魔法少女エメラルえりな
第8話「黒い少女」
少女の強大な魔力を受けて、アレンは防御の体勢のまま石化されてしまった。
「まずは1人。次はあの使い魔かな?」
少女が妖しく微笑みながら、愕然となっているソアラに眼を向ける。
「ソアラちゃん!」
そこへリッキーの声がかかり、ソアラが我に返る。少女に改めて眼を向けて、ソアラはたまらず身構える。
「なかなか元気な子ね。少しだけ遊んじゃおうかしら。」
少女が右手を掲げ、漆黒の光を灯す。その威圧感に、ソアラは固唾を呑んだ。
そのとき、少女が突然苦悶の表情を浮かべ、右手から発せられていた光が消失する。絶叫と悲鳴を上げて倒れ込む少女の様子に、ソアラもリッキーも眉をひそめた。
「ど、どうして・・こんな、ときに・・・!」
苦痛に顔を歪める少女がひとしきりに呟く。そして彼女の体を純白の光が包み込んだ。
その光が消失した先には、えりなの姿があった。
「ま、まさか・・・!?」
リッキーはえりなを眼にして驚愕と不安を覚える。えりなは疲れ果てて、その場に倒れ込んだ。
「えりなちゃん!」
リッキーが慌ててえりなに駆け寄った。満身創痍に陥っているえりなは、意識を失っていた。
その間に、黒い少女によって石化されていた建物、そしてアレンが元に戻った。張り詰めていた気を落ち着けて、アレンは当惑しているソアラに眼を向ける。
「ソアラ、あの子は・・・?」
アレンの問いかけにソアラが我に返る。リッキーに呼びかけられているえりなを見つめながら、ソアラはアレンに、この瞬間を話した。
先ほどの少女がえりなであったことに驚愕を覚えながらも、アレンはリッキーに悟られないように、ソアラとともにその場を後にした。
一方、強大な魔力を察知した明日香とラックスが、消えかかっていた結界の中に進入した。そこで2人は、その地点から離れていくアレンとソアラの姿と、えりなに呼びかけているリッキーの姿を目撃した。
「あれはえりなだよ!何があったんだろう・・・!?」
「とにかく、行ってみよう・・」
当惑を見せるラックスに呼びかけてから、明日香はえりなたちの前に降り立った。2人に気づいたリッキーが緊迫を覚え、顔を強張らせる。
「明日香ちゃん、ラックス・・・!」
「安心しなって。今回はアンタたちとやり合うつもりはないよ。けど、いったい何があったんだ?」
立ち上がって警戒するリッキーに、ラックスが気さくに言いかける。
「僕にもよく分からないんだ・・突然えりなちゃんの姿が変わって・・」
「えりなの姿が変わった?変身魔法じゃ・・?」
「えりなちゃんは変身魔法は使えないよ。多分、えりなちゃん自身も知らない何かが起きてるんだと思う・・・」
明日香の問いかけにリッキーが当惑を見せながら答える。
「誰だ!?」
そのとき、小さな物音に気づいたラックスが振り返り、声を上げる。その声に驚いて、物影から1人の少年が飛び出してきた。
「うわ、わ、わ・・!」
思わず前のめりに転倒したその少年に明日香が驚きを見せる。その少年は、えりなを追ってきた健一だったのだ。
「健一・・・!?」
明日香が思わず呟くと、健一が慌てふためきながら後ずさりする。
「いや、これは、その・・えりなのことが気になって・・・!」
必死に弁解しようとする健一の様子を見て、明日香が安堵の笑みを見せた。
「本当だったら、ここで引き下がってほしいんだけど・・」
明日香の言葉を受けて、健一は深刻な面持ちを浮かべる。
「えりながそんな状態になってるのに、黙って引き下がるわけにはいかねぇよ・・」
「でも、これはこの世界の日常とは違う出来事なの。だからあなたが関わろうとしても・・」
「それでも、それでもオレは・・!」
明日香の忠告にも引き下がらず、健一は覚悟を秘めた心境で答える。彼の心境を受け入れた明日香は、小さく頷いた。
「とにかく、今はえりなを休めるところに連れて行きましょう。」
