魔法少女エメラルえりな
第12話「思いの行く末」
えりなと明日香を前にして、篤が魔力を解放する。だがえりなも明日香も、彼の力に臆することはなかった。
「お兄さん、私はもう迷いません。あなたが今の私を留めておきたいのと同じように、私も今のあなたを心に留めておきたいから、あえて私はあなたを封印します・・・!」
明日香が篤に向けてウンディーネを向ける。それは明日香にとって苦渋の決断だった。
両親を亡くした後、心のよりどころにしていた兄。その兄と決別し、こうして対峙しようとしている。そのことに戸惑いを感じながらも、明日香は自分の決意に従い、自分の道を歩むことを選んだ。
「・・強くなったね、明日香・・本当なら、素直に褒めてあげたいところだよ・・」
そんな明日香の決意を賞賛しながらも、篤はそれを喜ぼうとしなかった。
「だけど、僕はこのまま君たちに大人しく封じ込められるつもりもないよ・・・」
篤はそう告げると、えりなと明日香に向けて光の球を放つ。2人はこれをかわして、彼を挟む位置にそれぞれ移動する。
「見せてあげます、篤さん。私の、私たちの気持ちを・・!」
えりなが篤に言い放つと、ブレイブネイチャーを構える。明日香も同じようにウンディーネを篤に向ける。
「それじゃ、恨みっこなしだよ。封印されるのが僕でも君たちでも・・・」
篤は告げると、えりなと明日香に両手を向ける。その手からそれぞれ衝撃波が放たれ、2人を吹き飛ばす。
“Breeze move.”
“Flow dash.”
えりなと明日香は空中で体勢を立て直すと、間髪置かずに高速で移動する。うまくけん制して攻撃を的中させようとしているが、篤は動じることなく、2人の動きを見極めようとしていた。
“Blaster mode.”
“Blast form.”
ブレイブネイチャーとウンディーネがそれぞれ砲撃型へと変形する。そして魔力の弾丸を数発、篤に向けて発射する。
だが篤は周囲に球状の障壁を展開し、弾丸を弾き返した。だがその瞬間に、えりなも明日香も篤も動じる様子を見せない。
「そうだ。その調子で見せてほしい。君たちの全力を。」
篤が言いかける言葉。それが意味深に思えて、えりなは当惑を覚えた。
えりな、明日香、リッキー、ラックスに遅れて、健一も海鳴臨海公園にたどり着いた。転移や移動の魔法を得ていない彼は、走って向かうしかなかったのだ。
「ふぅ、やっとついたぜ〜・・飛べないっていうのは辛いもんだなぁ・・」
大きく息をついて、健一が呼吸を整える。そしてえりなたちと篤の勝負を真剣な面持ちで見上げる。
(ブレイブネイチャーをお前に預けちまってるから、今のオレにはこうして見ていることしかできねぇ・・負けんなよ、えりな・・!)
えりなたちに全てを託して、健一は戦況を見守った。
「健一くん!」
そこへリッキーとラックスが駆けつけ、健一が彼らに振り返る。
「えりなと明日香、篤って人と戦ってるのか・・・?」
「うん。それと、自分自身と・・」
リッキーの答えに健一が眉をひそめる。
「えりなちゃんとカオスコアという意味だけじゃない。えりなちゃんも明日香ちゃんも、自分自身の気持ちと向き合ってるんだ・・」
「・・なんとなく分かる・・えりな、自分のことで悩んでることがあった。普段は笑顔を見せて隠してるけど、オレには分かってた。多分姫子と広美も気づいてると思う・・」
リッキーの切実な言葉を受けて、健一は思いつめた表情で語りだす。
「聞こうかって気にはなってたけど、こんな性格だから素直に聞けなかった。オレも自分と向き合ってたのかもしれねぇな・・」
えりなに対する気持ちを、いつも正直に伝えることができないでいた健一。
「けど、もう気に病む必要はない気がする。もっとも、アイツが何ていうのかが、1番気になってるわけだけど。」
えりなへの信頼を胸に秘めて、健一は改めて彼女たちの勝負を見守ることにした。
篤の魔力を受けて、眠るように水晶に封じられているアレンとソアラ。2人を助けるため、また自分自身の気持ちに決着を付けるため、えりなと明日香は篤を相手に奮闘していた。
“Saver mode.”
