魔法少女エメラルえりな

第7話「心の在り処は、運命の導きだよ」

 

 

それは、突然の出来事でした。

 

失ったものは、どんなに願っても決して戻ってはこない。

心も気持ちも、深めていた絆も。

 

自分の気持ちを抑えることができず、許せないものを傷つけてしまう。

それが正しいのか、間違っているのかも分からずに・・・

 

魔法少女エメラルえりな、始まります。

 

 

 人間への擬態が解かれ、水晶へと戻ってしまったシエナ。その水晶を手にしたまま、えりなは無言で帰宅した。

 雄一、千春、まりなが声をかけるが、えりなは全く答えずに自分の部屋に戻り、雄一たちは心配を感じていた。

 部屋の中で閉じこもり、えりなは悲しみに暮れていた。どんなに望んでも願っても、シエナはこの水晶から人へは戻れない。その動揺を、彼女は拭い去ることができなかった。

 そんな彼女の後ろ姿を、子狐の姿のリッキーも沈痛の面持ちで見守っていた。

「えりなちゃん、そんなに落ち込まないで・・そんなえりなちゃんを見てると、僕まで辛くなっちゃうよ・・・」

 リッキーがえりなを励まそうとするが、えりなはうつむいたまま答えない。

「シエナさんは、えりなちゃんと出会えて幸せだったはずだよ。だからシエナさんのためにも、元気でいなくちゃ・・」

「分かってる・・分かってるけど・・・」

 自分自身の気持ちにさえ整理がつかなくなっているえりな。それから彼女はずっと自分の部屋に閉じこもり、周りの声に耳を貸さなかった。

 

 シエナの魔力を抑え込むことに成功したものの、えりなのかつてない悲痛さを目の当たりにしたアレンの心は、重く沈んでいた。ひとまずアースラに戻ったものの、その困惑を拭えないでいた。

 落ち込んでいる彼の様子に、ソアラもエイミィも心配を感じていた。そんな沈痛の空気の中、クロノがアレンに近づいた。

「正しいと判断してやったことが、結果として裏目に出て、誰かを傷つけてしまうことがある。それは誰にでも起こりうることだ・・」

「艦長・・・」

 クロノに声をかけられて、アレンが気力なく顔を上げる。

「だけどその中で、自分の意思を貫き通す人もいる。君の先生も、自分の気持ちに正直でいて、必死に自分の気持ちを伝えようと、そして相手の気持ちを理解しようとしてきた。そのために、僕たちの指示を無視したこともあったよ。」

「艦長も、自分の意思を最後まで貫いていたんですか・・・?」

「本心ではそうなるかな。でも僕はその中で、管理局の人間として、的確な状況分析と判断をする役に回っていた。彼女たちと行動をともにしていたときは、それが顕著だった。」

「先生もそこまですごかったのですか・・・?」

「確かに魔力も潜在能力もずば抜けていた。でもそれ以外に、彼女は強い意思を持っていて、その心構えは最後まで変わらなかった。それは彼女の周りの人にも影響を与えた。」

 当惑するアレンに、クロノが微笑んで答える。

「アレン、君にも揺るぎない意思があるはずだ。君は何のために、執務官を目指しているんだ?」

「僕は・・・何のために・・・」

 クロノの問われて、アレンは改めて、自分の気持ちを見つめなおす。

「そうだ・・僕はみんなの幸せを守りたいと思ったから、管理局の局員に、魔導師になったんだ・・・父さんのように・・・」

 その決意を胸に秘めて、アレンは真剣な面持ちを浮かべた。

 彼の父、ピエール・ハントも管理局の魔導師であり、提督や艦隊指揮官にまで上り詰めた人物である。指揮を取る人物として厳格な一面を見せてはいるが、誰に対しても優しく、局員たちを励ます相談相手でもあった。だがピエールは次元犯罪の解決を受け持っていた際に命を落としてしまった。

