ガルヴォルスextend 第26話「vestige」
利樹の突然の申し出に、ガクトもかりんも言葉を失った。利樹は人間を守るため、自らの命を絶とうという決断を秘めていたのだ。
「利樹、何言ってんの・・・そんな・・バカなことを言うのはやめなさい!」
かりんがたまらず利樹に叫ぶ。この願いはたとえ人間や世界を守ることになるとしても、かりんにとっては愚の骨頂以外の何ものでもなかった。
「ダメだよ・・利樹を殺すなんてできないよ!」
胸を締め付けられるほどの悲痛のあまり、かりんは顔を歪める。かける言葉が見つからず、ガクトも押し黙ったままになっていた。
「利樹、まだアンタを助けられる!こうして私たちに声をかけてきた。助ける方法がきっとあるはずだよ!」
一途の希望を見つけ出し、その希望にすがる思いで利樹に呼びかけるかりん。すると利樹は首を横に振った。
「ムリだよ、お姉ちゃん。ガルヴォルスの王は、オレの体に完璧にひとつになっちゃってる。もうオレと王を引き離すことはできないよ。」
「そんな・・・!?」
利樹の悲しい言葉にかりんは愕然となる。すがっていた希望は叶わないものと悟り、絶望に胸を締め付けられる思いでいっぱいだった。
「オレのせいで、この世界やみんなが辛い思いをするのはイヤなんだよ。だからせめて、お姉ちゃんたちの手で、オレを殺してほしいんだ・・・」
利樹の切実な願い。かりんは受け入れまいと必死だったそばで、ガクトは迷いを抱いていた。
利樹を救うべきなのか、彼の願いを聞き入れて王を倒すべきなのか。人として生きようとしているガクトにとっても、まさに苦渋の選択だった。
なかなか答えが出せないでいると、利樹が再び声をかけてきた。
「みんなが人間として生きられるなら、オレは死ぬことなんて怖くないよ。だからお姉ちゃん、お兄ちゃん、オレなんかのためにみんなを犠牲にしないでよ。」
「利樹・・お前は、それでいいのかよ・・・」
微笑みかけてくる利樹に、ガクトは困惑しながら問いかける。
「お前はこれから、お前の時間を精一杯生きていくんだろ?だったらこんなところで死ぬなんて言うんじゃねぇよ・・・!」
「ダメだよ、お兄ちゃん・・王に体を奪われたオレの弱さのせいなんだよ・・オレがこのままみんなに迷惑かけちゃう前に、オレを殺してほしいんだ・・」
心の底からうめくガクトにも、利樹は沈痛の面持ちで首を横に振った。
「オレも、お姉ちゃんやお兄ちゃんのように戦いたいんだ・・・」
利樹の切実な願い。受け入れがたい気持ちでいっぱいだったが、彼のこの願いを拒むわけにはいかない。
ガクトは覚悟を決め、小さく頷いた。
「・・・分かった。お前がその気持ちなら、オレも覚悟を決めなくちゃいけないみたいだ・・」
「ガクト!?」
ガクトの決断にかりんが抗議する。実の弟を手にかけることなどしてはならないと思えて仕方がなかったのだ。
「オレだってできるなら助けてやりたいよ・・だけど、これ以上みんなを傷つけたくないし、利樹の気持ちを裏切るわけにもいかない・・・!」
ガクトは歯がゆい面持ちを浮かべながら答える。彼とてこの決断をするのは胸を締め付けられるような不快感を感じていたのだ。
「利樹、お前は立派な人間だ。オレ以上に、他のヤツらよりも立派な・・・」
心からの笑みを見せた後、ガクトは全身に力を振り絞った。
薄らいでいた意識が覚醒した瞬間、ガクトとかりんの体から王の光が弾け飛んだ。ガルヴォルスの体からも、人間としての姿からも。
「何っ・・!?」
この瞬間にキングガルヴォルスが、初めて動揺の色を見せる。このまま王の洗礼を受けて完全なガルヴォルスとなるはずなのに、2人はその力をはねのけたのだった。
「何だこれは!?・・我が力を受けたはずなのに、その力をはね返すとは・・・!?」
王の同様の眼前で、ガクトとかりんの体から完全に光が消失する。閉じていた眼をゆっくりと開けて、王を鋭く見据える。
「これがオレたちの、人間としての力・・心だ!」
「たとえガルヴォルスの王の力でも、私たちの、人間の心を壊すことなんてできない・・絶対に!」