光刃を出現させたブレイブネイチャーを振りかざして、えりなが篤に飛びかかってきた。篤も障壁を作り出してその一閃を受け止める。
光刃と障壁の衝突が激しい火花を撒き散らす。次第にえりなの力が強まり、障壁に亀裂が入る。
だが篤は全く追い込まれる様子を見せない。彼は一生懸命になっているえりなの姿に、むしろ喜びを感じていたのだ。
そこへ明日香が篤に狙いを定めてきていた。
(お兄さんの魔力は、今までのカオスコアの中でも強力・・持てる力の全てを出さないと、こっちが打ち負かされてしまう・・・!)
「ウンディーネ、エレメントフォーム!」
“Element form,ignition.”
明日香の呼びかけを受けて、ウンディーネがフルドライブ形態に属する「エレメントフォーム」へと形を変える。デバイスの先端にはその機動力である宝玉を中心とした結晶が形成されている。
エレメントフォームは、ドライブチャージによる魔力の収束の許容量が膨大になる形態で、魔法の威力が極限にまで高めることが可能である。
「お兄さん、受け取って!これが私の全力!」
“Drive charge.”
篤に言い放つ明日香が、ウンディーネに力を注ぐ。彼女の魔力が弾丸となって水の杖に装てんされる。
“Element smasher.”
そしてかつてないほどに強靭で荒々しい砲撃を放つ明日香。その威力を察した篤が眼を見開き、えりながたまらず後退して離れる。
篤は障壁を使って防ごうとせず、持てる魔力を振り絞って迎撃に出た。膨大な2つの魔力の衝突にまばゆいばかりの閃光がきらめいた。
「うわっ・・!」
その輝きにえりなだけでなく、健一たちもたまらず眼を背ける。やがて光が治まり、えりなたちは視線を戻す。
その先には、互いに息が上がっている明日香と篤の姿があった。2人とも持てる力を振り絞り、余裕がなくなっていた。
「これが君の全力というわけか・・本当に強くなったね、明日香・・・」
その疲れの中で、篤が笑みを作る。
「だけど、僕はここで消えるわけにはいかない・・君をその姿のまま、留めておこう・・・」
篤がさらに力を振り絞って、光の球を出現させる。
えりなが視線を戻したときには、篤が明日香に光の球を放とうとしていたときだった。
「明日香ちゃん!」
えりなが駆けつけようとするが、篤の魔力から明日香を守るには間に合わない。
そのとき、篤と明日香の間を強烈な閃光が飛び込んできた。その衝動で篤が光の球を手放す。
「これは・・!?」
眼を見開く篤。そこへさらに稲妻のような光の矢が飛び込み、篤はさらに後退する。だがその拍子で、アレンとソアラを閉じ込めた水晶を落としてしまう。
地面に落下した水晶が砕け、封じ込められていたアレンとソアラが解放される。
「あれ・・私・・・?」
「僕たちは確か・・・助かったのか・・・?」
ソアラとアレンが疑問符を浮かべて、状況を確かめるべく上空に視線を向ける。その先にアレンは、見知った人物を目撃する。
白をメインカラーとしたバリアジャケット。桜色の魔力の閃光。
「あれは・・・!」
その人物にアレンは眼を見開いた。彼の魔法の師である魔導師、高町なのはである。
「なのはさん!」
アレンがたまらず声を荒げる。そこで彼は彼女の隣に、もう1人の魔導師の姿があることに気づく。
時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンである。
「フェイトさん・・・艦長、エイミィさん!」
アレンが笑みをこぼして、異空間に停滞しているアースラに呼びかけた。その声を聞いていたアースラ内のクロノとエイミィは、この現状をモニターを通して見ていた。
“アレンくん、なのはちゃんたちと連絡がついて、今そっちに着いたところだよ!”
