魔法少女エメラルえりな
第9話「想い、託して」
自分がカオスコアだった。
その衝撃の真実を知ったえりなは、たまらず臨海公園を飛び出していた。
(どういうことなの・・私が、私がカオスコアだなんて・・・!)
えりなは走りながら、自分に問いかけていた。未だに信じられないでいたものの、明日香の感情的な態度を目の当たりにして、受け入れずにはいられなかった。
彼女はいつの間にか、寄り道に立ち寄っている森へと行き着いていた。体の疲れよりも心の痛みが強く、彼女は苦痛に顔を歪めていた。
(どうしたらいいの・・・私、どうしたらいいの・・・!?)
誰に向けてのものなのか分からない問いかけを胸中で呟くえりな。だが彼女を導く答えが返ってくることはなかった。
「えりなちゃん・・・」
そこへ子狐の姿のリッキーが駆けつけ、えりなに声をかける。その声で我に返ったえりなが、涙を浮かべたまま振り返る。
「リッキー・・・」
戸惑いを浮かべているリッキーに眼を向けて、えりなも困惑を覚えていた。リッキーは何とか気を落ち着けようとしながら、彼女に声をかけた。
「正直、僕も明日香たちも君のことは知らなかった。今でもこのことが信じられない・・だからどういうことなのか確かめたい。」
自分の正直な気持ちをえりなに伝えるリッキー。だがえりなは動揺を拭えず、答えられないでいた。
「えりなちゃん、今は家に戻って休んだほうがいいよ。今は体も心もとっても辛そうだから・・」
「ありがとう、リッキー・・・分かったよ。とりあえず家に戻るね・・・」
リッキーの言葉に甘えることにして、えりなは森から家に向かうことにした。するとその前に健一が駆けつけてきた。
「健一・・・」
「今、お前に何が起こってるのか、オレにはさっぱりだ。だけど、もしも受け入れられねぇことだったなら、オレはそれを信じない。」
戸惑いを見せるえりなに、健一は真剣に語りかける。健一自身、らしくないと思いながらも真面目に言おうとしていた。
「・・もう、そういうのは健一らしくないよ・・」
「うるせぇ。それがオレなりの心配のし方なんだよ。」
不満を言ってみせるえりなに、健一もぶっきらぼうに言葉を返す。彼の本心を察して、えりなは安堵を感じていた。
「せっかくだから、オレがお前を家まで送ってってやるよ。」
「い、いいわよ、別に・・私は1人で帰れないほど子供じゃないわよ・・」
「まぁ、いいから、いいから。大船に乗った気でいてくれよな。」
「泥舟の間違いじゃないの?」
屈託のないやり取りを交わしながら、えりなは健一とともに家に向かった。健一が自分にとってかけがえのない存在となっていたことに、彼女はまだ気づいていなかった。
ラックスに押さえられて、明日香は家に戻ってきていた。だが明日香はえりなを追わずに帰宅したことを快く思っていなかった。
「ラックス、どうして邪魔をしたの?・・私はカオスコアを封印して、みんなを幸せにしたかっただけなのに・・・」
「ゴメン、明日香・・明日香の邪魔をするつもりはなかったんだ・・だけどこのままえりなを封印したら、明日香の大事なものが消えてしまうような気がしたんだ・・」
不快感を感じている明日香に、子犬の姿のラックスが沈痛の心境で答える。ラックスの気持ちを察して、明日香は戸惑いを感じずにはいられなかった。
「とにかく、もう1度えりなと話し合ってみよう。多分、えりなも自分がカオスコアだったことに気づいてなかったみたいだし、えりな自身、信じられない様子だったし・・」
「でも、何を話したらいいの・・・?」
微笑みかけるラックスに、明日香は答えを出すことができなかった。
「カオスコアのあの子に、何を話せばいいのか・・・」
「・・・別に深く考えなくてもいいんじゃないかな。つまらないことでも、話してさえいれば、きっと心が弾むって。」
