魔法少女エメラルえりな
第11話「闇の扉」
明日香が眼にしたのは、普段の優しさが一切消えていた篤の姿だった。篤は1人の女性を封じ込めていた水晶を手にして、喜びをあらわにしていた。
「お兄さん、これはどういうことなの・・・!?」
「明日香・・まさか君に見られてしまうとは・・予期していなかったわけではなかったけど・・・」
愕然となっている明日香に、篤が悠然さをあらわにして答える。
「お兄さん、それは何なんですか・・それは、もしかして・・・!?」
「もう隠していても仕方がないか。もとより隠すつもりはなかったけどね。」
水晶を指差す明日香に、篤は淡々と答えていく。
「明日香、君は魔法使いで、カオスコアというものを封印するために頑張っていたことを、僕は知っていたよ。でもそのことについて僕は触れなかった。」
篤は水晶を机の上に置いて、話を続ける。
「なぜなら、僕は君が憎しみを抱いていたカオスコアのひとつなのだから・・・」
篤が真実を告げると、今まで見せたことのない狂気に満ちた笑みを見せる。その真実に、明日香は愕然となるしかなかった。
「ウソだよね・・・お兄さんが、カオスコアの変身した姿だなんて・・・!?」
「それが何よりの証拠だよ。僕は人を水晶に封じ込める力を持っている。この中の女の人も、僕が封じ込めたのだから。」
絶望感に打ちひしがれる明日香の様子を気にしながら、篤は淡々と告げる。
「僕を封印するかい?それならそれでいいよ。でも僕も黙って封印されるつもりはないから。」
篤が明日香に向けて手を伸ばす。明日香は完全に動揺しきってしまい、答えることができない。
「それとも、僕に封じられるほうがいいのかな?」
篤が明日香に向かってゆっくりと近づきだす。明日香も同じ歩幅で後退していく。
「明日香!」
そこへ人間の姿のラックスが駆けつけてきた。家の中で発せられた魔力を感じ取ってきたのだ。
「明日香、今こっちですごい魔力が・・・って、兄ちゃん・・・!?」
明日香に言いかけたラックスが、篤に気づいて当惑を浮かべる。彼女の姿を見ても、篤は驚く様子を見せない。
「君が明日香の使い魔さんだね。君のことはずっと気づいていたよ。」
篤が淡々と声をかけると、ラックスが彼に振り向き、鋭い視線を向ける。
「馴れ馴れしく声をかけないでもらいたいね。アンタ、いつもの兄ちゃんじゃないね?」
ラックスが鋭く言い放つと、篤は微笑をこぼす。
「逆だよ。普段君たちが見ていたのは本当の僕ではない。今の僕が、本当の僕なんだよ。」
「ウソよ・・だって、いつもお兄さんは私に優しくしてくれたじゃない・・あれがウソだったっていうの・・・!?」
「ウソ・・確かにウソだ・・明日香、君が見ていた僕は、僕が“いいひと”を演じてきた僕だったというわけだ。つまり、僕は本来の自分を君やえりなちゃんたちに見せてはいなかった・・」
篤のこの言葉に、明日香は絶望した。今まで信じてきた兄が、憎悪を向けてきたカオスコアの擬態した姿であったことを、彼女は信じられないでいたのだ。
「さて、そろそろお話はおしまいだ。明日香、僕の味方になるか水晶の中に入るか、好きなほうを選ぶんだ。」
「好きなほうだって?そんなのは決まってるよ・・・」
篤の問いかけにラックスが不敵な笑みを見せて言い放つ。
「3つめの選択肢に決まってんじゃんか!」
ラックスがいきり立って、篤に向かって飛びかかり、拳を繰り出す。だが篤は右手をかざして板状の障壁を作り出し、この攻撃を防ぐ。
「さすがラックス。明日香の魔力と思いが込められている。だけど僕には通じないよ。」
篤は淡々と告げると、展開している障壁を破裂させる。その衝撃でラックスが廊下の壁に叩きつけられる。
「ラックス!」
“Standing by.Complete.”
