FIGHTING IMPACT
第1話
自らの意思や信念を強さに込めて貫く格闘家。
地位、名声、頂点、誇示。
宿命、修羅、過去、復讐。
支配、破壊、本能。
戦う理由はそれぞれだが、それらが格闘家たちを引き寄せ、戦いへと導く。
そして、新たな戦いの幕が上がろうとしていた。
嵐を思わせる風と黒い雲。その崖の上の草原に、長い髪を束ねた1人の男がいた。
左目に傷のある隻眼の男のいる草原に、1人の女性が現れた。黒の袴を着ていて、血のように紅い瞳から氷のように冷たい視線を向けていた。
「何者だ、貴様は・・・?」
男は振り向くことなく女性に問いかける。
「私はあなたを抹殺するために来た・・カイリ、覚悟してもらう・・・」
「貴様だったか・・オレの命を狙う者がいることは分かっていた・・・」
女性が投げかける言葉に男、カイリが低い声音で答える。
「だがオレは死ぬわけにはいかない・・失われている己の答えを見出さなければならない・・・!」
ここでカイリが女性に振り返る。
「お前は死ぬ・・ここで息の根を止める・・・」
女性がカイリに向かって飛びかかる。彼女の鋭い古武術を、カイリは素早い身のこなしでかわす。
カイリが回し蹴りを繰り出すが、女性に防御される。
「魔龍裂光!」
カイリが拳を振り上げて飛び上がるが、女性は後ろに下がってかわす。カイリは空中で腰付近に両手を構えて気を集める。
「神鬼発動!」
カイリが両手を前に出して、気の弾を放つ。しかし女性は素早く動いて気の弾をかわして、着地したカイリの後ろを取った。
「気連射!」
女性が練り上げた気を弓矢のように放つ。矢のように飛ぶ気がカイリの右肩を貫いた。
「ぐあぁっ!」
激痛を覚えて絶叫するカイリ。突き飛ばされた彼が崖から落下した。
「ここから落ちれば助からない・・私の役目は果たされた・・・」
女性が低く呟くと、カイリが落ちた崖下の海を見てから崖を後にした。しかし草原の真ん中で彼女が足を止めた。
突如、女性が頭に激痛を覚えて手を当てていた。苦しみでうめき、彼女は呼吸を乱す。
「わ・・私は・・・!」
体を震わせて女性が膝をつく。冷徹だった彼女の表情は和らいで、感情が現れていた。
「カイリ・・・!?」
カイリの落ちた崖に振り返って、女性が彼を手にかけた自分に絶望した。
「カイリ!」
庭と隣接した廊下で女性は目を覚ました。彼女はいつしか眠りについて、夢を見ていたのである。
(カイリ・・私が彼をこの手で・・・)
カイリと戦い崖下に突き落としたことを思い出して、女性が頭に手を当てる。彼女はそのときの出来事を覚えているだけでなく、失われていた記憶がよみがえったように感じていた。
(あのときの私の行動は私自身の意思ではなかった・・私の中に、何かが施されていたような・・・)
膨らんでくる疑問や矛盾に、女性は苦悩を深めていた。
「ほくとお姉さまー♪」
女性、ほくとに向かって声がかかった。彼女の前に1人の少女が駆けてきた。
「おかえり、七瀬。今日で1学期は終了ね。」
ほくとが妹、七瀬に微笑みかける。
「エヘヘ♪これで大きく羽を伸ばせるってもんだよ♪夏休み、どこにお出かけしようかな〜♪」
「七瀬、夏休みだからといって気を抜いてはいけないわ。何事も日々精進。武道も勉強も。」
笑顔を振りまく七瀬にほくとが注意を呼びかける。
「ブー・・分かってますよ〜・・」
七瀬はふくれっ面を浮かべて、ほくとが笑みをこぼす。
「お姉様・・そんな顔をするなんて・・・」
「えっ・・・?」
七瀬が口にした言葉に、ほくとが当惑を覚える。
「私、そんなに笑うのが似合わないかしら・・・?」
