ガルヴォルスBLOOD 第25話「夜」

 

 

 トリスが息絶え、クロスファングが実質的に壊滅した。この事実は国家の上層部によって隠蔽されることになった。

 真実を隠すと同時に、上層部は小夜と白夜を指名手配した。自分たちの最大の障害となっている2人を管理下に置く、あるいは排除しようと考えていた。

 トリスを打倒し、朱島を離れた小夜と白夜の行く手を、上層部が送り込んだ刺客たちが立ちふさがった。だが小夜と白夜には彼らに従う道理はなかった。

「邪魔をしないで・・・」

「邪魔をするなら容赦しない・・・」

 小夜と白夜が忠告を口にして、ガルヴォルスと兵士たちを斬りつけていった。

「な、何という強さだ・・・!」

「情報を大きく上回る強さ・・・!」

 兵士たちが焦りを募らせて後ずさりする。

「ここで引き下がるなら見逃す・・それ以外の行動を取ったらすぐに斬る・・・」

 小夜が刀の切っ先を兵士たちに向ける。自分たちの戦力が全く通じないことを痛感して、兵士たちが後ずさる。

「撤退する!体勢を整える!」

 兵士たちが小夜と白夜を警戒しながら、2人から離れていった。彼らの姿が見えなくなったところで、白夜がため息をつく。

「力の差が分かっているはずなのに、何度も数をそろえて邪魔をしてくる・・死んでも分からないとでも言いたいのか・・・」

「相手が何を考えているのか、私たちには関係ない・・」

 白夜の呟きに小夜が言葉を投げかける。

「邪魔をするなら斬る・・今までだってそうしてきたわ・・あなたも、私も・・・」

「そうだな・・そうしなければ自分を貫けない・・たとえ世界を敵に回しても、オレはそうするはずなのに・・・」

 小夜の言葉を聞いて、白夜が笑みをこぼした。

「行くぞ・・邪魔者は叩き潰すが、面倒は関わらないに限る・・」

「私もそう思う・・行きましょう・・・」

 白夜と小夜が歩き出していく。安息と言える場所に向かっての当てのない移動を、2人は続けていた。

 

「またおめおめと逃げ帰ってくるとは・・・!」

 小夜と白夜に敗退した兵士たちに、上層部が不満の声を上げる。

「ヤツらには我々の命令が聞こえていなかったのか!?

「そう焦ることはない。敗れてはいるが、ヤツらを追い込んでいるのも事実だ。」

「ヤツらは追われている意識を消せずに余計な警戒を持つことになる。そんな状態で年月を送り続けることなどできはしない。」

「心身共に疲弊したところを一気に叩く、というわけか。」

 上層部の役員たちが、小夜、白夜の攻略のための言葉を交わしていく。

「ヤツらの情報、細大漏らさずに探る必要があるな。」

「部隊に今まで以上に警戒を当たるよう伝えなければ・・」

 役員たちが笑みを見せて、会議室を後にする。自分たちにかかれば小夜も白夜も手玉にとれると思って疑っていなかった。

 

 朱島を離れてから10日以上がたった。未だに追われる身となっている小夜と白夜は、街々を転々としていた。

「本当にしつこいことだ・・これではゆっくりと休めないではないか・・」

「本当にムダな抵抗が好きなようね、向こうは・・」

 立て続けに奇襲を仕掛けてくる上層部に、白夜も小夜も滅入っていた。

「だがヤツらの戦力も無尽蔵というわけではない。必ず手を出せなくなるときが来る・・」

「それまで私たちが持つか、根競べということね・・」

「だがオレは負けるつもりはない。もう他のヤツに振り回されるのはゴメンだ・・」

「私も・・と言いたいところだけど、私は白夜に生かされているのだけどね・・・」

 考えを口にする白夜に小夜が苦笑を見せた。すると白夜が小夜を抱きしめてきた。

「今夜はオレのそばにいろ・・そろそろ苦痛を忘れたい気分になってきた・・」

「奇遇ね・・私もそう思ってきていたところよ・・・」

 白夜に寄り添っていく小夜。2人は思いのままに口づけを交わした。

 人気のない森の中で、小夜と白夜は肌を触れ合っていた。互いの触れ合うことで、2人は頭の中に焼き付けられた苦痛や苦悩を忘れようとしていた。

 同時に小夜と白夜は互いの心境を感じるようになっていた。彼らは互いの過去を痛感するようになっていた。

(私も白夜も、みんなと変わらない日常を続けたかった・・でももうそれは叶わない・・・)

 小夜が心の中で考えを巡らせていく。

(もう私たちは、この戦いを続けていくしかない・・いつ終わるのか分からない戦いを・・・)

 心の中で決意を強める小夜が、白夜にさらに体を触れられていく。彼女の秘所から愛液があふれて、草地に落ちていく。

(そしていつか・・私たちが心から安らげる場所と時間を・・・)

