ガルヴォルスinデビルマンレディー 第16話「魔女」

 

 

 施設内にある建物が1つ、激しい轟音を上げながら崩壊した。怪物の突進でなぎ倒され、その爆煙から和美が飛び出してきた。

 体勢を整えて着地し、怪物を見据える和美。右目を潰され、怪物はさらに見境をなくして暴走していた。

(このぉ・・これじゃ手に負えないじゃない・・・!)

 凶暴性を増していく怪物に胸中で毒づく和美。

(でも、顔以外はとっても硬い。やっぱり左目をやるしか・・)

「タッキー!」

 そのとき、考えあぐねている和美のもとへ、1人の天使が向かってきていた。それはガルヴォルスの力を駆る和海だった。

「おーちゃん!」

 和海が翼を羽ばたかせて、無数の羽根を怪物に向けて放つ。彼女の羽根の矢には、対象を凍てつかせる効力を持っている。

 しかしそれは、もがき暴れる怪物の鋼鉄並みの強度の体に弾き飛ばされるだけだった。

「おーちゃん!」

「タッキー、大丈夫!?・・ジュンさんは!?」

「この前私たちを襲ってきた子供と戦ってる!早く合流しようと思ったんだけど、コイツに邪魔されて・・・!」

 和美の言葉に和海が怪物を見据える。怪物は本能に駆られて、新しく敵対しようとしている天使に向けて眼光を光らせていた。

「タッキー、そんな怪物、早く倒してジュンさんを探そう!」

「うん!」

 和美と着地した和海が頷き合う。怪物は苛立ちを込めた唸りをもらしていた。

「ジュンちゃんを助けるため、私は心を凍らせて魔女になる!」

 和美の眼つきが、感情あふれる人間のものから獣の、敵を切り裂く悪魔のものに変わる。

 和海が素早く移動を始め、視界のさえぎられている怪物の右側に回り込む。そして怪物の胴体に再び羽根の夜を放つ。

 これも怪物の硬い体には通用しない。だが、これは陽動だった。

 怪物が和海がいるであろう場所を肌で感じ取りながら、首を右に向ける。そこへ左側から和美が飛び込んできた。

「とった!」

 和美が怪物の左目に爪を突き立て、その視界にとどめを刺す。荒々しい咆哮を上げた怪物だが、眼が見えなくなったことで大人しくなってしまう。

「今よ、おーちゃん!」

 和美の声を受けて、和海が怪物の正面に移動する。そして三度羽根の矢を放つ。

 無数の羽根は怪物の顔に刺さり、頭部を凍てつかせる。凍結が胴体に及ぼうとしたところで、怪物の体が色をなくして固まる。

 白く凍てついた頭部の重みに圧されて、首が折れる。その拍子で固まっていた怪物の体が、砂のように崩れ去る。

 吹き荒れる砂煙に、和海と和美は眼を伏せる。怪物は絶命し、その形さえ残らずに消えてしまった。

「や、やったぁ・・・」

 安堵した和美がその場に座り込む。力を抜き、悪魔の姿が人間に戻る。

「タッキー!」

 天使の翼を消した和海が、彼女に駆け寄ってくる。

「タッキー、大丈夫?」

「うん、ちょっと力を使いすぎちゃったかな・・」

 和海の心配を笑顔で返す和美。ビーストへの変身で着ていたものが破れ、彼女は全裸だった。

「デビルビーストって大変なんだね。なるたびに服が破れちゃうから。」

「そうそう。代わりの服を探すのも、ホントに一苦労なんだから。家の近くだったら助かるんだけど。」

 和海が和美の姿を見て呟き、彼女は呆れながら自分の胸に手を当てる。

「私の上着、貸してあげようか?この姿じゃ、寒いし恥ずかしいし・・」

「いいよ、いいよ。また戦わなくちゃいけなくなると思うから。」

 和海が着ていた上着を脱いで差し出したのを、和美は手で制した。

「そんなことより、早くジュンちゃんのところに行こう。」

「そうだね。」

 和美が立ち上がり、和海が頷く。そしてジュンが桐也に追い立てられていったほうへと振り向く。

 再び悪魔に変身を遂げる和美。和海も天使の翼を広げる。

「確かにその姿は悪魔とか魔女とかに見えちゃうけど、ジュンさんを思うその心は人間のものだよ。」

 和海が和美に励ましの言葉をかける。一瞬戸惑う和美だが、すぐに笑顔に戻って頷く。

「わたし、ジュンちゃんを目指して頑張ってきた。そしていつしか、ジュンちゃんと同じ姿になってた。私が望んだからかな。そしたら、ジュンちゃんの気持ちが分かった気がするの。悲しみも、思いも・・・」

