないオレだけどよ、アイツのアニキなんだよな、一応。同じ屋根の下で一緒に過ごしてきた仲なんだから、そのお前がタクミを信じてやらねぇとな。」
「ユウ・・・ありがとう・・・」
ぶっきらぼうに言いつけるユウに、マイは感謝の言葉をかけた。
そのとき、部屋のドアが突然乱暴に叩かれ、マイとユウが振り向く。
「はいはい。誰ですか、そんなに慌てて?」
マイが作り笑顔を浮かべながらドアを開ける。その先には大きく息をついているアオイの姿があった。
「ア、アオイちゃん、どうしたの・・!?」
「マ、マイちゃん、大変、大変!シアーズの王城が・・・!」
慌しく答えるアオイに、マイとユウは緊迫を覚えた。
ライトサイド、オーブ全土は騒然となっていた。シアーズ王城が突如降り注いだ閃光を受けて崩壊したという臨時放送が流れたからである。
あまりに一瞬の出来事だったため、王城やその付近にいた人々は、何の警戒もできずに消滅した。その閃光の発信源は、ダークサイドからということが発覚していた。
新たなる強大な襲撃は、黒曜軍最大の侵略と受け取る人々も少なくなかった。
「とんでもないことになったわね・・・!」
「はい・・あのダークサイドの砲撃は、シアーズ王城をほぼ正確に狙ってきたようです。」
各艦を前にして、ミドリとユキノが話し合いを行っていた。その周囲には、マイたちジーザスメンバーも、アリカたちクサナギメンバーも集まっていた。
「あのエネルギー砲は、ダークサイド、アルタイからシアーズを正確に捉えています。正式呼称“オメガ”。ダークサイドに封印されていると言われていた強力エネルギー砲です。」
ユキノがミドリだけでなく、マイたちにも説明を入れる。そしてイリーナがオメガの説明を続ける。
「このオメガは、威力、正確性、射程距離、どれをとっても最強最悪の兵器に仕上がってるよ。このライトサイドも、オーブもその射程範囲内にいるから、このままじゃいいように狙い撃ちされちゃうってわけ。」
「それじゃ、早く砲撃を止めないと、世界が・・・!」
ニナが声を荒げるが、イリーナは落ち着いて続ける。
「でも、オメガには連射ができないっていう弱点があるのよ。1度発射すると、エネルギーチャージで次の発射まで1時間はかかってしまうのよ。」
「その間にダークサイドに行って、オメガを壊さないといけないんだね?」
アリカの問いかけにイリーナは頷く。
「でもここからダークサイドまでは距離があるわ。ジーザスやクサナギが全速力で向かっても、オメガの次の砲撃に間に合わないわ。」
「それじゃ・・・」
イリーナの言葉にアリカが愕然となり肩を落とす。そこへミドリが笑みを浮かべて語りかけてきた。
「だけど、カグツチ、デュラン、マイスター、パールの速さなら、時間内にダークサイドに向かうことが可能よ。」
その言葉にアリカが期待感を覚える。
「私、やります!マイさんもナツキさんもニナちゃんもやろう!」
アリカが呼びかけると、マイ、ナツキ、ニナは微笑んで頷いた。そこへユキノが深刻な面持ちで話しかける。
「ですがアリカさん、この先攻はあなたたち4人だけで行わなくてはならなくなります。ジーザスとクサナギも全速力で急行しますが、オメガ発射を食い止めるまでには間に合わないでしょう。」
自分たちの力だけでオメガの砲撃を止めなければならない。ユキノが口にした状況に、アリカは困惑を覚えていた。
そんな彼女の肩に軽く手を乗せて、ニナが微笑みかけてきた。
「大丈夫よ、アリカ。私たちの力で、オメガの攻撃を止めて見せましょう。」
「ニナちゃん・・・そうだね。私たちでやっていこう。」
二ナに励まされて、アリカは笑顔を取り戻した。マイもナツキも笑みをこぼし、ミドリがその様子を見て頷く。
「それじゃ名づけて、“世界防衛作戦”を開始するわよー!」
「おーっ!」
ミドリのかけ声にアリカ、ミコト、アオイが合わせた。マイたちが苦笑を浮かべるが、この場にいる全員の気持ちは同じだった。
ジーザスではカグツチ、デュランの、クサナギではマイスター、パールの発進準備が行われていた。
マイがシステムチェックを行っているカグツチには、ユウも搭乗することとなった。少しでもマイやみんなの力になりたい。そう彼は志願し、ミドリはそれを承諾したのである。
「ユウ、準備はいい?」
「あぁ。オレはいいぜ。」
マイの声にユウは頷く。
“カタパルト接続。針路クリア。システム、オールグリーン。”
アオイの通信を受けて、ジーザスのハッチが開かれる。同時にクサナギの発射口も開かれ、マイスター、パールが発進に備える。
“カグツチ、デュラン、発進どうぞ!”