ガクトとかりんは言い放ち、それぞれえん曲の剣と死神の鎌を手にする。
「それに、人間の心は、ガルヴォルスの王、お前の力さえも超える!」
その言葉の直後、キングガルヴォルスは何かに動きを封じられるような動きを見せた。王の動きを止めていたのは、その影に映し出されていた利樹の姿。
「お前なんかに、これ以上オレの体を利用されてたまるか・・!」
「お、お前!?・・我の器となり、我が支配を受けたはず・・!?」
利樹が必死に言い放ち、キングガルヴォルスが驚愕をあらわにする。まるで王が少年を羽交い絞めにするような感覚だった。
「そうだ・・さっきまで縛られてたさ。だけどお兄ちゃんとお姉ちゃんが頑張ってるのを感じて、オレも負けてる場合じゃないって思ったんだよ!」
利樹が負けじとキングガルヴォルスに言い放つ。彼の意思が王の動きを鈍らせていた。
「今だ、お兄ちゃん・・早く王を倒すんだ・・・!」
利樹がガクトとかりんに向けて呼びかける。
「オレができる限り動きを押さえてるから、その間に・・・!」
「け、けど、王はバラバラになっても、すぐに元に戻っちまう・・」
利樹の覚悟を目の当たりにしながらも、ガクトはキングガルヴォルスに対する攻撃をためらっていた。王の脅威的な再生力に、迂闊に攻撃ができないでいたのだ。
「ガクト、王を倒すんだ!」
そこへガクトに向けて声がかかってきた。視線を向けると悟が立ち上がっていた。
「ガクト、王にはその再生能力を可能としている核が体内にある。そこを突けば、王を倒すことができるはずだ。」
「なっ・・!?」
「その核を狙え!お前なら、そこを射抜くだけの力と心を持っている!」
ガクトに王の打倒を託し、弱点を伝える悟。彼の意思を目の当たりにして、ガクトは小さく頷いた。
「かりん、行くぞ。人間のためにも、利樹のためにも!」
ガクトが言いつけると、かりんも覚悟を決めて頷いた。身構えたところで2人が分かれつつ飛び出し、キングガルヴォルスを挟み撃ちにする。
先に攻撃を仕掛けたのはガクトだった。振り下ろされる剣を、キングガルヴォルスが右手と念動力で受け止める。
念動力をさらに強めて、ガクトごと剣を吹き飛ばす。そこへかりんが鎌を振り上げてきた。
利樹の束縛を抑えるのに必死になっていたため、キングガルヴォルスはかりんの攻撃を回避できなかった。左肩から体を切り裂かれる。
かりんはさらに鎌を振り下ろし、その五体をバラバラにする。そして休む間もなく、その五体に視線を向けて眼を凝らす。
「そこっ!」
かりんはすかさず核を狙って鎌を振りかざす。しかしその刃が核を捉える直前、彼女を痛烈な衝撃が襲い掛かってくる。
五体のうちの片手が、彼女に向かって衝撃波を放ってきたのだ。その不意打ちに、彼女は攻撃の瞬間を逃してしまった。
「ダメだ・・このままじゃ・・・!」
利樹も王を抑えることに限界を感じていた。再び王の支配に押しつぶされようとしていた。
(また、再生しちまう・・!)
立ち上がるガクトが毒づく。その眼の前で王の五体が収束しようとしていた。
そのとき、紅く光っている核が小さな破裂に襲われる。その衝動で収束しようとしていた五体が動きを鈍らせる。
一瞬眼を疑ったガクトが視線を移すと、そこには銃を構えている夏子と、彼女に寄り添いながらも真剣な面持ちを見せているサクラの姿があった。
「先輩、サクラ・・!?」
悟も驚きを隠せないでいた。先ほどの核の破裂は、夏子が放った銃弾によるものだった。
「これ以上、アンタの勝手にはさせないわ、ガルヴォルスの王!」
夏子が銃を構えたままキングガルヴォルスに言い放つ。
「そうよ!みんな、人間として生きていくことを望んでるんだから!」
サクラも思いを胸に秘めながら、負けじと王に叫ぶ。戦う力は持っていないが、人間としての心の強さは持ち合わせていた。
「みんな・・・」
人間として戦おうとしている人々の決意を目の当たりにして、ガクトは背中から後押しされているような心強さを感じていた。体から力が湧き上がるような感覚を覚え、剣を持つ手に力がこもる。
(そうだ・・オレたちは生きるんだ・・人間として・・・だからオレは、オレたちは・・・!)
