GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-14「遥かなる時の中で」
マイたちと離れ、1人遊歩道を歩いていたミコト。いつしか彼女は街の中に足を踏み入れ、その中にあるいろいろなものに興味を示していた。
中でも食べ物に対する興味は絶大で、眼を輝かせて見つめるほどだった。
そんな彼女がふと、ビルに設置しているTVに眼を留めた。その画面には不敵な笑みを浮かべている黒髪の青年が映し出されていた。
「あれは・・・」
ミコトはその青年から眼を離せなくなる。魅入られたかのように、画面に釘付けになる。
「あれはもしかして・・・兄上・・・!?」
青年の姿を見て、探し求めている兄の面影を思い返すミコト。彼女の中にある何かが、雛が殻を破るように解き放たれ始めていた。
“ミコト、お前に大切なものがあるなら、それを守るんだ。たとえ、戦うことになっても・・”
兄の言葉が鮮明に彼女の脳裏を駆け巡る。それが衝動となり、彼女は再び歩き出した。
タクミを連れ去るため、病院に乗り込んできたアリッサとミユ。アキラは彼女たちと対峙しながら、タクミを取り戻す機会をうかがっていた。
「ライトサイドを狙うなら、オレみたいな直属のパイロットやクルーだろ!タクミは関係ない!」
「この子はマイさんの弟。十分に関係ありますよ。」
苛立ちを押し殺して問いつめるアキラに、アリッサは淡々と答える。
「タクミ・エルスターをこちらに引き込めば、カグツチのパイロット、マイ・エルスターは迂闊にこちらへの攻撃ができなくなります。」
「ふざけるな!そのためにタクミを・・・!」
淡々と告げるミユに憤慨するアキラだが、タクミを抱えているミユを相手に迂闊に飛び込むことができなかった。
「我々には、なさねばならない崇高な使命があるのです。もしも邪魔をするなら、ここであなたを排除いたします。」
ミユが左手をかざすと、その手が形を変えて剣となる。彼女はシアーズが開発した人造人間で、体内に様々なシステムや武装を内蔵している。
さらに飛び込むのが困難になり、アキラは苛立っていた。
「タクミ、ゴメン!ちょっと忘れ物を・・・」
そこへサイフを取りに戻ってきたマイがやってきた。彼女は病室内の光景を目の当たりにして一瞬唖然となる。
「何、これ・・・タクミ!」
ミユに抱えられたタクミに眼が留まり、マイが眼を見開く。
「どうやらあなたも現れたようですね、マイ・エルスター。」
「アリッサちゃん・・ミユさん・・・!?」
小さく微笑むアリッサにも、マイはさらなる驚愕を覚える。
「どうして・・どうして2人がタクミを!?」
「彼はライトサイド攻略のために必要な存在なのです。あなたには申し訳ありませんが、こちらに預からせていただきます。」
「やめて!お願い、タクミを返して!」
マイが悲痛の声を上げる。彼女の悲壮に共感を覚えたアリッサは、ひとつの申し出を告げた。
「シアーズに降伏しなさい。今、この場で従うなら、タクミさんは無事に返しましょう。」
「やめろ!そんなことをしたら、ライトサイドが・・!」
言いとがめるアキラだが、ミユの剣に阻まれて言葉を呑む。その眼の前でマイは考えあぐねていた。
アリッサの要求を呑めば、タクミを助けることができる。しかし自分がシアーズに加担すれば、確実にライトサイドは崩壊の末路を辿ることになる。
どちらを選んでも確実に誰かを落とし込むことになる。マイは葛藤し、ひどく苦悩していた。
(・・・ゴメン・・あたし・・タクミを見捨てるなんてできないよ・・・)
マイは物悲しい微笑みを浮かべて、小さく頷く。それを承諾と見たミユに、彼女はゆっくりと近づいていく。
「・・お・・お姉ちゃん・・・」
そのとき、タクミがおぼろげに口にした囁きが、マイの耳に届く。彼女は思いとどまり、硬直したように足を止める。
その瞬間、割れた窓から1つの影が飛び込み、拳を突き出してきた。ミユはタクミを抱えたまま、とっさにこれをかわして外に飛び出す。
飛び込んできたのはミコトだった。彼女は常人離れした身体能力を駆使して飛び上がり、ミユに攻撃を仕掛けたのだった。
「ミコト・・・!?」
「マイ、大丈夫か!?」
当惑するマイに声をかけるミコト。ミコトはすぐに気持ちを切り替えて、アリッサと外に出たミユを鋭く見据える。
ミユは巧みな動きで着地しており、タクミも彼女に抱えられながら眠っていた。
「今回はここまでにします。マイ・エルスターさん、あなたの答えは後々聞くことにしましょう。」
