GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-07「出会いと真実」
ダークサイドとの初陣の後、マイはつかの間の休息を利用して、ヴィントブルムの病院を訪れていた。心臓の弱い弟、タクミのお見舞いに来たのである。
面会の受付を済ませ、花束と袋に入れたりんごを持って病室に向かう。
その途中の廊下で、マイは聞き覚えのある声を耳にして足を止める。丁度眼に止まった診察室から声は聞こえてきた。
「先生、オレの足の傷は、もう治ってるんでしょうか・・・!?」
それはあの戦闘の後、謹慎が解かれたユウの声だった。彼の深刻そうな声に、マイは緊張を覚えた。
「もう大丈夫ですよ。後遺症もありません。まだ傷がかすかに残っていますが、身体機能に影響はありません。」
すると医者の朗らかな声が返ってくる。
「そうですか・・・」
「それでも気がかりでならないのは、おそらくはケガをしたときの動きに慣れてしまっているだけです。自信を持って動いてみてください。時期に感覚を取り戻せるでしょう。」
「そうですか・・・ありがとうございました。」
医者の診察を受けて、ユウが感謝の言葉をかける。しかしその声色から、彼から深刻さが拭えていないことを、マイは気付いていた。
彼女は彼に声をかけず、そのまま素通りしていった。
いつも訪れる1つの病室。その前に立つと、マイはいつも緊張を覚えてしまう。
今自分と弟を隔てているのは、たった1枚のドアしかなかった。しかしマイは、それよりもさらなる厚いものを感じていた。
彼女は自分と向かい合うような感覚を感じながら、マイは気持ちを落ち着けてドアをノックする。
「はい、どうぞ。」
幼い少年の声が返ってくる。マイは笑顔を作って、病室のドアを開ける。
病室にはベットに横たわっている少年が笑顔を見せていた。マイの弟、タクミ・エルスターである。
「タクミ、具合はどう?」
「うん。今は大分気分がいい気がしてるよ。でも、今夜にまた詳しい診察を受けることになってるけど。」
「りんご、剥いてあげるね。」
マイはベットの棚の花びんに、持ってきた花を挿す。そして引き出しから果物ナイフを取り出し、椅子に腰かけてりんごの皮を剥く。
「ありがとう、お姉ちゃん。いつも僕のために・・」
「気にしなくていいよ。あたしはタクミが元気でいてくれることが、何よりも嬉しいんだから。」
互いに笑顔を向け合うマイとタクミ。この姉弟のひと時が、彼女にとって何よりも嬉しいことだった。
しかしタクミの病気を治すには、世界でも指折りの医者の手術を受けるしかない。マイはそのドナーを取れていない状態で、その手術にかかるばく大な費用も計り知れていない。
彼女の抱える問題と不安は、日ごとに深まっていくばかりだった。
「そういえばお姉ちゃん、僕、新しい友達が出来たんだよ。」
「友達?・・へぇ、すごいじゃない。どんな子なの?」
タクミの言葉にマイが再び笑顔を見せる。
「うん・・怒りっぽくて、細かいことをよく気にするけど、いつも僕やみんなに優しくしてくれるよ。名前は、アキラくん。アキラ・オクザキくん。」
「アキラくん・・・!?」
マイが驚きをあらわにする。
「よぉ、タクミ。今日はちゃんと寝てるか・・・?」
そこへ1人の少年が病室に入ってきた。振り返ったマイは、その少年に見覚えがあったため、唖然となる。
「なっ・・・マ、マイ・エルスター・・・なんで・・・!?」
「ア、アキラくん・・・!?」
顔見知りの2人が互いを見合って言葉が出なくなる。しばし続いた沈黙を破ったのはタクミだった。
「お姉ちゃんとアキラくん、知り合いなの・・・?」
「えっ?・・うん、まぁ・・・」
タクミの言葉に答えるマイとアキラの声が重なる。そこで再び黙り込んでしまう2人に、タクミは思わず笑みをこぼした。
「何だか嬉しいなぁ。アキラくんがお姉ちゃんと知り合いだったなんて・・」
「まぁ、いろいろあって・・たまたまアキラくんと知り合ってね・・」
「そういうことだ。まさかお前の姉ちゃんと会ってたとは思わなかったぞ・・」
マイの返答にアキラも相づちを打つ。しかし2人とも話し方がぎこちなくなっていた。
2人は自分たちが、ライトサイドのパイロットとして戦っていることを、タクミに教えてはいなかった。理由はいろいろあったが、タクミに心配かけたくないというのが大きな理由だった。