「明日香、いいのかい!?魔導師じゃない普通の人間なんだよ!」
明日香の答えにラックスが抗議する。明日香はこの声に耳を傾けながらも、ウンディーネを待機状態に戻してバリアジャケットを解除し、横たわっているえりなを抱える。
「誰かを助けるのに、国境や隔たりはないよ・・」
「明日香・・・」
明日香の見解にラックスは戸惑いを見せる。リッキーとともにえりなを運ぼうとする明日香を見て、健一がたまらず駆け寄った。
「オレが運ぶ。男のオレが指をくわえてるわけにはいかねぇからな。」
「ありがとう・・・」
えりなを支える健一に、明日香が微笑んで感謝した。
驚異の力を発揮したえりなとの交戦で、アレンは疲れ切っていた。心配そうに見つめてくるソアラに支えられながら、彼は一路アースラへ帰艦した。
「アレンくん、大丈夫・・・!?」
エイミィが慌ててアレンに駆け寄ってくる。だがアレンはその声に答えることができず、そのまま倒れ込んでしまう。
「アレンくん!」
「アレン!」
エイミィとソアラが声を荒げる。
「急いで運ぶんだ!医療班、すぐに準備を!」
クロノも急いでアレンに駆け寄り、クルーたちに指示を送る。医療スタッフによって、アレンは医務室に運ばれた。
リッキー、明日香、そして健一に運ばれたえりな。彼女は町井家の明日香の部屋のベットで寝かされていた。
「えりなのヤツ、大丈夫なのか・・・?」
「大丈夫。回復魔法である程度まで治癒したし、今は疲れて眠っているだけだから。」
健一の心配に、子狐の姿となっているリッキーが答える。運ぶ直前まで、リッキーはえりなに魔法をかけ、傷を癒していたのである。
「それにしても、えりなちゃんに何が起こったんだろう・・・?」
リッキーがえりなに振り向いて、疑念を抱く。
アレンとの交戦で窮地に立たされた際、突如発した膨大な黒い魔力。これはえりなの中に隠された潜在能力なのか。それともそれ以上の驚異の力なのか。リッキーたちはその疑問の答えを見出すことができないでいた。
「あたしたちが感じたすごい力、ホントにえりなだったのかい?」
「僕だって信じたくないけど、間違いないよ・・あの魔力は確かにえりなちゃんから、あの黒い女の子から・・」
ラックスの問いかけにリッキーは歯がゆさを見せる。
「とにかく、今はえりなが眼を覚ますまで待つしかないようね。」
明日香の言葉にラックスだけでなく、リッキーも健一も頷いた。
「ところで、いったい何が起こってるのか、教えてくれないか?」
「健一くん・・」
真剣な面持ちで訊ねてくる健一に、リッキーが当惑する。
「ここまで踏み込んじまったんなら、オレもある程度のことは知ってないといけない。だから、教えてくれないか・・・?」
自分なりの覚悟を込めて言いかける健一。その心境を受け入れて、リッキーは全てを話す決心をした。
大方の情報を得て、クリスは海鳴市を訪れていた。時折この世界に赴いている彼女はいつもの制服ではなく、整った私服を身にまとっていた。この世界にて購入したものである。
(少し前に来たところもそうだったけど、町はどこへ行っても明るくていいですね。)
胸中で感嘆の言葉を呟くクリス。しばらく町中を進んで、彼女はある場所を訪れた。それはバートンであった。
「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」
千春が声をかけると、クリスは笑顔で答える。
「はじめまして。私はクリス・ハントと申します。実はえりなさんについて、少しお話がありまして・・」
「あの・・えりなに何か・・・?」
丁寧に挨拶をするクリスに、千春が眉をひそめる。
「あの、よかったらこちらへ・・」
そこへ雄一が厨房から顔を出して、クリスを奥の部屋へ案内する。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」
クリスは笑顔のまま、雄一と千春に一礼した。
