ガルヴォルスSpirits 第8話

 

 

 街に赴き、非常線の展開と人々の避難を行っていた夏子と早苗。そこへ和海、かりん、寧々、紅葉が駆けつけてきた。

 だが人々は、異形の姿をしている彼女たちが、警戒している相手だと誤解していた。

「和海ちゃん、かりんちゃん・・・大丈夫なの・・・!?

 夏子が和海たちに気付いて駆け寄り、声をかける。すると和海たちは真剣な面持ちで頷く。

「たくみくんとガクトはどうしたの・・・!?

「戦ってます。真樹ちゃんたちと・・自分自身と・・」

 夏子の問いかけにかりんが答える。そこへ街の人々が彼女たちに向けて、懐疑的な視線を向けてきた。

「バ、バケモノ・・バケモノだ・・・」

「もしかして、警察が警戒してるのは・・・」

「しかし、その警察が気兼ねなく話してるわよ・・・」

 人々が様々な憶測を口にしていく。それらの言葉に対して反論したのは早苗だった。

「彼女たちは私たちの味方です!危害を加えようとしている者から大切なものを守ろうと、全身全霊を賭けて挑もうとしているのです!」

「味方って・・そんな姿を見せられてそんなこと言われたって、鵜呑みにできないよ・・・!」

 早苗の呼びかけに対し、人々から疑念の声が返ってくる。しかし早苗は人々への説得を諦めない。

「聞いてください。彼らはガルヴォルス。人間の進化なんです。怪物の姿になってはいますが、彼らは立派な人間です!」

「ですが・・・」

「本当の怪物はガルヴォルスでもない。ましてや姿が人間でないものでもない。自分の中にある闇、力に溺れる心の弱さなんです!」

 早苗の切実な言葉に、人々は心を揺さぶられる。彼らも人として何が大事なことなのか、考えあぐねていた。

「早苗・・・」

 その心境の揺らぎに夏子も戸惑いを浮かべる。敵視する様子は見せないものの、人々はガルヴォルスである和海たちを受け入れられないでいた。

「早苗さん、ありがとうございます。私たちはここで、たくみたちを待ってるよ・・」

 和海が早苗に感謝の言葉をかける。その言葉に励まされて、早苗は笑みをこぼした。

「ところで、何か着るもの出ませんか?真樹ちゃんに取り込まれたとき、丸裸にされちゃって・・」

 続けてかりんが言いかけた言葉に、早苗と夏子が唖然となった。

 

 街から離れた草原では、壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 華帆が放つ青い鱗粉をかいくぐっていくたくみ。様々な思いと信念に励まされた彼に、迷いはなくなっていた。

 逆にたくみに追い込まれて、華帆が焦りを募らせていた。

「どうして・・あたしは、ガクトとかりんと一緒にいたいだけなのよ!それを、あなたはどうして邪魔しようとするの!?

 華帆がたくみに向けて悲痛の叫びを上げる。だがたくみは戦意を崩さない。

「お前はもう、ここにいないはずの、ここにいてはいけない人なんだ。それに、オレにもオレを待っていてくれる大切な人がいるんだ・・・!」

 たくみは決意を口にして、拳を強く握り締める。その手の中から剣が出現し、たくみはその剣を手にする。

「帰れ・・お前のいるべき場所に・・・!」

 たくみは低く告げると、背中に翼を広げて駆け出す。

「イヤ・・イヤよ!ガクトとかりんは絶対にあたしが!」

 絶叫を上げる華帆もたくみに向かって飛びかかる。彼女が青い鱗粉を放つが、たくみは剣を振りかざしてそれを振り払う。

 そしてたくみはその剣を突き出す。その刀身が華帆の体を貫いた。

 彼女の体から鮮血が飛び散り、その紅い血がたくみの顔にも降りかかる。一瞬自分の身に起こったことが分からず、華帆は呆然となっていた。

「オレは戦う・・和海を守るために・・それを脅かす敵と、オレは戦い続ける・・・」

 たくみが決意を口にすると、華帆が悩ましい微笑を浮かべた。彼女の姿が人間に戻り、その後間を置かずに彼女の体が固まる。

 そしてその体が崩れ、風に流れて霧散していく。たくみは華帆の命を絶った剣を下げて、やるせなさを噛み締めていた。

 