アリッサが微笑んだ直後、突如機体が1機病院の前に急降下してきた。差し出されたその手の上に、アリッサは飛び移る。
シアーズの量産型MS、アストレイである。アストレイは様々な基本武装の装備が可能で、いかなる状況にも対応できるよう設計されている。
ミユもタクミを抱えたまま、アストレイに飛び移る。
「タクミ!」
マイが必死に叫ぶが、タクミを助け出す力は今の彼女にはなく、また彼は眠りについたままだった。
「今度は戦場で会いましょう、マイさん。」
アリッサたちを連れて、アストレイは飛翔する。マイとアキラはタクミを助けることができないまま、シアーズの機体を見送ることしかできなかった。
ミコトを探してついに街のほうに足を踏み込んだユウ。この人だかりの街の中にいる可能性は高いが、探すのは困難なことだった。
「全く、ミコトのヤツ、いったいどこに行っちまったんだよ・・」
ユウが頭に手を当てながら、さらに捜索を続ける。そして彼は街の中央広場に行き着く。
そこで彼は眼を疑い、足を止める。青い髪の少女と向き合っている自分そっくりの青年を。
「・・オ、オレ・・・!?」
ユウは思わず驚愕の声を漏らす。その声に気付いて、青年と少女が彼に振り返る。
「お前は・・・」
青年は自分と瓜二つの姿の相手を目の当たりにしながらも、動揺せずに落ち着きを払っている。
「会うのは初めてになるかな。ビックリして当然かもしれないな。」
「どういうことですか・・・お養父様が、2人・・・!?」
青年、セルゲイの隣にいた少女、ニナも動揺を隠せない心境だった。
「彼はオレの父親でも家族でもない。だけど、オレとは深く縁のある人物だ。」
セルゲイの言葉の意味が分からず、ユウもニナも言葉を返せなかった。
「自己紹介がまだだったな。私はダークサイド、アルタイ王国大使館、セルゲイ・ウォン。彼女、ニナ・ウォンの養父であり・・」
セルゲイはニナを紹介しつつ、ユウを鋭く見据える。
「ユウ・ザ・バーチカル、お前の父、ジン・バーチカルのクローンだ。」
セルゲイの口から語られた真実に、ユウもニナも驚愕を覚えた。静寂をかき消す人ごみの中で、2人は自分がいるこの場だけ時間が止まっているかのような重い空気を感じていた。
その沈黙を破ったのはニナだった。
「どういうことですか、お養父様・・・お養父様が、クローンって・・・!?」
彼女の困惑の声に、セルゲイは半ば苦笑する面持ちで答える。
「ニナ、オレとお前は本当の親子ではなく、戦争で家族を亡くしたお前を引き取ったことは知っているな?」
セルゲイの問いにニナは気持ちを落ち着けようとしながら頷く。
「アルタイ王の側近として尽くしてきたウォン家だったが、ある世代に子供が誕生しなかった。ウォンの血筋を受け継いでいたジン・バーチカルは、自らの細胞をベースに分身を生み出した。ウォン家の継承者として。」
「そのクローンがお前だって言うのか・・・!?」
ユウが固唾を呑んで訊ねると、セルゲイは顔色を変えずに頷く。
「だがオレは自分を、ウォン家の継承のためだけに生まれたとも、父さんやお前の変わり身だとも思っていない。オレはオレ、セルゲイ・ウォンであり、ナギ殿下に仕えるアルタイの大使館であり、ニナの父親だ。」
セルゲイの言葉には彼の決意が込められていた。どういう目的で自分が生まれてきたのかなど関係ない。今の現状を受け入れ、今を生きていくだけ。彼はそう心に決めていた。
「ユウ・ザ・バーチカル、お前はライトサイドの軍人。オレとは敵対する立場だ。次に会うときは、覚悟することだな。」
セルゲイは鋭く言い放つと、振り返ってニナに背を向ける。
「待ってください!お養父様、私も一緒に・・・!」
父と別れたくない一心の二ナ。セルゲイはそんな彼女に振り向き、小さく笑みをこぼす。
「ニナ、お前はオーブの軍人だ。お前は中立と平和のために尽くせ。」
「でも、お養父様・・それではお養父様が・・!」
「お前まで闇に陥れるわけにはいかないんだ・・・!」
悲痛の声を上げるニナを言いとがめるセルゲイ。父に諭されて、彼女は立ち去っていく彼をこれ以上追うことができなかった。
「なぁ・・そろそろ戻ろうか・・・」
困惑を隠しきれないでいたニナに声をかけたのはユウだった。彼女は眼に涙を浮かべたまま、彼に振り向く。
「どうもすみません・・でも1人で大丈夫ですから・・・」
ユウに父親の面影を重ねながら、ニナは1人で歩き出していった。