「う、ううん!そういうわけじゃないけど・・お姉様が笑っているところ、全然見てなかったから・・」
作り笑顔を見せるほくとに一瞬慌てるも、七瀬が正直に思いを口にする。彼女の答えを聞いて、ほくとが戸惑いを感じていく。
「ゴ、ゴメンなさい、お姉様・・あたし、学校の復習をしてくるね!」
七瀬が慌てて自分の部屋へと向かっていった。
(七瀬の言う通り、私は感情を表に出すことはなかった。水神家の伝承者として当然と思っていた・・でも、今は・・)
ほくとが心の中で自分を見つめ直す。
ほくとは古武術を伝承する水神家の娘。水神流古武術の伝承者として恥じぬよう、武術の腕や精神を磨くだけでなく、相応の姿勢も取り続けてきた。
それまでのほくとは感情を表に出すことはなかった。感情が見え隠れするようになってきたのは、
(あの日・・あの夜、あの人を手にかけてから・・・)
記憶を巡らせたほくとが苦悩に襲われる。彼女の脳裏に血塗られた出来事の光景が浮かび上がっていた。
人の立ち入ることが極めて少ない山中の森。静寂に包まれたこの森に、落ちた枝が踏まれる音が響く。
1人の男が森の中を歩いていた。1つに束ねた長い髪は白く、上半身には多くの傷痕が刻まれていた。
男はひたすら歩き続けていた。周囲への殺気を研ぎ澄ませながら。
やがて森の外、川沿いの石道に出た男。そこで彼は足を止めて視線を移す。
「その刀、その覇気・・何者だ?」
男が川沿いにいた剣士に声をかける。
「何者とはいきなりだな。人に名を訊ねるなら自分から名乗るのが礼節であろう。」
「オレの名はカイリ。その刀、お前もオレの命を狙う刺客だな。」
男、カイリが剣士に鋭い視線を向ける。
「刺客?私の名はハヤテ。この刀はオレの道を切り開くためのもの。無慈悲に命を奪うものではない。」
「黙れ!オレはむざむざ殺されるつもりはない!目の前に現れる刺客は全て葬る!」
剣士、ハヤテの言葉を聞き入れず、カイリが飛びかかる。ハヤテは鞘から引き抜くことなく、刀でカイリの蹴りを受け止める。
ハヤテが刀を押してカイリを引き離す。カイリは立て続けに拳を振りかざし、ハヤテを攻め立てる。
「問答無用か・・ならば止むを得ん・・!」
毒づくハヤテが抜刀して、カイリを引き離す。ハヤテの一閃を目の当たりにしたカイリが構えを取る。
「神気発動!」
カイリが気の弾を放つ。ハヤテが刀を振りかざして、気の弾を切り裂いた。
「剣とともに生き、剣とともに死ぬ。それが私の生き方・・私の剣、簡単には折れはしない!」
「軽々しく生き死にを口にするな・・その程度のことで命を賭けようとするのは、お前が本当の死の恐怖を知らないからだ・・」
ハヤテが口にする信念に、カイリが嘲笑を浮かべる。
「おぬしがどのような生き方をしてきたかは知らんが、その言葉は聞き捨てならんな・・・!」
「やはりオレを手にかけるつもりか・・オレは死ぬわけにはいかない・・・!」
刀を構えるハヤテに、カイリが向かっていく。
「鎌鼬!」
刀を振りかざすハヤテだが、カイリは飛び上がってかわす。
「速い!」
「雅竜滅蹴!」
見上げるハヤテに向かって、カイリが飛び蹴りを繰り出す。回避を取ろうとしたハヤテだが、カイリの着地と同時に放つ膝蹴りを体に叩き込まれる。
「ぐっ!・・何という強さ・・・!」
カイリの力に脅威を覚えるハヤテ。
「これでとどめだ・・!」
カイリが再び飛び上がり、ハヤテを狙う。
「神鬼発動!」
「雷斬翔!」
カイリが気の弾を放ち、ハヤテが同時に刀を振り上げる。2人の攻撃がぶつかり合い、激しい衝撃を巻き起こす。