胸中で呟きながら剣を構え、ガクトは王に向かって飛び出す。
「ここで立ち止まるわけにはいかないんだぁぁーーー!!!」
声を力を振り絞り、紅く光る核に向かって一直線に向かっていくガクト。その剣の切っ先が核と衝突する。
鋭い意思と力を受けて、強度を持っている王の核に亀裂が入る。しかし同時にガクトの剣も崩壊を引き起こして砕け散る。核があまりに強度だったたけではない。王の力を長く受け続けていたため、剣が寿命に近づいていたのである。
あと一歩まで追い詰めながらとどめをさせず、愕然となるガクト。同時にキングガルヴォルスが、核を攻撃されて激痛にあえいでいた。
「おのれ・・人としての生を志そうとする者の力が、ここまで我を追い詰めるとは・・・!」
強引に再生しようとしながら、キングガルヴォルスが右手を刃に変形させる。しかし核の損傷によって再生がままならない状態にあった。
それでもガクトに攻撃しようと、右手が飛び込んでくる。攻撃の手立てを失い、体力を浪費している彼は敗北を感じた。
「ガクト!」
そのとき、悟がガルヴォルスに変身し、具現化した剣をガクトに放つ。彼の声に気付いたガクトがその剣をつかむ。
「その剣を使え!」
攻撃の手立てを与えた悟が全ての力を使い果たし、人間の姿に戻ってそのまま倒れ込む。
「悟・・・!」
悟の意思を受け継いだガクトが、飛びかかってくるキングガルヴォルスに振り向く。
「これで、終わりだぁぁーーー!!!」
叫び声を上げながら、ガクトが再度剣を突きたてる。剣は王の体を貫き、ひび割れていた核を打ち砕く。
「バカな・・・我が、敗れるとは・・・」
崩壊を引き起こす王の肉体。呟きをもらしたキングガルヴォルスが霧散するように消滅していく。
その場には、剣を突きたてる体勢のままのガクトだけが残っていた。全ての力を出し尽くした彼は、手から剣を離した直後に人間の姿に戻る。
「ガクト!」
かりんが倒れていくガクトに駆け寄り、その体を支える。既に彼女は人間の姿に戻っていた。
「ガクト、大丈夫・・!?」
「あ、あぁ・・オレは大丈夫だ・・けど・・・」
かりんの心配にガクトが答えるが、すぐに沈痛の面持ちを浮かべる。その表情の意味を彼女は分かっていた。
体の痛みのせいではない。王を倒すためとはいえ、利樹を、幼い少年を手にかけてしまったことへの悲痛さ故だった。
「ガクト・・・あはぁぁ・・・!」
かりんがたまらなくなって、ガクトにすがりつく。大粒の涙を流す彼女を、彼は悲しみを噛み締めながら抱きしめる。
「かりん・・ゴメン・・・オレ・・オレ・・・!」
利樹を助けられなかった悲しみと悔しさにさいなまれて、ガクトはさらに強くかりんを抱きしめる。悲しみのあまり、かりんはガクトの腕の中で、声を上げて泣き始めた。
そんな2人を、夏子とサクラに支えられてようやく立ち上がった悟も、沈痛の面持ちで見守っていた。
「夏子さん、これで、王は死んだのですか・・・?」
「・・・多分、死んではいないわ。」
困惑の中で問いかけてきたサクラに、夏子は否定して首を横に振った。
「ガルヴォルスの王は、力を持っていて形のない命。人間とは違い、死んでも再び転生して復活するわ。利樹くんのように器となる人間に宿ってね。」
「そんな・・それじゃまた王が現れるってことですか・・・!?」
「多分ね。王は何度か死と転生を行っているわ。その期間は不定期だけど、最低でも100年は間を置いているわ。中には転生と憑依に成功しても、すぐに死を迎えてしまうという例も分かっているわ。」
重くのしかかる夏子の言葉に、サクラだけでなく悟も息を呑んだ。今回は倒したものの、ガルヴォルスの王はいつかまた復活してくることだろう。
100年後、この世界で今を歩いている人々のほとんどは生きてはいないだろう。しかしガクトもかりんも悟たちも、王に対する感情を持ち合わせてはいなかった。
しばらく悲しみに暮れていたガクトとかりんが立ち上がり、おぼろげにその場を立ち去り始めた。
「あっ!ガクトさん、かりんさん!」
サクラが呼び止めようとすると、悟が彼女の肩に手をかけて制する。
「今はそっとしておいてあげよう。しばらくすれば、いつもの生意気なガクトと、元気なかりんさんに戻ってくるさ。」