ヴィントブルム城を出て、街のそばにある草原に来ていたマシロとフミ。マシロは一途な思いを胸に秘めながら、その中心で待ち続けていた。
「ジーザスのみなさんには、申し訳ないことをしてしまいました・・黙ってこんなところに来てしまって・・・」
「大丈夫ですよ、マシロ様。ミドリさんもみなさんも分かってくださいますよ・・」
沈痛の面持ちを見せるマシロを必死で励ますフミ。
「あなたにはご迷惑をかけてすみません、フミさん。」
「お気になさらず。私はマシロ様のメイドですから・・」
フミはマシロをさらに励まし、初めて出会った日のことを思い返していた。
彼女は戦争中に家族を失った。傷だらけの中、戦火の絶えない廃墟の街を彷徨っていた。
瀕死に陥ろうとしていた彼女の前に、差し出された少女の手。フミはもうろうとする意識の中でその手を取った。
するとおぼろげに見えてくる少女の微笑み。フミはその微笑を目の当たりにして、凍り付いていた心に光明を宿した灯が伝わったような心地よさを覚えた。
それがマシロとフミの出会いだった。ヴィントブルムの名は、彼女が王城に入ったときにマシロから与えられたものだった。それ以後、フミはマシロのメイドとして、彼女に全てを捧げることを心に決めたのだった。
「もしもあのとき、マシロ様が手を差し伸べ、ヴィントブルムに招き入れて下さらなかったら、私は今を生きてはいなかったでしょう・・マシロ様は、私の全てですから・・・」
「ありがとう、フミさん・・フミさんのその気持ちだけで、私はこの世界を生きていられるのです・・・」
マシロもフミに心から感謝していた。車椅子の生活をここまで支えてくれたフミに、マシロもいつしか心を奪われていたのである。
そんなあたたかな気持ちを心に秘めていたそのとき、マシロはただならぬ気配を感じて顔色を変える。彼女たちが振り向いた先では、そよ風が流れる中で、1人の黒髪の青年が立っていた。
ダークサイドの黒曜の君、レイト・バレルである。
「久しいな、水晶の姫、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルム。」
「本当にお久しぶりです・・黒曜の君、レイト・バレルさん・・」
淡々とした口調で挨拶を交わすレイトとマシロ。
「なぜあなたがエレメンタルテクノロジーの封印を解いたかを問うつもりはありません。ただ、私は一刻も早く、この血塗られた戦いに終止符を打ちたい。そう思っています。」
「お前もいつの間にか、戯言を口にするようになったか・・この現世において古代科学を使用したのは、お前とて同じであろう。」
落ち着きを払うマシロをレイトはあざ笑う。
「エレメンタルテクノロジーを使い、永遠の若さと半永久的といえる寿命を得た古代人の姫よ。」
レイトの口にした言葉を聞いても、マシロは一切顔色を変えない。彼女の真実を知っていたため、フミもさほど動揺を感じていなかった。
「あなたこそ、なぜ古代科学の力を使い、この世界に混乱を招くのですか・・お兄様・・・!?」
マシロが初めて戸惑いを込めてレイトに呼びかける。しかしレイトは不敵な笑みを浮かべたままである。
「私は気付いたのだ。この世界がいかに矛盾で理不尽か。故にこの世界はもうダメだ。古代科学が封印されて以来、何も変わっていない。未来永劫、これからも変わることはない。」
「それは違います。世界は常に向上し、人も心身ともに強くなっているのです。たとえ世界に脅威をもたらした古代科学に今は及ばなくとも、世界は確実に成長を続けているのです。」
「古代科学に及ばないからこそ、人は変われない。それどころ人は古代科学の力を欲し、現に魅入られている始末。シアーズがそのいい例だ。」
胸中で歯がゆい思いを感じていたマシロと、彼女をあざけり続けるレイト。古代の世代から生き続けた兄妹はいつしかすれ違い、やがて光と闇のように対称的となってしまっていた。
今まで繰り広げられた血塗られた戦線の数々。それは全て自分の責任だとマシロは思っていただからこそ彼女は、世界を崩壊へと導こうとしているダークサイドの意向を止めようと懸命になっていた。
「マシロ、お前たちライトサイドやオーブに、我々の力を止めることはもはや皆無。なぜなら・・」
レイトが言い放った直後、突如3人のいるこの草原に灰色の機体が降下してきた。
「これは、まさかあなた・・!?」
「そうさ。封印を解いたのさ。闇に彩られたエレメンタルガンダム、ミロクの封印を!」
驚愕するマシロの眼前で、眼を見開いて哄笑を上げるレイトがミロクのコックピットに乗り込む。