ラックスの言葉に、明日香は葛藤を覚えていた。えりなを憎む気持ちとえりなと分かり合いたい気持ち。その2つがぶつかり合って、明日香に苦悩を与えていた。
「明日香、帰ってるかい?」
そのとき、帰宅した篤が部屋のドアをノックしてきた。その声に明日香は立ち上がり、ラックスは慌てて犬の振る舞いをする。
「はい、お兄さん。今、開けます。」
明日香は駆け寄ってドアを開ける。そこには篤が微笑みかけてきていた。
「おかえりなさい、お兄さん・・」
「ただいま、明日香・・明日香、何だか元気がないみたいだね。どうしたの?」
明日香の沈痛さを察して、篤が訊ねてくる。ところが明日香は口ごもって言えないでいた。彼女が抱えていた悩みは、この世界の日常とはかけ離れた次元によるものだった。兄を巻き込みたくないという気持ちが、彼女に躊躇させていた。
「どうしても話せないことだったら、ムリに話さなくても構わない。だけど僕が明日香の味方であることは分かっていてほしい。」
「お兄さん・・・」
妹の心境を察して、あえて追求をしない篤に、明日香は強い優しさを感じて安らぎを覚えていた。
「ありがとう、お兄さん・・もう、大丈夫だから・・・」
明日香が微笑みかけると、篤は満面の笑みを見せてから、尻尾を振っているラックスに眼を向ける。
「ラックス、君も明日香のこと、しっかり守ってやるんだよ。」
篤はラックスに言いかけると、笑顔のまま部屋を後にした。
“ホント、いつ見てもいいお兄ちゃんじゃない。”
(うん。お兄さんには、いつも励まされたり勇気付けられたりしてもらってる・・私の唯一の心の支えだった・・・)
念話で語りかけるラックスと明日香。兄への想いを募らせて、明日香は安堵の微笑を浮かべていた。
だが同時に、彼女は幸せへの強い願いをも強めていた。それはカオスコアへの憎しみに相当していた。
体力、魔力が回復しかかっていたアレンは、医務室にて起床していた。ペンを手にして何度も大振りして、イメージトレーニングを行っていた。常に精進しようという彼の気構えの表れだった。
意識を現実に引き戻したアレンが小休止しようとしたところへ、ソアラが慌てて駆け込んできた。
「アレン、大変だよ!・・えりなちゃんが、また・・!」
ソアラのこの言葉に、アレンが緊迫を覚える。
「それで、被害のほうは・・!?」
「今回は被害はないよ。えりなちゃんがカオスコアを倒して、それを明日香ちゃんが封印していったぐらいで・・もうアースラだけじゃなく、本局にもえりなちゃんのことが伝わっちゃってるよ・・」
ソアラから状況を聞いてアレンが頷いた。そしてアレンは医務室内のコンピューターを操作して、運用部への回線を開く。
「すみません。クリス・ハントをお願いします。アレン・ハントと申します。」
“あ、アレンくん。すまないけど、クリス提督は外出していて・・”
アレンの挨拶に、モニターに映し出された局員がすまなそうに答える。
「それで、場所は?・・はい・・はい、分かりました。ありがとうございました。」
アレンは局員との連絡を終えて、通信を切る。
「どうして、クリスに連絡を入れるの?」
「母さんのことだ。えりなのことに気づいて、黙って見ているはずがない。」
ソアラの問いかけにアレンが深刻な面持ちで答える。
「すぐに手荒なことはしないと思うけど・・とにかくソアラ、艦長とエイミィさんにこのことを伝えてきてほしいんだ。僕はまだここから出てはいけないと言われてるからね。」
「ホントにアレンは真面目だね・・いいよ。このソアラに任せてちょーだい♪」
アレンの申し出にソアラが笑顔で答え、医務室を飛び出していった。新たなる一抹の不安を胸に秘めて、アレンは焦る気持ちを必死にこらえていた。
健一に連れられて、えりなはバートンにたどり着いた。その前で大きく深呼吸して、彼女は気持ちを落ち着けた。
「とにかく今はリッキーの言うとおり、家で休んどけ。お前はいつもムチャばかりするからな。」
