魔法少女エメラルえりな
第10話「悲しみの果てに」
黒い少女への変貌を遂げたえりなが、親友であるはずの健一とリッキーに敵意を向けた。彼女の行動に、健一は動揺の色を隠せないでいた。
「えりな、お前はもう“えりな”じゃないっていうのかよ・・・!」
「勘違いしているみたいだから教えといてあげるわ。これがホントの私、ホントの坂崎えりななの。」
問い詰める健一に対して、えりなは悠然と答える。健一は迷いを振り切って、剣の形状を取っているブレイブネイチャーを構えた。
「もうオレは迷わない・・えりな、悪いけど覚悟してもらうぞ・・・!」
健一の決意に、えりながあざけるような微笑を浮かべる。リッキーは2人の対峙を目の当たりにして、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
そのとき、えりなが突然苦悶の表情を浮かべ、その場に座り込んだ。その異変に健一もリッキーも眼を見開いた。
「ど、どうしたっていうの・・まさか、アイツが・・・!?」
驚愕を覚え、声を荒げるえりな。その様子にリッキーがある確信を覚える。
「健一くん、えりなちゃんだ!えりなちゃんの心が、カオスコアの支配から逃れようとしているんだ!」
「えりなが・・!?」
リッキーの言葉に、健一が困惑を覚える。カオスコアの人格から、えりなの心が解き放たれようとしていた。
「えりな、オレだ!健一だ!眼を覚ましてくれ!」
健一が改めてえりなに呼びかける。苦悶を浮かべたまま、健一に眼を向ける。
「健一・・お願いがあるの・・私を、ブレイブネイチャーで封印して・・・」
えりなが振り絞った言葉に、健一は驚愕する。そして彼のその驚愕はさらなる動揺へと変わっていった。
「お前を封印・・・そんなこと、できるわけねぇだろ!オレがえりなを封印するなんて・・・!」
えりなの懇願を、健一は頑なに否定する。
「私を封印しないと、またみんなを傷つけることになる・・私を信じているなら、私を封印して・・」
「バカをいうな、えりな!たとえ信じていたって、封印できるわけねぇじゃんか!」
願うえりなと拒む健一。えりなが再びカオスコアの人格に抑え込まれ、健一に襲いかかる。
「健一!私はみんなを傷つけたくない!だから封印して!アンタに封印されるなら、私は全然構わない!」
「だから・・できないって言ってるだろ・・!」
互いに悲痛さを込めて言い放つえりなと健一。カオスコアの人格に抗おうとして、えりなは転移して姿を消した。
「えりな!」
「えりなちゃん!」
健一とリッキーが叫び、えりなの消えた場所に駆け寄った。リッキーがえりなの行方を探るが、魔力が小さくなっているため、位置を特定することができない。
「えりなは、えりなはどこに行ったんだ!?」
「分からない・・転移した途端に魔力が弱まってしまって・・居場所をつかめないんだ・・」
声をかける健一に答えるリッキー。えりなは魔力を消費してしまい、完全に行方が分からなくなっていた。
「ちくしょう・・えりな、何でこんなことを・・・!」
健一が苛立ちをあらわにした直後だった。魔力を使い果たした健一がその場に倒れ込んだ。
「あっ!健一くん!」
リッキーが慌てて健一を抱える。そこへ黒髪の少年に扮したカオスコアを封印してきたクリスが戻ってきた。
「こっちは無事封印してきました・・・えりなさんはどうしました?」
えりなの姿がないことに気づいて、クリスがリッキーに問いかける。
「またカオスコアに体を支配されて・・意識を取り戻しかけたんですが、1人でどこかへ転移してしまったんです・・」
「そうですか・・ひとまず健一くんを休ませましょう。リッキーくん、手伝って。」
状況を理解したクリスがリッキーに指示を送り、健一を安全な場所へと連れて行った。
その戦いと交錯の一部始終を、明日香とラックスは見つめていた。
えりなが無意識に転移した場所は、彼女がよく立ち寄る森の中だった。緑に彩られた森林の中で、えりなは悲しみに打ちひしがれていた。
(健一やリッキーにまで手を出してしまった・・このままじゃ、私・・・!)
