ガルヴォルス 第22話「対立する理想」

 

 

 必死の抵抗を見せたたくみと、天使の力を解放した和海。2人の底力を目の当たりにして、あずみと美奈は呆然となっていた。

「信じられない・・・あの2人に、これほどまでに力があったなんて・・・」

 あずみは何とか声を発し、天井の生物を見上げる。生物は不気味にうごめくだけだった。

(ある程度は生贄となる血を吸い取ったけど、これだけじゃ足りないわ。早く2人を連れ戻さないと。)

「美奈さん、2人を追いましょう。」

 あずみが振り返り、美奈に声をかける。

「たくみと和海さんの力がないと、新しい世界は開かれないのよ。」

 あずみが呼びかけるが、美奈は戸惑いを拭い去ることができないでいた。あずみはその様子に肩を落とすが、さらに話を続ける。

「まぁいいわ。あの人が代わりに止めてくれるはずだから。」

 あずみは笑みを見せて、美奈を優しく促した。不気味な鼓動を見せる生物を背にして、2人も部屋を出て行った。

 

 何とか脱出に成功したたくみと和海。血だらけの体を引きずって、薄明かりの部屋に飛び込んだ。

 そこは彼らが連れてこられた部屋だった。周囲にはあずみによって石化させられた女性たちが、一糸まとわぬ姿で立ち並んでいた。

 たくみと和海は部屋の出入り口付近で大の字に倒れこみ、大きく息をついてわずかの休息をとっていた。彼らの体には数々の傷痕と流れ落ちる鮮血があった。

「ハァ・・ハァ・・何とか、元に戻ったみたいだ・・・」

「そ、そうね・・・体中痛くてしょうがないけど・・・」

 作り笑顔を互いに見せ合う2人。体に激痛が走っていたが、互いを想う心が安らぎを与えていた。

 和海がたくみに寄りかかってくる。たくみも彼女を優しく抱きとめる。

「あのまま、石になってたほうがよかったのかな・・・?」

「和海・・?」

「あの気持ちよさの中で、たくみと一緒にすごせたら、楽になれたかもしれない・・そんなこと思っちゃったけど、夢物語だね・・」

 物悲しい笑みを見せる和海。すがるようにたくみの体に顔をうずめる。

 たくみも笑みを作って答える。

「確かに、そうかもしれなかったな・・・だけど、それだと自由がない。生きた心地がしないんだよ。」

「うん・・・」

「だから、オレたちは生きなきゃならない。ジュンや隆さんの分まで。」

 たくみは眼に涙を浮かべて、和海を強く抱きしめる。和海もたくみの抱擁に自分の体を委ねる。

「この暖かさこそが、オレたちが生きてる証なんだ・・・」

 互いに相手のぬくもりを感じ取る2人。それは石化されたときに感じていたものとは違った気分だった。

 自分たちは生きている。だからしっかりと生き続けなければならない。仲間のために。自分たちに全てを託して死んでいった人たちのために。

 たくみと和海は、改めて決意をかみ締めるのだった。

 そのとき、たくみは接近してくる力を察知して体を起こす。その反動で和海が転がる。

「イタタタ・・どうしたの、たくみ?」

「和海、お前も感じてるはずだ。」

「えっ?・・・うん、感じる。ガルヴォルスの気配だよ。」

「ああ。しかもこの力・・・アイツだ。」

 たくみは顔を強張らせて振り返る。彼らの後ろには、1人の人が立ちはだかり、彼らを見下ろしていた。

「飛鳥・・・」

「あ、飛鳥、さん・・・」

 たくみが鋭い視線を放ち、和海が困惑した面持ちで、眼の前に現れた飛鳥を見つめる。飛鳥は普段見せない冷徹な表情を見せていた。

「飛鳥・・・お前・・・」

 たくみが声をかけると、飛鳥は鋭い視線を向けてくる。そして彼の顔に紋様が走り、ドラゴンの姿に変わる。

「飛鳥さん・・・!?」

 和海が驚愕の声を上げる。自分たちを前にして、飛鳥がガルヴォルスに変身したからだった。

