GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-08「混迷の虚空(そら)」
ジーザス整備ドックの片隅に置かれている戦闘シュミレーター。パイロットのための戦闘訓練の一端として利用されるのだが、大抵暇つぶしのゲーム感覚で扱われていた。
この日も数人のクルーたちが、遊び半分で利用していた。
「あちゃー、またやられちゃったよー。」
「なかなかうまくいかないもんだね。」
「次、次あたしがやる〜!」
賑わいを見せる整備ドック。そんな彼女たちを、チエ、アオイ、ミコトが発見する。
「やれやれ。完全に遊び道具になってしまってるね。」
「でもゲーム感覚でいろいろ学べたらいいよね、チエちゃん。」
チエが少しばかり呆れた面持ちを見せ、アオイがその横で期待感を膨らませている。
「なぁ、あれは何だ?みんな、何をしているんだ?」
ミコトが気になって、チエたちに訊ねる。
「あれはパイロットのための専用シュミレーションマシン。といっても、みんな遊び半分でやってるみたいで、今じゃいい暇つぶしの道具になってしまっているけどね。」
「面白そうだな・・私もやってみてもいいか?」
「あくまで訓練の一環だからね。構わないけど、順番は守ろうね。」
チエが了承の言葉をかけると、ミコトは満面の笑みを見せる。そして機体に胸を躍らせて、シュミレーターへと駆け寄っていった。
マイが出て行ってから、タクミの面倒をアキラが見ていた。マイが買っていたりんごの1個を、アキラは器用にナイフで切り分けていた。
「ありがとう、アキラくん。いつも助けてくれて。」
「いいって、いいって。お前は自分のことを第一に考えてりゃいいんだ・・・それにしてもお前の姉ちゃん、ずい分長く先生と話してるんだな。」
タクミの感謝を受けながら、アキラは時間を気にして呟く。もしかしたら、とても重要な話でもしているのかもしれない。アキラだけでなく、タクミもそう思い始めていた。
「大丈夫だろう。姉ちゃんはけっこうなしっかり者だからな。それはオレよりお前のほうが分かってると思うぞ、タクミ。」
「うん。でも・・身近にいるからこそ、分からないことがあるのかもしれない・・・」
「タクミ・・・」
うつむくタクミにアキラも困惑を見せる。近しいから遠く感じると、タクミは少なからず思えてしまっていたのである。
「本当なら、時間をかけてゆっくりと話をしたいんだけど、お姉ちゃん、僕のために休む時間を惜しんで働いてくれてるから、その時間もなかなか取れなくて・・・」
「そうか・・・だったら言いたいことを考えておいたらいい。それまで時間はあるわけだから。」
アキラがタクミに励ましの言葉をかける。
遅かれ早かれ、姉弟でじっくりと話し合うときがやってくる。そのときに話しておきたいことが分からなかったら元も子もない。
アキラはタクミに、それまで考えをまとめておくことを勧めたのである。
こうして2人が話をしているうちに時間がたち、マイがユウと一緒に病室に戻ってきた。
「あ、あれ?ユウさん、病院にいたんスか?」
「あ、アキラ?・・まぁな。ちょっと診てもらってたんだけど、心配はいらねぇよ。」
少し驚き気味のアキラに、ユウが気さくな態度で答える。その横で、マイがタクミが微笑ましくしているのを見て安堵を覚える。
「タクミの言ったとおりだった。徐々にだけど調子がよくなってるって、医者も言ってたよ。」
マイが医者との話を告げると、タクミは笑みを崩さずに頷いた。それを見て彼女は改めて笑顔で頷いて見せた。
しかし彼女は心の中で、アキラと離していたタクミの本当の気持ちに対して困惑していた。つなぎとめていたものが断ち切れていると思えて不安になっていたのである。
「さて、そろそろ時間だから帰るね。タクミ、しっかり寝て、しっかり食べるのよ。」
「分かってるよ、お姉ちゃん。」
マイが振り返り、タクミに注意を告げてから病室を立ち去っていく。
