ガルヴォルスFang 第23話「ルミナス」
ハルから受けた傷の痛みと怒りをぶつけようと、シンジが飛びかかる。彼が振りかざす爪を、ハルが動いてかわす。
「よけるなよ!よけたら切り刻めないじゃないか!」
「切り刻まれるのを分かっていて、よけないわけにいくか!」
不満の声を上げるシンジに、ハルも言い返す。ハルも反撃に出て腕の角を振りかざし、シンジが飛び上がってかわす。
「前に忠告したはずだ・・今度来たら、2度と勝手なことができないようすると・・・!」
「そんなこと、僕には関係ない!僕は僕の思うがままにやっていくんだよ!」
「そうやってオレの言うことを聞かなかったのだから、オレに殺されても文句はないということだな!」
「僕がお前に殺される?笑わせるな!僕はお前に殺されない!殺されるのはお前たちのほうだよ!」
鋭くにらみつけてくるハルだが、シンジは嘲笑するだけだった。
「これだけ言っても聞かないのか・・お前は!」
「他の人の言うことなんか聞く気はないさ!僕のほうが力があるんだからさ!」
怒りをあらわにするハルに、シンジが目を見開いて爪を振りかざす。ハルが素早く動いて紙一重でかわす。
「刻み付けてやる!僕の痛みと不愉快を!」
シンジが全身に力を込めて、スピードを上げる。彼が振りかざした爪が、ハルの腕と足をかすめて傷をつけた。
「うっ!」
「ハル!」
うめくハルにアキが悲鳴を上げる。
「まだだよ!僕が受けた痛みと屈辱は、こんなもんじゃないんだから!」
シンジが笑い声をあげながら、さらに爪を振りかざす。ハルは感覚を研ぎ澄ませて、シンジの爪をかわす。
「僕はお前を生かしてはおかない!僕を見下してくるヤツは、僕が力を見せつけてひざまずかせてやるんだ!」
「そうまでして、オレたちを思い通りにしたいというのか!?」
目を見開いてあざ笑ってくるシンジに、ハルが激高して手を伸ばす。ハルの手がシンジの顔をつかんで地面に押し付けようとする。
だがシンジも全身に力を込めて、顔をつかんできたハルの手を振り払う。
「思い通りにしたいね!そうしないと僕の気が治まらないからね!」
「お前は・・死なないと分からないとでも言いたいのか・・・!?」
哄笑を続けるシンジに、ハルが鋭い視線を向ける。するとシンジが顔から笑みを消してきた。
「僕の周りにいるのはバカばかりだった・・僕より頭が悪くて運動もできないくせに、僕のことをみんなバカにしてきた・・・!」
シンジが昔の自分を思い出していく。彼は理不尽な扱いをされていた。上級生や同級生、さらに下級生や教師からも。
「自分の無能さをアイツらに思い知らせただけなのに、それを悪いことだとして、警察は僕を捕まえた・・どいつもこいつも僕より無知で無能なくせに、それを棚に上げて僕を見下して・・・!」
シンジの話を聞いて、ハルもアキも戸惑いを感じていく。2人は彼も不条理に苦しめられている1人だと知った。
「ガルヴォルスになって、人間を大きく超えた力を手にしたのは幸運だった・・周りにいたバカたちが、僕によって無知と無能を思い知ることになったんだからね!」
ガルヴォルスという力を得た喜びを見せつけるシンジ。自分のためだけに力を振るう彼に、ハルは歯がゆさを感じていた。
「お前たちも僕に屈するんだよ・・僕を傷つけた罪の償いをしながらね!」
「それで、オレやアキを苦しめるというのか・・・!?」
さらにあざ笑ってくるシンジに、ハルが怒りを覚える。
「ならお前に同情することはない・・したところで納得しない・・オレもお前も・・・!」
「同情?笑わせるなよ・・そんなことするならオレを満足させてよ・・お前たち2人を切り刻めば満足するかもね!」
