GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-20「分かたれた心」
「ようやく見つけたよ、ミコト・・お前のことをずっと探していた・・いいわけになってしまうが、これでも必死にお前を探していたんだ・・・」
「私もだ、兄上・・私も兄上をずっと探していた・・・」
ミコトがレイトの抱擁に身を委ねる。ずっと探し続けてきた兄を見つけて、彼女は心から喜びを感じていた。
「兄上、私はもうどこにも行かないぞ。ずっと兄上のそばにいる。これ以上、兄上に寂しい思いはさせないぞ。」
「そうか・・・私もだよ、ミコト・・・」
顔をうずめてくるミコトを見つめるレイト。しかし彼の笑みは、何かを企んでいる不敵なものだった。
「ミコト、私たちが2度と離れ離れにならないよう、他の誰かが私たちと同じような辛い思いをしないよう、私と一緒に戦ってくれるかい?」
「・・・はい、兄上・・・」
レイトの妖しげないざないに、ミコトは低い声音で頷いた。彼女は黒曜の君の暗黒の淵へと堕ちていった。
カグツチの猛攻に敗れ、傷つき倒れたアリカ。手当てを受けて医務室のベットで眠っていたが、ようやく眼を覚ました。
「あ、気がついたようだね。」
医務室にいた医師が、アリカが起き上がったことに気付いて振り返る。
「あれ?ここは・・・私、今まで何を・・・?」
アリカは状況が飲み込めず、疑問符を浮かべて辺りを見回している。
「ここはクサナギの医務室だよ。君はカグツチにやられたんだよ。傷ついた君を、アカネさんとニナさんが助けてくれたんだ。
「ニナちゃんが?」
アリカが聞き返すと、医師は微笑んで頷く。
「本当に危ないところだったよ。君は運がいい。」
「えっ?そんなにひどいケガだったんですか?」
「いや。ケガはそれほどひどいわけじゃない。ただ、もしカグツチの最後の攻撃がずれていなかったら、君は死んでいただろうということだ。」
医師のこの言葉にアリカは思わず息を呑んだ。彼女の脳裏にカグツチとの戦いが蘇る。
激しくぶつかり合った2つの刃。その荒々しい激突の末、カグツチがコーラルの対艦刀をなぎ払い、その胴体にビームサーベルを突き立てたのだった。
「そのとき、コーラルが剣で抵抗しなかったら、カグツチの攻撃はずれずにコックピットに直撃していた。わずかにコックピットから外れていたから、君は一命を取り留めたんだよ。」
「そうだったんですか・・・私、ホントに運がいいみたいですね、アハハ・・」
一瞬の出来事が生死を分かつものだと知り、アリカは思わず苦笑いを浮かべていた。
「でもまだムリができる体じゃないというのも事実だ。しばらくは安静にしているように。」
「はーい。分かりましたー。」
医師の言いつけを聞いて、アリカは再びベットに横になった。
「ところで、クサナギの今の状況はどうなってますか?」
「今かい?コーラルが大破したこと以外、大きな動きや変化はないよ。星光軍とはうまく和解したみたいだし。後は星光軍のデュランのパイロットをこちらで介抱しているくらいか。」
「えっ?デュランのパイロット、ナツキ・クルーガーさんが、ですか?でも、ここにいないみたいですけど・・」
「艦長の申し出でね。応急処置した後、艦長が自室で介抱しているみたいだよ。」
「シズルさんが・・・」
アリカは安堵の笑みを浮かべていた。いつも冷静で朗らかで、誰に対しても笑顔を絶やさず優しくしてくれるシズルの気持ちは、親友であるナツキに対しても同じだと知ったからだ。
「今は休みなさい。あまりムリをすると治りが遅くなるよ。」
「はーい。おやすみなさい。」
アリカは安心して体を休めた。そこには健やかな少女の寝顔があった。
ジーザス艦内の艦長室。ミドリとヨウコのいる室内は、重い空気に包まれていた。
その主な理由は、マイの謹慎処分についてだった。ヨウコが独房から彼女を解放してもいいと言い出したのが始まりだった。
「ヨウコの気持ちも分かる。ホントは私も同じ気持ちなのよ。だけど、艦長って立場上、マイちゃんを謹慎にしなくちゃいけなかったのよ。」
「分かってる。アンタはジーザス艦長として適切な処分をしたわ。でもマイさんが行ったことは、タクミくんを想ってのことだったのよ。誰も彼女を責めることはできないわ。」
