ガルヴォルス
-Phantom Heart-
第8章
トウガとレイヤの激突に、ギルもすぐに気付いた。2人が交戦したことに、ギルは息をのんだ。
(まさかレイヤ、崎山トウガに・・・!?)
一抹の不安を覚えたギルが、レイヤの気配を探った。しかしレイヤの力を感じ取ることができない。
ギルはレイヤのいたほうに向かって移動を開始した。彼は空気中に散りばめられている闇に一体化することで、瞬間移動のような高速を行った。
トウガとレイヤの戦っていた場所にたどり着いたギル。彼は感覚を研ぎ澄ませて、レイヤの行方を追う。
(感じない!?・・わずかもレイヤの力を感じない・・・!?)
レイヤの気配がないことを痛感するギル。
たとえ力を抑えて気配を殺していたとしても、近くにいれば感じないことはないと、ギルには自信があった。だがそれでもギルはレイヤを感じ取れなかった。
(死んだというのか、レイヤは!?・・トウガに倒された・・・!?)
ギルは痛感していた。レイヤがトウガの手にかかったことに。
(レイヤはさらに力を付けていた・・そのレイヤが倒されただと・・・!?)
ギルは信じられなかった。レイヤが殺されたことと、トウガが強くなっていた彼の力を上回ったことを。
(ヤツを野放しにはできない。かといって指名手配や包囲網はヤツの感情を逆撫でして、逆に犠牲を増すことになる。極力秘密裏に手を打たなくては・・)
トウガへの対処を、彼を刺激しないように行おうとするギル。
(そしてヤツの息の根を止める役目は、オレがする・・・!)
トウガ打倒という決意を強固にしたギル。彼は各国に向けて警告を送ることにした。
レイヤを倒したトウガは、1度カノンのいる場所に戻ってきた。カノンは仰向けになっていて、無表情で空を見つめていた。
「カノン・・・」
トウガが声をかけると、カノンが彼に気付いて視線を移した。
「トウガさん・・・おかえりなさい・・・」
カノンが弱々しい声でトウガに挨拶してきた。彼女の失われた記憶は戻っていない。
「やっと、オレの敵の1人を倒した・・だけど、まだ倒さなくちゃならねぇ敵はいるし、見つかってねぇ敵もいるかもしれねぇ・・だから、オレはまた出かけてくる・・」
「はい・・・あの・・体は、大丈夫ですか・・・?」
事情を話すトウガに、カノンが心配の声をかける。
「体は大丈夫だ・・心に比べたら、体の痛みなんてへでもねぇよ・・・」
「そうですか・・気を付けてください・・あなたの体と心はあなただけのもの・・1つしかないんですから・・・」
自分の本音を口にするトウガに、カノンが心配の声をかける。彼女に優しくされて、トウガが戸惑いを覚える。
記憶を失ってしまっても、心からの優しさは失われていない。トウガはカノンからそう実感していた。
「ありがとうな、カノン。オレのことを心配してくれて・・」
微笑んでカノンに感謝するトウガだが、すぐに表情を曇らせる。
「けどオレにはやらなくちゃならねぇことがある・・だからのんびり休んでるわけにはいかねぇんだ・・・」
「トウガさん・・・」
トウガの頑なな意思に、カノンが困惑を浮かべる。彼女の沈痛さを感じながらも、トウガは意思を曲げない。
「もう少し・・もう少しだけ待っててくれ・・全部終わらせて、今みてぇにおめぇのところに戻ってくるからな・・・」
「トウガさん・・・あなたのことは、よく分かっていないけど・・あなたにいなくなってほしくないと思う・・・」
また歩き出そうとしたトウガに、カノンが思いを投げかけてきた。彼女の言葉を聞いて、トウガが動揺を覚える。
(記憶を失くしてるはずだ・・それなのにカノン、オレのことを・・・)
どんな状態でも心からの優しさを失っていないカノン。トウガにとって彼女は、いつまでもどこまでも心の支えとなっていた。
カノンに見せないようにしていたが、トウガは目から涙をあふれさせていた。
「オレは死なねぇよ・・敵のために死んでやるつもりなんて、これっぽっちも思っちゃいねぇ・・・」
トウガは低い声音で言いかけると、カノンの前から歩き出した。カノンの目の届かなくなったところで、トウガは目にあふれていた涙を拭った。
(そうだ・・オレはゴミクズどもを一掃する・・オレ自身、カノン、そしてこの世の中のために・・・!)