「だったらお前がオレを相手に満足することは何もない・・・オレはオレとアキのために、お前を倒すだけだ・・・!」
ハルがシンジに鋭い視線を送る。ハルはシンジを倒すことへの迷いを完全に捨てていた。
「お前や周りの考えがどうなのか関係ない・・オレとアキを苦しめようとするものは、どんなものでも許さない・・・!」
「許さないのは僕のほうだよ!僕はお前たちを絶対に許しはしない!」
身構えるハルにシンジが憤りを見せる。
「もうここまでだ!お前たちを切り刻んでやる!すぐにそこの小娘も追わせてやるから、ありがたく思え!」
「そんなこと、絶対にさせない!」
爪を振りかざすシンジの前で、ハルが刺々しい姿へと変わる。禍々しいオーラを放つハルだが、理性を失ってはいなかった。
「その姿になっても、お前は僕に刻まれることは変わらない!」
シンジは臆することなく、怒りと苛立ちのままにハルを狙う。ハルは速度を一気に上げて、シンジが突き出した爪をかわす。
「逃げ回れると思うな!」
シンジがハルに追撃を仕掛けるが、ハルに全てかわされていく。
「逃げるな!逃げるな!おとなしく僕に切り裂かれろ!」
「そういわれて言うことを聞くわけないと言ったはずだ!」
怒号を放つシンジにハルが言い返す。ハルが繰り出した拳がシンジの体に叩き込まれた。
「うっ!」
体が重みのある衝撃に襲われて、シンジがうめいて顔を歪める。膝をつく彼を、ハルが見下ろしてくる。
「僕を見下すな・・僕より無知で無能のくせに!」
シンジがハルに向けて爪を突き立てる。ハルは反応して、シンジの突きもかわしていく。
「僕のほうが確実に優れているんだ!その僕の思い通りにならないことなんてないんだ!」
「それでオレたちが納得すると思うのが間違いだ・・・!」
さらに言い放つシンジに向けて、ハルが両手を突き出す。彼の両手の爪が、シンジの体に食い込んだ。
「ぐっ!」
体から血をあふれさせて、シンジがさらにうめく。
「ぼ・・僕の体にまた、傷を・・絶対に許さない!」
シンジが怒号を放って、怒りのままにハルに飛びかかる。今のシンジは自制心を完全に失い、がむしゃらに攻撃を仕掛けていた。
(暴走している・・前のハルのように・・・)
シンジの状態を目の当たりにして、アキが困惑を覚える。
(でも今のハルは違う・・自分を見失っていない・・ガルヴォルスの中でも・・ううん・・人の中でも、人らしい・・・)
今のハルは力だけでなく、心も強いことをアキは分かっていた。彼女はハルを信じるだけだった。
「お前も僕に屈する!それ以外の結末は僕が認めない!」
「お前に認めてもらおうなんて、わずかも思っていない・・・!」
シンジが突き出した爪を紙一重でかわすハル。彼の顔と体にかすり傷がつけられる。
ハルは負傷を気にせずに、シンジの体に拳を叩き込んだ。ハルが加えた拳には、力が集中されたことでオーラが集まっていた。
この一撃はシンジに今までにないほどのダメージを与えることになった。
「オレはオレ自身とアキを守る・・オレたちを苦しめるものは、どんなことをしてでも吹き飛ばす・・・!」
ハルがシンジに言いかけると、再び右手に力を集中させる。今度は握り拳ではなく、爪をとがらせていた。
ハルは力を集めた爪を、シンジの体に叩き込んだ。ハルの爪の一撃はシンジの体を貫通しただけでなく、全身に切り傷を付けた。
全身から鮮血をあふれさせて、シンジが声にならない叫びを上げる。
(ふざけるな・・僕のほうが・・コイツより上なんだぞ・・・)
シンジがハルに負けることを認めようとせず、力を振り絞って右手を伸ばす。
(この力を持っても思い通りにならないなんて・・認めない・・僕は、絶対に・・・)
「いい加減におとなしくしていろ・・そうすればオレたちもお前も楽でいられたのに・・・」