 建物に入り廊下を駆けながら、和美がふと笑みをこぼす。

 彼女はジュンに憧れてモデルになり、両親の死後、その憧れの人と生活をともにしていた。彼女が怪物であることを知ったときははじめは打ちひしがれたが、いつしか彼女を受け入れるようになり、さらに彼女と同じ運命を背負うことを選んだ。

 強くあろうとする今の自分があるのは、ジュンの存在が大きかった。

「今まで私はジュンちゃんに助けられてきた。だから、今度は私がジュンちゃんをたすけるのよ。」

「タッキー・・」

 決意を秘め、笑みを見せあう2人。

「悪いけど、ここまでよ。」

 廊下を進む2人の前に1人の女性が立ちふさがる。アスカ蘭である。

「あ、あなたは・・・!?」

 和美は動揺を浮かべながら足を止める。

「タッキー、知ってるの、この人・・?」

「うん。ジュンちゃんにしつこく付きまとってた・・・」

 和海の問いかけに、和美が息をのみながら答える。

「悪いけど邪魔しないで。今はジュンちゃんを助けなくちゃいけないのよ。それに、これ以上あなたにジュンちゃんを好きにさせないわ。」

 和美は言い放ち、爪を光らせる。しかしアスカは妖しい笑みを崩さない。

「いいえ。私が今狙っているのはあなたたちのほう。」

「えっ?」

 アスカの言葉に虚を突かれ、和海と和美が戸惑う。

「もちろんジュンも連れてくるつもりよ。でもその前に、あなたたち2人を楽園に連れて行くつもりよ。」

「楽園・・?」

「あらゆる命が棲む場所。それが楽園よ。そこでなら獣と人との共存も望めるはずよ。」

 その言葉に和海は戸惑う。彼女はたくみ同様、ガルヴォルスと人との共存を引き継いでいる。アスカのいう楽園が、その共存を叶えられるという。だが、

「いいえ。あなたとでは、その共存は望めない気がする。」

 和海はその申し出を拒んだ。その返答にアスカが眉をひそめる。

「あなたはたくみとジュンさんを連れてった。実験とかで2人の体をいじくった。そんな人が共存やら楽園やらを創れるなんてとても思えない。」

「だから、答えは“No”というわけね?」

 アスカがさらに微笑む。和海が天使の翼を広げ、彼女を見据える。

「そこをどいて。でないと私はあなたを・・」

「殺す?その天使の羽根で、その悪魔の爪で私を?」

 脅す和海だが、アスカは全く屈しない。逆にあざけるような笑みを向けていた。

「何がおかしいの!?」

「フフフ、ムリよ。あなたたち2人でも私を倒せない。そう・・」

 アスカの眼に不気味な光が灯る。

「神である私を・・」

 アスカの背中から、まばゆい光をまとった翼が広がる。その輝きに和海たちが驚愕する。

 光り輝く彼女の両肩には、小さな天使が微笑んでいた。その天使たちの祝福される姿は、まさに神だった。

「なんて力・・・デビルビーストか、ガルヴォルスか・・それとも別の何かか・・・」

 困惑を隠せない和海が声を振り絞る。

「いいえ。あなたたちのような獣に属する者ではないわ。けがれを持たない聖なる者。」

 アスカが右手をかざした瞬間、和海が強い衝撃を受けて吹き飛ばされる。

「キャッ!」

「おーちゃん!」

 和美が振り向き叫ぶ。和海は床に引きずられて、その衝撃から逃れた。

「堕ちた者とはいえ、天使を傷つけるのはいただけなかったわね・・・」

 アスカが口元に右手を当てて微笑む。和美は倒れた和海に駆け寄る。

「おーちゃん、大丈夫!?」

 和海の体を起こす和美。和海は頭を押さえて痛みを訴える。

「う、うん、大丈夫・・」

 痛みをこらえて立ち上がる和海。2人は再びアスカを見据える。

「まだ分からないなら、もっと教えてあげましょうか?」

 なおも笑みを崩さないアスカ。和海は天使の翼を羽ばたかせ、羽根の矢を放った。

 しかし、アスカの周りに張り巡らされた光の壁に全て弾かれる。

