GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-17「中立への反逆」
シアーズの最大戦力、アルテミスは討たれ、アリッサとミユはその命を閉じた。そしてマイの弟、タクミも救出されることなく、その炎の中に消えた。
押し寄せる激しい悲しみに打ちひしがれ、マイは完全に混乱してしまっていた。どうしたらいいのか分からず、戦場の虚空の真ん中で動かなくなっていた。
そんな中、主君を失ったエクリプスワンが信号弾を発射。全機の撤退を呼びかけた。
オーブの参戦で苦戦を強いられていたツキヨミ、スサノオーも撤退の意を示す。
(お兄ちゃん・・・シホは・・・)
シホがユウの乗るスラッシュザクファントムを見据えて、沈痛さを覚える。大切と思っていた兄と再び別れなくてはならないと感じながらも、彼女はこの場を引き下がることにした。
シアーズの撤退を見送って、オーブ軍も停戦し撤退していった。デュランを駆るナツキが、シズルのいるクサナギに向けて軽く敬礼を送っていた。
“星光軍、全機ジーザスに帰還。ジーザスに帰還してください。”
そして星光軍も、アオイから撤退の指示が送られてくる。
「マイ、ユウ・・・戻ろう・・みんな、待ってる・・・」
ナツキが困惑の面持ちでマイとユウに呼びかける。ユウはシホに対する戸惑いを、マイはタクミの死の悲しみをそれぞれ抱えながら、ジーザスに戻っていった。
何とか撃退したものの、シアーズから受けたライトサイドの被害は甚大だった。ヴィントブルムの直撃は免れたものの、その近郊の整備工場や森林地帯は崩壊し、人々の混乱を招いていた。
救助隊がフル活動し、工場や森林の鎮火や救助に全力を注いでいた。しかしそれでも人々の深まった不安を拭い去るには至らなかった。
この事態に、マシロとフミも動揺を隠せなかった。
「マシロ様、大変なことになってしまいました・・・」
フミが困惑の面持ちのまま声をかけると、マシロも沈痛の面持ちで答える。
「シアーズの力は、確実に私たちを脅かしました。現在その脅威は去りましたが、人々に不安を植え付けてしまったことも事実です・・」
「ですが、ジーザスのみなさんがいるので、すぐに落ち着きを取り戻しになるでしょう・・」
フミが笑みを作って、マシロに励ましの言葉をかけるが、マシロは沈痛さを表したまま首を横に振る。
「・・いいえ・・本当に避けなければならない事態は他にあります。」
「マシロ様・・・!?」
マシロのこの言葉にフミが眉をひそめる。マシロはこれから起こる運命をおぼろげながら予期していた気がしていた。
ライトサイドに助力をもたらし、シアーズを退けたオーブ軍。クサナギに戻ってきたニナ、アカネ、ユキノの傍らで、アルテミスを撃破したアリカが、エルスティン、イリーナから喜びの声を聞かされていた。
「すごいじゃない、アリカちゃん!シアーズのあのMSを倒しちゃうなんて!」
「うん、ホント・・私じゃそこまでいかなかったよ・・」
イリーナが満面の笑みを浮かべ、エルスティンがアリカの力のすごさを感じて微笑む。
「そ、そんなに誉められることじゃないよ。エルスちゃんも、私以上にすごい力を持ってるはずだから。」
「そんな・・ありがとう、アリカちゃん・・」
逆にアリカに誉められて、エルスティンが感嘆を覚えて頷く。
「それにしても、ヴィントブルムは大変なことになっちゃったね・・」
「そうだねぇ。街に直撃はしなかったけど、それでも騒動にはなっちゃってるみたい。」
アリカが戸惑い気味にライトサイドの心配をすると、イリーナも相づちを打つ。
「今から救助を手伝いに行ったほうがいいんじゃないかな?」
「その必要はありまへん。」
そこへシズルが、心配そうにしているアリカに声をかけてきた。
「あ、シズルさん。」
「もうすぐ落ち着きを取り戻すって連絡を受けはりました。うちらはひとまずオーブに戻りますえ。」
アリカをはじめ、クサナギのクルーたちに呼びかけるシズル。彼女の横に並び立ち、ハルカがユキノに眼を向ける。
「ユキノ、シアーズの動きを見張るわよ。引き返して反撃してこないとも限らないからね。油断大敵、絶対無敵、一騎当千!」
「ちょっと・・オーブの理念からずれてきてるよ、ハルカちゃん・・・」