「ようやく分かったんだよ。ガルヴォルスと人間は、最初から共存することなんてできないことが。」

「何っ!?」

「人間もガルヴォルスも、この世界に生きていてはいけないんだ。だからオレは新しい世界を創るために戦う。オレはその世界の住人として生きていく!」

 飛鳥が牙を光らせ、えん曲の剣を右手に握り締める。

「和海、どけ!」

 たくみが和海を突き飛ばし、自分も後方に飛びのく。飛鳥が飛びかかって剣を振り下ろし、床をえぐる。

 和海は転倒して座り込み、たくみも態勢を立て直して飛鳥を見据える。ガルヴォルスの再生能力で、流血をもたらしていた無数の傷は全て消えていた。

「飛鳥、本気なのか・・・!?」

 たくみが飛鳥に対して眼を疑い、声を荒げる。飛鳥はかまわずにたくみに襲いかかる。

「飛鳥さん!」

 和海が呼びかけるのも聞かず、飛鳥は再び剣を振り下ろす。たくみはとっさに悪魔に変身し、その刀身を両手で受け止める。

 しかし飛鳥の力がたくみを圧倒し、たくみが振り切られて倒される。昏倒するたくみに、飛鳥が剣を振り上げる。たくみがとっさに転がり、振り下ろされた剣を回避する。

(ぐっ!体に力が・・!)

 完治しない体の激痛にたくみが顔を歪める。生物に血を吸われていて、本来の力が出せないでいた。

 飛鳥がさらに攻撃を続ける。剣の刃がたくみの体を切り裂く。たくみの体から再び鮮血が飛び散る。

「ぐはっ!」

 たくみが激痛にあえぎ、傷ついた体を押さえる。本来ならかわせた速さだったのだが、思うように体がいうことを聞かなかった。

 飛鳥がたくみに突きを繰り出す。たくみが身を引いてかわそうとするが、剣はたくみの体を捉えていた。体を貫かれることは免れたが、剣はたくみのわき腹を切り裂いていた。

 突き飛ばされたたくみが血みどろで倒れ込む。力を失い、人間に姿が戻る。

「た、たくみ!」

 和海が声を荒げ、体を起こしてたくみに駆け寄ろうとする。立ち上がれずにいるたくみに、飛鳥が剣の切っ先を向けて見下ろす。

「これで終わりだ。お前には悪いが、あずみさんと美奈のために、お前を・・・」

 飛鳥が剣を振り上げ、たくみにとどめをさそうとする。その気配に気付いてはいるものの、たくみは顔さえ上げられないでいた。

「たくみ!」

 たくみの危機に、和海は天使の翼を広げ、飛鳥に向けて羽根の矢を放った。直接狙うつもりで放たれていないその羽根たちは、とっさに後退した飛鳥にかわされる。

「きみは・・・!?」

 和海の姿を見た飛鳥が眼を疑う。天使の翼を広げた彼女の姿は、とても人間とは思えなかった。

「きみも・・ガルヴォルスに・・・!?」

 飛鳥が驚愕している間に、和海は翼をはためかせて一気にたくみに詰め寄った。たくみの傷ついた体を抱えて、飛鳥との距離ををとる。

「たくみ、大丈夫!?」

 和海がたくみの肩に手をかけて呼びかける。うめきながらもたくみは顔を上げる。

「ああ。何とか・・・っ!?」

 そのとき、自分の手に違和感を感じたたくみが右手を見つめ、驚愕する。突如自分の手から砂のようなものがこぼれた。

 たくみはその砂に眼を疑った。死によってガルヴォルスが崩れ去った亡がらの砂だった。そしてそれは、たくみの手から出現したものだった。

 たくみの中に恐怖がこみ上げてくる。ふと視線を移すと、石化された裸の女性たちの体からも、わずかだが砂のようなものがこぼれているように見えた。

「たくみ・・・!?」

 ただならぬたくみの様子に、和海が心配の声をかける。しかしたくみの耳に彼女の声は届いていなかった。

「まさか・・・オレたちは・・・!?」

 たくみの中に今までにない不安がよぎった。あずみが女性たちを石化したのは、時間をかけてガルヴォルスの因子を消滅させる意味も含まれていた。過ちのない在り方の新しい人間の世界を創るために。