「タッキー!」

 和海の呼びかけと同時に、和美がアスカに飛びかかってきた。悪魔の爪をその懐に叩き込む。

 だが、その爪がアスカに届く直前で、激しい衝撃を受けて和美が床に叩きつけられる。

「タッキー!」

 和海が悲痛の叫びを上げる。アスカの放った光の力を受けて、和美は意識を失い、姿も人間に戻った。

「あなたたちを楽園へ連れて行く。あなたたちに拒否権はないわ。」

 アスカが狙いを再び和海に向ける。圧倒的な力の差を見せ付けられながら、彼女も意識を失った。

 

「どういうことですか!?」

 夏子が上司の机を叩く。

 ガルヴォルス、デビルビーストの研究施設の異変に気付いた彼女は、上司に施設への出動を要請した。しかし上司はそれを拒んだ。

「今、あの施設を管理、指示しているのはアスカ蘭なのだ。彼女は上層部の中でも上位に上り詰めている。彼女は我々の出動を拒んだのだ。」

「アスカさんの命令を真に受けたのですか!?彼女のしていることは、明らかにビーストやガルヴォルスだけでなく、我々人間をも脅かす越権行為です!私はこれから施設に向かいます。」

「やめるんだ、秋くん。」

「しかし・・!」

「これは命令だ。」

 上司の平然という非情な言葉に、夏子は苛立ちを隠せなくなる。

「君は警察官だ。分をわきまえたまえ。」

「このままアスカさんに踊らされるおつもりですか・・・でしたら・・」

 夏子は上着のポケットから警察手帳を取り出し、上司の机に突き出す。

「これはどういうことかな?」

「辞表は後日提出します。私は私の独断で施設に向かい、この混乱を鎮圧します。」

「ま、待ちたまえ、秋くん・・・秋くん!」

 上司の呼び止めを聞かずに、夏子は部屋を出て行った。人々を守るため、彼女はその職務を放棄した。

「秋警部・・・」

 部屋を出たところで、夏子は足を止めた。そこでは2人の刑事が彼女を待っていた。

「私はもう警部ではないわ。後で辞表も出すつもりよ。」

「そんな、警部・・・!?」

 笑みを作る夏子に対し、困惑を見せる刑事たち。

「私は施設に向かう。これは独断専行。あなたたちがとがめることはないわ。」

「我々も行きます!」

 刑事の意気込みを聞いて、夏子が振り向く。

「私はあなたたちの上司じゃない。私に付き添う義務はもうないわ。」

「いいえ。私は、“秋さん”だからこそ力になりたいのです。」

「えっ・・?」

「私は秋さんの洞察力と指揮能力、そして何より、何ものにも屈することのない勇気にひかれて、刑事になったのです。たとえあなたが警部を辞めるといっても、私の上司はあなた1人です。」

 あくまで夏子に付き従う刑事たち。彼らは彼女自身に敬意を持っていた。

「・・あなたたちの気持ちは分かったわ。でも、やはりあなたたちを連れて行くわけにはいかない。」

 夏子の言葉に落胆の表情を浮かべる刑事たち。しかし、諦めたわけではなかった。

「そうですか・・・ならせめて、あなたに力添えさせてください!」

「えっ・・?」

「対デビルビースト用に準備していた武装をお持ちください。不動ジュンや不動たくみに、力を貸してあげてください。」

「知っていたの・・・!?」

 たくみのことは他の刑事たちにも内密にしていたことである。しかし彼らはそのことを知っていて、夏子は動揺を浮かべる。

「我々だって刑事の端くれ。それに長いことあなたの部下をやらせていただいてますので、あなたの考えることまで分かってしまうのです。」

 照れ笑いを見せる刑事たち。自分の考えを見透かされて、夏子は観念したとばかりに微笑む。

「言われなくても、私は彼らの力になるつもりよ。」

「さて、我々のことは気にせず、存分に暴れてください。」

 笑顔を見せて敬礼を送る刑事たち。夏子は彼らの勇ましさを背に受けて、施設の向けて走り出した。

 