“マイスター、パール、発進どうぞ!”
「マイ・エルスター、カグツチ、行きます!」
「ナツキ・クルーガー、デュラン、GO!」
「ニナ・ウォン、パール、発進する!」
「アリカ・ユメミヤ、マイスター、行きます!」
世界の命運を背負って、カグツチ、デュラン、パール、マイスターが発進し、宇宙へと飛び立った。機動力を受けた加速力で、4機は一気にダークサイドへと乗り込んでいく。
その宙域にはダークサイドのMSたちが陣形を立てて待ち構えていた。
「やっぱり通してはくれないか・・!」
「迷ってる時間はありません!中央突破しましょう!」
毒づくナツキ。指示を出すニナ。
「危なっかしいけど、それしかないみたいだね!」
その指示にアリカも頷く。
「行こう、みんな!」
「おうっ!」
マイが声をかけ、ユウが答える。
4機はそれぞれ別れ、別方向からダークサイド、アルタイに飛び込もうと試みる。
カグツチが双刀のビームサーベルを振りかざし、迫ってくるザクをなぎ払っていく。
「チャージシルバーマテリア!」
ナツキが銃砲に白銀のエネルギー体を装てんし放つ。拡散した水晶の群れが、MSの胴体に次々と突き刺さり、その動きを止める。
マイスターがエネルギー砲「レイ」を放ち、活路を開く。
パールがビームブーメランとビームブレイドを駆使してMSを切り裂き、包囲網を突破していく。
多数の黒曜軍のMSたちの包囲を打ち破り、マイたちはアルタイを目指した。
マイたちの潜入を察知したタクミは、マリー、ミーアに迎えられてシディアに乗艦した。そしてその作戦室で、アルタイ付近の宙域の戦況を見据えていた。
「オメガを撃ったからね。気付かないはずがない。」
「ですが来るのが少し早くないですか?いくらなんでも、こんな短時間で私たちがあらかじめしいいておいた警戒網に飛び込んでくるとは・・」
淡々と答えるタクミに、マリーが疑問の声をかける。
「エレメンタルチャージャーの機動力なら、ライトサイドやオーブからここまで駆けつけることは十分可能だ。パールも核エネルギーを搭載した機体の中では速さに長けている・・」
「それで、いかがいたしましょう?MS部隊では彼女たちを止めることは困難を極めています。オメガのエネルギーチャージには、まだ時間を要します。」
マリーがタクミに次の指示を仰ぐ。タクミはMSを撃退していくカグツチたちを見据えて、判断を決める。
「マリーさん、ミーアさん、ハイネさん、シズルさん、サクヤさんは出撃。カグツチたちの侵入を食い止めてください。完全に破壊してしまっても構いません。」
「了解しましたニャン、タクミ様♪アイツらなんか、私のホムラでやっつけちゃうからねー♪」
タクミの指示にミーアが無邪気に頷く。
「期待していますよ、ミーアさん。オメガのエネルギーチャージが完了したときには連絡を入れますので。」
「分かりましたー!」
ミーアが活発に答えると、マリーとともに作戦室を飛び出していった。
(世界は僕たちの力で作り変えていくよ。オメガはその始まりだよ・・・)
タクミはひとつの企みを胸に秘めて、ひとまずシディアを降り、オメガの置かれているアルタイ王城へ戻った。彼が降りたのを確認すると、シディアはカグツチたちを迎え撃つべく発進した。
次回予告
光と闇の戦い。
それは、それぞれの想いの交錯も意味していた。
大切なものを守るため、ある者は世界の命運を背負い、ある者は闇に堕ちた。
少女たちの力と心が、戦いを終局へと導く。
終焉の銀河を、駆け抜けろ、ヤマト!