「ねぇ、ちょっとお医者さんと話してくるね。あ、戻ってくるときに何か飲み物を買ってくるね。アキラくんの分も買ってくる。」
「えっ?いいですよ、別に。オレはオレの好きでここに来てるだけですから・・」
「いいよ、気にしないで。いつもタクミのお見舞いに来てくれるお礼よ。」
躊躇するアキラをとがめて、マイは病室を出て行った。と見せかけて、マイは病室前の廊下で立ち止まっていた。
それとは気付かないまま、タクミとアキラは病室内で話を始めていた。
「タクミ、お前、体の調子はいいのか?」
「うん、お姉ちゃんにも言ったけど、今日は気分がいいんだ。」
調子がいいタクミを見て、アキラが安堵の笑みを浮かべる。
「でもあんまりムチャするなよ。でないとお前の姉ちゃんが悲しむからな。」
「うん・・でもお姉ちゃん、いつも僕のために一生懸命なんだけど・・いつも僕のために頑張ってるのが、僕にドンと押し寄せてくるんだ・・・」
しかしタクミが笑みを消し、沈痛な面持ちを浮かべる。
「僕たちは幼いときにお父さんもお母さんも死んじゃって、家族で暮らしてた家も売って・・そんな中でお姉ちゃん、僕の治療のためにバイトして、一生懸命働いて・・」
「タクミ・・・」
「でも、僕のために自分を削ってると思うと、僕は辛くなるんだ。自分のしたいことを我慢して、僕のためにしてくれることが、僕を辛くさせてるって気がしてならない・・」
「タクミ、お前・・・」
「だから、お姉ちゃんに迷惑をかけるくらいなら、いっそのこと・・・」
姉のために諦めようとしているタクミに、アキラは心の底から湧きあがってくる憤りを感じる。
「バカヤロー!お前の姉ちゃんは、お前が元気になってほしいから、一生懸命に頑張ってるんじゃないか!なのにお前が諦めてどうすんだよ!」
「アキラくん・・・」
叫ぶアキラにタクミが戸惑いを見せる。感情に駆り立てられるままに、アキラは続ける。
「姉ちゃんの断りもなしに勝手に諦めてんじゃねぇよ!どうしてもお前が姉ちゃんに迷惑をかけてるって思えて仕方がないなら、少しでも早くよくなって、姉ちゃんに恩返しするって決めろよ!お前は男なんだから・・・!」
憤慨をあらわにしていたアキラの表情が次第に消沈していく。
「オレと違って、お前は男なんだから・・・」
アキラは男ではなく、男に扮した女だった。その事実はジーザスのクルーたちは誰一人知らない。
心から想いを寄せることができる相手、タクミと、2人の話を影で聞いてしまったマイを除いては。
アキラの真実とタクミの心境を知ったマイは、ひどく動揺して病室の前から動けなくなってしまった。
自分が今までしてきたことが無意味なことだと感じ、彼女はその不安を押しとどめようと必死になっていた。
どうしたらいいのか。何がタクミのためになるのだろうか。今までタクミのためにしてきたことが、果たして本当に彼のためになったのだろうか。
“自分のしたいことを我慢して、僕のためにしてくれることが、僕を辛くさせてるって気がしてならない・・”
タクミがアキラに向けて言った言葉が、マイの心に深く突き刺さっていた。
「おい、どうしたんだ、こんなところで?」
そのとき、唐突に声をかけられた気がして、マイは顔を上げる。その視線の先には、気乗りしなさそうな面持ちをしたユウが立っていた。
「ユウ・・・」
「マイ、病院なんかに来てどうしたんだ?その様子じゃ、あのときの戦闘で怪我したわけじゃなさそうだな。」
気さくに声をかけてくるユウに、マイは困惑を隠せなかった。
「もしかして、誰かの見舞い・・・」
「ユウこそ、こんなところで何をしてるの?」
ユウの言葉をさえぎって、マイが逆に問いかける。
「オレか?ちょっと前に怪我したことがあってな。気になったから1度検査してもらおうかなって。」
彼の答えに、マイは先ほどの診察室での彼と医者の話を思い返す。彼の左足は完治していたが、療養中のときに身についてしまったときの悪い癖が残ったままだった。
「心配するなって。その怪我はとっくの昔に治ってる。オレの取り越し苦労だったわけだ。」
「そう・・よかったね・・・」
マイがユウに励ましの言葉をかけるが、喜びが表に出ていなかった。
彼女の様子が気になっていたユウが視線を移すと、彼女が立っていた病室の患者名の欄に、“タクミ・エルスター”と書かれているのが眼に留まった。
(なるほど。コイツの弟か・・・)
ユウはマイが一生懸命になっている理由が分かった気がした。病気の弟のために必死に体を張って、闘いにも身を投じていたのである。