「また嫌味を言うんだから・・でも、ホントに感謝してる。ありがとう、健一。」
言葉を交わした後、健一とえりなが照れ笑いを見せる。
「あらあら。2人とも仲良しさんだこと。」
そこへ声をかけられ、2人は振り返る。その先には、満面の笑みを浮かべて見つめてくるクリスの姿があった。
「クリスさん・・・!?」
「知り合いなのか?」
クリスの登場に驚くえりなに、健一が問いかける。えりなは気を落ち着けようとしながら大きく頷いてみせる。
「さっき、えりなさんのご両親に会ってきました。とても優しいお二方ですね。」
「あの、お父さんとお母さんに何か・・・?」
笑顔を絶やさないクリスに、えりなが不安を感じながら訊ねる。
「向こうでお話しましょうか。そのことも含めてお話をしたいので。」
「あ、あの・・オレも一緒に行ってもいいかな・・?」
えりなを案内するクリスに、健一が深刻な面持ちで声をかける。
「あなたは?」
「オレは辻健一。事情は大体聞いてる。オレにも詳しく話を聞かせてほしいんだ・・」
「・・構いませんよ。えりなさんの友人として、特別にお話しましょう。」
健一の言葉を親切に受け入れ、クリスは彼も話に参加させることにした。
3人がやってきたのは、海鳴臨海公園の休憩所だった。周囲にあまり人がなく、かつ落ち着ける場所を求めてのクリスの配慮だった。
「では改めてお話しましょうか・・えりなさん、心して聞いてください。あなたは人間ではありません。カオスコアの力によって、人の形を取っていた、いえ、取らされていたのです。」
クリスの重みのある話だが、えりなも健一もそのことを知っていたため、さほど驚く様子を見せなかった。だがクリスの意味深さに対しては、えりなも疑問を感じていた。
「取らされていた・・・?」
「これはカオスコアにおいても稀なことです。カオスコアは本来、コアを心臓部として人の体を形成し、擬態するものです。」
えりなの疑問にクリスが真剣に語りかける。その話を聞いてシエナを思い出し、えりなは胸を締め付けられる心地を覚えた。
「でもえりなさんの場合は、コアが擬態したときに別の人格が生まれてしまい、その別人格が普段のあなたなのです。コア本来の人格と、コアの擬態によって生まれた人格。それらが二重人格という形で、あなたの中に宿っているのです。」
「私の中に、もう1人の私が・・・」
「えりなさん、あなたは意識がなくなる直前に、心の中に声が聞こえてきませんでしたか?」
「・・・はい。聞こえました。」
クリスの質問に、えりなは思い出しながら答えた。
「えりなさん、あなたの中のコアの人格が眼を覚ましつつあるようです。」
「コアが・・!?」
「何らかの形でコアの人格が活動を停止し、えりなさんの人格が表に出ている状態が続いていました。でも最近になってコアの人格が目覚め、えりなさんの心と体を支配しようとしているのです。」
「それじゃ、えりなの心はこのまま消えちまうってことなのかよ・・・!」
クリスの説明に健一が声を荒げる。クリスは冷静を装って、話を続ける。
「それはえりなさん自身の精神力、気持ち次第です。あなたの心の持ち方で、あなたがコアに支配されることも、コアを跳ね除けることもありうるのです。」
「私の、気持ち次第・・・」
クリスの言葉に、えりなは困惑を覚える。自分の気持ちのあり方で、自分は黒にも白にもなる。それが強い重圧となり、彼女に苦悩を与えていた。
「えりなさん、私たち時空管理局の保護を受けてください。万が一のことも否定できません。だから・・」
「待ってくれ。」
クリスの申し出をさえぎって、健一が話を止める。
「少し、えりなと話をさせてくれないか・・・?」
「・・・構いませんが、えりなさんの意思に反して、コアが暴走するうこともありえます。用心しておいてください。」
クリスの言葉に腑に落ちない気分を感じながらも、健一は無言で頷いた。そして彼はえりなとともに、ひとまずこの場を離れた。