明日香がたまらずウンディーネを起動させる。だが実の兄に対して彼女は魔法を発動することができないでいた。
「撃ちたいなら撃ってきていいよ。」
篤はそういうと指を鳴らした。するとこの家を結界が包み込んだ。
「これで周りを気にすることはないよ。もっとも、僕が被害を広げたりしないから。」
悠然とした態度を見せる篤。だが明日香はそれでも兄への砲撃を行うことができないでいた。
「もういいよ。ひとまず封じ込めてあげるよ。話はそれからだ。」
篤は動揺している明日香に向けて右手をかざす。その手のひらから淡い球状の光が現れる。
「明日香!」
「ラックス、来ないで!」
駆け寄ろうとしたラックスを明日香は呼び止める。その声にラックスは踏みとどまる。
「ラックス、えりなたちのところに行って!そして、今のことを伝えて!」
「明日香・・・!」
呼びかける明日香に、ラックスはいたたまれない気持ちに駆られた。篤に視線を向けたまま、明日香は微笑んだ。
「私の中に、えりなやみんなを信じたいという気持ちがある。あなたのおかげで、私もその気持ちを信じてみたくなった・・だから、えりなのところへ・・・」
「悪いけど、2人ともここから出すわけにはいかないよ。」
明日香がラックスに全てを託すと、篤がラックスに向けて魔力を放とうとする。そこへ明日香が水の光弾を放ち、篤の砲撃をさえぎる。
「行って、ラックス!えりなのところへ!」
「明日香・・・ゴメン!」
呼びかける明日香を背にして、ラックスは涙ながらに駆け出した。毒づいた篤は、明日香に向けて光を放つ。
光は明日香に命中すると肥大化し、彼女の体を包み込む。そこから徐々に縮小し、水晶となって彼女を閉じ込めた。
眠るように瞳を閉ざし、直立の体勢のまま水晶に封印された明日香。その水晶を拾い上げた篤が、その姿を見て微笑む。
「いつかは知られてしまうことだと、覚悟していたことだけど・・・」
真実を知ってしまった妹に対して、篤は哀れみを込めた物悲しい笑みを浮かべた。
「さて、ラックスを追いかけないと。えりなちゃんに知られるのは正直辛いな・・」
篤はラックスが飛び出したほうへ振り向き、彼女を追うべく歩き出した。彼が張った結界は、ラックスの全力の突進によって力任せに破られていた。
(僕の張った結界は強度を上げて練り上げている。それを破って、そんなに遠くへは行けないだろう・・)
カオスコアの力に和解という形で跳ね除けたえりな。彼女は健一と、狐の姿となったリッキーとともにバートンに戻ってきた。
「クリスって人の言ってたことが確かなら、もうおじさんもおばさんも、お前が魔法使いだってことは知ってるんだろ?」
「えっ?・・う、うん・・・」
健一の唐突な問いかけに、えりなは戸惑いを見せながら頷く。自分が魔法使いになったことを家族はどう思っているのか。彼女は不安を感じずにはいられなかった。
「大丈夫さ。みんなのあの性格だ。いろいろ言ってくるだろうけど、ちゃんと受け入れてくれると思うよ。」
「・・・そうかもしれないね・・みんな、きっと受け入れてくれる・・・まりなからはいろいろ言われそうだけど。アハハ・・」
えりなが苦笑いを浮かべると、健一もリッキーも笑みをこぼしていた。
「さて、そろそろ入ろうぜ。ここで立ち話もなんだから。」
「うん、そうだね。」
健一の呼びかけにえりなが笑顔で答える。そしてバートンに入ろうとしたときだった。
“えりな!”
そこへリッキーが呼びかけ、えりなが足を止める。
(どうしたの、リッキー?)
“強い魔力が近づいてきている!”
(強い魔力?カオスコアじゃ・・!)
“違うよ!この魔力は・・!”