彼女の真意を知って、彼は安堵を感じた。同時に自分の中にあるわだかまりを思い返してしまう。
「なぁ、ちょっと時間いいか・・・?」
ユウが唐突にマイに問いかける。少し戸惑いながらも、彼女は渋々頷いた。
ライトサイド、オーブの迎撃に押され、ナオ部隊は撤退を余儀なくされた。ヴィントブルムから離れた小宇宙で、三度攻撃を仕掛けようと体勢を整えていた。
苛立ちを隠しきれず、自分の愛機、ジュリアの前を右往左往しているナオ。近寄りがたい雰囲気を放っている彼女に、1人の兵士が駆け寄ってきた。
「ナオ隊長、アルタイより入電です。ヴィントブルム、オーブ攻略のため、ハイネ隊と合流せよ。黒曜の君、レイト・バレル様からです。」
「ハイネ隊が?・・全く、レイトめ。余計なことを・・・!」
兵士の言葉を受けて、ナオが苛立ちのあまり、親指の爪を噛む。
「今度こそ見せ付けてやるわよ。あたしこそがエレメンタルガンダムを操るのに十分ふさわしいってね。」
不気味とも思える不敵な笑みを浮かべ、敵意と野心をむき出しにするナオ。
「ジュリアの修理はあとどのくらいなの?」
「はっ!フルスピードで後3時間と思われます!」
「そう。できるだけ急いでちょうだい。次は確実にあの2つの国を落とす。」
ナオが兵士に指示を送り、体勢の立て直しを急がせる。
そのとき、彼女たちのいる場所のはるか上空で、爆発と思われる火花が飛び散った。
「戦闘・・・!?」
「あんなところで戦闘してるってことは・・あれはハイネ隊かしら?」
動揺を見せる兵士の横で、ナオが空を見上げてあざ笑っていた。
ダークサイドの意向を受けて、ナオ部隊と合流すべく出立したハイネ隊。多様多種のザクを占めているMSたちの中にひときわ目立ったオレンジカラーの機体があった。
ハイネ・ヴェステンフルスの専用機体、グフ・イグナイテッドである。
ヴィントブルム方向を進んでいくハイネ隊のMSたち。その機影を見逃すライトサイドの警戒網ではなかった。
ダークサイドのMSの侵入を確認したライトサイドのオルガー部隊。ヴィントブルムへの侵入を阻むため、ハイネ隊の前に立ちはだかった。
「ダークサイドよ、これ以上先へは進ません。ヴィントブルムへの進撃はさせないぞ!」
隊長オルガーが眼前のMSたちに呼びかける。しかしその警告に応じるハイネたちではなかった。
「悪いが、オレたちはそっちに用があるんだ。通らせてもらうぞ。」
ハイネ隊はさらに進撃していく。見かねたオルガー部隊が銃を構えるが、グフ・イグナイテッドが相手の機体のいくつかを撃ち抜いた。
「何っ!?速い・・!?」
「あ、あれでザクなのか・・・!?」
その脅威を目の当たりにして、オルガー部隊のパイロットたちが動揺を覚える。
「ザク?はっ!」
ハイネがあざ笑う。グフ・イグナイテッドが、剣を手にしてMSたちを切り裂いていく。
「ザクとは違うんだよ、ザクとは!」
眼を見開き、敵を次々と補足してなぎ払っていくハイネ。驚愕しているオルガーのブレイズザクファントムさえも、武装しているヒートロッドで捕らえ、電撃を送り込む。
電撃鞭に胴体を捕らわれた機体が、その衝撃によって爆発を起こし、木っ端微塵となる。ヒートロッドを引っ込めたグフ・イグナイテッドを筆頭に、ハイネ隊が陣形を立て直す。
「その程度の相手、ものの数じゃないな。」
崩壊した部隊を見据えて、ハイネが不敵な笑みを浮かべる。そして彼らは予定通り宇宙を進み、ナオ隊と合流するのだった。
ユウに連れられて、マイは当惑したまま病院の受付前に来ていた。落ち着いている病院内の中、マイは周囲の空気を重く感じていた。
空いている席に座る2人。ユウがひとつ吐息をついてから、笑みを見せて語りかける。
「なんだかなぁ・・お前もいろいろ苦労してたんだな・・・」
「アンタもアンタで悩み事抱えてるみたいね・・」
互いに笑みを作っては、再び沈痛さを感じてしまう2人。そんな気持ちを割り切るように、ユウが語りかけてきた。
「実はオレにも、妹がいたんだ。いつもわがままを言ってきたけど、オレをいつも尊敬して憧れてくれてたんだ。だけど、戦争に巻き込まれたときに離れ離れになって・・」
「その左足の怪我は、その戦争のときでできたのね・・・」
ユウが一瞬戸惑いを見せると、マイは沈痛な面持ちを見せる。
「ゴメン・・通りがかったときに聞こえちゃって・・・」
「・・コイツは、妹を守ったときについた傷なんだ・・・」
マイに弁解しながら、ユウは自分の左足に手を当てる。