ソアラからの報告を受けて、エイミィがえりなとクリスの行方を追っていた。クロノは少し考えあぐねてから、ソアラに声をかけた。
「それでソアラ、アレンはもう大丈夫なのか?」
「はい。もうほとんど回復してるよ。クリスに鍛えられて、体力の回復は早いから。」
クロノの問いかけにソアラが笑顔で答える。そしてクロノはモニターに眼を向けてから、エイミィに声をかける。
「エイミィ、2人の行方は?」
「うん、捕捉したよ。2人とも同じ地点にいるよ。」
「そうか・・ソアラ、アレンとともに現場に飛んでくれ。だがすぐに手を出さず、様子を見てくれ。」
エイミィの報告を受けたクロノが、ソアラに指示を送る。
「分かったよ。任せておいて。アレンと一緒に、えりなちゃんを助けに行ってくるから。」
ソアラが笑顔を崩さずに、クロノに向けて敬礼を送ると、そそくさに作戦室を飛び出していった。
自分たちの気持ちの整理をするため、健一はえりなを連れて、クリスから離れた。
「えりな、これからお前はどうしていく気なんだ?」
健一の問いかけに、えりなは困惑の面持ちのまま答える。
「私にもこれからどうしたらいいのか、どうなっていくのか分からない。だけど、このままここにいたら、健一やみんなに迷惑がかかっちゃうと思う・・・」
えりなの心境を知った健一が、何とか笑みを作って言いかける。
「何言ってんだよ・・もうここまで踏み込んじまってるんだ。たとえ危険と隣り合わせになったって、オレは怖くないぜ。」
「僕だって、えりなちゃんにどこまでもついていくよ。」
そこへ少年の姿のリッキーも駆けつけ、えりなに心境を打ち明けた。以前に彼女に言いつけられた私服を、彼は今着用していた。
「みんなが私を心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱり素直に喜べない・・私の中にいるカオスコアの人格を抑え込めるかどうか分からない・・・」
沈痛さを浮かべたまま、えりなは箱と鍵を取り出した。待機状態のブレイブネイチャーである。
「健一、これをしばらくこれを預かっててほしいの。」
えりなからそれらを受け取り、健一がいろいろが角度から見回してみる。
「ブレイブネイチャー。私に力を貸してくれて、私と一緒に戦ってきた友達・・」
「その仲間を、オレなんかに預けちまっていいのかよ・・・!?」
箱と鍵を握り締めて、健一が歯がゆさをあらわにする。
「もしかして、コイツと一緒にお前を倒せって言うなら、お断りだぜ。お前は何が何でも助けるからな。」
健一は不満を口にして、ブレイブネイチャーを突き返そうとする。だがえりなは首を横に振って、受け取ろうとしない。
「どうするかは健一が決めればいいよ。もしも私がコアに支配されて、みんなを傷つけてしまうようになったら、私を封印する。そうするのもやめるのも、健一が決めればいい・・」
「えりな、お前・・・」
物悲しい笑みを浮かべるえりなに対し、健一は歯がゆさを浮かべる。
「でもグラン式オールラウンドデバイスは誰でも使えるとはいえない。ある程度の魔力を持った人じゃないと・・」
「健一なら多分大丈夫だと思う・・ブレイブネイチャーは私の思いに答えてきてくれた。だから健一にも力を貸してくれると思う・・・」
一抹の問題を口にするリッキーに、えりなが確信めいた言葉を返す。
「・・どっからそんな自信が出てくるのやら・・分かったよ。お前の気が変わって、返してほしいって言うときまで、オレが預かっとくよ。」
「ありがとう、健一・・アンタにこんなに感謝してるのは、初めてのことかも・・」
半ば呆れながら頷く健一に、えりなは感謝する。様々な問題を抱えて、リッキーは少し不安を感じていた。
話し合いを終えて、えりな、健一、リッキーはクリスの前に戻ってきた。
「帰ってきたみたいですね。それでえりなさん、どうしますか?」