「今はほんの挨拶さ。だがマシロ、この次に会うときには、このミロクの脅威を存分に見せ付けてやろう。」
(ミロクを完全に使いこなすことのできる人材とともに・・)
胸中であらなる目論みを思い返しながら、レイトはマシロとフミに言い放ってミロクを飛翔させた。
「マシロ様・・・」
フミが困惑の面持ちでマシロに声をかける。マシロは戸惑いながらも、冷静を装ってフミに答える。
「まさかミロクが解き放たれていたとは・・おそらくミロクの力は、カグツチさえも凌駕するでしょう・・」
「それでは、もう・・・」
「いいえ。いつかこうなることを予期して、私は策を講じてきました。しかし、アレを動かすことのできる人を、まだ見出せてはいません。」
「見出す・・・?」
首を横に振るマシロの言葉の意味が分からず、フミは疑問符を浮かべる。
(彼女なら希望を託すことができるかもしれません・・・ですが、私は彼女の真意をまだ見出していません・・・)
マシロは一途な希望を感じていたものの、それに賭ける時期ではないことも感じていた。
マシロとレイトは古代人の兄妹だった。2人は幼い頃から心を通わせるほどに仲がよかった。
しかしマシロは11歳のとき、不慮の事故で瀕死の重傷を負った。妹を必死に助けようとしたレイトだが、当時の医療技術で彼女を助けることはできなかった。
古代科学、エレメンタルテクノロジーを除いては。
レイトは苦渋の選択を迫られながらも、マシロを古代科学の技術によって治療することを決めた。結果、彼女は一命を取り戻した。
しかしこの治療には大きな代償があった。それは肉体の成長が完全に停止してしまうことだった。11歳のまま、その姿は全く変わらないのである。
だがこの代償には大きなメリットもあった。彼女は永遠の若さを手に入れたのだ。つまり、老いて死ぬことがなくなったのである。
この出来事がきっかけで、エレメンタルテクノロジーがどれほど強大な科学力を備えているかを、世界中に知らしめることになった。古代科学の向上や発展を純粋に考える人がほとんどだったが、中にはその力を欲したり悪用したりする人まで現れた。
そして抗争から始まった争いは、いつしか複数の勢力による戦争へと発展してしまった。それを見かねたレイトとマシロは、打開の糸口を必死に見つけようとしていた。
それが2人の考えの違いによるすれ違いが始まっていた。
マシロは世界に生ける全ての人が手を取り合えるように考えていたが、欲や野心に駆られた人々に疑念を抱いていたレイトは、愚かな人間全てを滅ぼそうと企んでいた。マシロは必死に説得するが、レイトの凍てついた心は変わらなかった。
これが星光面(ライトサイド)と暗黒面(ダークサイド)の分岐だった。戦争はさらに激化し、そしてついにエレメンタルテクノロジーを駆使したMS、エレメンタルガンダムが製造された。
ついにマシロは1つの決断を下した。それはエレメンタルテクノロジーが生み出した全ての武器を破棄し、そのデータ全てを封印することだった。
これを実行したことで当時の戦争は終幕した。しかしマシロとレイト、ライトサイドとダークサイドの対立は拮抗したままだった。
そしてレイトは古代科学の産物の中から成長停止剤を投与した。彼もマシロ同様、永遠の若さと半永久的な命を得たのだった。
マシロはライトサイドの水晶の姫として、レイトはダークサイドの黒曜の君として現代まで生きてきた。彼らが古代人であり、なおかつこの過去を知っている人間は、ライトサイド、ダークサイド双方においてもほんの一握りしかいない。
(私は時代の傍観者。今起きている悲劇の根本を知りながら、何もできずに見守ってきました・・)
自分の過去と悲劇を静かに思い返していたマシロ。遥かなる時の中で、光と闇の戦いにおいて何の打開もできないでいた自分の無力さを呪っていた。
(ですが、これ以上の悲劇を生み出さないためにも、私はあなたを倒さなくてはならないのですね・・・)
「行きましょう、フミさん・・・」
「・・はい、マシロ様・・・」
レイトを見据えながら、マシロはフミに呼びかけた。フミは何も聞かずに、マシロを連れて草原を後にしてヴィントブルムに戻った。
次回予告
マイの心は、タクミを助けたいという気持ちで満たされていた。
ジーザスのクルーたちに励まされるも、その慟哭は晴れなかった。
そんな中、ライトサイドに向けて進撃を開始するシアーズ。
天使の羽根が破壊の光となり、虚空を貫いた。
天空の閃光、轟かせ、アルテミス!