GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-23「綺麗な夢のその果てに」
追ってきたハルカの乗るダイアナを撃退し、キヨヒメの脅威をオーブ軍に改めて認識させたシズル。しかしキヨヒメは完全に無傷というわけではなかった。
ダイアナは最後の突進の際、力任せにキヨヒメの右肩を押しつぶしていた。かすかだがその部分が火花を散らしていた。
「そんなんでうちに一糸報いたつもりなんやろか・・・笑止。」
シズルは冷淡な表情で、消えていく炎を見下ろしていた。
(ナツキ、アンタは必ず、うちのもんにしてみせます・・そんときまで、うちはダークサイドにいさせてもらいやす・・・)
ナツキに対する一途な想いを胸に秘めて、シズルはオーブから去っていった。彼女が抱いている想いは、キヨヒメと合わさって破壊の力を呼び起こしていた。
クサナギの作戦室の空気は、困惑と悲痛のあまりに重く沈んでいた。ハルカを失ったユキノは泣き崩れ、その場に座り込んでしまっていた。
医務室を飛び出そうとしていたナツキもニナもアリカも、シズルの離反に動揺を隠せなかった。今まで信じてきた人間が闇に染まり、ハルカをその手にかけたことを受け入れられなかった。
「そんな・・・そんなのってないよ!」
その沈黙を破ってアリカが叫び、ナツキとニナが振り向く。
「シズルさんが・・シズルさんがオーブを抜けて、ハルカさんを・・・!」
「アリカ・・・」
涙ながらに叫ぶアリカを、ナツキは困惑を隠せないまま優しく抱きしめる。アリカもシズルのことを心から慕い、信頼していたのだとナツキは直感していた。
「あんだけみんなに優しくしてくれて、悩みや相談にも優しく受け入れてくれてたのに・・そんな人が、ダークサイドに移って、ハルカさんを手にかけるなんて・・・!」
「アリカ・・・お前にここまで心配してもらって、シズルも喜んでいるはずだ・・・」
ナツキは作り笑顔を見せてアリカを励ます。しかしこれは気休めにもならないと彼女は思っていた。
「とにかく、みんなのところに行こう・・今、私たちがしなければならないことは、まだ残っているんだ・・・」
「うん・・分かりました、ナツキさん・・・」
アリカは眼からこぼれていた涙を拭って、笑顔を取り戻そうとする。
「では行きましょう、お姉様。」
「あぁ・・」
ニナに促されながら、ナツキとアリカは作戦室に向かうことにした。
マシロの使いとしてやってきた来訪者、サコミズを艦長室に案内したミドリ。彼を待たせる形でひとまず部屋を出て、彼女はマイを呼びに医務室に向かった。
その医務室の前には、困惑の面持ちを浮かべながら立っていたユウの姿があった。ミドリは一瞬眉をひそめつつも、彼の前で足を止めた。
「ユウくん・・マイちゃんの様子はどう?」
ミドリに声をかけられて、ユウは彼女に振り向く。
「体のほうは大丈夫です。だけど、やっぱりミコトのことが気がかりになってるみてぇだ・・・」
「そう・・・」
「くそっ・・シホのことやオレ自身のことでもワケ分かんなくなってるのによ・・アイツのことが気になってしょうがくなってる・・・!」
「ユウくん・・・」
シホ、セルゲイ、そしてマイのことに苦悩し、苦悶の表情を浮かべるユウ。そんな彼の姿を、ミドリは当惑の面持ちで見つめていた。
「サコミズさんがマイさんに話があるって言ってきてるの。今のマイちゃんを無理に引っ張り出す気がして辛いんだけど、ちょっと来てもらいたいの。」
「あの人が?・・マイなら中にいますよ。丁度ヨウコさんの診察も終わったし。」
「うん・・それで、ユウくんにも一緒に来てもらいたいんだけど・・」
「えっ?オレ?」
ミドリの申し出にユウが眉をひそめる。
「マイちゃんはいろいろなことで混乱しているわ。そんな彼女を支えてあげられるのは、あなただけ。私はそう思ってるわ。」
「艦長・・・」
ミドリの切実な気持ちに、ユウだけでなく彼女自身も戸惑いを覚える。
世界は今、混迷に満ちていた。戦争によって様々な悲しみや憎しみが生まれ続けている。デュラン、コーラル、そしてカグツチの崩壊によって、ライトサイド、オーブの戦力は限りなく減退している。シアーズの脅威が去ったものの、さらに強靭になっていくダークサイドの侵攻を食い止める手立ては双方乏しい状態にある。
