GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-21「邪なる精魂」
ミコトが追い求めていた兄は、ダークサイドの黒曜の君だった。その真実に、マイは動揺を隠せなかった。
「黒曜の君が・・ミコトのお兄さん・・・!?」
“そうだ。私は探していた兄上をやっと見つけたんだ。だから私は兄上のそばにいる。”
戸惑うマイに対し、ミコトが淡々とした口調で答える。
“私と兄上の邪魔をするもの、兄上を倒そうとするものは、この私が許さない。たとえマイ、お前でも!”
いきり立ったミコトに呼応するかのように、ミロクが引き抜いた大剣を高らかと振り上げる。
「ミコト!」
マイはとっさにカグツチを駆り、後退してミロクの攻撃をかわす。ミコトは間髪置かずに、大剣を振りかざしてマイを追う。
「いいのかい、ミコト?マイさんは君を助けてくれた恩人。その彼女を手にかけても構わないのかい?」
そこへレイトがミコトに問いかける。しかしミコトは淡々とした態度を変えない。
「私には兄上がいます。私は兄上以外、何もいらない。私や兄上を傷つけるものは、全部私が倒す!」
「そうかい。なら今、君が倒そうとしているのは恩人でも家族でもない。ただの敵、倒すべき敵だよ。」
「敵・・・」
不敵に笑うレイトの言葉に促され、ミコトは次第に闘争本能を駆り立てていく。
「そうか・・マイは敵なんだ・・・だから、マイは私が・・!」
いきり立ったミコトがカグツチに向かって飛び込む。そして大剣を振りかざすが、カグツチはこれを素早い身のこなしでかわしていく。
「ミコト、やめて!黒曜の君の、ダークサイドの言うことを聞かないで!」
「マイ、戦え!私は兄上とともに、ダークサイドの一員として、ライトサイドを倒す!兄上がそうお望みだから!」
必死に呼びかけるマイと、あくまでレイトに従おうとするミコト。2人の思いは交錯し、2機とともに衝突する。
「お願い、ミコト!このままじゃミコトと戦わなくちゃならなくなるよ!」
「兄上が私の全てだ。私は兄上のために生きているんだ・・!」
ミコトの脳裏に幼い日の兄の姿がよぎる。誰も助けてくれない非情の街中で、彼だけが彼女に手を差し伸べてくれた。この兄からの救いの手があったからこそ、今の彼女は存在しているのだ。
「兄上が助けてくれなかったら、今の私はいなかった。兄上(わたし)を守るために、私は戦う!」
さらにいきり立つミコト。ミロクが背に装備されているドラグーンを分離し、他方からビームを放つ。
カグツチは乱れ飛ぶビームをかいくぐり、ミロクの攻撃を回避していった。しかしマイはミコトを傷つけることから、ミロクへの攻撃をためらっていた。
(あたしが何とかしないと・・ミドリちゃんもユウも、あたしを信じてミコトを連れ帰ることを任せてくれたのよ・・・!)
仲間のことを思い返して、迷いを振り切ろうとするマイ。
(だからあたしがミコトを連れて帰る・・その機体を動けなくしてでも!)