「エイミィさん・・ありがとうございます!・・でも、ここは僕に任せてください!」
呼びかけてくるエイミィに、アレンが真剣な面持ちを浮かべて答える。
「これは僕の決意が本物であるかどうかの戦いでもあるんです。ここで引き下がったら、ここから先へ行けません!・・責任は僕が取ります。僕にやらせてください・・・!」
自分の意志を貫くため、自分の力でこの状況に立ち向かおうとするアレン。その強い決意を受けたクロノは、アレンに向けて告げる。
“分かった。君とえりなくん、明日香くんに任せよう。なのはたちには、カオスコアに封印されている人々の救出に向かわせるよ。”
「あ、ありがとうございます、艦長!」
クロノの言葉に、アレンは笑みを強めて頷いた。そして再びストリームを起動させ、篤に眼を向けた。
明日香の危機を救い、彼女の前に現れたなのはとフェイト。そこへ明日香を心配したえりなが近寄ってきた。
「明日香ちゃん、大丈夫?ケガとかしてない?」
「えりな・・うん。平気。」
えりなの声に明日香が微笑んで答える。明日香の無事にえりなが安堵するが、なのはとフェイトの姿に気づいてきょとんとなる。
「あの、あなた方は・・・?」
「あ、自己紹介がまだだったね。私、高町なのは。時空管理局武装隊戦技教導官です。」
「私はフェイト・T・ハラオウン。時空管理局執務官。よろしく。」
えりなたちになのはとフェイトがそれぞれ自己紹介をして、フェイトが手を差し伸べる。
「は、はい、どうも・・私は、坂崎えりなです。」
えりなはそわそわしながらその手を取り、フェイトと握手を交わす。
「私は町井明日香です。よろしくお願いします。」
明日香も照れながら自己紹介をする。
「おや?そのデバイス、グラン式のオールラウンドデバイスやないか。」
そこへもう1人の少女が現れ、柔らかな関西弁で声をかけてきた。
「あ、はやてちゃん。」
その少女、八神はやての登場になのはが笑みをこぼす。
「なのはちゃん、フェイトちゃん、久しぶりやなぁ・・・あ、私、八神はやて言います。時空管理局で捜査官をやってます。」
なのはとフェイトに挨拶すると、はやてはえりなと明日香に気づいて自己紹介をする。3人の魔導師の先輩の登場に、えりなと明日香は安らぎを覚えていた。
「みなさんそろっての話し合いは済みましたか?」
そこへ篤が声をかけ、えりなたちが真剣な面持ちで振り返る。
「なのはさん、フェイトさん、はやてさん、せっかくのところ申し訳ないのですが、ここは私と明日香さんに任せてもらえないでしょうか?」
「えっ・・?」
えりなの突然の申し出になのはが戸惑いを見せる。
「これは篤さんとの勝負だけじゃなく、私の気持ちとの勝負でもあるんです。だから、私がやらなくちゃいけないんです・・!」
「私も・・私も自分の気持ちに決着を付けたいんです。復讐とか使命とかじゃなく、自分の決意が本物かどうかを確かめるために・・」
えりなに続いて明日香も自分の心境を告げる。2人は自分の気持ちと向き合い、新しい道を歩もうとしていた。
「・・分かったよ。ここはえりなちゃんと明日香ちゃんに任せるよ。」
2人の気持ちを汲んだなのはが微笑んで頷く。
「せやけど、明日香ちゃんは回復タイムや。」
そこへはやてが明日香に近づき、融合型デバイス「リインフォース」を掲げる。すると小さな少女が姿を現し、明日香に手を差し伸べる。
「リインフォース、この子に私の魔力を。」
「分かりました、マスター。」
はやての言葉を受けて、少女、リインフォースが笑顔で答える。そして自らを通して、はやての魔力を明日香に与え、明日香を回復させる。
「力が戻った・・・ありがとうございます。」
「気にせんでええよ。私のせめてもの助け舟や。」
感謝の言葉をかける明日香に、はやてが笑顔を見せて答え、リインフォースも笑顔を見せる。
「えりなちゃん、私たちはカオスコアの力で閉じ込められているみんなを助けに行く。」