えりなが眼を覚ましたのは、その部屋に置かれた時計が正午を指そうとしていたときだった。
「あれ・・ここは・・・?」
えりなが周囲を見回して、状況を確かめる。そして彼女は疲れの残っている体を起こして、ベットから降りる。
「ここはいったいどこなの・・・?」
「明日香の部屋だぜ。」
えりなの呟きに答えたのは、部屋にいた健一だった。
「健一!?・・ここが明日香ちゃんの部屋だっていうなら、何でアンタがここにいるのよ!?」
「おいおい、せっかくお前をここまで運んだっていうのに、そんな言い草をされる筋合いはないね。」
憮然とした態度を見せるえりなに、健一が呆れた面持ちを見せる。
「よかった。眼が覚めたんだね、えりなちゃん。」
そこへリッキー、明日香、ラックスが部屋に入ってきた。明日香は人数分のオレンジジュースを運んできていた。
「こういうものしか用意できないけど・・」
「あ、ありがとう、明日香ちゃん。別に構わないよ、私は。」
微笑みかける明日香に、えりなは笑顔で答える。明日香は全員にオレンジジュースを手渡していく。
「でも、どうして・・・私とリッキーのこと・・・」
えりなが唐突に問いかけると、明日香は困惑の面持ちを見せる。
「私にもよく分からない・・でも、傷ついたあなたを助けずにはいられなかった・・・」
「アハハ・・ホントに優しいんだね、明日香ちゃん・・」
えりなが褒めると、明日香が頬を赤らめて視線を外してしまう。
「ホントに優しいんだよ、明日香は。だけど、あのとき・・」
「ラックス、言わないで・・・!」
ラックスが言いかけた言葉を、明日香が語気を強めてさえぎる。
「悪いと思ったけど調べさせてもらったよ。明日香に昔、何があったのか・・」
リッキーの言葉に一瞬激昂を見せるも、明日香はすぐに気を落ち着ける。
「明日香は、カオスコアが引き起こした事件の被害者なんだ・・怪奇現象によって崩壊したとされている如月町の住人だったんだ・・」
「“如月の悲劇”・・・まさか、それって・・・!?」
リッキーの説明を聞いて、えりなと健一が驚きを見せる。
「私の父さんと母さんは、カオスコアの力で・・・」
明日香は言いかけて、悲しみと怒りにさいなまれて言葉が出なくなる。その心境にえりなたちも動揺の色を隠せなかった。
「明日香は許せなかったんだ。両親を奪ったカオスコアを・・だから必死になって、コアの封印を続けてきたんだ。自分と同じ子を作らないように・・」
「だけど、私はお兄さんとラックス以外、誰かを信じることができなかった・・カオスコアは人に変身する。その能力を使って、私を騙してくるかもしれない。そう思ったの・・」
ラックスに続いて、明日香が自分の気持ちを伝える。彼女たちの過去と心境を知って、えりなは胸を強く締め付けられるような気分に襲われた。
「明日香ちゃん、ホントに・・ホントに辛かったんだね・・・」
押し寄せる感情を抑えることができず、えりなは眼から涙をあふれさせる。その様子に、明日香がかつてない動揺を覚える。
「私みたいに家族に恵まれている人には分からないかもしれないけど・・やっぱりひとりぼっちはイヤだよね・・・」
「えりな・・・」
涙ながらに必死に笑顔を作ろうとするえりなを見て、明日香もついに涙をこぼした。そして明日香はたまらずえりなに寄り添い、声を上げて泣いた。
(明日香、あたしはあなたの使い魔だから、あなたの押し隠してた気持ちがよく分かるよ。ホントはすごく寂しかったんだって・・)
ラックスも胸中で、自分の明日香に対する気持ちを呟いていた。眼に涙を浮かべていた彼女は、あえてそれを言葉にはせず、胸の中にしまっておいた。
「明日香ちゃん、もうひとりぼっちじゃないよ。ラックスさんや篤さんがいましたし、私もリッキーもいる・・」
「・・オ、オレだっているぞ・・!」
明日香に優しく言いかけるえりなに、健一が慌てて付け加える。