 同じ頃、ガクトと飛鳥も激しい激闘を続けていた。飛鳥が振りかざす剣をかわし、ガクトが拳を繰り出す。

 その一撃を受けて突き飛ばされる飛鳥。ガクトが立て続けに一蹴を繰り出すが、飛鳥は体勢を立て直して一蹴を返す。

 反撃を受けたガクトが横転し、痛みに顔を歪める。慄然とした態度を見せる飛鳥を、立ち上がったガクトが鋭く見据える。

「話はちょっとだけだが聞いてるぜ。たくみが抱いてる、人間とガルヴォルスの共存。あれは元々はお前の理想だったんだろ?・・そのお前が、何で人間を敵に回すんだよ・・・!?

 ガクトが苛立ちを込めて飛鳥に問い詰める。すると飛鳥は冷淡な口調で答える。

「オレは人間を見限っている。人としての命とともに、そんなくだらない幻想も捨てている。」

「何を言ってるんだよ、お前は・・・自分が抱いていた理想を、そう簡単に捨てちまってもいいっていうのかよ!」

 飛鳥の非情な言葉にガクトが叫ぶ。しかし飛鳥は顔色を変えず、考えを改めない。

「お前たちのような甘い考えでは、この世界を生き抜くことは不可能だ。それでもお前は自分の考えを押し通そうとでもいうのか?」

「勝手なことぬかすな!ここで生きていけないことはない!お前の言っていることは、生きることを諦めたヤツのいいわけだ!」

 飛鳥の言葉にガクトが叫んで反論する。

「オレは生きる・・どんなことがあっても、オレたちは生きるんだ・・・オレたちの前に立ちはだかるヤツがいるなら、どかしてやる・・場合によっては、全力でな!」

「それが浅はかな考えだとあくまで思わないつもりなのか・・・その先には破滅しかないというのが、なぜ分からない!」

「だったら何でそれが破滅の道だって言い切れるんだよ!オレは逆らう!お前のいうくだらねぇ破滅なんて、壁にもならねぇんだよ!」

 飛鳥の言葉を跳ね返して、ガクトが飛びかかる。

「この、愚か者が!」

 激情に駆られた飛鳥が叫び、ガクトへの迎撃に出る。彼の左手に2本目の剣が出現する。

 一瞬驚きを覚えるも、ガクトは拳を繰り出す。だが飛鳥が掲げた2本の剣に攻撃を受け止められる。

 剣の防御に弾き飛ばされ、体勢を崩されるガクト。そこへ飛鳥が間髪置かずに2本の剣を振り上げる。

 ガクトは反射的に、飛鳥が振り下ろしてきた剣を受け止める。だが剣の刃はガクトの両手に食い込み、手のひらに傷が付けられる。

「う、ぐあっ!ぐああぁぁっ!」

 押し寄せる激痛にガクトが絶叫を上げる。それでも彼は怯むことなく、両手に力を込める。

 飛鳥の2本の剣の刀身がひび割れ、そして叩き折られる。鮮血のあふれる両手を握り締めて、ガクトが痛みをこらえる。

「くそっ!」

「ちっくしょうっ!」

 飛鳥とガクトが絶叫を上げる。2人が同時に右足を振りかざし、その一蹴が衝突する。まばゆく荒々しい閃光がその攻撃からあふれ出す。

 それでもガクトと飛鳥は退かない。激情だけが、2人の心身を突き動かしていた。

「負けられねぇ・・こんなとこでおめおめと、くたばるわけにはいかねぇんだよ!」

 決意の叫びを上げるガクト。彼の足が飛鳥の足を押し付け、そしてはねつけた。

「何っ!?