その危機を止める一条の希望を掴み取るためには、マイの存在が絶対不可欠である。ミドリはそう信じていた。
胸の中で迷いを抱えたまま、ユウは重く閉ざしていた口を開く。
「オレもいい加減、けじめをつけとかないとな・・・分かりました。行きましょう。」
「ありがとう、ユウくん・・」
ミドリは微笑んで、2人は医務室のドアを開ける。
「ミドリちゃん、ユウ・・・」
入ってきた2人に、マイが戸惑いの表情を見せる。
「マイちゃん、ちょっといいかな・・・?」
ミドリが声をかけると、マイは静かに頷いた。ヨウコもあえて彼女たちを呼び止めることはしなかった。
マイとユウを連れて、ミドリはサコミズの待っている艦長室に戻ってきた。
「お待たせしました。それで、このユウ・ザ・バーチカルも話に加えていただきたいのですが。」
「極秘の伝令なので他言無用にしたいのが本心ですが、構わないでしょう。」
ミドリの言葉にサコミズは淡々と答える。彼と向かい合うように、ミドリ、マイ、ユウが席につく。
「実はマイさん、あなたに渡したいものがあるのです。マシロ様があなたに直接。」
「私に?」
サコミズの言葉にマイは眉をひそめる。
「これから私とともに、マシロ様のもとに向かいたいのですが・・・」
言いかけてサコミズは言葉を詰まらせる。そのためらいの様子にマイたちは息をのむ。
「おそらくダークサイドが、私を追うことでマシロ様の位置と企みを暴こうとしているでしょう。このまま向かえば、黒曜軍がマシロ様に危害を加えることになるでしょう。」
「それじゃ、どうやってマシロさんのところに行くんですか?」
マイの質問に対し、サコミズは練り上げていた計略を彼女たちに告げた。
クサナギ内の作戦室に赴いたナツキ、アリカ、ニナ。室内はユキノを初めとしたクルーたちが沈痛さを隠せないでいた。
ここにいる誰もが、シズルの離反に動揺を感じていたのである。
「ユキノさん・・アカネさん・・・」
アリカがこの沈痛の光景に胸を締め付けられる思いに駆られていた。その沈んだ空気を払拭するために、ナツキは口を開いた。
「しっかりしろ、クサナギのみんな!」
突然の彼女の声にうつむいていた周囲が顔を上げる。
「きっかけはシズルだという人間は多いだろうが、シズルのためだけに戦ってきたわけじゃないだろう!中立と平和を理念としているお前たちオーブは、何のために戦ってきたんだ!」
この言葉に、クルーたちに降りかかっていた困惑が一気に和らいだ。迷いを押し殺して、彼女たちは各々の使命を思い返す。
「そうだよ・・私たちにはやらなくちゃならないことがあるんだよ!」
ナツキの言葉に後押しされて、アカネがこれに続く。
「私たちオーブがするのは、この戦いを終わらせて世界を平和にすること!シズルさんがいなくても、私たちでそれを実現させなくちゃ!」
「アカネちゃんの言うとおりだ!シズルさんは必ずここに帰ってくる!それまで僕たちがここを守り抜くんだ!」
アカネに続いてカズヤも呼びかける。クサナギのメンバーが、彼女たちの声に呼応して困惑を振り払う。
「そうだよ・・私たちが頑張ることが、シズルさんとハルカちゃんのためになるんだよ・・・!」
ユキノが周囲を見回してから、決意を胸に秘める。そしてハルカに後押しされるような高揚感を覚えながら、真剣な顔で言い放つ。
「オーブ軍、クサナギのメンバーに言い渡します!ただちに機体、武装のチェックを行い、他の軍の侵攻に対する迎撃態勢を整えてください!」
「はいっ!」
ユキノの言葉に、クサナギのメンバーが意気込んで答えた。立ち直ったオーブ軍の姿を見て、ナツキは小さく微笑んだ。
そのとき、クサナギの通信管制に1通の連絡が入ってきた。それを受けてオペレーターが対応する。
「ナツキさん、あなたに入電です。」
「私に入電?誰からだ?」
突然の自分への連絡にナツキは眉をひそめる。
「それが送信者非通知で、コードも確認できないようにされています・・ウィルスといった危険性は確認できませんが・・」
「そうか・・表示してくれ。私が確認する。」
ナツキの言葉を受けて、オペレーターがコンピューターを操作し、入電を開封する。その表示された内容をナツキが確認する。