「オレも戻らなくちゃな。」
「オレも・・タクミ、お姉ちゃんがいないからって、寂しがるなよ。」
「もう、アキラくん、ひどいなぁ。」
立ち上がり様にからかってきたアキラに、タクミが気恥ずかしそうに笑みをこぼす。
「とにかく、あんまりムチャするなよ。」
そういってアキラは、ユウと一緒に病室を後にした。そしてタクミは横になり、熟睡に入った。
ようやくナオ隊との合流を果たしたハイネ隊。自分の機体の状態を確認した後、ハイネは依然として憮然としているナオに近寄った。
「久しぶりだな、ナオ。黒曜の君の報告を受けて、オレもここまで来させてもらったぜ。」
「あたしのことはジュリエット・ナオ・チャン、あるいはナオ隊長って呼んでよね。あたしもアンタと同じ、1部隊を動かしてる隊長なんだから。」
気さくに声をかけてくるハイネに、ナオがムッとした面持ちで答える。
「何?お前、隊長って呼ばせてんの?」
彼女の返答にハイネが呆れた面持ちを見せる。
「確かに部隊には、それを率いるリーダーが必要だ。だけど隊長だろうと貴族だろうと平民だろうと、戦場に出ればみんな同じだろ?」
「言ってくれるじゃないの。でもあたしは下の兵士たちとは違う。あたしにはエレメンタルガンダムも、それを動かせる力もある。同じにされたら、滅入っちゃうのよ。」
「ふう・・いやでもさぁ、そうやって壁作って、孤立するのはあんまよくないんじゃないの?」
「あたしはそれで構わないのよ。同じ隊長格のアンタに説教されたくないね。」
ナオはハイネに言い放って、ふてぶてしくその場を離れようとする。そこへ兵士が1人駆け込み、彼らに敬礼を送る。
「ナオ隊長、ヴェステンフルス隊長、出撃準備、完了いたしました!」
「ハイネだっての!全く、どいつもこいつも型にはまっちゃって。」
兵士の連絡にハイネが呆れ果てる。彼の反応を見て、ナオが妖しい笑みを浮かべる。
「アンタも言ってることと違うじゃん。それとも部下に見放されてるとか。」
「きついこと言ってくれるなぁ・・まぁ、今日からオレたちは仲間ってことだ。息合わせてバッチリ行こうぜ。」
「フンッ!」
あくまで気楽な態度を続けるハイネに、ナオは鼻で笑って立ち去っていった。
ダークサイドの次の襲撃に備え、話し合いをしていたミドリとヨウコ。しかし決定的といえる策は見当たらず、気分転換のために医療室から整備ドックに向かって歩いていた。
「やっぱり深く考え込むのはダメだね。細かいことには向いてないってのに。」
「そんなアンタがここの艦長になれたのは奇跡かもしれないわね。正義感が強くて、指揮能力が高いからって。」
呆れた面持ちを見せるミドリに、ヨウコがため息をつく。
しばらく歩くと、2人はいつしか整備ドックに辿り着いていた。そこで2人は戦闘シュミレーターに集まっている少女たちを眼にする。
「あの子たち、またあれで遊んでるわね。」
「まぁ、いいじゃないの。何事も楽しみながらやるのが1番やりやすいんだから。」
ミドリが気さくに言葉を返すと、ヨウコが完全に呆れ果てる。
「艦長のアンタが注意しないでどうするのよ。」
代わりに戯れている女性クルーたちに注意しようと近づく。
「あなたたち、こんなところでいつまでも・・・」
注意を促したヨウコは、そこで眼を疑った。
今シュミレーションを行っていたのはミコトだった。マシンは彼女のシュミレーションの達成率が、92%をはじき出していた。
「ちょっとヨウコ、どうしたのよ、いきなり黙っちゃって・・」
そこへミドリが割り込んで顔を覗かせてきた。ミコトの見事なまでのシュミレーション達成率を目の当たりにして、彼女も驚きを覚えていた。
「す、すごいじゃないの、ミコトちゃん!こんな好成績、このジーザスのパイロットでもそうはいないわよ!」
ミドリが満面の笑みを浮かべて喜ぶが、ミコトは集中しているのか、さらなる疑似戦闘に没頭していた。そして数分後、シュミレーションを終えたミコトがひとつ息をつく。