カイリが衝撃に押されて地面に落下する。すぐに立ち上がった彼だが、ハヤテの姿は彼の視界から消えていた。
「仕留め損なったか・・・また現れようと、オレは死なない・・・!」
生への強い意思を口にするカイリ。彼の左頬に、ハヤテの一閃でかすめたときのかすり傷があった。
カイリとの戦いから脱したハヤテ。川を離れた彼は、傷ついた体を動かして山道を歩いた。
「あやつ、とてつもない強さだった・・わずかでも気を抜けば命の危険もあった・・・!」
カイリの強さを痛感して、ハヤテが毒づく。
「すぐに手当てしなければ・・どこか、休める場所を探さねば・・・!」
傷の手当てを考えるハヤテが足早になる。彼は人との対面や人のいる場所の発見を急いだ。
そしてハヤテは山を抜けて、屋敷の前にたどり着いた。しかしそこで彼は意識を失い、うつ伏せに倒れた。
アメリカ国内にある都市「サウスタウン」。かつては犯罪組織やマフィアなどの抗争が絶えない、荒廃した街だった。
しかしその抗争も年月を重ねるごとに沈静化に向かうことになった。現在、1人の青年がサウスタウンのキングとして称えられていた。
アルバ・メイラ。ストリートギャング「サンズ・オブ・フェイト」のリーダーで、「暁の悪魔」の異名を持つ。
アルバは今、苦悩を深めながらある人物の行方を追っていた。
ソワレ・メイラ。アルバの双子の弟で、彼を心から尊敬している。実直な振る舞いをする兄と違い、明るい性格をしている。
現在、ソワレはアルバのそばにいない。連れ去られたソワレを探して、アルバは迷走するように奔走していた。
(ソワレ・・どこへ行ってしまったのだ、ソワレ・・・!?)
ソワレの行方を必死で追うアルバ。そのことしか考えられなくなり、夢遊病者のようになることもあった。
そしてアルバは軍事施設の近くの道へとたどり着いた。
「そこにいるのは誰だ?姿は見えなくても、殺気は隠れていないぞ。」
アルバが足を止めて声をかける。彼の前に、防弾チョッキとマスクといった軍服を着た男が現れた。
「オレに気付くとは大したヤツだな・・何者だ、貴様・・・!?」
「人に名を訊ねるなら、まずは自分から名乗ったらどうだ?」
不気味に笑う男に、アルバが冷静に問いかける。
「オレの名はドクトリン・ダーク・・オレに地獄を味わわせたヤツへの復讐のために行動している・・」
「復讐か・・お前も誰かに大切な人を殺されたか・・・?」
名乗った男、ダークにアルバが問いかける。
「オレは2人の男を恨んでいる・・オレの部隊を全滅させたヤツと、オレを鍛えてくれなかった昔の上官だ・・」
自分のことを語りかけて、ダークが笑い声を上げる。
「復讐か・・オレも復讐の道を歩いてきた1人だ。復讐そのものを咎める資格はオレにはない・・」
アルバが自分の人生を振り返って言いかける。彼は思わず、自分への皮肉を込めた笑みをこぼしていた。
「だがオレもオレの仲間も、自分を鍛えてくれなかったと情けない逆恨みを考えるようなヤツではない・・」
「何っ・・!?」
アルバが口にした言葉を耳にして、ダークが目つきを鋭くする。
「自分が受けた悲劇の中に己の弱さがあるのなら、強くなればいいだけのこと。お前は強くなることからも目を背け、己の弱さを他人のせいにしている・・」
「知ったふうな口を叩いて・・お前から息の根を止められたいのか・・・!?」
非難を送るアルバにダークがいら立ちを見せる。
「オレの標的の前に、お前で力試しをさせてもらうぞ・・・!」
ダークが腕に仕込んだブレードを出して構える。
「挑んでくるなら、このアルバ・メイラが相手をする・・オレを簡単に倒せると思うと、後悔することになるぞ・・」
