金の美術館

 

 

とある美術館には、あることで注目を集めている。

館の中にある、一般客は立ち入り禁止とされているエリア。

そこに何があるのかは謎とされている・・・

 

 

 この日も美術館は美術品の見物に訪れた客たちが多かった。数人のクラスメイトたちとともに、女子高生、マイも来ていた。

「ここにはいろいろなのがあるね。高級品もそろってるし。」

 マイが展示物を見回して、感動を感じていく。

「でも他にも何かないかな?隠れた宝物とか・・?」

 マイは他にも展示品か美術品があるのではないかと、さらに周りを見回していく。

「あそこは・・階段や非常口とかじゃない・・・」

 彼女は展示室の奥にドアがあるのを見つけた。

(もしかしてあそこに、ものすごいものが置いてあるかもしれない・・・!)

 期待を湧き上がらせたマイは、そのドアに向かっていってゆっくりと押してみる。するとドアはゆっくりと開いた。

(開いちゃった・・中に入れるよ・・・!)

 心の中で喜びと期待を膨らませていくマイ。彼女はこの気持ちに突き動かされて、ドアの先に入っていった。

 ドアの先の廊下は明かりが灯っておらず、どうなっているのかをうかがうのが難しくなっていた。

(ちょっと・・この先に何があるの?・・ちょっと、怖くなってきた・・・!)

 あまりの暗さと重い空気に不安を覚えるマイ。それでもドアの先に何があるのかが気になって、彼女は進んでいく。

 少し進んだところで、マイは体勢を崩しそうになった。彼女の足元から下への階段が始まっていた。

 マイはゆっくりと階段を下りていく。階段の先にも暗い廊下が続いていく。

(この先に何があるっていうの・・・?)

 期待よりも不安のほうが大きくなりつつあったマイ。彼女は廊下の突き当たりのドアまでたどり着いた。

 マイは恐る恐るそのドアをゆっくりと開ける。

「あの〜・・誰かいますか〜・・・?」

 マイがたまらず声をかけるが、返事が返ってくる様子がない。

 マイは真っ暗な部屋の中を手探りでゆっくりと歩いていく。明かりのスイッチがあれば付けようとも考えていた。

 そしてマイの手が何かに触れた。しかしマイはその感触が壁でないことを実感していた。

「何だろう、コレ?・・マネキン・・にしちゃ硬すぎる・・・」

 マイが感触の意味が分からずに疑問を感じていく。

「うっかり鍵をかけ忘れてしまったら、やはり入ってくる人が出てしまったか・・」

 そのとき、突然声をかけられてマイが一気に緊張を膨らませた。彼女は後ろに誰か男の人がいるのを実感していた。

「あ、あの・・誰ですか・・・!?

「この美術館の支配人だ。でも私にはもう1つの顔を持っていてね・・」

 問いかけるマイに、支配人を名乗る男が答える。

「ここは私の裏の美術品でね。仕入れてはここに置いてあるのだよ。」

「美術品って・・こんなところに・・・!?

 語りかける支配人に、マイが動揺をあらわにする。

 支配人が部屋の明かりを付けた。マイは自分が触れていたのは、少女の姿かたちをした黄金の像だった。

「えっ!?・・金の像・・!?

 驚いたマイがたまらず金の像から離れる。

「いきなり目の前に現れたら、驚くのもムリのないことだ。しかしお気に召したでしょう?」

 支配人が笑みをこぼしてマイに言いかける。部屋の中には数多くの女性の金の像が立ち並んでいた。

「これは本来は限られた人しかお見せしないもので、その方々と売買することもあるのです。」

 支配人がマイに向かって話を続ける。

「このことは一般の方々や公には明かせないことでね・・知られてしまうのは一生の不覚だ・・」

「も、もしかして口止めするつもり・・!?

 肩を落とす支配人にマイが身構える。

「そうしてしまうのはもったいないね。君もすばらしくなれそうだから・・」

「えっ・・!?

 支配人が口にした言葉に、マイが疑問を覚えた。

 次の瞬間、支配人がマイに向かって左手をかざした。彼の手のひらから金の光が放たれた。

「なっ・・!?

 まばゆい金の光に、マイはたまらず目を閉ざした。やがて光が弱まって、彼女がゆっくりと目を開ける。

 そこでマイは、自分の体が金色に染まっているのを目の当たりにする。金色は徐々に彼女の体に広がっていく。

「えっ!?体が、金色に染まってる!?

 自分に降りかかった異変にマイが驚愕する。しかも金に染まった部分が彼女の思うように動かせなくなる。

「う、動かない!?これって・・!?

「これであなたもすばらしい商品になりますね。」

 さらに驚愕するマイを見て、支配人が笑みをこぼす。

「商品って・・もしかして、ここにあるのって・・!?

