GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-33「輝ける日々」
ダークサイドとの壮絶な戦いから一夜が明けた。
MSを初めとした機体や武装の修復と調整を終えたジーザスとクサナギの整備士にも、ひと時の休息が訪れていた。
その休みを利用して、イリーナはあるものの製作に没頭していた。発明好きである彼女は本来の機体と武装の製造と整備以外でも、私情で何かを作ることがあるのだ。
「ふう。やっと完成したよ〜。ミコトちゃんが帰ってきたからかな、いつも以上に力が入っちゃったよ・・」
発明の完成の直後、イリーナは安堵の吐息をつきながら座っている椅子の背もたれに体を預ける。
「でもこれでミコトちゃん、喜んでくれるかな〜?」
期待と喜びに胸を躍らせながら、イリーナは大きく両腕を伸ばした。
「イリーナちゃん、いいかな?」
そのとき、部屋のドアがノックされ、アリカの声が響いてきた。イリーナは軽い足取りのまま、部屋のドアを開ける。
「アリカちゃん、何の用かな?」
「イリーナちゃん、実はこれから街にお出かけしたいなぁって思ったんだけど・・マイさんとミコトちゃん、エルスちゃんはOKしてくれたんだけど・・」
イリーナが訊ねると、アリカが照れながら話し出す。
「そうねぇ・・ニナちゃんとナツキさんはどうなの?」
「これから声をかけるつもりだけど・・・」
「そう・・分かった。本当は徹夜で疲れてるんだけど、アリカちゃんの頼みでみんなが行くって言うなら私も行きましょう。」
「ホント?やったー!」
イリーナが了承すると、アリカは満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
「あ、ちょっと待って。今、着替えてくるから。」
「うん。その間にナツキさんとニナちゃんに声をかけてくるから。」
アリカはひとまず部屋を後にし、イリーナも着替えのためにドアを閉めた。
それから数分後。ジーザスの前を待ち合わせ場所として、アリカ、マイ、ミコト、そしてニナとナツキがやってきた。アリカの呼びかけにナツキは渋々了承し、ニナもナツキが来るということでこれに応じた。
ナツキ、ニナがやってきてから少し待つと、イリーナが慌てて駆け込んできた。
「遅いよ、イリーナちゃん。みんな先に来ちゃったよ。」
「ゴメン、ゴメン、つい出るのに時間がかかっちゃって・・」
アリカが文句を言うと、イリーナが照れ笑いを謝る。
「あれ?イリーナちゃん、それは?」
マイがイリーナの持っていた箱に気付いて訊ねる。
「あ、これですか?実は昨日1晩かけて完成させたんだ〜。」
するとイリーナは満足げな笑顔を見せて、その箱のふたを開ける。
「ハロー!ハロハロ。マイド。」
その箱から、オレンジカラーの球体が飛び出してきた。球体は上部の2枚の羽を羽ばたかせて飛んだり、またマイたちの足元を転がりまわったりしていた。
そのコミカルな動きを見て、ミコトが満面の笑みを浮かべている。
「おおー!すごいぞ、イリーナ!こんなすごいのを作ってしまうんだから!」
「これは街中で大人気のロボット。名前は“ハロ”っていうんだよ。マニアから作り方を教えてもらって、何とか完成させたんだよ。」
イリーナが説明をすると、球体ロボット、ハロがミコトの頭の上に乗っかってきた。ミコトは視線を上に向けてきょとんとした面持ちを浮かべている。
「ミコトちゃん、このハロは君のものだよ。つまりはプレゼント。」
イリーナが笑顔でミコトを見つめる。マイとアリカが笑顔を見せ、ナツキとニナも微笑みかける。
「おおー!ありがとう、イリーナ!お前はいいヤツだ!うんっ!」
ミコトが満面の笑顔を浮かべて、イリーナに感謝の言葉をかけた。
「さて、ここで立ち話してばかりだと何なので、そろそろ出かけることにしよう。」
「何仕切っているの、イリーナ。あなたが最後に来たっていうのに。」
元気よく振舞うイリーナだが、ニナにからかわれて気まずい面持ちを浮かべる。その様子にマイたちが笑みをこぼしていた。
街へと向かっていったマイたちを見送っていたミドリとユキノ。クサナギの展望ドックにいた2人に、ユウ、キョウジ、カズヤがやってきた。
「一緒に行かなくてよかったんですか、艦長?」
ユウが気さくな態度でミドリに声をかける。するとミドリも気さくな笑みを浮かべて答える。