 一途の願いを秘めて、小夜は白夜に身を委ねた。この夜、彼女は白夜との抱擁を過ごしたのだった。

 

 一夜が明け、目を覚ました小夜と白夜は、朝日が昇っている空を見上げていた。

「この夜、誰も襲い掛かってこなかったな・・」

「気配を感じ取れないほど気が紛れていたわけではないけど・・・」

 白夜と小夜が声をかけ合って、互いに顔を見合わせる。

「だがまたいつどこから出てくるか分からない・・油断はならない・・」

「えぇ・・確実に出てこなくなるまで、私たちは戦い続けていく・・・」

 戦意を絶やさずに言葉を続ける白夜と小夜。

「私たちは運命共同体・・白夜のこの戦いに、私はどこまでもついていく・・・」

「そうか・・お前なら、オレを振り切って逃げることもできるのに・・・」

「情けないことに・・もう私は1人きりでは生きていけない・・・」

「心細いか・・実を言うと、オレもそう感じていたところだ・・」

 小夜が震えると、白夜が自分の正直な気持ちを打ち明けてきた。

「オレはずっと1人で戦ってきた・・そのオレが、1人でいるほうが辛く感じるようになるとは・・・」

「強がっても、結局いいことはないということかもしれないわね・・・私たちは、一緒にいたほうがいいということかな・・・」

「ここまでこのようなことをして、離れ離れになるのもいいとは言えないが・・・」

 互いに苦笑いを浮かべる小夜と白夜。そして2人は落ち着きを見せる。

「私が刀であなたが鞘・・私の歯止めの利かなくなる力を、あなたが力ずくで止める・・・」

「あぁ・・お前を勝手にさせるつもりは、オレにはないからな・・」

「だから私とあなたは、これからもずっと一緒に生きていく・・おそらくどちらかが死ぬまで・・・」

 自分たちの服を着て、白夜と小夜は歩き出す。小夜の手には自分の一部である刀が握られていた。

(私は生きる・・白夜と一緒に・・・)

 小夜が心の中で思いを呟いていく。

(もう迷うことはない・・この血まみれの道を、どこまでも突き進んでいく・・・)

 決意を胸に秘めて、小夜は白夜とともに歩き出していった。

 

 それから1ヶ月が経過した。上層部はさらに小夜と白夜に兵士とガルヴォルスを差し向けたが、2人にことごとく返り討ちにされていった。

 襲撃を受ける度合いも減り、小夜も白夜も無意識に安堵を感じていた。

「ここのところ、連中もやってこなくなったな・・」

「こうも戦いがなくなってくると、諦めたと思ってしまいそうね・・」

「気を抜くな・・そう思わせたところを狙ってくる腹かもしれないぞ・・」

「そうかもね・・そうでなくても油断しないけど・・」

 落ち着いた様子で言葉を交わしていく白夜と小夜。

「いずれにしても、このままでは埒があきそうにない・・」

「そろそろ上層部そのものを倒したほうがいいのかもしれない・・・」

「上層部のことを知っていたのは、おそらくトリスやリュウのような位の高いヤツ・・その中でもかなり限られているのかもしれない・・」

「その情報を入手する手段ももうない・・・」

「ならばいそうなところに向かうだけだ。」

「いそうなところ?」

 白夜が口にした言葉に、小夜が眉をひそめる。

「ああいった連中は大きな街を隠れ蓑にしているものだ。中でも1番の街が・・」

「首都・・・」

 白夜の言葉を受けて、小夜が目つきを鋭くする。

「もしも当たりくじを引いていたなら、ヤツらも慌てることになるだろう・・」

「危険な賭けとも取れるけどね・・」

「関係ない。ここまで戦いをしてきているんだ。危険なのはお互い様だ。」

 揺るがない意思を見せる白夜に、小夜も小さく頷く。

「目的地も決まったことだし、行くとしましょう・・」

「あぁ・・これ以上、不条理を振りかざす連中の掌の上で踊らされてたまるものか・・・」

 小夜の呼びかけに答えて、白夜が右手を強く握りしめた。

 

 上層部は首都を拠点としていた。街々に住む人々が平穏に暮らしている裏で、上層部は規制と包囲網を敷いていた。

 情報の漏えいを完全に防ぎつつ、上層部は小夜と白夜の捜索と確保を画策していた。

 その真夜中の首都に鮮血が舞った。首都の警備を兼ねていた私服兵士が、小夜と白夜と交戦して倒された。

 自分たちの姿を見られようと、白昼堂々となろうと、小夜にも白夜にも関係なかった。2人は上層部に接近するために手段を選ばなかった。

「何も知らなかったという言い訳は通用しない・・恨むなら、不条理を武器とするヤツらに味方してしまった自分たちの不幸を恨むんだな・・」

 事切れた兵士を見下ろして、白夜が冷徹に告げる。

「あなたたちを指揮している人たちはどこにいるの?こうして私たちを狙っても無意味というのが、まさか理解できていないわけではないでしょう?」

 小夜が兵士の1人に刀の切っ先を向けて問い詰める。

「たとえこの命がなくなろうと、上官の命令は絶対・・・」

 声を振り絞る兵士の体に、小夜が刀を突き立てた。

「そのようなくだらない意地を張ったところで、何があるというの・・・!?

