ガルヴォルスinデビルマンレディー 第22話「人間」

 

 

「ここ・・は・・・」

 暗闇の中で、彩夏は目覚めた。彼女は一糸まとわぬ姿で、この暗闇を漂っていた。妹、美優を抱いたまま。

「そうか・・・私たちはアスカって人の力で、石にされちゃったんだね・・・」

 彩夏が小さく微笑みながら、自分の体を見つめた。心の中では生身の肌だが、現実では2人は石になっている。

「この胸も・・この耳も・・・石に・・・」

 彩夏は自分の頭にある、ビーストとしての猫耳に手を当てる。ふわりとした感触さえ与えてくれるこの猫耳も、実際には白く固まっているのだ。

「・・お姉ちゃん・・・」

 そのとき、美優の声に彩夏は気付く。振り向くと彼女が意識を取り戻していた。

「美優、眼が覚めたのね。」

「うん・・・でも、ここはどこ・・・?」

「多分、私たちの心の中だと思う・・・本当の私たちは、石にされて動けなくなってるんだよ・・・」

 困惑を隠せないでいる彩夏と美優。

「今、いったい周りはどうなってるのかな・・・?」

 美優が不安を浮かべながら、周囲を見回す。しかし周囲は先も見えない暗闇が続くばかりだった。

「もしかしたら、念じてみたら分かるかもしれない・・・」

 そう思い立った彩夏が、外の世界に意識を集中する。すると真っ暗だった空間が歪み出し、別の風景を映し出す。

 それはアスカが描き出した楽園だった。争いのない雰囲気をかもし出し、草花が風に揺らめいていた。

 自分たちの体に眼を向けてみる。彼女たちの体は、アスカの力を受けて白い石になっていた。

「やっぱり私たち、石にされちゃったんだね・・」

「うん・・・みんなは、どうしたんだろう・・・?」

 沈痛の面持ちを見せる美優。彩夏が困惑を抱えながら、周囲に意識を向ける。

 そのとき、彼女はアスカの姿を捉えた。そしてアスカが寄り添っているのは、

「夏子さん!」

 その光景に彩夏は眼を疑った。そこにいたのは、アスカに妖しく抱擁されている夏子だった。

 