「そういうユウくんこそ、一緒に行かなくてよかったのかなぁ?」
「女だけの買い物に、男のオレがでしゃばることもないでしょう。」
ユウは苦笑しながら答える。
「まぁ、いい荷物持ちにされるのがオチだからねぇ。」
「そういうミドリさんは、なぜ一緒に行かなかったんですか?私はクサナギの状況を整理しておきたいと思いまして。」
からかってくるミドリに、ユキノが笑みをこぼしながら声をかけてくる。するとミドリが照れくさそうな面持ちを浮かべる。
「いやぁ、それもあるんだけど・・あの子たちには、あの子たちだけの楽しみ方っていうのがあるものなのよ。だから私が水を差すわけにはいかないでしょうに。」
「そんなもんなんスかねぇ・・・」
ミドリの説明にユウが困り顔を浮かべる。
「それでは、僕もそろそろ行かないと。アカネちゃんが待ってますから。」
「あ、カズヤ、お前裏切る気か?」
振り返るカズヤに対し、ユウが不満な素振りを見せる。
「アオイちゃんはチエちゃんと一緒に過ごすって言ってたし・・どうするの、ユウくんは?」
ミドリが笑みをこぼしながら訊ねると、ユウは笑みを浮かべて一息つく。
「そうッスね・・オレはシホの見舞いにでも行くとしますか。」
「それならオレも行くよ。こういうときじゃないと、お見舞いに行く機会もないと思うからね。」
キョウジも頷いてユウを追いかけていく。3人が去っていくのを見送って、ミドリは苦笑を浮かべる。
「やれやれ。みんな自分たちのことに専念できてうらやましい限りで・・」
「行きたいなら行ってくればいいじゃないですか。」
ユキノが微笑んでねぎらうが、ミドリは首を横に振る。
「艦長の私まで艦を離れるわけにはいかんでしょう。マイちゃんたちには、私の分までたっぷりと楽しんできてほしいわね。」
艦長としての責務を受けながら、ミドリはマイたちの楽しいひと時を信じることにした。
ダークサイド、アルタイの秘密工場。その奥底では、ハイネが搭乗することとなる新機体がついに完成した。
「やれやれ。やっと完成か。まぁ時間をかけてくれたおかげで、こっちも療養できたけどな。」
眼前にそびえ立つ黒い機体を見上げて、ハイネが気さくな笑みを浮かべる。そこへ黒曜の君が姿を現した。
「気に入ったようですね、ハイネさん。」
「あぁ。こうして見ただけでもすごいって分かるぜ。1回練習操作をしてみたいもんだ。」
黒き君の言葉にハイネが期待に胸を躍らせるような言動を見せる。
「なら、練習を兼ねて、僕をある場所に連れて行ってほしいんだけど・・」
「ある場所?」
少年の言葉にハイネが眉をひそめる。
「ヴィントブルム・・ライトサイドとオーブに挨拶をしておきたいと思って・・・ハイネさんも挨拶をしておきたいのでしょう?」
少年が促すと、ハイネは不敵な笑みを浮かべる。
「そうですね。挨拶代わりに、この機体のすごさを連中に見せてやるさ。」
「そうですか・・・久しぶりになりますか。ヴィントブルムに足を踏み入れるのは。」
「けどいいんですか?ヴィントブルムはあなたの・・・」
ハイネが言いかけたところで、少年が人差し指を立てて自分の口元に当てる。
「それはタブーですよ、ハイネさん。今の僕は“黒曜の君”なんですから・・・」
少年は物悲しい笑みを浮かべて、再び黒い機体を見上げる。
「それでは行きましょうか、ハイネさん。あなたもこれを扱いたくて胸を躍らせていることでしょうから・・・」
少年とハイネは黒い機体に乗り込み、ヴィントブルムに向けて発進した。
「ハイネ・ヴェステンフルス、ヴェスティージ、行くぜ!」
ダークサイドの襲撃での半壊からの修復がほぼ完了したヴィントブルム。その街にマイたちは繰り出していた。
「買い物といえばデパートだな。あそこなら買いたいものが揃っているからな。」
「ダメよ、ナツキ。デパートの買い物は後。これからの買い物にかさばっちゃうでしょう?」
街中で言いかけたナツキに対し、マイがとがめる。ナツキは少しムッとするも、マイの言葉に従うことにした。
「それで、何かお勧めのお店とか知ってませんですか?私、こういう形でヴィントブルムの街に来るの、初めてなんです。」
「そういえばアリカちゃん、ここに遊びには来てなかったんだっけ?」
アリカが期待に胸を躍らせていると、マイが唐突に訊ねる。
「私もニナちゃんも、私情でライトサイドに来たことはなかったんです。だから私、嬉しくて・・・」
