ガルヴォルスinデビルマンレディー 第19話「悪魔」

 

 

「和海、しっかりしろ!」

 たくみが眼を閉じている和海に呼びかける。すると和海が閉じたまぶたを震わせる。

「あれ・・たくみ・・・わたし・・・」

「和海・・よかった、気がついたようだな・・」

 眼を開けた和海に、たくみが安堵して笑みをこぼす。そして再び真剣な表情に戻り、困惑を見せているアスカを見据える。

「和海はオレが守る。邪魔するなら、アンタを引き裂く。」

 たくみがアスカに忠告を述べる。しかしアスカは引き下がる様子を見せない。

「フッ・・あなたが死からよみがえってくるとは意外だったわ。でも、その体でどこまで持つのかしら?」

「何っ・・!?」

 アスカの言葉に眉をひそめた直後、たくみの顔が歪んだ。全身が突然悲鳴を上げ、その痛みにうめいた。

 彼は満身創痍だった。蜂の怪物にやられながら、その死からよみがえったが、体の傷が癒えたわけではなかった。

「た、たくみ!?」

 声を荒げる和海に、たくみが倒れ込む。力を失った彼は、悪魔から人間に姿が戻る。

「たくみ、しっかりして!死んじゃダメ!」

「そんなに、大声出さないでくれよ・・・それより、早く服着たほうがいいんじゃないのか・・・?」

 呼びかけてくる和海に小さく語りかけるたくみ。自分が服を脱がされていたことを指摘され、彼女は思わず頬を赤らめた。

 ひとまずたくみの体を横たえ、近くに放り出されていた自分の衣服に手を伸ばす。そそくさに着用し、再びたくみの体を起こす。

「たくみ、もうムリしないで・・私は、私は無事だから・・・」

 和海がたくみを優しく抱き寄せる。そのぬくもりを、彼はあたたかく感じていた。

 彼女の抱擁を受け入れて、たくみはそのまま意識を失った。

(たくみ・・・みんな、ゴメン。でも、必ず助けに行くからね。)

 和海は沈痛の面持ちで、石化された和美、彩夏、美優を見つめた。アスカに捕らわれた人々を救い出す力は、今の彼女たちには残されていない。

「ここから出て行くの、長田和海さん?この楽園にいれば、あなたは救われるのよ。2度と辛い思いをすることもなく・・」

「ここはあなたの楽園であって、私の楽園ではない。」

 悠然と言いとがめようとしたアスカに反論する和海。真剣な眼差しを送ってくる彼女に、アスカから笑みが消える。

「ここは神と天使の住む楽園。悪魔も身を清めることで住むことを許される。天使であるあなたがここを出て行けば、あなたは堕天使の烙印を押されることになるのよ。」

「関係ないわ。堕天使になっても、魔女と呼ばれても、私はたくみを、みんなを助けたい!」

 あくまでアスカに逆らう意思を見せる和海。彼女の背中から天使の翼が広がり、無数の羽根の矢が放たれる。

 アスカはその矢の群れを、右手をかざすだけではね返す。しかし和海はすでに、たくみを抱えて大きく羽ばたいていた。アスカが振り返ったときには、2人は楽園の外の空間に飛び出していた。

「フフフ・・バカな子たちね。あなたたちは禁忌を、罪を犯したのよ。これでもう、私の力でその罪を償わせるしかない・・・」

 見えなくなっていく2人の姿を見つめながら、アスカは妖しく微笑んでいた。

 それから彼女は再びきびすを返した。そこには長い黒髪の女性が立っていた。

「あなたから来るとはね・・ジュン・・・」

 アスカがジュンに笑みを向ける。一糸まとわぬ姿のジュンは、この周囲を見回していた。

「和美ちゃん・・・」

 ジュンの眼に張り付けの状態で石化された和美の姿が飛び込んでくる。そして抱き合ったまま石化された姉妹、彩夏と美優の姿も。

「あなたがやったの・・アスカ・・!?」

 ジュンが問いかけると、アスカが笑みをさらに強める。

「そう。その子たちは神の洗礼を受けたのよ。けがれてしまったその体を清め、この楽園に住むにふさわしいようにしてあげたのよ。」

「楽園・・・?」

「そうそう。少しばかり遅かったわね。たった今、たくみくんと長田和海さんがここを出て行ったわ。」

「えっ、あの2人が・・!?」

「あなたもそのけがれを消してあげるわ。でも、その前に2人を呼び戻さなくてはいけないわね。」

 アスカがジュンに背を向けた瞬間、たくみを傷つけた蜂の怪物がジュンに襲いかかってきた。ジュンは繰り出された針を回避して、それを受け止める。

 ジュンの眼に不気味な光が宿り、髪が逆立つ。そして彼女の姿が悪魔に変貌する。

 彼女を蜂の怪物に任せ、アスカは姿を消した。

「アスカ!」

 消え行くアスカに向けてのジュンの叫び声が、この楽園にこだました。

 