リッキーの念話を受けて振り返ったえりなは、通りを隔てた先に傷ついた子犬がいることに気づく。
「あれって、もしかして・・!」
えりなが声を荒げて、その子犬のほうへ駆けていく。途中で車が横切っていったが、えりなは何とかその子犬のところへたどり着く。
「しっかりして!どうしたの!?」
えりなが倒れこんだ子犬に呼びかける。健一も慌てて彼女に駆け寄ってきた。
「えりな、この犬知ってるのか?」
「うん。ラックスさん。明日香ちゃんのパートナーだよ。」
健一の声に答えながら、えりながラックスの小さな体を抱える。
「健一、すぐに手当てするから手伝って!」
「あ、あぁ。」
えりなは健一に呼びかねながら、ラックスをバートンに運んだ。
「いらっしゃいま・・えりな、無事だったのね・・・」
えりなの帰宅に安堵の笑みを見せる千春。だがえりなは気に留めながらも、そのまま奥へと進んでいった。
「あ、すいません、お邪魔します!」
健一が挨拶してからえりなに続く。娘の無事と2人の様子を確かめて、千春は再び笑みをこぼした。
奥の部屋に行ったえりなたちは、ラックスを床に置いた。そして人間の姿に戻ったリッキーが、ラックスに回復魔法をかける。
「ラックスさん、大丈夫かな・・?」
「うん。傷も深くないし、危険な状態じゃないよ。」
えりなの声にリッキーが答える。彼のフィジカルヒールによって、ラックスの傷が徐々に消えていく。
やがてラックスの傷が完全に消えた。回復した彼女は体を起こし、周囲を見回して現状を確かめる。
「えりな・・・えりなたちが助けてくれたのかい・・?」
「助けたのはリッキーだよ。私はここまで運んだだけ。」
疑問を投げかけるラックスに、えりなが笑顔を見せて答える。するとリッキーが照れ笑いを見せた。
「お前、明日香のパートナーだって聞いてるけど・・明日香は、どうしたんだ・・・?」
健一が問いかけると、ラックスは悲痛さをこらえられず、眼をそらしてしまう。
「あたしにもまだ信じらんないよ・・でも話すよ。さっき何が起こったのか・・・」
ラックスは沈痛さを噛み締めて、えりなたちにこれまでのいきさつを話した。篤がカオスコアであり、人々を水晶に閉じ込めて集めていたことを。そしてその事実を知って愕然となった明日香もその手にかかったことを。
「そんな・・篤さんが、カオスコアだったなんて・・・!?」
「それに、明日香ちゃんまで・・・!」
えりなとリッキーがその真実に驚愕を覚える。
「あたしだって信じたくないよ!明日香の兄ちゃんが、あたしたちが追っていたカオスコアだったなんて・・・!」
ラックスも歯がゆい心境で言いかける。健一も篤に対していたたまれない気持ちに駆られていた。
「とにかく、篤さんと話をしないと・・篤さんの考えてること、聞いておきたいの・・」
えりなが戸惑いを浮かべながら自分の気持ちを告げるが、そこへラックスが反論する。
「待ってよ!アイツはあたしを狙ってると思う!多分、自分の正体をえりなやみんなに知られたくないから・・」
「だけど、篤さんだよ・・話が分からないはずは・・!」
「もし話が分かるなら、明日香をクリスタルなんかにとじこめたりしないよ!」
ラックスの悲痛の叫びにえりなが動揺する。
そのとき、えりなたちは近くから強い魔力の波動を感じ取り、緊迫を覚えた。その正体に気づき、ラックスが体を震わせる。
「この力・・アイツが近くに・・・!?」
「篤さんが・・・!?」
ラックスの声にえりなが部屋を出ようとする。そんな彼女をリッキーが手を取って止める。
「えりなちゃんの気持ちは分かるけど、ここは管理局に連絡したほうがいいよ。ラックスがこれだけ言ってるんだ。疑いようがないよ・・」