“何つまんないこと気にしてんのよ。”
思いつめているえりなに、カオスコアの人格が不敵な態度で語りかけてくる。
“アンタは私に全てを委ねて、私と一緒にこの力を楽しめばいいのよ。そうすればイヤなことも全部忘れられる。気分がよくなるのよ。私だけじゃなく、あなたも・・”
(そんなのはイヤよ!私はみんなを大切にしたい!リッキーも健一も、明日香ちゃんも・・・!)
“明日香?あの子のことね。あの子はカオスコアを恨んでるじゃない。当然私たちを封印しようとする。そんな子は私たちの力で石にしてしまえばいいのよ。”
(私は信じてる。明日香ちゃんは心優しい子だって。)
“信じたって願いは叶わないことは、アンタが1番よく分かってるはずよ。アンタのお父さんが事故にあわなければ、ずっとソムリエを続けられたかもしれなかったのに。”
カオスコアの言葉に、えりなは忌まわしい記憶を呼び起こした。
えりなの父、雄一はかつてソムリエとして仕事をしていた。しかし事故によって味覚障害に陥り、ソムリエを続けることができなくなってしまった。そのとき、えりなは事故を引き起こした加害者に対して恨みを抱いた。しかしいくら恨んだところで、失った父の味覚が帰ってこないことを彼女は分かっていた。
(それでも、父さんが父さんであることは変わらない。明日香ちゃんだって・・・)
“その強がりがどこまで続くのやら。”
あくまでみんなを信じようとするえりなに、カオスコアは悠然とした態度を崩さなかった。
リッキーとクリスは健一を連れて、臨海公園内の林の中にきていた。そこでクリスはリッキーから、先ほど起きたことの詳細を聞いた。
「なるほど。これはかなり状況が悪化していますね。」
「クリスさん、えりなちゃんに危害を加えないでもらえますか?えりなちゃんは僕が巻き込んでしまって、えりなちゃんは僕を助けるために魔法使いになったんです。僕のために、彼女が傷つくのは耐えられないんです・・」
小さく頷くクリスに、リッキーが切実に頼み込む。
「どうしてもえりなちゃんをどうかしてしまうつもりというなら、僕はどんな人とでも戦います。これはえりなちゃんの影響ですけど。」
最後に照れ笑いを浮かべつつも、自分の決意を真剣に語りかけるリッキー。彼の気持ちを理解したクリスは、微笑んで頷いた。
「本来なら、被害を最小限にするために、感情に流されず、ときに冷徹な判断をするのが妥当なところなのですが・・私はそんな非情さよりも、心あたたまる優しさのほうが好きですね。」
「クリスさん・・」
「でもあまりムリをしないでください。見つけたら私にすぐに知らせるように。」
「・・はいっ!」
クリスの指示に、リッキーは笑顔を見せて頷いた。
そのとき、魔力の浪費で意識を失っていた健一が眼を覚まし、体を起こしてきた。
「健一くん、気がついたようですね。」
「ここは・・オレは・・・?」
微笑みかけるクリスに、健一が疑問を投げかける。
「あなたは魔力を使いすぎて、そのまま意識を失くしてしまったのです。でも大丈夫そうですね。普通に考えて1日ぐらいは眼を覚まさないところなのですが。」
「えっ?ならアースラか管理局できちんと療養させるべきではなかったんですか?」
クリスの説明にリッキーが口を挟む。するとクリスは笑顔を絶やさずに答える。
「あなたたちと同じ。信じてみたくなったのですよ。」
「そうですか・・・とにかく、クリスさんには感謝していますよ。」
クリスの返答に一瞬唖然となるも、リッキーは微笑んで感謝の言葉をかける。
「私は何もしてませんよ。むしろ驚いているくらいです。健一くん、あなたもえりなさんのように、高い潜在能力を備えているようですね。」