 そんな彼の信念は、みんなの幸せを守ることだった。そのためならば死んでも後悔はしないとも、クリスに話していた。

 幼かったアレンも、その父の信念に感動を覚えていた。ピエールの死をきっかけに、アレンは本格的に魔導師に、管理局の局員になることを心に決めた。

 そして母からの特訓、教導官からの訓練を経て執務官補佐となり、現在、執務官を目指して精進していたのだ。

「艦長、ありがとうございます。僕、もっともっと頑張って、必ず執務官になってみせます。そして、さらに提督にも・・」

「その志を忘れずに頼むよ、魔導師の卵くん。」

 クロノは笑みを見せると、アレンの肩を軽く叩く。迷いを振り切ったアレンは、心配そうに見つめていたソアラに眼を向ける。

「ソアラ、僕は大丈夫だよ。みんなのためにも、僕たちが頑張らないと。」

「アレン・・・うんっ♪」

 アレンが微笑むと、ソアラは満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

 その頃、クリスは管理局本局内にて、データバンクのキーボードを叩いていた。ある調査のためであったが、あまりキーボード操作を行わないためか、キーボードを押す指の動きがぎこちなかった。

(やっぱり、慣れないというのは辛いものね。)

 胸中で苦笑を浮かべながら、クリスはさらに調査を続ける。そして彼女の見つめている画面は、ある人物を映し出した。

「そうそう。この子だったわね。管理局の局員ではないから、苦労してしまいました。」

 淡々と独り言を口にしながら、クリスはさらに操作を続ける。そしてその人物のデータが画面に映し出される。

「これは・・・!?

 そのデータを目の当たりにしたクリスから笑みが消えた。その衝撃の真実に、彼女は驚愕を覚えていた。

 

 悲劇の日から一夜が明けた。えりなは寄り道に立ち寄っている森を訪れていた。

 いつも自分の気持ちを落ち着かせるために訪れる森。この心地よい空気の中で深呼吸して気持ちを落ち着かせようと思ったえりなだが、今回は気分が晴れなかった。

 シエナを失ったえりなの心はひどく傷ついていた。リッキーは彼女の悲しみを察するも、うまく声をかけることができないでいた。

「おや?えりなちゃんじゃない。こんなところで何をしているのかな?」

 そこへ篤がやってきて、悲しみに暮れているえりなに声をかけてきた。

「篤さん・・・」

 えりなは慌てて涙を拭うが、涙はとめどなくあふれてくる。その泣き顔を目の当たりにして。篤が笑みを消す。

「本当に、何があったんだい・・・?」

「篤さん・・・」

 深刻な面持ちで訊ねてくる篤に、えりなが再び悲痛さをあらわにする。

「もしかして、魔法使いとして何かあったとか・・?」

「・・・実は・・・」

 えりなは篤に、これまでの出来事を話した。過労で倒れた自分を助けてくれたシエナが、カオスコアが擬態した姿であったこと。必死に助けようとしたが、ついに封印されてしまったこと。

 彼女の思いと悲しみを聞いて、篤はいたたまれない気持ちを覚えた。

「そうだったのか・・えりなちゃんの辛さが、僕にも伝わってきたよ・・・」

「私、これからどうしたらいいのか分からないんです・・心の中に大きな穴が開いてしまったような気分になってしまって・・・」

 大きな虚無感にさいなまれているえりな。彼女の気持ちを受け入れながら、篤は優しく語りかけた。

「日常って、当たり前のように存在してるけど、本当はものすごく大事なんだよ。でもその日常は、築いていくことは難しいけど、何でもないちょっとしたことでも、簡単に壊れてしまうんだ・・・」