 驚愕の声を上げる飛鳥が後方に突き飛ばされる。地面を激しく転がり、その先の壁をも突き破っていた。

 傷だらけになって疲弊した飛鳥に、ガクトが力を振り絞って向かっていく。

「お前ぐらいの力じゃ、オレを止めることなんてできねぇんだよ・・・!」

 ガクトは声を振り絞ると、立ち上がった飛鳥の体に爪を突き立てた。飛鳥の体から鮮血が飛び散り、地面にこぼれ落ちる。

「アイツだけじゃねぇ。お前の理想はオレにも、他のみんなにも受け継がれてるから・・・」

「たくみ・・・」

 低く告げるガクトに向けて、飛鳥が弱々しく声を発する。体から爪が引き抜かれると、飛鳥がガクトにもたれかかる。

 ガクトの眼には、飛鳥が微笑んでいたように見えた。その彼の姿が固まり、そして砂のように崩壊を引き起こす。

 霧散した飛鳥の亡骸を浴びて、ガクトは拳を強く握り締める。ほとばしる感情を秘めて、ガクトは真樹とレイに振り返る。

 たくみも華帆との戦いを終えて、真樹たちに眼を向けていた。悪魔と竜。2人のガルヴォルスが最後の戦いに赴こうとしていた。

 その中で、たくみとガクトは互いに対しての気持ちを巡らせていた。

(コイツ、どんな逆境に対しても、自分の心を曲げずに突き進んでいっている・・・)

(コイツ、いろいろなものを背負って、大切にしてる連中のために体を張ってる・・・)

(怒りばかり任せている見境のない男だと思ってたが・・)

(過去や偽者の心に意味もなく執着してるヤツだと思ってたけど・・)

(さっきまで命がけで戦ってたはずなのに・・・)

(こうして一緒に立ってると・・・)

「この男が、頼もしく感じる・・・!」

 たくみとガクトの声が重なり、2人が不敵な笑みを浮かべる。

「しかし、馴れ馴れしくするつもりはない。」

「同感だな。お前の考えを受け入れる気にどうしてもなれねぇ。」

 皮肉を言い放って、たくみとガクトが歩き出す。近づいてくる2人の青年に、真樹だけでなく、レイも追い込まれていた。

「・・そんな・・・あのふたり、とってもつよかったのに・・・」

 表には出していなかったが、レイは動揺を感じていた。だが真樹は諦めようとはしなかった。

「私たちは逃げるわけにはいかない・・だって、ここで逃げたら、何もかも失ってしまう・・私の居場所も、レイの幸せも!」

 追い込まれまいと必死に言い放つ真樹。だが感情的になっている彼女の眼からは大粒の涙があふれてきていた。

「レイ、戦うのがイヤなら、そこにいて!私がたくみさんとガクトさんをやっつけるから!」

「でも真樹、あのふたりといっぺんにたたかうなんて・・」

 レイが不安を口にするが、真樹はそれでも退かない。

「中途半端が認められた世界に、本当の幸せなんてあるはずがない・・もしもこんなのが認められたら、何もかもがムチャクチャになっちゃう・・・だから!」

 いきり立った真樹が、2本の水晶の刃を作り出し、手にする。

「裏切り者とされているガルヴォルスは、私がみんな倒す!たとえ相手がたくみさんやガクトさんでも!」

 真樹がたくみとガクトに向けて水晶の刃を放つ。たくみとガクトは横に飛び退いて、刃をかわしていく。

 そして2人は声を張り上げながら、手のひらによる打撃を繰り出す。その攻撃を受けて真樹が突き飛ばされる。

 真樹は体勢を立て直して、水晶の刃を連射する。その数本がたくみとガクトの体に突き刺さる。

 攻撃が当たったことに真樹は笑みをこぼす。だがたくみもガクトも倒れる様子を見せない。

「どうして・・真樹のクリスタルがあたったはずなのに・・・」

 レイも立ったままのたくみとガクトが信じられず、驚愕の声を上げる。たくみとガクトは自分の体に突き刺さっている水晶の刃を引き抜く。

 血があふれる体の痛みをこらえて、前に進んでいく2人。その姿が真樹は信じられなかった。

「どうして・・あれだけ傷ついてるのに、どうして立っていられるの・・・!?