勢い任せとも思えるハルカの言葉に、ユキノはそわそわした反応を見せる。それを気にしていないハルカとともに、ユキノは作戦室に向かっていった。
ジーザスに戻ってきたマイの心は重く沈んでいた。タクミを眼の前で失い、かつてないほどの悲しみを感じていた。
彼女のあまりの沈痛さを目の当たりにして、ナツキもミドリも声をかけることができず、寂しく部屋に戻っていく彼女を見送るしかなかった。
「辛いだろうね、マイちゃん・・・」
「そうだな・・タクミが自分の眼の前で死んだんだ。落ち着いていられるほうがおかしい・・」
ミドリが沈痛の面持ちで言葉を漏らし、ナツキも戸惑いの色を浮かべていた。
「とにかく、今はそっとしておいたほうがよさそうね。シアーズはしばらくは攻めてこないと思うけど、ダークサイドがいつ攻めてくるか分かんないし。」
「そうだな・・・だが・・」
ナツキが頷きながら視線をそらし、ミドリが疑問符を浮かべる。
「どうもイヤな予感がする・・・最悪の事態が起こらなければいいのだが・・・」
ナツキの発した意味深な言葉。現状の重々しさに、ミドリは思わず固唾を呑んだ。
「ところで、アキラは無事なのか?アルテミスの攻撃で、ゲンナイが大破してしまったようだが・・」
「えっ?う、うん。アキラくん自身の体の傷はたいしたことはないんだけど・・マイちゃんと同じで、心の傷のほうが深いみたい・・」
ナツキの唐突な問いかけに戸惑いながらも、ミドリは困惑気味に答える。
アキラもタクミを失って、悲しみに包まれた心は重く沈んでいた。マイと同様、迂闊に声をかけることができず、クルーたちは動揺していた。
自室に戻ったマイはベットに横たわっていた。悲しみに暮れている彼女は、タクミの薬の入ったピルケースを握り締めていた。
彼女の脳裏に、タクミの姿が蘇る。いつも優しく、笑顔を絶やさない少年の顔。彼女にとって弟というだけでなく、全てを賭けるに値する大切なものでもあった。
(あたしのせいだ・・あたしがちょっとでもタクミのことを想うことをやめたから・・・)
彼から離れ、彼を守れなかった自分を悔やむマイ。
(タクミ・・いつの間にか、あたしを追い越していたんだね・・あたし何かより、ずっとずっと強くなってたんだね・・・)
失って初めて気付く大切なものの本当の大切さ。彼女は後悔と同時に、弟の強さを感じていた。
(守りたかった・・あの子よりもあたしが死ぬべきだったのかもしれない・・・)
おもむろに暗い部屋の天井を仰ぎ見るマイ。
(タクミ・・今まで自分と戦ってきたんだね・・・でももう大丈夫だよ・・辛いことは、アンタを2度と苦しめることはないから・・・)
混乱が消えず、思考さえも混乱していた。
「タクミ・・・世界を見せたかった・・病院を出て、アンタと外を思い切り走り回って見たかった・・・」
タクミに対する自分の本心を口にするマイの心は、悲壮の海の底に沈んでいた。
「・・それを奪ったあの機体・・・絶対に許せない・・・」
やがてその悲しみは、燃え盛るような怒りに変わっていった。
「ふーん。シアーズがやられちゃったか・・・」
王室を訪れていたナギが独り言を呟く。彼は黒曜軍からの連絡を受けて、シアーズの崩壊を知らされたのだった。
「アリッサちゃんを失ったシアーズは事実上解散。ずい分あっけない幕切れだったね。でも、この結果僕たちに新しい戦力が加わったからいいけどね。」
ナギは王室の周囲を見渡しながら、含み笑いを浮かべる。
ライトサイド、オーブに敗れたシアーズはその後、ダークサイド、ナオ部隊の襲撃を受けて壊滅の末路を辿った。しかしこの戦いにおけるシアーズの敗北は、1人のパイロットがダークサイドに寝返ったことが最大の要因となっていた。
そのパイロットの名は、シホ・ユイットである。
「兄を想う少女、暗黒面に堕ちる、か・・さて、これからどんなことになるのかなぁ・・・」
笑みをこぼしながら、ナギは王室の扉を見据える。
「でも僕たちが彼らと戦う前に、ひと波乱ありそうだね。」
ナギはさらに呟きながら、王室を出ようとする。そこへ1人の兵士が扉を開け、彼に頭を下げる。
「どうしたの、慌てて?」