アルバも構えを取り、ダークの出方をうかがう。
「死に急ぎたいなら、望みどおりにしてやる・・!」
ダークが言い放ってアルバに飛びかかる。ダークが振りかざすブレードを、アルバは正確にかわしていく。
「羅漢風方拳!」
アルバが拳を振りかざして、竜巻のような突風を放つ。吹き飛ばされるダークだが、空中で体勢を整えて着地する。
「風の技・・気に入らんな・・アイツのことを思い出すからな・・・!」
ダークがさらにいら立ち、アルバが繰り出した衝撃波の刃をジャンプでかわす。彼はアルバを飛び越えて、着地と同時にワイヤーを伸ばした。
「ぐっ!」
ワイヤーを首に巻きつけられて、アルバがうめく。息苦しさを覚える彼に、ダークが笑い声を投げかける。
「フン。口ほどにもないようだな・・お前の強さは大したことはない・・・!」
ダークがワイヤーを引きながらアルバをあざ笑う。
「このまま地獄に送ってやる・・たわごとを口走ったことを後悔するんだな!」
ダークがワイヤーを通して、アルバに向けて火花を放つ。
「くっ!」
アルバがワイヤーをつかむ手から電気を放つ。電気は火花よりも速くワイヤーを伝わっていく。
「ぐっ!」
ダークが電気ショックを受けて力を緩める。その一瞬にアルバはワイヤーをほどいて抜けて、火花をかわした。
「大したことがない・・オレが・・!?」
ダークから投げかけられた言葉が引っ掛かり、アルバが苦悩に襲われる。ソワレを連れ去られた自分が無力ではないかと、彼は思ってしまった。
「オレは強くならなければならない・・そうしなければ、ソワレを連れ戻せない・・・!」
迷いを振り切ろうと自分に言い聞かせようとするアルバ。しかし逆に焦りを膨らませることになった。
「愚かなヤツだ・・調子に乗る相手を間違えたな・・・!」
ダークが笑みをこぼして、左手のブレードを出して飛びかかる。彼が振りかざすブレードをかわすアルバだが、続けて繰り出された蹴りを受けて突き飛ばされる。
踏みとどまるアルバだが、ダメージを感じて地面に膝をつく。
「そろそろとどめを刺させてもらうぞ・・オレも暇じゃないんでな・・・」
ダークがアルバに向かって歩き、ワイヤーを伸ばす。アルバがとっさに動いてワイヤーをかわすが、そばの廃屋の壁を突き破って中に飛び込んでしまう。
立ち上がって体勢を整えるアルバ。彼はダークの奇襲に備えて周囲を警戒する。
重苦しい静寂が、アルバのいる廃屋を取り巻いていた。
そのとき、その静寂を吹き飛ばすように物音が響いた。振り向いたアルバが目にしたのは、時限式の爆弾。
「くっ!」
アルバが爆弾から離れて窓から外に飛び出す。同時に爆弾が爆発して、廃屋を炎上させた。
「やったぞ!これでヤツは火だるまだ!」
燃え盛る廃屋を見つめて、ダークが高らかに笑う。彼は視線を移してアルバの行方を探る。
「いくら燃え尽きても、燃えカスぐらいは残っているはずだ・・どこに死体が転がっている・・・?」
ダークがさらに視線を巡らせる。しかしアルバの姿を確認することができない。
「開門雷神拳!」
次の瞬間、ダークの後ろから姿を現したアルバが、衝撃波をまとった拳を繰り出した。振り返り様に彼の一撃を受けて、ダークが突き飛ばされた。
爆弾の爆発から辛くも逃れたアルバは、気配を殺しながら移動してダークの後ろに回り込んだ。アルバは力を振り絞り、ダークに渾身の一撃を見舞ったのである。
拳を叩き込んだ体勢のまま、アルバは呼吸を乱していた。体力も精神力も消耗していた彼は、落ち着きを取り戻しながらダークを見据えた。
(オレの全力を叩き込んだ・・これで平気でいられるはずは・・・!)