 歯がゆさを噛みしめて、小夜が兵士から刀を抜いた。

「だがヤツらの攻撃と包囲が厳しくなっているな。焦っているというべきか・・」

「そのうち自分たちが出てくるか、諦めて逃げていくかするでしょうね・・どちらにしても、ここに来た意味はあるわね・・」

「逃がすつもりはない・・もしもここにヤツらがいるなら、ここで息の根を止めてやる・・」

「それで私たちが安らげると信じて・・・」

 戦意を和らげて、白夜と小夜が首都の中心にそびえ立つタワーを見上げた。

「次はあそこに行きましょう・・そこに隠れている可能性も否定できない・・」

「眺めもよさそうだな・・ヤツらの動きも見渡せそうだ・・・」

 小夜と白夜がタワーを目指して走り出す。タワーにたどり着くまでにガルヴォルスの襲撃を受けた2人だが、刀と爪で返り討ちにしていった。

 

 小夜と白夜が首都に侵入した情報は、上層部の耳にも届いていた。

「アイツら、我々の足元にまで踏み込んでくるとは!」

「まさか我々の居場所を調べ上げているのか!?

 上層部の議員たちが苛立ちをあらわにする。

「こうなればここを放棄するしかない・・ここに乗り込まれても、我々の掌握に何の揺らぎもない。」

「ヤツらをぬか喜びさせて、士気をそがせる魂胆か。無意味な行為にならなければいいが・・」

「ともかく、ヤツらに乗り込まれて、我々が全滅することは避けなければ・・!」

「元も子もなくなるのが1番最悪だ・・すぐに移動だ!移動!」

 上層部が今使っている会議場を捨てて、慌てて別の場所に移動していった。

 小夜と白夜が乗り込んだときには、既に会議場はもぬけの殻となっていた。

 

 攻撃を仕掛けてくる兵士や、私利私欲に行動するガルヴォルスたちを切り捨てていく小夜と白夜。それでも上層部を打倒することができないでいた。

「ヤツらには逃げられたが、これでしばらくは勝手なマネはできないだろう・・」

「でもこれで全てが終わったわけではない・・上層部は必ず私たちを狙ってくる・・諦めの悪さは、認めざるを得ない・・・」

 タワーの上から街を見下ろして、白夜と小夜が言葉を交わす。

「それで、これからどうするの?・・上層部を追う・・?」

「・・いや、しばらくはこの辺りに滞在する・・」

 小夜からの問いかけに、白夜が真剣な表情のまま答える。

「オレたちも少し体を休めておいたほうがいいかもしれない・・アイツらは追っ払っても、自分勝手に動いているガルヴォルスはここに潜んでいる・・・」

「そのガルヴォルスを一掃する・・それが、今のあなたの考えね・・」

「ガルヴォルスの血を力に変えられるお前にとっても、都合の悪いことではないだろう・・?」

「そういうのは本能に任せることにする・・いくら悪いガルヴォルスが相手でも、他人を食い物にしているようでいい気分になれない・・」

 皮肉を込めた言葉を投げかける白夜に、小夜が苦笑を見せた。

「私は血に飢えた吸血鬼のガルヴォルスの遺伝子を組み込まれた、人でないもの・・それでも私は、人の心を失いたくない・・・」

「失ってはいない・・心がなければ、怒りも憎しみも悲しみもなくなっている・・・」

「そうね・・私たちがここまで憎みあうことも、寄り添いあうこともなかった・・」

「皮肉なことに感じてしまうな・・」

 互いに笑みをこぼしていく小夜と白夜。2人はそよ風に紛れるように、タワーの天辺から落下していった。

 小夜と白夜は街の人々に気付かれることなく、通りを走り抜けていく。

(私は白夜と一緒に生きる・・私たち自身の本能と意思の赴くままに・・・)

 小夜が心の中で気持ちをまとめていく。

(もう何にも縛られない・・どんなものにも振り回されない・・私たちは、私たちの意思で、これからを生きていく・・・)

 決心を募らせていく小夜。白夜とともに血塗られた道を歩むことを、彼女は恐れてはいなかった。

 

 吸血鬼のガルヴォルスの遺伝子を植え付けられた、刀を武器とする少女。

 その少女を束縛し、自分の敵と戦い続ける道を選んだ男。

 2人のいばらの道はいつ終わりを迎えるのかは定かではない。

 それでも少女と男は立ち止まらない。

 自分たちにとっての安息の場所にたどり着くまで、2人はこの血塗られた道を進んでいく。

 

 

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