ハルが投げかけた言葉を耳にした瞬間、シンジの意識が糸が切れたように途切れた。彼の体が崩壊を引き起こして、ハルの前から消えていった。
「満足だったのか・・こうすることが、お前の望みだったのか・・・!?」
ハルがシンジの態度と行動に憤っていく。手を握りしめている彼の前に、アキが姿を見せてきた。
「ハル・・・」
「アキ・・・」
互いに戸惑いを見せるアキとハル。そしてハルが落ち着きを取り戻していく。
「オレ自身とアキを守っていく・・・これがオレたちが見出した答え・・」
ハルが人の姿に戻りながら、決意を口にしていく。
「そのためだったら・・僕たちはどんなことだってやってやるさ・・・」
「ハル・・・うん・・私も、もう迷わない・・・」
ハルの思いを聞いて、アキが微笑んで頷いた。2人は寄り添いあって、気持ちを分かち合っていく。
「行くよ、アキ・・僕を追い込もうとしている1番の人がいる・・」
「うん・・サクラさんたちを石にして・・私たちも1度は石にしたあの人・・・」
ハルとアキはもう1度イブに会おうとしていた。2度と自分たちが陥れられないために、2人は改めて行動を始めた。
石化から抜け出したハルとアキを追い求めて、イブは街の中を駆け回っていた。彼女は2人のことで頭がいっぱいになっていて、冷静さを失っていた。
(どこにいるの・・2人とも、どこ・・・!?)
必死にハルとアキを探すイブ。探すことに意識が向きすぎていて、彼女は優れた感覚を活用できていなかった。
(あの2人が・・また苦しさを抱えていくのは我慢できない・・!)
ハルとアキを思うあまり、イブは苦しさと辛さを募らせていった。
(絶対に助ける・・2人をこれ以上、苦しい思いをさせるわけにはいかない・・・!)
イブが街の人込みを抜けて、さらにハルとアキを探していった。しかし彼女は2人をまだ見つけられないでいた。
同じ頃、ハルとアキは街外れの道を進んでいた。イブと会うことを前提に行動しているわけではなかったが、彼女と遭遇することも予感していた。
「このままあの人に会いに行くってわけじゃないんだね、ハル・・・?」
「会ったら会ったで、2度と僕たちを陥れるなんてことができないようにする・・でも僕たちを陥れようとしているのは、その人だけじゃない・・」
アキが声をかけると、ハルが真剣な面持ちで考えを口にする。
「世界にはそういう人がたくさんいる・・そんな連中にいいようにされるのは、もう我慢できない・・・」
「ハル・・・」
「僕はその敵を野放しにしない・・徹底的に倒す・・そんな僕を悪者にしようとする人も・・僕の敵だ・・・」
「ハル・・世界を敵に回すつもりなの・・・?」
「世界が僕たちの敵に回ったんだ・・悪いのは向こうだ・・・」
世界にいる自分たちの敵と戦おうとするハルに、アキは戸惑いを感じるばかりだった。それでもハルを信じたい。ハルをよりどころにしたい。そう思うことで、アキは自分を保とうとしていた。
「僕は立ち向かう・・僕たちを陥れるヤツに・・・!」
ハルが決意を言いかけて、ふと言葉を止めた。彼は目の前にいる人影に敵意を向けていた。
アキもハルが見ている先を見て、緊張を覚える。2人の前にイブが現れた。
「見つけた・・あなたたちを見つけられてよかった・・・」
「お前・・また僕とアキを陥れようとして・・・!」
「私はあなたたちを苦しさから救ってあげたいだけ・・あなたたちが解放から出てしまったのは、何かの間違い・・・」
敵意を強めてくるハルに、イブが自分の思いを口にしていく。彼女はハルとアキが石化から脱してしまったことを辛く感じていた。
「苦しさや辛さを忘れられるのが、あなたたちの望みではないの?・・そんなはずないよ・・幸せを望まないなんて・・」