気持ちが同じでありながらも、どこかですれ違いを感じていた2人。意見が一致せず、なかなか考えをまとめられなかった。
「とにかく、緊急事態が起きたときには、すぐにでもマイちゃんを出すわ。今のジーザスの最大戦力はマイちゃんとカグツチだから・・・」
ミドリは言いかけて、ふと後ろめたい面持ちを浮かべた。
「でも、もしもマイちゃんがどうしても戦いたくないって言うなら、私は止められない。彼女は正式な星光軍の兵士じゃないもの・・」
「ミドリ・・・分かったわ。今はマイさんのこと、アンタに任せておくわ。でもアンタの選択が間違ってると思ったら、アンタが艦長でも反抗するからね。」
「ヨウコ・・・悪いね・・・」
ミドリはヨウコに励まされて、おもむろに笑みをこぼした。
「そういえば、みんなはどうしてる?落ち込んでたりしてない?」
「そうね。全然気にしていないとは言い切れないけど、何とか笑顔を見せているって感じね、みんな。やっぱり、マイちゃんのことを気にしてるみたいね。」
「そう・・ところでミコトちゃんは?」
「ミコトさん?彼女なら食事を済ませて、空気を吸いにいったん外に出て行ったわよ。そんな遠くには行かないと思って、何も声をかけなかったんだけど。」
「そう・・いやはや、そろそろジーザスの戦力を強化しておきたいと思ってね。とりあえずミコトちゃんと話し合いをしておきたいなぁって思ってね。」
腕を組んで悩む素振りを見せるミドリを見て、ヨウコは安心感を覚えて微笑んでいた。
「それじゃ、私はそろそろ自分の職務に戻るから。アンタもしっかりしなさいよ。」
「りょーかーい。」
席を立って艦長室を出ようとするヨウコに、ミドリが気のない返事をする。
「それと、借金はもうお断りだからね。」
「あぅ・・厳しいお言葉で・・」
付け加えてきたヨウコに、ミドリは苦笑いを浮かべるしかなかった。
ダークサイド、アルタイ王国の王城。その王室ではナギと、ニナとユウとの対面を果たしたセルゲイがいた。2人ともナオ隊の戦況を気にかけていた。
「ナオ隊、オーブのバルザース隊を壊滅したそうです。やはりシホ・ユイットとサクヤ・ミルキーズの参入は大きいですね。」
「そうだね。シアーズの残党のほとんどがこっちに寝返ってくれたから、ずい分助かったよ。」
セルゲイの報告にナギが気さくな態度で答える。
「ですが、シアーズの中には我々に反旗をひるがえしている者も少なくありません。いかがいたしましょうか?」
「そこは別に放っておいても構わないんじゃないかな。もう向こうにはエレメンタルガンダムやそれに近いMSも、それを動かせるパイロットもいないし。」
ナギのこの見解によって、ダークサイドはシアーズへの敵意を見せないこととなった。セルゲイもレイトも反論しなかった。
しばらくそのような談義を行っていると、戦いを終えて帰還してきたシホとサクヤが王室にやってきた。
「ご苦労様、シホちゃん、サクヤちゃん。君たちが頑張ってくれたおかげで、早くバルザースを倒すことができたよ。」
ナギが淡々と声をかけるが、シホもサクヤもただただ頷いて一礼するだけだった。
「そんなに堅苦しくしなくてもいいよ。君たちは君たちの意思でここに来たわけだから。」
苦笑いを浮かべるナギ。シホがおもむろにセルゲイに視線を向けていた。彼の姿があまりにユウと酷似していたため、彼女の一途な気持ちが揺らぎだしていたのである。
「セルゲイのことが気になるかい?そうだよね。セルゲイは君のお兄ちゃん、ユウ・ザ・バーチカルにそっくりだからね。」
ナギがシホに声をかけると、シホはさらに戸惑いの表情を見せる。するとナギは気さくな笑みを浮かべる。
「よかったのかい?僕たちにつくと、ライトサイドにいるお兄ちゃんと戦うことになるよ。」
「それでもいいよ・・シホの信じてるお兄ちゃんは、シホを絶対に裏切らないから・・・」
シホがナギに対して微笑みかける。しかしその笑みは少し陰ったものとなっていた。
セルゲイが戸惑いの面持ちを浮かべていると、シホの横にいたサクヤが一歩前に出る。
「殿下、セルゲイさん、お願いがあります。」
サクヤの申し出に、ナギがきょとんとした面持ちで視線を向ける。