今の一撃が決定打になったと確信していたアルバ。だが倒れていたダークが起き上がり、笑い声を上げてきた。
「少しは効いたが、オレには大して通じていないぞ・・・!」
「バカな!?・・これだけ受けて立ち上がるなど・・・!?」
立ち上がってみせたダークに、アルバが驚きを隠せなくなる。
「あの爆発から抜け出せたのは褒めてやる・・だがこれで終わりだ!」
ダークがワイヤーを伸ばして、アルバの左腕に巻きつけた。振り払おうとしたアルバに、ダークが続けて爆弾を放り投げた。
アルバがジャンプして爆発に備えるが、ダークのワイヤーに引っ張られる。
「ぐあっ!」
爆弾から逃れることができず、アルバが爆発に巻き込まれる。彼は地面を転がって、まとわりつく炎を消す。
(これまでなのか・・オレは何もできず、こんなところで果てるのか・・・)
倒れるアルバが絶望を感じていく。
(ソワレ、オレはお前を助けられず、不様に朽ち果てるしかないようだ・・すまん・・・)
“何、情けねぇツラしてんだよ、アニキ・・”
心の中で謝罪を呟くアルバの頭の中に声が響いた。彼の視界に入ってきたのは弟、ソワレだった。
(ソワレ!?)
ソワレの姿に動揺を覚えるアルバ。アルバは目の前にいるソワレが幻であると直感していた。
“しっかりしてくれよ、アニキ。諦めちまうなんてアニキらしくねぇって。アニキはオレたちのキングなんだから、こんな負け方は他の連中に示しがつかなくなるぜ。”
ソワレが激励を口にして、アルバに気さくな笑みを見せる。彼は振り返って、アルバに背を向ける。
(ソワレ・・!)
歩き出して霧のように消えていくソワレに、アルバが激情に駆られる。彼はソワレの幻に向かって手を伸ばして、無意識に立ち上がっていた。
「立っただと!?・・直撃を食らったはずだぞ・・・」
満身創痍で立ち上がったアルバを目の当たりにして、ダークが驚愕する。
(ソワレ・・そうだ・・諦めてしまったら、2度とお前に会えなくなる・・・!)
「オレは今のサウスタウンのキング・・アルバ・メイラだ!」
アルバが声を張り上げて、右手を強く握りしめる。
「オレたちメイラ兄弟は、諦めを知らない!」
彼が全速力でダークの懐に飛び込む。
「ぐおっ!」
アルバの拳を立て続けに食らい、ダークがうめく。
「覇王雷光拳!」
アルバが稲光を帯びた衝撃波を拳から放つ。ダークが吹き飛ばされて、その先の壁に強く叩きつけられる。
「ぐっ!・・おのれ・・オレが・・あんなヤツに・・・!」
ダークが壁にもたれかかったまま、意識を失って動かなくなった。
「オレはまだ立ち止まれない・・ソワレを見つけるまでは・・・!」
傷ついた体を動かして、アルバがきびすを返して歩き出す。
「ソワレ・メイラを追って、アデスを探しているのね。」
その彼の前に1人の女性が現れた。不可思議な雰囲気を宿して、美しい蝶のようだった。
「ルイーゼ・マイリンク・・・!」
アルバが女性、ルイーゼを見て眉をひそめる。
「アデスは簡単には尻尾を出さない。あなたの弟の行方も、すぐには発見できない・・」
「それでも探し出す・・たとえ世界の果てにいようと、ソワレを連れ帰る・・・!」
ルイーゼが忠告を送るが、アルバは引き下がらない。
「そこまで言うなら・・・ソワレがいるという確証はないけど、アデスの一員が現れたという情報があるわ・・」
「アデスの手がかりが・・・!?」
ルイーゼが口にした話に、アルバが戸惑いを覚える。
「どこだ・・それはどこなんだ・・・!?」
「それは、日本よ・・」
アルバが問い詰めて、ルイーゼが落ち着いた様子で答える。次の目的地を決めて、アルバはソワレとの再会を頭の中に描いていた。
意識を取り戻したハヤテが目にしたのは、見知らぬ天井。体を起こした彼は、1つの和室で眠っていたことを理解する。
「ここは?・・私は、どうしたのだ・・・?」
周りを見回して記憶を巡らせるハヤテ。
「気が付かれたのですね。」