 押し寄せる疑問に答えを出せず、後ずさりする真樹。たくみとガクトが鋭い視線を放ちながら声を上げる。

「言ったはずだ・・オレたちには、守りたい人がいる・・その人が、オレの帰りを待ってるから・・・」

「オレたちが生き抜くのを邪魔するなら、誰だろうと容赦しねぇ・・生きるためなら、みんなが生きるためなら、オレは何度だって立ち上がってやるさ・・・」

 決意の言葉を振り絞る2人の青年に、真樹は反論できなくなっていた。心身ともに追い込まれた彼女に、2人が迫る。

「お前がまいた種だ・・」

「それなりに覚悟してもらうぜ・・」

 具現化した剣を握り締めるたくみと、拳に力を込めるガクト。

 そのとき、レイが2人の足に向かって飛びかかってきた。体勢を崩された2人の足元で、レイが必死にもがく。

「レイ!?

 乱入してきたレイに、真樹が声を荒げる。ガクトから振り払われるも、レイはたくみの足にしがみついて離れようとしない。

「どけ!どかないとお前を!」

「どかない!だって、真樹がいなくなったら、わたしはしあわせになれないから!」

 たくみの呼びかけに抗うレイ。その語気に感情がこもっていたことに、真樹は驚きを覚える。

 今まで失われていたはずのレイの心が、再び彼女の中で吹き返してきたのである。そのことが真樹に大きな困惑を呼び起こしていた。

「くそっ!そこまでして、お前は!」

 いきり立ったたくみが、レイに向けて剣を突き出す。その刀身が彼女の体を貫いた。

 自分の身に何が起こったのか分からなかったレイ。体に力が入らなくなり、彼女はたくみの足から手を離す。

「レイ!」

 真樹が悲鳴を上げてレイに駆け寄ろうとする。だがそこへガクトが立ちはだかり、鋭い視線を向けてくる。

「お前なんかに、死を与えられてたまるかよ!」

 ガクトが叫びながら繰り出した爪が、真樹の体を切り裂いた。体から鮮血が飛び散り、彼女が激痛を覚えて眼を見開く。

「真樹・・・真樹!」

 レイが血みどろの真樹に向かって叫ぶ。たくみはとっさにレイから剣を引き抜く。

 血まみれになりながらも、覚束ない足取りで真樹に近づいていくレイ。よろめいたレイを、真樹は力を振り絞って体を突き動かし、受け止める。

 満身創痍の中、抱き合う真樹とレイ。その2人の姿を目の当たりにして、たくみもガクトも手出しができなかった。

「真樹!しっかりしてよ、真樹!真樹がいなくなったら、わたしは・・・!」

「レイ・・まさかあなたに、心が戻るなんてね・・私も驚いちゃったよ・・・」

 呼びかけてくるレイに、真樹が安堵の笑みをこぼす。

「もしかしたら、これがレイの幸せだったのかもしれないね・・今のレイ、とっても輝いているよ・・」

「ほんとうに?・・でも、これじゃ真樹がしあわせになれないし、わたしもしあわせになれない・・・」

「そんなことはない・・・私は、レイとこうして一緒にいれて、とっても幸せだったんだから・・・」

 不安を浮かべるレイに、真樹が微笑みかける。

「レイ、これからもずっと一緒だよ・・・」

「真樹・・・ありがとう・・・ほんとうに、ありがとう・・・」

 互いに感謝の言葉を掛け合ったとき、真樹とレイの体が石のように固まる。そして事切れた2人のからだが崩壊し、風に流れて消えていった。