“星光軍MSパイロット、ナツキ・クルーガーさん。現在あなたがオーブ軍旗艦、クサナギにいることを確認し、そちらに送信しました。なぜ現在のあなたの位置が知りえたのか。そのことも含めて、あなたに話しておきたいことがあります。午前5時に表示されている地点に、必ず1人で来てください。”
通信にはその文面と、1点を指し示す地図が納められていた。その内容にナツキは考えあぐねていた。
彼女は迷っていた。相手は何らかの方法でナツキの動きを監視している。その謎を解明するためにも、この誘いを受けるべきである。
「いかがいたしますか?相手が何者なのか、全く分かりませんが・・」
オペレーターがナツキに通信の答えを求める。ナツキは少し考えてから再び口を開く。
「いや、行こう・・相手は私の居場所を確実につかんできている。相手の正体が分からない以上、このまま私がいればここがさらに危険な状態になる。」
「そんな、お姉様・・そんなに気に病むことではないですよ。」
決意するナツキに、ニナが不安の面持ちで言いとがめる。
「もしも行くのでしたら、私も連れて行ってください。お姉様1人を、みずみず危険に飛び込ませるわけにはいきません!」
彼女は覚悟を秘めてナツキと同じ運命を歩もうとしていた。彼女の決意を目の当たりにしたナツキは優しく微笑んだ。
「ありがとう、ニナ。だがこれは私個人の問題だ。お前やオーブを巻き込ませるわけにはいかない・・だが、お前に1つだけ頼みたいことがある。」
「お姉様・・・?」
ナツキの言葉に戸惑いを隠せなくなるニナ。
「ニナ、お前のザクを貸してくれないか?安全の保障がされていたい招待だ。だが今の私にはデュランがいない。だから・・」
「お姉様・・・分かりました。私の機体を使ってください。」
「ニナちゃん・・」
ニナの答えに、今度はアリカが困惑の面持ちを見せる。しかしニナは小さく微笑んでいた。
「大丈夫よ、アリカ。これは私が決めたこと。私の力が、ナツキお姉様の助けになるのなら。それにザクを使わなくても、私にはまだしなければならないことが他にあるから。」
「ありがとう、ニナ・・お前の思い、決してムダにしない・・・」
ナツキはニナに感謝の言葉をかけて、作戦室を飛び出していく、ニナ、そしてアリカも見送りのため、彼女を追って作戦室を後にした。
この事情を知ったユキノは、整備ドックで機体、武装の整備をしていたイリーナに連絡を入れていた。結果、ナツキたちが到着するときには、既にブレイズザクファントムはいつでも発進できる状態になっていた。
「すまない、イリーナ。ユキノにも言っておいてくれ。」
「気にしないでください、ナツキさん。ニナちゃんやユキノさんの思いに私も共感しただけですよ。」
微笑むナツキに、イリーナが照れ笑いを浮かべて弁解する。
「それに、クサナギにはまだアカネさんがいますし、クサナギ自体もたくさんの装備がありますから。」
イリーナの言葉、そしてニナ、アリカの気持ちを背に受けて、ナツキは静かに頷いてザクのコックピットに乗り込んだ。彼女の見据えるハッチが開放され、その先に広がる夜空は既に雨がやんでいた。
「GO!」
ナツキがアクセルをかけ、ブレイズザクファントムがクサナギから発進した。
ジーザスから離れ、宇宙へと飛翔していく小型艇。サコミズの察していた通り、ダークサイド、ナオ隊が彼の動きを監視していた。
始めはナオはこの任務、そしてマイやナツキと戦うことを拒まれたことに腹を立てていた。しかしこの任務の裏に強力な平気が絡んでいることを知ると、彼女は少しばかりやる気を見せた。
「ライトサイドとオーブの攻撃の任務から外されたのは気に入らないけど、代わりに強力な兵器を見られるのよ。いいえ、私がその兵器を手に入れてやるから。」
ナオが小型艇の動きを見据えながら不敵に呟く。
小型艇は小規模の基地のドックに接近していた。そこには他にMSたちが姿を見せていた。
「ここがあの兵器のある場所ね。けどね、それを守ってるMSは邪魔なんだよね。」
ナオはジュリアのシステムの電源を入れ、出撃に備える。
「ジュリエット・ナオ・チャン、ジュリア、行くわよ。」
ナオがアクセルをかけ、MA形態のジュリアが飛び立つ。そして彼女に属するザクやグフたちが続いていく。
彼女たちの接近に気付いたライトサイドのMSたちが臨戦態勢を取る。ここでも光の闇の戦いが勃発した。