 アスカの描いた楽園から脱出した和海とたくみは、街外れの裏路地に降り立っていた。心身ともに疲れ切っていた2人は、壁にもたれかかって体を休めていた。

「たくみ、大丈夫・・?」

「ああ・・大分楽になってきた・・・後は自然回復で何とかなりそうだ・・・」

 和海に心配に対し、たくみは安堵の吐息をもらしていた。

「けど1番辛いのは、みんなを助けられず置いてきちまったことだな。オレにもっと力があれば・・力が残っていれば・・・」

 たくみが自分の無力さを悔やんだ。彼らは石化された和美たちを助けることもできず、自分たちが逃げ延びるkとおだけで精一杯だった。

「ううん、私が捕まって、アスカに好きなようにされなかったら・・」

「和海・・・」

 和海が同様の後悔を抱き、たくみがさらに沈痛になる。どうしたらいいのか分からず、彼は思わず彼女の体を優しく抱き寄せていた。

「た、たくみ・・・?」

 突然の抱擁を受けて、和海が戸惑い頬を赤らめる。

「和海、オレはもう迷わない。お前を守り、みんなを助け出す。オレたちの笑顔を取り戻す。そのためなら、オレは邪魔するヤツの命を絶つことをためらわない。」

「たくみ・・・」

「もしもそれが罪なら、守ること、戦うことが罪なら、オレが背負ってやる。悪魔である、オレが・・・」

 たくみの決意。和海の思い。2人の心が再び交錯していた。

 彼女の笑顔を守るため、みんなを助ける。それがたくみの決意だった。

 新しく幸せをつかむため、みんなの力になりたい。それが和海の願いだった。

 2人の心がひとつになり、力と可能性に変わる。2人はそう信じて揺るぎなかった。

「ん・・?」

 そのとき、たくみが何かに気付いて顔を上げる。路地の外では風が吹き始めていた。

 痛みが治まっていない体を起こし、たくみは和海から離れて様子をうかがう。すると明かりが2人を照らし出した。

 その眩しさに、たくみたちは眼を伏せる。明かりは徐々に光を増していた。何かが近づいてきていた。

 アスカが差し向けた敵かもしれない。そう考慮に入れたたくみはいつでもガルヴォルスになれるよう身構えた。

 エンジン音を響かせながら、明かりがたくみの前で止まる。1台の車が止まり、誰かが外に出てきた。

「あ、たくみ・・・?」

「えっ?」

 その相手の声に、たくみも和海も一瞬唖然となる。車のライトが消えると、そこには秋夏子の姿があった。

「な、なっちゃん・・!?」

「たくみ、長田さん、アンタたちがどうして・・!?」

 和海と夏子が同時に驚きの声を上げる。

「オレと和海は、何とか脱出することができたが・・タッキーやみんなは、助けられなかった・・・」

 夏子に事情を説明しながら、悔やみ顔を歪めるたくみ。その様子に夏子も沈痛な面持ちになる。

「なっちゃんこそ、どうしてここにいるんだ?・・ジュンは、ジュンはどうしたんだ・・・!?」

 たくみが切羽詰りながら、夏子に問いかける。

「ジュンは滝浦さんたちを助けに向かったはずよ・・・来なかったの・・!?」

「あ、ああ・・意識がはっきりしてたわけじゃないが、ジュンがいた気配はなかったぞ。」

「もしかして、入れ違いになったんじゃ・・」

 不安を募らせていく3人。その不安を振り切って、たくみが口を開く。

「とにかく、早く戻らないと・・このままじゃジュンやみんなが・・・!」

「待ちなさい、たくみ!そんな体で向かったって、みんなを助けられない!」

 空を見上げるたくみを夏子が呼び止める。

「ジュンや滝浦さんを助けたいという気持ちは私も同じよ。だから自分たちだけで背負い込まないで。」

「なっちゃん・・・」

「途中まで私が送るわ。アンタたちガルヴォルスは、普通の人間より傷の治りが早いんでしょ?」

 そういって夏子は車の運転席の前に移動する。

「移動している間に、さっさと体を治しなさいよ。」

 たくみと和海に向けて、自信のある笑みを見せる。

 彼女もここまで来た以上、誰かの何かの助けになりたい。それが今まで務めてきた自分の職務を放棄してまで駆けつけてきた自分がすべきことだと、彼女は思っていた。

「・・ありがとう、なっちゃん・・」

「お礼をいうのは、全てが終わってから。でしょ?」

 感謝の意を心の底から思い、たくみと和海も車に乗った。

 