笑顔を見せるクリスの質問に、えりなは気を落ち着けてから答える。
「クリスさんの保護を受けたいと思います。お願いします。」
「・・そうですか。分かりました。ではひとまず本局に向かいましょう。そこで検査を行いたいと思います。」
えりなの決断に、クリスは真剣な面持ちで言いかける。
「その検査の後に、えりなをどうかするなんてことは・・」
そこへ健一が口を挟むと、クリスは微笑んで答えた。
「大丈夫です。時空管理局はそんな非人道的なことはしませんよ。えりなさんがコアの人格を抑え込めるよう、助力するだけです。」
「なら、えりなのこと、ホントに何とかしてくれよ。オレもオレのやれることをやるからさ。」
クリスの言葉を信じることを決めて、健一も自身の決意を口にする。
「えりなさんにも言えることですが、あなたもあまりムリをせず、危険と感じたらすぐに退避することを考えなさい。あなたが傷つくことで、あなたを信じているたくさんの人も傷つくことになりますから。」
クリスが健一に向けて忠告を送る。健一は真剣な眼差しをクリスに返した。
そのとき、えりなたちは強大な魔力を感知して、緊迫を覚える。
「また、カオスコアが・・街のほうから・・・!?」
街に振り返ったえりなが不安を強める。彼女たちの前に立って、クリスが真剣な面持ちを見せる。
「あなたたちはここにいてください。私がコアを抑え込んできます。」
「でも、クリスさん・・!」
心配のあまりにえりなが声を荒げるが、クリスは微笑んで、えりなの口元に優しく指を当てる。
「私は管理局の提督であり、アレンの母であり、戦闘の先生です。負けたりはしませんよ。」
えりなにそう言いかけると、クリスは街に向かって駆け出していった。
「あの人、大丈夫なのかよ・・・!?」
不安を口にする健一に、えりなは笑顔を作って答える。
「クリスさんが自信を見せるんだもん。信じてあげないと・・」
えりなの見解に、健一は再び呆れの苦笑を浮かべた。
そのとき、えりなとリッキーが再び魔力を感知して、周囲を見回す。
(またひとつ、カオスコアの魔力が・・この近くに・・・!?)
えりなが振り返った先に、黒髪の少年が立ちはだかっていた。
カオスコアの反応を追って、クリスは街に駆けつけた。街の中は全てが白く凍てついており、行き詰る雰囲気を漂わせていた。
クリスはその街の中心に立ち止まり、魔力の気配を探る。
「かくれんぼはおしまいです。姿を見せてください。」
クリスが微笑みながら言いかけると、物陰から1人の少年が姿を現した。雪のように真っ白な髪の少年である。
「よく分かったね。これでも力を抑えてたつもりだったんだけど。」
少年は微笑みかけて、クリスに声をかける。
「もしかしてあなたは魔導師さんかな?」
「少し違いますね。街をこんな風にしたのは、あなたですか?」
クリスが振り返りざまに問いかけると、少年は笑顔を崩さずに頷く。
「そうですか。ではお仕置きをしないといけませんね。」
クリスは低く言い放つと、少年に対して構えを取る。彼女の戦闘スタイルは、管理局の戦闘局員の格闘術に我流を加えたものである。
「あなたも白く凍らせてあげますよ。きっと気持ちよくなれると思いますよ。」
「お心遣い感謝しますが、遠慮しておきますね。」
クリスは一瞬笑顔を見せると、その直後に素早く飛び込み、少年に痛烈な打撃を見舞う。あまりに速かったため、少年は唖然となっていた。
クリスはさらに拳や蹴りを叩き込み、猛襲する。そして突き飛ばされた少年が、凍てついている建物の壁に叩きつけられる。
追い詰められた少年の前に、クリスが着地して立ちはだかる。
「そろそろ終わりにしましょう。あまり長引かせるのは、お互いに喜ばしいことではないですからね。」
クリスは右手を軽く握って、少年に向けて身構える。すると少年は跳躍してクリスを飛び越え、着地した近くにいた氷の少女に手を伸ばす。