「黒曜の君、レイト・バレル様より伝令です。ライトサイドの水晶の姫、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルムの動向を監視せよ。超兵器を極秘に製造している可能性がある、とのことです。」
兵士の通達にナギは微笑み、一礼を送る。
「我が君の命ずるままに・・・」
ナギはレイトから命じられ、兵士とともに王室を後にした。
夜のジーザスの艦内は静かだった。パイロットたちはつかの間の休息を取り、この夜間活動しているのは機体や武装を整備している整備士と、敵からの警戒を行っている管制担当ぐらいなものだった。
この夜も通常通りレーダーの監視を行っていたアオイ。しかし敵襲は全く見られず、時間だけがすぎていた。
しばらく監視を続けていると、別のオペレーターが作戦室に入ってきた。
「アオイさん、頑張ってますね。」
「うん。突然攻撃を受けないように見ておかないとね。」
「でも、そろそろ交代の時間ですよ。」
「えっ?もうそんな時間なんだぁ。私、夢中になっちゃうと、他のことみんな忘れちゃうから、アハハ・・」
照れ笑いを浮かべて、アオイはオペレーターと交代し、自室に戻ることにした。その途中でチエに会おうと思い立ち、整備ドックに寄り道していくことにした。
夜の静かなドックは、わずかな音でも響き渡ってしまう。アオイの足音がドック内に鳴り響いていた。
その足音に気付いて、MSの点検をしていたチエが顔を見せてきた。
「おや?アオイ、レーダーの監視はどうしたんだい?」
「あ、チエちゃん。さっき交代してきたとこだよ。休む前にチエちゃんの顔、見ておこうかと思ってね。」
「アハハ、おかしなこと考えるね、君は。」
微笑むアオイの言葉にチエは思わず苦笑いする。
「それにしても・・ホントにすごいね、マイちゃんは・・・」
「えっ?」
微笑んで突然呟いたアオイの言葉に、チエがきょとんとする。
「軍の直接の訓練を受けてないのに、エレメンタルガンダムに乗って、あれだけすごい活躍をしちゃうんだから・・」
「・・そうだねぇ。あれだけすごいの見せられてしまうと、感服するしかないんじゃないかな。」
感嘆するアオイの言葉を聞いて感心を返すチエ。マイの飛びぬけた技量は、誰の眼からも明らかだった。
「あれ?」
「ん?どうした、アオイ?」
突然眼を凝らしたアオイに疑問符を浮かべるチエ。
「あれ、マイちゃんじゃないかな?」
「えっ?マイちゃん?」
アオイに促されて、チエも眼を凝らしてみる。彼女の眼にも、夢遊病者のように歩く人影が映った。
「ホントだ。誰かいるようだ。向かっているのは、カグツチのあるほうだ。」
互いの顔を見合って頷き合うチエとアオイ。2人はゆっくりとその人影の後を追うことにした。
外部からの侵入者という可能性はない。今までアオイが監視し、交代したオペレーターからの連絡もないからだ。
ジーザスのクルーの誰かが寝ぼけて迷い込んできたのかもしれない。チエとアオイはそう考えていた。
そして2人が考慮していた通り、人影はカグツチの前で足を止めた。
「ねぇ。カグツチの前で止まったよ。」
「もしかして、本当にマイちゃんなのかもしれないね。でもこんな時間、戦闘配備でもないのに何しようというんだろう・・?」
チエとアオイはじっと人影の様子をうかがう。人影はエレベーターを使って、カグツチのコックピットに移ろうとしている。
「まずい!」
チエはとっさに整備ドックのこのエリアの明かりを点灯させる。その瞬間、アオイの眼にカグツチに乗り込むマイの後ろ姿が飛び込んでくる。
「マイちゃん!?」
アオイの驚きの声を気にも留めず、マイはカグツチに乗り込んだ。そしてマイはカグツチのシステムの電源を入れる。
「マイちゃん、何を・・!?」
眼を見開くチエの眼前で、カグツチが動き出す。前進し、発射口に向かっていく。
「マイちゃん!マイちゃんやめて!止まって!」
アオイの声に耳を貸さず、マイはカグツチを駆る。
「緊急事態、緊急事態発生!整備ドックの隔壁を閉鎖します!」
チエがジーザス艦内に連絡を呼びかけつつ、ドックの制御コンピューターを操作する。ドックの隔壁が閉鎖し、カグツチの進行を阻む。
“ハッチを開けて・・でないと力ずくにでもハッチを破るから!”