フェイトがえりなと明日香に呼びかける。
「お願いします、フェイトさん。ラックス、案内して。」
明日香の呼びかけを受けて、ラックスが飛翔して駆けつけてきた。
「あたしについてきて。多分何人もかき集めてるみたいだからさ。」
ラックスは気さくになのはたちに呼びかけると、間髪置かずに飛び出していった。えりなたちにこの場を託して、なのはたちもラックスを追っていった。
そしてえりなと明日香が、悠然としている篤に視線を向ける。篤はなのはたちを追う様子もなく、あくまでえりなたちと対峙することを決めていた。
「追わなくていいの、お兄さん?せっかく水晶に入れて集めた人たちを取り返されることになるのよ。」
明日香が深刻な面持ちで篤に語りかける。だが篤は顔色を変えない。
「今の僕には、もう関係のないことだ。今の1番の目的は、君たちの全力をねじ伏せることだよ。」
篤は両手をかざして、全身から魔力を放出する。
「君たち2人を押さえられないで、どのみちみんなを手に入れることなんてできないからね。」
(今までの篤さんじゃない・・いつもの優しさや、カオスコアの感情なんかじゃない。真っ直ぐ受け止めようとしている。私たちの気持ちを・・!)
篤の言動を目の当たりにして、えりなは複雑な心境を覚える。
そこへ、戦線に復帰したアレンが2人の前に現れた。
「アレンくん、助かったんだね・・・」
「ありがとう、2人とも。君たちのおかげで、僕はここに戻ってこれたよ。」
安堵するえりなに、アレンが微笑んで小さく頷く。
「えりな、明日香、バラバラに相手していたら意味がない。3人で一気に攻め立てるしかない。」
アレンの言葉にえりなと明日香が真剣な面持ちを見せる。
「篤さんは強い。兄や縁のある人という概念を差し引いても、油断できないほどの魔力を持っている。だから自分の気持ちを貫きながらも、力を合わせる必要がある。」
「アレンくん・・」
「僕を信用できない君たちの気持ちは分からなくはない。だけど今は協力してほしい・・」
当惑を見せるえりなと、必死の思いで頼み込むアレン。
「僕は今まで、何のために頑張っているのか分からなかった。だけど今は分かる。僕はみんなの幸せのために頑張ってるんだ。」
アレンは決意を言い放つと、篤に向けてストリームの切っ先を向ける。その言動にえりなと明日香も微笑んで頷く。
「私も、私たちは、自分の気持ちと向き合って、ここまできた。だから・・!」
えりなもブレイブネイチャーを篤に向け、明日香も同様にウンディーネを構える。すれ違いと苦悩を繰り返してきた3人が、今ここに気持ちをひとつにしたのだった。
「えりな、アレン、私が魔法砲撃で一気に撃ち抜く。2人はお兄さんの気を引き付けてほしいの。」
「しかし、大丈夫なのか?相手は君の兄だ。割り切ろうとしても、無意識に加減してしまうのでは・・?」
明日香の提案にアレンが口を挟む。だが今の明日香に迷いはなかった。
「大丈夫。お兄さんは、私の全力を望んでいるみたいだから・・」
「望んでる?」
「よくは分からないけど・・・」
えりなの疑問に明日香が口ごもる。3人は気を取り直して、篤を見据える。
「それじゃ、私も全力で行くよ・・ブレイブネイチャー、スピリットモード!」
“Spirit mode,ignition.”
えりなの呼びかけにブレイブネイチャーが答え、膨大な魔力の光を放出する。形状を変え、その先端に光刃が飛び出して光の槍を形成する。
長くなった柄を両手で握り、えりなは身構える。
「これが私の全力全開!スピリットランサーだよ!」
“Spirit rancer,drive charge.”
その光の槍を構えて、えりなが篤に向かって飛びかかる。ブレイブネイチャーに彼女の魔力の弾丸が可能の限り装てんされる。
「スピリットランサー、ソウルクラッシュ!」
“Soul clash.”
