GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-22「裏切りの清姫」
オーブの面々に全てを任せ、ダークサイドに向かうことを告げたシズル。周囲の困惑の広がる中、彼女はキヨヒメを駆ってオーブを飛び立った。
しかし一方的に言われて納得いかない者も何人かいた。ハルカもその1人だった。
「何だって言うの・・何だって言うのよ、シズル・ヴィオーラ!」
「ハルカちゃん・・・」
ハルカの憤りに、ユキノは困惑の表情を見せる。
「このオーブの先頭に立って、今までみんなをまとめ上げていたっていうのに、勝手なことばかり言うだけ言って、その上キヨヒメを持ち出してダークサイドに行くですって!?」
ハルカは立ち去っていくキヨヒメとシズルを見上げて、拳を握り締める。
「みんなの信頼を裏切らないのが、あの人の唯一の美点だったのに・・・!」
「ハルカちゃん・・・」
「ユキノ、ダイアナを貸して。」
「えっ?」
突然のハルカの申し出に、ユキノが戸惑いの声を上げる。
「止めてやるのよ・・みんなの気持ちを裏切って、ダークサイドに行くって言い出した、あのぶぶづけ女をね!」
言い放ちながら、ハルカはきびすを返して作戦室を飛び出していく。駆け抜けていく廊下の中で、彼女はかつての自分を思い返していた。
私が初めてシズル・ヴィオーラに会ったのは、オーブ軍の予科兵士として入隊して少したってからだった。
オーブに志願する人のほとんどは、シズルの風貌や考えに惹かれたからだと聞いているけど、私は中立と正義に憧れていたからだった。
その2つの理由がほとんどだろう。だけど、シズルのことを懸念していた人間はオーブ軍の中では多分私だけだろう。
周囲に見せている彼女の笑顔と朗らかさ。みんなはこれを喜んでいたけど、私はなぜかそれが不快に思えた。
それからだった。この女には絶対負けたくない。そう思うようになったのは。
そして彼女に対抗意識を向けているうちに、彼女と自分が反対の考えをしていることに気付いた。考え、解釈、好き嫌いまでいろいろだった気がする。
その大きな理由は、抱いている正義感の違いだった。
「言葉さえ、心さえ通じ合えば戦いや争いは起きない」というのがシズルの持論らしいけど、「戦いを終わらせるためには、時に自分の信じた道を突き進んで戦い抜くことも必要」と私は考えていた。
でも私は無意識のうちに、シズルのことを認めていたのかもしれなかった。彼女にあって自分にないものに惹かれていたのかもしれなかった。
だから私はシズルを目標にした。その気持ちをさらに強くした。たとえ敵わないと分かっていても、それが自分を強くすることにつながると思っていた。
でも、あの人がまさかあんな形でみんなを裏切るなんて、そのときの私は思いもよらなかった。
今の私は、あの人の言動に激しく失望させられていた。あの人を少しでも信じた私を後悔していた。
クサナギ内の整備ドックに駆けつけてきたハルカ。そこでは帰還してMSの整備を行っていたイリーナの姿があった。
「やっぱり納得いかないですよね?」
イリーナが気さくに声をかけると、ハルカは自信あるかのように不敵に笑って頷く。
「ここは私に任せなさい。あのぶぶづけ女は、私が力ずくにでも止めてやるわよ。」
「でも勝算はあるんですか?あのキヨヒメを何とかできる機体はもうクサナギにはないですよ。」
イリーナが不安の言葉を口にすると、ハルカは彼女の肩に手を乗せて答える。
「心配しないの。人間の価値や力なんて、性能や勝率なんかじゃ決まんないのよ。」
そういうとハルカはダイアナのコックピットに乗り込んだ。そして自らの手でシステムの最終チェックを行う。
「準備はいいわ。ハッチを開けて。」
「了解です!」
イリーナはコンピューターを操作し、発射口のハッチを開く。
(シズル・ヴィオーラ、私は認めたくないけど、アンタはみんなの心の支えなのよ。だから何が何でも、私がアンタを連れ帰る!)