切実にえりなに呼びかけるリッキー。腑に落ちない心境に駆られながらも、えりなは渋々頷いた。
その頃、篤はバートンを訪れていた。千春と面会していた彼は、いつもと変わらない人の姿を取っていた。
「えりなですね。少しお待ちください。」
千春は篤を待たせてえりなを呼びに奥の部屋に向かった。
「えりな、篤さんが来たよ。」
千春がドアをノックしながら呼びかけるが、全く反応がない。ドアを開けると、そこには誰もいなかった。
「あれ?いつの間に出かけたのかしら・・?」
疑問を感じながら、千春は篤のところへ戻る。
「ごめんなさい。えりな、出かけてるみたいなの。」
「そうですか・・・どうも、お邪魔してすみません。」
千春の言葉に篤が小さく頭を下げる。
「あの、帰ってきたら言っておきましょうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」
篤は千春に挨拶すると、そそくさにバートンを後にした。強い魔力の察知により、彼はえりなたちが移動したことに気づいていた。
篤の接近を察して、えりなたちはリッキーの転移魔法で再び海鳴臨海公園に来ていた。えりなたちは明日香、そして篤のことが気がかりになっていた。
「篤さん、大丈夫かな・・・?」
えりなが心配の声をかけると、人間の姿になっていたラックスが不満の面持ちを見せる。
「何でアイツの心配なんかするんだよ!・・そりゃ、えりなはアイツのこと慕ってたっていうのは分かってたつもりだけど・・」
この言葉にえりなが複雑な心境に駆られ、リッキーも健一も困惑していたときだった。
「みんなそろって、こんなところで何をしているのかな?」
そこへかかってきた声にえりなたちが振り返る。その先には篤の姿があった。
「篤さん・・・」
えりなが当惑し、ラックスが緊迫を覚える。おもむろに篤に近づこうとするえりなの腕を、ラックスがたまらずつかむ。
「えりな、行っちゃダメ!行ったら明日香みたいに・・・!」
えりなを制しようとするラックスだが、えりなはその手を振り払って篤に駆け寄る。
「篤さん、ウソですよね・・篤さんが、カオスコアだなんて・・・!」
えりなが悲痛の叫びを上げながら篤の腕をつかんで揺する。すると彼の上着のポケットからひとつの水晶が落ちた。
その水晶の中にいる明日香の姿を目撃して、えりなは愕然となった。無意識に彼女は後ずさりして、篤から離れていった。
「君と明日香には知られたくなかった。僕が君たちが封印して回収しているカオスコアのひとつだったからね。」
「もしかして篤さん、全部知ってて私たちに近づいたんですか・・・!?」
「君が魔法使いだってことはあのとき初めて知ったんだ。でもそれ以前に、僕はカオスコアとして、たくさんの人たちを水晶の中に封じ込めて集めていたんだよ・・」
篤が語った真実に、えりなは動揺を隠せなくなる。篤は明日香の入った水晶を拾って、えりなに笑みをこぼす。
「僕を慕ってくれる君の気持ちは分かる。だけど僕がカオスコアで、明日香が僕の力を受けて捕まっているのに、君は僕と戦うことをためらうかい?」
篤が沈痛さを込めた面持ちでえりなに呼びかける。だがえりなは篤に対して敵意を向けることができないでいる。
そのとき、2人の間に鋭い一閃が飛び込み、その反動で篤が明日香の入った水晶を手から放してしまう。その水晶を奪い取り、えりなの横に着地したのは、短剣の形状となっているストリームを手にしているアレンだった。
「アレンくん・・・」
「やっと、自分自身の気持ちに気づくことができたよ・・僕がここにいるのは、眼の前の人を倒すことでも、カオスコアを封印することでもない・・」
当惑するえりなを横目に、アレンは自分の決意を語り始める。