「それって、オレもえりなや明日香みたいに・・・」
「あくまで可能性の問題です。どんなに才能があったとしても、そのための努力を惜しんでいては開花することはありません。」
自分の胸に手を当てる健一に、クリスが忠告を込めた言葉をかける。その言葉に、健一は改めて自分の気持ちを思い返す。
「自分を強くしていくのも、えりなを助けるのも、オレ次第ってわけか・・」
待機状態のブレイブネイチャーを手にして、決意を胸に秘める。
「リッキー、クリスさん、オレ、えりなを助ける・・助けてくる・・・!」
健一はそういうと、この場から駆け出していった。
「あっ!健一くん!」
リッキーも慌てて健一を追いかけた。そして狐の姿になって健一の肩に乗った。
(私の助言もここまでのようですね。さて、アレンの様子も気になるところです。)
クリスが安堵の吐息をつくと、ゆっくりと背後に振り返った。その先にはアレンと、少女の姿のソアラが来ていた。
「あの少年を行かせたのですか、母さん・・・?」
アレンが真剣な面持ちでクリスに問い詰める。クリスは落ち着いた様子でアレンに答える。
「健一くんにデバイスを託したのはえりなさん。そしてえりなさんを助けようと決めたのは健一くん自身です。」
「危険です!魔導師としての訓練を受けている僕はともかく、全く訓練を受けていない彼では・・!」
「えりなさんも訓練を受けていません。それでもリッキーくんに協力して、カオスコアの封印を続けてきたのです。もはや私が止めたところで、彼らは踏みとどまることはしないでしょう。」
声を荒げるアレンに、クリスは落ち着いた面持ちで答える。
「アレン、あなたは何のために執務官を目指しているのですか?」
クリスの問われ、アレンは気持ちを落ち着けてから答える。
「みんなの幸せを守りたい。だから僕は戦う・・・!」
アレンの決意を耳にして、クリスは微笑んで小さく頷く。
「その気持ち、決して忘れてはいけませんよ、アレン。私は、あなたはやればできる子だと信じていますから。」
「母さん・・・ありがとうございます・・・!」
クリスに感謝の言葉をかけると、アレンはそそくさに駆け出した。ソアラも困惑した面持ちのまま、アレンを追っていった。
その頃、えりなは森の中をさまよっていた。その間にも、彼女の心にカオスコアの人格が語りかけてきていた。
“どこへ行こうって言うの?家でも学校でもない。どこかも分からないような場所を歩き回ったって、何にもならないわよ。”
「アンタには関係ないでしょ!・・少しぐらい静かにしていてよ・・・!」
漆黒の人格に必死に反論しようとするえりな。
「私はアンタには負けない・・このままアンタに操られるくらいなら、いっそ・・・!」
カオスコアに抗いながら、えりなは森を出た。その先にいる人物を眼にして、彼女は緊迫を覚える。
そこには明日香と、人間の姿のラックスがいた。明日香は鋭い視線をえりなに投げかけ、普段の落ち着きが感じられなかった。
「封印されることを望んでいるそうね、えりな・・」
「明日香ちゃん・・・」
明日香の言葉にえりなが戸惑いを見せる。
「前にも言ったわよね・・私はみんなの幸せを奪うカオスコアをこの手で封印するって・・・だから私は、あなたを封印する・・!」
明日香はそういうと、待機状態のウンディーネを取り出し、えりなに見せる。
「これでみんなが幸せになれる。私もあなたも満足できる・・これでもう、心残りはない!」
“Standing by.”
明日香が箱にある穴に鍵を差し込み、回す。
「ウンディーネ、イグニッションキー・オン!」
“Complete.”