突き出された光刃が爆発的な威力を伴って、篤に襲いかかる。篤は全力で障壁で受け流し、紙一重で回避する。
だが篤には、すぐに反撃する余力が残っていなかった。えりなの全力の一撃を前に、防御と回避をするのに精一杯だったのだ。
「奥の手を残しているのは、えりなと明日香だけじゃないんだ・・・!」
アレンがストリームを振りかざし、篤の動きを見据える。
「ストリーム、エノルムフォルム!」
“Enorm form.”
アレンの呼びかけに答えるストリームの形状が変化し、刀身が巨大になる。ストリームの最大威力の形態「エノルムフォルム」である。
エノルムフォルムは一撃の威力は絶大だが、その重みのために速さが殺されてしまう上、負担する魔力やカートリッジの数が大きい。そのため、アレンは滅多なことでストリームのこの形態を使用することはない。
「あなたの動きが止まったこの一瞬に、全てを叩き込む!」
アレンが高らかと大剣を振り上げ、篤に向けて振り下ろす。篤は障壁で防ごうとするも、その強烈な衝撃で吹き飛ばされてしまう。
「今だよ、明日香ちゃん!」
えりなが呼びかけ、魔力を収束させていた明日香が篤に狙いを定める。
「エレメントオーシャン!」
ウンディーネの先端の結晶の6つの角から光線が放たれ、それらが収束して膨大な砲撃となる。篤が三度障壁で防ごうとするが、魔力を浪費していたため、ついに障壁が破れた。
強烈な閃光を浴びて、篤がその爆発に巻き込まれる。彼の体は傷だらけになり、もはや後がなくなっていた。
満身創痍に陥った彼の周りを、えりな、明日香、アレンが取り囲む。明日香は真剣な面持ちのままで彼を見つめていた。
「お兄さん、これが私の気持ちです・・お兄さんの抱いている感情を撃ち抜いて、私は先に行きます・・・」
悲痛さを噛み締めて、明日香が篤に呼びかける。すると篤が安堵をこめた笑みをこぼした。
「嬉しいよ、明日香。こんな僕を乗り越えてくれて・・えりなちゃんもそこの君も、ここまで自分の気持ちを僕にぶつけてきてくれる・・」
「篤さん・・まさか、私たちの攻撃をわざと・・」
篤の言葉にえりなが驚きを覚える。
「僕はカオスコアとしての力を止められない。だから誰かに僕を止めてもらいたかったんだ・・・」
篤の本意を知って、えりなは再び複雑な心境に駆られる。篤は本当はカオスコアの力に振り回されている自分を快く思っていなかったのだ。
「それが、お兄さんの本当の気持ちなんですね・・・」
明日香は篤の気持ちを察しながらも、兄を封じることを心に決めた。
「分かりました、お兄さん・・最後の大勝負です!」
明日香は篤に言い放つと、ウンディーネを再び構える、えりなとアレンもそれぞれブレイブネイチャーとストリームを構える。
「ソウルブラスター!」
「エレメントスマッシャー!」
「エノルムシュベルト!」
えりな、明日香、アレンが全力の一撃を篤に向けて放つ。篤はこの猛攻に対して、防御も回避も行おうとしない。
(私にはみんながついてる。リッキー、アレンくん、ソアラちゃん、明日香ちゃん、ラックスさん、健一・・・)
その中でえりなは胸中で、たくさんの仲間や親友との絆を思い返していた。
(みんながいるから、今の私がある。みんなが支えてくれるから、私は私の気持ちを貫き通すことができる・・・!)