「日常・・・?」

「日常も、本当にあって当たり前のことなんだ・・それが壊れてしまうと、何もかもが壊れてしまったような気分になってしまうんだ・・・」

 不安を抱えるえりなの髪を、篤が優しく撫でる。

「でもそれは、道で足を躓いてしまったようなものなんだ。マイナスに考えないようにして、プラスのほうに意識を向けていけば、きっと道が開けてくるよ。」

「篤さん・・・」

 篤に励まされて、えりなはようやく安堵を覚えた。

「ありがとうございます、篤さん・・何だか、嫌な気持ちが和らいだような気がします・・・」

「そういってもらえると嬉しいよ。僕もえりなちゃんに感謝しなくちゃね。」

 安堵の笑みを見せるえりなに、篤は笑顔を見せた。

「さて、家まで送るよ。丁度バートンで軽く食べていきたいと思ってたところだから。」

「そうですか・・では、私が注文を取りますね。」

 えりながそういうと、篤が喜びを覚えて頷いた。彼女の肩に、子狐の姿のリッキーが乗っかってきた。

 森から離れて町に入ったところで、えりなと篤は健一が駆け寄ってきたのを目撃する。

「あれ?えりな、こんなところで何してるんだよ?」

「もう、何でこんなときにアンタに会わなくちゃなんないのよ。」

 健一が気さくに声をかけてくると、えりなが不満を見せる。

「仕方ねぇだろ。町まで買い物に行く用事があったんだ・・そんなことよりお前、さっきまで泣いてただろ?」

「えっ!?まさか、見てたの!?

 健一の突拍子のない問いにえりなが驚く。

「いや、さっきお前が何してたのかは知らねぇけどさ。顔が真っ赤だから、泣いてたんじゃないかって。」

「な、何だ、そうなんだ・・ご心配なく。私は平気だから。」

 弁解する健一に安堵しつつ、さらに戸惑いを見せるえりな。すると健一が深刻な面持ちを見せる。

「オレだって誰かの相談相手にはなれる。まぁ、姫子ほどじゃねぇけどな。」

「よかったね、えりなちゃん。君にはたくさん友達があるから、僕もうらやましいよ。」

「ち、違いますよ、篤さん!コイツ、いつも私のことをからかってくるんですよ!」

 感嘆の声を上げた篤に、えりなが抗議の声を上げる。

「でも、喧嘩するほど仲がいいって言うからね。」

 笑顔を見せる篤の言葉に、えりなも健一も反論できず言葉を返せなかった。

 

 街中をにぎわす人々。その人ごみの中に、1人の少女が歩いていた。1体の人形を抱えている少女はドレスと酷似した服装をしており、彼女も人形と見間違うほどだった。

 その少女の姿をかわいらしく思った女子高生たちが駆け寄り、笑顔を見せながら少女を見つめていた。

「うわぁ、かわいいなぁ♪」

「ホント。思わず見とれちゃいそうだよ〜♪」

「お譲ちゃん、いくつ?パパとママは?」

 3人の女子高生たちが口々に少女に声をかけてくる。少女は無表情のまま、顔色を変えない。

「ホントにパパかママはどうしたの?」

 女子高生たちはとうとう心配になって、心配そうに訊ねてくる。すると少女はようやく口を開いた。

「かわいいお人形さんだね・・私がかわいがってあげるよ・・・」

「えっ・・?」

 少女の言葉に女子高生たちが眉をひそめる。その直後、少女が持っていた人形の眼から不気味な光が放たれた。

 その光が治まった後には、少女が手に持っているものと同じような材質の人形となっている女子高生たちがアスファルトの上に置かれていた。少女は彼女たちを拾い上げると、満面の笑みを浮かべた。

 その光景を目の当たりにした人々が悲鳴を上げて逃げ出した。その様子を見つめながら、少女は妖しい笑みを浮かべていた。

 