エルスティンが微笑んで、胸中の喜びを語る。するとマイは満面の笑みを浮かべると、アリカたちに意気込みを見せる。
「よろしいっ!それではこのマイ・エルスターが、ヴィントブルム街のすばらしさを心行くまで堪能させて上げましょう!」
「おー!ホントか、マイ!?」
彼女の意気込みに真っ先に反応したのはミコトだった。それからアリカが歓喜に湧いて、ニナとエルスティンが微笑む。
「ミコト、あなたにも十分に楽しんでほしいと思ってるからね。」
「マイ、やっぱりマイはいいヤツだ!うんっ!」
マイがミコトの頭を撫でると、ミコトは彼女にすがり付いてきた。ミコトの肩の上で、ハロが活発に飛び跳ねていた。
「それで、まずはどこに連れてってくれるのですか?」
イリーナが笑みを浮かべながら、マイに訊ねる。彼女たちは街中にある広場に来ていた。
「そうね。この辺りだと出店が並んでるから・・クレープなんてどうかな?」
「賛成!」
「OKでーす!」
「私も構いません。」
マイの提案にアリカ、イリーナ、エルスティンが同意する。ナツキ、ミコト、ニナも頷いていた。
「それでは、行くとしますか。」
マイの案内のもと、彼女たちの楽しい一日が始まった。
それからマイたちは街のいろいろな場所を駆け巡った。
クレープをはじめ、たくさんの出店の食べ物を多種大量に口にほお張るミコト。
街中のいろいろなものを物珍しそうに見回しているアリカ。
骨董品を手にとって、今後の発明品とそのアイディアの参考にしているイリーナ。
宝石や装飾品を身に付けたり、洋服を試着して高揚感を感じているニナ。
その傍らで下着の試着に没頭するあまり、マイたちの視線に気付いて気恥ずかしくなるナツキ。
街中で繰り広げられている大道芸やストリートミュージシャンの音楽に魅入られるエルスティン。
彼女たちの楽しい様子を見て、マイは心からの喜びを感じていた。
マイはとても複雑な心境にさいなまれていた。タクミの死、アリカとのすれ違い、ミコトとのすれ違い、シホとのすれ違い、自分が望んでいる世界、ユウへの想い。彼女は様々な交錯に迷い移ろっていた。
だが今の彼女は喜びと安らぎを感じていた。失ったものは大きかったが、得たもの、気付いたものもまた大きかった。
(そうよ・・これがあたしが望んでいた世界・・・ナツキが、アリカが、ミコトが、ユウが、みんながいるこの世界が・・・あたしは、そう信じたい・・・)
マイは自分の胸に手を当てて、自分の気持ちに正直になっていた。
「おーい、マイー!」
心の整理にふけっていたところで、マイは大きく手を振っているミコトに呼びかけられる。
「マイ、あそこでラーメンやってるぞー!私はラーメンが食べたいぞー!」
数人の行列のできているラーメン屋を指差すミコトの姿に、マイは喜びのあまりに笑みをこぼした。涙がこぼれそうだったが、それは何とか押し隠した。
「コラ、ミコト、アンタまだ食べるつもり?」
「うんっ!今日はたくさん食べるぞー!」
妙に張り切っているミコトに言いとがめながらも、マイはこのひと時を心から楽しんでいた。
いつしか日も傾き、マイたちはカフェレストランで小休止していた。椅子の腰を下ろして背もたれに体を預けている彼女たちの横には、それぞれの買い物が置かれていた。
「ふう。いろんなところ回ってたら、時間をすっかり忘れてたわ。」
「私、もう動けませ〜ん・・」
マイが大きく息をつき、アリカが疲れ果ててテーブルに突っ伏していた。
「ちょっとアリカ、こんなところでそんなみっともない格好しないで。」
「今日は注意しないでもらえないかな、ニナちゃん。今日は本当に楽しくて疲れちゃったから。」
そんなアリカに注意するニナに、エルスティンが弁解の言葉をかける。
「マイー、私、今度はパフェが食べたいぞー!」
「いい加減にしろ!走り回るのも食べるのも!」
さらに食べようとしているミコトに、ナツキが憤慨する。
「でも甘いものは別腹っていうじゃないですか。」
「・・ミコトの場合、別腹って次元を超えちゃってるかも・・・」
イリーナが弁解を図るが、マイは頭に手を当てながらため息をついた。
「でも本当に楽しい1日でした。昨日までの戦いがウソみたいに思えてしまうくらいに・・・」
エルスティンが笑顔で語りかけ、マイたちも笑みをこぼす。
「そうだな。いろいろあったが、こういう時間を過ごしていると、本当に心が和む・・」
ナツキが微笑みかけると、ニナも同意して頷く。