「これで・・ホントによかったのかよ・・・こんなくだらねぇことで、満足だったのかよ・・・」

 人間の姿に戻ったたくみが、真樹とレイの死に歯がゆさを覚える。なぜこのような末路を辿って幸せになれたのか、彼は理解することができなかった。

「分からない・・しかし真樹ちゃんもあの子も、オレたちのように何かを追い求めたのかもしれない・・・」

 そこへたくみが言いかけると、ガクトは小さく頷いた。

「オレたちは何かを追い求めてる・・誰かを守る。何かを壊す。自分を貫く・・時にそれが悲しみや苦しみ、戦いを引き起こしていく・・・」

「それでも、オレたちはオレたちの道を進むしかねぇ・・相手にいちいち合わせてたら、自分が壊れちまう・・・」

 互いに困惑を抱えたまま、言葉を口にするたくみとガクト。たくみも人間の姿に戻って、紅く染まっていく夕焼けを見上げる。

「オレがそうしたいからそうする・・オレは和海たちと一緒に、人間とガルヴォルスの共存を目指していく・・・」

「オレにはそんなたいそうな理想は持てねぇよ・・ただ、どんなことがあっても、オレは生きる・・かりんと一緒に、オレたちを取り巻いてきてくれる連中と一緒に・・・」

 それぞれの決意を告げて、たくみとガクトは歩き出す。自分を慕ってくれている人々を守りたいという気持ちは、2人とも同じだった。

 だが2人の間には、互いを受け入れられない感情があった。自分の信念や想いを貫くためなら、この眼の前の相手を打ち倒すことも厭わない。これが、たくみとガクトの決意だった。

 

 非常線の敷かれた街から少し離れた場所で、和海、かりん、寧々、紅葉、夏子、早苗はいた。彼女たちはたくみとガクトの帰りを待っていた。

 ガルヴォルスの襲撃に備えながらしばらく待っていると、ガルヴォルスの姿のたくみとガクトが歩いてきた。

「たくみ・・・たくみ!」

「ガクト・・無事だった・・・」

 和海が呼びかけ、かりんが安堵の笑みをこぼす。寧々と紅葉も安堵の笑みをこぼすと、手を取って握り締める。

 和海とかりんがたくみとガクトに駆け寄る。するとたくみとガクトが力なく倒れて、彼女たちに寄りかかる。

「たくみ、しっかりして!たくみ!」

「和海・・言っただろ。オレは戻ってくるって・・」

 心配の声をかける和海に、たくみが笑みを浮かべて答える。その声を聞いて、和海が喜びを見せる。

「ガクト、無事でよかったよ・・よかった・・・」

「悪かったよ、かりん・・寧々にも心配かけたな・・」

 微笑みかけるかりんに、ガクトも笑みをこぼす。彼は涙ながらに喜びを浮かべている寧々に眼を向ける。

「ガクト・・戻ってきたんだね・・・」

「寧々・・もちろんだ。わざわざお前の憎まれ口を叩かれに戻ってきたんだ。ありがたく思いやがれ。」

「んもう。ちょっと心配してやったらすぐそんなこと言い出すんだから。心配して損したよ。」

 憮然とした態度を見せたガクトに、寧々がふくれっ面を見せる。するとかりんと紅葉が微笑をこぼす。

「やれやれ。どうやらオレたちの出番はなくなってしまったようだ。」

 そこへ悟がサクラとともに姿を現した。真樹たちの襲撃から何とか逃げ切ってきたのである。

「悟くん、サクラちゃん、大丈夫だったの・・!?

