ガルヴォルスtransmigration
第3話「残された者の思い」
天を仰ぐ程の高層ビル群、その一つ大俵化製コーポレーション本社ビルにおいて重役会議が開かれていた。
「はじめに、わが社は既に化学製品販売シェアの50%以上を占めている。これはひとえに我が社員の不断の努力あってこそと思う。」
会議の冒頭で章彦の父、博文が会長挨拶を行った。
「ところで、仁村君。」
「はい。なんでしょうか?」
会議後、博文に呼ばれた中年男性が答える。
「AGPOの開発はどうかな?」
「はい、まだ当分はかかるかと。」
「そうか、焦らず待っているぞ。」
「はい、必ず御期待に沿うように致します。」
仁村はペコペコと頭を下げた。
「うむ、AGPOが完成すれば我々のシェアはさらに広がる。それに独占禁止法さえも退かざるを得ないだろう。」
博文は得意気に言い放った。
その頃、シュウ達は学校の屋上で雑談をしていた。
「そうか、そりゃあ悲惨だなぁ。」
リョウが昨日の惨劇をシュウ達から聞かされ言葉を漏らす。
「僕はあの男の子が、将来に復讐を誓っていないかが心配だよ。」
シュウが沈痛な面持ちで話す。
「そうねぇ…一回、会ってみたらどうかな?」
「え!?会ってみるだって?そんな…」
メイリの突然の案にシュウが驚いて聞き返す。
「おお、それ良いんじゃないか、それでハッキリするさ。」
それにリョウまで同調する。
「……はぁ、分かったよ。考えてみると、それが一番良い方法らしいね。」
シュウそう言いながら、静かに校舎に戻って行った。
同じ頃、市内の市場では多くの人が買い物を楽しんでいた。
そこに、小学生中学年くらいの少女が辺りを見回しながら歩いている。
「お嬢ちゃん、お使いかい?感心だなぁ。」
気前の良い魚屋の主人が少女に声をかける。
しかし、少女は無反応だった。
「それより嬢ちゃん、お腹空いて無いかい?良かったらこれを食べてくれぃ。」
主人は余ったかまぼこを少女に差し出す。
すると、それを聞いた少女がピクリと眉を動かすと足を止め、主人の方を向く。
「わかった、じゃあおじちゃんを食べてあげる。」
その瞬間、無邪気そうな笑みを浮かべる少女の頬に異様な紋様が浮かび、少女の姿が食虫植物を連想させるサンデューガルヴォルスに変貌する。
「うわわわわっ!?」
少女の変化に主人が腰を抜かして尻餅をつく。
周囲からも悲鳴などが巻き起こる。しかし、少女はずっと主人を見据えていた。
すると、サンデューガルヴォルスが赤い粘液の滴る蔓を主人に巻き付ける。すると主人は脱力したようにうなだれる。
そして、その蔓が店の主人から光る何かを吸い取り始める。
それは、主人の魂そのものだった。
当然、魂を失った身体は砂のように崩壊した。
「ごちそうさま!」
サンデューガルヴォルスから女の子の姿に戻った彼女が、まるで普通に食事を取ったかのように言う。
「でも、もっと栄養取らなくちゃ。」
そう言うと、女の子は無人の殺伐とした市場を後にする。
(!?今のは、ガルヴォルスの気配…。)
シュウとメイリが市場のガルヴォルスの気配を感じ取った。
メイリがシュウの方を見る。
しかし、今は授業中なので行動は起こせない。
(でも、まだ遠かったな…。)
シュウは首を横に振り、まだ行動は起こさない事を伝えた。
放課後、シュウはあの少年に会うため、メイリは市場のガルヴォルスについて調べるために別行動を始めた。
「じゃあメイリ、何かあったり、分かったことがあったら電話して。」
「分かったわ。」
二人は校門を出ると、それぞれ別の方向に歩き出した。