「私に、シアーズの攻撃をさせてください。」
彼女の申し出にナギとセルゲイが一瞬唖然となる。しかしナギはすぐに笑みを浮かべる。
「いいのかい?君は自分がいた国を、自分の手で滅ぼすというのかい?」
ナギが問いつめると、サクヤは無言で頷いた。
「君のお兄さんも・・?」
「・・お兄ちゃんは、私がここに連れてくる・・・お兄ちゃんは、私が守るから・・・」
サクヤは低くそう言うと、一礼して王室を出て行った。
「やれやれ。これはまたひと波乱ありそうだね。」
ナギは呆れ気味に微笑んで、サクヤが去っていくのを見送った。
クサナギ艦内のシズルの自室。シズルの介抱を受けていたナツキは、ひと眠りしたところでベットから起き上がっていた。
軽い運動をしていたところを、シズルが自室に戻ってきた。
「あら?ナツキ、動いて平気なん?」
「あぁ。何もしていないと体がなまってしまうからな。ムリしてでも動かしておかないと。」
シズルがきょとんとした面持ちで訊ねると、ナツキが動かしていた体を休めて彼女に振り向いた。
「せやけどあまりムリしはると、体を壊しますえ。」
「ありがとう。そろそろ終わりにして、また寝ることにしようと思っていたんだ。」
シズルに微笑みかけて、ナツキは再びベットに入り込んだ。彼女の姿を見て、シズルも微笑んだ。
「あのとき、私は自分でも何をやっているのか分からなかった・・・」
ナツキが唐突に語りかけると、シズルが笑みを消して耳を傾ける。
「母を死に追いやったダークサイドへの復讐のために、私は今まで戦ってきた。だけど、もしもあのとき止めようとしなかったら、私そのものがなくなってしまうと、無意識のうちに思っていたのかもしれない・・・」
ナツキは物悲しげに微笑んでいた。馬鹿げてる行為だと思いながらも、間違っていると思っていたり後悔したりしていなかった。
「本当は、私は全て失っていなかったかもしれない。自分の力で守り抜く、大切なものが・・・」
「ナツキ・・・」
自分の本当の気持ちを悟ったような気にしていたナツキ。その傍らでシズルは戸惑いを感じていた。
(ナツキ・・うちの大切なもんはアンタどす。せやからたとえどんなことになろうと、うちはナツキを守ります・・・)
シズルは胸中で、ナツキに対する気持ちを囁いていた。しかし彼女の気持ちがナツキと全く同じものでないことが、2人のすれ違いを生じていた。
兄、レイトに連れられて、ミコトはヴィントブルムの郊外の荒野に来ていた。その眼前には灰色のエレメンタルガンダム、ミロクの姿があった。
「ミコト、これがお前が動かすことになる機体、ミロクだ。このミロクが、お前にこの荒んだ世界を変える力を与えてくれるだろう。」
「はい、兄上。」
レイトの言葉にミコトは淡々と頷く。そして彼に促されるまま、彼女はゆっくりとミロクのコックピットに乗り込んでいく。
彼女がコックピット席についたのを見計らって、レイトもコックピットに乗り込む。
このミロクは2人乗りが可能となっているエレメンタルガンダムで、主な武装であるドラグーンの照準、発射と機体の操縦を分担することになる。もちろん操作を全て一括して1人で行うことも可能である。
「では行こうか、ミコト。私たちの変えるべき場所へ。」
「はい、兄上。」
レイトに命ぜられるまま、ミコトはミロクのシステムのスイッチを入れる。ミロクは飛び上がり、そのまま夜空を飛翔した。
ミコトとレイトを乗せて発進したミロクのエネルギー反応を、ジーザスのレーダーが感知していた。それを確認したアオイが、ミドリに連絡を入れる。
「ヴィントブルム付近に、巨大な高エネルギー反応を確認!」
彼女の報告を受けて、ミドリが作戦室に駆け込んできた。
「それで動きは!?攻撃してきてるの!?」
「いいえ。徐々にこのライトサイドから遠ざかっています!機体は・・エレメンタルガンダム、ミロクです!」
アオイのこの報告にミドリは息を呑んだ。ライトサイドにはエレメンタルテクノロジーを駆使して製造されたMSのデータが保管されている。その中の暗黒のエレメンタルガンダム、ミロクの登場に彼女は驚愕していたのだ。
(ミロク・・武装や機動性は、カグツチを超えるとさえ言われている最強最悪のエレメンタルガンダム・・ついに姿を見せてきた・・・!)