敵を滅ぼす意思を固めるトウガ。
だが彼は1人ではない。カノンを救い出すという目的もある。
カノンのためにも敵を倒すと、トウガは決意を固めていた。
トウガとカノンがギルから悲劇を被った日からしばらく経った。
トウガはその日の後も世界を狂わせていると判断した敵を葬り続けた。
トウガの存在は、人々の心にさらなる危機感と戒めを植え付けていく。身勝手を振りかざせば彼に殺されるという危機感を。
しかし悲劇以来、トウガはギルと対面していなかった。手がかりの収集に尽力していたが、彼の居場所さえもつかむことができないでいた。
そしてカノンの記憶はまだ戻っていない。記憶を取り戻すきっかけさえも見られない。
カノンが帰りを待ってくれている。それ以外の点ではトウガは孤独だった。
それでもトウガは自分の意思を曲げない。カノンと出会う前から、彼は理不尽に屈しない意思を貫き続けていた。
その揺るぎない意思が、トウガの本当の強さだった。
このときも、トウガは人間を手にかけて楽しんでいたクロコダイルガルヴォルスを相手にしていた。
「いろんなとこで暴れ回ってるガルヴォルス。噂は十分伝わってきてたぜ・・」
クロコダイルガルヴォルスがトウガを見て笑みをこぼす。
「ガルヴォルスのくせして、同じガルヴォルスにケンカ売るってか?」
「ガルヴォルスだろうが人間だろうが関係ねぇ・・オレが叩きつぶすのは、間違いを繰り返して正しいことにしている身勝手なゴミクズ連中だ!」
あざ笑ってくるクロコダイルガルヴォルスに、トウガが飛びかかる。
「ぐっ!」
トウガに殴られたクロコダイルガルヴォルスが大きく突き飛ばされて、壁に叩きつけられる。
「やるな。噂はウソじゃねぇってわけか・・だけどな・・・!」
クロコダイルガルヴォルスが不敵な笑みを浮かべて、全身に力を込める。
「オレの力を甘く見てると、後悔することになるぜ!」
笑みを強めたクロコダイルガルヴォルスがトウガに向かっていく。トウガが再び拳をぶつけるが、クロコダイルガルヴォルスは怯むことなく突っ込んできた。
「ぐふっ!」
突き飛ばされて激しく横転するトウガ。彼は地面に両手を強く叩きつけて、宙に浮いて体勢を整える。
「テメェだけじゃねぇ!オレも他のヤツとはひと味違うんだよ!」
「だからどうした・・おめぇが自分の目的のために、関係ねぇヤツを弄んでるゴミクズだってことに変わりねぇんだよ!」
言い放ってくるクロコダイルガルヴォルスに、トウガが怒りの声を上げる。
「ゴミクズ、ゴミクズって・・そんなこと言われていい気分になるヤツなんか、どうかしてると思うよな!」
クロコダイルガルヴォルスが目を見開いて、トウガに再び突進を仕掛ける。トウガもぶつかり合い、力を込めて踏みとどまる。
「ちっとはやるようになったが、まだまだだ!」
クロコダイルガルヴォルスが不敵な笑みを浮かべて、力を上げてトウガを押し込む。徐々に押されていくも、トウガはすぐに力を入れて押し返す。
(もう身勝手でムチャクチャにされるのはまっぴらだ・・そんなことを押し付けてくるヤツは、どこにいようと見つけ出して叩きつぶす!)
決意を込めて激高するトウガの体から電撃が発する。電撃に弾かれて、クロコダイルガルヴォルスが突き飛ばされる。
「コ、コイツは・・!?」
電撃をほとばしるトウガに、クロコダイルガルヴォルスが目を見開く。
「オレはもう負けねぇ!敵は全部、この手で倒す!」
トウガが怒号とともに、電撃をクロコダイルガルヴォルス目がけて解き放つ。
「ぐあっ!」
電撃を受けたクロコダイルガルヴォルスが、体に激痛を覚えて絶叫を上げる。
「おめぇの力、ここまですごいものなのかよ・・・!?」
トウガが発揮した真の力を目の当たりにして、クロコダイルガルヴォルスが驚愕する。
「敵は1人の野放しにしねぇ・・ゴミクズの思い通りになることは、オレが1つも許さねぇ!」
「それでゴミクズだって認めるつもりはねぇよ!」
怒号を放つトウガに、クロコダイルガルヴォルスも言い返して迎え撃つ。2人が繰り出した拳がぶつかり合い、激しい衝撃を巻き起こす。
トウガに押されて、クロコダイルガルヴォルスが顔を歪める。
「おのれ・・このまま力負けするだけなのか・・・!」
毒づくクロコダイルガルヴォルスが、トウガに殴られて大きく突き飛ばされる。彼はその先の壁を突き破って、倉庫の中に飛び込んだ。