「ハルカ・アミテージ、ダイアナ、行くわよ!」
ハルカの駆るダイアナがクサナギから発進。キヨヒメを追って飛び立った。
ユウに救出され、ジーザスの医務室に運ばれたマイ。数十分の睡眠の後、彼女は医務室のベットで眼を覚ました。
「マイさん、気がついたみたいね。」
「ここは・・・?」
振り向いたヨウコが声をかけてきた。マイはおぼろげな意識のままで辺りを見回す。
「ここはジーザスの医務室よ。あなたはユウくんに助けられて、私がここまで連れてきたのよ。」
「そうですか・・・ミコト・・・」
ヨウコに感謝の言葉をかけるも、マイはミコトのことが気がかりになって沈痛の面持ちを浮かべる。
「気持ちは分からなくはないわ。むしろみなさん、あなたと同じ気持ちのはずよ。でも今は休みなさい。何をするにしても、万全で臨まないと。」
ヨウコの気持ちを理解するも、マイは素直に頷くことができなかった。彼女は様々な思いにさいなまれて、ひどく困惑していた。
「うぅん・・・ユウくんのスラッシュザクファントムと私のガクテンオーだけかぁ・・・」
作戦室の中央で深く考え込んでいたミドリ。彼女の不安どおり、今のジーザスの戦力は著しく減退していた。最大戦力であるカグツチを失い、残っているエレメンタルガンダムはミドリの操るガクテンオーのみ。
戦力の不安を考えているのはチエもアオイも同じだった。その中でユウはそのことよりも、マイのことが気がかりになっていた。
そのとき、ジーザスのレーダーに1つの反応が飛び込んできた。
「こちらに向かってくる小エネルギー反応があります。」
アオイがその反応を受けて報告する。それを受けてミドリが振り返る。
「どこのもの?ダークサイド?」
「分かりません。移動用の小型艇です。」
ジーザスのモニターにも、その小型艇の姿を映し出す。
「通信回線を開いて。連絡を入れてみるわ。」
「了解。」
ミドリの指示を受けて、アオイが小型艇に向けて通信回線をつなぐ。
「こちら、ライトサイド、星光軍旗艦、ジーザス艦長、ミドリ・スティールファング。あなたの名前と所属を言いなさい。」
ミドリが呼びかけると、小型艇からすぐに返事が返ってきた。
“私はサコミズ・カージナル。ライトサイド党首、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルムの命を受けてここに来ました。”
「えっ!?マシロ様の!?」
サコミズと名乗った男の言葉に、ミドリは驚きを見せた。
“現在、マシロ様はヴィントブルム城ではなく、別の場所におられます。詳しい話はそちらでうかがいたいのですが、よろしいでしょうか?”
サコミズの申し出にミドリをはじめ、アオイもチエも考えあぐねていた。少し間を置いて、ミドリが結論をまとめて口を開いた。
「ハッチを1つ開けておくわ。誘導するから、そこから入って。」
“了解しました。誘導に感謝いたします。”
彼女の返答にサコミズは感謝の言葉をかけ、開かれ照明の照らされたハッチに小型艇を進めた。
誘導どおりにドックに着艦した小型艇。その前にはジーザスのクルーたちが数人、銃を構えていた。拮抗した状態によって、警戒心を強めている表れだった。
小型艇のハッチが開くと、そこから1人の中年の男が姿を見せた。
「あ、タヌキだ。」
「タヌキ・・」
「それに、アフロだね。」
「いきなり失礼なことを言わないでもらいたいですね。」
ユウ、アオイ、チエが口にした言葉にムッとするサコミズ。
「おやまぁ。これは失礼しました。で、失礼ついでになりますけど、一応こっちもこっちで大変だからねぇ。」
「いえいえ。仕方がありませんよ。私はライトサイドの隠密調査員の役職に就いています。あなた方でもお初にお眼にかかる人が多いのでは。」
警戒してきたことと不快にさせたことを詫びるミドリ。サコミズは苦笑しながらも小さく頷いた。
「それじゃ、私とじっくりお話いたしましょうか。マシロ様の命を受けてるってことは、何やら重要な話だと思うんだけど。」
「そうですね。お言葉に甘えるとしますが、1人その話に加えてほしい人がいるのですが。」
サコミズの申し出にミドリが笑みを消す。
「カグツチのパイロット、マイ・エルスターさんをお願いします。」
「マイちゃんを・・?」