「みんなを守ること・・みんなの幸せを守りたいから、僕は執務官を目指すんだ・・・!」
アレンは言い放って、ストリームの切っ先を、眼を見開いている篤に向ける。
「町井篤さんでしたね。あなたの妹さん、町井明日香は返してもらったよ。」
「なかなかの速さと強さのようだね。それでそれからどうするつもりだい?」
鋭く言い放つアレンを前にしても、篤は平穏さを保っている。
「篤さん、魔力の発動を解除して、投降してください。抵抗せずにこちらの指示に従うなら、肉体の維持と弁護の機会を保障しましょう。」
「管理局・・警察やそれに類似する立場や役職の方なら、当然の忠告でしょう。ですが・・」
篤は淡々と語りかけて、前進から漆黒の光を帯びる。
「僕自身の気持ちと渇望を止められない・・この力をとめることができない・・・!」
「篤さん・・・」
体を震わせて力を解放しようとしている篤に、えりなは困惑する。眼の前にいるのは普段の篤ではなく、感情をむき出しにしている1人の青年だった。
「さぁ、退くか戦うか決めて。君たちの気持ちに僕は応えるよ。」
篤が広げた両手に魔力の光を作り出す。今までのカオスコアの中でかつてないほどの魔力を秘めているのを、リッキーは感じ取っていた。
「えりな、君は明日香を安全な場所に連れて行って、この封印を破ってもらえないか?」
アレンがえりなに指示して、水晶を彼女に手渡す。
「これは対象を何かの入れ物に封じ込める魔法の一種だ。その器に衝撃を与えれば封印は解ける。思い切り地面に叩きつけてやれば、多分割れて明日香を助けられるはずだ。」
「アレンくん・・・分かった。ありがとう・・・」
えりなはアレンに答えて、この場を離れようとする。
「えりな・・ゴメン・・僕の考えと行動が、君とシエナさんを・・・」
「ううん、もう大丈夫だから・・・アレンくんは、シエナさんのためを思ってしたことなんでしょ?・・シエナさんも分かってくれてると思う・・・」
えりなはアレンに見えないように微笑んでから駆け出した。シエナを失った悲しみを思い返してしまい、それをアレンに悟られたくなかったのである。
そんな彼女にあえて眼を向けず、アレンは篤を見据えていた。
「あくまで抵抗するというなら、僕が相手をしましょう。」
「君が望むというなら、まずは君から封じてあげるよ。」
身構えるアレンとソアラと対峙して、篤が魔力を解き放つ。その膨大な魔力に、ソアラは威圧感を覚える。
(何て力なんだろ・・これが最後で最高位の魔力を持ったカオスコア・・・!)
上空に飛び上がって篤の様子を伺いながら、ソアラは胸中で呟く。
“ソアラ、この地点を中心に結界を展開。うまく背後を突いて拘束。相手が相手だから難しいかもしれないけど、頑張って・・”
(アレン!・・うん。やってみるよ・・・!)
そこへアレンからの念話が飛び込み、ソアラが頷いて身構える。彼女の見つめる先で、アレンがストリームを構えて篤に向かって飛びかかる。
(広域結界、展開!)
それを見計らって、ソアラが結界を張る。広範囲かつ強靭の障壁が彼女たちを包み込んだ。
魔力を放出している篤に、アレンが一閃を繰り出す。篤は障壁を作り出し、その攻撃を防ぐ。
「強い攻撃だね。明日香やえりなちゃんに負けず劣らずだ。」
篤が淡々と告げて、アレンの攻撃を押し返そうとする。
「僕はいろいろ迷い、悩んできた。僕は何のために魔導師になろうとしてるのか・・でもようやく分かった。改めて思い出した・・」
アレンも負けじと篤に力押しを仕掛ける。
「僕はみんなの幸せを守りたいから、魔導師を目指すんだ!」
その力が篤の障壁を打ち破る。一閃はその勢いのまま、篤の頬をかすめた。
篤はたまらず魔力を放出して、アレンを吹き飛ばす。
(今だ、ソアラ!)