トウガもクロコダイルガルヴォルスを追って、倉庫の中に飛び込んだ。しかし中にクロコダイルガルヴォルスの姿はない。
「どこだ・・どこへ行きやがった・・・!?」
トウガが周りを見回して、クロコダイルガルヴォルスの行方を追う。
「逃げるな!早く出てこい!」
トウガが怒号を放った瞬間、彼の頭上から瓦礫が落下してきた。
「小賢しい!」
トウガが全身から電撃を放出して、瓦礫をはじき飛ばした。彼は感覚を研ぎ澄まして、クロコダイルガルヴォルスの行方を再び探る。
そのとき、トウガが突然体に激痛を覚えた。彼の体を刃が貫いた。
「上に意識が向いてたな!下ががら空きになってたぜ!」
クロコダイルガルヴォルスが不敵な笑みを浮かべる。彼は地面を這って、トウガに後ろから手の爪を突き出してきたのだった。
「いい気になるのはここまでだ!一気に息の根を止めてやるぜ!」
クロコダイルガルヴォルスが言い放って、爪をトウガの体に食い込む。激痛に襲われるも、トウガは全身に力を込めて電撃を放出する。
「ぐっ!・・こんなことで!」
クロコダイルガルヴォルスが電撃に耐えて、トウガに力を込める。激高したトウガがクロコダイルガルヴォルスに肘打ちを叩き込む。
「ぐうっ!・・死ね!このままぶっ殺してやるぞ!」
「死ぬのはてめぇだ、ゴミクズヤローが!」
互いに怒号を叫ぶクロコダイルガルヴォルスとトウガ。トウガが振り下ろした肘が、クロコダイルガルヴォルスの腕の骨を叩き折った。
「ぐあぁっ!」
激痛に襲われたクロコダイルガルヴォルスが絶叫を上げる。彼が突き立てていた爪を、トウガは力を込めて引き抜いた。
「オレは死なねぇ・・ゴミクズを滅ぼすまで、オレは絶対に死なねぇ!」
トウガが声と力を振り絞り、クロコダイルガルヴォルスに拳を繰り出す。クロコダイルガルヴォルスがとっさに動いて、トウガの拳をかわす。
「よけるな!」
トウガが怒号を放ち、クロコダイルガルヴォルスを追って拳を振りかざす。拳をぶつけられたことで、床がえぐれて爆発のように吹き飛ぶ。
クロコダイルガルヴォルスが毒づき、慌てて倉庫から外に飛び出した。
(やべぇ!バケモノの中のバケモノだ!オレでも命がいくつあっても足りゃしねぇ!)
畏怖と危機感を痛感して、クロコダイルガルヴォルスが逃走を図る。彼は隠れられる場所を必死に探る。
だがそのとき、トウガが倉庫から飛び出して、右手を突き出してクロコダイルガルヴォルスの頭を押さえて、地面に叩きつけた。
「ぐっ!」
クロコダイルガルヴォルスが激痛に襲われてうめく。しかしトウガに強く押さえつけられて、起き上がることができない。
「ゴミクズは1人も逃がしはしねぇ!どこまでも追いかけて、必ず息の根を止める!」
トウガが怒りを言い放ち、右足でクロコダイルガルヴォルスの体を踏みつけた。
「がはぁっ!」
体の骨をへし折られて、クロコダイルガルヴォルスが絶叫を上げる。
「オレは・・こんな、ところで・・・」
声と力を振り絞るクロコダイルガルヴォルスだが、力尽きて突っ伏した。動かなくなった彼を、トウガが鋭く睨みつける。
「ゴミクズは1人残らず叩きつぶす・・これ以上、おめぇらの思い上がりを正しいことにさせてたまるか・・・!」
敵への憎悪と敵意を募らせていくトウガ。
「そしてオレはカノンを守る・・もうあんなこと、カノンに絶対にさせない・・・!」
カノンを絶望から守ることも、トウガの揺るぎない意思となっていた。
「そして必ずアイツを・・カノンをここまで追い詰めたアイツを必ず殺す・・野放しになんてさせねぇ・・アイツの存在を、オレは許しはしねぇ!」
ギルに対する憎悪を募らせて、トウガが地面を強く踏みつける。ギルがいれば自分とカノンに安息は来ないと、トウガは思っていた。
そのとき、トウガは誰かが近づいてくるのを耳にした。かすかな足音を捉えて、彼は振り向く。
1人の青年がトウガの前に現れて、緊張を宿した面持ちを見せてきた。
「お前も、ガルヴォルスなのか・・・!?」
トウガが青年に鋭い視線を向ける。青年も真剣な面持ちでトウガに視線を返していた。
世界の理不尽に絶望し、怒りを燃やす青年。
大切な人すらも傷つけられ、彼の怒りは頂点に達していた。
異形の存在となった青年が、新たな運命の交錯を果たす。
血塗られた戦いの本当の幕は、今上がった・・・