悟の言葉にサクラは頷くしかなかった。信じたいとは思っていたが、不安な気持ちを拭い去ることはできなかった。
親友、そして弟を助けることができなかったガクトとかりんは、そのまま「セブンティーン」に帰ってきた。しかし彼らは沈痛さを抱えたまま、美代子の挨拶にも気付かずに部屋の向かってしまう。
2人の様子から、美代子はどういうことになっているのか、薄々感ずいていた。彼女も沈痛の面持ちを浮かべるが、必死に涙をこらえた。
ガクトの部屋に入り、脱力してベットに倒れ込む2人。悲しみに押しつぶされるような心境の中で、2人は互いの顔を見つめあった。
「終わっちゃったね・・何もかも・・・」
「あぁ・・・誰も助けられなかった・・・お前以外、助けることができなかった・・・」
おぼつかない面持ちで語りかけるガクトとかりん。2人は助けたいと思っていた人たちを、結局助けることができなかった。
「大切な人を守れなくて、オレはホントに悔しいよ・・だけど、悔しくて悲しくて辛いことばかりでもないみたいだ・・」
「えっ・・・?」
かりんが疑問符を投げかけると、ガクトは彼女を抱きしめた。
「お前はこうして、オレのそばにいてくれた。こうしてオレのところに戻ってきてくれた・・・」
「・・私も、ガクトと同じ気持ちかもしれない・・・ガクトがこうして、私のことを抱きしめてくれてるから・・・」
抱きしめたまま2人は見つめ、軽く口付けを交わす。そのぬくもりが悲しみを和らげてくれているのではないかと2人は感じていた。
「かりん、今だけはお前を抱かせてくれ・・お前を抱いていないと、このまま押しつぶされちまいそうなんだ・・・」
「・・いいよ、ガクト・・私もガクトに抱いてほしいと思ってたんだ・・・」
ガクトとかりんはそれぞれ自分の衣服を脱ぎだした。脱いだ服をベットの傍らに置き、一糸まとわぬ姿で再び互いを抱きしめた。
「やっぱりあったかいね・・ガクトの体・・・」
「ホントだったら気が進まないところなんだけどな、オレは・・・」
微笑むかりん。苦笑いをするガクト。彼はすがる気持ちで、彼女のふくらみのある胸に手を当てた。
「ん・・んん・・・」
その抱擁にかりんが小さく声をもらす。その反応を確かめるように、ガクトがさらに彼女の胸を揉み解していく。
「あはぁぁ・・ガクト・・・」
次第にあえぎ声を上げるようになるかりん。ガクトに逆にすがりつき、その肌を舌で舐め始める。
「くっ・・くぅぅぅ・・・」
今度はガクトがあえぎ声を上げる。彼は快楽にさいなまれながら、空いている左手でかりんの頭をさらに自分へと引き寄せた。もっと弄んでほしいという意思表示となっていた。
体を舐められていくガクトと、胸を揉まれていくかりん。押し寄せてくる快楽は、前回の抱擁よりも2人の体を早く駆け抜けていく。
その感情の高まりが、愛液として2人の下腹部からあふれ出てくる。足を伝い、ベットの白いシーツをぬらす。
それから2人は感情の赴くままに、互いの体を弄んでいった。今までにない感情の高まりに、2人はただ声を荒げるだけだった。
それでよかった。それでも構わなかった。この一瞬、悲しみを忘れることができるなら、どんなことになっても構わない。
ガクトとかりんはこの夜、愛液と快楽の海に身を委ねていった。
全ての感情を解き放ったガクトとかりん。脱力した状態の中で、2人は再び抱擁していた。
2人の体は汗と愛液であふれかえっていた。全ての感情を解き放ったことを表していた。
「ありがとう、ガクト・・・これで・・気分が少しはよくなるかな・・・」
かりんが力なくガクトに声をかける。彼女の言葉にガクトは小さく頷いた。
「多分な・・お互い、好き放題にやっちまったからな・・・」
「そうだね・・・そう考えたほうが、気が楽になるかもしれないし・・・」
かりんがガクトにそっとすがりつく。ガクトは優しくかりんを抱きとめる。
「私、ガクトの家族やみんなを殺した罪を償おうと思ってた。そのために死のうとした。ガクトに殺されようとした。でも、そんなことをしても全然罪滅ぼしにならないし、ガクトもきっと安心できなかったと思う。」
「かりん・・・」