 えりなは仕方なく、健一にも事のいきさつを話した。シエナとの出会い、そして別れ。悲しみの一部始終を話したものの、魔法に関することは一切話さなかった。

「そんなことがあったのか・・・これは確かに、納得がいかねぇよな・・」

 健一が皮肉を込めた言葉をえりなに投げかける。いつもの気さくさが彼から見られないことに、彼女は当惑を覚えていた。

「オレも似たような経験をしたんだ。でも飼い犬だったから、そういうのと比べるなって怒られるかもしれねぇけどな。」

 物悲しい笑みを浮かべながら、健一は話を続ける。

「その犬、オレはすごくかわいがってた。だから死んだとき、ものすごく落ち込んで泣いてばかりだった。親父が励ましてくれるまでは・・」

「・・・アンタにも、そんなことがあったんだね・・・」

 健一の話を聞いたえりなも物悲しい笑みを浮かべる。

「やっぱり、死んだり消えたりするのって、イヤだよね・・・」

 再び悲しみに暮れたえりなの眼から、涙があふれてきていた。

“えりなちゃん!”

 そのとき、えりなの心の中にリッキーの声が響いてきた。

“えりなちゃん、カオスコアが現れたよ!”

 リッキーの緊迫した声が伝わってくるが、えりなは一抹の動揺を抱えていた。

“えりなちゃん、どうしたの?大丈夫?”

(えっ?う、ううん、何でもないよ・・)

 リッキーの心配の声に、えりなは我に返る。

“ホントに大丈夫?アレンとソアラに任せたほうが・・”

 リッキーのこの言葉を聞いた瞬間、えりなの脳裏に、シエナの消滅の光景が蘇った。その瞬間を思い返したえりなは、一気に奮起する。

(ううん、私が・・私がやる・・・!)

「篤さん、健一、用事を思い出したから・・!」

 えりなは言いかけると、街のほうへ駆け出していった。

「お、おい、えりな・・・!」

 彼女の緊迫した様子を気にして、健一も慌てて彼女を追っていった。

 

 人々を人形に変えていく少女。逃げ惑う人々の何人かが、その少女の奇怪な力を受けて人形にされていた。

 街中に転がっていく人形たちを見つめて、少女は微笑んでいた。

「これでお人形さんがいっぱい。とても楽しいね。」

「待って!」

 そこへえりなが駆けつけ、少女に呼びかけてきた。少女は無表情のまま、えりなに振り返る。

「お姉ちゃん、誰?私と遊んでくれるの?」

「みんなを元に戻して・・でないと、私は・・・」

 淡々と声をかけてくる少女に、えりなは忠告する。その口調にはいたたまれない気持ちも込められていた。

「私はあなたを封印する・・・ブレイブネイチャー、イグニッションキー、オン・・・!」

Standing by.Complete.”

 えりなが取り出した箱の鍵穴に鍵を差し込み回す。ブレイブネイチャーが起動して杖へと形を変え、えりなも若草色の防護服を身にまとう。

「他の誰かにやらせるくらいなら、私がやらないと・・・!」

 えりなが少女を見据えながら、ゆっくりと飛翔する。えりなの心には、彼女の気づかないうちに焦りが生まれていた。

「お姉ちゃん、私と遊んでくれるの?だったら遊ぼう。お人形遊びをしよう。」

 少女が淡々と語りかけると、彼女の持っている人形の眼に不気味な光が宿る。その眼から放たれる閃光を、えりなはとっさに動いて回避する。

 えりなはブレイブネイチャーを振りかざし、若草色の光弾を連射する。だが少女の持つ人形の光に阻まれる。

Saver mode.”

 光刃を出現させたブレイブネイチャーを振りかざし、えりなが素早く少女に飛び込んでいく。少女の持つ人形の光が迎撃するが、えりなはそれを押し切って少女を突き飛ばす。

 横転した少女が初めて苦痛に顔を歪めた。彼女の前にえりなが降り立つ。

「えりなちゃん、今だよ!」

 そこへ少年の姿のリッキーが駆けつけ、えりなに呼びかける。えりなも少女に向けてブレイブネイチャーを向ける。

「カオスコア・・!」

 えりなが少女を封印しようとしたときだった。彼女の脳裏にシエナの姿がよみがえった。

 もしこのまま封印してしまったら、この少女を大事に思っている人々が悲しむことになる。えりなはそう思ってしまったのだ。

「えりなちゃん・・どうしたんだい、えりなちゃん!?