 ボロボロになっている2人に、夏子が駆け込んで呼びかける。

「先輩、ご迷惑おかけしました。ですがご覧の通りです。」

 悟が苦笑いを浮かべて答えると、夏子は安堵の吐息を大きくついた。

「無事なら無事と連絡すればよかったのに・・」

「すいません。悟のは真樹ちゃんに襲われたときに壊れて、私のは丁度電池切れで・・・」

 夏子の問いかけにサクラが苦笑いを浮かべて答える。呆れてため息をつくも、夏子は安堵の笑みをこぼした。

「でも、これで事件は解決したといえるわね・・」

「そうですね・・非常線を解除しましょう。みなさんも不安になっているでしょうから。」

 夏子の言葉に同意する早苗。早苗は携帯電話を取り出し、部下に非常線の解除を指示した。

「たくみくん、ガクトくん、あなたたちはこれから・・・」

 連絡を終えた早苗が訊ねると、たくみとガクトが眼つきを鋭くする。今回の事件は終結したものの、2人の間に生じた溝は簡単には埋まらなかった。

「たくみ、とりあえず家に戻って休もう。みんな疲れてるし・・紅葉ちゃんはどうする?」

 その沈黙を破って、和海が言いかける。

「うん、今夜は和海さんのところにお世話になっちゃおうかな。」

「それじゃあたしは美代子さんのお店に行くね。いろいろとお礼も言っておきたいから。」

 紅葉が言いかけると、寧々は笑顔で頷く。

「ガクトも今日は戦いは終わり。どうしてもっていうなら、明日にしようよ。」

「かりん・・・仕方ねぇなぁ・・」

 かりんが言いかけると、ガクトは憮然とした態度を見せて答える。全員が戦いの傷を癒すため、それぞれの帰るべき場所へと帰っていった。

 

 自宅のマンションへと戻ったたくみと和海は、紅葉を寝かせた後、自分たちの寝室に向かった。着ているものを脱いで、2人はベットの中での夜の時間を過ごしていた。

「和海、今日はいろいろとすまなかったな・・」

「いいよ。私はどこまでもたくみと一緒だから・・こんなことが起きたって、私は耐えられるよ。」

 謝罪するたくみに、和海が笑顔を見せて弁解する。

「和海・・飛鳥の願いは、オレたちの心の中で行き続けているのか・・・?」

「・・分かんない・・でも、そうであると信じている・・たくみだって信じてるんでしょ・・・?」

「そうだな・・・信じてるからこそ、オレたちはこれまで戦ってきたんだ・・・和海・・・!」

 たくみは和海の体を抱きしめる。彼の腕に抱かれて、和海が涙を流す。

「オレが、オレたちがそうしたいと思ったからそうする・・人間もガルヴォルスもみんな、笑顔で手を取り合えればいいと思ってる・・・」

「たくみ・・・私も、そう思ってるよ・・・」

 互いの心境を確かめ合うたくみと和海。2人は唇を重ねて、ベットに横たわった。

 

 セブンティーンに戻ってきたガクト、かりん、寧々は、美代子の開いたパーティーでにぎわった。心身ともに疲れ果てた彼らは、美代子の計らいによって癒された。

 それから寧々と美代子が眠りにつき、ガクトとかりんは夜の時間を過ごしていた。

「何とか無事に済んでよかったな・・」

「何言ってるのよ、ガクト。あなたはいつもムチャばかりするんだから。」

 ガクトの言葉にかりんがため息をつく。かりんは自分の胸の谷間にガクトの顔を押し当てていた。

「でも、寧々ちゃんも紅葉ちゃんも無事でよかった・・・」

「そうだな・・・けど、久恵も華帆も、もしかしたら救えたんじゃないかって、心のどっかで思ってるんだよな・・・」

 ガクトが沈痛さを込めて言いかける。するとかりんも困惑を覚える。

「できるなら、私も助け出したかった・・でも、あれはもう、久恵ちゃんでも華帆でもない・・・幻でしか・・・」

「・・いや・・あれは間違いなく、久恵だった・・・」

「えっ・・・?」

 ガクトが言いかけた言葉に、かりんが戸惑いを見せる。

「オレたちを励ましてきてくれたのは、紛れもなく久恵だった・・オレには分かる。アイツはどこまでも、オレたちを信じてくれているんだ・・・」

「・・なら、私も信じないとね・・ガクトと、久恵ちゃんのことを・・・」

 ガクトの言葉にかりんが同意して小さく頷く。だがかりんの表情が徐々に曇る。

「ガクト・・たくみさんと、戦うつもりなの・・・?」

「・・分かんねぇ・・・けど、アイツがオレの前に立ちはだかるっていうなら、オレは全力でブッ倒すだけだ・・・!」

 かりんがかけた言葉に、ガクトは真剣な面持ちで答える。止めたい気持ちに駆られるも、止められないと分かっていたため、彼女はこれ以上声をかけられなかった。

「ガクト、もう私は何も言わない・・・でも、最後にこれだけ・・誰かを悲しませることだけはしないで・・・」

「分かってる・・これからはお前や美代子さんだけじゃなく、寧々の泣き顔もこたえるからな・・・」

 かりんの言葉を受けて、ガクトは苦笑を浮かべる。2人は新たな決意を胸に秘めて、これからを強く生きていくことを、改めて誓うのだった。

 