「く、くああぁぁぁーーー!!!」

 アスカの抱擁を受けて、夏子が悲鳴を上げる。その声と反応を目の当たりにして、アスカが微笑む。

「ンフフフ、ずい分と感じているようね。それでいい。それが人間というものよ。」

「違う・・・そんなのは人間として、恥ずべきことよ・・・!」

 妖しく微笑むアスカに対し、夏子が押し寄せる刺激に必死に耐えながら抗議する。

「果たしてそれが正解と言えるのかしら?その恥ずべき行為が、実は最も人間らしいことなのかもしれないのよ。」

 揉み解していた石化していない夏子の左胸から手を離し、触れていた手の指先を舐めるアスカ。その抱擁の高揚感をさらに確かめるために。

「さて、そろそろ裸にんってみましょうか。心配はいらないわ。誰しも生まれたときはみんな裸。昔の楽園(エデン)に棲む人々は普段から裸だったのだから。」

 アスカが困惑を隠せないでいる夏子の下半身に視線を向けた。

  ピキッ ピキッ ピキッ

 夏子にかけられた石化が彼女のはいているスカートを引き裂く。彼女の身に付けている衣服がボロボロになり、素肌のほとんどをさらけ出していた。

「なかなかの体つきね。刑事を辞めても、モデルとして十分やっていけたかもしれないわね。」

 白く固まった体を見て、アスカがさらに微笑む。夏子は完全に気恥ずかしくなって、言葉を発することができないでいる。

「たくみくんや長田さんたちが体感したものを、あなたにも本格的に感じさせてあげる。」

 アスカが夏子の石化された秘所に手を伸ばす。夏子が頬を赤らめて、さらにあえぐ。

 彼女の中にある感情が激しく揺さぶられていく。今まで感じたことのない高揚感であり、不快感でもあった。

「たくみ、長田さん、聞いて!」

 夏子が刺激を抑え込もうとしながら、たくみと和海に叫ぶ。

「あなたたち、こんなところで何やってるのよ!あなたたちには、やらなくちゃいけないと心に決めてるんでしょ!だったらそんなことしてないで戦って!」

「ムダよ。今の2人の心は崩壊したと言ってもいい。もはや互いの肌に触れ合っていなければ生きられないほど、彼らの心は弱くなっているのよ。」

 願いを込めて叫び続ける夏子を、アスカが妖しく言いとがめる。それでも夏子は叫ぶことをやめない。

「あなたたちの命は、あなたたちの心は、もうあなたたちだけのものじゃない!私も、ジュンも滝浦さんも、みんなの心は1つにつながっている!だから、みんなのために戦って!」

「あなたの声は、彼らの心には届かない。」

「いいえ!必ず届く!」

 淡々と語るアスカの言葉を一蹴する夏子。

「しっかりしなさい!たくみ!長田さん!」

 必死の思いでたくみと和海に呼びかける夏子。しかしアスカの抱擁によって、その精神力が弱まりつつあった。

 

 暗闇が広がる心の世界。外の世界と隔離されているこの空間に、たくみと和海は横たわっていた。

 アスカの抱擁によって、2人の心は崩壊を余儀なくされていた。互いの心に触れ合うことで、その完全な崩壊を免れていた。

 互いの肌に触れ合い、たくみが和海の胸を撫でる。そしてゆっくりと唇を重ね、その感触を確かめる。

 赤ん坊のように、愛するものにすがりつかなければ生きていけない。2人の抱擁はそう思わせるほどだった。

「たくみ!長田さん!」

 そこへどこからか叫び声が響いてきた。必死の思いの夏子のものだった。

 彼女の声は2人の心の世界に満遍なく轟いていた。2人の耳には届いていたが、頭には入っていなかった。

 もしも外のことを受け入れようとしたなら、本当に心が壊れてしまう。ひとたび触れただけで崩れる砂山のように。

 2人は無意識にそう感じ取っていた。

 塞ぎ込むように、2人は抱擁をさらに深めた。

 

 思いを込めた夏子の叫び。その声は彩夏と美優の耳には届いていた。

「今の声、夏子お姉ちゃんのだよね?」

 美優が困惑した面持ちで、彩夏の顔を見る。

「でもたくみさんもおーちゃんも、全然聞こえてないみたい・・」

 2人の心を感じ取っていた彩夏も困惑を見せる。

 彼女は意識を集中させて、2人の心をさらにかいま見る。

 2人は抱き合い、寄り添いあっていた。互いが互いにすがらなければ生きていけないようにも見える光景だった。

 美優も姉に続いて、2人の心への疎通を試みた。すると、

「ダメ、美優。見ないほうがいいわ。」

 彩夏がそれを制した。姉の言葉を受けて、美優はさらなる心への介入をやめた。

「どうしよう・・このままじゃ、アスカって人が・・・」

 彩夏の困惑がさらに広がる。もしも夏子の声がこのままたくみと和海たちに届かず、夏子自身まで石化されてしまったら、アスカの神としての征服を止める者は誰もいなくなってしまう。

 何とかして夏子の声を、夏子の願いを伝えなくてはならない。

 彩夏は思考を巡らせた。しかし彼女も美優も、アスカの石化に囚われて自由のほとんどが束縛されている。

(伝えなくちゃ・・・絶対に伝えないと・・・!)

「お姉ちゃん・・・」

 思考を巡らせる彩夏。彼女のその面持ちを見て、美優も困惑する。

「そうだ!お姉ちゃん、歌って。」

「えっ?」

 美優の提案に彩夏がきょとんとなる。

「お姉ちゃんの歌声は、いつも私やみんなを幸せにしてきた。辛くなってたたくみお兄ちゃんたちの心も癒したし、きれいだってみんな誉めてくれてたし。だから、歌で呼びかければ、たくみお兄ちゃんも和海お姉ちゃんも・・」