空中で体勢を立て直すアレンが、ソアラに向けて呼びかける。その声を受けて、ソアラがスフィアケージを発動する。
球状の光が篤を閉じ込める。だがソアラは安心せず、篤の魔力を抑え込むためにさらに力を込める。
「対象を閉じ込めるのは、僕の専売特許というわけではないということか。」
だが篤は淡々と告げると、魔力を放出してケージを打ち破った。その脅威にソアラとアレンが驚愕を覚える。
「ソアラのバインドやケージは、僕でも簡単には破れないほど強度があるのに・・それを・・・!」
眼を見開くアレンが思わず声を荒げる。いったん体の力を抜いた篤が、ソアラに振り向いて告げる。
「君もラックスと同じ使い魔だね。僕も力を出さなかったら多分すぐには破れなかったよ。」
「それって褒めてるつもりなのかな・・・?」
「使い魔の力は、その使い魔と契約している人の力に比例している。君も強い力を持っていることになるね。」
篤がアレンに眼を向けた直後、右手に光の球を出現させる。彼が右手をかざそうとすると、ソアラとアレンが身構える。
だがその直後、2人が見つめていた先に篤の姿がなかった。
「そんな君たちの姿を、永遠に留めておきたいよ・・・」
篤の声はソアラの背後から聞こえた。振り返った彼女に向けて、篤が光の球を放つ。
その光を受けて、ソアラがその魔力に包まれる。やがて光が治まり、篤がかざした手の中に、眠るように水晶に閉じ込められているソアラが落ちた。
「僕を封じるつもりが、逆に僕に封じ込められてしまったね。」
水晶の中のソアラをいろいろな角度から見回してから、篤は驚愕を覚えているアレンに眼を向ける。
「僕はこれでも、対象を封じ込める力を持ったカオスコアだよ。自分が封印されることへの対処法は心得ているつもりだよ。」
あくまで悠然さを崩さない篤。ソアラを気がかりにしながら、アレンは全力で相手をすることを心に決めた。
その頃、えりな、リッキー、健一、ラックスは森へと移動してきていた。そこでえりなは、明日香の閉じ込められている水晶を見つめていた。
「明日香ちゃん、ゴメン・・思い切りいくよ・・・!」
明日香の安否を気にしながらも、えりなは思い切って水晶を地面に叩きつけた。水晶は割れて、閉じ込められていた明日香が解放された。
草原の上に横たわる明日香。ラックスがたまらず彼女に駆け寄り、悲痛さをあらわにする。
「明日香!明日香、しっかりしてよ!」
ラックスが必死に呼びかけると、明日香が意識を取り戻してゆっくりと眼を開ける。
「明日香・・よかった・・・」
「ラックス・・えりな・・・?」
涙ながらに喜びをあらわにしているラックスと、安堵の笑みを浮かべているえりなとリッキーを眼にして、明日香が呆然となる。やがて意識がはっきりとなり、明日香は体を起こした。
「そうか・・私はお兄さんの力で・・・もしかして、えりなが・・・?」
「そうだよ。えりなたちがアイツから、明日香を助け出してくれたんだよ・・・」
明日香の問いかけに、ラックスが笑顔を作って答える。
「どうして、私を助けたの・・私はカオスコアが許せなくて、そのひとつのあなたをも封印しようとしてたのに・・」
明日香が困惑をあらわにして、えりなに問いかける。するとえりなは微笑んで答える。
「自分が誰だろうと、相手が誰だろうと、助けたい気持ちに変わりはないと思うよ。私は明日香ちゃんだから、明日香ちゃんを助けたいと思ったから助けたの・・」
「そんなことで・・たとえあなたを許したとしても、私は多分、カオスコアを受け入れられないと思う・・」
「だからそういうのは関係ないんだって。だって私たち、友達でしょ・・」
満面の笑みを浮かべるえりなに、明日香は戸惑いを覚える。
「そ、そうだぜ・・せっかく仲間になったってのに、見捨てるなんてマネできねぇよ。」
健一も続いて明日香に呼びかける。
「みんな・・・」
多くの人たちに支えられていることを、明日香は感じ取っていた。
兄妹との絆が断ち切れ、どうしたらいいのか分からなくなっていた。そんな明日香に、えりなたちは一寸の迷いもなく手を差し伸べていた。
そのかけがえのない優しさを垣間見て、明日香はかつてないほどの喜びを覚え、眼から涙をあふれさせていた。
「これからどうしたらいいのか、私自身よく分からない・・でもこれだけは確か・・」
明日香は立ち上がり、待機状態のウンディーネを手にする。
「えりなたちを守りたい。お兄さんを助けたい。それが、今の私の気持ち・・・」
「明日香・・・」
明日香の決意を目の当たりにして、ラックスが再び笑みをこぼした。そしてえりなも微笑んで、明日香に向けて頷いた。
「助けに行こう、明日香ちゃん。篤さんを。悲しい思いをしているみんなを・・」
えりなが明日香に呼びかけて、海鳴臨海公園のほうへ振り返る。
「今、アレンとソアラが篤さんを押さえてる。篤さんやみんなのためを思うなら、今から向かったほうがいいよ。」
リッキーが現状を報告すると、えりなと明日香が頷いた。そして2人は互いに眼を向けた。
「行くよ、明日香ちゃん。」
「うん・・」
互いに受け答えすると、えりなと明日香がそれぞれの箱状のデバイスに鍵を差し込む。
“Standing by.”