マイもついに戦う意思を見せる。双刀のビームサーベルを引き抜き、ミロクを見据える。
ドラグーンからの砲撃がさらにカグツチを狙うが、カグツチの動きの前にかわされていく。
そしてミロクに接近し、ビームサーベルを振り上げる。ミコトが攻撃を受けると思い、覚悟を覚える。だが、振り下ろされたカグツチのビームサーベルが、ミロクに直撃する直前で止まる。
マイは最後の最後で、ミコトを攻撃することをためらった。彼女の脳裏に、アルテミスの中で炎に包まれるタクミの姿が蘇る。もしもミロクを攻撃すれば、ミコトもタクミと同じ運命を辿ることになる。
「ミコト・・・あたし・・あたし・・・」
攻撃を仕掛けることができないマイの眼から涙がこぼれる。これ以上、大切なものを失いたくない。それが今の彼女の願いだった。
しかしそれが、この戦いの勝敗を分けた。
狂気に駆られたミコトの操るミロクが大剣を振りかざし、カグツチの胴体を貫いた。
「えっ・・・!?」
マイは何が起こったのか分からなかった。遠ざかっていくミロクの姿が次第に薄らいでいく。
ミロクの攻撃を受けたカグツチは力なく落下。地上に落ちたと同時に突き刺された胴から爆発を引き起こした。
「よくやった、ミコト。これでライトサイドは、戦力をかなり低下させられた・・」
戦況を見つめていたレイトが、不敵な笑みを浮かべながらミコトを褒め称える。ところがミコトは眼を疑うような面持ちを浮かべていた。
月明かりの差さない闇の夜、ミロクがカグツチを打ち倒したのだった。
「カグツチが・・負けた・・・!?」
カグツチとミロクの戦いを目の当たりにしていたミドリが驚愕の言葉を口にする。ジーザスのモニターは、鮮明にカグツチが敗れ去るのを映し出していた。
ミロクの脅威とマイの敗北に、ジーザスのクルーたちは動揺を隠せなかった。重くのしかかる沈黙を破ったのは、整備ドックにいたユウだった。
「ザクの発進準備だ!オレも出る!」
「ムリを言わないでくれ、ユウ!カグツチで勝てなかったミロクを、ザクでどうにかできるとは思えない!」
チエがたまらず呼び止めるが、ユウは首を横に振る。
「あんなのに戦い挑むわけねぇだろ!助けに行くんだよ、マイを!」
それを聞いて、チエは急いでスラッシュザクファントムの発進準備をする。ユウは即座にそのコックピットに乗り込み、発進に備える。
「マイ、無事でいてくれよ・・・!」
マイの安否を気にかけながら、ユウはジーザスから発進した。
ヴィントブルムで起こったカグツチとミロクの戦い。そのエネルギー反応は、クサナギのレーダーも感知していた。
カグツチがミロクに倒された。カグツチのエネルギーの消失がそれを物語っていた。その知らせはナツキの耳にも届いていた。
「カグツチが・・マイがやられた・・・!?」
ナツキは信じられない面持ちのまま、クサナギの作戦室に入ってきた。作戦室にいたシズル、ユキノ、ハルカ、ニナが振り返る。
「ナツキ、起きててもええん?」
「私ならもう大丈夫だ。それよりもすぐにジーザスに戻らないと・・!」
ナツキがジーザスに戻ろうとするが、満身創痍の体がそれを阻む。
「まだムリしたらあきまへん!今は体を休めんと!」
シズルがたまらずナツキに駆け寄る。いつもの平静とした彼女とは違ってひどく慌てている彼女の様子に、ハルカたちは戸惑いを覚えていた。
「しかし、もはやジーザスには戦いを乗り切る術がない!私が行って、対策を立てないと・・!」
それでもナツキは引き下がろうとしないが、体は彼女の言うことを聞かなかった。
(ナツキ、そんなにジーザスの方が好きなんどすね・・せやけど、それがアンタを苦しめとるんのも事実なんやな・・・)
ナツキの胸中を悟ったように思えていたシズル。しかし同時に、ナツキの気持ちが自分の向けられていないという虚無感も覚えていた。
「ニナさん、ナツキをうちの部屋に運んでくれやすか?」
「分かりました。」
シズルの指示を受けて、ニナがナツキに肩を貸す。そして2人はゆっくりと作戦室を後にした。
「ハルカさん、ユキノさん。」
「はい。」
シズルが低い声音で呼びかけると、ユキノが振り向いてくる。
「キヨヒメを出します。準備しますえ。」
そのひと言に、作戦室にいた全員が息を呑んだ。中立を理念とするために封印されてきたオーブのエレメンタルガンダム、キヨヒメがついに動き出そうとしていたのだ。
「分かりました。同行させていただきます。」