 えりなの異変にリッキーが呼びかける。だがえりなから動揺の色が消えない。

 そこへ少女が人形を使って光を放ってきた。

Leaf shield.”

 ブレイブネイチャーが自動防御を展開し、動けないでいたえりなを閃光から守った。その衝動でえりなは我に返る。

 だがえりなは強い動揺と戦闘意欲の揺らぎで、一気に劣勢に立たされる。人形からの光を回避していくものの、攻撃に転ずることができないでいた。

 やがて少女の魔力に押され、えりながしりもちをつく。そこへ少女が光を放つ。

「えりなちゃん!」

 そこへリッキーがえりなの前に立ちはだかり、全力で障壁を展開して閃光を防ぐ。だが光の魔力は強く、リッキーは光に飲み込まれてしまう。

「え、えりな、ちゃん・・!」

 動揺を拭えないでいるえりなに必死に呼びかけるリッキーの体が縮小され、人形となって彼女の眼前に落ちる。

「リッキー・・・」

 動揺の表情のまま、えりながリッキーに手を伸ばす。するとそこへ光が再び放たれ、彼女は自動防御の衝動で突き飛ばされる。

「私のお人形さんに触らないで・・・」

 少女が悲痛の表情でえりなに声をかけて近づいてくる。何とか体勢を立て直すものの、えりなは少女へ攻撃することができないでいた。

 そこへ一条の刃が飛び込み、少女の前進を阻んだ。足を止めた少女と、困惑しているえりなが顔を上げると、そこにはアレンとソアラの姿があった。

「これ以上の町への被害は許さない!僕たちがこの場で封印する!」

 アレンがストリームを握り締めて言い放つと、横にいたソアラが意識を集中して魔力を解き放つ。結界が展開されて、えりなたちがいる場所と外界が隔離される。

「これで被害は食い止められるね、アレン。」

 ソアラの言葉にアレンが頷く。

「かわいいお人形さんたちがやってきたね。」

 少女は微笑むと、アレンたちに向かってゆっくりと飛翔していく。アレンは身構えて、ストリームを構える。

(ああいった感情の赴くままに行動しているコアは、長引かせるときつい。一気に決める・・・!)

Starker Wind.”

 アレンはカートリッジロードを行ったストリームを振りかざす。激しく荒々しい一条の旋風が、人形の魔力を突き破り、少女を突き飛ばす。

 その攻撃で、少女が放っていた魔力が弱まった。その結果、少女がかけていた効果が消え、人形にされていたリッキーが元に戻る。

「ふぅ。何とか元に戻れた・・・」

 リッキーが安堵を口にして、脱力していく少女を見上げる。アレンがとどめを刺すべく、ストリームを振り上げる。

 だがそこへ一条の閃光が飛び込み、アレンはとっさに後退して回避する。彼が視線を向けた先には、ブレイブネイチャーを構えているえりなの姿があった。

「えりな・・!?