ウンディーネが起動し、杖へと形を変える。その先端をえりなに向けて、明日香が身構える。
「もう私は迷わない・・カオスコアを全部封印して、みんな終わらせるのよ!」
明日香は憤慨をあらわにして、えりなに向かって飛びかかる。魔力を凝縮させて、それをえりなに向けて放つ。
ところがえりなはよける素振りさえ見せず、その魔力の弾丸の直撃を受ける。その威力と衝撃で、彼女は木に叩きつけられる。
「どうしたの!?いい加減に戦う姿になりなさい!どちらでもいいわ!魔導師でも、カオスコアの姿でも!」
明日香がえりなに呼びかける。いつもの彼女の態度でないことに、ラックスは動揺の色を隠せなかった。
「明日香、落ち着いて・・こんなの、明日香じゃないよ・・」
「ラックス、カオスコアを封じないと、みんなが不幸になる。お兄さんがいなくなったら、私は・・!」
ラックスに言いかけながら、明日香はえりなに向けてさらに砲撃を放つ。砲撃は次々と命中し、砂煙をも巻き上げる。
だがそのとき、砂煙と水色の魔力を弾き飛ばして、黒い少女が姿を現した。カオスコアに支配されたえりなである。
「私の相手がお望みなら、喜んで受けてあげるわよ。」
えりなが妖しく微笑んで、憤りをあらわにしている明日香を見つめる。
「あなたの、あなたたちのせいで・・私の父さんと母さんは・・・!」
“Launcter form.”
ウンディーネの形状が変化する。あらゆる方向への一斉射撃を可能とするランチャーフォームである。
「ウンディーネ、スプレースフィア!」
“Spray sphere.”
明日香の呼びかけに答えるウンディーネから光弾が連射される。だがえりなは周囲に球状の障壁を展開して、光弾を弾き返す。
「さっきの威勢はどこへいったの?もっと強い魔法を撃ってきなさいよ。」
えりなが不敵な笑みを浮かべて明日香を挑発する。明日香がさらに苛立ちを募らせて、ウンディーネを振りかざす。
(今までのカオスコアよりも1番魔力が高く強い。ドライブチャージをうまく使って、的確に魔力ダメージを与えていくしか・・)
明日香がえりなを見据えながら思考を巡らせる。
「明日香、本気でえりなを封印しちまう気なのかい!?」
そこへラックスが駆け寄り、明日香に呼びかける。だが明日香は彼女に眼を向けない。
「ラックス、そこにいるのはえりなじゃない。カオスコア、私たちが封じ込めなくてはならない存在なのよ!」
「だけど、今の明日香、とっても辛くなってるじゃない・・・!」
「確かに辛くなってるのかもしれない・・だけど、ここでコアを封じなかったら、もっと辛くなるから・・・!」
ラックスの制止を振り切って、明日香はあくまでえりなを封じようとする。
「ウンディーネ、ドライブチャージ・・・!」
“Drive charge.”
弾丸となった明日香の魔力がウンディーネに装てんされる。向上した威力の光弾が、再びえりなに向けて連射される。
「威力を上げて無理矢理打ち破るつもりね。どこまでやれるかな!」
えりなが言い放って、再び障壁を展開する。そこへ光弾がぶつかり、激しく火花を散らす。
「なかなかやるじゃないの。そのくらいじゃないとつまんないからね。」
激しくなる状況の中、えりなは悠然としていた。この拮抗を楽しんでいたのである。だが彼女のこの態度が、明日香の感情を逆撫でする。
「その余裕、いつまでも続くと思わないで!」
明日香の怒りに呼応するように、ウンディーネにさらなる魔力が注がれる。
“Blast form.”
そしてデバイスの形状が長距離砲撃型へと変わる。そこで彼女は持てる全ての力を注ぎ込む。
「明日香、待って!そんなのブチ込んだら、えりなが跡形もなく消えちまうよ!」
「それでいいのよ・・そのくらいじゃないと、あのカオスコアは倒せない。えりなに勝てないのよ!」
“Ocean smasher.”
呼び止めようとするラックスの言葉を聞かずに、明日香はえりなに向けて全力の砲撃を放つ。えりなも手をかざして閃光を放ち、迎撃する。
周囲にほとばしる水色と灰色の奔流。草木や地面を石に変え、あるいは凍てつかせていた。
「それがアンタの全力?そんなんじゃ私は本気には・・」
(やめて・・・!)