 たくみの記憶を頼りに、夏子は車を走らせていた。その後ろの席で、たくみと和海は体を休めていた。

「たくみ、長田さん、大丈夫?」

「ああ。何とかな・・・」

 夏子の心配にたくみがから元気な返事をする。そのうちの隠している困惑に、彼女は気付いていた。

 それを悟ったたくみが、重く閉ざしていた口を開く。

「なっちゃん、オレが怖くないのか・・・?」

「何よ、いきなり?ガルヴォルスだから?そのくらいで私が怖がるわけがないじゃない。」

「いや。オレが悪魔だってことさ。」

「悪魔?」

 たくみの言葉に、夏子だけでなく和海も眉をひそめる。

「自分の目的のために手段を選ばず、他人を傷つける血に飢えた獣。それがオレなんだ。だけど、そんなオレでも、どうしても譲れないものがある。だから・・・!」

 たくみが和海を強く抱きしめる。その抱擁に和海は戸惑い、言葉が出なくなってしまう。

「オレは悪魔だ。オレのしたいことのためなら、この爪で敵を切り裂く・・」

「たくみ・・・」

 思いつめるたくみに、和海は悲痛さを感じるばかりだった。すると夏子が、

「いいえ、あなたは人間よ。」

 その言葉にたくみは戸惑いを見せる。

「なっちゃんもあのとき見たはずだ。オレが何の罪もない人間を殺したんだ。そんなヤツが、悪魔以外の誰かだなんて・・・!」

「悪魔だったら、そんなふうに涙を見せたりしないわよ。」

「えっ・・・?」

 その言葉に、たくみだけでなく和海も戸惑う。指摘どおり、彼の眼からは大粒の涙がこぼれていた。

 人でなければ流すことのない涙。悪魔は決して出すことのないあたたかな雫。

「たとえ悪魔の姿をしていたって、アンタはちゃんとした人間よ。保障してくれる人なんて、たくさんいるでしょ?もちろん私も。」

 前を向いたまま、夏子は笑みを浮かべた。彼女の言葉に、たくみは張り詰めていた気持ちが少し和らいだように思えた。

 こうして自分を思ってくれている人がいる。自分を愛してくれる人がいる。

 それらが自分を人間としてくれるかけがえのないものとなっていることを、たくみは心からかみ締めた。

「なっちゃん・・和海・・ありがとう・・・」

「私もなっちゃんに“ありがとう”だね。なっちゃんがいなかったら、私たち、どうにもならなくなってたよ。」

 和海も夏子に感謝する。その気持ちが、今の夏子にとても嬉しいことだった。

 しかしすぐにその笑みが消える。

「たくみ、長田さん・・無事に、帰ってくるわよね・・・?」

 夏子が唐突に2人に聞く。するとたくみは物悲しい笑みを浮かべた。

「死ぬのが怖いわけじゃない。ただ、オレが死んで誰かが悲しむのが、怖い・・・さっきまでオレはそう思っていた。」

「たくみ・・・!」

 たくみの言葉を不快に思い、和海と夏子が声を荒げる。

「だけど、こんなオレを心の底から思ってくれる人がいる。だから、オレはまだ死ぬわけにはいかないんだ・・・!」

 決意を告げるたくみ。それを聞いた夏子は、複雑な心境に陥った。

「私にも昔、友達がいたの。まだ警官だった頃の私の同僚・・・でも、犯人追跡中の際、彼女は殉死した・・・私の眼の前で・・・!」

 夏子の脳裏にその出来事の瞬間がよみがえった。現実に眼を向けることに恐怖と絶望を抱いている自分と、事切れた彼女の姿がそこにあった。

「もう2度と、あんな思いをしたくない。そう思って、私はそれから友達を作らなかった。でも、アンタたちが現れて、私に気構えのない態度で話しかけて・・」

 言動とは裏腹に、彼女の眼に涙が浮かぶ。

「また友達を失うなんて・・・だから約束して!絶対戻ってくるって!」

「なっちゃん・・・」

 夏子の本当の心を悟ったたくみと和海。

 彼女は友情を大切にしている人間だった。警察官の職務をこなす中で、周りの人を大切にしたいという情のある一面もあった。