「ありがとう・・ありがとう、みんな・・・」
明日香は大粒の涙を流しながら、えりなたちに感謝の言葉をかけた。
アースラに帰艦した直後、意識を失ったアレンは、艦内の医務室で眼を覚ました。ずっと心配して見つめていたソアラが、彼の目覚めに安堵の笑みを浮かべる。
「アレン!・・よかった、無事だったんだね・・・」
「ここは・・・?」
アレンが周囲を見回して、自分が置かれている状況を確かめる。
「アースラの医務室・・・」
「アースラに戻ったとたん、急に倒れちゃったんだよ。それで医療スタッフにここへ運ばれたんだよ。もうビックリしちゃったよぉ〜・・」
事情を説明するソアラが肩を落とす。
「そうか・・僕はあの子との交戦で、そんなに力を使ってたのか・・・」
アレンが自分の手を見つめて、自身の記憶の巡らせる。
その医務室にクロノ、エイミィ、そして医療スタッフ2人が入ってきた。
「気がついたようだね、アレン。」
「艦長・・」
悠然と声をかけてくるクロノに、アレンが戸惑いを見せる。
「すみません、艦長。いきなり倒れてしまって・・」
「気にしなくていい。あれだけの魔力を相手にした後だ。仕方がないことだ。」
謝罪の言葉をかけるアレンに、クロノが弁解を入れる。
「今は体を休めたほうがいい。ムリをするのはよくない。」
「ですが・・・」
指示を受け入れられないでいるアレンに、クロノが小さく首を横に振る。
「そうそう。でなかったらクロノくん、師匠2人のきびしー特訓に耐えられなかったはずだからねぇ。」
「おいおい、その話を蒸し返すなよ、エイミィ。」
からかうように口を挟むエイミィに、クロノが苦笑いを浮かべる。2人のやり取りを目の当たりにして、アレンとソアラも笑みをこぼした。
「分かりました。でも状況は把握させてください。」
「・・無鉄砲に飛び出していかないことが条件だ。」
アレンとクロノが互いに頷き合う。
「ではソアラちゃん、アレンくんがムチャしないよう、しっかり見張っておくように。」
「はい、分かりました。」
エイミィが笑顔で念を押すと、ソアラが満面の笑みを浮かべて頷き、アレンは肩を落とした。
バートンを訪れ、雄一と千春に奥の部屋に案内されたクリス。
「それで、お話とは?・・えりなに何か・・」
深刻な面持ちで語りかける雄一に、クリスは落ち着きを払いながら言いかける。
「その前にひとつ言っておきます。あなた方にとって、いえ、この世界にとって信じられないことかもしれませんが、ご了承ください。」
クリスのこの言葉に、雄一も千春も素直に頷くことができなかった。2人の心境を察しながらも、クリスは話を続ける。
まずえりなが事件に巻き込まれて魔法を得たこと、さらにこれまでの彼女の行動と功績、明日香との衝突とアレンとの出会いを。だがあまりにも話が飛び抜けているように感じて、雄一も千春も動揺を隠せなかった。
「魔法って・・えりなが、そんなこと・・・!?」
「はい。そして私は、時空管理局提督、クリス・ハントです。」
困惑する雄一たちに、クリスは冷静さを繕いながら一礼する。
「そこでひとつお訊ねします。えりなさんは、あなた方の本当の娘さんではありませんね?」
「な、何ですか、藪から棒に・・!?」
突然の質問に千春がたまらず反論する。だが雄一は彼女を制して、クリスの話に耳を傾ける。
「はい、その通りです・・それが、何か・・・!?」
深刻な面持ちで言いかける雄一に、クリスは改めて気を落ち着けてから答える。
「落ち着いて聞いてください・・実はえりなさんは、人間でない可能性があるのです・・」
その言葉に雄一と千春は眼を見開いた。
「何を言っているのですか・・えりなが人間じゃないなど・・!?」
「断定はできません。できることなら私も信じたくありません。しかし可能性は強まっていることは確かです。」
信じられない心境で言いかける雄一に対し、クリスは苦渋の面持ちで語りかける。彼女自身、えりなが人間でないことには否定的な見解を抱いていた。