えりなが悠然としていたときだった。えりなの体を支配しているカオスコアに、えりなの声が響いてきた。その途端、漆黒の人格が体を思うように動かせなくなる。
同時にえりなが放っていた魔力が弱まり、次第に明日香の砲撃が押し始める。
(言ったでしょ。アンタに操られるくらいなら、私は封印されることを望むって・・!)
「し、正気!?封印なんてされたら、その後は何もない真っ暗な世界だけよ!アンタをそれを望むっていうの!?」
(それでも構わない・・ホントはみんなと一緒にいたかったのが本音なんだけどね。)
カオスコアに向けて笑みをこぼすえりなの人格。やがて明日香の魔法がえりなの魔法を押しのけた。
「私はイヤよ!絶対封印されたりしないから!」
封印に抗おうとするカオスコアの叫びも虚しく、えりなが閃光に飲み込まれる。だが、明日香も無意識に魔法の威力を加減してしまっていた。
えりなと築き上げてきた友情の絆。その思いがえりなへの攻撃に対して躊躇を植えつけていたのだ。
力を使い果たしてその場でひざをつく明日香と、肉体の崩壊を免れたえりな。だが明日香は魔力の浪費の痛みよりも、苦悩による痛みを強く感じていた。
「邪魔をしないで・・アンタに邪魔されると不愉快なのよ・・・!」
えりなが苛立ちを覚えながら、明日香に向けて右手をかざす。
「明日香!」
ラックスがとっさに飛び出し、困惑して動けないでいる明日香を抱えてこの場を退散する。魔力の浪費によって、えりなは2人を追えずにいた。
そこへ健一とリッキーが駆けつけ、えりなは2人に気づいて振り返る。
「わざわざ何しに来たっていうの?私に石にされたいとか。」
えりなが健一たちに悠然とした態度を振舞ってみせる。
「えりな、オレはもう迷ったりしない。お前の心を取り戻すために、オレはお前に一発入れる・・・!」
「言ってくれるじゃないの。前には私に手も足も出なかった。もしもえりなが眼を覚ましていなかったら、ここにアンタたちはいなかったっていうのに。」
決意を告げる健一に余裕を見せるえりな。だが彼女の態度が虚勢であることは誰の眼にも明らかだった。
「そんなのは分かっている。だけど、お前の眼を覚まさせるには、1発入れるしかねぇんだ。」
健一はそういうと、えりなは魔力を振り絞って解き放つ。
「健一くん!」
そこへリッキーが狐から人間の姿に戻り、健一の前に立つ。健一をかばったリッキーの体が、徐々に灰色に染まっていく。
「リッキー!」
「大丈夫・・僕は固められるのには慣れちゃってるから・・おかしな、話だよね・・・」
声を荒げる健一に、リッキーが必死に笑みを作って答える。徐々に体が石化して、彼は脱力感を覚えていく。
「えりなちゃん、僕は信じてる・・えりなちゃんが、いつものえりなちゃんに戻って、もう1度帰ってきてくれることを・・・」
えりなの無事を願い、リッキーは完全に石化に包まれた。かばう体勢のまま石と化した彼を見つめて、健一は歯がゆさを押し殺した。
「リッキー、すまねぇ・・お前の気持ちも、ちゃんとえりなに届けるから・・」
健一はえりなに眼を向けると、待機状態のブレイブネイチャーを取り出し、箱の鍵穴に鍵を差し込む。
“Standing by.”
「ショック療法ってヤツだ。いてぇけど我慢してくれよ。」
“Complete.”
鍵を回し、健一がブレイブネイチャーを起動させる。剣の形状となったデバイスを手にして、彼はその切っ先をえりなに向ける。
その中で健一は覚悟と不安を感じていた。それは魔力の一点集中を行うドライブチャージの敢行だった。
ドライブチャージを使用するには、使い手もそれなりの魔力を備えてなければならない。力の加減も的確に行わなければ、魔力の浪費で倒れてしまうこともある。
(ブレイブネイチャー、えりなを助けたいんだ。オレの力、存分に使ってくれ・・!)
“All right.”