「幸せは望んでいるよ・・でもお前のやり方で、僕たちに幸せは訪れない・・」
妖しく微笑みかけるイブに、ハルが真剣な面持ちで自分の考えを口にしていく。
「どんな形でもどんな理由でも、僕たちがお前の思い通りになってるってだけで、それは僕たちの幸せにならない・・」
言いかけるハルが手で促すと、アキが離れてそばの物陰に隠れた。
「もう僕たち自身で、自分の幸せを見つけて、つかみ取るしかない・・・!」
イブを見据えるハルの頬に異様な紋様が浮かび上がる。
「だから、僕たちを陥れるもの、邪魔するものには容赦しない・・僕と、オレとアキの邪魔をするな!」
ファングガルヴォルスに変化するハルに、イブは困惑を募らせていた。
「私では、あなたたちを幸せにできない・・・!?」
イブはハルが投げかけた言葉に耳を疑う。
「そんなことない・・私の他に、私以上の解放を与えられる人はいない・・もう、私がやるしかないのよ・・・!」
イブがハルに向けて右手を伸ばして、念力で彼を捕えようとした。だがハルの動きを止めることができない。
「えっ・・!?」
この瞬間にイブはさらに驚愕する。直接自分の力が通じないのを目の当たりにして、彼女の心は揺れ動きだしていた。
「オレはオレ自身とアキを守る・・オレがアキを守るんだ・・・!」
ハルが声を振り絞って、イブに向かって飛びかかる。彼の突進を受けて、イブが突き飛ばされる。
「突き飛ばされた・・これが、今の彼の苦しさや辛さ・・・!」
イブが突き飛ばされたことでハルの心情を知ろうとする。
「でも、苦しさと辛さなら、私の力で受け切れたはず・・これは、苦しさや辛さではないの・・・!?」
「お前の言う苦しさや辛さを、オレたちはまだ抱えているのかもしれない・・だが今のオレたちは、オレたち自身の安息をつかむために戦おうと思っている・・・!」
困惑しているイブに、ハルが自分の決意を口にする。
「だからオレたちはもう、お前に甘えるつもりはない!」
「ダメ・・私が何とかしないと、あなたたちは救われない・・・!」
言い放つハルに対し、イブが悲痛さをあらわにして首を大きく横に振る。
「もう1度私の力で、あなたたちに解放を与える・・・!」
イブがハルに向けてもう1度右手を伸ばして念力を放つ。しかしハルは動きを止めない。
「お前が苦しさと辛さを束縛して消せるものなら、今のオレを止めることはできない・・いや、どんなことをしても、もうオレたちを止められない!」
ハルが言い放って、さらに刺々しい姿へと変わった。一気に力と速さを上げたハルが、イブに向かって飛びかかる。
イブは反射的に動いて、ハルの突撃をかわした。
「逃げないで・・私が苦しさや辛さから逃げたら、あの2人は・・!」
イブは踏みとどまって、着地した瞬間にハルに向かっていく。だがハルの速さに追いつくことができない。
(あなたたちの苦しさをつかみ取って、それと同時に2人を引き寄せる・・私が2人を助ける・・・!)
イブが意識を集中して、ハルの中にある苦しさと辛さを把握しようとする。しかしそれでもハルを止めることができない。
(ない・・苦しさも辛さも、抱えていない・・・!?)
イブが愕然となって後ずさりする。足を止めたハルが彼女に再び視線を向けてきた。
「これ以上オレたちに関わるな・・さもないと、容赦しない・・・!」
ハルがイブに向けて忠告を送る。アキとの支え合いに助けられている彼は、イブの力に対抗する強さを身に着けていた。
次回
「オレを癒せるのはアキだけ・・」
「オレはオレが信じられるものしか甘えない・・」
「もうあなたたちを苦しませたりしない・・」
「あなたたちを救うことに、私は全てを賭ける!」