「とにかく、私はえりなさんに会って、彼女の様子を見たいと思っています。極力、平穏に事を進めたいと思っています。」
クリスは真剣に言いかけてから、雄一たちに再び一礼してから席を立つ。
「私たちのことに嫌悪感を抱いたのでしたら、それは仕方ありません。ですが今は、わずかでも用心しておいたほうがいいでしょう・・」
クリスは最後にそう告げると、バートンを後にした。雄一と千春は困惑を拭い去ることができなかった。
えりなたちは気持ちを落ち着けるため、臨海公園に出かけていた。そこでえりなにクレープをおごってほしいとせがまれる健一だが、持っているお金があまりなく、結果的に割り勘となった。
「もう、サイテー。1個分しか買えないくらいしかお金持ってきてないなんて。」
「ウルセーよ。オレはお前らと違って小遣いケチられてるんだから。」
不満を口にするえりなに、健一も不満を返した。
「でも、何だか気分がよくなっちゃったかな。やっと明日香ちゃんと心から分かり合えた気がしてるから。」
「えりな・・・」
えりなが口にした言葉に、明日香が安堵の笑みをこぼす。だが明日香は素直に喜びを感じることができないでいた。
だが心の中にある疑念も、時間がゆっくりと消してくれる。明日香はそう信じることにした。
えりなたちのそばには、子狐の姿のリッキーと子犬の姿のラックスがいた。リッキーはえりなに、彼女が漆黒の変貌を遂げたことを話していなかった。
もしもそのことを知って、彼女がどんなに傷つくか。リッキーはそれを恐れ、言えないでいた。
「えりな、もしも何かあったらオレに言え。お前にはあの篤って人だけじゃないってことぐらい、分かってほしいな。」
「余計なお世話よ。アンタにお世話になるようだったら、わたしはおしまいよ。」
健一の優しさを受け入れながらも、えりなはあえて強がって見せた。彼女の素直になれない心境を察して、健一は苦笑をもらした。
そのとき、公園内で強い魔力を感じ取り、えりなと明日香が緊迫を覚える。
「明日香ちゃん、これって・・!?」
えりなが声を荒げると、明日香は落ち着いた面持ちで頷く。そして2人は互いに頷き合うと、同時にその魔力が発せられたほうへ駆け出していった。
「行くよ、ブレイブネイチャー!」
「行くよ、ウンディーネ。」
“Standing by.”
えりなと明日香がそれぞれのデバイスの箱に鍵を差し込む。
“Complete.”
そして2人はブレイブネイチャー、ウンディーネを起動させ、さらにバリアジャケットを身にまとう。
その傍らでリッキーとラックスが結界を展開した中で、えりなと明日香が飛翔する。そして上空からカオスコアの行方を追う。
「カオスコア、いったいどこにいるの・・・?」
明日香が眼を凝らして、カオスコアの行方を探る。焦りを見せる彼女の肩に、えりなが優しく手を添える。
「そんなに焦らないで、明日香ちゃん。私たちならきっと見つけられるから・・」
えりなに励まされて、明日香は気を落ち着ける。そして改めてカオスコアの捜索を行う。
そしてついに明日香は、林の中に佇んでいる不気味な光を発見する。
「ここに・・周りの木や草をダイヤに変えてる・・」
拡散する光を見つめて、明日香が分析する。光を放つ女性が、周囲のものを次々とダイヤモンドに変えていた。
「私が先に行って引き付けるから、明日香ちゃんはそこを狙って!」
「でも、えりな・・・!」
「みんなで力を合わせて、コアを封印していこう♪」
戸惑う明日香に言いかけてから、えりなは女性に向かって飛び込んでいった。
「ほらー、こっちだよー!」
女性の眼前まで進んだ後、えりなは旋回して離れていく。女性の注意が眼前にえりなに向けられる。
そこへ明日香がウンディーネを構えて、自分の魔力を弾丸にして装てんする。
“Drive charge.Ocean smasher.”