「たくみ、これって・・・!?」

 困惑を見せる和海。彼女に抱きかかえられながら、たくみは悟った。

 ガルヴォルスの因子の消滅。それは人間の命の消滅を意味していた。因子を失った人間も、ガルヴォルスの死と同様に砂になって消えてしまうのである。

 たくみが恐怖に震えているのを前にして、飛鳥の表情に憤慨が浮かび上がっていた。

「お前・・・和海さんまで、ここまで招いたのか!?」

 飛鳥が叫ぶと、たくみは我に返って振り返る。憤りに満ちた形相の飛鳥は、まさに本物の獣のようだった。

「飛鳥・・・」

「オレは、和海さんまでもガルヴォルスの道に踏み込ませてしまったのか!」

 飛鳥が剣を振り上げ、たくみと和海に向かって飛びかかった。

「飛鳥さん!」

 和海が天使の翼を広げ、羽根の矢で飛鳥の行方を阻もうとする。しかし飛鳥はその羽根たちを剣で叩き落す。

 龍の剣が和海の天使の翼を散らす。その反動で和海が転倒し、羽根がふわりと散りばめられる。

「和海!」

 たくみが即座に立ち上がり、悪魔に変身して飛鳥に掴みかかった。龍の剣が飛鳥の手から離れ、音を立てて床に落ちる。

 残された力を振り絞り、飛鳥と互いに腕を掴んで力比べになる。

「飛鳥・・お前、本気か・・!?」

 たくみがおもむろに飛鳥に問いかける。

「ホントに人間を捨てたのか!?人間とガルヴォルスの共存こそが、お前の理想だろ!?それまで捨てたっていうのか!?」

「そうだ!人間もガルヴォルスも、中途半端な立場を選んだオレたちを受け入れず、自分の考えだけで行動しようとする!だからオレはあずみさんに協力して、人間もガルヴォルスも滅ぼす!その証拠にオレはお前を倒す!たとえお前がガルヴォルスであっても!」