「美優・・・」

「だから歌って。お姉ちゃんのきれいな声が、みんなに届くって私は信じてる。」

 姉の彩夏に無邪気な笑みを見せる美優。人々から迫害を受けていたときも、美優は彩夏の歌声で辛い境遇を乗り越えることができた。

 美優は彩夏の歌のすばらしさを誰よりも知っていた。想いを彼女の歌に乗せれば、伝わらないものはないと信じていた。

「分かったよ、美優。歌ってみるね。」

 彩夏は微笑んで、美優の思いを受け止めた。そしてひとつ息をつき、声を発する。

 鮮明できれいな歌声が、姉妹の心の空間に響き渡る。そしてその声は空間を満たし、外の世界へと広がっていく。

 石化されている人々にも、その歌声が伝わる。やがて心の中で抱擁を続けているたくみと和海のところへも流れていく。

(お姉ちゃんの歌声・・たくみお兄ちゃんや和海お姉ちゃんに伝わって・・・)

 美優の願い。

(お願い・・・私たちの思い、たくみさんと和海さん、みんなに届いて・・・)

 彩夏の願い。

 彼女たちの願いが彩夏の歌声が、たくみと和海に染み渡っていった。

 

 アスカの抱擁で、夏子の意識はもうろうとしていた。たくみと和海への叫びも途切れ、息も絶え絶えとなっていた。

「もう気力がほとんどなくなったようね。それでいい。それであなたも楽になれる。」

 頬を赤らめている夏子を見つめて、アスカが妖しく微笑む。夏子の心は彼女に支配されていた。

「あとはこの石化に包まれていけばいい。もうムリをすることはないわ。」

  パキッ ピキッ

 石化が夏子の体をさらに蝕み、手足の先まで白い石に変わる。

「たくみ・・長田さん・・・しっかり・・しっかりしなさい・・・」

 薄れていく意識の中で、さらに呼びかけようとする夏子。しかしその声も弱々しかった。

「それじゃ、最後の仕上げといかせてもらうわ。」

 アスカが夏子の石の体から離れ、意識を傾ける。

  ピキッ パキッ

 石化が夏子の頬を包み、流れていく涙を弾く。

    フッ

 その涙をあふれさせている瞳にも亀裂が入り、夏子は白い石像となった。

「これであなたも私のもの。この楽園の永遠の住人となったのよ。」

 その場に立ち尽くす全裸の女性の姿に、快楽を感じるアスカ。たくみと和海に声が届いたのか。その真意が分からないまま、夏子もアスカの石化に囚われてしまった。

「あとはあなただけということになるわね、ジュン。」

 アスカがゆっくりと振り返る。その先には、ジュンが傷ついた体を起こして立ち上がっていた。

「ムリはやめなさい。私に全てを委ねるのよ。でないとあなたは傷ついて死ぬことになるわよ。」

「いいえ・・あなたには屈しないわ・・・」

 妖しく微笑むアスカに、ジュンがもうろうとした意識の中で抗う。

「あなたは私たちの心を何も分かっていない。私が求めたものは、和美ちゃんやみんなと楽しい日々を過ごすことであって、ただ一緒にいるだけじゃない。それに私は死なない。なぜなら、あなたが神と称しているように、私は悪魔だから。」

「ジュン、あなた・・」

「悪魔は奈落の底に住む使者。殺されても、何度でも地獄から這い上がる。前にも言ったはずよ。」

 言い放ったジュンが全身に力を込め、悪魔へと姿を変える。その凶暴な本能をむき出しにして、アスカに牙を向ける。

「なるほど・・そうまでして死を望むというのね。あなたの親しい人たちのために・・・なら、私が・・」

 アスカが眼を見開き、背の翼を大きく広げた。

「神の制裁を、悪魔であるあなたに下すわ。」

 飛び込み、鋭い爪を振り下ろすアスカ。その鋭い刃が、満身創痍のジュンの体にさらなる傷をつける。

「がはっ!」

 切られた部分と口から赤々とした鮮血があふれ、ジュンは激痛を感じてあえぐ。その血のこびりついた手を見つめながら、アスカがゆっくりと振り返る。

「前のように、私を脅かすことはできそうにないわね。」

 勝ちを確信しているかのように、アスカが笑みを浮かべるその笑みは妖しいというよりは不気味なものに見えた。

 