「罪の償いは、死ぬことじゃなくて、その人の分まで生きていくことだって分かったの。だから生きよう、ガクト・・私は、ガクトとなら・・」
「あぁ・・そうだな・・オレたちは人間として、これからを生きてやるんだ・・・!」
ガクトがかりんを強く抱きしめる。その抱擁に体を預けるかりん。
「だけどその前に、お前にひとつ頼みたいことがあるんだ。」
「頼みたいこと?」
かりんが疑問符を浮かべると、ガクトは少し間を置いてから口を開いた。
「・・・お前の力で、オレを石化してくれ。」
「ガクト・・・」
「オレはガルヴォルスへの憎しみで、たくさんの人を傷つけてしまった。みんなに迷惑をかけちまった・・・」
自分自身の罪を感じて悔やむガクト。
「ガルヴォルスが許せない気持ちが間違いじゃないって今でも思っている。けど、そのためにみんなが辛くなるのは、もう耐えられないんだ・・・だから、その罪の償いのためにも、オレを石にしてほしいんだ・・・」
「ガクト・・・いいよ。でも私からもお願いがあるの。」
「ん?」
「・・・私も一緒に石になるから。」
「かりん・・・!?」
かりんの言葉にガクトが驚きを見せる。
「罪があるのは私のほうだよ。ガクトの家族やたくさんの人を殺したっていう、重くはっきりとした罪がある。どうしてもガクトが石になりたいっていうなら、私も一緒に石化されなくちゃいけない。だから・・・」
かりんの切実な願いに、ガクトは一瞬戸惑いを見せた。これから行う石化はかりんの力によるもの。彼女はその対象を自分に向けることもできる。彼女も自分の罪を認め、それを償おうとし、それらを背負って生きていこうとする姿に、ガクトも頷いた。
「分かったよ、かりん・・・一緒にいてくれ・・・」
「ガクト・・・ありがとう・・・」
2人は微笑み、互いを優しく抱きとめた。
「1日になるのか、それともずっと石になったままになるのか分からない。だけど、それでも・・・」
「分かってる。でも、私はガクトと一緒なら、どんなことにだって・・」
「オレもだよ、かりん・・・」
「・・・それじゃ行くよ、ガクト・・・」
ガクトが頷いたのを見て、かりんは意識を集中する。一瞬だけ彼女の頬に紋様が走るが、すぐに消えてしまう。
ピキッ ピキキッ
その直後、2人は足の先が束縛されるような違和感を覚えた。足から石化が始まったのだ。
2人は一瞬うめき声をもらす。石化による快楽が2人の中を駆け巡っていた。
ピキキッ パキッ
石化はさらに進行し、2人の両足、そして下半身を白い石に変えていた。あまりの快感に顔を歪めながらも、互いの顔から眼をそらさない2人。
「そういえば覚えてるか?・・オレとお前が、初めて会ったとき・・・」
「うん・・最悪の出会いだったよね。私の胸をつかむんだもん。」
「あれは事故だって・・」
「分かってる。ちょっと言ってみただけだよ。」
ため息をつくガクトにかりんが微笑む。すると彼は唐突に彼女の胸に手を当てた。
「けど、あれがなかったら、多分オレたちはこうして一緒にいなかったかもな。」
少しだけかりんの胸の感触を確かめると、ガクトはその腕を彼女の背中に回した。
ピキッ ピキッ ピキッ
石化はその柔らかな胸さえも白く固い石に変えていく。押し寄せる快楽の海に身を沈め、ガクトとかりんは顔を近づける。
「オレたちは生きる・・この世界の中で・・・」
「うん・・一緒に、みんなの分まで生きていこう・・・」
涙ながらに微笑んだ2人が唇を重ねる。その感触と抱擁が、互いに生きていることを実感させた。
パキッ ピキッ
その2人を石化が包み、両腕、首筋、頬を白く固めていく。
ピキッ パキッ
重ねている唇も石化し、瞳の色も薄らいでいく。
フッ
その瞳にもヒビが入り、ガクトとかりんは完全な石像となった。2人は抱き合ったまま、いつ解かれるか分からない石化の時間に身を委ねた。
その様子を見ていた美代子が、小さく微笑んで部屋の入ってきた。彼女は裸のまま石化した2人にシーツをかけてあげた。
「ガクトさん、かりんちゃん、私はいつまでも待ってるから。あなたたちが、元気な姿で戻ってくるのを・・・」
2人が再び元気な姿を見せてくれることを胸に秘めて、美代子は部屋を後にした。
かりんがかけた石化の効力。それは彼女とガクトが抱えている罪に比例するように念じていた。