「そうかい・・だったら、オレがその理想を受け継いでやるよ!」

 たくみが飛鳥を突き飛ばし、自分も後退して間合いをとる。

「オレと和海は生きる。たとえアンタたちの言うとおり、人間が心のない連中ばかりでも、オレたちは生き続ける。」

「何っ!?」

「和海と一緒に生きるというオレの願いには、アンタの理想も含まれてるからよ。アンタのできなかったこと、オレがやってやるよ。アンタの理想はオレたちが継ぐ!」

 たくみが出現させた剣を握り締める。飛鳥も床に落ちた剣を拾う。

「和海、美奈のところに行け!」

「えっ!?でも、たくみ・・・」

「いいから行け!オレなら大丈夫だ!絶対に死んだりしない!」

 戸惑いを見せる和海をたくみが言い聞かせる。彼は飛鳥と真正面から向き合い、彼女には美奈を任せようと考えていた。

「たくみ・・・分かった。美奈のことは私に任せて。だからたくみ、絶対に生きて帰ってきてね。」

「ああ、もちろんだ。」

 互いに笑みを交わす2人。天使の翼を収めて部屋を飛び出した和海を、たくみは視線だけで見送った。

 再び飛鳥に視線を戻し、たくみが剣をかまえる。

「オレは迷わない。オレには和海がいる。ジュンも見守ってくれている。だから、オレはここで立ち止まるわけにはいかないんだ。」

 剣の切っ先を飛鳥に向ける。彼の話を聞いて、飛鳥はさらに憤りを募らせる。

「ふざけるな!オレはこれ以上、大切なものを失うわけにはいかないんだ!美奈のためにも、オレはこの乱れた世界を変える!」

 飛鳥の怒りを込めた剣の攻撃。たくみも剣をかまえて受け止める。2つの刃が力の衝突によって火花を散らす。

 そして力任せに押し込まれていた2つの刃が、激しい音を立てて真っ二つに折れて弾き飛ばされる。

「くっ!」

「ちっ!」

 うめきと舌打ちをして、ひとまず間合いを取る2人。

 それでも向かってくる飛鳥。たくみは折れた剣を捨てて、迎撃のため右手を突き出す。その手のひらが飛鳥の顔面を叩く。

 押される飛鳥が鋭い爪でたくみの体を切り裂こうとする。しかしその爪はその体を浅く傷つけるに留まった。

 回避行動を取っていたため、たくみも後ろに倒れ込む。互いに転倒し、ほぼ同時に立ち上がる。

 そして獣のような咆哮を上げる2人。裸の女性のオブジェの立ち並ぶこの部屋に、2つの絶叫が揺るがす。

 息を荒げながら、互いを見据えるたくみと飛鳥。自分の理想のために、自分の大切なものを守るために、2人は対立をしている。

 ともに同じ境遇に立たされ、似通った理想を掲げていた。それなのに、なぜこうしてすれ違ってしまったのだろうか。なぜ戦いを余儀なくされてしまったのだろうか。

 たくみは心の奥底で、冷徹になってしまった飛鳥のことを気がかりに思っていた。

 飛鳥が眼を見開き、再び剣を出現させた。激しく揺らめく感情を表しながら、龍の剣をかまえる。

 たくみは棒立ちのまま、その剣をまじまじと見つめる。胸中で変わり果てた飛鳥を哀れんでいた。

(飛鳥、今のアンタじゃ、どんな理想も叶えられないよ・・・)

 悲痛を感じながら、たくみも剣を出現させる。怒りと憎しみにとらわれた飛鳥には、乱れているという世界を変えられるはずもないとたくみは思っていた。

 飛鳥がたくみに飛びかかる。振り下ろされる剣に対し、たくみは身をかがめて、横なぎに振りぬかれた龍の剣をかわす。そこから飛鳥の懐に飛び込み、剣の刀身を彼の体に叩きつける。

 飛鳥の体が切り裂かれ、紅い鮮血がたくみに降りかかる。昏倒しうめく飛鳥の姿が、ドラゴンから人間に戻る。

(こ、こんなことが・・・!)

 力の差は明らかだと飛鳥は思っていた。

 ガルヴォルスはその個々の能力によって向き不向きの点が異なる。従って、ガルヴォルス同士に決定的な差は断定できない。

 しかし、たくみはあずみが保持している生物に血を吸われ、その能力が万全ではなかった。万全の状態で立ちはだかった飛鳥は、負けるはずがないと思っていた。

 だが、優劣は逆転していた。満身創痍のたくみは立っていて、飛鳥は傷つき倒れていた。

 たくみは剣を床に突き立て、悪魔から人間に戻る。そして苛立つ飛鳥に背中を向ける。

「たくみ・・・なぜ、オレにとどめを・・ささない・・・!?」

 飛鳥がうめきながらたくみに問いかける。これほどまでに対立し、そして自分を追い詰めながら、あえてとどめをさそうとしないたくみに、飛鳥は腑に落ちず憤慨していたのだ。

 たくみは沈痛の面持ちで、振り返らずに答える。

「オレがアンタを殺す必要がどこにある?言ったはずだ。オレはアンタの理想を引き継ぐってな。」

「何だとっ!?」

「オレは人間とガルヴォルスの共存というアンタの理想を継ぐ。だから、オレはアンタを殺さない。殺したら美奈や和海がまた悲しい思いをするし、オレも後味が悪くなる。」

 そう言って立ち去ろうとすると、飛鳥が必死に立ち上がって叫ぶ。

「待て!とどめをさせ!このままオレたちに、苦しい思いをしながら生きて行けというのか!?」

 激痛を忘れ、飛鳥が顔を強張らせて言い放つ。美奈の心をこれ以上傷つけさせないために、彼はかつての理想を捨てて新たな戦いに臨んだ。しかし、その怒りははね返され、敗れながらも生かされる形になろうとしていた。

 自分たちにとって間違った理屈を受け入れながら生きることなど、今の飛鳥には愚の骨頂だった。

「ダメだ。オレはアンタを殺すつもりはない。何度も言わせるな。」

「お前・・・!」

「オレは和海と美奈のところに行く。大丈夫だとは思うが、一応行ったほうがいい。」

「待て!たくみ!」

 飛鳥が叫ぶのも聞かず、たくみはオブジェたちの立ち並ぶこの部屋を出て行く。

「殺せ!オレを殺せ!」

 飛鳥の叫びが、物静かな部屋にむなしく響き渡る。

 その後、飛鳥は両手で床を叩きつけながら叫び続けた。貫くことができない自分の信念。それを非情さとして呪いながら、飛鳥は獣のように絶叫を上げていた。

 

 

次回予告

第23話「偽りの神」

 

心を凍てつかせ、あずみに魅入られた美奈。

彼女の前に現れた和海。

しかし2人の友情はもうなかった。

神の力を覚醒させようとするあずみに導かれる美奈。

和海は彼女を救えるのか?

ついに、全てを滅ぼす破壊の神が降臨する。

 

「人もガルヴォルスも、神の前では滅びるしかないのよ。」

 

 

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