その強力な魔力の砲撃を放とうとした瞬間だった。女性はえりなに眼を向けたまま、明日香に左手をかざしていた。その手から半透明の塊が数個放たれ、いくつかは砲撃によって粉砕されるが、残りは虚を突かれた明日香に命中する。
「明日香!」
駆けつけたラックスがたまらず叫び、女性に向かって飛びかかる。だが彼女の接近にも女性は気づいていた。
拳を繰り出してきたラックスを跳躍してかわし、女性はラックスに向けて魔力を発動する。稲妻のような衝撃がラックスを襲う。
「ぐ、ぐあっ!」
振り返った瞬間に苦痛を覚え、ラックスがあえぐ。彼女の体が魔力の影響で手足から変化して固まりだした。
「ま、まずい・・このままじゃあたしもダイヤモンドの塊に・・・!」
毒づくラックスに向けて、女性がさらに魔力を強めようとする。そのとき、女性の体を光を帯びた鎖が縛り上げた。
胸から上の硬質化を食い止められたラックスが向けた視線の先には、拘束魔法を発動させたリッキーの姿があった。
「ラックス、大丈夫!?」
「リッキー・・大丈夫、といったらウソになっちゃうかな・・」
呼びかけてくるリッキーに、ラックスが苦笑気味に答える。そこへえりなが再び飛び込み、女性に攻撃を仕掛ける。
“Saver mode.”
光刃を出現させて、えりなは女性に一閃を見舞う。だが動きを封じられているはずの女性が発した魔力の障壁によって受け止められる。
(な、なんて硬いの・・これじゃ・・・!)
胸中で毒づきながらも、さらに力を込めるえりな。だが女性は全く怯む様子はない。
そこへ女性がダイヤのつぶてを出現させ、えりなに放つ。
“Leaf shield.”
ブレイブネイチャーの自動防御が展開されるが、つぶてのいくつかが障壁を突き破り、えりなの体に命中する。
「うっ!」
「えりなちゃん!」
うめくえりなに、リッキーがたまらず叫ぶ。ダイヤのつぶてを受けて、えりなは木の茂みの中に落下する。
女性がその茂みに向けて手を伸ばし、魔力を集中する。固まりかけていたラックスを安全な場所に移動させたリッキーが、えりなの危機に緊迫を覚える。
「これ以上、みんなに危害を加えさせない!」
リッキーがストラグルバインドを発動し、女性の魔力を抑え込む。だが女性は魔力を解き放ち、光の鎖と魔力の枷を断ち切る。
「そんな・・・!?」
驚愕するリッキーに、女性が標的を変える。茂みから立ち上がったえりなが、その状況を目の当たりにする。
「リッキー!」
えりなの叫ぶ前で女性が閃光を放つ。リッキーが障壁を展開するが、閃光を防ぎきれず、両足をダイヤに変えられてしまう。
「このままじゃリッキーが・・みんなが・・・!」
どうしてもみんなを助けたい。その気持ちが、えりなの心を突き動かした。だがその感情が、彼女の中にある強大な力の開放の引き金となった。
意識が途切れた瞬間、えりなから漆黒の閃光が渦巻く。その衝動に女性とリッキーたちが振り向く。
「これは・・・!?」
立ち上がった明日香も、えりなの変貌を目の当たりにして眼を見開く。彼女たちが見つめる中で、えりなが黒い少女へと変身する。
そして明日香は、その黒い少女の胸元に輝く強い光を見つける。その光に、彼女の感情は一気に高まった。
「これは、まさか・・・!?」
明日香は思い出していた。如月町と両親を崩壊へと導いた漆黒の光を。その魔力は間違いなく眼前の少女の中に宿っていた。
「まさか、えりなが・・・!?」
愕然となっている明日香の前で、黒い少女へと変貌を遂げたえりなが女性に向けて手を伸ばす。
「ずい分好き勝手にやってくれたわね。存分に痛めつけてあげるわ。」
えりなが不敵な笑みを浮かべて、女性を衝撃波で吹き飛ばす。上空に跳ね上げられた女性を、えりなはさらに衝撃波を放って追撃する。
えりなの優勢に思われる展開となった戦況。だがリッキーは強い不安を感じていた。
(こんなの、えりなちゃんじゃない・・えりなちゃんの戦い方じゃない・・・!)