 悲しみと感情が交錯した日から一夜が明けた。寧々と紅葉は実家へ戻ることを決めて、たくみたち、ガクトたちが見送りに出てきていた。

「寧々ちゃん、紅葉ちゃん、本当にそれでいいの?あなたたちが申請すれば、私たちがあなたたちを保護することも検討できるのよ。」

 早苗が深刻な面持ちで言いかけるが、寧々も紅葉も微笑んで首を横に振る。

「いいよ。もう心配しなくていいよ。あたしたちはお姉ちゃんと一緒に家に帰るよ。」

「ここで夏子さんや早苗さんたち、たくみさんや和海さんと一緒にいてもいいんだけど、それだとみんなに甘えちゃう気がするから・・」

 寧々と紅葉の弁解を聞いて、たくみと和海、ガクトとかりんが頷く。夏子も早苗も、2人の見解を受け入れて微笑みかける。

「分かった。もう何も言わないわ。あなたたち姉妹が決めたことだから・・・でも寧々ちゃん、紅葉ちゃん、たとえあなたたちがどこにいても、わたしたちがいることを忘れないでいて。」

「もちろんだよ。お姉ちゃんだけじゃない。あたしには、みんながついていてくれるんだから♪」

 早苗の言葉を受けて、寧々が笑顔を見せる。そして寧々はガクトに眼を向ける。

「ガクト、いつかまたこっちに来るから、そんときはまたよろしくね。」

「あぁ。次に会うときには、お前のその生意気が治ってくれてることを祈ってるよ。」

 寧々の言葉に対して憮然とした態度を見せるガクト。その返答に寧々がふくれっ面を見せて、かりんと美代子が微笑みかける。

「たくみさん、和海さん、またこっちに来るよ。そのときは、ゆっくりここでの時間を過ごすつもりでいるよ。」

「そうか。そのときはオレも和海も付き合うよ。なっちゃんも早苗さんも、時間が作れれば呼んであげたいな。」

「そうだね。みんな一緒なのが1番楽しいからね。」

 紅葉の言葉にたくみと和海が微笑んで答える。そのやり取りに早苗も微笑み、夏子が照れ隠しを見せる。

「みんな、ホントにありがとう・・・ホントに、ホントに・・・」

 寧々がみんなに感謝の意を示すが、別れの寂しさのあまりに眼から涙があふれ出てくる。するとガクトが寧々の頭に手を乗せてきた。

「ここは泣くとこじゃねぇだろうが。涙はもう1度会ったときのうれし涙としてとっておけよ。」

「う、うん・・ありがとう、ガクト・・・」

 ガクトがかけた言葉と優しさに、寧々は素直に喜んだ。彼女の笑顔を見て、ガクトや紅葉だけでなく、この場にいた全員が笑顔を浮かべた。

 

 寧々と紅葉の旅立つを笑顔で見送ったたくみたち、ガクトたち。だが2人が見えなくなったところで、たくみとガクトが眼を合わせた。

 今回の出来事で傷のように深く刻み付けられた溝。それを埋めるにはあまりにも深すぎて、たくみもガクトも互いを受け入れられずにいた。

 だが一触即発の状況にはならなかった。2人はこの場での対立をせず、それぞれの道を歩んでいくという意思確認を取るに留まった。

 鋭い視線を向け合う2人に、和海たちもかりんたちも困惑を浮かべていた。重い沈黙の中、たくみとガクトが互いに向かって歩き出す。

 だが2人は衝突することなく、すれ違い、そのまま歩き出していった。それは今の衝突はしないが、和解することもないという意味合いが込められていた。

 たくみとガクトがいつ、全てを賭けた対決を行うか。それは彼ら自身も分からないことだった。

 逃げることも避けることもできない最悪の形で切られる火蓋かもしれない。その状況下でも、2人の心のあるものはただひとつだった。

 己の中にある想い、決意のために、持てる力の全てを振るうことだけ・・・

 

 

この魂(こころ)、決して交わることはない・・・

 

 

作品集

 

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