その時間がほんの一瞬なのか、それとも永遠に解かれないのか、2人には分からないことだった。
その石化が解かれたのは数日後のことだった。2人を包み込んでいた石化が解かれたのだ。
石の殻が弾けるように剥がれ、そこからガクトとかりんの生身の体が現れる。2人は虚ろな意識の中で眼をゆっくりと開き、互いの顔を見つめる。
「・・元に・・戻れたの・・・」
「そう、みたいだな・・・」
おぼろげな意識で、何とか声を掛け合う2人。体を抱き寄せて、その感触とぬくもりを確かめる。
「・・みんな、許してくれたってことなのかな・・私たちのこと・・・」
「それか、オレたちが生きていくことを本気で願ったからか・・・」
こんなに早く石化が解けたことに呆然となるガクトとかりん。はっきりしない気持ちを振り払うように、ガクトはかりんを抱きしめる。
「生きていこう、かりん。オレはお前と一緒なら、どこまでだっていってやる。」
「私も・・ガクトと一緒だったら、どこへでもいける気がする・・」
決意を込めて抱き合う2人。互いに一緒ならば、どんなことだって怖くない。
そんな2人の様子を、美代子は微笑みながら見つめていた。
「やっと眼が覚めたみたいね、2人とも。」
「美代子さん・・・」
戸惑いを見せているかりん。2人のところに突然、美代子が喜びを表しながら飛び込んできた。
「おわっ!」
飛び込まれて驚きを見せるガクトとかりん。しばしの唖然と沈黙を見せた後、3人はふと笑みをこぼした。
「・・ただいま、美代子さん・・・」
「おかえりなさい、かりんちゃん、ガクトさん・・・」
互いに笑みを向け合うかりんと美代子。その横でガクトが頬を赤らめている。
「マスター・・いったんどいてくれないか・・・服、着させてほしいんだけど・・・」
「え?・・私は気にしないわ。抱きしめるという行為は最高の愛情表現だから。」
「気にするって!っつーか、そういう問題じゃないって!」
平然と答える美代子に赤面するガクト。その様子に、かりんは頬を赤らめながらも満足げに微笑んでいた。
いつもの屈託のない生活が戻ってきた。しかしどこかがぽっかりと穴が空いたような虚無感をガクトたちは感じていた。
ここには華帆も利樹もいない。彼らはもうここには戻ってこないのだ。
その悲しみを背負ってこれからを生きていく。それがガクトとかりんの決意であり、償いへの気持ちだった。
「ガクトさん、かりんちゃん、辛くなったら私に頼っていいのよ。なんてたって、私は鷲崎美代子、17歳ですから。」
「おいおい!」
美代子の言葉にガクトとかりんがツッコミを入れる。そして2人は互いの顔を見て、笑みを見せた。
「それじゃ、今日も元気よく行きましょうか。ガクトさん、2丁目の井上さんにピザを届けて。」
「分かった。じゃ、行ってきます。」
美代子の言い渡した注文に、ガクトは気さくな笑みを見せて店を出て行く。するとかりんが追いかけて彼を呼び止める。
「ガクト・・生きていこうね・・この世界を精一杯に・・・」
「・・・あぁ・・・」
向かい合って笑みを見せあう2人。そこへ悟、サクラ、夏子が姿を現した。
「やっぱり元気を取り戻したみたいだね、2人とも。」
悟が安心したかのように微笑みかける。かりんが頷くが、ガクトはムッとした面持ちを向けてきた。
「悪いが、オレはアンタを完全に許したわけじゃない。もしかしたら、アンタを倒さなくちゃならなくなるかもしれない。そのときは、覚悟しておけよ。」
「肝に銘じておくよ、ガクト・・」
一瞬だけ対立の意思を見せたものの、ガクトと悟は笑みを向け合った。そしてガクトはかりんに振り返り、2人は軽く口付けを交わした。
「あらあら。いろいろ変わっちゃったみたいだね。ガクトさんもかりんちゃんも。」
「でも、こっちのほうが2人としてはいいんじゃないかしら。」
サクラも夏子も、ガクトとかりんの口づけする姿を見守っていた。彼女たちの見つめる前で、彼らは重ねていた唇を離す。
「いこうか、かりん・・・」
「うん、ガクト・・・」
ともに強く生きていくことを誓い合ったガクトとかりん。
生きるための本当の心と強さを持った2人は、どんな困難も怖くない。
(ホントにありがとう・・ガクト・・・)