自身の気持ちをさらに強めて、持てる魔力を全て注ぎ込む。3人のその思いを込めた砲撃が、篤に直撃した。
淡く白んだ深層世界。その心の世界を、えりな、明日香は共有していた。共感していたというのが正しいだろう。
漂う光を見つめている2人の前に、篤が姿を現した。
「篤さん・・・」
「お兄さん・・・」
篤の登場にえりなと明日香が戸惑いを見せる。
「本当に強くなったんだね、明日香、えりなちゃん・・僕は、心の底から喜びを感じているよ・・」
篤が2人に優しく語りかける。その言葉には喜びだけでなく、悲しみも込められていた。
「お兄さん、戻ってこれないんですか?・・できることなら、私はお兄さんと一緒にいたい。今まで通りに・・」
明日香が言葉をかけると、篤が笑みを消す。
「もちろん甘えとか弱さとかじゃありません。ただ、私はあなたの妹だから。私にとってのたったひとりの家族だから・・」
明日香の気持ちの中には、まだ兄である篤への想いが残っていた。兄だから、家族だから、唯一の肉親だから。その一身が彼女を突き動かしていた。
その気持ちを、えりなは強く理解していた。カオスコアの力に悩まされていたとき、えりなも孤独感に似た虚無感を感じたことがあったからだ。
そして篤も明日香の心境を察して、彼女に声をかける。
「僕も明日香をかけがえのない家族だと思っている。できることなら僕も明日香のそばに留まりたい。だけど僕は過ちを犯した。その償いのために、僕は君のそばを離れないといけないんだ・・」
「だったら、消える必要なんてどこにもないですよ!」
そこへえりなが悲痛さを噛み締めて、篤に声をかける。その言葉に篤と明日香が戸惑いを覚える。
「篤さんは明日香ちゃんだけじゃない!私も、みんなから信じてもらってるんだよ!だから私たちとずっと、ずっと・・・!」
篤に言いかけながら、えりなはこみ上げてくる悲しみのあまり、言葉が出なくなってしまう。眼から大粒の涙をこぼす彼女に、篤は微笑んでその髪を優しく撫でる。
「えりなちゃんの気持ち、本当によく分かるよ。もちろん他のみんなのこともね。でもね、えりなちゃん・・僕はみんなの幸せのためを思って、消えることを選んだんだ。」
「篤さん・・・」
「明日香もえりなちゃんも、いろいろなことを経験して、どんどん強くなっていったよ。力とか魔法とかもあるけど、それ以上に心が・・僕がいなくても、自分の力で歩いていける。僕はそう信じてるんだ・・・」
悲しみをこらえられずにいるえりなに、篤が物悲しさを込めて語りかける。
「だけどこれだけは覚えておいて。僕は君たちのそばを離れるけど、2度と会えないわけじゃない。いつか必ず、僕は君たちのところに帰ってくるよ・・・」
「篤さん・・・」
「お兄さん・・・」
「僕は、本当に感謝しているよ、えりなちゃん、明日香・・・」
篤はそう告げると、えりなと明日香の前から離れていく。
「お兄さん、ありがとう・・今まで私を助けてくれて、本当にありがとう・・・」
明日香は眼に涙を浮かべながら、消えていく兄の姿を見送った。走馬灯のように思い返される数々の思い出を胸に秘めて。
えりな、明日香、アレンの魔法の同時攻撃によって、まばゆいばかりの光がきらめき、周囲の視界を白くしていた。そのまぶしさに健一、リッキー、ソアラが眼をくらませていた。
やがて光が治まり、健一たちは眼を開いて視線を戻す。その先にはえりな、明日香、アレンが近寄ってきていた。
「お、終わったのか・・・?」
健一が呟いてリッキーとソアラに眼を向けると、2人は微笑んで頷いた。
「アレンたちの魔法攻撃で、カオスコアが人の形を保てなくなったよ・・・」
ソアラは健一に言いかけながら、上空に眼を向ける。えりながその漆黒の水晶に両手を差し伸べる。
「これが、篤さんの本当の姿・・・」
えりなはその水晶をじっと見つめながら、動揺を浮かべている明日香に眼を向ける。
「明日香ちゃん、これは明日香ちゃんが封印して・・・」
「えりな・・・」
えりなの呼びかけに、明日香がさらに戸惑いを見せる。
「これは篤さんの輝き。だから明日香ちゃんが封印してほしいの・・」
「そうだよ。本来、この問題は君と君の兄さんの問題。僕たちが口を挟めるのは、ここまでだよ・・」
えりなに続いてアレンも明日香に言いかける。2人の言葉を受けて、明日香は水晶に眼を向ける。
「お兄さん・・・」
明日香はえりなから水晶を手渡され、その輝きを見つめる。
(お兄さん、これからはお兄さんに頼らず、私の気持ちのままに頑張っていくよ・・もしくじけそうになっても、私の周りには、たくさんの友達がいるから・・・)
「ウンディーネ、カオスコア、封印・・」
篤への想いを胸中で呟くと、ウンディーネを振りかざす。すると水晶はその宝玉に吸い込まれていった。
“Receipt complete.”