「下手に攻撃しないほうがいいですよ。今の人々は満遍なく凍り付いている。ちょっとしたことでもバラバラになってしまいますよ。」
少年がクリスに向けて忠告をする。クリスは構えを解いて、敵意を消してみせる。
「そうです。ではあなたもこのまま凍りつかせてあげますよ。」
少年は凍りついた少女に手をかけながら、クリスに向けて手を伸ばす。だがその直後、少年の視界からクリスの姿が消えた。
気がついたときには、少女に伸ばしていた手をクリスの手がつかみ、少女から引き離していた。
「あまり意地悪が過ぎると、本当に手加減が利かなくなりますよ、私。」
冷淡な面持ちを見せるクリスに、少年は恐怖を覚える。クリスは少年を高く投げ飛ばし、さらに自分も飛び上がる。
空中に跳ね上げられて身動きが取れないでいる少年に、クリスは全力の一撃を見舞う。その威力に、少年の体が吹き飛ばされ、漆黒の水晶だけが残る。
クリスは水晶を両手でつかんで着地する。少年の魔力が失われ、凍てついていた人々や建物が元に戻った。
「今度こそ終わりです。あなたをこのまま本局に運びます。」
“そんな悠長にしていていいのかな?今頃弟があの3人に会っていると思いますよ。”
水晶の発した言葉に、クリスは眉をひそめる。
“今頃みんな石にしているのではないでしょうか。ここでくつろいでいる時間はありませんよ。”
クリスはすぐさま水晶を素手でつかみ取ると、素早い動きで街から駆け出した。人々が意識を取り戻した頃には、既に彼女の姿は街にはなかった。
えりなたちの前に現れた黒髪の少年。少年は不気味な笑みを浮かべると、体から漆黒の淡い光を放つ。
「さて、誰から石にしてやろうかな。ワクワクしてきちゃうなぁ。」
少年が期待感を膨らませて笑みを強める。えりなたちが不安を感じて、後ずさりをする。
(オレがえりなを助けないと・・今、力を持ってるのはオレなんだから・・・)
健一が自分に言い聞かせ、えりなから受け取った箱と鍵を取り出す。
「ブレイブネイチャー、オレに力を貸してくれ・・・!」
“Standing by.”
健一は呼びかけながら、箱に鍵を差し込んだ。
“Complete.”
するとブレイブネイチャーは正常に起動した。えりなが起動させていたときとは違い、箱は健一のイメージを汲み取り、剣へと形を変えた。
「えりなが使ってたときと違う・・杖じゃなくて、剣だ・・・!」
「オールラウンドデバイスは、使う人の魔力、イメージによって形が違ってくるんだ。」
当惑する健一に、リッキーが説明を加える。オールラウンドデバイスは使い手の思考を読み取って形状を取るため、扱う人によって形状が異なることが多々ある。
「と、とにかくやるしかねぇな・・さぁ、どっからでもかかってきな!」
「そう?じゃ遠慮なく行くよ。」
身構える健一に、少年はゆっくりと右手をかざす。魔法発動におけるイメージの練り方がうまくないため、健一は防護服を形成させていない。
そんな彼らに向けて、少年が光を解き放つ。彼を中心に周囲が灰色に染め上げられる。
「ちくしょう!こんなもんに負けてたまるかよ!」
叫ぶ健一の持つ剣の刀身から膨大な光が解き放たれる。その光が障壁となり、えりなたちを石化の光から守る。
だが石化の光が通り過ぎた途端、健一がその場でひざをつく。初めてのデバイスと魔力の発動だったため、彼は魔力消費の加減ができず、浪費してしまったのだ。
「健一!ちょっと、しっかりして!」
えりながたまらず叫ぶが、健一は疲れ果ててしまっていて、思うように動けず、立ち上がるのが精一杯だった。
「僕の力を防ぐとはなかなかだね。でも防ぐのにずい分力を使っちゃったみたいだね。そんなんで次を防げるのかな?」
少年は笑みをこぼしながら、再び右手を健一たちに向ける。だが健一はこれを迎え撃つ体勢が整っていない。
(このままじゃ健一が・・どうしたら・・どうしたら・・・!)