感情のこもったマイの声が、整備ドックに響き渡る。その語気から、彼女は本気で隔壁を壊すこともためらわないだろう。
しかしこのまま彼女を外に出すわけには行かない。チエは隔壁の解放を拒んだ。
マイは引き下がらず、カグツチのビーム砲を発射して隔壁とハッチを破壊。そのまま飛翔して外に飛び出した。
「おいっ!何があったんだ!?」
その直後、騒動を聞きつけて駆けつけたナツキが整備ドックに駆けつけてきた。
「あ、ナツキさん!マイちゃんがハッチ破って外に出てっちゃったの!」
「何っ!?マイが!?」
慌てるアオイの言葉にナツキも声を荒げる。
「チエ、デュラン発進準備!私はマイを追いかける!」
「分かった!」
駆け出したナツキの指示を受けて、チエは隔壁とハッチを開放し、デュランの発進準備をする。
(マイ・・まさかタクミを失ったショックで、どうにかなってしまったというのか・・・!)
毒づき歯がゆい面持ちを見せながら、ナツキはデュランに乗り込み、システムの電源を入れる。
“いいよ!いつでも出られる!”
「分かった。ミドリや他の連中にも連絡を。」
チエの声に答えて、ナツキが発進に備える。
「ナツキ・クルーガー、デュラン、GO!」
ナツキがアクセルをかけ、デュランがジーザスから発進していった。
デュランのレーダーはカグツチのエネルギーを捉えていた。ナツキは引き離されないようにカグツチについていく。
(勝手にハッチを破ってまで、アイツは何をしようというんだ・・・!?)
マイのこの行動に疑念を感じながら、ナツキはカグツチが向かっている進路を推測する。その進路方向を確認した瞬間、彼女は眼を見開いた。
(アイツ・・オーブに・・・!?)
一方、オーブ旗艦、クサナギのクルーたちもつかの間の休息を楽しんでいた。クサナギの展望ブリッジから、アリカはよそ風を受けながらオーブの街を見つめていた。
「夜にそんなところにいたら、風邪を引いてしまいますえ。」
そこへシズルが声をかけてきて、アリカはきょとんとした面持ちを浮かべながら振り返る。
「あ、シズルさん・・大丈夫です。私、夜の街を見るのが好きなんです・・」
シズルに笑顔を見せてから、アリカは再び街を見つめる。夜の街は家々の明かりが点々と灯っていた。
「その明かりのひとつひとつが命の輝きみたいで、平和の数を示しているような感じがするんです。」
「そうどすなぁ・・誰もが幸せでいられるために、うちらが気張らなあかんのです。せやさかい、夜はあまりムリせんといて、ゆっくり体を休めなはれ。」
シズルに言われてアリカは頷き、ブリッジから自室に戻ろうとする。
そのとき、夜空を貫いて一条の閃光がクサナギの前方部を直撃した。
「な、な、何なの、何なの!?」
直撃を受けた艦に揺られながら、アリカが慌てふためく。シズルが真剣な面持ちになって、近くの通信機に駆け寄る。
「どうしはったんどすか!?」
“シズルさん!ビーム砲が艦に直撃しました!ヘルダート2門使用不能!”
シズルの呼びかけにレーダーの確認をするユキノが答える。
“南南西、距離600!MS、カグツチです!”
「カグツチ・・・!?」
ユキノの報告にシズルとアリカが驚きをあらわにする。強い風に煽られて上空を見上げた2人の視線の先に、ライトサイドのエレメンタルガンダム、カグツチが姿を現した。
憤りを抑えきれないまま、カグツチを駆るマイが通信回線を開いた。
“オーブ軍MS、コーラルを出しなさい!さもないとクサナギへの攻撃を続行します!”
マイの言葉にクサナギのクルーたちが息をのむ。カグツチがビームライフルを握り締め、銃口をクサナギに向ける。
「どうやら本気、みたいどすなぁ・・」
「シズルさん、私、行きます!」
ひとつ吐息をつくシズルに、アリカがきびすを返しながら声をかける。
「せやけど、アリカさんが出てって大丈夫やろか・・?」
「向こうは私をご指名してきたんです。だったら私が出てきてあげないと。」
少し心配そうな面持ちを見せるシズルに、アリカが真剣に頷く。そしてコーラルに乗り込むべく、整備ドックへと駆け出した。
次回予告
感情の赴くまま、力を振るうマイ。
その猛威に立ち向かうべく、飛び立つアリカ。
正義、平和、幸福、憎悪、安寧。
全ての感情が2人の少女とともに衝突する。
そしてついに、悪夢が現実となった。
怒れる心、解き放て、カグツチ!