「ミロクのコックピット内、カメラが確認しました。登場しているのは、黒曜の君、レイト・バレルと・・!」
アオイがジーザスのカメラで、ミロクのコックピット内を探る。するとアオイは眼を疑いだした。
「ミコトちゃん!?」
「えっ・・!?」
彼女の声にミドリもさらなる驚きを覚える。モニターを確認すると、確かにミコトがミロクに乗っていた。
「ミコトちゃんが・・いったいどういうことなの・・・!?」
なぜミコトがダークサイドの機体に乗り込んでいるのか、ミドリもアオイも分からずに当惑していた。
「とにかく、このままミロクを見逃すわけにはいかない。けど、ミロクに対抗できるのは・・・」
ミドリは考え込んでいた。脅威的な機動力と武装を備えているミロクを止められる可能性があるMSや武装は一握りでしかない。
その力を備えている機体は、ジーザスの中ではただひとつ。
「マイちゃんの謹慎を解くわ。すぐにミロクを追わせるわよ。」
「は、はいっ!」
アオイがすぐに艦内に連絡を入れ、ミドリは作戦室を飛び出していった。
困惑を拭い去れないまま眠りについていたマイ。そのとき、彼女のいる独房の扉が開かれ、外の薄明かりを受けて彼女は眼を覚ました。
外のほうに視線を向けると、そこにはミドリの姿があった。
「ミドリちゃん・・・?」
「緊急事態が起きたわ。すぐにカグツチで出撃してほしいんだけど・・」
ミドリが普段見せないような深刻な面持ちでマイに声をかける。
「ミコトちゃんが出て行ったわ・・ダークサイドのMSに乗って・・・」
「えっ!?・ミコトが・・!?」
ミドリの言葉にマイは驚きをあらわにする。
「どういう事情でこんなことになったのか私にも分かんない。だけど、あの子はダークサイドの強力なエレメンタルガンダムに乗ってるみたいなの。あの子を呼び止めて、かつあの機体と渡り合えるのは、マイちゃんとカグツチだけなの。」
「ミコトが・・・」
「あなたに頼むのは不本意なことだけど、あなたにしか頼めないの・・・お願い、マイちゃん。ミコトちゃんを連れ戻してきて。」
ミドリが沈痛の面持ちでマイに頼み込む。それを受けてマイは困惑を隠せないでいた。
「タクミを失ったあたしには、もう戦う理由は、ううん、生きる理由もない・・だけど、こんなあたしでも力を貸してほしいって思ってる人がいるなら、あたしはその人のために戦いたい・・!」
マイは立ち上がり、自分が今すべきことを決意する。
「ありがとう、マイちゃん・・急ごう。」
「うん。」
感謝するミドリに頷き、マイは駆け出した。
ミドリにミコトを連れ帰ることを任せられ、マイは整備ドックに来ていた。そこではカグツチの発進準備をしていたチエと、マイのことが気がかりになっていたユウが待っていた。
「マイ、大丈夫か?・・オレが、代わりに・・・」
「ありがとう、ユウ。でもミコトは、あたしが連れて帰るから・・」
戸惑い気味に声をかけるユウに、マイは微笑んで答える。そしてカグツチのコックピットに乗り込み、システムチェックを済ませる。
「マイちゃん、お願い・・・」
ミドリが発進するカグツチを見つめて、マイにミコトを託す。
「マイ・エルスター、カグツチ、行きます!」
放たれたハッチから、マイはカグツチを駆ってジーザスから発進した。
黒い翼を持った白い機体が飛翔する夜空。その真っ只中に、闇を思わせる灰色の期待の背が見えた。
「ミコト!」
マイが通信回線を開いて、ミコトに呼びかける。すると眼前の機体が進行をやめて、カグツチに振り返ってきた。
「ミコト・・ミコトなんでしょ!?」
“・・・マイ・・・”
必死に呼びかけるマイの声に反応して、ミコトがカグツチの通信回線を通じて声を返してきた。
「ミコト・・どうして・・どうしてダークサイドの機体に乗ってるの!?」
“マイ・・これは私の機体なんだ・・兄上が、黒曜の君が私にくれた力なんだ・・・”
「黒曜の、君・・・!?」
ミコトの言葉にマイは驚愕を覚える。2人の話を聞いて、レイトは不敵な笑みを浮かべていた。
次回予告
見たくなかった現実。
知りたくなかった真実。
暗黒に染まったミコトの狂気が、苦悩するマイに容赦なく襲いかかる。
そして、ナツキを求めて彷徨うシズルの心。
その想いが、紫(ゆかり)の力を呼び覚ます。
生粋なる想い、解き放て、キヨヒメ!