「すごいじゃない、ミコトちゃん!感動しちゃったよー!」
「狙った敵機見逃してなかったし、ほとんど攻撃受けなかったし。」
アオイもチエも、ミコトの好成績に圧巻していた。
「そうか?私はそういうことをした覚えがない。多分、昔にそういうことをしていたのまもしれないが・・」
ミコトは戸惑い気味に答える。彼女が出したシュミレーションの成績、達成率93.76%は、彼女のMSでの実力を如実に表していた。
タクミと別れ、病院の外に出ていたマイ、ユウ、アキラ。彼らがライトサイドのために戦っているであることなど、タクミは知る由もないだろう。
「そういや聞いてなかったな。タクミ、どんな病気なんだ?・・よければでいいんだけど、教えてもらえないか・・・?」
「・・そうね。アキラくんに免じて、アンタにも特別に教えてあげるわ。」
戸惑い気味のユウの質問に、マイは冗談混じりな態度を見せる。
「あの子、心臓の病気なの・・少し動いただけですぐに息が上がっちゃうの。」
「それで、治す当てはあるのか?」
「うん。その病気を専門にしている医者がいるんだけど、なかなかドナーの順番が回ってこなくて。それに、治療費もバカにならないし・・」
マイの話を聞いて、ユウとアキラも悲痛さを覚える。
「そうか・・・ま、なるようになるんじゃないのか?」
「・・そうね・・なるようになるよね。」
ユウの気さくな態度の励ましを受けて、マイが微笑んで頷く。
死ぬ運命しか待っていない人間なんていない。必ず生きる希望があるはずだ。マイはその希望を信じようと心に決めた。
攻撃対象にしていたのは、ダークサイドではなく、ライトサイドのエレメンタルガンダムと知り、アリカはひどく落ち込んでいた。ニナが憮然とした態度を続けている傍らで、エルスティンが励ましの言葉をかけているが、アリカはなかなか立ち直れなかった。
「アリカちゃん、そんなに落ち込むことないよ。」
それでも必死にアリカを励まそうとするエルスティン。
「仕方なかったんだよ。アリカちゃんはみんなの平和と幸せのために頑張ったんだから・・」
「ありがとう、エルスちゃん・・でも私、もうダメかも・・・」
しかしアリカはなかなか立ち直れないままだった。
「もうよしなさい、エルス。あんまりしつこくやっても逆効果よ。」
そこへニナが呼びかけ、エルスティンを制する。
「アリカ、やってしまったことをいつまでも悔やんでも仕方がないわ。どうしても悔やんでも悔やみきれないって言うなら、今度はそんな失敗をしないように心がけなさい。」
冷淡とも思えるような態度で言いつけて、ニナは休憩室を出て行こうとする。
そのとき、クサナギ艦内に警報が鳴り響いた。ニナとエルスティンも緊迫を覚え、周囲をうかがう。
“ダークサイドと思しきMSのエネルギーを感知。パイロットは直ちに搭乗口に急行して下さい。”
オペレーターのユキノの声が艦内に響き渡る。ニナがアリカに眼をかけながらも、気持ちを切り替えて自分の機体の元へと向かう。
「アリカちゃん、とにかく今は行こう。みんなのために、私たちが頑張らないと。」
アリカに最後にひと言言って、エルスティンも休憩室を出て行った。一抹の迷いを抱えたまま、アリカも搭乗口に向かっていった。
慌しい様子を見せているクサナギ内のドッグ。本来オペレーターとして席についているユキノも、パイロットとして出撃しようとしていた。
「ハルカちゃん、私も、ハルカちゃんみたいにうまく戦えるかな・・・」
ユキノが心配そうな顔をすると、ハルカが笑みを浮かべて頷いてみせる。
「大丈夫よ、ユキノ。自分を信じなさい。アンタはこのクサナギのクルーの中で、1番努力してきたんだからね。」
「うん・・ありがとう、ハルカちゃん・・・」
ハルカに励まされ、ユキノが微笑んで頷く。
「私も擁護するから、それまで無事でいなさいよ。」
「援護だよ、ハルカちゃん・・」
ハルカの間違いを指摘するユキノ。彼女の声を気に留めていないのか、ハルカはそのまま自分の機体、ザクに乗り込んでいく。