決死の攻防に挑もうとするライトサイド。しかしMS形態に変形したジュリアの脅威の前に防戦一方となる。基地内に入ろうとしていたサコミズだったが、飛び込んできたジュリアが右手をかざし、その手のひらの発射口を彼らに向ける。
「残念だけどチェックメイトよ。さぁ、ここで何を企んでるのか教えなさーい。そうすれば助けてやってもいいわよ。」
通信回線を開いて、ナオがサコミズたちに悩ましい声で問いつめる。ところがサコミズはふと悠然とした笑みを浮かべる。
「残念ですが、ここにあなたの探しているものはありませんよ。」
「ハァ?とぼけるんじゃないよ。こっちはアンタたちの情報を得て、アンタたちをずっと見張ってたんだからね。」
サコミズの言葉に呆れ果てるナオ。しかしサコミズは顔色を変えない。
「ウソではありませんよ。これは私たちがあなたたちに仕掛けた陽動。あなたが探しているものは、こことは別の場所にあります。今から向かいますか?間に合わないと思いますが。」
「へえ。アンタも顔に似合わず、ウザイことしてくれるじゃないの!」
罠に陥れられたことに憤ったナオが、ジュリアの手のひらからビームを放射する。放たれた光線が、サコミズと周囲の兵士たちを飲み込んだ。
ナオ隊の攻撃を受けた基地は崩壊したが、ナオからは憤りと焦りが消えていなかった。
「冗談じゃないよ。私を出し抜こうなんていい度胸じゃないの。私は絶対にやられない!必ずアンタたちの強い兵器を奪ってやるわよ!」
憤慨したナオがさらなるアクセルをかける。MA形態となったジュリアがブースターを噴かして飛び去った。
「FK557地点に向かうわよ!そこに例の兵器があるはずよ!グズグズしてると置いてくよ!」
その間、マイとユウはサコミズが告げた地点に辿り着いていた。サコミズが小型艇を発進させた後、彼らはスラッシュザクファントムでジーザスを発進していたのだった。
ダークサイドからの追跡をかいくぐるためのサコミズの練った策である。
彼らはライトサイドの東南にある小さな小惑星基地に来ていた。その正門前で1人の兵士が彼らを迎えてくれていた。
「マイ・エルスターさん、ユウ・ザ・バーチカルさんですね?」
兵士が問いかけると、マイとユウは無言で頷いた。
「マシロ様がお待ちです。ついてきてください。」
そういって兵士は基地内に入っていった。マイとユウは互いの顔を見合わせた後、兵士についていった。
彼らが進んでいる廊下は暗く、かすかに照らしている小さな明かりだけが頼りだった。
「何なの、ここはいったい・・・?」
「分からねぇ。何かの施設みてぇだけど、今は動いちゃいねぇみたいだ・・」
マイのおぼろげな言葉にユウが淡々と答える。すると兵士が視線だけを彼女たちに向ける。
「ここは元々はライトサイドの軍事施設だったのですが、現在のものが設立してからはここは施設としての使用を破棄したのです。」
兵士の説明に2人は渋々頷くだけだった。さらに廊下を進むと、彼らは1つの扉の前で立ち止まった。
「ここです。」
兵士が飛び差を指し示すと、マイとユウは息をのむ。緊迫を覚える2人の見つめる先で、兵士の手で扉は開かれた。
扉の先は機体を置く整備ドックだった場所である。その中心にいたのは、上を仰ぎ見ているマシロとフミだった。
マシロはマイたちが来たことに気付き、微笑を保ったまま振り向く。
「突然の申し出に応じていただいて、本当にありがとうございます、マイさん、ユウさん。」
マシロがいつもの落ち着いた態度で、マイたちに挨拶をした。
クサナギを通じて送られてきた1通の連絡。それを受けて、ナツキはブレイズザクファントムを駆り、海沿いの公道に辿り着いた。
警戒心を抱きつつ、ナツキはザクから降りる。小さな砂浜の砂地に足をつけると、彼女は眼の前に立つ1人の女性に気付く。
その瞬間、ナツキは信じられない光景を見たように眼を見開く。その長い青髪の女性の姿に彼女は見覚えがあったのだ。
「本当に久しぶりね、ナツキ・・・」
「か・・母さん・・・!?」
ナツキは混乱しながらも言葉を漏らす。眼前にいた女性は、死んだと思われていた彼女の母、サエ・クルーガーだった。
次回予告
予期していなかった母との対面。
それは、ナツキの新たなる旅立ちの始まりだった。
そして、マシロの口から語られる光と闇の真実。
彼女の託す思いを受けて、マイは強く決意する。
今、言葉の翼が、想いを受けて飛び立つ。
揺れる世界に、蘇れ、カグツチ!