「ブレイブネイチャー・・」
「ウンディーネ・・」
「イグニッションキー・オン!」
“Complete.”
えりなと明日香が鍵を回し、それぞれのデバイスを起動させる。杖の形状を成したブレイブネイチャーとウンディーネを手にして、えりなと明日香は臨海公園に向けて飛び出していった。
篤の放つ強靭な魔力の前に、アレンは悪戦苦闘を強いられていた。それでもアレンは諦めず、打開の糸口を必死に探っていた。
“Lang form.”
ストリームの刀身を伸ばして、けん制を交えて攻撃を加えるアレン。だが篤は両手に魔力を収束させて、光刃を弾き返す。
(落ち着くんだ。相手も魔力消費が大きい。時期に疲れを覚えて、必ずチャンスが訪れるはずだ。)
焦りを押し殺して自分に言い聞かせるアレン。しかし彼の思惑と裏腹に、篤はなかなか疲れを見せる様子はない。
思考を巡らせていたとき、アレンは背後に篤が現れたのに気づいて緊迫を覚える。
「君が力を節約して、僕の力が減るのを待ってるみたいだけど、君の力加減がそれを訴えているよ。」
(・・気づかれてた・・・!)
篤が口にした言葉にアレンは旋律を覚える。篤はアレンの目論みを見透かしていたのだ。
「そろそろ終わりにしよう。あまり長引かせるのはお互いにいい気分ではないからね。」
篤が微笑んで告げると、振り返ったアレンに向けて光の球を放った。その光に包まれたアレンが、魔力の水晶に閉じ込められた。
そこへえりなと明日香が駆けつけ、リッキーとラックスも遅れてやってきた。
「篤さん・・アレンくん、ソアラちゃん・・・!?」
水晶に封じ込められたアレンとソアラを眼にして、えりなが眼を見開く。篤が戸惑いを浮かべている明日香に視線を向けて、微笑みかける。
「おかえり、明日香。えりなちゃんに出してもらったんだね・・」
「お兄さん、本気なんですか・・本気でみんなをそういうふうに、水晶に入れて集めてるんですか・・・!?」
明日香が低い声音で篤に問いかける。篤は顔色を変えずに彼女たちに答える。
「それが僕の中にある、僕自身でも抑えられない気持ちなんだよ・・みんなにもあるはずだよ。自分でもよく分からない、自分でもどうにもならない気持ちというものが・・」
篤の言葉に明日香はさらに困惑を覚える。思いつめている様子のえりなに視線を向けて、篤は続ける。
「えりなちゃん、君も今まで、自分の中のカオスコアの人格に苦しんできたじゃないか。今は何とか自分を保っているけど、以前はその人格に操られて、その人格の思うがままに力を使ってた・・・」
「確かに私はカオスコアに、もう1人の自分に操られていました。でも今は、そのもう1人の自分とも分かり合えました。だから必ず分かり合えるはずです。明日香ちゃんとも、篤さんとも・・」
訴えかける篤に対して、えりなが切実に自分の心境を語りかける。苦悩、錯綜、和解、絆。様々な感情の果てに、今の自分が存在している。えりなはそう心に秘めていた。
「昔のままだったら、何も知らなければ、分かり合えたままだったかもしれないのに・・・」
篤は物悲しい笑みを浮かべると、全身から魔力を放出する。その強大さにえりなたちが緊迫を覚える。
「君たちだけじゃない・・僕も、悲しいんだ・・・」
篤が口にした心境に、えりなと明日香が戸惑いをあらわにした。
次回予告
紡がれていく絆。
かけ離れていく友情。
出会いと別れの中で、たくさんの人たちが前に進んでいく。
私たちが手にする絆と友情は・・・
取り戻したい。あなたの思いを・・・