ウンディーネがカオスコア封印の完了を告げる。それからえりなたちは複雑な心境を抱えたまま、健一たちの前に降り立った。
「えりな・・終わったのか・・・?」
健一が戸惑いを見せながら問いかけると、えりなは微笑んで頷いた。
「アレン!無事でよかったよー!」
ソアラがアレンに向かって飛び込み、アレンは彼女を受け止めて笑みをこぼす。
「艦長、こちら、封印完了しました。」
そしてアレンは、アースラのクロノに向けて呼びかける。
“うん。こちらでも確認した。今、なのはたちが水晶に閉じ込められた人たちの回収を終えたよ。水晶を割って、みんなを救出している。”
「分かりました。僕たちもなのはさんたちと合流します。」
“いや、それには及ばない。そっちはなのはたちに任せても大丈夫だ。それより、君たちはひとまずアースラに帰艦するんだ。えりなさんたちも一緒に、”
「えっ・・?」
クロノの指示にアレンは当惑して、えりなたちに振り向く。眼を向けられて、えりなたちがきょとんとなる。
“いろいろと事情を直接聞きたい。ここまで尽力してくれた彼女たちの功績を評したい。”
「そうでしたか・・分かりました。みんなを連れてアースラに向かいます。」
クロノの言葉を受けてアレンが頷き、再びえりなたちに振り返る。
「君たちには、これからアースラに来てもらう。事情を直接伺いたいからね。」
アレンの言葉に明日香が当惑を覚える。
「それとえりな、君は1度本局で身体検査を受けてもらいたいんだ。カオスコアの擬態として活動している君の状態を、こちらのデータとして把握しておきたいんだ。」
「アレン、えりなちゃんは・・・」
アレンの言葉にリッキーが抗議する。
「カオスコアの力に負けない心身の強さを持ったえりなは、人間と同質と捉えても問題ではない。だけど精密に言ってしまうと、彼女は人間ではなく、あくまでカオスコアなんだ・・」
「そんなことって・・・」
「もちろん僕は前者の見解を取るけどね。それにたとえどのような形であれ、えりながえりなであることに変わりはない。それは僕よりも、君や彼、えりなちゃん自身がよく分かっていると思うんだけど・・」
アレンは健一とえりなを指し示して、リッキーに弁解を述べた。複雑な心境に陥りながらも、リッキーは彼の言葉に納得した。
「とにかく、一息入れるためにも、ここを離れよう。」
「分かったよ、アレンくん・・いろいろあったけど、これで終わったって感じかな・・・」
アレンの言葉を受けて、えりなが大きく背伸びをする。明日香も安堵の息をついて、アレンに従うことにした。
そのとき、明日香が突然倒れこみ、えりなに寄りかかってきた。
「明日香ちゃん・・!?」
明日香を受け止めたえりなが驚きの声を上げる。明日香は突然意識を失い、眼を閉ざしていた。
「明日香ちゃん!どうしたの、明日香ちゃん!」
「いけない!早く応急措置を!」
えりながたまらず叫び、リッキーが回復魔法をかけて治療を試みる。
「エイミィさん、明日香ちゃんが!すぐに医療班を!」
ソアラがアースラに向けて呼びかける。再び緊迫を覚えるえりなたちの中、明日香は眠りについていた。
次回予告
いろいろなことがあった。
出会い、戦い、別れ、衝突。
そして自分自身の対立。
その日々の重ね合わせを乗り越えて、私たちは歩いていく。
揺るぎない友情と、長い未来を・・・
明日に向かって、イグニッションキー・オン!