ハルカはあえて反論せず、ユキノとともにシズルについていくことにした。
ミロクに敗れたカグツチからマイを救出したユウ。カグツチはもはや再起するに至らないほどに大破してしまっていた。
マイ自身の傷は深くはなかったが、ミコトがダークサイドに移ったこと、ミドリやユウたちの信頼を裏切ったことに対する心の傷のほうが深かった。
「マイ、大丈夫か?しっかりしろ。」
スラッシュザクファントムで帰還する途中、ユウがマイに呼びかけるが、マイは普通に答える気力さえ失っていた。
あがてジーザスのドックに着艦し、戸惑いを隠せないでいるクルーたちの出迎えを受ける。
「マイちゃん、大丈夫・・?」
「体は大丈夫みたいだ。けど、ミコトのことで・・・」
駆け寄ってきたミドリに対し、ユウが戸惑いを見せながらも答える。
「とにかく1度診てもらったほうがいい。ヨウコさんお願いします。」
「分かったわ。さぁ、マイさん、こっちに・・」
ヨウコに連れられて、マイはひとまず医務室に連れられることとなった。ミドリもユウも彼女の後ろ姿を沈痛の面持ちで見つめていた。
「これでダークサイドに、ミロクという強力な力が加わった。逆にこっちは、カグツチという力を失った・・・」
ミドリはおもむろにジーザスに置かれた現状を呟いた。ミロクの脅威とカグツチの敗北は、想像以上に彼らに痛烈な打撃を与えていた。
カグツチを打ち倒し、ダークサイド、アルタイ城に戻ってきたミロク。数人の黒曜兵がレイトたちを出迎える。
「レイト様、お疲れ様でした。」
兵士の1人が君主の帰還に一礼する。すると兵士の眼に、レイトの後ろをついていく少女の姿が留まる。
「レイト様、この娘は・・?」
「この子は私の妹だ。」
「妹・・し、失礼しました!」
淡々と答えるレイトに慌てて謝罪する兵士。しかしレイトは不敵に笑うだけだった。
「気にするな。この王城に足を踏み入れるのは初めてのことだからな。」
「そうですか・・あの・・」
兵士が言いかけると、レイトはそれを悟って答える。
「ミコト・・我が愛しき妹、ミコト・バレルだ。」
レイトが紹介すると、ミコトは無表情で一礼する。
「この王城にいる全ての者を王室に集めよ。ライトサイドに、我がダークサイドの本当の力を見せ付けるのだ。」
「はっ!」
レイトの言葉を受けて、黒曜兵たちが姿勢を正して答えた。
クサナギを降り、オーブ内の格納庫を訪れていたシズル、ハルカ、ユキノ。数多くの機体、武装が並んでいるドックを通り過ぎ、その奥の地下ドックに行き着く。
「まさか、キヨヒメを出すことになってしまうなんて・・・」
ユキノが思わず困惑の呟きを口にする。
エレメンタルガンダム。オーブが所有しているエレメンタルガンダムの中で最も戦闘力の高いMSである。その力ゆえにオーブの理念に反する危険があるため、今まで封印してきたのである。
「できるなら使いとうなかったんやけど、事態が事態やさかい・・」
シズルが後ろめたい面持ちを浮かべながらも、眼前の扉の横のキーボードを叩く。コードが入力され、扉が轟音を立てながらゆっくりと開いていく。
その扉の先には、悠然とそびえ立つ紫をメインカラーとした機体が納められていた。オーブのエレメンタルガンダム、キヨヒメである。
「キヨヒメ・・ドラグーンとエネルギーをまとった長刀を主な武装とし、さらに特殊な装甲が施されているようです・・」
ユキノがキヨヒメの詳細を口にする。
「本当なら私が乗るはずだったんですけど、これはシズルさんの専用機。システムをシズルさん以外扱えないようになってますからね。」
「ハ、ハルカちゃん・・」
皮肉めいたことを口にするハルカに、ユキノがそわそわしながら言いとがめる。その横で、シズルは真顔でキヨヒメを見上げていた。
「ハルカさん、ユキノさん、うちはキヨヒメのシステムチェックを済ませます。先に戻ってくれやす?」
「分かりました。では、イリーナさんとカズヤさんを向かわせます。」
シズルの申し出にユキノが答える。そしてハルカ、ユキノはひとまずこの格納庫を後にした。
(ナツキ、ライトサイドやろうと何やろうと、ナツキのイヤなもん、全部倒したるさかい・・・)
しかしこのとき既に、シズルの中に邪なる想いが渦巻いていた。
シズルに自室まで運ぶようにとは言われたものの、やはり気がかりになってしまい、ニナはナツキをアリカの寝ている医務室に連れて行くことにした。