 えりなのこの行動にアレンは驚愕する。その間に、恐怖を覚えた少女はそそくさにその場を後にする。

「どういうつもりなんだ、えりな!?・・カオスコアを封印しないと、みんなが大変なことになるのは君も分かっているはずだ・・・!」

「アレンくんには封印させない・・カオスコアは、私が封印する・・・!」

 声を荒げるアレンに対し、えりなはいきり立つ。アレンは深刻な面持ちを浮かべて、えりなの前にゆっくりと降下する。

「えりな、今の君の精神状態じゃ、とてもコアを封印できるとは思えない。ここは僕たちに任せて・・」

「ダメ!ここは通さない!」

 アレンが呼びかけるが、えりなは彼の言葉に応じず、行く手を阻む。アレンは葛藤を抱えながらも、苦渋の決断をする。

「君がそこまで思いつめてるなら仕方がない。僕は時空管理局の本心に基づいて、えりな、君を撃退する!」

 アレンは言い放ち、えりなにストリームの切っ先を向ける。だがえりなはその様子に動じることなく、ブレイブネイチャーを構える。

 先に飛び出していったのはアレンだった。ストリームの一閃を、ブレイブネイチャーの光刃が受け止める。

「えりな、眼を覚ますんだ!こんなことをしても、誰も喜びはしない!シエナさんだって!」

「そのシエナさんを封印したのはアレンくんでしょ!」

 互いに言い放つアレンとえりな。だが精神力ではアレンが勝っていた。カートリッジロードを行った刃は、えりなの光刃に亀裂を生じさせる。

「えっ・・・!?

 眼を見開いたえりなが、アレンの一閃の衝撃に吹き飛ばされる。通りの奥の喫茶店のガラスに叩き込まれ、中のテーブルのひとつの上に倒れ込む。

 苦痛に顔を歪めながら、えりなは喫茶店から這い出てきた。アレンは彼女を見据えながら、短剣を少し下げる。

「経験、攻撃力、精神状態、君が僕に勝てる要因はほとんどない。君が一生懸命なのは分かるけど、ここは引くんだ。」

「イヤ・・私は諦めない・・シエナさんのためにも、諦めたくない・・・!」

 アレンの忠告を聞かず、えりなは満身創痍の体に鞭を入れて立ち上がる。

「最後の忠告だ。ここは引いてくれ。でなければ、僕は全力で君を倒す・・・!」

 アレンはえりなに言い放つと、改めてストリームを構える。

Enorm form.”

 魔力の弾丸を装てんしたストリームの光刃が巨大化し、強力な大剣を形作る。その膨大な魔力に、えりなが再び眼を見開く。

「このエノルムフォルムを使うことに僕はまだ慣れていない。制御がうまくいってないから、手加減もできない。だから君の無事を保障できない・・・!」

 歯がゆさを噛み締めて、アレンは大剣の切っ先をえりなに向ける。それでもえりなは引き下がらない。

「ブレイブネイチャー、全力で行くよ・・!」

All right,my master.”

 えりなの声にブレイブネイチャーが答える。

「ナチュラルブラスター!」

Natural blaster.”

 えりながアレンに向けて全力の砲撃を放つ。

Taifun blatt.”

 そのとき、ストリームの光刃を痛烈な風が吹き荒れる。その余波がえりなの砲撃を受け止める。

(すごい・・まだ魔法を発動していないのに、その余波だけで、えりなちゃんの魔法を受け止めるなんて・・・!)

 その光景を見つめるリッキーが驚愕を覚える。巨大な光刃が進撃を始め、その膨大な威力をえりなにぶつける。

 肉体攻撃への設定はされていないものの、その威力にえりなは痛烈なダメージを負う。

「えりなちゃん!」

 リッキーが呼びかけるが、爆発による噴煙で周囲が完全に見えなくなっている。光刃の出力を抑え、アレンは煙の先を見据える。

 その煙の中で、えりなは傷つき倒れた。立ち上がろうとするものの、彼女の意思に反して体が動かない。

(これで終わりなの?・・・このまま何もできないで終わっちゃうの・・・?)

 えりなが薄れていく意識の中で、胸中で呟く。

(このままじゃシエナさんが、みんなが・・・このまま終わりたくない。終わりたくないけど・・・!)