愕然となっているリッキーの前で、えりなが魔力を解き放って飛翔する。そして両手に魔力を収束させて、光弾として女性に放つ。女性は光弾を受けて魔力を消耗し、人の姿を保てなくなる。出現した漆黒の水晶を見つめて、えりなが哄笑を上げる。
「もうおしまいなわけ?同じカオスコアとして情けなくなってくるわね。」
呆れるえりなのこの言葉に、リッキーたちはさらに驚愕する。えりなはカオスコアの擬態した姿だったのだ。
動揺の色を隠せないでいるリッキーとラックス。心配になって駆けつけてきた健一も、えりなの変貌に驚愕していた。
その中で、明日香は動揺とともに、かつてない憤りを覚えていた。自分から全てを奪ったカオスコアへの憎悪を。
「えりな・・・私を・・私たちを騙していたの・・・!?」
デバイスを握る手に力がこもる。そして明日香は感情の赴くまま、えりなに向かって飛び出していく。
「あなただけは、私が封印する!」
激昂する明日香が、えりなに向けて魔力を解き放つ。だがえりなから放出されている魔力に阻まれる。
明日香はそれを気に留めず、間髪置かずに砲撃を続ける。
“Drive charge.”
そして明日香はウンディーネに、魔力を収束させていく。
“明日香、ちょっと待って!いくらどうかなっちゃってるからって、えりなにそこまで・・・!”
「勘違いしないで!」
飛び込んできたラックスからの念話を、明日香は怒号をあらわにして一蹴する。
「そこにいるのはカオスコア!しかも、父さんや母さん、みんなを奪ったあのコアなのよ!」
“明日香・・・!”
叫ぶ明日香に対しても動揺を覚えるラックス。明日香は次第にえりなを押してきていた。
「オーシャンスマッシャー!」
そして明日香が全力で、えりなに向けて砲撃を放つ。眼を見開くえりなが、その閃光を受けて地上に叩きつけられる。
傷つき倒れたえりなの前に、明日香が憤りを浮かべたまま着地する。そしてウンディーネの先端をえりなに向ける。
「これで終わりよ・・あなただけは、絶対に許さない・・・!」
鋭い視線と言葉を投げかける明日香。彼女の見つめる先で、えりなの姿が突然元に戻った。
その姿に明日香は眼を見開く。天真爛漫のえりなの言動を無意識に思い出し、彼女はえりなに攻撃ができなくなった。
必死に攻撃を加えようとするが、その意思に反して体が言うことを聞かない。
「私がやらないと・・私が・・・!」
感情に任せて攻撃を加えようとするも、それでも攻撃ができないでいる明日香。その彼女の前で、えりなが意識を取り戻し、傷ついた体を起こして視線を向ける。
「あ、明日香ちゃん・・・!?」
動揺を見せたえりなに、明日香は再び感情をあらわにする。
「そんな眼で私を見ないで・・今度は何をしようと考えてるの、カオスコア!」
明日香のこの言葉にえりなは信じられない心境に襲われる。
「明日香ちゃん、何を・・・!?」
「いまさらとぼけないで・・私の全てを奪った、カオスコアなのよ、あなたは!」
現状が飲み込めないでいるえりなに言い放つ明日香。その言葉に、えりなは何かが壊れるような恐怖を覚えた。
何もかもが分からなくなってしまい、えりなはたまらずその場から駆け出してしまう。
「待ちなさい!」
「明日香!」
明日香が追いかけようとするのをラックスが止める。女性が魔力を失ったことで、体が元に戻ったのだ。
「ラックス、放して!私は、私は!」
「明日香、今の明日香はとっても辛いよ!あたしには分かる!」
激昂する明日香を押さえながら、ラックスが必死に呼びかける。2人の大きく揺れ動いている感情が、互いの心に響き渡っていた。
次回予告
自分自身でも知らなかった真実。
その現実があまりにも大きすぎて、どうしたらいいのか分からない。
揺れる心と気持ち。
それらを紡ぐのは、言葉と力のぶつかり合いだけ・・・
終わらせたい。この悲しみを・・・