「あれ?ニナちゃん、どうしたの?あ、その人・・・?」
医務室に入ってきたニナとナツキに、アリカがベットから声をかけてくる。
「ライトサイド、デュランのパイロットのナツキお姉様だ。少し休ませてほしい。」
「ナツキさん・・うん。私は構わないです。」
切羽詰った様子を見せているニナに、アリカはきょとんとしながら頷く。
「大丈夫です、お姉様。今、シズルさんがキヨヒメの発進準備を行っています。」
「キヨヒメ?」
呼びかけてくるニナにナツキが眉をひそめる。
「キヨヒメはオーブ軍の中で最も戦闘力の高いエレメンタルガンダムです。ただ、あまりに強い力のため、封印されてきましたが。」
ニナの説明を受けて、ナツキは困惑の表情を浮かべる。今まで指揮官に徹していたシズルが、自ら戦場に赴くというのだ。
「ダメだ。シズルに戦わせるわけにはいかない。シズルはオーブの要だ。みすみす戦場に出すわけには・・・」
「ですが、コーラルを失った今のオーブの戦力は低下しています。ハリーとダイアナだけでは、これからさらに激しくなる戦いを乗り切ることは・・」
シズルを止めようとするナツキだが、ニナの言い分も最もだった。ハリー、ダイアナ、ブレイズザクファントムだけでは、これからの光と闇の戦いを止めることもままならない。
自分の無力さを呪いながらも、ナツキはニナの言葉に従う他なかった。
ハルカとユキノと入れ替わりにやってきたイリーナとカズヤの協力を得て、シズルはキヨヒメのシステムチェックを完了させていた。
「イリーナさん、カズヤさん、堪忍な。最後まで手伝わせてしまって。」
「いいえ。オーブの最大戦力の整備に当たらせてもらって、逆に感謝感激ですよー♪」
朗らかに告げるシズルだが、イリーナは満面の笑みを浮かべて喜んでいた。キヨヒメの整備を行えたことが何よりも嬉しかったのだ。
「ではハッチを開けてくれやす。キヨヒメを外に出しますえ。」
「了解しましたー♪」
イリーナは浮かれ気分のまま、コンピューターを操作してキヨヒメの発進準備を完了させる。カズヤもハッチ解放に助力を注ぐ。
外が開けたのを見計らって、シズルはキヨヒメの通信回線を開き、この格納庫とクサナギにつなげる。
「オーブ軍、及びクサナギのメンバーに告げます。」
突然のシズルからの通達に、クサナギのクルーたちが足を止める。
「現時刻において封印されていたオーブのエレメンタルガンダム、キヨヒメを外に出すことになりました。」
「シズルさん・・」
彼女の連絡を聞いていたアリカが安堵の笑みを浮かべていた。
「そしてうちは、2度とこのオーブに戻ってくることはありまへん。」
その言葉にクルー全員が動揺を覚えた。アリカも彼女の言葉の意味が分からず当惑している。
「うちはライトサイドの動向に疑いを覚え、彼らに力を貸していることに疑念を持ちました。せやからうちは、オーブ首長の大任を辞退させてもらいます。」
その言葉にクルー全員が驚愕を覚える。アリカ、ニナ、そしてナツキも。
「うちはライトサイドと対立しているダークサイドとして戦います。現時刻をもって、オーブ首長の任を、ハルカ・アミテージに委任します。みなさん、気張ってオーブとハルカさんを助けてやってや。そして、うちのわがままを許してくれやす・・・」
オーブから離反し、ダークサイドに移ろうというシズルの宣告。その突然の言葉にクルーたちは困惑し、中には憤りを覚える者もいた。
「シズル・ヴィオーラ、キヨヒメ、行きますえ。」
周囲の困惑を気に留めず、シズルはアクセルをかける。封印されていた紫の機体、キヨヒメが夜空に飛び立った。
黒曜の君、レイト・バレルがアルタイの兵士たちの前に姿を見せた。彼の隣には、無表情で兵士たちを見据えているミコトの姿もあった。
「長きに渡る時間、留守を任せてすまなかった。皆の者、ご苦労だった。」
レイトの言葉に兵士たちが一礼する。その様子をナギ、セルゲイ、シホが見守る。
「この場を借りて、アルタイに戻ってきた我が妹を紹介する。ミコト・バレルだ。」
レイトの紹介を受けてミコトが一礼する。今、ダークサイドに新たなる力が加わった瞬間だった。
次回予告
心から慕い、心から敵視し、心から競り合ってきた少女たち。
しかしシズルの心は、ハルカには全く傾いてはいなかった。
中立と正義の道から外れた党首を断罪すべく、ハルカは立つ。
ユキノが見つめる中、想いと正義が戦いの火ぶたを切る。
信じる正義、貫け、ダイアナ!