「戦火の真っ只中、オレはアイツをかばって怪我をしたんだ。その後、オレが足手まといになっちゃいけないと思って、先にアイツを逃がしたんだ。それから、オレはアイツと会ってないし、連絡も取れてないんだ・・・」
「そうだったの・・・アンタも“いいお兄ちゃん”で、けっこう大変だったんだね・・」
「今でも妹に会いたいと思ってる。けど今は、この戦争を終わらせたいと思ってる。これ以上、オレたちと同じように、傷ついたり離れ離れになったりするヤツが出てきちゃいけないんだ・・・!」
一抹の決意を秘めて拳を握り締めるユウ。戦争を終わらせて平和を導きたいという願いと、妹を見つけ出して会ってやりたいという願いが、彼の心の中で混同していた。
マイも心の中で強く願っていた。この世界が再び平和であふれるように。タクミやみんなが幸せでいられるように。
しかしその中で、マイはタクミの気持ちが分からなくなるような感覚に襲われていた。
彼にとって自分は必要とされているのか。自分のしてきたことは本当に彼のためになっているのだろうか。
そんな葛藤が、彼女の決意を鈍らせていた。
「そんな悲しい顔をしていてはいけませんよ。」
そのとき、マイは突然声をかけられ、顔を上げる。声の主はユウではない。彼女の前には、幼い少女が立っていた。
10歳前後と変わった髪形をした金髪。服装は黒をメインとしたドレス。幼い少女のはずなのに、どこか大人びた雰囲気を放っていた。
「あの、君は・・・?」
マイが当惑しながら声を返すと、少女は瞳を閉じて歌を口ずさみ始めた。その鮮明な声は静かな病院内にいる人々の耳にやさしく届いていた。
重く沈んでいた心を癒してくれる歌声。その姿と相貌から、少女がまるで天使のようだった。
少女が歌を終えても、その歌声に魅入られていたため、人々は言葉をもらすこともその場を動くこともできなかった。そんな沈黙を破ったのは、1人の少女のかすかに響く拍手だった。
ユウとマイがその拍手のするほうに振り返る。水色の髪をした少し大人びた少女。一瞬冷淡そうに見えたが、人間としては妙に落ち着いているように感じ取れた。
少女は金髪の少女を見つけると、平然とした無表情を変えて微笑をもらす。
「ここにいらしたのですか、お嬢様・・心配したのですよ。」
「あ、ごめんなさい。少し時間を費やそうと思ったのですが、張り切りすぎてしまったようですね。」
水色の髪の少女の心配に、金髪の少女が申し訳なさそうにする。
「お気持ちは分かります。ですがアリッサお嬢様、あなたには我々の代表としての責務があるのです。もしも何かあったら、私は・・・」
少女は金髪の少女、アリッサに対して悲痛の表情を浮かべる。
「ミユ、私はミユやみなさんを置き去りにしてしまうような薄情者ではありません。みなさんのために私がいるのでしたら、私のためにみなさんがいることになりますよ。」
「お嬢様・・・」
微笑むアリッサに安らぎを覚えるミユ。彼女にとってアリッサは、他の誰が思っている以上に黄金の天使であると認知していた。
「元気になりましたか、お姉さん、お兄さん。笑顔を絶やさなければ、必ず幸せが訪れますよ。」
アリッサがマイとユウに向けて励ましの言葉をかける。彼女に言われて、マイは笑みをこぼす。
「ありがとね。あなたのおかげで元気になれたよ。えっと・・」
「私はアリッサ。こちらは私の親友の・・」
「ミユ・グリーアです。よろしくお願いします。」
アリッサが自己紹介をし、ミユが軽く一礼する。
「よろしくね、アリッサちゃん。あたしはマイ。マイ・エルスターよ。」
マイが笑顔で手を差し伸べると、アリッサは微笑んでその手を取り、握手を交わした。そしてミユとともにその場から離れようとする。
「あ、あの、アリッサちゃん、ミユさん・・・」
そこへマイが呼びかけると、2人は足を止める。
「ありがとう・・アリッサちゃんの歌のおかげで、あたし、元気になれた気がする・・・」
マイの感謝の言葉を受けて、アリッサが笑みを見せる。その微笑ましいアリッサの姿を見て、ミユも微笑んでいた。
そして2人は改めて病院から立ち去っていった。
これがマイの運命を大きく揺さぶることになるとは、マイ自身知る由もなかった。
次回予告
激化していく光と闇の戦い。
さらなる迷いの渦に飲み込まれていくマイ。
何が正しくて、何が自分の心を癒すのか。
移ろいゆく葛藤の中、2人の少女の激突が三度始まる。
乱れ狂う闇夜、打ち払え、ゲンナイ!