ミドリは再び眉をひそめる。しかし彼女はサコミズの申し出を受け入れた。
「彼女もいろいろと大変なんです。少し待つことになってしまいますが・・」
「分かっています。構いませんよ、私は。」
こうしてミドリとサコミズは艦長室に赴くこととなった。ユウたちは去っていく彼女たちを無言で見送った。
オーブを離れ、ダークサイドに向かっていたシズル。その途中、キヨヒメのレーダーが1つのエネルギーを捉えた。
全身を止めて振り返るキヨヒメ。その眼前に、シズルを追ってきたダイアナの姿があった。
シズルはため息をつきながら、ダイアナに向けて通信回線を開く。
「わざわざそんなもんで追いかけてきて・・うちに言うときたいもんでもあるん?」
呆れているように取れるシズルの態度が、ダイアナを駆るハルカの憤りを煽る。
「えぇ、ありますよ・・ありすぎてどれから言っていいか分からないくらいにね!」
ハルカの怒号が、キヨヒメのコックピット内に共鳴を起こす。少し耳障りに感じながらも、シズルは微笑を崩さない。
「これはうちが勝手に辞めること。何か問題でもあるんどす?」
「いいえ。あなたがここを離れることに反論はないわ。でもね、オーブの首長の責務を放棄してダークサイドに移るということは、クサナギだけでなく、オーブ全体におけるあなたの居場所を放棄したということよ。」
お互いに淡々と言い放つシズルとハルカ。ハルカの突き放すような言葉だが、シズルは平然と聞いていた。
「それは覚悟してはります。うちはオーブに戻る気はありまへん。」
「そう。それはいい気構えね。でもそれだけじゃないのよ。アンタは私やユキノ、オーブのみんなの信頼関係を裏切ったのよ!アリカさんやたくさんの人が、アンタの身柄に憧れてオーブ軍に入ったって言うのに!」
“人柄だよ、ハルカちゃん・・”
クサナギからユキノがハルカの間違いを指摘するが、ハルカはシズルを見据えているだけである。
「アンタという人は、会ったときには私は気に入らなかったけど、ここまで見下げ果てた人だとは思わなかったわ!激しく失望させられたわ!ナツキ・クルーガーも、今までアンタを信じきっていた自分を馬鹿馬鹿しく思ってるはず・・・!」
ハルカが言い終わる前に、キヨヒメがビームライフルを放ってきた。突然の攻撃にハルカが言葉を詰まらせる。
「うちがオーブを離れる理由は、ナツキを傷つけとるライトサイドを滅ぼすため。何であれ、ナツキを侮辱することは許しまへん。」
続いてシズルの冷淡な声が響く。一瞬絶句するも、ハルカは彼女の言動にさらなる呆れを覚える。
「なるほど。アンタのやっていることは全て、ナツキさんのためにやっているって言いたいのね・・・うぬぼれるのも大概にしなさいよ!アンタは結局自己満足なだけじゃない!」
憤慨を見せ付けるハルカだが、シズルは冷淡な笑みを浮かべ、ビームライフルの銃口をダイアナに向ける。
「下がりおし。アンタの出る幕やあらへん。ギャーギャーやかましい。」
「へぇ。自分の考えに反する相手には実力行使なわけ?身も心もダークサイドになったってわけ?・・上等じゃないの!やれるもんならやってみなさいよ!」
ハルカが放った憤慨の叫び。それが2人の激突の引き金となった。
満身創痍の苦痛からようやく落ち着いたナツキは、ふと眼を覚ました。上半身を起こして視線を移すと、そこには心配そうな顔をしているアリカとニナの姿があった。
「ここは・・・医務室か・・・」
ナツキが呟くと、ニナは静かに頷いた。
「現状は?ライトサイドは、ジーザスはどうなっている?」
ナツキが問いかけると、ニナは困惑の面持ちを見せる。アリカは先ほど眼を覚ましたばかりで、現状を把握していなかった。
話すことを躊躇したが、どの道分かってしまうことと思い、ニナはオーブを離反したシズルと、それを追っていったハルカが戦っていることを告げた。
「そんな・・・!?」
「シズルが、オーブを・・・!?」
アリカとナツキが驚愕を覚え、思わず息をのむ。
「い、いけない・・このままでは、シズルはハルカを撃ってしまう・・!」
ナツキは未だ完治していない体に鞭を入れて医務室を出ようとする。そんな彼女をアリカとニナが止める。
「ダメですよ、ナツキさん!まだ動ける体じゃ・・!」
「ダメだ!私がいかなければならないんだ!でないとシズルは破壊に手を染めてしまう!そればかりじゃない!このままではハルカも・・!」