ハヤテのいる部屋にほくとが入ってきた。ここで彼は自分の体に包帯が巻かれていることに気付く。
「そなたが助けてくれたのか・・?」
「えぇ。ここは水神家本家。私の名はほくとです。」
ハヤトの問いかけに答えて、ほくとが自己紹介をする。
「屋敷の前であなたが倒れていたのを見つけて・・応急措置はしましたが、まだ運動は控えたほうが・・」
「すまぬ・・そなたやこの家の者に迷惑をかけてしまって・・」
「傷ついている人を放ってはおけません。気にすることはないです・・」
謝意を示すハヤテにほくとが微笑みかける。
「お姉様・・あの、大丈夫ですか・・?」
七瀬も部屋に入ってきて、ハヤテに心配の声をかける。
「あぁ。介抱していただき、かたじけない・・」
ハヤテが七瀬にも感謝を送る。
「私はハヤテ。剣の修行のため旅をしている。この近くの山もその道中で立ち寄ったのだ。」
「そうでしたか・・しかし、なぜこのようなケガを・・・?」
自己紹介をするハヤテに、ほくとが話を聞く。ハヤテが記憶を呼び起こして、深刻な面持ちを浮かべる。
「突然、白い髪の男に襲われた。私が命を狙う刺客だと思い込んで・・」
「刺客・・?」
ハヤテの話にほくとが眉をひそめる。
「すごい技の使い手だった・・一歩間違えば、私は助からずに死んでいたかもしれん・・」
「そんな怖い人が、家の近くにいるなんて・・家を襲いに来なければいいけど・・」
ハヤテが話を続けて、七瀬が不安を見せる。
「傷痕だらけだった・・確か、カイリと名乗っていた・・」
「カイリ・・!?」
ハヤテのこの言葉に、ほくとが驚愕を覚える。動揺のあまり、彼女は体を震わせていた。
「お姉様、どうしたの・・・?」
七瀬が問いかけるが、ほくとは言葉が出なくなっていた。
(あの人が・・カイリが生きていた・・私が手にかけたあの人が・・・!)
自分の手で谷底に着き落とした男を思い出して、ほくとは困惑に囚われていた。
ハヤテとの交戦の後、カイリは山を下りていた。彼は自分自身のことを考えていた。
(今のオレは、オレのことを思い出せる・・オレは水神家の息子として生を受けた・・・)
自分の過去を思い出して、カイリが歯がゆさを覚える。
カイリは全ての記憶を失っていた。自分が何者なのか、何のために生き戦うのか、その答えを見出すために、修羅の道を歩き続けていた。
(“汝、己を以て極めんとすべし”。その言葉を頼りに、オレは生きてきた・・皮肉なことだ。己の記憶を取り戻すことで、その意味を理解したような気がする・・)
記憶を失った頃のことも思い出していくカイリ。
(そしてあのとき、オレは谷底に突き落とされて・・そのとき生き延びたと同時に、オレは失っていた記憶を取り戻した・・・)
ほくとに敗れた瞬間も、カイリの脳裏をよぎる。
(いや、違う・・前にもあった・・谷底に突き落とされたのは・・・)
カイリの脳裏に別の記憶がよみがえる。それは彼の幼い日のことだった。
水神家は昔は本家の他に分家が存在していた。古武術とその指南を生業としていた本家と違い、分家は暗躍を主に行う。水神家の影の存在である。
分家は水神家のためにいかなることにも手を染めてきた。人殺しも厭わなかった。
カイリは水神家本家の息子だった。水神家の後継者として、幼いころから鍛錬を続けていた。
しかしある日、カイリは分家の暗躍を目撃した。血塗られた分家の姿を目の当たりにして、彼は緊迫を隠せなかった。
そして分家党首が、カイリに気付いて振り向いた。
「お前に恨みはない。だが、お前は見てはならないものを見てしまった・・悪いが、死んでもらおう・・」
党首が構えを取ってカイリに飛びかかる。カイリがとっさに後ろに動いて、党首の繰り出した拳をかわす。
「なかなかの動きだ。だがいつまで持つか・・」
党首は呟いてから、再びカイリに向けて攻撃を繰り出す。速さを増す党首の攻撃を、カイリはかわし切れなくなる。
(強い・・しかもどの技も急所を狙っている・・このままでは、殺される・・・!)