 和海が眼を覚ますと、そこは優雅としかいえないような花園が広がっていた。

 風に揺れる草花。神聖な建造物。アスカの言葉の通り、そこは楽園にも思えた。

「ここは・・・?」

 和海はここがどこなのか確かめようと、体を前に起こした。だが、何かに両手両足を拘束されていて動けない。

 視線を移すと、自分が張り付けにされていることに気付く。まさに神に裁かれる人の心境に囚われる。

「眼が覚めたようね、長田和海さん。」

 そこへ声がかけられた。和海が前を向くと、そこにはアスカが妖しい笑みを浮かべて立っていた。

「あ、あなた・・・!?」

「ここは私が創り上げた楽園。神が棲まう場所にふさわしいでしょう?」

 アスカが両手を広げ、自ら語る楽園の姿を和海に知らしめる。和海が周囲を見渡すと、自然に囲まれたその場所には、裸の女性の石像が並べられていた。

 いずれも虚ろな表情でその場に立ち尽くしている。この自然に満ちた場所に溶け込んでいるようで、まるで違和感が感じられなかった。

「これって・・・!?」

(同じ・・・あの漫画と同じように・・・もしかして、この人も・・・!?)

 驚愕する和海が、昔読んだ漫画に登場した石化、かつて自分も受けたことのある石化を思い返していた。

 そこで彼女は、眼の前にいるこの女性も、同様の力を持っているのではないかと思い始めていた。

「ここにいるのは、元は人。ただし全員デビルビーストかガルヴォルスよ。」

 アスカが淡々と和海に語りかける。そして視線を移し、和海もそれにつられる。

「タッキー!」

 そこには丁度眼を覚ますところだった和美の姿があった。彼女も和海と同じように十字架に張り付けにされていた。

「お、おーちゃん・・・ここは・・・?」

 和美が意識をはっきりさせながら周囲を見回す。その視線がアスカで止まる。

「あなた・・・!?」

「あなたも眼が覚めたようね。」

 驚きの表情を浮かべる和美にも笑みを見せるアスカ。

「な、何よ、コレ・・!?」

 和美が自分が十字架に張り付けにされていることに驚愕する。だが、驚いたのはそれだけではない。

 ビースト化した際に衣服が引き裂かれ、裸になっていた彼女には、別の衣服が着用されていた。神聖なる場所にふさわしい純白のヴェールである。

「あっ・・・!?」

 視線を巡らせた和海が眼を見開く。その先にある石像には見覚えがあった。

「彩夏ちゃん・・・美優ちゃん・・・!?」

 そこには石化された彩夏と美優がいた。2人は互いの顔を見つめたまま動かなくなっていた。

「2人のけがれを取り除いただけよ。ビーストとガルヴォルス、それぞれのけがれをね。」

 アスカが微笑みかけた直後、和海の脳裏に女性たちの声が響いてきた。恐怖や絶望感ではなく、快楽や歓喜、欲望に満ちた声である。

「な、何なのよ、コレ・・・!?」

 和海の中に不安がこみ上げてくる。石化され、全く自分の自由を奪われているはずなのに、その現状を喜んでいる彼女たちに恐怖さえ抱いていた。

(あぁ・・気分がよくなってくる・・)

(なんでこんな感じ、今まで感じなかったんだろう・・・)

(あたし、ずっとこのままでいたい・・・)

 次々と女性たちの喜びが伝わってくる。それが和海にはとても痛々しく感じられた。

「やめて・・・やめて!」

 恐怖のあまり悲鳴染みた声を上げる和海。

「あなたにはイヤでも聞こえてしまうようね。楽園に棲む人たちの心の声が。」

 そんな彼女の表情を見て微笑むアスカ。

「さて、あなたのけがれも取り除いてあげるわ、滝浦和美さん。」

 アスカの視線が困惑の表情を浮かべている和美に向けられた。

 

 

次回予告

第17話「復讐」

 

蓮とたくみ。

悪魔へと姿を変えた2人の青年。

一方は人生を踏みにじられた復讐のため。

一方は人の生の道を進むため。

悪魔たちの血みどろの宿命に決着が訪れる。

 

「オレにはアンタにはない、大事なものがあるんだ!」

 

 

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