シュウが例の公園に着くが、そこは昨日の事件の影響でテレビの取材と警察の鑑識が行われており、遊んでいる子供たちの姿はどこにも無かった。
辺りを見ると、近所の住人が花や供え物などの手向け物があり、シュウは心が痛む気がした。
『やっぱり、いないか…無理も無い。』
シュウが諦めて帰ろうとした時、後ろに人の気配を感じた。
「お兄ちゃんも、誰かのお参り?」
それは紛れもなく、昨日、姉をガルヴォルスに殺された少年だった。
「君は…あ、いや、その花はだれかに?」
シュウが少年が手にした摘みたてらしき花を見て尋ねる。
「うん、お姉ちゃんにね。お姉ちゃんは昨日、ガルヴォルスっていうのに…。」
少年の言葉が途切れ、彼は赤く腫れた目から涙を流し始めた。
「…ぼくは、お姉ちゃんを殺した怪物は嫌いだよ。出来るなら、殺してやりたいくらいに…。」
その言葉を予想していたものの、実際に言われてシュウは悲痛な気持ちと異形の自分に対する負い目を感じた。
「あ、でもね。」
男の子が思い出したように言う。
「昨日、警察のお姉さんが言ってたんだけど、僕たちを助けたのもガルヴォルスなんだって…。だから、そのガルヴォルスは悪くないよ。」
その少年の言葉を聞いた瞬間、シュウは憂いが無くなったような気がした。
「それは良かった。」
「え?」
シュウの言葉に少年が尋ねる。
「いやいや、みんなを助けたガルヴォルスが聞いたらそう言うかなって思うよ。」
一方、メイリは市場の事件現場に来ていた。
そこには、[KEEP OUT]と書かれたテープが巻かれており、中には入れなくなっていた。
『ガルヴォルスが起こした事件で間違いなさそうね…。』
メイリはそう推察し周囲の野次馬を避けるように現場を離れる。
その時、携帯の着信音が鳴る。シュウからだった。
「どうしたの、シュウ。なにかあったの?」
《いや、ただあの子と会ってみて良かったなと思っているよ。》
「そう…。」
《ところで、そっちは何か分かった?》
「よくは分らない。でも市場で誰かがガルヴォルスに襲われたのは確からしいの。」
すると、偶然近くを通り掛かった警官の喬子がメイリが言った言葉に反応する。
『!?…あの子、いま確かにガルヴォルスって。』
「ちょっと!あなた!!」
メイリはシュウとの電話を切ると近付いて来る喬子に気付く。
「あなた、今、ガルヴォルスって言ったわよね。何か、知ってるの?」
メイリは率直に聞かれて戸惑う。
「えっ?い、いや、ただ聞いた事があるだけですから。あ、あの…失礼します!」
メイリは言い繕うと、そのまま走り去った。
「ちょっと、待って!!」
喬子は呼び止めようとしたが、職務上その場を離れる訳にはいかなかった。
『まさか、警察の人に聞かれていたなんて…。』
メイリは胸に手をあて走った事による動悸を押さえる。
メイリが見上げると、既に空は赤い夕暮れ時だった。
『そろそろ帰ろうかな…。』
メイリは夕日に向かう鳥の群れを見上げると再び歩き出した。
シュウは、小高い丘に差し掛かった時、そこにある高校の寮に帰ろうとして振り向くと、夕日に映える町並みを眺める。
『市場を襲ったガルヴォルス…目的は分からないけど、このまま放って置くこともできないな。』
シュウは、落ちていく夕日を見ながら、嵐の前の静けさを感じ取っていた。
戦いはすぐそこに来ている事を悟るように…。
次回予告
市場を襲った少女の魔の手は着実に広がっていく。
遂に、それはシュウ達の学校にまで押し寄せる。
「みんな、私の栄養。」
「もうやめて!!これ以上みんなを襲うなら私は…。」
「もう、やるしかない。」
「…酷い怪我。」
「こんな事って…」