 彼の言葉を聞いて、マイが目を見開く。部屋に置かれている金の像は全て、元々は人間だった。

「そうです。私が金に変えたのですよ。みな、すばらしい素材で、磨き甲斐がありましたよ。」

 支配人が金の像に視線を移して笑みをこぼす。彼は人々を金に変えて、展示品や商品としていたのである。

「ここのものを買い付ける方々はこのことを知らないのがほとんど。知ったところでほら話と思うばかりでしょう。」

 支配人が語りかけて、金の像の1体に歩み寄る。

「彼女たちは最高のすばらしさを手に入れた。我々はそんな彼女たちで売買や展示ができる。どちらにとっても得でしょう。」

「何言ってるの!?金にされて、飾られたり商売に使われたりして、いいわけないよ!」

 笑みをこぼす支配人に、マイが文句を言い放つ。

「仮によくないとしても、よくないのはあなたも同じだ。関係者以外立ち入り禁止のところへ入っていくなんて・・そのドアに鍵をかけ忘れた私にも責任はあったけど・・」

 すると支配人がため息まじりに言葉を返してきた。

「あなたもすばらしい黄金となるのです。あなたもお客様を魅了してください。」

「冗談じゃない!助けて!元に戻して!」

 笑みを取り戻す支配人に、マイが悲鳴を上げる。その間にも彼女の体の金への変化は広がっていた。

「安心してください。黄金の彫像となったあなたは丁重に扱わせていただきます。もちろんお客様にもそのように申し上げておきますね。」

 絶望を感じているマイに向けて、支配人が微笑みかける。金への変化はマイの手足の先、そして髪や顔にも及んでいた。

「イヤ・・このまま物扱いされるなんて・・・やめて・・・助けて・・・」

 必死に声を発するマイだが、口元も金に変わって声を出すこともできなくなった。

(このまま・・金になって、展示されるなんて・・イヤ・・・)

 心の中でも必死に悲鳴を上げるマイだが、彼女の体は完全に金色に染め上げられた。彼女も完全に黄金の彫刻へと変わってしまった。

「これでまたすばらしい商品が増えましたね。これからが楽しみです。」

 金となったマイを見つめて、支配人が喜びを浮かべる。

「では早速お得意先に紹介しておきましょう。彼女ほどでしたらすぐに申し出てくるお客様が出るはずです。」

 支配人は頷いて、連絡を取るため1度部屋を出た。金の像と化したマイは、他の人たちと同じく部屋の中に取り残されることになった。

 

 それから数日後、美術館の支配人はマイたちの置かれている部屋に来た。数人の初老の男たちと一緒に。

「新しいのが先日入りまして。いかがですか?」

 支配人が金の像たちを紹介していく。

「おぉ!また上物がそろっていますね、館長。」

 金の像たちを見渡して、男たちが感嘆の声を上げる。像が元々本物の人間だったことなど思いもよらずに。

「お気に召して光栄です。このままお買い上げになりますでしょうか?」

「よし。今回はそれと、あとこれも買わせてもらおうか。」

 支配人に聞かれて、男は買う像を指名した。その中にはマイもいた。

「お買い上げありがとうございます。これは先日入ったばかりでして・・」

「それはいいものを見つけましたな。丁重に扱わせていただくよ。」

 互いに笑みを見せ合う支配人と男。金となったマイは男に買われて、部屋から運び出されることになった。

(やめて!助けて!私はものじゃないよー!)

 運ばれていくマイが心の声を上げる。金にされても、彼女や他の人は意識を失っていなかった。

 しかしマイたちの心の声は、支配人や男たちには聞こえていなかった。

 

 支配人から金の像を買い付けた男たち。彼らは自分たちの美術館の一角にマイたちを置いた。

「これでここも華やかになるってもんだ。」

「これからのここの目玉になること間違いなしだ。」

 マイたちを見つめて、男たちは満足げに頷いていた。

「せっかくの代物だ。迂闊に触れられないように保護は徹底しなければ・・」

 男たちは話し合いをしてから、マイたちをケース状のガラスに閉じ込める形を取った。

「これで触られることはないだろう。」

「念を入れて防弾ガラスです。ちょっとやそっとじゃ割れたりしません。」

 男たちが改めてマイたちを見つめて喜びを感じていた。

(ちょっと〜!ここから出してよ〜!私は見せ物じゃないよ〜!)

 マイが男たちに向けて呼びかける。しかし彼女の心の声は男たちには聞こえない。

「明日からの展覧が楽しみだ。フフフフ・・」

 男たちは笑みをこぼして、この展示エリアを後にした。

(助けて!私をここから出してよー!)

 必死に呼びかけるマイだが、彼女の声が男たちや他の人に届くことはなかった。

 

 美術館の次の開館日。美術館にはたくさんの来客が訪れていた。

 マイたち、金にされた人たちは、客の注目を集めることになった。

「なんときれいな金の像なんだ・・」

「金というだけじゃなく、よくできている。本当にきめ細やかで・・」

「まるで本物の人が金になったみたい・・」

 来客たちが金の像に見とれて感動の声を上げる。彼らの中に、その像たちが本物の人間であると本当に思っている人はいない。

(助けて〜!誰か助けてよ〜!私は本物の人間だよ〜!)

 マイが必死に人々に呼びかける。しかし彼女の声は人々には届かない。

(私、このまま元に戻れないの!?ずっと飾られたままだっていうの〜!?

 マイの悲痛の叫びが、彼女の心の中だけに響いていた。美術館は感嘆と賑わいであふれていた。

 

 美術館に飾られている彫刻や像。

 人々を魅了する美術品の数々。

 その中には、美術品に変えられた本物の人間がいるかもしれない。

 しかし彼らの声は、客たちには届かない。

 

 

短編集

 

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