呼び止めるアリカの制止を振り切ろうとするナツキ。彼女たちの眼に、モニターに映し出されたキヨヒメとダイアナの戦いが飛び込んでくる。
その戦いに、ナツキは1つの疑念を抱いた。ダイアナがキヨヒメに対して全くビーム攻撃を仕掛けないからだ。
「どういうことなんだ。なぜビーム攻撃をしない・・・?」
「しないのではありません。できないのです。キヨヒメには特殊なミラーコーティングが施されていて、ビーム攻撃をはね返してしまうんです。」
その疑問にニナが答える。だがそれがナツキにさらなる焦りを呼び込むこととなった。
ダイアナを駆り、シズルのキヨヒメに立ち向かうハルカ。しかしキヨヒメの機動性、武装、ミラーコーティングの前に、ダイアナは劣勢を強いられていた。
お互いドラグーンを連射していくが、キヨヒメが次々とダイアナへと攻撃を命中させていく。
「ちっ!このぉっ!」
毒づきながらも、ハルカはミラージュコロイドを展開してダイアナの姿を消す。エネルギー反応もくらませるため、相手のレーダーには極力捕まらないはずである。
「姿を隠しても、動きまでは隠せまへんよ。」
シズルが淡々と言い放ち、キヨヒメが長刀を振りかざす。その刀身が何もないところで衝突音を鳴り響かせる。
そこにダイアナはいた。シズルは視界にもレーダーにも映らないダイアナの動きを捉えていたのだ。
「キヨヒメにビームは通用しまへん。せやさかい、周りと物理攻撃さえ注意すればいいんどす。」
キヨヒメはさらに長刀を振りかざし、ダイアナの右腕のクローと左腕をなぎ払う。傷つけられた部分から火花が散り、ダイアナは少し降下したところで何とか踏みとどまる。
シズルとハルカ。雌雄は完全に決していたが、これで諦めるハルカではなかった。
「ニナ、ザクを貸してくれ!私がシズルを止める!」
2人の戦いを見かねたナツキがニナに呼びかける。
「それなら私が行きます!ナツキさんはここで・・・!」
ニナが代わりに赴くことを告げたそのとき、モニターは悲劇を映し出していた。
「ダメだよ、ハルカちゃん!これ以上は危険だよ!」
追いつめられていくハルカを見かねて、ユキノがたまらずダイアナに呼びかけていた。彼女の声を聞いていたハルカだったが、ここで引き下がる彼女ではなかった。
「ユキノ・・危険なのは分かってる。これ以上戦ったら私は生きていられなくなるかもしれないってことも分かってる・・・でもね・・」
おぼろげになりそうな意識の中で、ハルカはユキノに呼びかける。
「私は自分の信じる正義のために戦ってるのよ・・私は正しい・・このぶぶづけ女は間違った方向に進んでる・・・」
「正しくても間違ってても構いまへん。うちはうちの信じる道を進むだけどす。」
2人の会話に冷淡な態度で割り込んでくるシズル。するとハルカは不敵に笑う。
「この際だから教えといてあげるわ。人間の価値って、才能や力なんかじゃ・・決まんないのよ!」
ハルカは一気に意識を覚醒させて、アクセルをかける。ダイアナが最後の力を振り絞って、キヨヒメに向かって飛び込んでいく。
(ユキノ、あなたが私のことを支えてくれたこと、すごく感謝してる・・こうして立ち向かっていけるのは、あなたが私のそばにいてくれたからよ・・・)
ハルカがユキノに対して胸中で感謝の言葉を囁く。彼女の眼前で、キヨヒメが長刀を構える。
「ユキノ・・・ありがとう・・・」
「えっ・・・?」
ハルカの唐突に口にした言葉に、ユキノは動揺を忘れて一瞬唖然となる。
そのとき、キヨヒメの長刀の刃が、ダイアナの胴体に容赦なく突き刺さった。
「堪忍な、ハルカさん・・・そして、さようなら・・・」
崩壊するダイアナを見送って、シズルが冷淡な微笑を浮かべる。落下していくダイアナとハルカが、降り始めた雨の中で爆発を起こした。
「ハルカちゃん・・・」
その光景を目の当たりにしたユキノが愕然となり、体を震わせる。
「ハルカちゃん!」
ハルカを失ったユキノの慟哭が、クサナギの中に響き渡った。
次回予告
次々と消えていく希望と命。
暗黒の空が、光差す大空を包み込んでいく。
シズルの裏切りに苦悩しているナツキに届く1つの通信。
それは、彼女の新たなる希望の架け橋となった。
光の芽、刈り取れ、ジュリア!