 そんな彼女の友への思いと、たくみと和海の互いへの想いにどんな大差があるだろうか。

「分かってる、なっちゃん。オレはまだ死ねない。みんなのためにも、オレ自身のためにも。」

「うん。私たちには、ちゃんと帰る場所がある。天国とか地獄とかじゃなく、人としての場所が。」

 夏子の思いをしっかりと胸に刻み付け、たくみと和海は頷いた。そして再び2人は抱擁をする。

 衣服越しから彼女の胸に触れるたくみ。それを心地よく感じ取っていく和海。

「もう。こんなところでイチャイチャしないでよね。」

 そんな2人に呆れため息をつく夏子。しかし互いを愛し合う2人の姿を、彼女は笑って許そうと努めた。

 かすかに喜びを抱き始めた彼女。その先、車のライトに照らされた道に人影が差しかかり、ブレーキを踏んだ。たくみと和海がその反動で揺さぶられるが、助手席に手をかけて支えとした。

「ど、どうしたんだ、なっちゃん?」

 たくみが夏子に声をかける。彼女は人影の正体を確認しようと、ひとまず車のライトを消す。

 その姿を目の当たりにした直後、彼女に動揺が広がった。

「あ、あの人・・・!?」

 後ろからのぞいてきたたくみと和海も眼を疑った。

「アスカ・・蘭・・・!?」

 彼らの前に現れたのは、神の楽園の実現を目論んでいるアスカ蘭だった。

「アスカさん・・・」

 アスカは戸惑いながらも、ドアを開けて車から降りる。妖しく微笑むアスカの視線が彼女に向けられる。

 たくみも和海も体を起こして車から出る。

「たくみ、長田さん、私に話をさせて。」

「でも、なっちゃん・・!」

 夏子の言葉に和海が声を荒げる。しかし夏子は彼女を手で制する。

「あの人は私の元上司なのよ。だから、2人だけで話をさせて・・」

「なっちゃん・・・」

 夏子の真剣な言動に、和海はただ見守ることにした。

 かつての上司であり、心の支えになってくれた人に、夏子は数歩歩み寄る。

「アスカさん・・」

「なぜこんなところにいるの、夏子さん?あなたをはじめ、警察は待機を命じていたはずだけど?」

 困惑する夏子。平然と問いかけてくるアスカ。

「あなたには言っていませんでしたね。わたし、刑事をやめてきました。後日辞表を提出するつもりです。」

「そう。それはともかく、あなたはなぜここにいるの?」

 アスカが改めて夏子に問いかける。

「私は、人々を守るためにここにいます。私の友1人助けられないで、人間を助けることなんてできない。そう思って、私は戦う覚悟を決めました。」

「友ねぇ・・」

 アスカの視線が、夏子の後ろにいるたくみと和海に移る。

「不動たくみはガルヴォルス、悪魔よ。彼に味方することは、人々の信頼を失うことになるのよ。」

「そんなことはないです!」

 淡々と語りかけるアスカに、夏子が叫ぶ。

「ガルヴォルスは人の進化。デビルビーストもまた同じです。だから、彼らを否定することは、人間そのものを否定することになります!」

 彼女の視線がたくみたちに移る。

「彼らは人間とガルヴォルスとの共存を理想としています。私はその理想が実現すると確信しています。」

「信じているのね、たくみくんと長田さんを。でも、それだけで・・」

「人を信じることに、ちゃんとした理由が必要ですか?」

 アスカにあくまで抗う覚悟で臨む夏子。

 彼女は今まで自分を置いていた職務だけでなく、自分の恩人さえも切り離そうとしていた。

 

 

次回予告

第20話「女神」

 

たくみたちの前に現れたアスカ。

決意を固めた夏子の言葉も、彼女には通じない。

混沌に満ちた偽りの楽園。

その女神の魔手が、たくみと和海の体を蝕み始める。

 

「あなたたちは、もう私のものになるしかない。」

 

 

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