 彩夏の思いを込めた歌声。それはたくみと和海の心の世界にも広がっていた。

 虚ろな表情を浮かべて抱擁を続ける2人の耳に、鮮明な歌声が届く。すると2人の動きが一瞬止まる。

「・・・これ・・は・・・」

 おぼろげに呟くたくみ。和海もかすかに彩夏の声に耳を傾ける。

「・・・きれい・・・」

 その歌声に感嘆の呟きをぼらす。

「・・けど・・・」

 そこで思考を交錯させるたくみ。

「・・・どこかで聞いたことが・・・」

 和海も同様の面持ちを浮かべる。

「・・・いつなんだ・・・誰なんだ・・・どこで・・・?」

「・・・これって、忘れちゃいけないんじゃないように思える・・・」

「・・分からない・・・思い出したい・・・」

「・・思い出さなくちゃ、いけない気がする・・・」

 何とか思考をまとめ上げて、答えを導き出そうとする2人。しかしもうろうとしている意識の2人は、その答えを出すのが困難を極めていた。

 それでも答えを探したい。2人の思いは、再び揺るぎないものとなった。

「そうだ・・・これはあの子の・・歌だ・・・」

「・・・彩夏・・ちゃん・・・」

 たくみと和海の脳裏に、彩夏と美優の顔がよみがえった。

 人間とその進化の衝突の際、たくみたちは心の底から打ちひしがれていた。そんな頑なになっていた彼らの心に安らぎを与えたのは、彩夏の鮮明な歌声だった。

 獣となった運命に巻き込まれた姉妹の思いを込めた歌声が、たくみと和海の心に響き渡る。

「彩夏ちゃん、私とたくみのために・・みんなのために歌ってくれてる・・・」

「ああ・・アイツのおかげで、忘れていたものを思い出すことができたよ・・」

 薄らいでいた意識を覚醒させ、たくみと和海が体を起こす。空間は2人の愛液で満たされていて、起き上がったときにその雫がこぼれ落ちる。

「オレたち、こんなに出してたのかよ・・・」

「分からない・・私たちの心の中、だからかもしれない・・・」

 空間を満たしている愛液を目の当たりにして、たくみと和海が頬を赤らめて恥じらいを感じる。

「って、こんなことは今はどうだっていい。」

「うん。今はこの状況を何とかして、なっちゃんやジュンさん、みんなを助けないと。」

 すぐに笑みを見せて、状況の打破を考えるたくみと和海。

「けど、どうやって石化を解いたらいいんだ・・・?」

 たくみがもらした呟き。和海も心の片隅に置いていた疑問が浮かび上がったことに、戸惑いを感じる。

「あずみさんにかけられた石化のときは、彼女が神の力を手にしようとして、その生贄にされて、力を奪われそうになったときに解けたんだよね。でも、今回は・・」

 和海の中に不安が広がる。今回のアスカの石化は、何らかの礎のためではなく、快楽を与えるためのものである。アスカが死ぬか石化を解く意思を見せない限り、たくみと和海が石化から解放される好機はない。

 意思を取り戻したものの、打開策を見出せず、たくみと和海は途方に暮れていた。

「どうしたんだ?そんな顔は君たちには似合わないと思うよ。」

 そのとき、2人の心の世界に声が響き渡った。

「こ、この声・・・」

 聞き覚えのあるその声を受けて、2人は振り返る。その先には、人間とガルヴォルスとの共存を理想としていた第一人者、飛鳥総一郎の姿があった。

「飛鳥、さん・・・」

「久しぶり、といったほうがいいかな・・たくみくん、和海さん。」

 戸惑いを見せるたくみと和海に、飛鳥は優しく微笑んだ。

 はじめは自分たちが思い描いた心の中の幻なのではないかと彼らは思った。しかしすぐに眼前にいる飛鳥が、彼らの心に息づいている存在だと気付くのに、さほど時間はかからなかった。

 

 

次回予告

第23話「理想」

 

たくみと和海の心の中に現れた飛鳥。

彼の告げた言葉に、彼らの心に決意が宿る。

アスカの力の前に、窮地に追い込まれるジュン。

人間とガルヴォルスとデビルビースト。

共存の理想は、2人の呪縛を払うことができるだろうか?

 

「みんなを守ること。それが共存に結びつくんだ。」

 

 

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