えりなが動揺を覚え、その不安が徐々に向上していく。
“全く。アンタはどこまで行っても情けないねぇ。いいよ。私が代わりにアイツをやっつけてあげるから。”
そのとき、えりなの心にコアの人格が語りかけてきた。その直後、えりなとしての人格の意識が途切れる。
彼女の体から漆黒の光があふれ出し、黒い少女へと変貌させる。
「え、えりなちゃん・・・!?」
驚愕するリッキーを無視して、えりなが少年の前に立ちはだかる。
「今度はお姉ちゃんが相手をしてくれるの?」
「えぇ、いいわよ。あなたが怖くなってしまうまで。」
少年が声をかけると、えりなが不敵な笑みを浮かべて答える。
「さて、どこから石にしてあげようかな。面倒だから運任せで。」
えりなはそう言い放つと、少年に向けて魔力を解き放つ。少年は飛び上がってその閃光を回避する。
だがえりなはさらに光を放ち、少年に追撃を繰り出す。少年はその魔力の連続攻撃を紙一重でかわしていく。
そこへえりなが重力魔法を放ち、少年を地上に叩きつける。その痛烈な攻撃に、少年から余裕が消える。
なかなか立ち上がれないでいる少年の前に、えりなが悠然と立ちはだかる。
「もう少し私を楽しませてくれないと困るよ。」
えりなが呆れながら少年を見下す。思うように身動きが取れないでいる少年が顔だけを上げ、えりなに笑みを見せる。
「思ってた以上に強いじゃない。でも僕はこのままやられるつもりはないよ。」
少年はそういうと、残っている力を振り絞り、石化の効果を備えた閃光を解き放つ。だがえりなは回避する動作を見せず、魔力による障壁を展開してたやすく防いでみせる。
だが閃光が消失した後、えりなの前には少年の姿はなかった。えりなはため息をついて、健一とリッキーに振り返る。
「こんなもんじゃ物足りないわ。あなたたちで満足しないと。」
えりなが笑みを強めて、今度は2人に狙いを定める。彼女の言動にリッキーは動揺の色を隠せなくなっていた。
「えりなちゃん、やめて!君は僕たちまで危害を加えるつもりなの!?」
リッキーが呼びかけるが、えりなは笑みを強めるだけで答えない。
「えりな、お前本気なのか!?オレたちが分からないとでもいうのかよ!」
健一が再び剣を構えて言いかけると、えりなは哄笑をもらした。
「知ってるわよ、健一。でもね、今の私にはもうどうだっていいことよ。」
えりなはそういうと、健一に向かって飛びかかった。右手を突き出すが、健一はとっさにこれを剣の刀身で受け止めていた。彼女の右手には魔力が込められており、剣によって断裂されていない。
「まずは健一、アンタから固めてあげるわ。アンタが疲れ切ったところを、一気に石化してあげるから!」
えりなは言い放つと、健一を大きく飛び越えて着地する。ゆっくりと振り返り、健一に向けて衝撃波を放つ。
健一は必死に衝撃波から逃れようとする。戦う意思を見せない彼に、えりなは苛立ちを募らせていく。
「どうしたの!?戦いなさいよ!そんなんじゃ面白くも何ともないじゃないの!」
「えりな、眼を覚ませ!オレはお前と戦いたくはねぇんだよ!」
挑発するえりなに、健一が悲痛さを噛み締めて呼びかける。だがえりなには届いていない。
「お前はこんなことを望んでたのかよ!本気でオレたちをどうかしちまうつもりなのかよ!」
「それで私の気分が晴れるなら、何だってやってやるわ。」
いたたまれない心境に陥っている健一に対し、えりなが哄笑を上げる。
(えりな、お前はいなくなっちまったのかよ・・・!)
もはや眼の前にいるのはえりなではない。カオスコアが擬態した黒い少女である。健一はそう思わざるを得なかった。
次回予告
気持ちは伝わらないの?
闇に堕ちた心は、もう取り戻せないの?
悲しみと憎しみが入り乱れ、気持ちはさらにすれ違っていく。
その先に待っているのは何か・・・?
絆は、決して壊れたりしないから・・・