「そうですね、お姉様。それぞれ嫌な出来事を経験してきたけれど、仲間がいてくれるおかげで、打ちひしがれた気持ちが癒せる・・・」
「仲間か・・・」
ニナの言葉にナツキは切なさを感じていた。
復讐のために今までたった一人で戦ってきた彼女だったが、母や仲間に支えられていることに不思議な喜びを感じていた。
「だが犠牲も大きかった・・私たちがこういう時間を過ごせるのは、私たちを支えてくれたたくさんのみんながいてくれたからなんだ・・・」
「・・そうね・・・大切なものって、失ってみて初めて気づくんだよね・・なんでなんだろう・・・」
ナツキに続いてマイも物悲しい笑みを浮かべる。もっと早く気付いていれば、こんな気持ちにならずに済んだのだろうか。少なからず、彼女たちは運命を呪っていた。
「あの・・今から病院のほうに行ってみませんか?」
「え?病院?」
エルスティンが唐突に呼びかけ、マイが疑問符を浮かべる。
「この戦いで、傷ついた人は大勢います。だから私たちがお見舞いに行ってあげたほうがいいと思うんですけど・・・」
「エルスちゃん・・・そうだよ・・私たちが元気付ければ、みんなよくなってくれますよ!」
エルスティンの言葉に賛同して、アリカが意気込みを見せる。それに触発されてか、マイ、ナツキ、ミコト、ニナ、イリーナも同意して頷く。
「そうよね・・苦しい体験をしてきた私たちと同じ思いをしないためにも、私たちがみなさんを励ましてあげましょう。」
「そうだ!マイ、行こう!」
二ナが呟き、ミコトが喜びをあらわにして飛び上がる。
「それじゃ、ここで少し休んだら、病院に行こう。」
「そうだな・・・あっ・・」
マイの言葉に同意した直後、ナツキが視線を移したところで気まずい面持ちを見せる。
「ナツキ、どうしたの?」
「マイ、その前にこの買い物の荷物を何とかしたほうがいいぞ・・・」
「あ・・そ、そうだね・・・」
ナツキの指摘にマイも苦笑いを浮かべる。彼女たちはこのカフェレストランで休憩を取った後、ひとまずジーザスとクサナギに戻ってから病院に向かうことにした。
ヴィントブルム内にある総合病院。そこでは病状で入院している人だけでなく、戦争で傷ついて運ばれてくる人も訪れることが多かった。
その中央棟の前にやってきたマイたち。そこでマイは唐突に足を止めて、沈痛の面持ちを浮かべる。
彼女の悲劇はここから始まった。アリッサとミユにタクミを奪われ、結局救い出すことができず、さらに揺らいだ感情に歯止めが利かなくなり、さらなる悲劇を生んでしまった。
「マイ、あまり思いつめるな。誰もお前を責めたりはしない・・」
マイに向けてナツキが励ましの言葉をかける。不器用に感じるナツキの言葉だったが、マイにとって何よりも嬉しく思えた。
「ありがとう、ナツキ・・でももう大丈夫だから・・・」
マイはナツキに笑顔を返し、改めて病院に向かうことにした。
「こーら、ミコト、病院では静かにしてるのよ。」
「私を子供扱いするな、マイ!私は大人だぞ!」
「はいはい。」
マイが微笑んでミコトを注意すると、ミコトはムッとしてマイに突っかかっていた。
「そういえば、アリカちゃんは1度ここに来たんだっけ?」
「うん。肩を痛めたときに来て。骨が折れてるんじゃないかって心配しちゃって・・そのときに出会ったんでしたね、マイさんと。」
エルスティンが訊ねると、アリカは笑顔で答えてからマイに視線を向ける。するとマイも笑みをこぼしていた。
アルタイを出発し、ヴィントブルム郊外の荒野に降り立った黒い機体、ヴェスティージ。胴体のハッチが開き、黒曜の君とハイネがコックピットから出てきた。
「とりあえず着いたには着いたけど、誰かに会うとかないのか?」
ハイネが唐突に訊ねると、少年は微笑を浮かべる。
「とりあえず病院に行きますよ。あそこには傷ついて入院されているMSパイロットもいる。黒曜軍の人たちもね。だから・・・」
少年は腰に差していた剣を鞘から引き抜き、刀身のきらめきを見据える。
「僕自身の手で始末しようと思うんですよ・・・」
少年の笑みが、黒き君にふさわしい冷淡なものへと変貌した。
次回予告
世界のため、平和のため、夢のために。
純粋なる心のまま歩んできた戦いの道。
そんな少女を支えてきた多くの仲間。
出会いと別れを経験してきた少女に訪れた新たな転機。
彼女は今、その選択に決断を下す。
栄光の痕跡、刻み付けろ、ヴェスティージ!