隊長格の彼女は、本来なら隊長機であるザクファントムに乗り込むのだが、黄緑が好きだという理由でザクを選んだのだった。
そんな彼女の励ましを背に受けて、ユキノも自分の機体、ダイアナに搭乗する。
“カタパルト接続。針路クリア。システム、オールグリーン。”
別オペレーターの声が響く中、各機体が発進に備える。
「ニナ・ウォン、ザク、出る!」
「エルスティン・ホー、ザク、出ます!」
「ユキノ・ジェラード、ダイアナ、発進します!」
ブレイズザクファントム、ガナーザクウォーリア、ダイアナが次々と発進していく。
「アリカ・ユメミヤ、コーラル、行きます!」
そして迷いを振り切って、アリカもコーラルを発進させていった。
病院からジーザスに戻ってきたマイ、ユウ、アキラ。彼女たちが整備ドックにやってきたそのとき、ジーザス艦内に警報が鳴り響いた。
「何・・・!?」
「ダークサイドか・・!?」
マイが驚きを見せ、アキラが真剣な面持ちで呟く。
“ダークサイドのMSが侵攻を開始しました。第一級戦闘配備。パイロットは搭乗機にて待機してください。”
アオイの通信が艦内に行き渡る。緊迫を覚えたマイたちは、すぐにそれぞれの機体に向かっていった。
「あれ、ミコト!?」
その途中、マイはザクウォーリアに乗り込んでいくミコトの姿を見かける。動揺を覚えるものの、ひとまず自分の機体に乗り込むことを考える。
各パイロットたちが各々の機体に乗り込んでいき、システムチェックを行う。
“ダークサイドはナオ隊の他に、1部隊合流してきたわ。”
通信回線を開いて、ミドリが全クルーに呼びかける。
“ハイネ隊・・境界線で待ち構えていたオルガー隊を殲滅させて、こっちに乗り込んできたわよ。”
「ハイネ隊・・ライトサイドの有力な部隊を打ち倒しているあの部隊か・・」
ミドリの報告にナツキが驚きを覚える。
“とにかく、今度は気を引き締めていかないとかなりヤバイわよ。みんな、油断しないでよ!”
「了解!」
ミドリのかけ声に全員が答える。そしてハッチが解放されると、パイロットたちは出撃に備える。
「ミドリ・スティールファング、ガクテンオー、ドッカーン!」
「ナツキ・クルーガー、デュラン、GO!」
「アキラ・オクザキ、ゲンナイ、発進する!」
「ユウ・ザ・バーチカル、ザク、出るぞ!」
ガクテンオー、デュラン、ゲンナイ、スラッシュザクファントムがそれぞれジーザスから発進していく。
そしてマイは、自分の気持ちの整理をしていた。
(タクミ、みんな・・・あたしが守らなくちゃ・・守るために、あたしは戦う!)
彼女は心の中に漂っていた迷いを振り切り、眼前に伸びる空を見据える。
「マイ・エルスター、カグツチ、行きます!」
アクセルを踏み込み、マイは飛び出す。カグツチが黒い翼を広げて飛翔していく。
ダークサイドを迎撃するため、ライトサイドのMSたちがジーザスから飛び出していった。
修復と整備を終えたナオ・ハイネ合同部隊。ライトサイド攻略のため、MSたちが出撃しようとしていた。
「さて、そろそろ出るとするか。」
「いいけどさ、あたしの足だけは引っ張んないでよね。」
各機体に乗り込む中、ハイネの気さくな言動にナオがムッとする。気持ちを切り替え、2人はヴィントブルムを見据える。
「ジュリエット・ナオ・チャン、ジュリア、行くわよ。」
ナオの駆るジュリアが飛行機型MA形態で飛び出していく。
「ハイネ・ヴェステンフルス、グフ、行くぜ!」
そしてハイネも、オレンジカラーに彩られた自分の機体、グフ・イグナイテッドで出撃した。
ライトサイドとダークサイドの戦いに、さらなる拍車がかかる。
次回予告
衝突するごとに激化していく光と闇の戦い。
中立を掲げるオーブの参入が、マイの心をさらに惑わせる。
コーラルとカグツチ。
2人の少女が三度激突するとき、マイに新たな覚醒が起きる。
格差の脅威、はね返せ、クサナギ!