健一の意思を受けて、ブレイブネイチャーが答える。彼の魔力を受けて、剣の刀身が光り輝く。
「これがオレの気持ち、オレの全力だ・・・!」
健一は低く呟くと、えりなに向かって飛びかかる。
「真正面から来るなんて。健一らしいっていうか、無謀っていうか。」
えりなが健一に対して笑みを見せる。だがその直後、彼女は再び体の自由が利かなくなるのを覚える。
「こんなときまで・・どこまで私の邪魔をすれば気が済むの、アンタは・・・!」
憤慨して、カオスコアの闇の人格が、必死にえりなの人格に抗おうとする。だが彼女の体は闇の人格に反して動こうとしない。
「お前のような悪い人格なんかに、絶対負けたりしねぇ!オレも、えりなも!」
健一は言い放って、えりなの体に向けて全力の一閃を叩き込む。強力な光刃がカオスコアの漆黒の魔力のみを切り裂く。
(えりな、眼を覚ましてくれ・・またみんなで、バカ騒ぎしような・・)
健一の願いを込めた健一の一撃。それは心の奥底に沈みかけていたえりなの心を呼び起こさせた。
心の奥底にある深層心理の世界。漆黒に彩られているこの空間に、2人のえりなの姿があった。
1人はカオスコアの擬態が色濃く現れている黒い少女。もう1人は一糸まとわぬ姿のえりなの姿だった。
「つくづくアンタは私の邪魔をしたいみたいね。アンタのその気持ちには感服しちゃうわ。」
「私には帰る場所がある。みんながいる場所が・・」
「みんなねぇ・・」
自分の気持ちを正直に告げるえりなに、カオスコアが呆れた素振りを見せる。
「父さん、母さん、まりな、姫子ちゃん、広美ちゃん、リッキー、明日香ちゃん、アレンくん、そして健一・・」
「たくさん家族や友達がいて、うらやましい限りね。」
「その分辛いことも経験してきたからね。ひとりぼっちになる寂しさは、これでも分かってるつもりだから・・」
「でも分かってるの?私たちはカオスコア。普通の人間じゃないのよ。」
カオスコアの口にした言葉に、えりなは深刻な面持ちを見せる。だが彼女の気持ちに揺らぎはなかった。
「それでも、私は私、坂崎えりなだから・・・」
「私は私、ねぇ・・」
「たとえ人間じゃなくても、みんなを傷つける遺産の欠片でも、私が“えりな”であることに変わりはない。みんな、“えりな”を受け止めてるんだって、再確認したから・・・」
えりなの決意を目の当たりにして、カオスコアは苦笑いをもらした。
「いいわ。アンタがどこまでやれるか、最後まで見届けてあげる。だけど、そう決めたのだから、私に甘えるなんて気は起こさないでよね。」
「分かってる。自分で決めたことには自分でけじめをつける。それが私の正義ってね♪」
ねめつける闇の人格に対して、えりなはいつもの明るい笑顔を見せた。迷いを振り切り、平穏さを取り戻した証拠だと、闇の人格は確信した。
「まぁ、期待しないで見ててあげるから・・・」
カオスコアはえりなにそう告げるとその場から離れ、音もなく姿を消した。そしてえりなも上空から差し込んできた光を見上げた。
「えりな!・・しっかりしろ、えりな!」
意識を取り戻して眼を開いたえりなは、必死に呼びかけてくる健一を眼にした。
「健一・・・リッキー・・・」
「えりな・・えりな、気がついたのか・・・!」
呟くように声をかけるえりなに、健一とリッキーが安堵を見せる。カオスコアの魔力が消えたことで、リッキーは石化から解放されていた。
「私、どうなっちゃったの・・夢、じゃないよね・・・?」
えりながきょとんとしていると、リッキーが苦笑いを浮かべ、健一が呆れる。
「いつまで寝ぼけてるつもりだよ。それだからお前は子供だっていうんだよ。」
「ちょっと!私は子供、アンタだって子供じゃない!アンタにエラソーに言われたくないわよ!」