カイリは党首の強さとともに、窮地を痛感していた。
「これで終わりだ・・神鬼発動!」
「魔竜裂光!」
飛び上がった党首の気に、カイリが拳を振り上げて迎え撃つ。しかし力の差は明らかだった。
「うわあっ!」
党首の気の弾に吹き飛ばされて、カイリは崖から谷底に突き落とされた。
これで死んだものと思ったのか、党首は海に消えたカイリの行方を追うことなく立ち去った。
それでもカイリは生き延びて海岸に流れ着いた。しかしこのとき彼は全ての記憶を失った。
それからカイリは自分が生きるため、自分が何者なのかを知るために、修羅の道に足を踏み入れた。
記憶を失ったときのことを、カイリは思い出した。自分が本当は何者なのかということも。
(オレは分家党首によって殺されかけた。そこからオレの戦いの道が始まった・・しかし再び、オレは谷底に突き落とされた・・・)
2度にわたって同じ死の恐怖を味わったことに、カイリが歯がゆさを覚える。
(皮肉なものだ・・谷底に突き落とされて記憶を失ったオレが、もう1度谷底に突き落とされて、記憶を取り戻すとは・・・)
そしてその死の恐怖が自分を取り戻させる鍵になっていたことに、カイリは思わず物悲しい笑みを浮かべた。
(水神家分家はオレを抹殺しようとしている・・暗殺を目撃したオレが生きていることに気付いて、刺客を送って・・)
カイリは分家が今も命を狙っていると思い、常に周りを警戒する日々を過ごしている。疑心暗鬼に駆られ、彼は常時気を張り詰めていた。
(だがオレは死なん・・何人出てこようと返り討ちにして、オレは生き延びる・・・)
自分に近づく者は徹底して打ち倒す。生に対する強固な意思を持つカイリは、さらに1人歩き続けた。
漆黒に包まれた場所。1人の男の前に、黒ずくめの男がやってきた。
「こちらの利用に適した肉体を発見したとの報告です。」
「そうか。引き続き監視を続けろ。」
黒ずくめからの報告を聞いて、男が指示を出す。黒ずくめの男は一礼をしてから去っていった。
「この星はまだまだ侮れんな。強靭な肉体の持ち主であふれておる。」
男が喜びを感じて笑みをこぼす。
「これほどの強さ・・私が相手をしてもよさそうだが、そろそろお前の力を見てみたい。」
呟く男が後ろに視線を向ける。彼の後ろには1人の銀髪の男が立っていた。
「久しぶりに見せてもらえないか。闇の牙“ユーダイム”の力を。」
男が銀髪の男、ユーダイムに呼びかける。ユーダイムは無言のまま歩き出した。
「胸躍る戦いの日々、思い出させてくれ、ユーダイム・・」
期待を募らせて、男が手を伸ばした。遥か彼方の空を見据えながら。