 必死に立ち上がろうとするえりなだが、まるで自分のものでないかのように体が言うことを聞かない。

“その程度のことで根を上げるなんて、情けないわね。”

 そのとき、えりなの脳裏に声が響き渡った。その瞬間、揺らいでいた彼女の意識が突然途切れた。

“私が力の使い方を教えてあげるわ。”

 その声に導かれるように、えりなの体が宙に浮かび上がった。同時に彼女の体から魔力が放出し、周囲の煙を吹き飛ばしていった。

 闇を連想させるような漆黒の魔力の光を。

 

 一方、別のカオスコアの封印を完了させた明日香。ウンディーネを下げて振り返った先には、満面の笑みを浮かべているラックスが駆け寄ってきた。

「やったね、明日香♪これでまたカオスコアを封じたね♪」

「うん。これもラックスとウンディーネのおかげだよ。ありがとう。」

Thank you,master.”

 感謝の言葉をかける明日香に、ウンディーネが答え、ラックスも笑顔で頷く。

 そのとき、明日香とラックスは強大な魔力の波動を感じ取り、緊迫を覚える。風のように通り過ぎていく波動を感じ取っている間、明日香たちは蛇に睨まれたように動けなかった。

「な、何、この魔力・・・!?

 魔力が過ぎていった直後、ラックスは足がすくんでその場に座り込んでしまう。その横で、明日香が眼を見開いて体を震わせていた。

「この感じ・・もしかして・・・!?

「明日香・・・!?

 呟く明日香にラックスがたまらずに声をかける。しかし明日香にラックスの声は届いていなかった。

「私の父さんと母さんを奪った、あのコアが・・・!」

 驚愕が次第に憤りに変わり、ウンディーネを握る明日香の手に力が入った。

 

 アレンの前方に広がっていた煙を、突如発生した烈風が吹き飛ばした。その衝動と、そこから発せられた膨大な魔力に、アレン、ソアラ、リッキーが驚愕を覚える。

(これはカオスコア!・・だけど、こんなすごい魔力を持ったコアが・・・!?

 リッキーがその魔力に畏怖すら感じていた。

 やがて全ての煙が吹き飛ばされ、そこには1人の少女がいた。その姿はえりなではなかった。長い白髪に漆黒のドレス。血塗られたように紅い瞳。

「だ、誰なんだ、お前は・・!?

 アレンが気を落ち着けてから、その少女に呼びかける。少女は紅い瞳をアレンに向ける。

「私が誰かなんて、アンタたちには関係ないわ。アンタたちは私の力で石にされるんだから。」

 少女は淡々と答えると、アレンに向けて右手を向ける。危機感を覚えたアレンがとっさに飛び上がる。

 その少女の手から膨大な閃光が放たれる。その光が通り過ぎていった場所が灰色に染め上げられていた。

「これって・・!?

 同様に回避行動を取っていたソアラも驚愕する。光を受けた木々や建物が石に変わっていたのである。

(なんて威力の石化の力なんだ・・あんな魔力、僕の力で防ぎきれるかどうか・・・!)

 少女の放った石化の砲撃に毒づくアレン。そのとき、彼は上からの強い圧力を受け、そのまま地上に叩きつけられる。

「ぐっ!・・重力操作まで扱えるのか・・・!」

 苦痛に顔を歪めながら、アレンは立ち上がる。だがその眼前には、右手を伸ばしている少女の姿があった。

「これでおしまいよ。」

 妖しく微笑んで呟いた直後、少女がアレンに向けて閃光を放つ。その光にアレンが飲み込まれる。

「アレン!」

 ソアラがアレンに向けて声を荒げる。光が治まった先には、防御の体勢のまま石化して動けなくなったアレンの姿があった。

「アレン・・・!?

 変わり果てたアレンの姿に、ソアラは愕然となる。少女は右手をアレンに向けたまま、笑みを強めていた。

 

 

次回予告

 

崩れだしたものは、見る見るうちにどんどん崩れてしまう。

両手の中の砂がこぼれていくような。

次々と明らかになっていく真実。

その中でみんなの思いが、ものすごい勢いで駆け巡っていく。

 

次回・「黒い少女」

 

日常が、壊れていく・・・

 

 

作品集

 

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