からかってくる健一に、えりながふくれっ面になって反論する。彼女の反応を見て、健一が気さくな笑みを浮かべる。
「やっぱ、お前はこうでないとな、えりな。」
「健一・・・もう、バカなんだから・・・」
えりなは気恥ずかしそうな面持ちを浮かべ、健一とリッキーが笑みをこぼす。自分自身の心に打ち勝ち、えりなも笑みを浮かべた。
心身ともに疲れ果てた明日香は、ラックスに連れられて家に戻ってきていた。自分の部屋に戻った途端、明日香はベットにもたれかかってしまった。
「明日香、しっかりして!ここならもう大丈夫だって!」
ラックスが悲痛の面持ちで明日香に呼びかける。
「ラックス・・どうして止めたの・・私は、カオスコアを・・・」
明日香がベットのシーツに顔を突っ伏したまま言いかける。するとラックスは安堵の笑みを浮かべて答える。
「あれでよかったんだよ・・もしも明日香があのままえりなを封じてたら、きっと明日香は戻れなくなってたと思うよ。」
「だけど、それじゃ・・」
「あたしたちがコアを封印するのは、明日香の両親を奪ったコアへの復讐じゃなく、あたしたちが受けたような悲しい思いを、他の人にさせたくないからでしょ!」
ラックスのこの言葉に、明日香は眼を見開いた。見失いかけていた自分の戦う本当の理由を、明日香は改めて思い知らされた。
(そう・・私はみんなを、みんなを幸せを守りたいから・・)
明日香の心の声を受けたラックスが、再び安堵の笑みをこぼす。
「多分、えりなが1番辛いと思うよ。明日香やあたし以上に・・カオスコアに振り回されながら、一生懸命になってるんだから・・」
「ラックス・・ありがとう、ラックス・・あなたがいてくれたから、私はここにいられる・・・」
明日香がベットから顔を上げて、ラックスに振り向く。彼女の眼からうっすらと涙があふれていたのを、ラックスは見逃さなかった。
「とりあえずお兄さんに会ってくる。全部を打ち明けようと思う・・」
「明日香、いいのかい?魔法とかは、この世界じゃおとぎ話ぐらいにしか認知されてないよ。」
ラックスが言いとがめると、明日香は微笑んで続ける。
「たとえそうでも、お兄さんは受け入れてくれる。いつもそうだったから・・・」
明日香の言葉を受け入れたラックスは頷くと、子犬の姿になって彼女を見送った。明日香もラックスに小さく頷いてから、部屋を後にした。
明日香の部屋から篤の部屋へは、玄関の横を通ることになる。篤は靴を下駄箱にしまわないため、靴があるかどうかで彼が家にいるかどうかがすぐに分かる。
玄関には篤の靴があった。彼が帰ってきている証拠だった。明日香は確認すると、篤の部屋にたどり着くとそのままドアを開けようとしていた。兄に話したいあまり、ノックするのを忘れていた。
少しだけドアを開けたところで、明日香は奇妙な感覚を覚えた。それはカオスコアの独特の気配と酷似していた。
部屋の明かりは消されており、淡い光が部屋の中を照らしていた。スタンドライトの明かりかとはじめは思ったが、それが全く違うものあと気づき、明日香は驚愕を覚える。
光っていたのは彼が手にしていたひとつの水晶であり、その中には1人の女性が入っていた。
(これって・・!?)
この光景に明日香は眼を疑い、思わず後ずさりした。だがその拍子で足音を響かせてしまった。
その音を耳にして、篤が振り向いた。動揺をあらわにしている明日香を眼にして、彼は笑みを浮かべる。
「とうとう見てしまったようだね、明日香・・」
篤が明日香に向けて声をかけてくる。いつもの優しい兄ではなく、よこしまな雰囲気の人物がそこにいた。
次回予告
一難去ってまた一難。
今まで以上のとんでもないことが、絆を断ち切っていく。
裏切り、信頼、協力、決意。
みんなの気持ちが、荒々しくぶつかり合っていく・・・
信じる気持ちが、扉を開く・・・